途中の余計な寄り道があったが、今度こそルクレールに案内されるのは指揮所、と思わしき所であった。
指揮所と呼ぶが、幕舎や、明確にそれだと分かる何かがある訳ではないので、言うなれば、指揮所カッコカリか。
無理矢理引っ張ってきたであろう通信機材やらが乱雑に集められ、その中心で士官らが集結している。
「中尉、お待ちしておりました!!」
「ルドルファー中尉、よくぞご無事で!!」
「あ、ああ」
士官らは、敬礼。
此方も儀礼的に敬礼で返そうとするのだが、彼らの誰もがどこか熱のこもった敬礼と目、そして声色に、戸惑ってしまう。
戦場での興奮が、未だ冷め切っていないのか?
あまり宜しくない傾向だと留意しておく。
彼らの階級を明らかにしてもらったところ、幸か不幸か、佐官クラスの人間はこの場にはおらず、私とルクレールの中尉が最高位だという事が判明。
この梯団の指揮は、ルクレールの辞退により改めて、私が指揮する事となった。
「では早速だが、ながら聴きですまないが、現状報告と戦況報告を頼む」
「了解しました、中尉。現状報告から先に致しますが、残存勢力と民間人の回収はおおよそ完了。軍立病院がネウロイに占拠され、薬品類の回収が上手く行かずにこちらは不足しておりますが、その他の物資、燃料弾薬、食料等におきましては十分量を確保。それから―――――」
止血処理を行いながら情報を入れる。
あまり褒められた聴きの姿勢ではないが、戦場が未だ近く気が抜けない以上、リカバリーは出来る時にさっさと済ませるに限る。
他の士官らからも、それを理解してか、これについては特に何か言ってくることはなかった。
報告を聴きながら、私は自然と深く息を吐いていた。
それは漸く此処までたどり着いた安堵からくるものだと、自覚する。
戦力を得て、長距離撤退を遂行できるだけの必要な物資は十分に確保。
少なくない負傷者を抱える結果となってしまったが、人手も集まった。
私も負傷を負ってしまったが、大多数のネウロイ相手に遅滞戦闘を無事に果たし、生きている。
これをもって当初の撤退条件は十分に揃い、この場の私たちの「勝利」は決定したも同然。
後は、ネウロイの勢力圏を抜ける為、北上するのみである。
「問題は、南方に現れた部隊だ。ルドルファー中尉」
「………やはりか」
と、言いたいところであったのだがと、私は再び息を吐いた。
それは溜息だ。
折角此処まで着たというのにそんなものが出るのは、我々がこの場から撤退するには、ルクレールの語るように問題がある。
街の上空で長時間派手に暴れ、大規模爆破を起こして盛大に時計塔を倒壊させておいて、あちら側に我々の存在が認知されていないはずがない。
私が不在であったとき、街の南側の梯団側から有線通信でのコンタクトを受けていた。
たまたまルクレールの部下が拾ったそれは、あまりにも。
そう、あまりにもタイミングの悪いもの。
「あちら側は、なんと言っていた」
「端的に言えば、『ネウロイからの街の解放の為の戦力捻出を願うと』」
「で、なんと?」
「『そちらの要請を理解し、尊重する』とだけ」
ルクレールの返答は、賢明だ。
『要請を理解し、尊重する』
肯定ぎみに聞こえる曖昧なそれは、平時の正規作戦時には許されない、混乱の今だから許される言い回しだろう。
我々よりも明らかな大戦力を抱えているだろう梯団側との合流は、望むべきところだ。
だが、と、私はこの場に集う兵士らを見渡す。
疲弊していない者など誰一人としておらず、負傷者も少なくない。
自身が部隊を率いていたのであれば、その戦力をあてにして梯団との合流を考えないことはないが、コンディションが明らかに低下している見ず知らずの他部隊員をすぐさままとめ上げ、指揮できる自信は、残念ながら持っていない。
彼らを率いて博打を打つには、失敗時のデメリットが大きすぎてあまりにもリスキーであった。
「誰か、双眼鏡を」
士官の一人から双眼鏡を借りて、梯団の戦局を見下ろす。
梯団は歩兵を中心とし、大型ネウロイ相手には、戦力の中軸に戦車を置いて堅実な交戦しているようだが、その中にはちらほらと空軍兵が混じっているのが見えた。
もしや彼らもまた寄せ集めの群かと危ぶむが、ウィッチの姿がないにもかかわらず、梯団はとても通常戦力だけで当たっているとは思えない破竹の攻勢を見せている。
現に中央の部隊などは、街の中心地まで前線を押し上げている。
特殊な装備を用いているのか? はたまた部隊として精強なのか?
