ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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ようやく書けた。

そして、ようやくワールドパージ編スタートです!




第八章 ワールドパージ
第91話 嵐の前の静けさ


長い激闘の末、ついに決着が着いたタッグマッチトーナメント戦が終わり、IS学園は、普通の日常が続いていた。

学園内で行われていたデザート無料券を賭けた賭け事は、刀奈・箒のペアを優勝と予想した生徒たちに配布され、翌日から、テラス席などではケーキを食す生徒たちで埋め尽くされた。

 

 

 

「はぁー……いいなぁ〜、ケーキ」

 

「我慢なさいな、鈴さん」

 

「だいたい、あれはあたし達の試合を勝手に賭けて得てるんでしょう?!

頑張ったあたし達にだって、なんかあってもいいでしょうよ」

 

「まぁ、それは否定できませんわね」

 

 

平日の昼休み。

そこには優雅にお茶を楽しむセシリアと、すでに空になったアイスティーのグラスのそこを、ストローでズズズッと吸い上げる鈴のすがたがあった。

鈴は横目で、ケーキを頬張るクラスメイトや同級生、先輩たちの姿を見ながら、羨ましそうに眺めていた。

本来なら、頑張って戦った自分たちにも、何かあってもいいだろうにと、特別な報酬を要求したいのだが、そんなものが当然、出てくるわけなく……。

 

 

「付け加えて言うなら、また報告書を書かなきゃならないのよねぇ……」

 

「そうですわね……。わたくし達、専用機持ちの中にも、新装備や新パッケージを使用して、実戦稼働データを集めていた人達もいますものね」

 

「はぁー……いつになっても報告書とか苦手だわぁ〜」

 

「わたくしも、新しく小銃を装備しましたし、それによるBITとの並列駆動による稼働データを送らなくてはなりませんわ」

 

「あんたはそれだけでしょう? あたしはあんな超重量の馬鹿装備のこといちいち書かなくちゃいけないのよっ!?

あんな装備、もう二度と使いたくないってのに……!」

 

 

 

鈴が大会で使用した装備《四神(スーシン)》は、その装備とバリエーションから、あらゆる事態に対処できるのではないか? という開発部門の意向により製作されたパッケージ。

対艦刀の《青龍》高インパルス砲の《白虎》大型スラスターの《朱雀》防御鎧装の《玄武》。

中国で東西南北を守護する『守護獣』と呼ばれている四体の神獣の名を冠する装備を付けたはいいが、問題なのはその重量だ。

たった一つを装備するだけでも重いというのに、それを四ついっぺんに装備したのだから、当然といえば当然だ。

 

 

 

「それにプラス、装備損傷による損害報告もしなくてはならないのでは?」

 

「うわぁぁ〜〜!!!!」

 

 

 

本気の戦いだったとはいえ、簪の砲撃のせいで、《朱雀》の一部と、《青龍》を完全に破壊されてしまった。

その報告書も書かなくてはならない。

一気にかさむ書類の量に、鈴は頭を抱えて叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラウラ〜、そろそろ切り上げない? お昼ご飯食べる時間なくなるよ〜」

 

「ん? あぁ、そうだな。和人、今日はこれで終いにしよう」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 

一方、午前中の授業がISの実習だった事から、そのままアリーナを使用しての対戦形式の訓練を続けていたラウラと和人。

その近くでは、シャルが二人の様子を観察していた。

タッグマッチトーナメント戦以降も、こうやってラウラを練習相手に戦っている和人。

自身の装備《セブンズソード》の特性などを把握しながら、自分にあった戦い方を模索中だ。

 

 

「あーー……今日も倒しきれなかったかぁ〜」

 

「ふっ……そう簡単に倒せると思わん事だな。私とて、師匠からのご教授を受けているのだぞ?」

 

「いや、それは剣術としてだろ? ISの操縦技術じゃ、まだまだだって思ったんだよ」

 

「ふむ……。確かにそうだな。だがまぁ、それでも少しは動けるようになったのではないか?

