今回はタッグマッチ戦前の最終調整の所までです。
「さてと、俺はペアどうしようかなぁ……」
専用機持ちたちがペアを決めていく中、和人は一人、アリーナへと入っていった。
いつもの様に、明日奈とペアを組むものだと思っていたが、当の明日奈はシャルと組むと言っていた。
最近は部活動のこともあってか、シャルが明日奈に料理を習っている。
料理上手な明日奈から、シャルは日本の家庭料理から郷土料理などを色々と教わっているらしい。
元々器用で、料理上手なシャルだ……きっと、美味しい料理を作れるだろう……。
と、話は戻すが、問題はペアになってくれる相手だ。
今回は上級生とのペアもオッケーというわけなのだが……。
「うーん…………」
和人は今17歳。
別に二年生の生徒と組んでもいいのだが……。
「初めての人となぁ……」
元々人付き合いが苦手な和人だ……同い年とはいえ、ほとんど会話もした事ない相手と、はたしてどこまでコンビネーションを発揮できるか……。
「はああっ!」
「んっ?」
「せやあっ!」
「あれは……」
アリーナの中央……そこでは、ある一人の少女が、ISを纏い、出現したマーカー相手に訓練をしていた。
特大のレールキャノンが火を噴き、確実に射撃マーカーのど真ん中に命中する。
さらにワイヤーブレードが複数飛翔し、共にマーカーを撃ち抜き、両腕のプラズマ手刀が、流れる水流の如き動きで斬り裂いていく。
「ラウラか……うーん……」
顎に手を当てながら、観客席の上部からアリーナの中央に向かって歩いていく和人。
「ラウラの動きなら、俺も合わせられるかな……」
共にALOではパーティーを組んでも、ダンジョンやクエストを攻略している仲だ。
ラウラの戦闘スタイルは、ナイフ二刀流の一撃離脱型。
元々が軍人のラウラは、こういった格闘術には長けている。
ナイフだけではなく、蹴りや拳を使った軍隊格闘術も織り交ぜながらの戦闘スタイルだ。
この戦闘能力の高さには、周りにいる短剣使いであるシリカやフィリアだけでなく、攻略組の和人たちですら舌をまくほどだ。
しかも、今はIS戦闘…………遠距離にも対応し、その戦闘力は、一時鈴とセシリアを二人同時に相手しても、圧倒したほどだ。
「ラウラ……ちょっと聞いてみるか」
和人は一旦観客席を抜け出して、アリーナ内部に入る通路へと入る。
改めてアリーナの土を踏むと、中央では、休憩に入っているのか、愛機である《シュバルツァ・レーゲン》を解除して、タオルで顔を拭き、スポーツドリンクの入ったボトルを飲み、喉を潤していた。
「ラウラ〜!」
「ん? 和人ではないか……どうした?」
「いや、熱心に訓練してる姿が見えたからさ……ラウラは、今度のタッグマッチのペアは、もう決まったのか?」
「ん……いや、まだだ……」
「そうなのか。てっきりチナツと組むと思っていたんだけどな……」
「んんっ〜〜!」
「あ、あれ?」
急にふくれっ面になるラウラ。
昔はぶっきらぼうというか、あまり表情を崩さなかったのだが、最近はよく表情を変える。
相部屋の相手であるシャルロットとの生活で、少しずつ年頃の女の子としての生活を送ってからだろうか……。
こんな可愛らしい顔をするのも、今の彼女に変化したからだろう。
「あー、断られたのか?」
「違うっ! ただ、あの腹黒メガネが抜け駆けしていたんだっ!!」
「腹黒メガネ…………メガネ……簪か?」
「そうだっ! あいつ……大人しくしていると思えば……っ!」
「ま、まぁまぁ……。それでチナツが簪と組むって言ったんだろう? ならしょうがないんじゃないか?」
