だから彼女は空を飛ぶ   作:NoRAheart

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だから彼女の闘争は 中編

クラクラと、朦朧とする意識。

疲労困憊な身体に鞭打ち、ルクレール隊が信号弾を発射したと思われる地を、私はなけなしの魔力を振り絞っては淡々と目指す。

そして行き着いたそこは、街の郊外にある小高い丘。

そこに集結する人の数は想像していたものよりも些か、多い。

それはルクレールの部隊だけでなく、他の残存部隊と逃げ遅れていた民間人もまたそこに集結しているからだろう。

 

ルクレールを発見する。

飛んでくる私にルクレールもまた気付き、こちらに自身の存在を報せる為か大きく手を振っているを見、私はそちらに着地をはかるのだが。

 

 

「―――ぶっ!?」

「中尉!?」

 

 

しかし着地時。

生きて此処まで来れたという安心感からか、体力的限界か、思うように踏ん張る事が出来ず、勢い余ってオーバーラン。転倒。

地に顔面を強打してしまう。

咄嗟に張った保護魔法のおかげか幸いにも怪我はないが、ぺっぺっと吐き捨てたところでじゃりじゃりと口に残って広がる土の味は、プライスレス。

お味はいかが? いや、誰が土など喜び勇んで食べるものか。

 

恥辱だ。

先ほども後悔したが、ルクレールに出撃前に大口を叩いておいてこのざま、ボロボロのさま。

大衆の中に空から降り立ち、無様に転んだ私に、大衆の視線もまた集まってしまう。

恥辱だ。

あっちこっちから。兵も民間人も関係なく。

寄って、囲って、思い思いに彼らは喚く、喚かれる。

皆がみな、妙な熱気を持ってあまりに寄って集って喚くものだから上手く聞き取れないが、私の無様を、大衆に晒していることには変わりはない。

だから、恥辱だ。

それが十割の自己責任であろうと、恥ずかしい思いは変わらない。

 

 

「良く生きて帰ってきてくれた、ルドルファー中尉………流石の貴女でも無事に、とはいかなかったようだが」

「なんだ? それは嫌みか?」

「冗談だ………いや、中尉の怪我は、冗談では済まされないが。すぐに衛生兵を呼ぶ。立てるか?」

「大丈夫だ。問題ない」

 

 

軽いジョークを交えつつ、しかしルクレールの差し伸べる手は、払いのける。

ネウロイとの交戦過程において数多の火線を越える中で、何度か至近弾にならざるを得ない回避状況に陥り、母の形見であった軍服はボロボロ。

その上少なくない出血で、軍服は血で濡れ染まっている。

だが、傷のほとんどはかすり傷の範囲、さほど重大な怪我を負っている訳ではない。

一人で立つことに、なんら問題はない。

 

 

「それよりも、だ。ルクレール中尉」

「なんッ―――」

 

 

それに。

私がたとえ弱っていたとしても、今のルクレールにその手を借りるわけにはいかないのだ。

 

立ち上がりざまに、私は拳を固めては、ルクレールの胸元に向かって拳を振るう―――顔面は、彼と私では身長差があり過ぎて残念ながら断念せざるを得なかった。

しかし殴った胸元はポスッと。

とても本気で殴ったようには思えない音が鳴るだけで、ルクレールを倒すことは叶わない。

魔力に頼らなかったとはいえ、全力で振るったつもりであったのだが、嗚呼クソッたれ。

やはりと言うべきか、所詮は子どものグー。

それも疲労困憊状態では大した勢いも出ず、せいぜいちょっと押された程度のソレ。

 

殴った私を、茫然と見下ろすルクレール。

見上げる私、差は歴然。

やはり子どもである我が身が恨めしい。

 

 

「私の言いたいことは分かるな、ルクレール」

「………ああ」

 

 

まあそれでも、約束の不履行。

殴るという行いで示す、彼の不履行に対する憤慨の明確な意思表示は、やらないよりかはマシだ。

 

 

 

 

 

人が多い場では話は出来ないと、場所を移そうとして人垣を超えようとするが、ルクレールに突然肩を引っ張られ、腰を貸される。

そう、肩ではない。腰だ。

彼と私の身長差は、何度も言うが、決定的。

だが流石に誰かに支えられるほど、私は弱ってはいない。

支えられるまでもなく余計なお世話だと訴えるが、「そんなフラフラでよく言う」なんて返されて、有無を言わせない為か引っ張られるように歩かされてはどうしようもない。

「後で覚えてろ」と、文句を垂れるのが精一杯だった。

 

ルクレール中尉にグイグイ引っ張られ、歩かされる。

あては知らない。

話が出来る所と言うが、彼はどこまで行くつもりなのか?

