ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

94 / 118


ワールド・パージ編、本格始動!




第93話 学園騒乱

「じゃあ、改めて自己紹介といこうか……。私の名前は『篝火 ヒカルノ』。倉持技研第二研究所所長だよ♪」

 

「あ、はい……。織斑 一夏です……よろしくお願いします」

 

「うんうん♪ よろしくよろしく〜」

 

 

 

研究室内で待っていた一夏。

そこに、先ほどのISスーツに、研究者を彷彿とさせる白衣だけを着ただけの変態さん……もとい、篝火 ヒカルノが現れた。

ニヤリと笑うヒカルノ。

ただそれだけなのに、どこか変な気配を感じてしまう。

 

 

「そんじゃ、色々と見せてもらうからねぇ〜。ISを展開してもらえるかな?」

 

「了解です」

 

 

 

 

一夏は《白式》を展開させて、ISをスキャンする台座に乗る。

そして、ゆっくりとスキャナーが下から上へと動いていき、IS全体をスキャンしていく。

 

 

 

「うーん、なるほどねぇ……。大した事はないにしても、少なからず損傷があるねぇ〜……」

 

「えっ? そうなんですか?」

 

「うん。なんか、激しい戦闘でもした?」

 

「はい……この前、学園内でタッグマッチトーナメントがあって、決勝まで戦いましたから……」

 

「ほほう……」

 

「でも、その後は整備科の先輩たちにも手伝ってもらって、修復はしたと思うんですけど……」

 

「確かにね……。修復はされているが、私から言わせて貰えば、まだまだだね♪」

 

「はあ……」

 

「腕は確かにいいが、それでも学生レベルさね。どれ、データも取りたいし、ついで修復を済ませちゃますかなぁ〜」

 

「じゃあ、お願いします」

 

「よぉ〜し! じゃあ、一回降りてもらえるかな? そっちの方が速いんでね」

 

「わかりました」

 

 

 

一夏は《白式》を展開したまま、その場に降りた。

改めて、《白式》を視界に入れる。

もう何度も、自分の体に纏い、戦ってきた相棒。

最初は、ただ単に真っ白だった機体……。しかし、今ではいろんな色に染まっている。

蒼い翼、薄紫の鎧、そして本来の白。

新しく増設した刀4本。

この姿になった《白式》を、降りてまともに見たのは、これが初めてだという事に気付いた。

 

 

 

(白式って、こんな姿だったんだなぁ……)

 

 

 

ここまで共に戦ってくれた相棒を見て、一夏は改めて決意した。

 

 

 

(これからも、共に戦っていこうな……。大切な物を、守るために……)

 

 

 

感慨深いものを感じる。

そんな表情をしていたら、ヒカルノのニヤニヤした顔が、視界にちらつく。

 

 

「な、なんですか……?」

 

「いいやぁ〜? ただまぁ、少年はISを大切にしてるんだなぁ〜って思ってね」

 

「ん? そんなの、当たり前じゃないですか……」

 

「おっと……そんな事をスパッと言えるなんて、かっこいいなぁ〜」

 

「いや、だって当然じゃないですか……。ISはパートナーみないなものなんですよ? 命を預ける相棒なんですから、大事にしますよ」

 

「うんうんっ……! いい事言ってくれるねぇ〜! でもね、そう思ってない人だっているんだよ」

 

「えっ? そうなんですか……?」

 

「まぁ、操縦者にはあんまりいないけどね。でも、その操縦者を使おうとするお偉いさん方はさ、そんなの心にも思ってないわけなのさ……」

 

「………」

 

 

 

確かに、ISを動かせない者たちにとって、ISとはただの兵器、あるいは人気取りのための道具でしかないだろう。

だが、それは違う。

確かに兵器だ。それはわかっている。だがそれは、ISだからではない……本当に注意しなくてはならないのは、それを使う人だ。

 

 

 

「さすがは千冬さんの弟くんだね」

 