「それでもだっ! まったく、師匠も師匠だ! 何故先に弟子である私のところに来ない……こんな時には、師と弟子が共闘し、他の強者を倒していくのがセオリーというものだろうっ!」
「凄い熱血漢のような事を言うな……。って、それを言ったのは誰なんだ?」
「ん? もちろん副官のクラリッサだが?」
「やっぱりか…………中々にオタっ気があるな」
「ん? 何の話だ?」
「いや、ラウラは気にするな」
「そうか……それで? 私に用があったのではないのか?」
「おっと、そうだったな。ラウラは、ペアはまだなんだろう? 俺もまだなんだよ。だから、よかったら俺とペアを組んでくれないかなぁ〜って思ってな」
「ほう? 和人と私がか……」
これは意外だと思ったのか、ラウラはまじまじと和人の顔を見た。
和人の戦闘能力は、ラウラだって知っている。
剣の腕も、師匠としている一夏に負けず劣らずといった感じだろう。
ましてや二刀流での戦闘を見た時には、思わず息を飲んだほどだ。
師と仰いでいる一夏の剣技もそうだが、和人とて引けを取らない。
ましてや、IS戦におけるペアの戦いは、仲間との連携が第一だという事を、ラウラももう知っている。
「いいだろう……和人、私とペアを組もう」
「オッケー。契約成立だな」
「ふっ……ただ、私と組んだからには、当然優勝を目指してもらうぞ?」
「いいぜ……望むところさ!」
軽く拳を突き出した和人。
それを見たラウラが「ふっ」と笑い、その拳に合わせるようにコツンと触れた。
この時より、黒と黒の共演が成立した瞬間だった。
「あ〜あ〜…また一夏と組めなかったし……」
その頃鈴は、少し……というよりはだいぶ不貞腐れていた。
食堂で甘い物をと思い、チョコプリンを食べている。
「あら、鈴さん……こんな所にいたんですの」
「ん? なんだ、セシリアじゃん。あんたこそなんでここにいんの?」
「わたくしは……ちょっとお茶をしようと思いまして……少し落ち着きたいので……」
「ははぁーん……あんたも一夏から断られた口か……」
「な、なんですのっ!? って、“わたくしも” ということは、鈴さんもなんですのね」
「まぁねぇ〜……」
別々の席に座るのもなんなので、セシリアが鈴の座っていたテーブル席に座り、向かい合ってお茶を飲む。
「はぁ……楯無さんが一夏さんと組まないと知った時には、チャンスだと思っていましたのに……」
「私もなのよねぇ……っていうか、多分一番最初に一夏に声をかけてたのはあたしだし……」
「しかしまぁ……」
「簪にもしてやられたって感じね……」
「ですわね……」
そこまで言うと、二人は揃いも揃ってため息をこぼした。
いま確認できている時点で、一夏と簪、明日奈とシャルのツーペア。
そして、鈴とセシリアが知らない所で、箒と刀奈、和人とラウラのペアが完成している。
あとは、上級生たちとのタッグになるが……。
「正直、上級生たちと組む事を考えてもさぁ〜」
「ええ……わたくし達と先輩方のISの操縦時間は、結構な差がありますわ」
「そうよね……しかも、相手の特性を理解してないといけないわけだし……」
「問題は時間ですわね。そうなってくると……相手と合わせやすいペアの方がいいですわね」
「…………」
「…………」
沈黙が二人を包み込む。
そして同時に、ため息をついた。
「どーせ、最終的には、こうなるのよねぇ〜」
「仕方がありませんわね……。でも、いい機会ではありません? 結局前のタッグマッチ戦では、わたくし達はラウラさんにやられて出場停止を食らってたわけですし……今回はその返上ということで」
