ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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今日のメイン戦闘は千冬です。






第96話 《ブリュンヒルデ》

「白坂先輩っ!」

 

「はいよっ!」

 

 

 

学園の守備に入っていた専用機持ちと二、三年の精鋭たち。

現在、学園側であるこちらに戦力の分がある。

だが、思いの外敵機の性能が優れているのか、中々攻略の糸口を掴めずにいた。

しかし、そんな中でも善戦を行っている。

 

 

 

「はあああッ!!!!!」

 

 

 

麻由里の攻撃がヒットし、敵ISの上体を反らすことに成功。

そして………。

 

 

「篠ノ之ッ!!」

 

「でやあああああッ!!!!!」

 

 

 

渾身の力を込めて放った《犀牙》が胸部に決まる。

装甲を剥がし、その中にあった肉体に深々と刺さった。

 

 

「ぬっ!?」

 

「□□□□□□ッーーーー!!!!」

 

「篠ノ之っ! 何してるっ、さっさと離れろっ!」

 

「っ! はっ!!」

 

 

 

 

確かに刺さった。左手に持っている《空裂》は、間違いなく敵ISの胸部に深々と刺さった。

しかしそれは、本来ならば、生身の人間の心臓を突き破ったのと同じ事だ。

こんな状況下にあって、手加減などは考えられなかったし、している場合ではない。

しかし、いざ刺してみたあとだと、その手に残る感触は、一気に体中に伝わっていき、体が震えた。

しかし、問題はそれだけ……いや、そこじゃなかった。

 

 

 

「なんだっ……今の感触は……?」

 

「どうした、篠ノ之?」

 

「白坂先輩……あの敵……生身の感触が……っ!」

 

 

 

信じられない……そう言いたそうな表情で、箒は敵ISを見ていた。

いや、麻由里もその事に驚愕しているのは間違いない。

なんせ、箒が心臓を貫いたのに、まるで、何事もなかったかのように、敵は動いているのだから。

 

 

 

「あの敵っ……いったい何だ?」

 

「わかりません……しかし、あれは到底、人とは思えない!」

 

 

 

箒の困惑は、他の者たちも感じていた。

 

 

 

 

「くっ……!? しぶといですね……! それに、どれだけのエネルギーも所有しているでしょうかね……」

 

「これだけ攻撃してるのに、一向に倒れない……! まるでフロアボスみたい……!」

 

 

 

前衛に時雨、後衛をシャルが勤めていた。

時雨お得意の《警視流》による様々な攻撃を受けても怯まない、シャルの猛攻を直接受けても墜ちることは無い。

まるで相手にしているのが人間ではなく、モンスターのように感じられた。

 

 

 

「チッ! 人間離れした化け物かっ……! だがまぁ、潰しがいがあっていいなっ!」

 

「ハハッ、そんな血の気の多い事言ってると、どっちが襲撃者かわからなくなるっスねぇ〜」

 

「うるさい、黙れ。それと貴様、代表候補生で専用機持ちならば、もっとしっかりと仕事をこなせ……っ!」

 

 

 

 

フォルテの仕事っぷりに不満を表すラウラ。

しかし、当のフォルテはそんな事を気にもとめず、敵の攻撃を避けているだけだ。

 

 

 

「いやぁ〜、自分は防御単能なんで、攻撃はダリル先輩に任せてるんっスよぉ〜」

 

「お前も攻撃技持ってんだろうが! ダラダラしてねぇでお前も撃てよ!」

 

「ええ〜……めんどいっス」

 

 

ダリルもフォルテを叱責するが、当の本人とあまりやる気が見られない。

《イージス》

そのコンビ名に相応しい技量を持ち合わせているのに、この二人はどうしてこうもやる気がないのか?

軍に属しているラウラからすれば、除隊させた後に、軍法会議に出席させて、重い刑罰……あるいは銃殺刑に処したいと思ってすらいる。

 

 

 

「………」

 

「鈴さん? どうかなさいましたの?」

 

「いや、別に……」

 

 

 

ここにきて、悪態の一つもつかない鈴の姿に疑問を持ったセシリア。

しかし鈴は、セシリアの疑問に受け合うこともなく、再び敵ISに攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「ちょっ、鈴さんっ!?」

 

 

 

慌ててセシリアも射撃態勢に入る。

しかし、射線に鈴が入っていて撃てずにいた。

 

 

 

「くっ……!」

 