「ん? 篝火さん、千冬姉のこと知ってるんですかっ!?」

 

「ヒカルノでいいよ〜。まぁ、知ってるも何も、同じ学校の同級生だったしねえ〜」

 

「同級生っ!? じゃあ、友達だったって事ですか?!」

 

「ノンノン……。私は同級生であって、友達ではないよ」

 

「え?」

 

「織斑 千冬にとっての友達、あるいは友人と呼べるのは、世界でただ一人、篠ノ之 束しかいない。

そしてその逆もまた然りだ……。篠ノ之 束にとっての友達は、織斑 千冬しかいない。

彼女たちは互いが唯一無二の存在であって、そこに私の入る余地なんてなかったのさ……」

 

「は、はぁ……」

 

 

 

それはそれで、とんでもない学生生活だったのではないだろうか?

千冬も、束も、互いが互いを認め合う唯一無二。

しかし裏を返せば、それ以外に友人が居なかったのではないだろうか……。

千冬の場合、家族ぐるみの付き合いである篠ノ之家や、一夏の友人達とも交流していた事があるため、その分人との繋がりは多かったが、束はどうだろう。

今に比べて、昔は極度に人を近づけさせなかった。

というよりも、近くに人が居なかったと思う。

そんな時期を、束と千冬はどのように過ごしていたのだろうか……。

 

 

 

「っと、話はここまでにして、さっそく作業に取り掛からせてもらうよ。

ちょっと時間が掛かるから、君は釣りでもしてくるといい」

 

 

ヒカルノは自分の持っていた竹製の釣竿を一夏に投げる。

一夏はそれを難なくキャッチし、一緒にバケツなどももらう。

 

 

「餌は現地調達でヨロシクゥ〜」

 

「あ、はい……」

 

 

 

あまり邪魔するのも悪いと思い、一夏は研究室を出る事に。

すると、一夏とすれ違う形で、研究室に白衣を着た人たちが何人か入っていく。

先ほど一夏をこの場に案内してくれた男性職員の他にも、女性職員姿もチラホラ。

職員達は一夏の姿を見ると、こちらに向かって会釈をする。

一夏も会釈をすると、女性職員達からは熱い眼差しを向けられ、男性職員達からは少し殺気立ったような視線を向けられた。

うん、ちょっと理不尽ではないだろうか?

その場に留まるのもあまり得策ではないので、一夏は早々に河原の方へと向かっていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「明日奈、着いたわよ」

 

「うん……」

 

 

 

一方、京都の街中を、高級車で走ること数十分。

よく見慣れた大きな館が見えてきた。

小さい頃から何度も来たことがある結城家の本家だ。

 

 

 

「さぁ、中に入って、着替えてらっしゃい」

 

「え? 着替えるの?」

 

「当たり前でしょう。本家の人たちも集まってるんだから、あなたは着物で迎えなさい」

 

「うん……」

 

 

 

一体何の目的があって集まっているのだろうか……。

そんなことを思いながら、明日奈は館内に入る。

すると、侍女の人たちが出迎えて、明日奈を着替えのある部屋まで案内する。

そして、用意されていた着物に袖を通す。

 

 

 

(なんだろう……嫌な予感がするなぁ〜)

 

 

 

不安な事というのは、思っていると的中することがあるが、今回に限って、それはないでほしいと思う明日奈。

そんな事を考えている間にも、着物の着付けは着々と済んでいき、最後の帯締めが終わった。

髪も綺麗に結ってもらい、豪華な髪飾りまでつけて。

 

 

 

「終わりました、明日奈様」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

侍女の人達の方が、明日奈よりも年上だろうに、わざわざ “様” をつけて呼んでくるのは、少し違和感を感じる上に、恥ずかしさを感じる。

だが、自然と受け入れている自分もいる。

何故なら、かつて過ごしていた浮遊城の中でも、同じような呼び方だったからだ……。

 

 

 

「さぁ、こちらへどうぞ。皆様の集まっておられる部屋まで、ご案内致します」

 

