「白坂先輩っ!」
「はいよっ!」
学園の守備に入っていた専用機持ちと二、三年の精鋭たち。
現在、学園側であるこちらに戦力の分がある。
だが、思いの外敵機の性能が優れているのか、中々攻略の糸口を掴めずにいた。
しかし、そんな中でも善戦を行っている。
「はあああッ!!!!!」
麻由里の攻撃がヒットし、敵ISの上体を反らすことに成功。
そして………。
「篠ノ之ッ!!」
「でやあああああッ!!!!!」
渾身の力を込めて放った《犀牙》が胸部に決まる。
装甲を剥がし、その中にあった肉体に深々と刺さった。
「ぬっ!?」
「□□□□□□ッーーーー!!!!」
「篠ノ之っ! 何してるっ、さっさと離れろっ!」
「っ! はっ!!」
確かに刺さった。左手に持っている《空裂》は、間違いなく敵ISの胸部に深々と刺さった。
しかしそれは、本来ならば、生身の人間の心臓を突き破ったのと同じ事だ。
こんな状況下にあって、手加減などは考えられなかったし、している場合ではない。
しかし、いざ刺してみたあとだと、その手に残る感触は、一気に体中に伝わっていき、体が震えた。
しかし、問題はそれだけ……いや、そこじゃなかった。
「なんだっ……今の感触は……?」
「どうした、篠ノ之?」
「白坂先輩……あの敵……生身の感触が……っ!」
信じられない……そう言いたそうな表情で、箒は敵ISを見ていた。
いや、麻由里もその事に驚愕しているのは間違いない。
なんせ、箒が心臓を貫いたのに、まるで、何事もなかったかのように、敵は動いているのだから。
「あの敵っ……いったい何だ?」
「わかりません……しかし、あれは到底、人とは思えない!」
箒の困惑は、他の者たちも感じていた。
「くっ……!? しぶといですね……! それに、どれだけのエネルギーも所有しているでしょうかね……」
「これだけ攻撃してるのに、一向に倒れない……! まるでフロアボスみたい……!」
前衛に時雨、後衛をシャルが勤めていた。
時雨お得意の《警視流》による様々な攻撃を受けても怯まない、シャルの猛攻を直接受けても墜ちることは無い。
まるで相手にしているのが人間ではなく、モンスターのように感じられた。
「チッ! 人間離れした化け物かっ……! だがまぁ、潰しがいがあっていいなっ!」
「ハハッ、そんな血の気の多い事言ってると、どっちが襲撃者かわからなくなるっスねぇ〜」
「うるさい、黙れ。それと貴様、代表候補生で専用機持ちならば、もっとしっかりと仕事をこなせ……っ!」
フォルテの仕事っぷりに不満を表すラウラ。
しかし、当のフォルテはそんな事を気にもとめず、敵の攻撃を避けているだけだ。
「いやぁ〜、自分は防御単能なんで、攻撃はダリル先輩に任せてるんっスよぉ〜」
「お前も攻撃技持ってんだろうが! ダラダラしてねぇでお前も撃てよ!」
「ええ〜……めんどいっス」
ダリルもフォルテを叱責するが、当の本人とあまりやる気が見られない。
《イージス》
そのコンビ名に相応しい技量を持ち合わせているのに、この二人はどうしてこうもやる気がないのか?