ようやく歯車が噛み合ってきたような感じになっている」

 

「どういう事だ?」

 

「今までの和人は、バランスが悪かったのだ。馬力とギアがチグハグだった……つまり、和人とISとの間に、タイムラグが起きていた……ということだ」

 

「うーん……」

 

 

 

ラウラの指摘に、和人は考えた。

確かに、自分のイメージと機体の動きに、若干の誤差を生じていた。

それが、ラウラの指摘していた事ならば、今はようやく歯車が噛み合い始めたと言うのも納得できる。

 

 

 

「もう〜……まだなのかなぁ〜?」

 

「あっ、悪い悪い……」

 

「そう急くな、シャルロット。我々の本分は、勉学とIS操縦技術を身につける事なのだぞ!」

 

「それはわかるけど、食事や休眠、人としての取るべき行動をちゃんととらないとダメだよ」

 

「安心しろ。そんな事もあろうかと非常食はちゃんと用意してある」

 

 

そう言って取り出したのは、カ○リーメ○トだった。

それもチーズ味、チョコ味、メープル味、フルーツ味とバリエーション豊富に揃えている。

 

 

 

「もう、ダメだよ〜。女の子なんだから、もっとちゃんとした物を食べないと」

 

 

 

シャルとラウラは、一学期後半からの付き合いになるが、そうとは思えないほどに仲がいい。

と言うよりは、あまり世間の価値観を知らないラウラを、母性感全開で見守るシャル、という構図になっている。

はなから見れば、母親と娘の様な絵面さえ感じる。

 

 

 

「あっ、いたー! もう、早くしないと昼休み終わっちゃうよー!」

 

 

 

と、そこにまた新たな人物が現れる。

栗色の長い髪を揺らしながら、こちらへと駆けてくる少女。

その手には、大きなバスケットを持っている。

 

 

 

「もうー、またこんなになるまで訓練して。早く終わらないと、お弁当あげないからねぇー!」

 

「うわあっ!? それは勘弁してくれっ!」

 

 

 

お弁当をなくされると困る和人の事を誰よりも理解している少女。

いたずらっぽく笑う明日奈は、さらに追い討ちをかける。

 

 

「ほらー、早くしないと、全部食べちゃうよー♪」

 

「ま、待てって! 今行くから! ラウラ、シャルロットも行くぞ!」

 

「お、おい!」

 

「うん。行こ行こ♪ お腹空いちゃった」

 

 

 

全速力で明日奈の元へと走る和人と、ラウラの手を引っ張って和人の後を追うシャル。

その様子を、真の母性感漂う様子で見守る明日奈。

 

 

 

「ごめんごめん、ちょっと熱が入り過ぎちゃって……」

 

「もうー。ほんと、昔から、キリトくんは何かに集中すると戻ってこないんだから」

 

「あっはは……それについては、まことに申しわけなく……」

 

「本当にわかってるのかなぁ〜?」

 

 

 

いつも無茶をする夫の暴走を、止める妻の役目も大変だ。

 

 

 

「ラウラちゃん、いつもごめんね?」

 

「気にするな。私もこの様に挑んでくれる者がいてくれて、少し嬉しいくらいだ」

 

「えっ? でも、ラウラも小隊の隊長をしてるなら、小隊の部下の人たちにも訓練をしたりしてるんじゃ……」

 

「確かにするが、それはあくまで軍隊の訓練としてであって、個人訓練を共にするというのは、副長のクラリッサしかいなかったからな」

 

「なるほど……昔のラウラは、ちょっと冷たい印象あったしねぇ〜……」

 

「むっ……それはあの時だけだ! 今では、積極的に部下に対して助けを求め、意見を聞いているのだぞっ!?」

 

 

およそ一般常識というものに乏しいため、そこら辺がわかるクラリッサ以外の隊員たちにも助けを求めているのだろう。

 

 

「話を戻すが、だからこそ、和人の申し出を断ることはしない。むしろ嬉しいからな」

 

「そっか。なら、これからも訓練よろしくお願いします、少佐殿」

 