「はい」

 

 

 

侍女の方の先導によって明日奈は結城家の者たちが集う会場へと入った。

すると中には、すでに何十人と結城家の関係者が集まっていた。

見知った顔や、同級生の者たちも多い。

そんな彼からが、明日奈の存在に気づくと、一様に近づいてくる。

 

 

 

「明日奈さん」

 

「お久しぶりです、明日奈さん」

 

「お会いできて嬉しいです」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

あまりに心のこもっていない挨拶だ。

目の前にいる男三人。

年齢は明日奈と同じ18になる。

つまり、今年限りで高校を卒業する者たちだ。

彼らの親はどれも有名商社や病院、銀行などを経営している者たちばかり。

いわば、生粋のお坊ちゃんだ。

まぁ、それは明日奈も同じであり、総合電子機器メーカーのご息女たる明日奈も、いわば令嬢と呼ばれる立場だ。

こんな場では、こういう社交辞令のようなものがよく飛び交うのだ。

相手を傷つけず、物腰の低い態度で詰め寄り、相手の懐に飛び入ろうとするわけだ。

だが、ただ単にそれだけではないだろう、この場にいる者たちの中でも、明日奈はより目立つ存在だ。

あのSAOに囚われておきながら、生きて帰ってきたサバイバーの一人であり、今世界の中軸ともなっているISの操縦者なのだ。

これだけの条件が揃っていて、近づかない者などいないだろう。

 

 

 

「お身体はもうよろしいのですか?」

 

「今はIS学園でしたね。大変ではないですか?」

 

「え、ええ……まぁ、なんの不自由も無いですよ? あ、あはは……」

 

 

 

一体なんなのだろう……。

そう思っていた時だった、後ろから母である京子がやってきた。

 

 

「明日奈、ちょっと来なさい」

「あ、はい。ちょっと、ごめんなさい……」

 

 

 

少年達に断りを入れ、明日奈は母、京子の元へと歩み寄る。

 

 

「あの子たちはどう?」

 

「あの子たちって……今話してた人たちのこと?」

 

「ええ」

 

「えっと……まぁ、悪い人には見えないけど……なんで?」

 

「そう、それならよかったわ」

 

「えっ? な、何が……」

 

 

 

とてつもなく、嫌な予感がした。

そして、それは的中したのだった。

京子から発せられた言葉に、明日奈は驚愕の表情を浮かべた。

 

 

「今のうちにあの子達と仲良くしておきなさい。彼らはあなたのーーーー」

 

「っ………」

 

「ーーーー婚約者候補なんだから」

 

「…………ええっ!!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜……気持ちいいなぁ〜、ここ」

 

 

 

一方、清流な川へ一人で来ていた一夏は、ヒカルノからもらった竿を片手に、川沿いまで近づく。

とても綺麗な水が流れており、先ほどヒカルノが持っていた淡水魚の大きさからすると、かなりの生息数だと思う。

 

 

「えっと、ここら辺でいいかな……」

 

 

一夏は適当に場所を見つけて、そこら辺にある石などをひっくり返す。

だいたいそこには、ミミズなどの虫がいる為、それを餌に、魚を釣る。

昔釣りに行っていた頃は、こうやって釣りをしていた。

 

 

「そういえば……」

 

 

ふと、昔を思い出した。

小学生高学年から、中一にかけて、一夏は釣りをしていた。

その時からの付き合いである鈴と、よく川辺に行き、釣りをしているところを見てたのだが……。

 

 

 

 

「ぎゃあああっ!!!? あ、あんたっ、何してんのよっ!?」

 

「ん? 何って、餌を釣り針につけてるだけじゃないか……」

 

「いやいやいやっ! 餌って、それ虫じゃないのよっ!」

 

「虫つけた方が釣れやすいんだよ……」

 

「はあっ!? 他にもなんかあんでしょうよ! えっと、なんだっけ……? ツ、ツアーだっけ?」

 

