仕事が忙しかったり、眠かったり、発想が思い付かなかったりと、色々とありまして……。
「はぁっ……はぁっ……あと何機いるのよっ……!」
「わからんっ……だが、だいぶ戦力は削ったのではないか……?」
「残弾も残り少ない……っ! あと数機、何としても短時間で落とさないとねっ……!」
鈴が荒い息を整えながらそう毒づき、ラウラも疲労感を感じさせながらも、キリッとした表情で現状を確認する。
実弾系の銃器を使うシャルも、残りの弾数が気になっている様子だった。
一夏とマドカの勝負に決着がついた頃、IS学園で行われていた所属不明の敵部隊に対する迎撃作戦は、終盤を迎えていた。
十五機はいた無人機も、半分を切り、残り七機となった。
改めて戦況を確認してみる……。
二、三年生の精鋭たちも善戦はしたものの、やはり機体性能で大きく差をつけられてしまったためか、戦力として残っている者たちが少ない。
確認できるだけでも、三年生が二人と、二年生が一人。
二年生で残っているのは、セシリアと同じイギリス代表候補生のサラ・ウェルキン。
三年生は白坂 麻由里と、セシリー・ウォンの二名が前線で頑張っている。
他の者たちは、重度の損傷や補給などで一時的に退避しており、損傷を受けた者の再出撃は、中々に厳しそうだった。
残るは専用機持ち達なのだが、最初に前線で戦っていたダリルとフォルテに至っては、やる気を無くしたかの様な感じで、後方へと回った。
元々が『イージス』と呼ばわるだけあって、防衛には慣れているので、学園を守ることに関しては任せているが、周りにいる専用機持ち達にとっては、どこか納得できなかった。
「それで、どうするのだ? このまま敵が退いてくれるとも限らんだろ?」
「敵機が鈴さんの言う通り、あの無人機だと言うのであれば、撤退はないのではなくて?
それに、あと七機も残っていますわ……。敵機のエネルギー残量がどれくらいのものかは分からなくても、こちらにも限界がありますわ……!」
この状況で冷静に考える箒の言葉に、セシリアが補足をつける。
「簪っ、そちらはシステムの奪還は終えたのかっ!?」
『ごめんっ! まだ少しかかりそうっ!』
ラウラの問いかけに、珍しくも切迫した様な簪の声が聞こえた。
襲撃と同時に、学園のメインシステムにもハッキングが行われ、簪と、三年生の電子戦における精鋭達が対処しているが、未だに奪還には至っていない。
いくつかのシステムは取り戻せた様で、その中には学園の防衛に関するシステムが含まれていた。
故に現在、対空、対艦仕様の防衛機能が動いていた。
『みなさん、対空システムが起動しましたので、一旦退避を! その間に、補給が必要な人は今のうちに!』
簪の指示を聞き、専用機持ち達も少しずつ撤退を始めた。
しかし、専用機持ち達が動いたことで、敵機の無人機は、攻撃行動だと思ったのか、接近して攻撃を仕掛ける。
「鈴さんっ、来ましたわっ!」
「ちっ! しゃらくさいっ!」
鈴が対艦刀《青龍》を構えた瞬間だった……。
接近して来た敵機に向かって、蒼い斬撃波が飛んで来た。
「っ!?」
「今のって……!」
「一夏っ!」
皆の視線がエネルギー刃の飛んで来た方角を見る。
そこには、“天使” がいた。
「みんなっ! 大丈夫かっ!?」
右手に新調した日本刀《雪華楼・改》を持ってそこに佇むのは、蒼い翼を広げた《白式・熾天》だった。
「遅いわよっ! 今まで何してたのよあんたっ!」
「仕方ないだろう……白式のシステムのメンテしてもらったばっかりなんだからよ」
「お前、その刀はっ……!?」
箒が新たに生まれ変わった一夏の刀に気づいた。
純白に統一されていた刀が、峰の部分だけが蒼く染まり、純白に磨きがかかった《雪華楼・改》。
その斬れ味を、のちに箒たちは目の当たりにする。
「□□□□□□ッーーーーーー!!!!」
エネルギー刃を向けて飛ばされた無人機が、一夏の姿を視認した様で、スラスターを全開に噴かせると、全速力で一夏に突撃して来た。
「師匠っ!?」