軍に属しているラウラからすれば、除隊させた後に、軍法会議に出席させて、重い刑罰……あるいは銃殺刑に処したいと思ってすらいる。
「………」
「鈴さん? どうかなさいましたの?」
「いや、別に……」
ここにきて、悪態の一つもつかない鈴の姿に疑問を持ったセシリア。
しかし鈴は、セシリアの疑問に受け合うこともなく、再び敵ISに攻撃を仕掛ける。
「ちょっ、鈴さんっ!?」
慌ててセシリアも射撃態勢に入る。
しかし、射線に鈴が入っていて撃てずにいた。
「くっ……!」
撃たなければ鈴がやられる。
しかし、撃っても鈴に直撃する。その葛藤に頭を悩ませていたセシリアだが、しかしそれは杞憂に終わる。
「ッーーーー!!!!」
「□□□ッーーーー!!!」
鈴が動いたのと同時に、敵機も動く。
鈴が斬りかかれば避けて、逆に反撃してきて、距離を開けると砲撃してくる。
「ふぅーん……なるほどね」
「鈴さんっ、四時方向ッ!」
「わかってるわよっ……!」
後ろから斬りつけてくる敵機に対して、《青龍》の切っ先を突き立てた。
無論、腕部についた刃を弾いただけで、倒すまでには至らなかったが、うまいこと距離を取る事ができた。
そして、鈴は戦闘開始からずっと気になっていたことに、ようやく気がついた。
「セシリア……こいつら、似てると思わない?」
「似ている? 何にですの?」
「こいつらの戦い方よ。以前こんな感じに戦う奴、見た事ない?」
「と言われましても……」
何の事だかさっぱり……。と言いたそうな顔で鈴を見るセシリア。
じゃあ違う人ならばと、今度は箒の方を見る鈴。
「箒は? あいつどう思う?」
「私か? そう言われても………んっ……」
鈴に促されて、箒も相手の様子を伺ってみた。
相手はじっとこちらの出方を待っている。
15機全てが、だ。
改めて見直してみると、それが異様な光景である事に気づく。
(何故奴らは襲ってこない? あれだけ大出力のビーム砲があれば、全機で撃てば、我々を一掃できるはずっ……!)
疑問はさらなる疑問を呼び、それが確信に変わるまでに、そう時間はかからなかった。
「っ!!? おい鈴っ、こいつらはまさかっ!」
「あんたも気づいた? こいつら、あの時の奴と一緒なのよね」
「ちょっと! わたくしを除け者にしないでいただけますっ!?」
勝手にファースト、セカンド幼馴染の間で話が進んでいく。
鈴の言った意味を、箒はすぐに理解した。
それは……
「全員聞きなさい! あいつらは、多分『無人機』よ!」
「「「「無人機ッ!!!!?」」」」
鈴の言葉に、その場にいた箒以外のメンバーが、一様に大きな声をあげて驚いた。
「………」
ガギィンッ!
鋼がぶつかり合う音が響いた。
戦闘が開始してから、いったいどれくらいの時間が経ったのだろうか……。
IS学園の地下区画にて行われていた、生身の人間 VS 世界最強の兵器の戦闘。
これだけ見てみれば、まず間違いなく兵器の方が勝つに決まっている。
しかし、その人間の方が、規格外でなければの話だが……。
「クっ……!」
「ふふっ……!」
高速で放たれてくる剣撃。
その技量の高さに、隊長である女は驚嘆した。
これが、人の為せる技なのか……と。
しかし、今回ばかりは相手が悪いと、内心では思っていた。
斬りつけてくる相手……初めてこの世界で『最強』の称号を賜り、世界の頂点に立った女。
《ブリュンヒルデ》織斑 千冬。
彼女が現役を引退し、ドイツ軍のIS部隊の教官をし、任期満了に伴い、日本に戻って、IS学園の教師をしている事を知った。
かつての相棒である専用機はなく、ただの人に戻ったのだろうとばかり思っていたのだが、しかし、憶測はあくまでも憶測に過ぎない。
実際に、目の前にいる女は、生身でここまでISと戦っている。
しかし、それももう終わりだ。
「ふむ……?」
千冬がチラッと自身の刀を見る。
何度となく斬りつけている内に、刃はボロボロになり、刃こぼれしている。
すでに四本の刀が刃こぼれしており、千冬は両手に持った刀も地面に突き刺した。
そして、また新たな刀を抜き放つ。
シュラン……っ! と、鞘から刀身が抜き放たれる際に聞こえた音色と、その刀を持つ千冬の姿が、見事なまでにマッチしている。
全身黒いボディースーツという異様な姿ではあるが、その姿はまさしく、『サムライ』だった。
「っ、いい加減にしてもらおうか……」
「ん……?」
なんだ、お前喋れたのか?