「ふんっ。いいだろう……私の指導は、知っての通り甘くはないぞ? ルーキー」

 

「望むところだっ……!」

 

 

 

どこか思考が似ている二人。

それを見ていて苦笑をする明日奈とシャルもまた、どこか思考が同じなのだろうと思えてくる。

 

 

 

「はい! もう、訓練の事はおしまい。ご飯にしよ!」

 

「うおお……っ! 今日も美味そうだな!」

 

 

バスケットの蓋をあけると、そこには美味しそうなサンドウィッチを始め、様々な料理があった。

 

 

「シャルロットちゃんとラウラちゃんも、一緒に食べよう」

 

「えっ? 僕たちもいいんですか?」

 

「うん。キリトくんなら絶対ここにいるってわかってたから、二人の分も作ってたの」

 

「む? 何故私とシャルロットが一緒にいるとわかったのだ?」

 

「えー? だって、いつも二人でいることが多かったから……」

 

「そ、それだけで判断したんですか……? 凄いですね、明日奈さん」

 

 

 

明日奈の正妻力には、もはや尊敬の念すらも覚えるシャルロットだった。

 

 

 

「と、いうわけで、さっそく食べよう♪」

 

「おう! いただきます!」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「うむ。いただくとする」

 

 

 

 

アリーナの観客席を利用して、四人で明日奈の手料理をご馳走になる。

訓練後に食べる明日奈の手料理は、とても美味に感じられた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ〜、簪ちゃ〜ん……」

 

「なに……? お姉ちゃん」

 

「これいつになったら終わるのぉ〜?」

 

「このままのペースで考えたら、夕方六時には終わる計算だと思う」

 

「はぁ〜……」

 

 

 

一方、生徒会室では、刀奈と簪……更識姉妹が向かい合って座り込み、デスクの上に大量に積まれた書類に目を通し、サインし、考慮し、また何かを書き込んでいく。

妹の簪は、黙々と目の前の書類を片付けていくのだが、姉である刀奈は、もううんざりというような表情で、デスクに顔を埋めた。

 

 

 

「はぁ〜……なんなのよこの量はっ……! 生徒一人でやらせるとか、おかしいでしょ!」

 

「仕方ないよ。だって、私たち二人だけで、アリーナのシステム障害。起こしちゃったんだし……」

 

「ううっ……」

 

 

 

最後の試合……つまりは決勝戦での、刀奈・箒ペアと一夏・簪ペアの試合は、今までの試合よりも壮絶を極めたものだった。

新型装備を揃えてきた刀奈と簪。

最新鋭の機体で、高速戦闘を行った一夏と箒。

そのペアの同士の勝負によって、アリーナの防御システムなどにエラーなどが発生した。

簪の大出力砲撃に、刀奈の対軍投擲。一夏と箒に至っては、エネルギーの波動がアリーナ全体にまで響くほどの衝撃を生んだ。

まぁ、最終的にシステムにとどめを刺したのは、更識姉妹の全力攻撃だったのだが……。

 

 

 

「そ、それを言うなら、チナツや箒ちゃんだって……」

 

「うん……だから、二人もそこで頑張ってるよ……」

 

 

 

簪がボールペンの先で指した方へ、視線を向ける刀奈。

生徒会室には、刀奈と簪以外にもまだ、もう一組のペアが書類もにらめっこしていた。

こちらもまた向かい合って座りながら、反省文を書いているようだ。

 

 

 

「なぁ、箒……あとどんだけ書かなくちゃいけないんだ?」

 

「知るか……私に聞くな」

 

「いや……もう15枚ほど書いてるんだけど……」

 

「私だって、もう20枚は書いているっ!」

 

「じゃあ、もうこれで終わりで良くないか?」

 

「じゃあ、なんでわざわざ千冬さんは、こんな量の反省文用紙を用意したんだろうな?」

 

 

 

箒が自身の左隣に置いてあった書類の束に手を乗せる。

厚さ的に、残り30枚ほどだろうか。

 

 

 