「一夏さんっ、危ないですわっ!」
ラウラとセシリアがリボルバーカノンとスナイパーライフルを向け、砲狙撃しようとするが、二人が引き金を引くよりも速く、一夏が動いた。
一瞬にして敵機の間合いに近づくと、すかさず一閃。
無人機が振り上げて、一夏を切り刻もうとしていた右手についたブレードを一刀両断した。
「っ……!?」
「なんという斬れ味っ!」
新しい《雪華楼・改》の威力に、箒たちは目を見張った。
その後も接近してくる無人機に対して、最小限の動きで攻撃を躱し、すぐさま反撃に出る。
通り過ぎざまに鋭い一撃が入れられ、背部にあるスラスターや特殊武装、あるいは手脚を斬り落とす。
その動きは、まさに “目にも留まらぬ速さ” だった。
「す、凄いっ……凄いよ、一夏っ!」
「あんな滑らかな動きっ……!」
驚嘆の声を上げるシャルと箒。
しかし、その《白式》の性能に一番驚いているのは、やはり一夏自身だった。
(やっぱり凄えっ……! 白式が、ここまで俺の思い通りに動いてくるなんてっ)
SAO時代の剣客として経験上や戦闘時における動きなどを、ISで再現できるとはいえ、やはり地上と空中では多少の違いがあるものだ。
それも、些細な違いではあるものの、やはりそれが違和感を感じていた。
しかし、今はそれがほぼ無いに等しい。
(いいぞっ……! いいぞっ、白式っ! まだだ、まだもっと速くっ!)
敵の攻撃を、まるで流水の様に躱し、即座にカウンターの一撃を放ち、敵機を撃破した。
一連の動きが、もはや一代表候補生のそれを遙かに上回っている……見ていたもの達は、そう感じたに違いない。
そして、最後の一機を斬りつけ、損傷を負った無人機は即座に撤退を始めた。
「ふぅ……」
とりあえずの脅威が去ったことで、一夏を始め、その他の専用機持ちのメンバーも安堵の表情とため息が漏れた。
「っ!? そうだ、みんな、カタナはっ?! それに、キリトさんはいないのかっ!?」
学園に急いで戻って来た理由……それは、刀奈に呼ばれた様な気がしたからだ。
通信が入ったわけでも、メッセージが飛んで来たわけでも無い。
ただ単に、直感でそう告げられたような気がしただけで、確証も何も無い。
だが今現在、学園が何者かに襲撃されており、敵ISによる攻撃まで仕掛けられた。
ただそれだけの事で、ここまで無茶をする組織、団体、施設が存在するだろうか……?
答えは否。
なんらかの目的があってやって来ている。
そして、外部からの攻撃だけで終わる筈がない。
もしも、今視界で確認できる範囲に刀奈と和人の二人がいないとなれば、二人はおそらく、学園の “外” ではなく、“内” で戦っているのではないだろうか……?
長い間暗部として活動して来た経験則から、胸騒ぎに近いものを感じた。
「鈴っ! こんな大きな騒ぎになってるって事は、どこかに対策室があるんじゃないのか?」
「へっ? あ、あぁうん……ここだけど……」
一夏の問いかけに、鈴は慌てて自分たちが一度集まった臨時対策室の場所が記されたデータを一夏に送った。
一夏はそれを受け取り、地図を《白式》の空間ディスプレイに表示する。
「ここは……地下の一室みたいだな?」
「うん。そこに簪と、三年の電子戦部隊がいるわ」
「わかったっ、サンキューな!」
「あっ?! ちょっと、一夏っ?!」
一夏は鈴の制止する声も聞かずに、一直線で学園の地下へと続く通路に向かって飛んだ。
それを見て、呆然とする者、呆れた様に笑う者、仕方がないと思い、薄っすら笑う者……それぞれだ。
「全く一夏さんったら……! あんなに急がなくともいいでしょうにっ……!」
「仕方ないよ。一夏は楯無さんの事が心配だったんだと思うよ?」
「でもさぁ〜……あたし達だって命がけで戦ったってぇのに、なんにも無かったわよね、あいつ?」
「うーん……まぁ、ね?……」
一夏の態度に、セシリアも鈴もご立腹のようで、それを宥めるシャルもまた、一夏の正しい反応とは反面、自分も労いの言葉くらい……いや、頭を撫でてくれるくらい……あっても良かったのではないのか? と思ってしまった。
