ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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今回から、タッグマッチトーナメントのイベントに入ります!




第76話 織斑 マドカ

「私が私でいるために……その命ーーーー」

 

「っ!?」

 

「ーーーー貰い受けるっ!!!」

 

 

 

 

バアァァーーーーンっ!!!

 

 

 

 

強烈な炸裂音。

夜……闇に包まれたその学校の敷地である中庭は、街灯によっててられた光が、わずかばかりの光を照らしていた。

静寂とも呼べる夜の中庭。

しかし、その静寂に亀裂を生じさせた炸裂音は、つい先日……学園祭の時に襲撃してきた、亡国機業の構成員である者……『M』と呼ばれていた少女が取り出し、引き金を引いた銃の音だ。

狙いは正確。

一夏の頭部を狙っての射撃だった。

躱すのは至難……ましてや、撃たれた本人は、そのまま後ろに倒れていった……。

 

 

 

「ふんっ……他愛ない……」

 

 

 

IS同士での戦闘では、一夏の戦闘能力の高さに、M自身驚いていた。

だが、所詮は訓練を受けてきた期間の違いによって現れる秀才と凡俗の差。

一夏もISがなければ、ただの一般人と大差ない……そう思い、一夏を仕留めたと確信し、その場を立ち去ろうとしたMだったのだが…………。

 

 

 

「あっぶねぇな………!」

 

「なにっ……?!」

 

 

 

 

突如、一夏の声でそう発せられた。

振り返って見てみると、一夏には傷一つ付いていなかった。

だが、確かに頭部に銃弾をぶち込んだはず……だが、その銃弾の行方が、一夏が手にしていた物を見て、Mはわかってしまった。

 

 

 

「あの瞬間に、刀を出したというのか……っ!」

 

 

 

一夏の右手に握られていた愛刀《雪華楼》。

その鍔の部分に、Mの放った銃弾がめり込んでいたのだ。

鍔は亀裂が生じ、一夏が軽く振ると、パキッという音を鳴らして砕けた。

 

 

 

「は、ははっ……なるほど、貴様も案外、人という枠を越えているようだ」

 

「お前もな……。こんな場所でいきなり発砲とはな。一応ここ日本の、しかも特殊な場所なんだけどな……」

 

「ああ、知っているさ。だが、それは私が捕まればの話だろう? 心配するな、次は仕留める……っ!」

 

「まだやる気かよ!」

 

 

 

 

相手は銃、自分は刀。

しかも少し距離があるこの状況……。相手の射撃スキルの高さは充分に知っている。

なのでこの状況は、少しばかり一夏にとって分が悪い。

だからこそ、取っておかなくてはならない手段……それは。

 

 

 

ーーーー先手必勝!!!!

 

 

 

 

駆け出す一夏。

だがMからすれば、それは考えつく手段の一つでしかない。

ゆえにすぐに銃口を一夏に向け、トリガーを引く。

再び炸裂音がなり、弾丸は一夏の心臓めがけて一直線に飛んでいく。

だが、再び心臓と銃弾との間に、一夏の愛刀《雪華楼》の刀身が割って入る。

火花を散らし、二つに裂ける銃弾。

 

 

 

「ちっ!」

 

「はああっ!」

 

 

 

銃で一夏の刀を受け止めるM。

 

 

「っ……中々の読みじゃないか……!」

 

「銃口の向きから、弾道を予測する技術なら、嫌という程この体に叩き込まされてるからな……っ!」

 

「ふんっ!」

 

 

 

一夏の刀を弾いて、すぐに回し蹴りを入れるM。

だが、これは一夏が寸での所で躱し、再び銃口を向けるが、今度は一夏の刀の方が早かった。

銃口から約5センチほどの部分……銃の先端が、刀によって斬り裂かれる。

中から飛び出したバネや部品……形状を保てない銃は撃てなくなる。

 

 

 

「ちっ!」

 

「逃がすか!」

 

 

 

銃を失い、一旦距離を置くM。

それを逃すまいと、一夏も追随する。

自身の間合いに入った一夏は、刀の刀身をくるっと回し、峰打ち状態でMに袈裟斬りを放った。

 