「おそらく、反省文だけではないだろう……我々は第四世代機を使っているんだ……その性能面での報告も書けという事なのではないか?」

 

「はぁ……俺、デスクワークあんまり得意じゃないんだけど……」

 

「しのごの言わず、とっとと書け! 終わらないではないか!」

 

「は〜い」

 

「シャキッとしろ!」

 

 

 

もはや姉から怒られる弟のような絵面になってきている。

 

 

 

「みなさん、少し休憩しませんか?」

 

 

と、そこに第三者の声が聞こえた。

お盆にティーカップと紅茶が入ったポット、お菓子などが乗ったお皿を持ってくる年上女性。

 

 

「あら〜、虚ちゃん! 気がきくぅ〜!」

 

 

布仏 虚。

生徒会会計を務めている三年生だ。

学年では首席の優等生で、整備科に所属している。

そして何より、彼女の淹れる紅茶がうまいのだ。

 

 

「会長は、もう少しちゃんと仕事をこなしてもらえますか?」

 

「ええっ〜!! 私だってちゃんと頑張ってるじゃないのよぉ〜!」

 

「先ほどからあまり進んでいないみたいですけど?」

 

「ううっ……」

 

「全く……普通にすれば速いし完璧なのに、どこかサボり癖があるんですから……」

 

「うううっ……」

 

 

 

年上の貫禄……だろうか?

刀奈が人に圧倒されるのは、あまり見た事がない。

明日奈に頭が上がらないのは、その所為なのだろうか?

 

 

 

「で、でもほら! もうお昼時だし? いいじゃない!」

 

「はぁー……あまり主人を甘やかすのは良くないと言われていますが……。仕方ありませんね」

 

「ヤッタァー!」

 

 

これもまた、姉と妹の日常を切り取ったような絵面だ。

虚は四人の隣ティーカップを置き、そこに紅茶を注いで行く。

紅茶の優雅な香りが鼻腔をくすぐる。

 

 

「「いただきます」」

 

「はい、ご賞味ください」

 

 

一夏と箒は、ボールペンを置くとティーカップとその受け皿を両手で持って、紅茶を一口啜った。

 

 

「あぁ……」

 

「うん……とても美味しいですっ……!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

丁寧なお辞儀をする虚。

刀奈からは世界一と言われるほど、紅茶の味。

布仏家は、代々更識家に仕えてきた家系のようで、虚も普段は刀奈の事を『お嬢様』と呼んでいる。

学園内では、さすがに『会長』と呼ばせている様だが。

 

 

カタカタカタカタカタカターーーー

 

 

「カタナ、休憩するんじゃないのか?」

 

「あともうちょっとでこれが、終わる…から………よしっ! 終わったーーーっ!!!!」

 

 

高速でキーボードをタイピングし終わって、そのデータを保存する。

自力で書類にサインをしたりしている中で、ノートパソコンを使って、生徒会の仕事も両立して行っているのだ。

そんな刀奈を見て、一夏は刀奈のそばにいき、お菓子を持っていく。

 

 

「ほら、休憩にしようぜ」

 

「…………ふっふーん♪」

 

 

なぜか一夏の顔を見て、ニヤリと笑う刀奈。

どうしたのだろうか? と、頭を捻っていると、刀奈が再びキーボードに指を持って行き……

 

 

 

カタカタ、カタ!

 

 

「ん?」

 

 

何かを打ち込んだと思い、パソコンの画面を見てみる。

するとそこには、「あ〜ん」という文字が。

 

 

「……ん……」

 

 

ここで『あ〜ん』をしろというのか?