 

それにしても彼の、私の歩幅を考えない歩みは正直辛い。

弱った女子―――私を果たして正しく女子と呼べるのかはさておき―――に、無理にでも支えを申し出てくれる点は評価できても、その点で評価を落とさざるを得ない。

ぶっちゃけ気遣いができるのかできないのか、はっきりしない男のレッテルを張られても文句は言えんだろうなどと考えていると、いつの間にか人の川のほとりまで、私たちは来ていた。

そう、人の川だ。

 

 

 

 

 

痛い。苦しい。助けて。

 

 

 

 

 

川は、ドロリと唸る。

濁っていて、そして腐っていた。

硝煙とモノの焦げる匂いにも勝る、血と、薬品のツンとした匂いが、鼻腔にその場の異様を強く訴える。

 

 

「………なんだ此処は」

 

 

思わず出た言葉に、ルクレールは単なる「野戦病院」と答える。

いや、それは辛うじて理解できる。

辛うじて、だ。

そこは「野戦病院」と呼ぶにはあまりにも、粗末。

ベッドなんて贅沢なモノは勿論ない。

重傷者はかろうじて適当な布を敷いた上に寝かせられているが、怪我人の多くは野に寝かせられている。

目に映る限りの敷かれた布の色の悉くは、朱、いや黒。

だがそれは、私の着ている軍服と同じ。

布の元の色ではないのだろう。

 

 

 

 

 

先生。先生。誰か。痛い。助けて。

 

 

 

 

 

医師と衛生兵が、声に急かされて、走らされている。

しかしいかんせん患者数が多く、手が足りていないのは見るからに明らか。

 

嗚呼と、私も思わず頭を抱え、唸ってしまう。

苦しむ彼らを想い、これからの事を想い。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

大丈夫かだと?

否。否、否。

多くの怪我人を抱えての、ネウロイ勢力圏からの脱出。

どれほどの労力と出血が伴うか、ルクレールは理解しているのか?

この場にいる患者たちを、場合によっては見捨てなければならない。

その選択を迫られている事を、ルクレールは理解しているのか?

 

………いや、それは泣き言か。

街の住人の利用を考えた時点で、人手を得る一方で負傷者もまた背負う可能性を考慮していなかった訳ではない。

いまさら負傷者が予想していたよりも多く回収したところで、泣き言をなどどうして言えようか?

それは単に、私の見込みの甘さと計画性の無さの露呈でしかないというのに。

 

 

「?」

 

 

と。

足に、何かが触れる。

ふと見れば、私に手を伸ばしていたのだ。

ダレかが。

男とも、女とも判別のつかない程に、酷い火傷を負った誰かが。

「腐って、咲いたザクロの実」などと、おおよそ人に向けるべきではない喩えがまさに正しいと思ってしまうほどの、火傷。

ルクレールは、どうやらその人には気付いていない。

 

 

「………ぉ」

 

 

その誰かは見るからに、苦の渦中。

聴くからに、呼吸が危うい。

見るからに、生きている事が不思議な。

明らかな、危篤の人。

直視することが躊躇われる酷い火傷であるにもかかわらず、私はその人から目が離せない。

 

医師らは。

医師らは彼に気付いていないのか?

それとも手遅れと分かっていて見捨てているのか?