「それを言うなら “ルアー” な。別に川辺でも使ってる人とかはいるかもだけど、あれ高いし……」

 

「だ、だったら虫以外の奴でいいじゃないのよ! 気色悪い……っ!」

 

「む……。気色悪いってなんだよ……。そう言う中国人は犬だって食べるんだろう?」

 

「食べないわよ! あんなん一部の人間だけだってぇのっ!」

 

「えっ!? そうなのっ!? てっきり国民全員が椅子や机以外の四本足のものを食うのかと思ってたぜ……っ!」

 

「誰が食うかっ!!! 中国人バカにすんなよッ!」

 

「あ、間違えた……椅子は食べるんだっけ?」

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

バシィィィーーーーン!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「………………あの時は、痛かったなぁ〜」

 

 

 

ふと過去の出来事を思い出した。

確かに、今も思えば、あそこで虫はない。

だが、虫の方がヒットする確率が高いのも事実。

あの時は配慮よりも効率性を取っていた。

そんなことを思いながら、久しぶりに落ち着いた空間にいる事を、改めて認識する。

 

 

 

「平和だなぁ〜…………」

 

 

 

のどかな風景に、清流のせせらぎ。

いつの間にか忘れてしまったような、静かな時間。

自然の音が、こんなにもはっきりと伝わってくる……。

こんなにも平和な時間は、あまりないだろう。

日常に帰れば、仕事仕事と忙しく、ISが出来てからは、女尊男卑という風潮が世に根付いた。

それに囚われない人たちもいるが、今では圧倒的に女性至上主義の者たちが多いだろう……。

そんな中で、一夏、和人の二人は、ある意味この世界に現れた救世主なのかもしれない。

立場の弱い男たちの希望……。悪しき風潮を覆してくれる事を願っている者たちもいるはずだ。

いつの間にか、そんな存在になってしまったか事を、今更ながらに気づいた。

 

 

 

「だけど、こうやってのんびりもしたいもんだなぁ〜」

 

 

 

毎日恋人の刀奈と特訓したり、生徒会の仕事に追われたり……。

たまには息抜きに買い物に行ったりしているが、それでもいつもの日常と変わらない。

だから、ある意味いい感じで、こんな非日常があってもいいのではないだろうかと思う。

 

 

 

(いつか、カタナとも、こうやってゆっくりできたらなぁ〜……)

 

 

 

晴れた日曜日に、どこか静かな場所にピクニックでも行って、一緒にご飯を食べたり、お昼寝したり、ゆっくりと過ごしたいものだ。

 

 

 

「はっはっは! まだまだ若いくせにぃ〜、もう老後の事でも考えているのかい〜?」

 

「っ!?」

 

 

 

この場には自分しかいないはず……。

そう思っていた一夏は、とっさに後ろを振り向いた。

そして振り向いた先にいた人物に、一夏は驚いた。

 

 

 

「っ?! ヒカルノさんっ!?」

 

「はいはい〜♪ ヒカルノお姉さんだよぉ〜♪」

 

 

相も変わらずISスーツに釣り竿という不釣り合いな姿で立っている女性。

先ほど研究室に入ったばかりの篝火 ヒカルノその人だった。

 

 

 

「あ、あれ? 研究室にこもってたんじゃ……」

 

「あぁ、実は私、ソフトウェア関連には強いんだけど、それ以外がパッとしなくて……。

だから、今は私も暇なのさ」

 

「は、はぁ……」

 

「というわけでぇ〜、隣、いいかい?」

 

「あ、はい。どうぞ」

 

「サンクス♪」

 

 

 

自由きままな野良猫。

それが彼女に対する第一印象だ。

そこは刀奈も同じなのだが、刀奈の場合は、飼い主にじゃれつく時と素っ気ない時を使い分ける飼い猫のような印象を受けた。

何もかもが自由きままなヒカルノとは、似ているようで似ていない。

 

 

 

「あっ、餌ちょうだい」

 