「シャルロット、口に出ているぞ?」
「ふぇっ!? 嘘っ!? な、なななんか言ったかな、僕っ!?」
「ふむ。頭を撫でると聞こえたが?」
「うわぁ〜〜〜っ!? ラ、ラウラっ、それ言わないでぇ〜〜っ!!」
なんてあざといんだ……箒はジト目でシャルを見ながらそう思った。
しかし、そう思いながらも、やはり箒もどこかそういう一夏からの言葉が欲しくないかと言われれば、嘘になる。
今はもう見えない幼馴染の向かった方へと視線を送った。
「み、皆さぁ〜〜ん! 大丈夫ですかぁ〜〜!!?」
と、そこに第三者の声が……。
「山田先生っ!」
「あっ、篠ノ之さん! 無事でしたかっ!」
緑色の《ラファール・リヴァイヴ》を纏った一年一組副担任の山田 真耶が、こちらへと向かって来ていた。
「他の皆さんも無事ですかっ!?」
「無事っちゃあ、無事よね?」
「そうですわね。わたくしはそこまで被弾してませんし……」
「セシリアは後方から狙撃してただけだからね……」
「被弾するわけがなかろう……。そもそも被弾する方がおかしいだろうに」
「むぅっ……べ、別に? わたくしが前線に出たとしても? 被弾する事はあり得ないのですけど」
「何言ってんのよ。あんた接近戦できないじゃないのよ……」
「で、できますわよっ! 新しく新調したこの《アーサー》がありますからっ! 接近戦でもどんと来いですわっ!」
そう言いながら、セシリアは両手に小銃を二挺呼び出した。
銃身の下には、金属製の刃が付いているため、これをこれを伸ばせば短剣としても使えるようになっている。
しかし、その小銃の名前を聞いて、鈴が呆れたように笑ったのを、セシリアは見過ごしていた。
「ってあれ? 敵の機体はどこですかっ?」
「あぁ……。それなら、一夏が全部落としちゃったわよ?」
「ええっ?! お、織斑くんが一人で、ですかっ!?」
作戦本部にいた簪からは、苦戦を強いられているという情報をもらっていた……。
だが、いくら損傷していたとはいえ、あれだけ脅威的な敵をものの数分で落としたとなると、いよいよ一夏のIS操縦技術は、計り知れないものになって来ていると思っていい。
「そ、それで、織斑くんはどこに……」
「あぁ、なんか、楯無さんの事が心配みたいで、急いで学園の方に行きましたよー」
「そ、そうでしたか……」
どこか不貞腐れているように言う鈴を見て、真耶は「あぁ〜、なるほど……」と何かを納得した様子だった。
「皆さんは引き続き、周辺の警戒に当たってください。まだ襲撃者が残っている可能性があります。
補給、整備が必要な人は言ってくださいね? 教師部隊と交代させますので〜」
真耶の指示に従い、鈴たちはそのまま周辺警戒に入った。
専用機持ちたちは基本的にダメージが少なかったため、行動続行に支障はなかったが、やはり訓練機で戦闘してきた三年の精鋭たちは、機体の方が悲鳴をあげていた為、そのまま学園内へと帰投することとなった。
「あとは、システムの奪還だけね」
「そちらも精鋭たちが当たっているのだろう? ならば、我々の出る幕はないだろうな」
「そうだといいけど……一夏のあの様子から、中で何が起きてるのかわからない状態だよね……」
「ふむ……しかし、師匠はどうやって、我々の危機に気づいたのだろうか?」
「確かに……。一夏さんはずっと、倉持技研の方にいらしてたんですわよね?」
少々疑問に感じる事はあるが、一夏が戻ってきたことによって、少なからず安心感を得たメンバー。
切迫した戦いが終わり、一息つけた面々は、そのまま任務を続行した。
「まぁ、んなことは後からあいつに聞けばいいんじゃないの? とにかく今は、あいつに任せるしかないでしょ……」
「……そうだな、鈴の言う通りかもしれん」
「あぁ。師匠を信じるとしよう……それも、弟子の務めだからな!」
「カタナっ……!」
一方で、学園内へと入って行った一夏は、鈴からもらった地下区画にあるという対策本部へと向かっていた。
