ガールズ&パンツァー 鉄脚少女の戦車道   作:流水郎

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休戦協定です!

 市街地へ至る橋を渡った先で、アガニョークの戦車隊は建物の陰へ分散し潜伏していた。敵戦車の本体ではなく履帯を狙うよう命じたカリンカの機転と、夜間で正確な射撃を行える砲手の技量によって退避に成功したのだ。戦車道において、履帯破損程度なら撃破判定はでない。完全に撃破された車両なら置き去りにもできるが、生きている車両を置いて行くのは惜しい。その心理を利用し、敢えて敵を生かして追撃を止めさせたのだ。

 

 合流したラーストチュカを敵への警戒に当たらせ、カリンカは部下たちに損害を確認させていた。撃破されたのはグラントCDL二両だったが、他の車両も無傷では済まなかった。まずSU-85が一両、履帯にズリーニィの砲弾が掠めて破損していた。千切れてはいなかったため何とかここまで退避できたものの、修理しなくては長く保たないだろう。そして隊長車であるSU-100も損傷を受けていた。

 

「やっぱり照準機が破損しています。……もう使い物になりません」

 

 砲手が落胆した様子で報告した。照準機は砲手にとって自分の目も同然なのだ。カリンカにとっても痛手だったが、彼女は動揺を見せない。自分が常に毅然と振る舞うからこそ部下がついてくると分かっているのだ。

 

「二号車は履帯修理を急いで。CDLは炭素棒を交換。万一敵が攻めてきたら、コロンバンガラ方式で囮になりなさい」

 

 CDL戦車のカーボン・アーク灯は炭素棒を電極とし、アーク放電によって強い光を発する仕組みである。炭素棒は放電によって消耗していくため交換が必要なのだ。かつて海軍艦艇に搭載されていた探照灯と同じ仕組みであり、コロンバンガラ島夜戦では日本海軍の巡洋艦『神通』が、この灯火で囮となって壮絶な最期を遂げた。危急の場合、カリンカはCDLに同じ役割をさせるつもりでいる。

 しかし決して仲間を捨て駒に使うつもりはない。あくまでも窮余の策であり、その後の反撃への布石だ。

 

「同志カリンカ! 軍吏です!」

 

 ラーストチュカが叫んだ。見ると夜道に白旗が翻り、ゆっくりと近づいてきていた。夜間視力に優れるカリンカたちには、それが千種学園の副隊長だと分かった。たった一人、徒歩で白旗を携えてやってくる。戦車道のルールでは人間への直接攻撃を禁止しているが、それにしても単身で敵戦車へ近づくには度胸がいるものだ。だが白旗を携えたその少女は怖じることなく堂々と歩んでいる。

 

 少し逡巡したのち、カリンカはキューポラから体を出した。

 

「隊長?」

「大丈夫よ」

 

 心配そうな砲手にそう言って、車上から地面へと降り立つ。サイドテールを風に揺らしながら、大股で軍吏の方へと進み出る。他のクルーたちが固唾を飲んで見守り、戦車のエンジンも切られた静寂の中で足音だけが響く。近づくにつれ、カリンカは相手の持っている白旗が、バールに適当な布を括り付けたものであると気づいた。急ごしらえで作ったらしい。相手の用件が何か、カリンカには察しがついた。

 BT-7に乗るラーストチュカに「おいで」と声をかける。犬でも呼ぶような口調だったが、副隊長は即座に自車の砲塔から飛び降りた。そっと隊長の隣に寄り添い、付き従う。

 

 二人と対峙する船橋は、相手がアガニョークの隊長と副隊長だと知っていた。副隊長の方は石鹸水でトルディを擱座させた張本人である。この休戦交渉をまとめられるかが、勝負の行方に関わってくる。責任の重大さを感じながらも、彼女の足取りは軽かった。話し好きな性格故、この任務もむしろ楽しんでいるのだ。

 

「用件は何かしら? 船橋幸恵さん」

 

 双方が接近した所で、カリンカが先に尋ねた。勝負ごとでは自分が主導権を握るのが流儀である。以呂波だけでなく船橋の情報もすでに調べていた。

 

「一ノ瀬隊長からのメッセージを伝えに来ました」

 

 対する船橋も怖じることなく告げた。胆力において、彼女は以呂波と並んでチーム内随一と言っていい。学校の統合前から広報委員として、他校との交流にも積極的に参加してきたのだ。それを知るから、以呂波も彼女に交渉を任せた。

 

「先ほどまでの戦いで、双方共にメンバーが疲労していることと思います。このまま戦闘を続けては怪我人が出る可能性もあり、一ノ瀬隊長はそれを心配しています」

「それで?」

「我々は二時間の休戦を提案します。如何ですか?」

 

 カリンカとしては予想していた通りの内容だった。自分たちも損傷を受けている以上、修理の猶予が持てるのは悪い話ではない。無論千種学園もマレシャルの履帯を修理してくるだろう。だがカリンカはこれを利用して、自軍有利に事を運ぶ策を考えていた。