医師らの様子を見るに、前者であるのだろうが。

誰か手の空いている者はいないか探すが、ふとその人は、私に必死に何事かを言う。

それは――――

 

 

「すまない」

 

 

この人は、もはや自分が助からないことを知っていたのだろう。

しかし手元に適当な銃がなく、刃物もなく。

願いに答えたくても答えられない、だから首を振る、ぽつりと謝罪する。

それ見た何某の目は、絶望一色に染まる。

 

パク、パク

 

刹那に、無音で叫ぶのは、この世の、タスケなかった私への、私にだけ届く呪怨。

しかし、やがてその人の目の色は無色へ。

救いを求めて伸ばした手も、役目を終えて、地に落ちる。

 

私は人だったモノから、そこでようやく視線を外すことが叶う。

そのまま、私の視線は、天へ。

 

彼はどの道、助からなかった。

分かっている。

己のせいではない。

分かっている。

だが、しかし………

 

呼吸が僅かに乱れ。

何故か、頭痛。

 

 

私は。

 

 

 

 

 

 

――――――――ん

 

 

 

 

 

 

………?

 

 

「ルクレール中尉、何か言ったか?」

「いや、何も言っていないが………それよりも本当に大丈夫か?顔色が真っ青だぞ」

 

 

誰かが()を呼んだ気がしたのだが、気のせいなのか?

 

 

「おい、誰か!!」

 

 

突然ルクレールは声をあげた。

そうして呼ばれ駆け寄ってきたのは小太りぎみの中年の医師。

 

 

「なんだ中尉また患者か!! もうこれ以上見きれないぞ!!」

「先生、すまないが彼女の止血だけでも頼めないか?」

 

 

医師に私の治療を頼み込んでいるが、まさか此奴、わざわざ治療を受けさせるために私を此処に連れてきたのか?

また余計なお世話をと呆れ、医師を追い払おうとするが、その医師。

名は知らないが、間違いなく両親がいた軍立病院で見覚えのある医師であった。

その何某医師もまた、私を知っている事を徴証するように瞠目しているが、これは拙い。

覚悟していた事だが、拙い。

「あんたは――」と、何某医師は驚きながらも言葉を紡ごうとしているが、次の言葉は考えるまでもなく「何故、どうして」の、疑問の類。

ルクレール中尉がいる手前、この場で階級を騙っている事がバレてしまうのは、言うまでもなく拙い。

 

 

「けが人のひとふたり程度も受け入れられないのか?」

「………何が言いたい」

「随分と、手際が悪いな」

 

 

咄嗟に話題変換。

何某医師の問いを、無理矢理に誤魔化す。

しかしそれは咄嗟の、考えなしの愚直な、それも外野からの指摘だっただけに、何某医師の受けは宜しくないのは、彼の顔を見れば一目瞭然。

本人は抑えているつもりのようだが、口端が引きつっている。

 

「子どもの言う事。ムキになるな」とは言えない。

これだけの患者を見、必要であろう資源も限られた中で、我々同様にまた戦ってくれている彼も、余裕がない事は重々承知している。

感謝はすれど、恨みはない。

それだけに、我が身の為だったとは言え、嫌みのような指摘だけしてこの場から去るのは後味が悪かった。

ただ、手伝いを申し出たいことは山々だが、まだ戦場であるこの場で戦力として唯一確かに数える事の出来る、戦えるウィッチの私が治療に従事することは出来ない。

だから、私が直接手を貸すこと以外の何かを考えなければならない。

 

さて。

パッと思いついた私の取れる手として、民間から治癒魔法を持つウィッチを「空軍中尉」という、騙っている己の立場を使った挑発の発動だろう。

これは身分詐称で捕まってしまった際の処分がさらに重くしてしまう行いだが、目の前の人命を考えれば仕方ないと諦める。

処分の事を気にするなど、もはや今更だ。

 

ただし、それは決定的な解決策とは言えない。

そもそもウィッチの中でも固有魔法持ちは貴重な存在で、その中でも治癒の特性を持つ者となると、避難させた民間人の中にひとふたりもいれば万々歳か。

更に、たとえ治癒魔法持ちであったとしても、行使できる治癒の効力程度は個人差があって不明なのだ。

まあどちらにせよ、治癒魔法持ちのウィッチの徴発は、少しでも治療要員を欲している彼らの為には掛けるべきだろうと、近くにいた兵を呼んでその旨を伝える。

 