と言わんばかりに、挑発的な笑みを浮かべる千冬。
しかし、隊長もそんな安い挑発には乗らない。
いや、乗らないように訓練を受けてきた。
「米軍の特殊部隊というのは、随分も暇を持て余しているようだな?
わざわざこんな極東の島国の、こんな学園にまで派遣されてくるとは……」
「…………」
「何も喋らなくていいぞ。お前たちの目的は、大体想像がつく……。五月に乱入してきた、無人機のコア……。
我々は破壊、処分したと言ったのだがな……早々に信じる馬鹿どもはいないと思っていたよ……。しかし、それだけではないのだろう?
それよりも重要なのは……桐ヶ谷と、一夏の専用機……と言ったところか?」
「っ………!!」
「いや、最も重要なのは一夏のだろうな。あいつの《白式》には毎回驚かされる。
今までの常識をはるかに覆す現象を起こしてきた。そして、私の弟という全体的なアドバンテージがある以上、お前たち米国だけではなく、世界中が一夏のデータや専用機を欲しているだろうからなぁ?」
千冬の言葉に、隊長は何も言い返さない。
まぁ、ここまであからさまな動きをしておいて、今更だとは思うが、さすがは《ブリュンヒルデ》だと、改めて思い知った。
「そこまでわかっていながら、なぜっ……!」
「生身ではISに敵わない……か?」
不敵な笑みを浮かべた千冬。
右手に持っていた刀をくるくると回しながら構えを取り、そして、しっかりと握りしめると……。
「並の人間ならなッーーーー!!!!」
突然、千冬の姿が消えた。
あまりの突然の出来事に、隊長は一瞬だけ狼狽した。
しかし、視覚的に消えただけであって、千冬の姿は、ISのレーダーが捉えている。
しかし、さらなる驚きが、隊長を襲う。
「ーーーーどうした? 胴がガラ空きじゃないか」
「ッーーーー!!!!??」
纏っているIS……《ファング・クエイク》のレーダーが、千冬の居場所をとらえた。
だが、その場所は……
(いつ懐に入ったッーーーー!!!!??)
防御……。
頭ではそう判断している。
だが、思考に体の反射がついていかない。
両手で防御に回ろうとしたが、それよりも速く、千冬の刀が閃いた。
「グッーー!!?」
「どうした、まだ終わりではないぞっ!」
「うっ?!」
また消えた。
そして、また懐に入られている。
しかし、今度ばかりはナイフ型ブレードを展開し、千冬の放つ剣撃を受け止めた。
「ほう? 一度見ただけで反応したか? だが、そんな付け焼き刃のような防御……いつまで保つかな?」
「くっ……!」
ニヤリと笑う千冬の表情に、隊長は苦虫を噛んだような表情を取る。
恐るべき身体能力。
生身の人間がISと対等に渡り合えるはずはない。
それが世界の常識だった。
しかし、目の前の女は、弟と同様に、あらゆる常識を超えてくるのだ。
もはや、同じ人間だとは到底思えなかった。
先ほどから一瞬だけ姿が消えるのも、何らかの技術によるものなのだろう。
彼女の体からは、ISの装備などは検出されていない。
ならばそれは、間違いなく千冬本人の技量からくるものだ。
「私を一瞬だけでも見逃すのがそんなに不思議か?」
「っ……」
心の声を聞かれたような気がした。
そして、千冬はそんな隊長の顔を見て、嬉しそうに語る。
「貴様にはわからんだろうが、これは古来の歩法だ。名を『抜き足』という」
「ヌキ、アシ……?」
「人間の脳というのは、目の前にあるもの全てを知覚しているわけではない。
必要な情報と、そうでない情報とを区別し、必要ないものは認識していない……。でなければ、脳がキャパを越えてしまうからな」
「…………」
「だからこれは、人間が自動的に作り上げる無意識の領域に入り込む歩法技……とでも言えばいいのか?