 

 ちらり、と横目でラーストチュカを見る。視線に気づき、副隊長は小さく頷いた。隊長のご随意に……言葉に出さなくとも、そう言いたいことは分かった。本当はすぐにでも再戦したいのだろう。一見冷徹に見えるラーストチュカだが、実は喜びや怒りといった感情の起伏が人一倍激しい。表現が下手なだけなのだとカリンカは知っていた。

 一度彼女をクールダウンさせるためにも、休戦は受け入れようと考えた。

 

「休戦には賛成。ただし条件付きよ」

 

 凛とした表情で淡々と告げる。背後ではアガニョークのクルーたちがじっと見守っていた。

 

「市街地から千種学園の全戦力を退去させること。戦車も人間も、全部ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……擱座したマレシャルを守るように、タシュとズリーニィが市街地を睨んでいた。交渉の成否を待たず、川岸たち水産科チームは履帯の修理に取りかかっている。戦車の履帯を修理するのは大変に根気のいる作業で、暗い中を懐中電灯の明かりを頼りに行わなくてはならない。川岸たちも履帯交換の訓練は行ったがまだ要領を得ておらず、作業に慣れている結衣と腕力のある美佐子が手伝っていた。

 

 以呂波はタシュの車長席で船橋と連絡を取っていた。丸瀬も自車から離れ、タシュの砲塔へ登って見守っている。

 

「条件を飲みます。T-35、トルディ、ソキは市街地から退去し、本隊へ合流してください」

 

 そう告げると、船橋からは「了解」の返事が返ってきた。通信機を切り、ふと一息吐く。

 

「……いいのか? 敵は市街に立て篭るはずだ」

 

 丸瀬が意見した。自走砲中心のアガニョーク側にとって、市街地に陣取り敵を待ち受ける方が有利だ。千種学園の方はと言うと、トゥラーンが撃破された今、高火力と回転砲塔を持ち合わせる車両はタシュのみ。無砲塔のズリーニィとマレシャルは『突撃砲』や『駆逐戦車』と言った勇ましい名とは裏腹に、待ち伏せで真価を発揮する車両なのだ。入り組んだ場所に立て篭った相手に攻撃を仕掛けるには不利である。

 

 市街地にトルディでも残しておければ相手を撹乱できるし、T-35の乗員を何人か残しておけば相手の配置を探れる。だがカリンカの出した条件は「全車両の退去」ではなく「全戦力の退去」であり、戦車も乗員も両方だと念押しまでされた。試合中に選手同士で交わす協定は非公式なもので、破ったとしてもルール上は問題ない。ただモラルに反する行為であり、学園のイメージダウンになるのは間違いないだろう。

 

「それでも一度、戦力を一纏めにして立て直しを図るべきです。このまま戦っても消耗戦になるだけですから」

 

 言いながら、以呂波は地図を砲塔の上に広げ、懐中電灯で照らした。市街戦になった際に備え、待ち伏せに使えそうな場所には蛍光ペンで印をつけてある。そこを自分たちが使うことだけでなく、相手が使うことも想定していた。

 

「アガニョークが待ち伏せするポイントはおおよそ見当がつきます。だから……」

「隊長。休戦のことは審判に知らせておくかい?」

 

 晴が以呂波の言葉を遮る。以呂波はハッと顔を上げた。

 

「あっ、はい! お願いします!」

 

 いくら選手同士の非公式なものとはいえ、休戦協定を結んだことは運営に伝えておかなくてはならない。無気力試合と判断された場合、運営側が試合を中止させることがあるのだ。

 以呂波の傍らでは澪が砲塔ハッチから顔を出し、外の空気を吸っていた。CDLの目くらましに悩まされ、夜ということもあって目をしょぼつかせている。

 

「確かに、休息が必要だな」

 

 澪の様子を見て、丸瀬は呟いた。彼女の部下であるズリーニィの乗員たちも大分疲労しているのだ。丸瀬は制服の胸ポケットに手を入れ、小さなプラスチックの瓶を取り出した。日頃愛用している、疲れ目用の目薬である。

 上を向いて自分の両目に二滴ほど点眼し、数回瞬きする。次いでそれを澪にも差し出した。

 

「加々見も使え。スッキリするぞ」

「……ありがとう、ございます……」

 

 礼を言って受け取り、澪もその目薬を目に差した。染み込んでくる涼感にしばらく目を閉ざす。

 

「一ノ瀬、作戦を考えるのもいいが、自分も休んでおくべきだ。戦闘中から立ちっぱなしじゃないか」

「そうですね。では……」

 