と疑問に思った一夏が、刀奈の顔を見る。

すると、刀奈の指がまた動いた。

 

 

カタカタカタカタカターーー

 

 

 

画面を見る。

 

 

 

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

あ〜ん

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

一夏は皿に乗ったポッキーを一本取り出し、それを刀奈の口元へと持っていく。

すると、視線はパソコンの画面を見たまま、顔だけが動いて…………

 

 

 

「カッカッカッカッカッーーー」

 

「うおっ!?」

 

 

 

高速でポッキーを食す。

そのまま行ったら、指も噛まれそうだった為、一夏はポッキーを離してしまったが、そこは器用に落ちるポッキーをうまく口に入れる。

そして咀嚼しながら、またキーボードを高速でタップしていく。

 

 

 

「ん?」

 

 

 

カタカタカタカタカターーーー

 

 

 

再び画面を見る。

 

 

 

 

もいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこもいっこ

 

 

 

 

もいっこ……つまり、『もう一個』と言いたいらしい。

仕方がないと思いながら、一夏は再びポッキーを刀奈の口元へと持って行き、それを刀奈が……

 

 

 

カッカッカッカッカッカッカッーーーーーーーー

 

 

 

「会長、学園の備品で遊ばないでください」

 

 

 

バタンッ!!!!

 

 

 

「んぎゃあああーーーーッ!!!!!??」

 

 

いつの間にか目の前に現れていた虚。

そのままノートパソコンを勢い良く閉じた。

その為、キーボードの上に置いていた刀奈の指たちは、ノートパソコンに挟まれる様な状態になる。

しかとそれが通常の力加減なら別に痛くも痒くもないのだが、あいにく普通とは言えないほど力いっぱいに閉めた為、挟まれた刀奈は涙目を浮かべていた。

 

 

 

「いったぁ〜い〜ッ!!!」

 

「学園の備品で遊ばないでください、会長。それと、いちいち何かあるごとにイチャイチャしないでください、会長」

 

「なんか、棘を感じるんだけど……」

 

 

 

っていうか、怒るところはそこなのか……。

まぁ確かに、以前もその様なクレームが来たことがあったか……。生徒会宛に書類として。

 

 

 

「なによなによ、だったら虚ちゃんも速いところ彼氏作ればいいじゃない」

 

「っ…………」

 

 

それを言ったら、ダメなのではないだろうかとも思ったのだが、刀奈の言葉は、意外に虚にダメージを負わせていた。

 

 

「そ、それは……」

 

「ずっと前から気になってる人がいるって言ってたじゃんッ! 結局、どこの誰かはわかったわけっ?!

私には一向に教えてくれないし、自分でなんとかするとか言って、結局進展がどうなったのかも聞かされてないし」

 

「べ、別に良いではありませんかっ! わ、私の事は別に…………」

 

「もうっ! せめて誰なのかは教えてくれてもいいじゃないのよ!」

 

「えっと、それは…………」

 

 

 

 

なぜかしどろもどろと言葉を濁す虚。

普段の彼女らしくないと言えばらしくない。

 

 

 

「その……名前までは……ただ、織斑くんのお友達という事だけ……」

 

「…………」

 

 

沈黙が生徒会室を包んだ。

 

 

「だったらチナツに直接聞けば良くないっ!?」

 

「そ、それも考えたんですが、その、お忙しそうだったので……」

 

「それは逃げよっ、虚ちゃん! 今ここにチナツがいるんだから、聞きなさいよ!」

 

「いや、それは……!」

 

「なによぉ〜……答えられないのぉ〜?」

 

「ううっ……」

 

 

 

形成逆転。

さすがはお嬢様だ。

 

 

 

「そ、その……」

 

「うん」

 

「あの、学園祭の時に、来ていた……」

 

「ああ〜、弾ですか」

 

「「「っ!!!??」」」

 

 

 

その名前を知っている箒、刀奈が驚き、さらには聞いてきた本人である虚に至っては、顔を赤らめて俯いた。

 

 

「へぇ〜、あの子かぁ〜!」

 

「お、お嬢様は、彼に会ったことが……?」

 

「うん! 何回か。っていうか、チナツのお見舞いに来た事あったんだけど……あぁそっか、その時は、タイミング悪くて、虚ちゃんとは会ってなかったわね……。あとは、臨海学校前に、水着買いに行った時と、夏祭りの時に一回ね♪ と言っても、その時は妹さんを探しに走って行ったのをちらっと見ただけなんだけどね」

 

「はぁ……妹さんがいるんですね」

 

「あの、虚さん? なんでメモってるんですか?」

 

「えっ? な、なんとなく……?」

 

 

 

疑問に対する答えが疑問系になるのはおかしくないだろうか?