 

 

撃たなければ鈴がやられる。

しかし、撃っても鈴に直撃する。その葛藤に頭を悩ませていたセシリアだが、しかしそれは杞憂に終わる。

 

 

 

「ッーーーー!!!!」

 

「□□□ッーーーー!!!」

 

 

 

 

鈴が動いたのと同時に、敵機も動く。

鈴が斬りかかれば避けて、逆に反撃してきて、距離を開けると砲撃してくる。

 

 

 

「ふぅーん……なるほどね」

 

「鈴さんっ、四時方向ッ!」

 

「わかってるわよっ……!」

 

 

 

後ろから斬りつけてくる敵機に対して、《青龍》の切っ先を突き立てた。

無論、腕部についた刃を弾いただけで、倒すまでには至らなかったが、うまいこと距離を取る事ができた。

そして、鈴は戦闘開始からずっと気になっていたことに、ようやく気がついた。

 

 

 

「セシリア……こいつら、似てると思わない?」

 

「似ている? 何にですの?」

 

「こいつらの戦い方よ。以前こんな感じに戦う奴、見た事ない?」

 

「と言われましても……」

 

 

 

何の事だかさっぱり……。と言いたそうな顔で鈴を見るセシリア。

じゃあ違う人ならばと、今度は箒の方を見る鈴。

 

 

 

「箒は? あいつどう思う?」

 

「私か? そう言われても………んっ……」

 

 

 

鈴に促されて、箒も相手の様子を伺ってみた。

相手はじっとこちらの出方を待っている。

15機全てが、だ。

改めて見直してみると、それが異様な光景である事に気づく。

 

 

 

(何故奴らは襲ってこない? あれだけ大出力のビーム砲があれば、全機で撃てば、我々を一掃できるはずっ……!)

 

 

 

疑問はさらなる疑問を呼び、それが確信に変わるまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

「っ!!? おい鈴っ、こいつらはまさかっ!」

 

「あんたも気づいた? こいつら、あの時の奴と一緒なのよね」

 

「ちょっと! わたくしを除け者にしないでいただけますっ!?」

 

 

 

勝手にファースト、セカンド幼馴染の間で話が進んでいく。

鈴の言った意味を、箒はすぐに理解した。

それは……

 

 

 

「全員聞きなさい! あいつらは、多分『無人機』よ!」

 

「「「「無人機ッ!!!!?」」」」

 

 

 

鈴の言葉に、その場にいた箒以外のメンバーが、一様に大きな声をあげて驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

 

ガギィンッ!

 

 

鋼がぶつかり合う音が響いた。

戦闘が開始してから、いったいどれくらいの時間が経ったのだろうか……。

IS学園の地下区画にて行われていた、生身の人間 VS 世界最強の兵器の戦闘。

これだけ見てみれば、まず間違いなく兵器の方が勝つに決まっている。

しかし、その人間の方が、規格外でなければの話だが……。

 

 

 

「クっ……!」

 

「ふふっ……!」

 

 

 

高速で放たれてくる剣撃。

その技量の高さに、隊長である女は驚嘆した。

これが、人の為せる技なのか……と。

しかし、今回ばかりは相手が悪いと、内心では思っていた。

斬りつけてくる相手……初めてこの世界で『最強』の称号を賜り、世界の頂点に立った女。

《ブリュンヒルデ》織斑 千冬。

彼女が現役を引退し、ドイツ軍のIS部隊の教官をし、任期満了に伴い、日本に戻って、IS学園の教師をしている事を知った。

かつての相棒である専用機はなく、ただの人に戻ったのだろうとばかり思っていたのだが、しかし、憶測はあくまでも憶測に過ぎない。

実際に、目の前にいる女は、生身でここまでISと戦っている。

しかし、それももう終わりだ。

 

 

 

「ふむ……?」

 

 

 

千冬がチラッと自身の刀を見る。

何度となく斬りつけている内に、刃はボロボロになり、刃こぼれしている。

すでに四本の刀が刃こぼれしており、千冬は両手に持った刀も地面に突き刺した。

そして、また新たな刀を抜き放つ。

シュラン……っ! と、鞘から刀身が抜き放たれる際に聞こえた音色と、その刀を持つ千冬の姿が、見事なまでにマッチしている。

全身黒いボディースーツという異様な姿ではあるが、その姿はまさしく、『サムライ』だった。

 

 

 

 

「っ、いい加減にしてもらおうか……」

 

「ん……?」

 

 

 

 

なんだ、お前喋れたのか?