以前、皆からのサプライズ企画で、明日奈とともに地下区画へと誘導させられて、この地下区画に入った事があったが……。
「こんな場所が、学園の地下にあったのか……!」
以前入った場所よりも、入り組んだような通路が多く、どことなく異質な雰囲気を感じた。
そんな雰囲気に包まれていた一夏だったが、《白式》からの通知で、我に帰った。
「ん? これは……」
突き当たりの道を右に曲がった辺りで、生命反応があったのだ。
しかも、《白式》から送られてきたそのデータには、一夏のよく知る人物の情報が入ってきた。
「これは……千冬姉かっ!?」
一夏のよく知る人物……姉の千冬がそこにいると知り、一夏は急いで千冬のいる地点へと向かう。
「うおっ!? なんだ、これっ……!」
千冬のいる場所へと近づくにつれ、何やら戦闘を行なったと思しき痕跡が多数発見。
そして、千冬がいる場所……地下区画の一室の前に着いた途端、一夏は目を見張った。
ドアも壁も、まるで爆破されたかのように破壊されていて、その中に千冬と、ISスーツを着て、手錠で縛られている見知らぬ女性の姿があった。
「ん? 織斑、戻ったのか?」
「千冬姉っ! なんだよこれ!? 一体何がどうなってんだっ?!」
「学校では『織斑先生』だ!」
「あっ、す、すいません……! じゃなくてだなっ! なんだよこれ……一体何が起こったんだ? それに、そこで縛られて倒れてる人は、何者なんだよ……」
いつもの会話だったが、今はそれを続けるつもりはない。
一夏の問いかけに、千冬は一瞬だけ、どう言ったものかと悩んでいる表情になるが、「まぁ、いいだろう」と一言いうと、ため息を一つ。
そのまま真剣な眼差しを、一夏に向けた。
「今から数十分前……。IS学園に国籍不明、所属不明のIS部隊が襲撃して来た。
襲撃者たちの目的は不明。だが、謎の新型ISの奇襲と共に、学園のシステムにハッキングが仕掛けられている」
「っ!? おいおい、それ大丈夫なのかよ?!」
「今は三年の電子戦に長けている精鋭達と、更識妹がシステム奪還のために全力を注いでいる状態だ。
残りは襲撃してきた敵勢力の迎撃に当てている……。お前の口ぶりからすると、すでにあいつらには会ったんだろ?」
「あぁ……ちょうど片がつきそうだったから、俺も少し手伝って、今ここにきてるんだけど……」
「ならば、あとはシステムを奪還するだけなんだがな……どうも、桐ヶ谷と楯無が苦戦しているようでな」
「っ!? それだ! カタナはどこにいるんだっ!? それに、キリトさんも苦戦って……」
「あの二人なら、今は別室で電脳ダイブしている」
「で、電脳ダイブ?」
「ああ……。ISのコアネットワークを利用して、仮想世界にダイブするシステムが、この学園にはあるんだ」
「フルダイブマシーンがあるのかっ!?」
「まぁ、似たようなものだろうな。しかし、良いタイミングで戻ってきたな、織斑。
お前には至急、楯無と桐ヶ谷の援護を頼みたい。出来るな?」
「ああっ! もちろんだ」
「二人がいるのはここだ。急いでダイブして、システム奪還を急げ」
「了解!」
千冬から二人がいる場所のデータをもらい、一夏は急いで刀奈と和人がダイブしている場所へと向かった。
「…………はぁ……。どうだ? 今のお前で、私の弟に勝てると思うか?」
「…………随分と身内贔屓をするんだな」
千冬は拘束され、横たわっていた隊長に問う。
どうやら数分前から意識が戻ってきていたことに気づいていたらしい。
隊長らそのままやり過ごそうとも思ったが、《ブリュンヒルデ》にその様な小細工は通じないと判断したのだ。
「身贔屓ではないさ。これは事実だと思って言っているんだ……。実際にはどう思った? 生身の私に苦戦しているようでは、ISを纏った弟に勝つのは難しいと思ったのだがな」
「っ…………」
何も言い返せなかった。
確かに、千冬の言う通りだったのだ。
正直な話、一夏はまだ学生の身分だ。ISに乗っている期間も短く、実戦経験も隊長の半分にも満たないはずだ。