さて、答え合わせをしてやったんだ……早々にくたばってくれるなよ?」
「ちっ!」
再び千冬が消える。
否、消えたように、自分の脳が錯覚させているのだ。
『抜き足』は、脳の無意識の領域に入り込む……故に、その対処法としては、その無意識の領域に意識を向けなければならない。
目の前で拳銃を突きつけられていても、その銃を向けている相手の服装や、アクセサリーの種類やメーカーなどに注目するような、蛮行にも等しい行為をしなければ、『抜き足』は破れない。
人間は、必ず必要な情報だけを得ようとする。
マジシャンがマジックを披露する時にも、注目されているのは、マジックの結果だけ。
その過程であるタネを仕掛ける作業に目が行っていない。
視線を誘導させる技術……俗に『ミスディレクション』と呼ばれる技術だ。
『ミスディレクション』が視線を誘導し、自分以外を見ないように仕向けるのなら、『抜き足』は逆だ。
自分を見させておきながら、相手の視線の範囲外を掻い潜ってくるようなもの。
違う技術であるが、その本質は、人の本能を錯覚させる事にある。
「どうした、もっと攻めてきてもいいんだぞ? 『米国人(ヤンキー)』?」
「うるさいぞっ、『日本人(モンキー)』ッ……!」
完全に千冬の挑発に乗せられた隊長。
他の場所で待機している部下たちへの通信を遮断し、目の前の敵を屠るために神経を研ぎ澄ます。
「「ッーーーー!!!!」」
生身の人間と世界最強の兵器。
二つが一気に加速し、ぶつかり合う。
およそ常人が立ち入ることのできない戦いが、再び熱く燃えあがろうとしていた。
「よぉ〜し、各種点検終わりぃ〜! お疲れちゃんでしたぁ〜♪」
ヒカルノの言葉に、職員たちは安堵の表情をした。
今まで彼らは、多くのISを見てきたに違いない。
日本でも、国家代表と代表候補はいる。
その者たちのISだって、通常の量産型に比べて、かなりハイスペックなカスタム仕様になっているISのはずだ。
ゆえに、それらを見てきている職員たちからすれば、一夏のISも、その延長線上でしかなかったはず……。
しかし、二つほど忘れているのが、一夏は男であり、専用機は第四世代型の機体だという事。
ヒカルノを含めた職員全員が、男性であり、最新鋭の機体に乗る一夏のISに、ある意味緊張の面持ちで整備に臨んだはずだ。
ようやく終わった整備に、一夏も一安心して、愛機である《白式》の元へと行く。
「…………」
「あっ、一夏く〜ん。試しに乗ってみてくれぇないかい? 武器の状態も見てもらいたいし」
「あ、はい」
制服を量子変換して、ISスーツの状態になる。
《白式》に乗り込み、各部位の装甲が一夏の体に密着していく。
システムが起動、パーソナライズを行い、基本システムを再確認する。
ものの数秒で検索が終わり、いつもの《白式》へと戻った。
「えっと……武器……」
注文していた武器の出来栄えは、いかに……。
「おっ……おおっ……!!」
新たな姿となって抜き放たれた《雪華楼》。
元々は全部真っ白の刀だったが、今では、刀の峰の部分である鋼……『棟鉄』と呼ばれる部分が、澄み切ったような蒼色になっていた。
刃は白で、峰が蒼。
美しい刀が、より洗練された輝きを放っているようにも感じられた。
「ど〜だい♪ これが技術力よ!」
「凄いですよ! ちょっとこれ、試し斬りしていいですか?」
「ああ、構わないよ。あっちに訓練用のダミー人形があるから、それにシールドエネルギーを纏わせれば、ISと大差ない状態になるから」
「じゃあ、早速……!」
実験区画に入り、刀を正眼に構える。
突如、部屋の床からダミー人形が飛び出し、ジグザグに移動してきた。
なにやら前時代的な雰囲気を感じた一夏。
苦笑いが溢れる……。
「は〜い♪ じゃんじゃん行ってみよぉーー!!」
「ハハッーー!!!!」
イグニッション・ブーストで加速し、一瞬でダミー人形を横薙ぎ一閃。
ダミー人形とはいえ、一応擬似的なシールドエネルギーを張っているのだが、いとも簡単にダミー人形を両断してしまった。
(凄えっ!! なんて斬れ味だよっ……!!?)