と言わんばかりに、挑発的な笑みを浮かべる千冬。

しかし、隊長もそんな安い挑発には乗らない。

いや、乗らないように訓練を受けてきた。

 

 

 

「米軍の特殊部隊というのは、随分も暇を持て余しているようだな?

わざわざこんな極東の島国の、こんな学園にまで派遣されてくるとは……」

 

「…………」

 

「何も喋らなくていいぞ。お前たちの目的は、大体想像がつく……。五月に乱入してきた、無人機のコア……。

我々は破壊、処分したと言ったのだがな……早々に信じる馬鹿どもはいないと思っていたよ……。しかし、それだけではないのだろう?

それよりも重要なのは……桐ヶ谷と、一夏の専用機……と言ったところか?」

 

「っ………!!」

 

「いや、最も重要なのは一夏のだろうな。あいつの《白式》には毎回驚かされる。

今までの常識をはるかに覆す現象を起こしてきた。そして、私の弟という全体的なアドバンテージがある以上、お前たち米国だけではなく、世界中が一夏のデータや専用機を欲しているだろうからなぁ?」

 

 

 

千冬の言葉に、隊長は何も言い返さない。

まぁ、ここまであからさまな動きをしておいて、今更だとは思うが、さすがは《ブリュンヒルデ》だと、改めて思い知った。

 

 

 

「そこまでわかっていながら、なぜっ……!」

 

「生身ではISに敵わない……か?」

 

 

 

不敵な笑みを浮かべた千冬。

右手に持っていた刀をくるくると回しながら構えを取り、そして、しっかりと握りしめると……。

 

 

 

「並の人間ならなッーーーー!!!!」

 

 

 

突然、千冬の姿が消えた。

あまりの突然の出来事に、隊長は一瞬だけ狼狽した。

しかし、視覚的に消えただけであって、千冬の姿は、ISのレーダーが捉えている。

しかし、さらなる驚きが、隊長を襲う。

 

 

 

「ーーーーどうした? 胴がガラ空きじゃないか」

 

「ッーーーー!!!!??」

 

 

 

 

纏っているIS……《ファング・クエイク》のレーダーが、千冬の居場所をとらえた。

だが、その場所は……

 

 

 

(いつ懐に入ったッーーーー!!!!??)

 

 

 

防御……。

頭ではそう判断している。

だが、思考に体の反射がついていかない。

両手で防御に回ろうとしたが、それよりも速く、千冬の刀が閃いた。

 

 

 

 

「グッーー!!?」

 

「どうした、まだ終わりではないぞっ!」

 

「うっ?!」

 

 

 

また消えた。

そして、また懐に入られている。

しかし、今度ばかりはナイフ型ブレードを展開し、千冬の放つ剣撃を受け止めた。

 

 

「ほう? 一度見ただけで反応したか? だが、そんな付け焼き刃のような防御……いつまで保つかな?」

 

「くっ……!」

 

 

 

 

ニヤリと笑う千冬の表情に、隊長は苦虫を噛んだような表情を取る。

恐るべき身体能力。

生身の人間がISと対等に渡り合えるはずはない。

それが世界の常識だった。

しかし、目の前の女は、弟と同様に、あらゆる常識を超えてくるのだ。

もはや、同じ人間だとは到底思えなかった。

先ほどから一瞬だけ姿が消えるのも、何らかの技術によるものなのだろう。

彼女の体からは、ISの装備などは検出されていない。

ならばそれは、間違いなく千冬本人の技量からくるものだ。

 

 

 

 

「私を一瞬だけでも見逃すのがそんなに不思議か?」

 

「っ……」

 

 

 

心の声を聞かれたような気がした。

そして、千冬はそんな隊長の顔を見て、嬉しそうに語る。

 

 

 

「貴様にはわからんだろうが、これは古来の歩法だ。名を『抜き足』という」

 

「ヌキ、アシ……?」

 

「人間の脳というのは、目の前にあるもの全てを知覚しているわけではない。

必要な情報と、そうでない情報とを区別し、必要ないものは認識していない……。でなければ、脳がキャパを越えてしまうからな」

 

「…………」

 

「だからこれは、人間が自動的に作り上げる無意識の領域に入り込む歩法技……とでも言えばいいのか?