「いいですよ……虫ですけど、いいですか?」

 

「いいよいいよ、虫餌の方が釣れるから」

 

「ですよね……」

 

「でも女の子に出すんだったら草系がいいよねぇ〜」

 

「で、ですよね……」

 

 

 

やはりあの時、鈴が怒ったのも無理はないか……。

 

 

 

「ところで織斑くん、君はISソフトウェアについてどれくらい知ってる?」

 

「えっ? ISソフトウェアですか? えっと……たしか……」

 

 

一夏は授業で習った知識を、頭をフル稼働させて思い出す。

 

 

「たしか、ISのコアそれぞれに設定されているもので、《非限定情報集積(アンリミテッド・サーキット)》によって独自の進化をとげるのと、あとは先天的な好みとか、そういうのがあるんでしたよね?」

 

「うんうん。なかやか優秀な回答じゃないか♪ ちなみに、その《非限定情報集積》というのは、コア・ネットワークに接続する際に用いられる、特殊権限だね。

通常のネットワークでも用いられたら、コンピューターはハッキングし放題だし♪」

 

「なるほど」

 

「では続いての問題。コア・ネットワークとは?」

 

「えっと、元々は宇宙活動を想定したISの、星間通信プロトコルで、すべてのISがつながる電脳世界……でしたよね?」

 

「まぁ、だいたいそんな感じだ。なんだ、とてもよく勉強してるじゃないか〜♪」

 

「まぁ、うちの担任は鬼だし、スパルタの専属講師がついてるので……」

 

 

 

一夏の脳裏には、鬼の角が生えた千冬と、教員用の教鞭を手に取り、ペシッ、ペシッ、と手を叩きながら笑っている刀奈の姿が見えた。

 

 

 

「あっははっ! それもそうか……。じゃあさ、このコア・ネットワークにおける情報交換、あるいはデータバックアップなんてものが存在することは、知ってるかい?」

 

「え?」

 

「おや? 知らなかったかい? 例えば……君の《白式》! 君の機体が、織斑 千冬の専用機《暮桜》からワンオフ・アビリティーの情報を継承したことで、君の《白式》は《零落白夜》が使えたろ?

その他にだって、ファースト・インフィニット・ストラトス……《白騎士》の特集機能を再現したりもできるんだよ……」

 

「………」

 

 

 

そう言いながら、ヒカルノは横目で一夏を見る。

その顔は、妖しい目をしており、ここに来る時に見せた好奇心をあらわにしたような笑みではなく、まるで獲物を前に構えている猛禽類に近いものを感じた。

何をされるかわからないと、一夏が警戒をしていると、一夏の両手に、何やら手応えが……。

 

 

 

「お、一夏くん、引いてるよ」

 

「え?」

 

「ほら、一夏くんの竿、多分ヒットしてるんじゃないかい?」

 

「おっ!」

 

 

 

慌てて一夏が竿を引き上げる。

水面から現れたのは、なかなかに太った川魚。

ここに来る時にも、ヒカルノは釣りをしていたみたいだが、そんな彼女が持っていた魚よりも大きい。

おそらく、一番よあたりを出したのかもしれない。

 

 

 

「お見事」

 

「どうも」

 

 

 

久々にする釣りはいい。

待つのは大変だし、退屈だ。

しかし、こうやって釣れた時の高揚感はたまらない。

それから再度釣り針に餌を付けて、川へと入れる。

 

 

 

「んで……まぁ、私がしているのは、ぶっちゃけて言うと気難しいISの調教だったりするんだよねぇ〜」

 

「調教?」

 

「そ。まぁ、例えば、射撃武器が嫌いなISに、説得したり、使えるように訓練させたりする。

まさに調教さね……。まぁ、競走馬の育成みたいなもんさ」

 

 

 

そう言いながら、ヒカルノは自身の竿を上げる。

しかし、その釣り針には魚が掛かっていなかった。

 

 

「あー、逃げられたかぁー」

 