 

 

「あまいな……」

 

「っ!?」

 

 

 

だが、一夏の袈裟斬りは、Mに届くことはなかった。

Mの手によって握られてる、軍用のコンバットナイフによって防がれたからだ。

 

 

 

「この程度で私が殺られるとでも思ったか?」

 

「そうかよ……今ので倒れてくれたら、本当は良かったんだけど、なっ!」

 

 

武器のリーチからして、一夏に分があるのだが、相手は各国の軍事施設からISを強奪した人間だ……少しの油断が、命取りになる。

 

 

 

「ふふっ……思ってた以上にやる。これは中々楽しめそうだ……」

 

「っ…………てめぇ、その顔でそんな狂ったような顔してんじゃねぇよ……っ!」

 

「なぜだ? お前とて、私と同じ顔をしているじゃないか」

 

「っ!?」

 

「ふふっ……楽しいのだろう? 強者との戦いが……それもそうだ。それが織斑という一族の本能だ」

 

「なにっ?!」

 

「お前だって覚えはあるだろう……それも先日、ご丁寧にもうちのバカ相手にその本能を呼び覚ましたはずだ……っ!」

 

「っ!」

 

「戦いを求める本能……普段は大人しいのに、戦いや血をみると興奮し、強くなる……ふっ、まるでバーサーカーだ」

 

「バー、サーカー?」

 

「知らんのか? 北欧神話に登場する狂戦士のことだよ」

 

「狂……戦士」

 

 

 

 

北欧神話なら少しばかりの知っている。

そもそも、バーサーカーくらいは知っているのだが、自分がそれだと言われても、あまり実感がない。

だが、Mの言う通りだ……。先日の戦いでは、オータムの言葉が許せなくて、オータムたち亡国機業のやり口が許せなくて、それに怒り、殺意を覚えた。

するとどうだろう……興奮しているのにもかかわらず、頭の中は意外にクリアになっていた。

攻めるべき所、躱し、防御する事、その全てが自然だった。

いや、それだけではない。

位置取り、駆け引き、戦術的な思考、自分と相手との間合いの取り方、そして動きを読むという『直感』と『先読み』。

その全てが、自然と手による様にわかった。

もしもそれが、Mのいうバーサーカーとしての能力の芽生えだったとしたら……。

 

 

 

 

「ふふっ……お前も同じだよ、織斑 一夏」

 

「くっ!?」

 

「そして、私も同じだ……私も、今この瞬間が楽しい……っ!」

 

「ちっ! 何なんだ……何なんだよっ、お前はっ!」

 

「ふふっ、あっはっは!!!!」

 

 

 

斬り合う中で、Mは高揚とした笑いを発した。

そして、その怪しげに光る瞳を、一夏に向けながら、はっきりと言った。

 

 

 

「私の名前は……『織斑 マドカ』だ…………っ!」

 

「な、に……っ!?」

 

 

 

織斑……織斑と言ったか?

しかもマドカ? そのイニシャルでMという事なのだろうか?

いや、今はそれはどうでもいい事だ。

一夏の頭の中に、また再び、ある可能性がよぎった……。

 

 

「まさか……もう一人、兄妹がいたのか……?」

 

「ふんっ……お前たちと一緒にするな。私はお前で、お前は私なんだ」

 

「っ! どういう意味だっ!」

 

「教える義理は、ないっ!!!」

 

「うおっ!?」

 

 

 

一夏の刀を弾いて、再び回し蹴りを入れる。

だが、一夏だって、ただやられるわけはない。

顔面に向かって放たれた蹴りを、体を半歩引く事で躱した。

 

 

「だから甘いっ!」

 

「ぐはっ!」

 

 

だが、M……いや、マドカは勢いそのままに、今度は後ろ回し蹴りを一夏の腹部に向かって放った。

流れる様な動きから、見事に腹部に決まった蹴り。

一夏はそのまま、仰向けに倒れてた。

 

 

「ぐっ…!」

 

「今度こそ終わりだ……織斑 一夏……」

 

「しまっ……!」

 

 

 

手に持っていたのはナイフではなく、拳銃だった。

もともと拳銃は二丁あったのだ。

これは完全に、一夏の油断だった。

 

 

 

 

パアァーーーーンッ!!!!!