さて、答え合わせをしてやったんだ……早々にくたばってくれるなよ?」

 

「ちっ!」

 

 

 

 

再び千冬が消える。

否、消えたように、自分の脳が錯覚させているのだ。

『抜き足』は、脳の無意識の領域に入り込む……故に、その対処法としては、その無意識の領域に意識を向けなければならない。

目の前で拳銃を突きつけられていても、その銃を向けている相手の服装や、アクセサリーの種類やメーカーなどに注目するような、蛮行にも等しい行為をしなければ、『抜き足』は破れない。

人間は、必ず必要な情報だけを得ようとする。

マジシャンがマジックを披露する時にも、注目されているのは、マジックの結果だけ。

その過程であるタネを仕掛ける作業に目が行っていない。

視線を誘導させる技術……俗に『ミスディレクション』と呼ばれる技術だ。

『ミスディレクション』が視線を誘導し、自分以外を見ないように仕向けるのなら、『抜き足』は逆だ。

自分を見させておきながら、相手の視線の範囲外を掻い潜ってくるようなもの。

違う技術であるが、その本質は、人の本能を錯覚させる事にある。

 

 

 

 

「どうした、もっと攻めてきてもいいんだぞ? 『米国人(ヤンキー)』?」

 

「うるさいぞっ、『日本人(モンキー)』ッ……!」

 

 

 

 

完全に千冬の挑発に乗せられた隊長。

他の場所で待機している部下たちへの通信を遮断し、目の前の敵を屠るために神経を研ぎ澄ます。

 

 

 

「「ッーーーー!!!!」」

 

 

 

 

生身の人間と世界最強の兵器。

二つが一気に加速し、ぶつかり合う。

およそ常人が立ち入ることのできない戦いが、再び熱く燃えあがろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ〜し、各種点検終わりぃ〜! お疲れちゃんでしたぁ〜♪」

 

 

 

 

ヒカルノの言葉に、職員たちは安堵の表情をした。

今まで彼らは、多くのISを見てきたに違いない。

日本でも、国家代表と代表候補はいる。

その者たちのISだって、通常の量産型に比べて、かなりハイスペックなカスタム仕様になっているISのはずだ。

ゆえに、それらを見てきている職員たちからすれば、一夏のISも、その延長線上でしかなかったはず……。

しかし、二つほど忘れているのが、一夏は男であり、専用機は第四世代型の機体だという事。

ヒカルノを含めた職員全員が、男性であり、最新鋭の機体に乗る一夏のISに、ある意味緊張の面持ちで整備に臨んだはずだ。

ようやく終わった整備に、一夏も一安心して、愛機である《白式》の元へと行く。

 

 

 

 

「…………」

 

「あっ、一夏く〜ん。試しに乗ってみてくれぇないかい? 武器の状態も見てもらいたいし」

 

「あ、はい」

 

 

 

制服を量子変換して、ISスーツの状態になる。

《白式》に乗り込み、各部位の装甲が一夏の体に密着していく。

システムが起動、パーソナライズを行い、基本システムを再確認する。

ものの数秒で検索が終わり、いつもの《白式》へと戻った。

 

 

 

「えっと……武器……」

 

 

注文していた武器の出来栄えは、いかに……。

 

 

 

「おっ……おおっ……!!」

 

 

 

新たな姿となって抜き放たれた《雪華楼》。

元々は全部真っ白の刀だったが、今では、刀の峰の部分である鋼……『棟鉄』と呼ばれる部分が、澄み切ったような蒼色になっていた。

刃は白で、峰が蒼。

美しい刀が、より洗練された輝きを放っているようにも感じられた。

 

 

 

「ど〜だい♪ これが技術力よ!」

 

「凄いですよ! ちょっとこれ、試し斬りしていいですか?」

 

「ああ、構わないよ。あっちに訓練用のダミー人形があるから、それにシールドエネルギーを纏わせれば、ISと大差ない状態になるから」

 

「じゃあ、早速……!」

 

 

 

実験区画に入り、刀を正眼に構える。

突如、部屋の床からダミー人形が飛び出し、ジグザグに移動してきた。

なにやら前時代的な雰囲気を感じた一夏。

苦笑いが溢れる……。

 

 

 

「は〜い♪ じゃんじゃん行ってみよぉーー!!」

 

「ハハッーー!!!!」

 

 

 

イグニッション・ブーストで加速し、一瞬でダミー人形を横薙ぎ一閃。

ダミー人形とはいえ、一応擬似的なシールドエネルギーを張っているのだが、いとも簡単にダミー人形を両断してしまった。

 

 

 

(凄えっ!! なんて斬れ味だよっ……!!?)