しかし、なぜなのだろう……。
一夏の姿を見たとき、まるで歴戦の猛者のような雰囲気を纏っていたように見えたのだ。
「お前の弟は、一体なんなんだ……!」
「ん? 私の弟に文句でもあるのか?」
「そうではない。だが、明らかにお前の弟は異常だ。男でありながらISを駆り、圧倒的に少ない戦闘経験でISを進化させる……。
お前だってわかっているはずだ……っ! お前の弟は、これまでの世界の常識を変えてきていると言うことにっ……!」
「…………それでも、何も変わらない。あいつは馬鹿だが真っ直ぐで、真面目で優しい……。
それでいながら、芯は強く持っている……私の自慢な弟だ……」
普段は絶対に見せないであろう誇らしげで、かつ、優しそうな千冬の表情に、隊長は少し意外そうな表情をとった。
「……なんだ、その目は?」
「いや……お前でも、そんな顔をするのだなと思っただけだ」
「貴様は私をなんだと思っているんだ?」
「別に何も思ってなどいない。ただ、《ブリュンヒルデ》としてのお前しか見ていなかったからな……情報と違うだけだ」
「安易に情報を信じるな、と言うことだろうさ」
「しかし、『ブラザーコンプレックス』であるという情報は合っていたらしい」
「おいっ……その情報はなんだ? むしろ、その情報源を流した奴は誰だ、教えろ」
「お、おいっ、やめろっ! 何故馬乗りになる!!」
隊長は慌てた。
千冬の目が、先ほど戦った時と同じように戦闘モードになっていたために……。
隊長は驚いた。
自分が動かないことをいい事に、壁際に追い詰めて、馬乗りになって退路を完全に防ぐ千冬の行動に……。
「な、なんなんだっ!? お前はっ!!?」
「そんなことはどうでもいい。それよりも、お前のその情報源はどこのものだ、言え」
「知るかっ! 知っていたとしても教えるわけがないだろうがっ!」
「そうか……。では、教えたくなるまで尋問といこうか?」
「くっ、何をすーーー」
「さぁ、吐け! 吐かなければ苦しくなるぞっ!」
「何故そこまでして聞きたがるんだお前はっ!」
自分の知らない千冬の一面に、面食らうと同時に、面倒だと思ってしまった隊長だった。
「カタナっ! カタナっ!! カタナっ!!!」
学園の地下区画。
その通路を自分の専用機《白式・熾天》で高速移動する一夏。
周りには誰もいない。
学園の地下区画は、一夏たちも知らない場所もあり、この学園には、まだまだ知らないことがたくさんありそうだ。
不安な気持ちが募る一方で、《白式》に通信が入った。
『一夏っ! 戻ってきたのっ?!』
「この声……簪かっ?!」
システムの奪還のために、電子戦をしている簪からの通信だった。
「お前、今大丈夫なのかっ?!」
『うん。もう少しでシステムを奪還、復旧させることができるんだけど、お姉ちゃんたちの方が……っ!』
「そうだ、それだ! カタナ達は、一体どうなっているんだっ!?」
『お姉ちゃんと和人さんは、このハッキングの原因にもなっている中枢部へとシステムクラックの為に、電脳ダイブを行い、内部からシステムを奪還するって手筈だったんだけど……』
「もしかして、なにかトラップ的なものが……?」
『うん……。お姉ちゃんは意識を囚われて、和人さんは、トラップの防衛プログラムに引っかかって、今はトラップが生み出した敵と交戦中っ……!』
「っ!? なんだそりゃ……。キリトさんへの援護とかは? それにカタナの意識は取り戻せないのかっ?!」
『どっちもやってるけど、二人に干渉しているプログラムが、ものすごく手強くてっ……!
こんなシステムハック、見たことがない!』
電子系統には強い簪が、ここまで言う相手……。
一夏も薄々は感じていた……学園と防衛システムをかいくぐり、システムハッキングと、ISによる奇襲を成功させれる存在。
それは軍でも、民間企業でも、私設武装集団でもない……たった一人で、この世界を塗り替えた人物。
「束姉っ……!」
疑念が膨れ上がる。
なんのためにこんな事をしたのか? そもそもの目的が何なのか?