それとも、梯団をまとめ上げている指揮官が有能であるのか?
しかしだからこそ、危ういと見た。
「ルクレール中尉」
「どうした?」
「彼らはあのネウロイのタネを加味した上で交戦して………いや、忘れてくれ」
尋ねるまでもないか。
最初から加味しているのであれば、包囲戦など布くはずがないのだ。
復活するネウロイのタネ。
ルクレールらの情報と、私の経験を統合し吟味したが、やはりあのネウロイの正体は分裂型であると断定した。
他者を納得させるだけの確証を示すことは出来ないが、確信はあった。
それは私の生前の、一度目のヴィルヘルミナのカールスラント撤退戦の時の記憶。
その時のモノと今回のモノでは多少の差異はあるが一度だけ、同型のネウロイと交戦経験がある。
分裂型ネウロイの厄介なところは、コアのある本体を叩かなければ、何度叩こうが復活することだ。
当時、復活するトリックが分からなかった分裂型ネウロイに、所属していた部隊は壊滅し、私もあわやのところまで追い詰められたが、たまたま救援信号を受けて駆け付けてくれたミーナ大尉の部隊と、分裂型である事にいち早く気付いて、私にそのことを知らせてくれた
「………ん?」
あの人?
あの人とは、誰だ?
「中尉? どうした」
なんでもないと、ルクレールの問いかけに手を振って返すが、内心では引っ掛かりを覚えていた。
その誰かを何故か思い出せない、不思議。
ヴィルヘルミナであった時の頃の、記憶の欠落。
それは確かに今に始まった事ではないが、その誰かは私にとって重要な人物だったはずなのだ、戦いでぼろぼろだった私の傍にいて、支えてくれた人だったはずなのだ。
忘れるなんて、許されない。
それなのに、思い出そうとすると頭痛がする、頭痛がひどくなる。
あまりにもタイミングの良すぎる頭痛は、まるで私が思い出すことを妨げている。
私が記憶を思い出すことに何か不都合があると警鐘を鳴らしているかのようで。
しかも今回の頭痛は、一瞬だけだった先ほどとはまるで異なって、中々収まる気配がない。
「ルドルファー中尉、梯団側から再度コンタクト」
通信兵から、報告。
収まらない頭痛と、まさに今懸念していた問題に迫られて舌打ちし、通信兵からひったくるように受話器を受け取る。
「こちらは、ガリア空軍所属、ヴィルヘルミナ・フォンク・ルドルファー中尉、であります。貴官の官姓と、用件を告げられたし」
『………驚いた。本当に子どもか………』
ゆっくりと、頭痛に耐えながら言葉を紡ぐと受話器の向こう側から聞こえてきたのは、渋い壮年男性の声。
カイゼル髭でも似合いそうなナイスガイであろうことは受話器越しでも容易に想像つきそうな声色は、若いころはよく女性を魅了したのだろう。
元男としては、さぞこの人はモテた方なのだろうと内心うらやむ。
しかし質問を無視されるのはいただけない。
もう一度、官姓を問う。
『失礼した、こちらはガリア陸軍南方方面軍所属第十七戦闘団のエヴァンス中佐だ。通信を取っているという事は、貴官もまた無事という事か。ルドルファー中尉、君の声が聴けて、我々は大いに安心している』
「? と、言いますと」
『中尉が単独で制空権を保持していた事を、我々は確かに認知している。貴官が制空権を保持していてくれたおかげで、我々も間接的にだが助けられていた』
なるほどと、理解する。
「小官は、軍人として果たすべきことを、したまでです。礼を言われる、までもありません」
そんなに礼がしたいのであれば、この通話を今すぐ切らせてほしい。
これ以上の面倒事はごめんである。
……なんて、口が裂けても言えないだろう。
あたりさわりのない謙遜で返し、本題に入る事を避ける。
『………中尉、貴官は些か忘れているようだが今一度思い起こしてほしい。貴官の死は我々と、そして国にとっての決定的な損失とイコールとも言えることを』
エヴァンス中佐と名乗った男の言葉の意図するところにハッと気付き、慌てて今一度双眼鏡で戦況を見下ろす。
梯団が見せた破竹の勢いは、本当にただのソレか?