 

「尽力してくれている先生らにこんなことを言うのは悪いが、ルドルファー中尉の指摘は尤もだ」

 

 

おい馬鹿止めろ、ルクレール。

そこは便乗するところではないぞと彼を睨めば、彼はそれ以上の口出しを慎んだ。

 

 

「私の事はともかくだ。本当にこれ以上の患者の受け入れはできないのか? 些かそれは拙いのではないか?」

「なんと言おうとこれ以上受け入れられないものは受け入れられない………とまでは言わないが、治療を待つ患者が多くて、治療はすぐに行えるものではないな。医師も、薬品も不足して満足な治療は行えない上に、情報も錯綜気味ではな」

 

 

医師と私達の間でさらに溝を掘ってしまったことに内心で焦っていると、何某医師の興味深い言葉を聴く。

錯綜?

つまり情報が、患者全体の情報が取れていないから、医師同士での情報の共有が出来ていないから先ほどの様に、優先すべき重傷患者であるにもかかわらず、治療が受けられなかったと?

なるほどと、理解。

しかし納得はしていない。

 

 

「ところで、そちらでは適切なトリアージは行われているのか?」

 

 

素朴な疑問を医師にぶつけてみる。

聞かれた時は質問の意図が分からなかったのか、一瞬彼は呆けた顔をするが、しかし次の瞬間には顔を真っ赤にして「患者に向かって同じことを言えるのか!?」と怒鳴られ、聴こえていたのであろう他の医師には睨まれてしまった。

何故だ?

 

 

「ルドルファー中尉」

「なんだ?」

「流石に軍医でもない民間の医師に、選別(triage)を強要するのは酷では?」

 

 

………はて?

ルクレールの言は、私の望むモノとは大きくことなるのだが、もしかして彼らと私の間で、トリアージ―――災害等で対応できる救助者に対し患者の数が特に多い場合、救急事故現場において患者の重症度に基づいて患者の治療順位決定などに用いられる識別救急―――に対する認識に差異があるのではないか?

ルクレールに問うてみれば、その答えは是。

 

ナポレオントリアージ。

彼らにとっての一般的なトリアージとは、端的に言えば軍人優先。

戦場において軍隊の組織力保持を追求するために、即時戦線復帰できる比較的軽症者や、組織の中核を担う部隊指揮官の治療を優先させるものだと言う。

無論、軍事的価値の低い民間人は後回しとなる訳で、基本として「平等」な医療を目指す民間の医師にそれを求めてしまっては怒られるのも道理。

そも、トリアージがガリア(フランス)語の「選別」を語源とする時点で、私は気づくべきだったのだろう。

久瀬であった頃のトリアージがどういったものかは知っていても、その歴史までは知らなかった。

要は、勉強不足。故の、誤解。

 

ナポレオントリアージと、私の知るトリアージは異なるものだ。

だが、誤解を晴らすためにその説明を十全に行い、必要性を主張したところで、彼らの根本にあるナポレオントリアージの印象が邪魔をし、受け入れられるかどうかは難しいところだ。

それでも、受け入れてもらうしかないのだが。

 

咄嗟に言ったこととはいえ、私から見ても、おそらく素人目であるルクレールから見ても、バラバラだと判断された彼らだ。

決して彼らの腕を疑っている訳ではないが、彼らに足りないものがあるとすれば、それは彼らを纏めうるリーダーの存在。

もしくはこの場の医療行為の方向性を決定づける、決定的な方針だろう。

だから後者を満たすトリアージは、彼らにとって必要なモノだ。

では、どうやって受け入れてもらうか?