次々にやってくるダミー人形を、これでもかと斬り倒していく。
二刀流スタイルを試してみても、どの刀も斬れ味は鋭く、驚くほど手に馴染む。
(太刀筋がブレない……っ! それに、機体そのものも…!)
今まで動かしてきた中で、一番反応速度が速い。
ヒカルノが言っていた、システムの整理のおかげなのだろうか、思った通りに機体が動く。
「ヌッフフ〜〜♪ どうだい、生まれ変わった白式と、《雪華楼・改》の出来映えはっ!!」
「ええっ……! 最高ですよ!」
最後のダミー人形を斬り倒し、実験終了となった。
手に馴染む感覚が、まだ全身から離れない。
ヒカルノの言う通り、自分の愛機《白式》が、生まれ変わったような感覚だった。
「よし! じゃあちょっと休憩を挟んで、それから最後に全体的にスキャンさせてもらうね? それで、今回の整備依頼は終了だ♪」
「了解でーーーー」
いちかーーーーーー
「っ!?」
また、聞こえた。
自分の名を呼ぶ声が……。
しかし、それが誰の物なのかがわからない。
一体、誰が呼んでいるのか……?
「どったの?」
「いえっ、別に……」
ヒカルノには聞こえていないようだ。
では、自分だけにしか聞こえていないのだろうか?
相変わらず自分のISは限定モードのオープン・チャネルになっているため、特定の誰かに対して言っているわけではなさそうだ。
ーーーーーーーー助けて……。
(え……?!)
ーーーーーーーー助けて………………チナツ!
(っーーーー!!!!!!????)
チナツ……その名で呼ぶ人物は限られてくる。
そして、今ようやくわかった……。自分の名前を呼ぶ、彼方にいる誰かが……。
「カタナ……っ!」
「んっ……って、おいおい!? どうしたのさ一夏くん!?」
「すいませんヒカルノさん! 俺、戻らないと!」
「ええっ!? まだあと一個残ってるってーーーー」
「すいません! それは後日埋めあわせるって事で!」
ISを展開していた一夏を、止められる者など誰もいない。
一夏は両手に《雪華楼》を抜き放ち、新調された両刀を、左右横薙ぎに一閃した。
「すいません! ぶち抜きますッ!!!!」
振り抜かれた両刀からは、蒼色のエネルギー刃が飛び出し、研究室入口のシャッターを斬り裂いて、見事にぶち抜いた。
そこから一気に加速して、空へと飛翔する一夏。
そんな姿を、ヒカルノたち研究員は、呆然と眺めていることしかできなかった。
「お、織斑くんは、一体どうしたんですかっ!?」
「さぁ〜? なにやらテレパシー的なものを感じて、急いでどっか行ったよ?」
「それは見ればわかりますよっ! ああっ、別にシャッターを破壊しなくてもいいのに…………」
がくりと肩を落とす男性研究員。
そんな研究員の肩を、せめてもの慰めとしてポンポンっと叩くヒカルノ。
「いやぁ〜、若いってのは素晴らしいねぇ〜♪」
一夏が飛んで行った空を見ながら、ヒカルノはニヤリと笑みを浮かべた。
「だがまぁ、いろいろと収穫はあったさね……。ありがとう、織斑 一夏くん……」
ヒカルノはくるっと体を回転させて、研究室内部の奥にある、自分の私室へと向かって歩いて行った。
「これで始められるよ……。《次世代型量産機計画》を、ね…………!」
目的に一歩近づいた……。
その結果が、ヒカルノにとっては何より嬉しいものなのだ。
るんるん気分で足早に戻るヒカルノ。
しかし、他の研究員たちからは、ため息が漏れているのであった……。
「でえやっ!」
「ふっーーーー!!!!」
ISと人間の対決という前代未聞の戦闘は、終始千冬が隊長を撹乱し、斬りつけているため、千冬の方が優勢だと思われるが、元々のスペックは、ISの方が上だ。
いくら千冬でも、素手でISには敵わない。だからこそ刀を用意し、それで対抗しているのだが、それでも、すでに五本の刀が刃こぼれ……あるいは、半ばでへし折れていた。
残る刀は最後の一本。
その刀で放たれる斬撃を、隊長は左腕で受け止めた。
「無駄だっ!」
「それを決めるのは私だ、お前ではない……!」
突如、力を抜いて、拮抗していた鍔迫り合いをやめる千冬。