「失礼ですが、貴方がたはネウロイが分裂型であることを把握されているのですか? それに伴う脅威の程度は理解しておられるのですか?」
『勿論だ。既にそちらのルクレール中尉から聴き、把握している』
馬鹿な質問だと決めつけて、質問を切り上げた事を悔やむ。
つまり彼らは、分裂型だと分かった上で、無理矢理前線を押し上げていたのだ。
私を一度、ネウロイの目から離させる為に。戦力の捻出の為に。
そして私を、助ける為に。
先ほどのルクレールの曖昧な返答をしたおかげで、なんとか戦力の捻出は回避できたと思っていたのだが、あちらはどうしてもこちらの戦力、と言うよりも、私の出動を求めているようだ。
狙いは、この街の解放。
だから分かった上で、包囲戦を布いているのだ。
『既に先ほどそちら側には用件を伝えたが、貴官らには、我々が囮としてネウロイを引き付けている間に、背面よりコアがあると思われるネウロイを叩いてもらいたい』
簡単に言ってくれるものだと内心で吐き捨てる。
ネウロイを引き付けておくと言うが、だがそれは地上型のネウロイに限った話。
また私が戦場に飛び込めば、飛行型は、私を優先して襲ってくるのは考えるまでもない。
唯一の空の脅威である私を、身をもって知っている奴らが警戒しない筈がないのだ。
コアのあるであろうネウロイの特定は、今になっては問題ではない。
あちら側が戦線を押し上げた事により、大型ネウロイの一体にだけ、多くの飛行型ネウロイがそれを護るかのように浮遊しまわっているのだ。
おそらくあの大型ネウロイにコアがあるのだろう。
だがコアを持つネウロイを特定できても、百前後の飛行型ネウロイ群を突破し、追いかけられながら、その大型ネウロイを始末する。
たとえ万全の状態であったとしても、一人で生きて達成するには、あまりにも困難極まりないミッションだ。
『………中尉、無茶な頼みであることは理解している。
「ッ!?」
ここで出てくるとは思いもしなかった最後のワードには、驚き、身構えざるを得ない。
まさか、身分詐称がバレたのか?
「身の上? それは、どういう意味でしょうか?」
『とぼけずとも大丈夫だ、中尉。貴官がディジョンで進められている新型国産ストライカーユニットの開発に合わせて訓練を受けていた秘匿部隊所属の身であることは、既に聴いている。軍内部では、残念ながらウィッチの価値はそこまである訳ではない。その価値観を変えるであろう、ウィッチの優位性を証明する起爆剤ともいえる貴官は、己の軍事的価値が分かっていた筈だろう。それにもかかわらず、民間人を見捨てることなく、そして己の処分を厭うことなく単身奮起し、戦ってくれたその挺身の発露には、私個人の感謝など到底足りるものではないだろうが、本当に感謝している』
………話が見えない。
一体どういうことだ?
身分詐称をしている私だが、秘匿部隊などという設定を騙った覚えはない。
「それを、どなたから?」
おそるおそる、聴く。
聴けば、きっと後悔すると知りながら。
『――――大佐だ』
エヴァンス中佐が答えた名は、頭を金属バットにでも殴打されたのかと勘違うほどの、衝撃的なものであった。
何故いまさら!! どうして今頃!!
受話器を放り出して叫びたくなる思いと、込み上げる吐き気。
そして酷さを増す頭痛を同時に抑えようとでもしたのだろうか。
右手は、自然と私の顔を覆っていた。
『中尉、非常に苦しい要請をしている事は重々承知しているが、我々もまた多くの民間人を抱えている。ここで負けるわけにはいかないのだ』
「………」
『中尉、返答を』
エヴァンス中佐に、解答を迫られる。
私の中では、返答は決まっている、変わらない。
たとえあの人が生きていたとしても、今の私には私情で動くことは許されない。
ここで何もかもを放り出して彼の下に駆けようにも、今の私には多くのモノを抱えすぎているのだ。
他者の人命を、私が握っているのだ。
勝手は出来ない。
「づっ!?」
『………中尉?』
返答は、変わらない、決まっている。
NOだ。
NOと言えばいい。それで終わりだ。
しかし頭痛が更にまして、返答を妨げる。
くそ、一体何なんだ、この頭痛は!!
「返答は…………返答は………」
―――――――――瀬さん
「返答は……………?」
…………あれ?
世界が、傾いて………
ルクレール?
どうした、そんな目で私を見て。
カルラ?
何故私に吠える?
私は、ワタシだ。
敵ではないぞ………?
…………違う。
そうか。
私は………
私は……………
―――――――――久瀬さん
ミーナの階級を資料を反映して少佐から大尉に修正