互いに時間が惜しく、説得に時間を掛ける余裕は、何処にもない。

ならば、私にできる事は一つしかない、一つしか思いつかない。

 

軍権を笠に着て、傲慢にもただ「やれ」と命令する。

それだけだ。

 

彼らは私に、軍権に強制させられるのだ。

トリアージ、極端に言えば差別治療をさせる私を恨みこそすれ、これで強制させられた彼らが自己に罪悪感を抱くことはあるまい。

仕方のない事である。

本来ならば今の今まで明確な受け入れ態勢を整えず、取り繕うような治療行為を行ってきたとも取れる彼らの怠慢を強く訴えたいところだが、結局それは第三者の勝手な主張。

この混乱の中でも他人の為に、医療行為に従事してくれる彼らに、そのような余裕があるはずがない。

どうしてそれ以上を求める事ができようか。

 

彼らには、足りないモノがあった。

第三者の主張だけではなく、第三者だからこそ見える改善策が、意見が、彼らには必要だったのだ。

だから私が意見する。

いや、正しいと驕って強制するのだ。

愚かな行為。だけど必要だから。

 

強制する私は、誰から見ても、独裁者か。

しかし後の撤退戦を生き延びるには誰かがやらねばならない、ならねばならない、必要なこと。

罵倒? 侮蔑? どんとこい。

それもまた必要なら、甘んじて受けようではないかと身構える。

 

しかし、来るであろうと身構えていた侮蔑と罵倒は、一つもなかった。

目の前にいる医師からも、周りで聴いていたはずの医師らからも。

 

無言だ。

 

………それならば。

罵倒も侮蔑もないのなら、用のない私にはこれ以上ここにとどまる理由はないと、踵を返し、一歩。

 

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 

去ろうとした私を、いまさら何某医師が呼び止めた。

 

 

「………致命傷を負っているわけではなさそうだが、些か出血が多い。せめて止血はしておけ」

 

 

差し出されるのは包帯と酒瓶。

お酒は、消毒薬の代わりのつもりか。

これらを差し出されるのは、おそらくは私を治療する余裕などないだけとは思えない。

「医師の娘なのだから自分で止血はできるだろう」と、暗に言っているつもりなのだろう。

私の事を黙っていてくれることはありがたい。

しかし己に向けるその憐みの目は、余計である。

強制させた責任を取るのは、当然の義務だろう。

しかしそれは自分が助かりたいから、必要だからしているだけなのだ。

 

 

「………いや」

 

 

少しだけ嘘をついたと、白状する。

助けを求める多くの人達に、思うところがなかった訳ではない。

苦しみ死んだ誰かの最期に、思うところがなかった訳ではない。

つまり、あれだ。

所詮これは、彼らの苦しみと死に絆された私の、偽善。

自分だけ助かりたいと考えるのなら、そもそも責任を取るなんて考えるはずがないのだ。

自然と他者の為に自己犠牲する行いは、また生前のヴィルヘルミナの影響のせいか。

 

 

「何がレーゾンデードルだ」

 

 

有言不実行ではないかと、苛立ち、舌打つ。

しかしそれが合図であったかのように、不意にまたズキリと、頭痛が襲う。

 

 

 

 

 

 

―――――――さん

 

 

 

 

 

 

………また声。

 

私の背後で、誰かが私を確かに呼ぶ。

呼んだのは、ルクレールか?

ほんのささやき程度の声。

ソレが聞こえるくらいの距離にいて、私を呼ぶ必要があるのはルクレールくらい。

だからルクレールが私を呼んだのだと決めつけ、振り返る。

その声が彼の声ではない、明らかな女の子の声だと分かっているにもかかわらず。

 

 

「なんだ、その目は」

 

 

結果として、私にささやいた声の主はルクレールではなかった。

だが、私を望むルクレールの目は、何か言いたげだ。

同僚に、後輩に、上司に、国民に。

望むように見られることは生前よくあったことだ、別に初めてではない。

が、かつて望まれた者たちとはまた異なったものもある。

それは、同情。

彼の目に僅かな憐憫が混じっているのだ。

 

 

「不愉快だ」

「………すまない」

 

 

謝罪は、直前の呟きに対してのものだけでは無い事を、何となく察する。

だが、ルクレール。

私は誰に聞かせる訳でもなく、それを呟いたのである。

つまりそれもまた、何も彼だけに向けられたものではないのだ。

 




なお、ヴィルヘルミナが提案したトリアージは軍民間問わず、ヴィルヘルミナ方式として採用されていく模様。


………なんて妄想をしてみたり。

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