「大きかったんですか?」

 

「んにゃ、多分小さいね……」

 

 

それから再び餌を付けて川へ投げるヒカルノ。

変人ではあるが、誰かとゆったりとした時間を過ごす、一夏なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「電脳ダイブっ………?!」」

 

 

 

IS学園地下区画。

そこにあるとある一室に入った刀奈と和人。

そこにはまるで、ビーチチェアのような、縦長に伸びている座椅子が数個置いてある。

 

 

 

『そうだ。今現在、外からの攻撃と共に、学園のシステムにハッキングがかけられているのは言ったな?』

 

「はい。しかし、今それを三年生や簪ちゃんが相手にしているのでは?」

 

『それが、どうにも切り崩せない強者らしくてな。そこで、お前たち二人には、電脳ダイブで仮想空間に入り、直接その元を絶ってほしい。できるか?』

 

「ま、まぁ、できなくはないでしょうが……」

 

 

通信で伝わる千冬の声。

そんな千冬の問いかけに、刀奈は濁した表現で言った。

正直に言って、まさかIS学園の地下にこんな設備があった事自体が驚きだ。

そしてそれでダイブしろと言うのも、少し驚いた。

そして何より、仮想空間へとダイブと聞いて、まず最初に思い至ったのが……。

 

 

 

「これで、《ナーヴギア》や《アミュスフィア》の様にフルダイブができるんですかっ!?」

 

 

 

驚きの声をあげたのは、他でもない、和人だった。

フルダイブという技術、仮想世界というものに心奪われた少年。

VRの知識において、和人は普通の学生の知識量を遥かに上回る。

故に、このビーチチェアの様な物で、フルダイブができる事に驚いているのだ。

 

 

 

『ああ、可能だ。といっても、繋がるのはゲームの世界ではなく、学園のシステム領域の中だがな。

これは他でもない、お前たちにしかできないと、私は考えている……。

あの晶彦さんの作った世界で生き延びてきた、お前たちになら……っ!』

 

 

 

それが理由だった。

正直、この様な選出方法を取らずともよかった。

一年の専用機持ちだけを、電脳ダイブさせればよかったのかもしれないが、それだと表にやって来ている敵部隊を叩けない。

ゆえに、最もVR戦闘に長けた人物たちに行ってもらった方がいいと考えた。

 

 

 

『すまないが、やってくれないか……。お前たち二人の管理は更識妹に任せる』

 

「えっ? 簪ちゃんはシステムクラックに参加してるんじゃ……」

 

『あいつはあくまで補佐だからな……。それよりも、お前たちの方に何もトラップなどが仕掛けられていないと、わかったわけでもない。

ならば、そちらにも保険がいるだろう……』

 

「それは、そうですが……」

 

 

 

それでは簪に大きな負担をかけるのでは……?

そう思った時、第三者の声が聞こえてきた。

 

 

『お姉ちゃん』

 

「簪ちゃん?」

 

『私は大丈夫だから……。打鉄弐式とリンクして、お姉ちゃんたちの補佐をする。

バックアップは任せて……っ!』

 

「簪ちゃん……」

 

『そら、妹の方はやる気満々みたいだぞ? どうする、生徒会長?』

 

 

 

まるで茶化している様な雰囲気で尋ねてくる千冬。

そんな言葉に刀奈も諦めた。

 

 

「わかった……。じゃあ、背中は預けるわよ、簪ちゃん」

 

『うん! 任せて!』

 

 

 

そう言って、簪は通信を閉じた。

 

 

 

「それじゃあ、キリト……準備はいい?」

 

「ああ、いつでも……。っと、その前に……ユイ、いるか?」

 

『はい、パパ』

 

 

 

和人ら自身のブレスレットに話しかける。

すると、そのブレスレットから返事が返ってきた。

和人と明日奈の娘であるユイだった。

 

 

「お前も、簪の手伝いをしてくれないか?」

 

『簪さんのですか?』

 