束は昔から突拍子もない事を思いつき、即時行動に移ってきた。
それが、世界があっと驚く発明品を生み出してきたわけだが、今回はその領分を超えていると言っていい。
「簪、今から俺も電脳ダイブをする。サポートはできそうか?」
『えっ!? でも、一夏も囚われちゃったらっ……!』
「大丈夫だ……。こっちには助っ人がいるからな」
『助っ人?』
一夏は《白式》のシステムを起動させ、とある人物を呼んだ。
「ストレア! 聞いていたか?」
『はいはーい! ちゃーんと聞いてたよー!』
「今まで何してたんだよ……」
『ごめんごめん〜。新しく整備した白式のシステム調整具合を確かめてたのっ。
状況は理解してるよー! 私は何をしたらいいのぉ〜?』
「今からカタナと、キリトさんを救出するために、電脳ダイブを試みる。
ストレアには、簪と一緒にシステムに邪魔されないように、サポートしてほしいんだ……出来るか?」
『合点了解♪ じゃあ、簪のところに行けばいいんだねっ?』
「ああ、頼んだぞ!」
ISのシステムを介して、ストレアは簪の専用機《打鉄弐式》のコアネットワークへと侵入する。
『はいはーい! ストレアだよぉ〜!』
「ストレアっ……お願い、手伝って!」
『わおっ?! いきなりだねぇ〜! さてさて……それじゃあ、お姉さんの力っ! 見せてあげるっ!!』
無事《打鉄弐式》のシステムに入ることができたストレア。
簪の切迫したような雰囲気に煽られて、ストレアもシステムクラックの補助をした。
そして、その間に一夏はダイブルームへとたどり着き、中に入った。
中では、二人の少年少女が横たわっている。
言うまでもなく、キリトこと桐ヶ谷 和人と、カタナこと更識 刀奈の両名だ。
「カタナっ! キリトさんっ!」
一夏は《白式》を解除して、二人のところへと駆け寄る。
二人は普通に眠っているような感じだが、只今システムによるトラップに引っかかっている。
このダイブで、一体何が起こっているのか……。
外にいる一夏たちには、全くもってわからない。
「くそっ……何がどうなっているんだっ……!」
『あっ、チナツゥ〜! ちょっと、ちょっとぉ〜!』
「っ?! どうしたストレア!? 何かあったのかっ?」
『いや、チナツと話したいって、ユイが』
「ユイって……ユイちゃんかっ?!」
『はい、その通りです』
「ユイちゃん!? 無事だったのかっ?!」
とても幼く、かつ、利口そうな声が聞こえた。
和人と明日奈、二人の子供であり、ストレアのお姉さんに当たるユイだった。
ユイもダイブする父、キリトとカタナをサポートしていたらしいのだが、二人がトラップに引っかかり、それと同時に急激に強まってシステムハックの猛威に、簪と戦っていたらしい。
「ユイちゃん、キリトさん達はどういう状況なんだっ?!」
『パパとカタナさんは、さっき簪さんが言った通り、敵のトラップに引っかかり、身動きが取れない状況にありました。
カタナさんは意識は取り込まれて、パパはなんとか脱出したのですが、それによって生み出されたカウンターシステムによって、今は敵と交戦中……っ!』
「交戦中って……、中では、どんなことになっているんだ?」
『パパは、旧アインクラッドに似た仮想空間で、戦闘を行なっています。どうやら敵は、初めから二人を排除しようとしていたみたいでっ……!』
「その様子だと、相手は手強いのか?」
『はい……。それに、パパの装備レベルが低くて……』
「カタナの方はどうなんだ?」
『カタナさんは、意識を取り込まれているんですが、これと言って悪影響があるわけではありません……。しかし、カタナさんがいるところにも、見たことのない仮想世界が広がっていて、カタナさんは、そこから抜け出せなくなっているようです!』
「その仮想世界……俺が入っても大丈夫なのかなっ?」
『おそらく、カウンターシステムが発動すると思いますが、今は学園のシステムクラックと、パパの排除を同時に行わないと行けませんから、今ならその隙をつけるんじゃないかと思います!』
「わかった……。なら、今すぐにでも、俺がダイブするよ!」
『はい! パパの方は、私たちに任せてください! チナツさんは、カタナさんの援護にっ!』
「大丈夫なのか?」
『はい! 絶対にパパを救い出して見せます!』
さすがは《アインクラッド》をクリアに導いた英雄と、騎士団副団長の娘さんだと、一夏は改めて感心した。
「なら、キリトさんの方は任せたぞ? ストレア、ユイちゃんの事も、手伝ってやってくれよ?」
『もちろん♪ 私に任せて!』
「よしっ……」
一夏は刀奈の隣にあるダイブスペースに横たわり、簪がダイブマシーンよシステムを起動させた。
『それじゃあ、一夏っ……気をつけてねっ』
「あぁ……。必ず、カタナとキリトさんと、三人で戻ってくるよっ……!」
『うんっ……! お姉ちゃんの事、お願いっ……! システム起動! 一夏っ、今!』
簪の声を聞き、一夏は目の前に表示されたカウントダウンを目にする。
システムが正常に起動しており、ダイブする準備が整った……。
一度深呼吸をして、開いていた目を、ゆっくりと閉じた。
「ーーーーーリンク・スタートッ!!!!!!!!」
次回はダイブした一夏と、敵と交戦中である和人との描写を書いていきたいと思います^_^
感想よろしくお願いします!