「そうね……じゃあーーーー」
「ーーーー行きましょうか」
自然に、鈴とセシリアの手が伸びて、互いの手のひらが合わさる。
パンッ、と音を鳴らしたハイタッチ。
なんだかんだで、この二人も腐れ縁のようになっているみたいだ……。
「さてと……簪、調整はどうだ?」
「うん……結構いい感じ……」
「そうか……。なんか、俺はあんまり役になってないな……」
「そんな事ない……一夏は、そこにいるだけでいい仕事をしてる」
「ん? そうなのか?」
「うん……そう……」
少々照れながらも、簪は作業の手を緩めない。
だが、どこか顔が赤いようだが……。
現在、一夏と簪は整備科の先輩たちを呼び、簪の専用機の調整を行っていた。
意外な事に、新聞部の黛先輩が来た事には驚いた。
「えっへへ〜、かんちゃんも隅に置けないなぁ〜!」
「きゅ、急に、なに? 本音……」
「え〜? わかってるくせにぃ〜〜♪」
と、これまた意外な助っ人。
一夏のクラスメイトである『のほほんさん』こと布仏 本音。
まぁ、一夏は相変わらず “のほほんさん” と呼んでいるのだが、初めて本名を聞いたときは、一夏も驚愕したのだが、『布仏 本音』縮めて呼んだら本当に『のほほん』になるのだ。
しかも、こんなにのんびりのびのびなのほほんさんが、整備科の中では中々の存在感。
姉の虚さんと組めば、《解体の虚・組立の本音》と言われるほどなのだから、ほんと、人は見かけによらない……。
「ねぇねぇ、おりむー。そこのレンチとってぇ〜」
「ん? ああ、これな。ほい」
「サンキューベリーマッチングゥ〜〜」
「……最後でダメになったな」
「えー、ダメかなぁ〜?」
あーもう、可愛いなぁこの小動物は……。
動物に例えるならなにがいいだろう…………仔犬だろうか?
仔犬ならなにがいいか……柴犬? ミニチュアダックス? なんでも似合いそうな気はするが。
「おら織斑、ケーブル持ってこい」
「あっ、はい! ただいま!」
「織斑くん、ここ押さえておいて」
「はいはい!」
「織斑くん、ジュース飲ませてぇ〜」
「了解……ん?」
「織斑ぁ〜、売店でシャンプー買っておいてくれねぇ? お金あとで渡すからさぁ〜」
「ちょっと待て、だんだん要求が私的過ぎる方向に行ってるんですけどっ!?」
「ちっ、ばれたか……」
「ばれないと思ってたんですか?!」
「いいじゃん、織斑くん! 普段はたっちゃんとばっかりくんずほぐれつイチャイチャしてるんだからさー♪」
「黛先輩……そういう事言わないでください!」
「でも本当の事じゃん?」
「ぐうっ……」
確かにまぁ、この間からの刀奈との密着具合は日に日に増す一方である。
それを当然、その瞬間を新聞部部長である薫子が逃がすわけもなく、度々フラッシュを焚かれる。
「なんだぁー? お前更識にばぁーっかりイチャイチャしやがって。少しはうちら上級生とも交流しろっての!」
「ぐあっ!? な、何するんですかっ!」
「ウッセェー! ほらほら、参ったか?」
「ちょっ、苦しい……っ!」
整備科の先輩方も、一夏との交流に飢えているのか、この中で交流をまともにとっていない先輩方複数で、一夏の体を触りまくる。
一人は後ろから首に腕を絡めて、その他二、三人で体をに抱きつく。
「いいなぁ〜会長さんは、こんな逞しいボディーに毎日触れ合ってるのかぁ〜」
「いやいや、どっちかって言うと、織斑くんの方が得なんじゃない?」
「あーだよねぇ〜、あの会長の素晴らしいボディーに触れられるわけだからねぇ〜♪」
「先輩たちは一体何の話をしてるんですかっ!?」