 ゆっくりと車長席に腰掛け、右脚の生身の部分を撫で擦る。砲撃戦の中、義足の身でずっと車長席の上に立ち続け、キューポラから身を乗り出して指揮を取っていたのだ。戦闘中はアドレナリンの分泌によって感じていなかった疲労感が、じわじわと湧き出てきた。再戦時に持ち越さないようにしなくてはならない。

 運営への連絡を終えた晴が、通信手席から彼女を見上げる。いつものように陽気な笑みを浮かべながら。

 

「以呂波ちゃんも降りたらどうだい? マッサージしてあげるからさ」

「それがいいと思うぞ。北森先輩たちが来れば夜食も食べられる」

 

 ハッチから見下ろしつつ、丸瀬も言った。

 

「一休みして、思考力を研ぎすましておけ」

「……ええ。ありがとうございます」

 

 以呂波は隊長ではなく後輩として、先輩たちの厚意に甘えることにした。鉄の棺桶に乗っていても、この家族同然の温かみが嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——憎しみを注げ 透明な聖杯へ——

 

 

——銃弾の如く 剣の如く 心臓を貫け——

 

 

――銃弾の如く 剣の如く 心臓を貫け――

 

 

 エンジン音に混じり、歌声が聞こえた。トルディ、ソキの小柄な車体の後ろをT-35の巨体が追い、橋へと向かう。歌声はその巨体の周りを歩く、農業学科チームのものだ。

 周囲にはアガニョークの戦車たちが駐車し、千種学園の戦車三両が目の前を通過していくのをじっと見守っている。休戦協定が結ばれた以上、ここで撃ち合いは起きない。千種学園の側は車長である船橋、三木、北森ら三人の他に操縦手のみが乗車しており、後の乗員は徒歩で自車に従っている。カリンカは千種学園が一回戦のように、T-35の乗員を歩哨として市街地へ残していかないよう、『車長と操縦手以外は戦車から降り、姿を見せたまま共に退去すること』と条件を付け加えたのだ。

 そのため各車両の歩みはとてもゆっくりだった。農業学科チームが口ずさむ、物騒な内容のウクライナ民謡が虚ろに響き、見張っているアガニョークの生徒たちは若干の恐怖を覚えた。

 

 

——我がウクライナは 決して滅びず——

 

 

——我らの名と コサックの名と 共に永遠なれ——

 

 

――我らの名と コサックの名と 共に永遠なれ――

 

 

 T-35の主砲塔から顔を出す北森も歌を口ずさみながら、ふと敵戦車の一両に目を留めた。SU-85である。砲撃戦で損傷したのか、履帯の交換作業をしているところだった。乗員は一年生と思われる小柄な少女たちで、作業の手を止めてT-35の巨体に魅入っている。街灯の明かりで見える彼女たちの姿は美しかったが、表情に疲労の色が見えた。

 

 北森は砲塔内に身を収め、砲弾の格納棚に手を伸ばした。本来砲弾が積まれている場所にはズタ袋がいくつか置かれており、その一つをむんずと掴んで再びハッチから顔を出す。

 

 T-35はゆっくりと進み、丁度履帯を直している少女たちの前を通過する所だった。北森は彼女たちに向けて袋を掲げ、投げ渡した。少女の一人が反射的に工具を放り出し、何とか受け取る。

 顔に油汚れのついたそのアガニョーク校生はゆっくりと袋を開け……中身を覗いた途端、その表情がぱっと笑顔に変わった。次いでその袋を大事に抱え、北森へ敬礼を送る。

 

 

 T-35には五つの砲塔に使う大量の弾薬を収納するスペースがある。しかし以呂波の戦術上、大して撃ち合いには参加しない。ならば使わない弾薬で満タンにするより、持久戦に備え、食料を搭載しておいてはどうか……そう提案したのはサポートメンバーの男子生徒・出島期一郎だった。これは重量の軽減と弾薬費の節約ができるというメリットもあったので可決され、弾の数を減らしてその分夜食を積み込まれていたのだ。

 そして女子からなる戦車道チーム故、甘味も含まれていた。

 

「……よし、これでいいよな」

 

 呟きつつ、北森も笑顔で答礼した。腹を空かせている奴がいてはいけない……それが統合前の母校・UPA農業高校で学んだ、彼女の信念だった。例え対戦相手であっても同じである。

 残りの夜食は以呂波たちの所へ届けねばならない。北森は橋へ差し掛かる車列と、仲間たちが待っているであろうその先の暗闇を見据えていた……




御読み頂きありがとうございます。
あまり話が進んでないと思われるかもしれませんが、勘弁してください。
一度体勢を立て直そうとする千種学園ですが、アガニョークにもまだ隠し球が……


ときに、一つアンケートをば。
読者の皆様にはいつも応援していただき恐縮であります。
そして皆様は本作のどの辺りを見所として楽しみにしていらっしゃるでしょうか?

1・マニアックな戦車
2・戦車戦
3・キャラクター同士の掛け合いや成長
4・その他

お時間のある方はご回答いただけると幸いであります。
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