「ああ……。システムクラックと俺たちの管理……いくら簪がすごくても、一人で二つを同時にするのは、やっぱりきついだろうし、ユイはシステム領域への干渉が、少しはできるだろう?」

 

『はい! できる限り頑張ってみます!』

 

「おお、頼んだぞ」

 

『はい!』

 

 

 

ユイとの通信が切れた。

改めて、和人は刀奈の方を向き直る。

 

 

「よし、いくか……!」

 

「ええ……!」

 

 

 

和人と刀奈は、ISスーツ姿になると、そのビーチチェア型の座椅子に横になる。するとシステムが起動し、フルダイブの準備を始めた。

 

 

『それではこれより、電脳ダイブを行います。二人とも、気をつけて……』

 

「うん。簪ちゃんも、頑張って」

 

「行ってくるよ、ユイ」

 

『はい、パパ。頑張ってください!』

 

 

 

 

カウントが開始された。

10から始まったカウント。

それが次第に半分の5になり、4、3、2、と減っていき、そして、とうとう0になった。

 

 

 

『電脳ダイブ、開始します!』

 

 

簪の声を聞き、息を飲む二人。

そして、二人同時に、言葉を発した。

 

 

 

「「リンク・スタートッ!!!!」」

 

 

 

二人の意識は肉体を離れ、IS学園のシステム領域へと入っていった。

 

 

 

 

 

「ん……」

 

「ここは……」

 

 

 

領域への侵入が成功し、二人は目蓋を開けた。

そして、そこに広がっていた景色に、驚いた。

 

 

 

「これは、宇宙……?」

 

「いえ、似ているけど、違うんじゃないかしら……。まぁ、不安定領域っていうなら宇宙と同じ様なものだけどね」

 

 

 

光る点などは、まるで星の様な輝きを持っていた。

しかし、そんな景観の中で、全く持って不釣り合いな代物がそこに現れた。

 

 

「なぁ、これって……」

 

「ドアよね……どう見ても」

 

 

 

二つのドアだった。

しかも、回す式のドアノブ。

真っ白で、機械的な印象を受けるドアだ。

 

 

 

「これに入って、この先にあるシステム異常の原因を突き止めて、可能ならば排除しろってことか?」

 

「多分……。しかも、お誂え向きに二つも用意されてるしね」

 

 

だが、それゆえに不自然でもある。

こんな何の変哲もない空間に、都合よく二人分のドアだけが出てくるだろうか……。

これは、千冬が言っていた罠である可能性が高い。

だが、目の前のドアを潜る以外に、他に取れる選択もない。

 

 

 

「だがまぁ、進んでみない事には、何もできないからな……」

 

「そうね。考えても始まらないわ……。行きましょう」

 

 

 

二人が意を決して、中に入ろうとした時だった。

不意にら簪から呼び止められる。

 

 

 

『一応、気休め程度だと思うけど、これを持って行って』

 

 

 

そう言って何かの作業をしていると、刀奈と和人と体が光り始めた。

 

 

「うおっ!?」

 

「な、なに?」

 

 

光がだんだんと弱まっていき、簪と言っていたものが何なのかがわかった。

 

 

「これは……!」

 

「もしかして……」

 

 

 

和人と刀奈の服装が変わっていたのだ。

和人は蒼い長袖シャツに少し黒みがかった灰色のズボン。

背中には片手剣《アニールブレード》があった。

刀奈も同様に、白の長袖シャツに、その上から茶色の半袖パーカー、下は黒いミニスカートという姿で、同じように背中には三又槍の《トライデント》があった。

 

 

『SAOの初期装備。何もないよりマシかと思って……』

 

「ああ、助かる……!」

 

「ありがとう、簪ちゃん♪」

 

 

二人は見えない簪にお礼を言って、刀奈は右のドアを、和人は左のドアに手をかけた。

 

 

「……じゃあ」

 

「いくぞ……!」

 

 

 