 

 

 

次々にやってくるダミー人形を、これでもかと斬り倒していく。

二刀流スタイルを試してみても、どの刀も斬れ味は鋭く、驚くほど手に馴染む。

 

 

 

(太刀筋がブレない……っ! それに、機体そのものも…!)

 

 

 

今まで動かしてきた中で、一番反応速度が速い。

ヒカルノが言っていた、システムの整理のおかげなのだろうか、思った通りに機体が動く。

 

 

 

「ヌッフフ〜〜♪ どうだい、生まれ変わった白式と、《雪華楼・改》の出来映えはっ!!」

 

「ええっ……! 最高ですよ!」

 

 

 

 

最後のダミー人形を斬り倒し、実験終了となった。

手に馴染む感覚が、まだ全身から離れない。

ヒカルノの言う通り、自分の愛機《白式》が、生まれ変わったような感覚だった。

 

 

 

「よし! じゃあちょっと休憩を挟んで、それから最後に全体的にスキャンさせてもらうね? それで、今回の整備依頼は終了だ♪」

 

「了解でーーーー」

 

 

 

 

 

いちかーーーーーー

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

また、聞こえた。

自分の名を呼ぶ声が……。

しかし、それが誰の物なのかがわからない。

一体、誰が呼んでいるのか……?

 

 

 

 

「どったの?」

 

「いえっ、別に……」

 

 

ヒカルノには聞こえていないようだ。

では、自分だけにしか聞こえていないのだろうか?

相変わらず自分のISは限定モードのオープン・チャネルになっているため、特定の誰かに対して言っているわけではなさそうだ。

 

 

 

 

ーーーーーーーー助けて……。

 

 

 

(え……?!)

 

 

 

ーーーーーーーー助けて………………チナツ!

 

 

 

(っーーーー!!!!!!????)

 

 

 

チナツ……その名で呼ぶ人物は限られてくる。

そして、今ようやくわかった……。自分の名前を呼ぶ、彼方にいる誰かが……。

 

 

 

 

「カタナ……っ!」

 

「んっ……って、おいおい!? どうしたのさ一夏くん!?」

 

「すいませんヒカルノさん! 俺、戻らないと!」

 

「ええっ!? まだあと一個残ってるってーーーー」

 

「すいません! それは後日埋めあわせるって事で!」

 

 

 

 

ISを展開していた一夏を、止められる者など誰もいない。

一夏は両手に《雪華楼》を抜き放ち、新調された両刀を、左右横薙ぎに一閃した。

 

 

 

「すいません! ぶち抜きますッ!!!!」

 

 

 

振り抜かれた両刀からは、蒼色のエネルギー刃が飛び出し、研究室入口のシャッターを斬り裂いて、見事にぶち抜いた。

そこから一気に加速して、空へと飛翔する一夏。

そんな姿を、ヒカルノたち研究員は、呆然と眺めていることしかできなかった。

 

 

 

「お、織斑くんは、一体どうしたんですかっ!?」

 

「さぁ〜? なにやらテレパシー的なものを感じて、急いでどっか行ったよ?」

 

「それは見ればわかりますよっ! ああっ、別にシャッターを破壊しなくてもいいのに…………」

 

 

 

 

がくりと肩を落とす男性研究員。

そんな研究員の肩を、せめてもの慰めとしてポンポンっと叩くヒカルノ。

 

 

 

「いやぁ〜、若いってのは素晴らしいねぇ〜♪」

 

 

 

一夏が飛んで行った空を見ながら、ヒカルノはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

「だがまぁ、いろいろと収穫はあったさね……。ありがとう、織斑 一夏くん……」

 

 

 

ヒカルノはくるっと体を回転させて、研究室内部の奥にある、自分の私室へと向かって歩いて行った。

 

 

 

「これで始められるよ……。《次世代型量産機計画》を、ね…………!」

 

 

 

目的に一歩近づいた……。

その結果が、ヒカルノにとっては何より嬉しいものなのだ。

るんるん気分で足早に戻るヒカルノ。

しかし、他の研究員たちからは、ため息が漏れているのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でえやっ!」

 

「ふっーーーー!!!!」

 