 

 

 

三度目の銃声。

今度は躱しきれない。

死を覚悟した一夏には、銃弾がゆっくりと自分に向かってくるのが見えた……。

 

 

 

「えっ……?!」

 

「ちっ!」

 

 

 

ゆっくりと向かって……いや、完全に止まっていた。

空中で、9ミリパラベラム弾が完全停止していたのだ。

これは……

 

 

「水……? これは!」

 

「うちの夫に、一体何しでかしてくれてるのかしら?」

 

 

一夏は視線を後ろにやった。

するとそこには、扇子を広げ、優美に立ってマドカを睨みつける刀奈の姿があった。

一夏の目の前に展開した水は、刀奈の愛機《ミステリアス・レイディ》の特殊武装『アクア・ナノマシン』によって生成された特殊な水。

 

 

「なんちゃってAICよ。それであなた……うちの夫に何してくれてんの? 今日はお祝い事だっていうのに……ほんと、最悪な誕生日になってしまったわ」

 

「カタナっ!」

 

「ちっ、流石にバレるか……」

 

「当たり前よ……第一、三回も発砲しておいて、気づかないとでも思った?

さて、私のチナツに対してやった事の報いを受けてもらおうかしら……どっちがいい? 尋問室と拷問室……好きな方を選ばせてあげるわ」

 

 

マジギレしている目だ。

暗部の当主……いや、それ以上の何かが組み合わさって出される殺気と怒気か……。

一夏も、刀奈がこれほどキレたところを見た事がない。

今回ばかりは本気で怒っている。

 

 

 

「あいにく、尋問も拷問もどちらも食べ飽きているのでな……ここはお暇させてもらうとしよう」

 

「あら〜、そんな事言わずに……。特別に虚ちゃんの紅茶も出してあげるから、ゆっくりしていきなさいな」

 

「何度も言わせるな……お前たちと茶など飲みに来たのではない。私の目的は、そこにいる織斑 一夏と、その姉、織斑 千冬の抹殺だ」

 

「っ!?」

 

「なんだとっ!? 千冬姉まで……っ!」

 

 

 

彼女の目的はわかるが、その意図がわからない。

何故そうまでして、二人を殺そうというのか……ましてや……

 

 

 

「同じ『織斑』の名を持つ者なのに?」

 

「不愉快だ……その口を閉じろ」

 

「いやよ。それだけがわからない……あなたのその顔……千冬さんにそっくりだし、さっきの話から察するに、あなたも『織斑家』の一族と見て間違いない……。

なのに何故? そうまでしてチナツと千冬さんを殺そうとするのかしら?」

 

「部外者である貴様には関係ない話だ」

 

「部外者じゃないわ。私はチナツの……織斑 一夏の嫁となる人間よ?」

 

「そうか……だが今は違う。貴様は『更識家』の人間だ……姑息に影を這い回るネズミどもが……!」

 

「あら……ならあなたたちはそのネズミ以下の存在じゃない……羽虫レベルだわ」

 

「っ……!」

 

「ふふふっ……!」

 

 

 

一触即発……水と油……いや、火焔と火薬レベルでやばい。

互いに殺気をむき出しにして、どちらかが動けば、たちまち戦火が吹き荒れる事間違いなしだろう。

だが、突如マドカの方がため息をつき、殺気を消した。

 

 

 

「これ以上やってもつまらん……やはりお前とは誰にも邪魔されない場で殺し合いたいものだ……」

 

「っ! 逃すわけないでしょっ!!!」

 

 

 

刀奈はとっさに、槍を展開し、そのままマドカに向けて投擲。

槍の矛先が、マドカに突き刺さると思ったその時。

刀奈の槍を、二本のレーザーが撃ち抜いた。

 