「おお? 誤魔化したなぁ〜?」
「ええいっ、白状したまえっ!」
「グアッ!? ちょっと、何すんですかっ! カタナに殺されますって!」
そう言った瞬間……先輩たちが一気に体を離した。
「……あれ? どうしたんですか?」
「いやぁ〜」
「まぁ、その……」
「私たちも、死にたくはないからさ……」
彼女たちも知っているのだろう。
刀奈が怒れば、どういった末路になるのかを……。
微妙な空気が流れた所で、パンッ、パンッと手を叩く音が響いた。
「あともう少しで終わるから……お願いします」
「……お、おう!」
「はーい!」
「了解でーす」
「あ、ごめん簪。すぐに手伝うわ」
いいタイミングで話題変更をした簪。
一夏は礼を言いながらも、作業に入った。
が、そのすぐあとに、簪が耳元に口を近づけて……
ーーーーお姉ちゃんからの借りを返しただけだから……。
だ、そうだ。
こういうところは、刀奈も簪も、律儀に守り通すのだ……。
ほんと、似た者同士の姉妹だ。
「やあああっ!!!!!」
「っ! まだまだっ!」
「もちろん! 私も全力で行くよ!」
場所は変わって、第二アリーナ。
そこの中央では、白い機体とオレンジの機体とで、激しいバトルが繰り広げられていた。
両手に握るマシンガンから、大量の銃弾の雨が降り注ぐ中、白い機体……《閃華》に乗った少女は、その弾幕を飛び抜け、一気に懐へと入る。
「くっ!」
「もらったっ!」
「甘い!」
細剣を素早く突き出した《閃華》。
だが、オレンジの機体《リヴァイヴ・カスタムⅡ》に乗った少女は、素早くマシンガンを収納し、右手にナイフ型ブレード《ブレッド・スライサー》を展開し、細剣の攻撃軌道をずらす。
そして左手のサブマシンガンを突き出す。
「っ!」
マシンガンのトリガーを引くその瞬間、《閃華》の姿が突如消えた。
「っ!?」
トリガーを引き、マシンガンが火を噴く。
だが、その弾丸は、少女の視線の先にある地面に着弾した。
あとに見えるのは、靡く栗色の綺麗な髪……。
あの一瞬で、一旦離れて距離をとったのだ。
サブマシンからアサルトライフルに持ち替えて、《閃華》を狙うが、《閃華》はその機動力をフルに生かして撃ち込まれる弾丸を躱していく。
「そこっ!」
弾幕を抜け、愛剣《ランベント・ライト》から放たれる連続8連撃スキル《スター・スプラッシュ》。
リヴァイヴは盾を展開し、そこ剣撃を受け止めるが、なにせその剣速が早いためか、最初の数撃はヒットしてしまった。
「まだまだっ……いくよ、《リヴァイヴ》ッ!」
近接戦闘では分が悪い。
なので距離を取り、銃火器を使った制圧戦へとシフトチェンジ。
両手に散弾銃を展開し、広範囲に銃弾をばら撒く。
《レイン・オブ・サタディー》。
《閃華》の機動力を駆使しても、弾丸の雨を全て回避することなど不可能だ。
弾丸が命中し、シールドエネルギーが削られていく。
互いに残り少ないエネルギー。
最後の一瞬で、勝敗が決まる。
「このまま決めますっ!」
「まだよっ! これからーーーーっ!」
スピードに乗り、ジグザグに移動する《閃華》と、それを追い、照準を合わせる《リヴァイヴ》。
散弾銃が火を噴き、またしても弾雨が迫る。
だが、今度は避けるのではなく、突っ走ってきた。
「なっ!?」
「い、やあああああああっーーーー!!!!」
スピード全開のまま放つ刺突。
《シューティング・スター》……その名の通り、まるで流れ星のような光と速度で、たちまち懐に入った。
放った刺突は《リヴァイヴ》の右肩部分にヒットし、エネルギーを削り取った。
ピピーーーーッ!!!!