二人はほぼ同時にドアを開き、共に中に入った。

中は先ほどまで立っていた場所よりも暗く、この世とは思えぬ闇に包まれていた。

今まで体感したことのない感覚。

しかし二人は意を決して駆け出した。

後ろにあったドアが、完全に閉じたことを知らないまま……。

 

 

 

 

 

 

 

『ワールド・パージ……システム始動……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田先生、私たちも準備をしましょう……」

 

「は、はい! 織斑先生!」

 

 

 

一方、専用機持ちや、訓練機を駆り、出動していった二、三年生たちを送り出し、残った電子戦部隊の精鋭に指示を出し、千冬と真耶はその場を離れた。

 

 

 

「更識妹、聞こえるか?」

 

『はい、何でしょうか?』

 

「これから我々も戦闘態勢に移行する……。IS部隊の指揮をお前に譲渡しておく」

 

『えっ?! わ、私が指揮をとるんですかっ!?』

 

「なに、全ての行動をお前が指示しろとは言わん。だが、あいつらが窮地に陥った時、指示を出し、あいつらを助けることができるのは、お前しかいない」

 

『っ………』

 

「お前にはお前の姉と、桐ヶ谷のことも見てもらわねばならぬし、電子戦の補佐も任せている……。

お前には仕事をまかせてばかりだが、お前にならできると、私は思っている」

 

『どうして、そう、思うんですか……?』

 

「ん? そんなもの簡単だろう……」

 

『え?』

 

 

 

千冬ははっきりと、簪に告げた。

 

 

 

「お前は学園最強の、いや、更識 楯無の妹だろう?」

 

『っ?!』

 

「なら、これくらいの事、やってのけろ……。それを成せた時、初めてお前は姉を超えるだろうからな……」

 

『そんな、私は……!』

 

「何も、武勇だけが全てではない……。お前はお前のやり方で、目標を超えてゆけ……っ!」

 

『私の……やり方……』

 

「ではな……こちらも準備しなくてはならない。頼んだぞ」

 

『あっ! 織斑先ーーーー』

 

 

 

 

 

返事を待たずに、千冬は通信を切った。

そんな千冬の様子を、真耶はニコニコとしながら眺めていた。

 

 

 

「なんだ?」

 

「いえぇ〜……。先生も、そんな事を言うんだなぁ〜って、思っただけですよ」

 

「何が言いたい、真耶……」

 

「いえいえ、昔の織斑先生……いいえ、先輩は、絶対にそんな事言わないだろうなぁ〜って思って」

 

「ふん……昔の話だ」

 

「ではでは、私たちも、生徒たちにばかり負担をかけるわけにはいきませんね……っ!」

 

「ああ……。徹底的に潰すぞ……っ!」

 

「はいっ!」

 

 

 

 

二人は部屋を出てすぐに、地下区画へと入り、そのうちの一室に入った。

すでに用意していたボディースーツや、ISスーツに着替える。

漆黒のボディースーツは、ISスーツ同様、肌にしっかりとフィットするようにできており、千冬の女性らしさを象徴する体の線を浮き出させる。

そんな煽情的な姿と異なり、その両腰には三本ひとまとめ、計六本の刀が納められたホルスターをつけ、黒くて長い髪を一度解きほぐし、再度結い直す。

今までの一本纏めではなく、箒と同じポニーテールへと変わった。

 

 

 

「この髪型にするのも、ずいぶんと久しぶりになるか……」

 

 

 

かつては何度となくしてきた髪型だったが、今改めてやると、とても新鮮な気持ちになる。

 

 

 

「では、行くとするか……ッ!!!!」

 

 

 

 

世界最強の女剣士が、再び立ち上がる。

その身にまとった強烈な闘気は、あらゆるものを斬り裂く一振りの刀を彷彿とさせるものがあった……。

 

 

 

 






次回からは戦闘も入れていきます!

仮想世界と現実世界……二つの世界それぞれでバトルさせていきます!

感想よろしくお願いします!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。