 

「っ!?」

 

「部分展開……っ!」

 

 

《サイレント・ゼフィルス》の特殊武装『エネルギー・アンブレラ』。

その用途は、セシリアの駆る《ブルー・ティアーズ》と同様に、遠隔操作で包囲戦仕様のオールレンジ攻撃と、《ブルー・ティアーズ》にはない、エネルギーシールドを発生し、敵の攻撃を防ぐ事。

そして、《サイレント・ゼフィルス》の機体運用……一撃離脱型の機体として組み上げられた際に作られた機能で、自爆機能。

その機能は既に、一夏がその身を持って知っている。

 

 

 

「《サイレント・ゼフィルス》……っ!」

 

「織斑 一夏…………お前とはいずれ決着をつけてやる」

 

「待てっ! お前はーーーー」

 

 

 

一夏がマドカに問いかけようとしたが、マドカはそれを待たずに、すぐに飛び出した。

やがて小さくなり、消えていくマドカの姿を、一夏と刀奈は、ただ見ている事しかできなかった。

 

 

 

「…………」

 

「っ! チナツ、大丈夫!?」

 

「あ、ああ……」

 

「ぁ……」

 

 

 

心ここにあらず……と言った具合に、一夏の返答は上の空だった。

それも無理はないだろう。

第一、刀奈だって驚いたのだ。千冬と同じ顔をした少女の存在……一夏からは、自分家族は千冬と二人だけだと聞いていた。

おそらく、一夏だってそう思っていたはずだろう。

なのに……

 

 

 

「あいつは……一体……!」

 

「チナツ……今は、今だけは、その事は考えないようにしましょう?」

 

「カタナ……」

 

「せっかくのお祝い事なんだもの……そんな辛気くさい顔をしてたら、みんなが不安がるわ」

 

「……ああ、そうだな。ごめん、戻ろうか」

 

「ええ」

 

 

 

 

一夏は《雪華楼》を量子変換で拡張領域に戻し、その場に立ち上がった。

腕を組み、刀奈に引っ張られるようにして食堂へと戻っていく最中、一夏は先ほどの少女の言葉に、考えさせられていた。

 

 

 

(織斑一族の本能…………それに、織斑 マドカ……)

 

 

 

一夏と千冬……今では唯一残った家族。

姉と弟。家族はこれだけだ……そう思っていたし、千冬からもそう言われ続けていた。

母親と父親は物心つく前に蒸発し、他に兄妹もいないと……。

だが、先ほどの少女は……

 

 

 

「マドカ……」

「…………」

 

 

 

織斑家に存在しなかったはずの三人目。

自分ですら知らない遠い親戚……? いや、隠し子……? どちらにしても、あまり納得のいかない事情だ。

織斑家にとって、家族の話は暗黙の了解でタブーとされていた。

千冬も話したがらないし、一夏もあえて聞こうとはしなかったが……。

だが、事ここに至っては、聞かないわけにはいかなくなった。

 

 

 

「なぁ、カタナ……」

 

「なに?」

 

「さっきの事は、みんなには内緒しておこうって思ってるんだけど……その……」

 

「わかってるわ。無闇に情報を流したところで、こちらが余計に混乱するだけだもの。私もその案には賛成よ」

 

「ありがとう。それと、あいつ……マドカの事なんだけど……」

 

「うん……」

 

「千冬姉に聞いておきたいって思うんだ。何か、途轍もなく嫌な予感がするんだよ」

 

「……そうね。あの娘、あなたと千冬さんを殺すとか言ってたけど、心当たりはある?」

 

「いや、さっぱりだ。小さい頃に会っていたのかな? でも、あんな奴と面識を持った覚えはないんだよなぁ……」

 

「過去に会っていたとして、その時に何があったのか……あるいは、会っていなかったにしても、同じ血を持つ者を殺すなんて、そうそう考えつくものじゃないわ」

 

「………私はお前だ……か」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない。早く戻ろうか」

 

「うん」

 

 