「っと、終わっちゃったね……」
「はい……降参です。参りました」
「そんなー、まだ勝負はついてないよ?」
「いや、最後ので僕の方のエネルギーはギリギリでしたし、明日奈さんの勝ちです」
「そう? 私も結構ギリギリだったよー。シャルロットちゃんの攻撃、中々読みづらくって……」
「でも、何度も懐に入ってこられましたからね。やっぱり明日奈さんは凄いな〜」
「えっへへ……そ、そんなぁ〜、褒めても何も出ないよー♪」
「ふふっ……♪」
明日奈とシャルロット……。
急遽決まったペア同士で、今日は戦闘訓練を行っていた。
やはり、実際に戦って、相手の動きを見ておいたほうがいいと判断したのだ。
しかし、今は昼休み中であるため、アリーナを使用できる時間が限られている……。そのため、時間制限を用いての試合をしていたのだ。
そして二人はアリーナの地表に降り立ち、ISを解除してアリーナをあとにした。
「…………」
「ん? どうしたの、シャルロットちゃん?」
「あ、いえ! その……やっぱり明日奈さんって、綺麗だなぁ〜って……」
「えっ?」
「僕と比べるとなんだかこう、大人って感じで、それに、スタイルもいいから……」
「シャルロットちゃんもすっごくスタイルもいいし、可愛いと思うよ?」
「そ、そう言われると嬉しいですけど……なんだが、ここ最近は、楯無さんに明日奈さんと、日本人の女性の方って、凄くお淑やかな雰囲気で、どこかこう清楚っていうか……。
僕たちみたいに欧州人っぽくない綺麗な所がいいなぁ〜って思うんです」
「そうかなー? 私はシャルロットちゃんたちみたいな、金髪や銀髪も凄く綺麗だと思うよ。
日本人は、どうしても髪の色素が濃いから、脱色してても、なんだか綺麗な金髪とかにはあんまりならないから」
「えっ? そうですか?」
「うん、そうだよー!」
しばらく沈黙した二人。
すると、突然二人で笑い出した。
「あははっ……♪ 私たち、お互いに無い物ねだりしてるんだねー」
「そうですね……♪」
「っと、もうそろそろアリーナの使用時間過ぎちゃわないかな?」
「あっ、そうですね……あと30分くらいでしょうか?」
「じゃあ、急いでシャワー浴びようよ! じゃないと、午後の授業は……ねぇ?」
「あー……そうですね。はい、行きましょう」
二人は軽快な歩みで、アリーナの更衣室へと向かい、その近くに付属で付いているシャワー室へと入っていった。
その後も、午後の授業が難なく消化されていき、放課後になれば、再びピリピリとしたサバイバルムードに包まれる。
すでにアリーナには、専用機持ちと、上級生たちによるIS戦闘の訓練が行われており、それぞれが干渉し合わないように、空中にも領空指定線を張って訓練をしている。
その他にも、アリーナでの実戦形式の訓練をしていない者たちもいて、その者たちは、自身の扱う機体の調整や、作戦会議などに没頭している。
「もう少しスラスターの出力を上げてくださらない?」
「それはいいけど……でも、その分バランスはとりづらくなるわよ? 反動制御に任せるとしても、その反動が大きければ、その制御も微々たる物にしかならないし……」
「構いませんわ! 今回のわたくしは、本気も本気ですからーーーーッ!」
瞳に映るのは……炎。
貴族たる由縁か、その心に根付いた誇り高い魂はどこまでも高みに登ろうとしている。
「さぁ、思う存分戦いましょう……一夏さん。わたくしをパートナーにしなかったことを、後悔させてあげますわ。
震えなさい…………このわたくし、セシリア・オルコットと《ブルー・ティアーズ》と奏でる鎮魂歌で!」
一方では、早々にISを展開し、国際チャネルで連絡を取り合う者も……。
「だ・か・らっ! 衝撃砲の拡散ユニットのデータ! 早く照合して正確な奴を送っといてよね!
はあっ?! “出来るだけ早く” じゃないっ! 直ぐに! たった今、直ぐにやるのよっ!
だからっ! 出来ないじゃない! や・る・のっ! わかったっ!?