っというか、こんな虚を見たことがない一同。

 

 

「がっ、学校はどちらの学校でしょうかっ!?」

 

「えっ? えっと、藍越学園ですけど……?」

 

「藍越学園……たしか、都内にある私立の学校でしたね?」

 

「ええ。学費が安いですし、就職率も高い学校で、俺も本当だったらそこを受験しようとしてましたけど……」

 

「なるほど……家計のことを考えた上での選択ですか……。優しいのですね」

 

「まぁ……確かにあいつは実際に妹がいる分、かなり面倒見はいいですよ。

実家は定食屋やってて、あいつ、結構手伝いなんかやってますから、意外と器用ですし……」

 

「…………」

 

 

 

ものすごいスピードでメモを取る虚。

その後も一夏の知っている弾に関する情報を述べていく。

そしてそれを聞き逃すことなく迅速にメモを取る虚。

 

 

 

「なるほど……と、とても、参考になりました……!」

 

 

 

頬を赤く染めてマジマジとメモ帳を見つめる虚。

そんな虚の姿を見て、刀奈が動かない理由はなかった。

 

 

 

「う・つ・ほちゃ〜ん?」

 

「っ!!? あ、あぁ、いえ! それは、その……っ!」

 

「隠すな隠すなぁ〜♪ 仕方がないなぁ〜……こうなったら、お嬢様たる私が、一肌脱ごうではないかっ!」

 

「え、ええっ!?」

 

 

 

楽しそうに笑う刀奈。

だが、その笑みにはどことなくイタズラ心を滲ませるような雰囲気があって……。

 

 

 

(あ〜……あれは絶対に良からぬことを考えているな……)

 

 

 

長い間付き添ってきた一夏だから分かる。

絶対に何かをやらかすつもりだ……と。

 

 

「い、いいですよ……。お嬢様にそのような事……」

 

「大丈夫! 任せなさいな♪ 絶対にうまくいくプラン、練っておくから!」

 

「い、いいですってば! その、お嬢様がそのような事をなさると、かえって面倒な事に……っ!」

 

「大丈夫大丈夫! 今回はチナツも協力するから♪」

 

「ええっ!? 俺もするのっ?!」

 

「ええ〜……なによー、虚ちゃんの幸せを応援しようーって気にならないわけぇー?」

 

「な、なんだよ……なんでそんな棒読み……」

 

「はぁー……困ったわねぇ……弾くんの事、他に知ってる人いないかしらー」

 

「…………」

 

 

 

こうなると、否が応でも刀奈に巻き込まれるという事は、すでに学習している。

過去にどうやって切り抜けようかと試みたが、一夏の考えていることなど、まるでお見通しだと言わんばかりに、刀奈は策略を練っては、終始自分のペースに一夏を引き込んで行った。

故に、抵抗するだけ無駄だと、頭ではなく体が覚えてしまっている……。

 

 

 

「わかったよ……まぁ、俺にできる事なんて、たかが知れてると思うけど?」

 

「大丈夫。チナツはそのまま弾くんと何気ない会話しながら、日常生活に変化が会ったら、いろいろと教えてくれればいいし♪」

 

「はぁ……」

 

 

まぁ、誰かを傷つけるという類の話ではないので、一夏も乗るのに反対はしなかった。

 

 

「じゃあ近々、二人のための出会いプランを立てて、作戦を考えるから、そのつもりで。オッケー?」

 

「オッケー……」

 

「は、はい……わかりました」

 

 

 

 

急遽決まった、名づけて『虚と弾をくっつけよう作戦』。

企画運営を賜る刀奈の表情は、考えるまでもなく楽しそうであった……。

 

 

 

「はぁ……これでは、その弾という奴の方が大変だろう」

 

「うん……多分、私もそう思う」

 

 

 

静かに紅茶を飲みながら休憩を満喫していた、箒と簪なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みが終わり、午後の授業を終えて、夕方になった放課後。