 

 

ISと人間の対決という前代未聞の戦闘は、終始千冬が隊長を撹乱し、斬りつけているため、千冬の方が優勢だと思われるが、元々のスペックは、ISの方が上だ。

いくら千冬でも、素手でISには敵わない。だからこそ刀を用意し、それで対抗しているのだが、それでも、すでに五本の刀が刃こぼれ……あるいは、半ばでへし折れていた。

残る刀は最後の一本。

その刀で放たれる斬撃を、隊長は左腕で受け止めた。

 

 

 

「無駄だっ!」

 

「それを決めるのは私だ、お前ではない……!」

 

 

 

突如、力を抜いて、拮抗していた鍔迫り合いをやめる千冬。

すると今度は、隊長の腕に絡みつくように体を捻り、最後に腕に登って跳躍し、隊長の頭上へと飛んだ。

その動きを無論隊長も追ったが、突然、自身の首が、途轍もない力で絞め上げられるのを感じた。

 

 

 

「グッ……ガァーーーー!!!??」

 

「ふんっ……。絶対防御に頼っているから、判断が鈍くなるんだ」

 

 

 

千冬の言葉に耳を傾け、同時にわずかに目線が捉えた。

千冬の両手には、高強度なワイヤーが握られており、それが自分の首を絞めているのだと。

千冬の首を絞める力がどんどんと強くなっていく。

生身の人間が、ISを装備した特殊部隊の工作員を相手に勝利する。

そんな、夢物語のような武勇伝が、現実に起こりうるかもしれない。

 

 

 

「ガッ、ハァッ!」

 

 

 

だが、そこは賢いIS。

絞め上げるワイヤーを危機と判断したのか、自動的に切断した。

 

 

 

「グッ……らああっ!」

 

 

 

完全に頭に血が上っていた隊長。

《ファング・クエイク》の拳を容赦なく千冬に向けて放つが、千冬はそれを見越しており、軽く跳躍して躱すと、今度は空中で回し蹴りを放つ。

放った蹴りが、隊長の顔の左側面にヒットし、顔につけていたバイザーが弾き飛ばされてしまった。

 

 

 

「ほう……」

 

 

 

ようやくまともに顔を直視することができた。

金髪の髪を後ろで結っており、その眼光はとても鋭いものだった。

年齢は、千冬よりも少し下のようにも感じた。

 

 

 

「その殺気の混じった眼に似合わず、可愛い顔をしているな?」

 

「っ!!? 馬鹿にするなっ!」

 

 

 

イグニッション・ブーストで一気に近づき、渾身の拳を振るう。

千冬も刀でうまい具合に弾いたり、受け流してはいるが、元々の力の差は歴然たるものがある。

ここまで良いようにされて、隊長自身も黙ってはいなかった。

強力な猛攻を繰り出していき、ようやく、最後の一本をへし折った。

 

 

 

「終わりだーーーー!!!!」

 

 

 

力一杯に放ったボディーブロー。

しかし、攻撃がヒットした瞬間、千冬と自分の拳との間で、小規模な爆破が起きた。

千冬はそのまま地下通路の廊下へと飛ばされ、仰向けに倒れる。

さすがの千冬も、衝撃を受けて苦悶の表情になったが、それも一瞬の話。

しかし隊長は、そんな事よりも、自身の拳が感じた違和感の方が気になっていた。

 

 

「今のはまさかっ……『爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)』かっ!?」

 

 

 

千冬の顔を見る。

すると、千冬は今まで以上に不気味で、不敵な笑みを浮かべていた。

何かある……隊長の本能がそう感じた。

そして、ある事に気がついた。

それは、自身の周りに、千冬が使っていた刀全てが突き刺さっていた事を。

しかも、千冬は先ほどの衝撃で、自身だけでなく、その刀たちからも離れている事も……。

 

 

 

「ッ!? 貴様ッーーーー」

 

 

 

千冬の策略、仕掛けた罠に気づいた……。

が、もう遅い。

 

 

 

 

「『木っ端微塵』……!!!!」

 

「っ!!!?」

 

 

 

千冬の言葉を聞いた瞬間、突き刺さっていた刀全てが、強烈な爆発を起こした。

辺り一面を爆炎が覆い、その爆風が地下通路を駆け抜ける。

千冬は爆発の瞬間に起き上がり、爆風の勢いを利用して、その場を離れる。

曲がり角の壁を蹴って、急速な方向転換をし、驚異的な速さでその場から立ち去る。

しかし、それを逃す隊長でもない。

 