ったく…………見てなさいよ一夏……っ、今度こそあたしが勝ってやるんだからっーーーー‼︎」
《甲龍》を纏った鈴が、リニアカタパルトから射出し、アリーナ内部へと飛翔する。
もう目前と迫ったタッグマッチトーナメントに向けての最終調整に入るために……。
シャッ…………シャッ…………シャッ…………
誰もいない更衣室への中で、ただひたすらに、刃物を砥ぐような音だけが聞こえる。
ベンチに座り、自前のナイフをギラつかせながら、ニヤリと笑うラウラ。
「私は今度こそ越えるぞ……師匠……っ! 恐怖という恐怖を、その身に刻みつけるっーーーー!!!!」
ナイフの切っ先を、その瞳に映る想い人へと向けるラウラ。
しかし、途端に一夏の顔が浮かび上がる。
ようやく固めた決意が、一瞬にして揺らいでしまう。
「くっ!?」
頭を振り、雑念を振り払う。
そして、今回は敵へと回った師である一夏に向かって、そのナイフを投げつけた。
しかし、そのナイフが一夏を傷つけることはなかった。
ナイフは真っ直ぐ飛んでいき、ラウラ自身のロッカーへと突き刺さった。
「っ! ああぁぁぁ〜〜〜っ!」
ロッカーにナイフを刺した瞬間、ラウラは血相を変えてロッカーへと歩み寄り、そのドアを開けた。
すると、ドアの内側には、先ほどから憎めど想いを込めている一夏の顔写真が貼ってあったのだ。
しかしそれも、投げつけたナイフによって、頭部を貫かれていたのだが……。
「し、しまったっ! どうする、も、もう一度作ってもらうかっ!?」
しかし、そこでラウラは重要なことを思い出す。
この写真は、自分一人が所有しておきたいと思い、撮った新聞部の部員から、ネガごと購入し、それを現像した写真だ。
だから、複製されることを拒み、ネガは跡形もなく焼却してしまったのだ……。
つまり、この写真は、替えが利かない本当にたった一枚の写真ということになる。
「そ、そうだ! テープで止めれば……」
そう思い、ラウラは自分のロッカーを漁る。
だが、出てくるものといえば……
ナイフ……ナイフ……ナイフ……拳銃……薬莢……カートリッジ……ナイフ。
「衛生兵ッ! 衛生兵ェ〜〜〜〜ッ!!!!!」
初めて自分の持ち物の至らなさを思い知ったラウラだった。
「ありがとうございましたっ!」
「お疲れ様ぁ〜。だいぶ良くなってきたわね、箒ちゃん」
「はい。これも、楯無さんの指導のおかげです」
「いやぁ〜、そう言ってもらえると嬉しいなぁ〜♪」
「そこは『そんな事はない』と答える所なのでは……」
「ええ〜? だって箒ちゃんは褒めてくれたんでしょう? なら、否定する必要が無いもの……。
そんな事より、一緒シャワーを浴びましょう♪」
「ええっ!?」
「ほらほら! よいではないか、よいではないか〜♪」
「あぁ、もう……だから引っ張らなくても……!」
そう言っても、刀奈には通じない事は、箒だってもう知っている。
だから箒も、諦めて刀奈に手を引かれながら、それに抗おうとはしない。
「…………」
やはり、手を引かれるというこの体勢は、とても懐かしくも思えるし、どこか愛おしいと思える。
昔は束に引いてもらっていた手……。しかし、ISが出来る以前からも、大人たちに囲まれていた姉は、次第に心を閉ざして行って、唯一無二の親友である千冬と、その弟の一夏と、自分にだけは心を許していた。
そして、ISが完成し、家族はバラバラになった。
(私が……あの人を傷つけた……)
そう思っている間にも、二人はシャワー室に到着していた。
ISスーツを脱ぎ、二人ともシャワー室へと入る。
「フゥ〜♪ 気持ちいいわねぇ〜」
「…………」
「…………何か考え事?」
「……はい。少し、姉の事を」
「箒ちゃんは、束博士の事をどう思っているの?」
「どう……ですか……。そうですね……嫌いではないです。専用機……《紅椿》のことも、感謝はしています。ですが……」
「嫌い?」
「いえ! そういうわけではないんです! ただ……姉が、何を考えているのか、分からないんです……。
昔と今と、あの人の核心は、少しずつでも変わってきている。昔のような感じに……。
でも、時折その奥にある危険なものを、私は感じてしまうんです……。姉がまた、とんでもない事でも考えているのではないかと……」