四人はまた、生徒会室にこもり、残りの作業をやっていた。

 

 

「ねぇ、チナツ。それが終わったら、こっち手伝ってくれない?」

 

「ん? 生徒会宛に来た依頼書か?」

 

「うん。いろいろと改善してほしいとか、修繕してもらいたいもの……部費の増減に関するものとか、やる事が尽きないわけ」

 

「うん、いいよ。こっちも、後もうちょっとで終わるから」

 

 

 

そう言いながら、一夏は急いでペンを走らせた。

 

 

 

「生徒会の仕事、大変そうですね……」

 

「うーん……実際に大変よ。普通の依頼なんかもそうなんだけど、とりわけ苦情がねぇ〜」

 

「苦情?」

 

「ほら、窓際に置いてある段ボール箱の中、そこにその正体が眠ってるから」

 

 

 

つまり、直接確認してみてくれ……という事だ。

箒は席から立ち上がり、刀奈の言った段ボールの下へと歩み寄り、中に入っていた書類の一枚を取り出した。

 

 

 

『会長ばっかり織斑くんを独占し過ぎてると思いまーす!』

 

 

 

「…………」

 

「そういうコメントが多くてね。いやあ〜、困ったわねぇ〜」

 

「自業自得というやつですよ……これは」

 

「あら、冷たい事言わないでよぉ〜、箒ちゃん」

 

「それは、四六時中二人でベタベタとくっついているからですよ!」

 

「ええ〜、でも好きな人とは一緒にいたいじゃない!」

 

「それはわかりますが、楯無さんのは少々行き過ぎてるんです! まぁ、それは、明日奈さんも当てはまる事なんですが……」

 

 

 

今更もう驚かないが、やはり刀奈、明日奈両名の隣には、ほぼほぼ一夏と和人の姿がある。

一夏は自身の想い人であったが故に、その関係に納得し、理解はしているのだが、見せ続けられると、どうにもモヤモヤする。

 

 

 

「はぁ……これこそが、直葉の感じてる複雑な心境か……」

 

「ん? なんか言った?」

 

「いいえ、なんでもありません。ですのでこの案件は、お二人で乗り越えてください」

 

「ええ〜、助けてくれないのぉ〜?」

 

「何をどう助けろというんですか……とにかく、頑張ってください」

 

「はーい……」

 

 

 

そう言って、箒は再び席に戻った。

その間に、一夏は仕事を終わらせて、生徒会の仕事を手伝う。

簪もすでに終わっていたので、今は生徒会に送られてくる一夏、和人の二人が行う部活動の日替わり貸し出し部員の日程などをまとめている。

と、そんな時だった……。

一夏の携帯が鳴り、一夏は画面をチラリと見る。

すると、その電話主は…………。

 

 

 

(あれ? 弾……?)

 

 

 

まさかの弾だった。

一夏は一度刀奈に断って、生徒会室を出る。

そして久々にかけてきた親友との電話に入った。

 

 

 

 

「もしもし」

 

『おう、一夏。久しぶり』

 

「おう。また蘭か厳さんに怒られたから、慰めてほしいのか?」

 

『違うわ! …………まぁ、それも当たらずも遠からずって感じなんだけど……』

 

「当たってんじゃねぇか……」

 

『まぁ、そうなんだけど……。だが、今日はちょっと頼みがあってよ……』

 

「ほう?」

 

 

 

口調からするに、本当に困っているような感覚だった。

 

 

 

「どうしたんだよ?」

 

『いやぁ〜、お前さ、来月の第二日曜日って暇か?』

 

「来月の第二日曜日? またえらく限定的だな……まぁ、今のところ予定は入ってなかったと思うけど」

 

『マジかっ?! ならよかった。その日によ、俺たち体育祭があるんだわ』

 

「体育祭?」

 

 

 

確かに、季節も秋になっている。

運動の秋と言われてるくらいだし、だいたいの学校では、このくらい時期に体育祭をしているはずだ。

 

 

 

「もしかして、応援しに来てくれなんて言うんじゃねぇだろうな?」

 

『まぁ、だいたい合ってる。でも、観客としてじゃなくて、出場選手として出てほしいんだよ!』

 

「はあっ!? それって、助っ人として出ろって事かっ!? おいおい、俺は他校の生徒なんだぜ?