 

 

「逃すかぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

爆炎の中から飛び出す《ファング・クエイク》。

その場に千冬の姿が無くとも、《ファング・クエイク》のレーダーはしっかりと千冬を捕捉していた。

曲がり角を曲がって、直進距離約15メートル。

この程度の距離、ISにとってはほとんどあるようでない程の距離だ。

一気に加速して、千冬を捕らえようとする。

だが、伸ばした腕を軽く躱して、またしても胸元に蹴りを入れる。

しかも、蹴りながらもまたしても方向転換して、地下区画の一室に入って行った。

 

 

 

「チィッ! 小癪なっ……!」

 

 

 

千冬が入って行ったドアの向こうは、闇に包まれており、目視ぇ中を確認することはできない。

ましてや、入って行ったドアは、人間が通れるサイズのドアのため、ISを展開している今の隊長では、潜り抜けるのは無理だ。

ならば、やるべき事は一つだけ……。

 

 

 

 

ーーーーバアァァァーーーン!!!!!

 

 

 

答えは、破壊する……だ。

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

ドア一帯を破壊して、中に突入すると、そこに千冬の姿があった。

真っ暗な部屋の中で、一人突っ立ってそこにいる。

諦めたか……? いや、そんな筈はないと、細心の注意を払って構えた。

だが、その手段を取る事自体、すでに遅かったのだ。

 

 

 

「出番だっ、真耶ッ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

何もない空間と思っていたところを、千冬は掴んだ。

そして、空間が捻じ曲がったように見え、やがてそれを剥がすように取り払う。

光学迷彩を施した布地。

それによって隠されていた物を、隊長は目の当たりにしたのだ。

 

 

 

「っ!!? それはっ……!」

 

 

 

目の前にあるのは、一つの砲台だった。

 

 

 

「《クアッド・ファランクス》ッ!!!?」

 

 

 

増設された脚部。その数は本来ある脚部装甲を含めれば全部で六本。

そして、大型ガトリングガンが四門も搭載された《ラファール・リヴァイヴ》。

強固な反動制御を行わなければならないために、一切動く事を許されない代わりに、圧倒的なまでの面制圧力と破壊力を手に入れた機体だ。

そしてそれに乗るのは、日本代表候補生にまで上り詰めた優秀なパイロット『山田 真耶』。

 

 

 

「激アツッ! 大当たりですッ!!!!!」

 

 

 

トリガーを引いた。

四門のガトリングガンの砲身が一斉に回り始め、驚異的なまでの破壊力と連射機能を持った弾丸たちが、容赦無く隊長に降り注ぐ。

とっさに防御姿勢を取るも、圧倒的な物量の前に、シールドエネルギーはすぐさま消えて無くなる。

麻耶が全弾撃ち終わる後にはもう、《ファング・クエイク》の姿は無く、気絶して横たわる女隊長の姿だけがあった。

 

 

 

「ふむ……やはり麻耶の淹れてくれたコーヒーは美味いな……」

 

「織斑先生……それ、インスタントのコーヒーですよ?」

 

「淹れ方によっても味は変わるさ……」

 

「そうですね♪」

 

 

 

 

一仕事終わった後の一杯は格別だ。

これが酒だったのなら、なおのこと良いと思ったのだが、それはまた今度にしよう。

 

 

 

「真耶、この女は私に任せろ。お前はそのままISで外に出て、あの小娘たちの手助けでもしてやれ」

 

「了解しました。では、後はよろしくお願いします」

 

 

 

 

真耶は《クアッド・ファランクス》の装備をパージして、通常の《リヴァイヴ》へと戻った。

そして、隊長が壊したドアから廊下へと出て、そのまま外へ向かって飛んで行った。

一人残された千冬は、横たわる隊長の両腕両足を縄で縛り、抱きかかえて担架にもできるベッドへと寝かせた。

 

 

 

「……さて、こっちの侵入者の拘束は済んだ……あとは、もう一人か……!」

 

 

 

鋭い眼光が、暗闇の部屋の中で光っていた……。

 

 

 

 

 

 




次回からようやく一夏が刀奈を助けるために、電脳世界へとダイブします!

そして明日奈とレーナの対決も書く予定ですので……(⌒-⌒; )

感想よろしくお願いします!


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