「そう……。でも、よかった。箒ちゃん、別にお姉さんの事が嫌いなわけじゃないんだよね?」
「はい……」
「そうだよね……。姉弟も、姉妹も、仲が良いのが一番良いと思うわ……。まぁ、私も、昔はそんなんだったけどね……」
「楯無さんと、簪が、ですか?」
「うん……ほら、私たちの家の事は、箒ちゃんも知ってるでしょ?」
「はい……決して表に出してはならない裏の仕事を引き受ける暗部の家……でしたね」
「そう……その後継者争いでね、昔いろいろとあったの。でも、今はちゃんと仲直りもしたし、簪ちゃんも簪ちゃんで、今は変わろうとしている……。
今回のタッグマッチトーナメントで勝負を挑んできたのだって、きっと、そうする必要があると思ったからだと思うわ」
「出来る事と……望む事……ですか」
「そういう事」
「…………ありがとうございます。少し、気持ちが楽になったかもしれません」
「そう? ならよかった……。大丈夫……あなたのお姉さんは、ちゃんとあなたの事を大事だと思っているはずだから……」
「…………はい」
「それより箒ちゃん?」
「はい?」
「背中流しっこする?」
「し、しませんよっ!」
「よいではないか〜、よいではないかぁ〜♪」
「うわっ!? ま、また勝手にっ! ちょ、いやっ! 変なとこ触らないでぇ〜!」
「うっふふ〜♪ 可愛い反応ですなぁ〜……そう言う子には、手加減できなくなっちゃうじゃない♪」
「いやぁああああっ〜〜〜〜!!!!」
今日も今日とて、二人の絡みは続いていく……。
「さて、もうそろそろここも閉鎖になるな……。簪、調整の方は大丈夫か?」
「うん……なんとか間に合った。テスト飛行も無事終了……一夏、それから先輩方も、ありがとうございました!」
「良いって良いって! これが私たちの仕事だし」
「そうそう」
「「イェーイ」」
こうして、簪の専用機《打鉄弐式》の新装備は実装された。
さて、タッグマッチトーナメント戦の日にちまで、あと残りわずか……。
それぞれがそれぞれの思いを胸に、決戦へと赴く。
「やあ、みんな! おはよう……生徒会長の更識 楯無です。今日は、待ちに待ったタッグマッチトーナメントの日だけれど、みんなはちゃんとコンディションを整えてきたかな?」
数日後の朝。
いつもと変わらぬ全校集会の様な感じで、タッグマッチトーナメントの開会式が始まった。
壇上に立つ刀奈も、今日ばかりは気合が入っている。
今回のタッグマッチは、前回やったトーナメントの様に、三年生と二年生も参加する。
だが、前回と違うのは、今回が学年別ではなく、混合での試合という事だ。
つまり、この学園でみっちり訓練をしてきた三年生対未熟な一年生での試合もありうるという事だ……。
しかし、今回参加する一年生は、やはりというか少なかった。
まぁ、元々が一年生は自由参加が許されていたのだから、無理に参加しようとするものは少なかったのだろう。
もちろん、三年生や二年生だって、全員が出ているわけではない。
三年生には、バトルフィールドとなるアリーナのシステムを管理するためのシステムエンジニアの精鋭たちがいて、その者たちは試合には出ずに、アリーナでの有事の際に動いてもらう様になっているし、その他にも、二年生を含めた整備科のメンバーは、試合に出場する選手の機体の調整に回るため、試合には出ない。
ゆえに、今回試合に出るペアは、数十組ほどしか出ない。
今年はとりわけ一年生の専用機持ちが多いため、最終的に上位に上がっていくのは、大体目に見えている。
三年生や二年生は意地を見せるため……一年生たちは、その実力がどこまで通用するかを見極めるため……。
専用機持ちたちは無論、実力を発揮し、ただ勝利をもぎ取るために……。
「みんな、良い感じに気合充分ね! じゃあ、挨拶もこのくらいにして…………」
スゥーっと、刀奈が息を整えて、高らかに宣言した。
「これより! タッグマッチトーナメント戦の開催を宣言するわっ!」
刀奈の言葉を皮きりに、生徒たちの士気は跳ね上がった。
怒涛の様に響く歓声は、まるで一群の騎兵の様だった……。
次回からはタッグマッチトーナメント戦の開始。
新装備なども出す予定ですので、お楽しみに。
感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)