すると今度は、隊長の腕に絡みつくように体を捻り、最後に腕に登って跳躍し、隊長の頭上へと飛んだ。
その動きを無論隊長も追ったが、突然、自身の首が、途轍もない力で絞め上げられるのを感じた。
「グッ……ガァーーーー!!!??」
「ふんっ……。絶対防御に頼っているから、判断が鈍くなるんだ」
千冬の言葉に耳を傾け、同時にわずかに目線が捉えた。
千冬の両手には、高強度なワイヤーが握られており、それが自分の首を絞めているのだと。
千冬の首を絞める力がどんどんと強くなっていく。
生身の人間が、ISを装備した特殊部隊の工作員を相手に勝利する。
そんな、夢物語のような武勇伝が、現実に起こりうるかもしれない。
「ガッ、ハァッ!」
だが、そこは賢いIS。
絞め上げるワイヤーを危機と判断したのか、自動的に切断した。
「グッ……らああっ!」
完全に頭に血が上っていた隊長。
《ファング・クエイク》の拳を容赦なく千冬に向けて放つが、千冬はそれを見越しており、軽く跳躍して躱すと、今度は空中で回し蹴りを放つ。
放った蹴りが、隊長の顔の左側面にヒットし、顔につけていたバイザーが弾き飛ばされてしまった。
「ほう……」
ようやくまともに顔を直視することができた。
金髪の髪を後ろで結っており、その眼光はとても鋭いものだった。
年齢は、千冬よりも少し下のようにも感じた。
「その殺気の混じった眼に似合わず、可愛い顔をしているな?」
「っ!!? 馬鹿にするなっ!」
イグニッション・ブーストで一気に近づき、渾身の拳を振るう。
千冬も刀でうまい具合に弾いたり、受け流してはいるが、元々の力の差は歴然たるものがある。
ここまで良いようにされて、隊長自身も黙ってはいなかった。
強力な猛攻を繰り出していき、ようやく、最後の一本をへし折った。
「終わりだーーーー!!!!」
力一杯に放ったボディーブロー。
しかし、攻撃がヒットした瞬間、千冬と自分の拳との間で、小規模な爆破が起きた。
千冬はそのまま地下通路の廊下へと飛ばされ、仰向けに倒れる。
さすがの千冬も、衝撃を受けて苦悶の表情になったが、それも一瞬の話。
しかし隊長は、そんな事よりも、自身の拳が感じた違和感の方が気になっていた。
「今のはまさかっ……『爆発反応装甲(リアクティブ・アーマー)』かっ!?」
千冬の顔を見る。
すると、千冬は今まで以上に不気味で、不敵な笑みを浮かべていた。
何かある……隊長の本能がそう感じた。
そして、ある事に気がついた。
それは、自身の周りに、千冬が使っていた刀全てが突き刺さっていた事を。
しかも、千冬は先ほどの衝撃で、自身だけでなく、その刀たちからも離れている事も……。
「ッ!? 貴様ッーーーー」
千冬の策略、仕掛けた罠に気づいた……。
が、もう遅い。
「『木っ端微塵』……!!!!」
「っ!!!?」
千冬の言葉を聞いた瞬間、突き刺さっていた刀全てが、強烈な爆発を起こした。
辺り一面を爆炎が覆い、その爆風が地下通路を駆け抜ける。
千冬は爆発の瞬間に起き上がり、爆風の勢いを利用して、その場を離れる。
曲がり角の壁を蹴って、急速な方向転換をし、驚異的な速さでその場から立ち去る。
しかし、それを逃す隊長でもない。
「逃すかぁぁぁッ!!!!!」
爆炎の中から飛び出す《ファング・クエイク》。
その場に千冬の姿が無くとも、《ファング・クエイク》のレーダーはしっかりと千冬を捕捉していた。
曲がり角を曲がって、直進距離約15メートル。
この程度の距離、ISにとってはほとんどあるようでない程の距離だ。
一気に加速して、千冬を捕らえようとする。
だが、伸ばした腕を軽く躱して、またしても胸元に蹴りを入れる。
しかも、蹴りながらもまたしても方向転換して、地下区画の一室に入って行った。
「チィッ! 小癪なっ……!」
千冬が入って行ったドアの向こうは、闇に包まれており、目視ぇ中を確認することはできない。
ましてや、入って行ったドアは、人間が通れるサイズのドアのため、ISを展開している今の隊長では、潜り抜けるのは無理だ。
ならば、やるべき事は一つだけ……。
ーーーーバアァァァーーーン!!!!!