助っ人なんて呼んでいいのかよっ!?」

 

『それが、いいんだなぁ〜』

 

「えっ?」

 

 

 

 

弾の話によれば、体育祭は何も、藍越学園単体でやるものではないらしい。

周囲にある藍越学園を含めた四つの学校が、合同でするらしい……。

その中には、あらかじめ助っ人を用意しておける競技があるそうなのだ。

 

 

 

「もしかして、それに俺を出そうって?」

 

『おう。まぁ、お前一人だけじゃなくて、鈴も出来れば参加してほしいんだけどよ……』

 

「鈴も?」

 

『ああ……。男子一名、女子一名を助っ人として呼ぼうって事になってな。

それで、今この世で絶賛人気急上昇中のお前と鈴を助っ人として呼ぼうって事になったんだ』

 

「おい……俺は見世物じゃないぞ?」

 

『知ってるよ。だが、今回ばかりは、助けてくんねぇ? 相手がちょっとよ……』

 

「相手?」

 

『ああ……。お前、『鳳山寺学園』知ってるよな?』

 

「鳳山寺……ああ、有名な進学校だろ? それに、やたら金持ちが多いって言う……」

 

『そうっ! その金持ち連中に一泡吹かせたいんだよっ! だから頼むッ!』

 

「…………なぁ〜んか匂うんだよなぁ〜」

 

『やましい事はないっ! これは絶対だ! っで、引き受けてくれないかっ?!』

 

「まぁ、俺は良いけど……鈴にもちょっと聞いてみるわ」

 

『おっしゃあ〜〜ッ!!!!! サンキューッ! いやぁ〜助かったぜ。やっぱ、持つべきものは友達だよなぁ〜!』

 

「なんだよ、いきなり気持ち悪いなぁ……。まぁ、ともかく、鈴には伝えておくよ。

それで出ないって言った時のために、ある程度頼める人材探しておけよ?」

 

『おうっ! 決まったら連絡してくれ! またな!』

 

「はいよー」

 

 

 

 

連絡をし終えた一夏は、そのまま生徒会室に戻った。

 

 

 

「随分と長かったわね? 誰からだったの?」

 

「えっ? あぁ、弾から」

 

「ッ!!!?」

 

 

一夏からの言葉に、刀奈がものすごく反応した。

 

 

「えっ!? だ、弾くんって、あの弾くんだよねっ!?」

 

「えっ、ま、まぁ、そうだけど……」

 

 

あの、と言うのは、虚の気になっている男性である弾であると言う “あの” だ。

 

 

「それで、なんてなんてっ!?」

 

「えっ? ああ……。来月の第二日曜日に、あいつの学校、体育祭があるんだけど、ある競技に助っ人として参戦してくれって言われてな」

 

「体育祭っ!? うんうん! 良いシュチュエーションじゃない!」

 

「えっ?」

 

「チナツ、決めたわっ! その日に、虚ちゃんの告白を成功させるわよっ!」

 

「ええええッ!!!?」

 

「ふっふふ……! 楽しくなってきたわねぇ〜♪」

 

 

 

 

本当に楽しそうに、そして、イタズラ心満載の表情で笑う刀奈。

 

 

 

「ああ……虚さんも弾も……大変な事になったなぁ……」

 

 

 

ようやく訪れた平和な日常に突如として暗雲が立ち込めてきた……。

しかしその影で、さらなる暗雲が立ち込めていることを、一夏たちはまだ、知る由もなかった……。

 

 

 

 

 

 

 






次回から、本格的なワールドパージ編に入ります!


原作とは少し違う感じで進むかもしれませんが、どうか、ご容赦を(-_-)


感想、よろしくお願いします(⌒-⌒; )


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