答えは、破壊する……だ。
「っ……!」
ドア一帯を破壊して、中に突入すると、そこに千冬の姿があった。
真っ暗な部屋の中で、一人突っ立ってそこにいる。
諦めたか……? いや、そんな筈はないと、細心の注意を払って構えた。
だが、その手段を取る事自体、すでに遅かったのだ。
「出番だっ、真耶ッ!」
「はいっ!」
何もない空間と思っていたところを、千冬は掴んだ。
そして、空間が捻じ曲がったように見え、やがてそれを剥がすように取り払う。
光学迷彩を施した布地。
それによって隠されていた物を、隊長は目の当たりにしたのだ。
「っ!!? それはっ……!」
目の前にあるのは、一つの砲台だった。
「《クアッド・ファランクス》ッ!!!?」
増設された脚部。その数は本来ある脚部装甲を含めれば全部で六本。
そして、大型ガトリングガンが四門も搭載された《ラファール・リヴァイヴ》。
強固な反動制御を行わなければならないために、一切動く事を許されない代わりに、圧倒的なまでの面制圧力と破壊力を手に入れた機体だ。
そしてそれに乗るのは、日本代表候補生にまで上り詰めた優秀なパイロット『山田 真耶』。
「激アツッ! 大当たりですッ!!!!!」
トリガーを引いた。
四門のガトリングガンの砲身が一斉に回り始め、驚異的なまでの破壊力と連射機能を持った弾丸たちが、容赦無く隊長に降り注ぐ。
とっさに防御姿勢を取るも、圧倒的な物量の前に、シールドエネルギーはすぐさま消えて無くなる。
麻耶が全弾撃ち終わる後にはもう、《ファング・クエイク》の姿は無く、気絶して横たわる女隊長の姿だけがあった。
「ふむ……やはり麻耶の淹れてくれたコーヒーは美味いな……」
「織斑先生……それ、インスタントのコーヒーですよ?」
「淹れ方によっても味は変わるさ……」
「そうですね♪」
一仕事終わった後の一杯は格別だ。
これが酒だったのなら、なおのこと良いと思ったのだが、それはまた今度にしよう。
「真耶、この女は私に任せろ。お前はそのままISで外に出て、あの小娘たちの手助けでもしてやれ」
「了解しました。では、後はよろしくお願いします」
真耶は《クアッド・ファランクス》の装備をパージして、通常の《リヴァイヴ》へと戻った。
そして、隊長が壊したドアから廊下へと出て、そのまま外へ向かって飛んで行った。
一人残された千冬は、横たわる隊長の両腕両足を縄で縛り、抱きかかえて担架にもできるベッドへと寝かせた。
「……さて、こっちの侵入者の拘束は済んだ……あとは、もう一人か……!」
鋭い眼光が、暗闇の部屋の中で光っていた……。
次回からようやく一夏が刀奈を助けるために、電脳世界へとダイブします!
そして明日奈とレーナの対決も書く予定ですので……(⌒-⌒; )
感想よろしくお願いします!