二人は何事もなかったかのように校舎へと戻り、食堂へと戻った。

食堂では、既に会は大盛り上がりで、一夏のクラスメイトたちが思い思いに楽しく過ごしているようだ。

 

 

「みんなは、気づいてなかったのかな……?」

 

「まぁ、これだけどんちゃん騒ぎをしてたら、関係ないのかもね。

それに、私もみんなには知らせないように、細工しておいたし……」

 

「細工?」

 

 

 

刀奈の言う細工とは何なのか、一夏が尋ねると、刀奈は「ふふっ」と笑って、専用機の待機状態である扇子をバッと広げる。

そして、その扇子で窓ガラスや廊下側の窓を指した。

 

 

「ん……水分?」

 

「音っていうのは、空気の振動によって伝わるものよね? なら、その振動を全部吸収したら?」

 

「音が伝わりにくくなるってことか……」

 

「そういう事。音自体を完全に消し去ることは難しいけど、9ミリパラベラム弾の音くらいなら、誤魔化せるわ」

 

「なるほどね……流石だな」

 

「うふふっ……♪ じゃあ〜あ〜、頑張ったご褒美が欲しいなぁ〜♪」

 

「ご褒美?」

 

「うん♪」

 

そういうと、刀奈は近くにあったイチゴのショートケーキの乗った皿を取り、一夏に渡す。

 

 

「あーん」

 

「はいはい。ほら、あーん」

 

「んん〜〜っ♪」

 

「おいしい?」

 

「うん、おいしい♪ はい、お返し♪」

 

「あぁ、うん……あ、あーん」

 

「あーん♪」

 

「あーーっ!!! 会長ずるいっ! この時ばかりは織斑くんを皆に解放するべきです‼︎」

 

「そうだそうだ! 織斑くんは一組の共有財産だぁーーっ!!!」

 

 

 

刀奈と一夏のラブリー領域に気づいたクラスメイトが、二人の行動を断固拒否した。

こうなってしまえば、クラスメイト全員 対 一夏と刀奈という多勢に無勢という戦況が差し迫っているのだが、それに臆する刀奈ではない。

 

 

「なるほど……折角の誕生日会なんだし? みんなはチナツともっと交流を持ちたいと……」

 

「「「じゃあっ……!!!!」」」

 

「でぇーも嫌よ♪ チナツは渡さなぁーーい♪」

 

「なんですとぉー!」

 

「横暴だーー!」

 

「「「そうだそうだ!!!!」」」

 

「あらあら、みんな元気がいいわね〜。ならば、チナツとの交流を賭けた、勝負をしましょう……。

私を倒した娘には、チナツとの交流を許可するわ! 10分だけね♪」

 

「なんじゃそりゃあっ!!!」

 

「こちらがめちゃくちゃ不利っ!」

 

「それに成功報酬が小さいっ!」

 

 

 

 

ガヤガヤと騒がしくなる食堂内。

そんな騒ぎも、千冬の一喝によって揉み消されてしまったが……。

そんなこんなで、一悶着あった誕生日会も、無事終わる事が出来たのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パカ……カチャ……パカ……カチャ……パカ……カチャ……

 

 

 

 

 

ただベッド一つしか置いていない一室。

そこに横たわる一人の少女。

ただ天井を一心に見つめる彼女は、今何を思っているのか。

手にしている首から下げたロケットを、閉じたり開いたりと繰り返し、先ほどの出来事を思い出した。

 

 

 

『一体、お前はなんなんだっ!!!』

 

 

ーーーー私は……織斑 マドカだ。

 

 

『まさか……もう一人、兄妹がいたのか……っ!?』

 

 

ーーーー違う……私は、貴様らの兄妹などではない……っ!

 

 

『なのに何故? あなたはチナツと千冬さんを殺そうとするのかしら?』

 

 

ーーーーそれこそが私の存在理由だからだ……!

 

 

 

 

不愉快な連中だった。

あの様子だと、おそらく一夏は何も知らされていないのだろう……。

だからこそ、腹が立つ……あの顔に風穴を開けてやりたい……この手で八つ裂きにしたい……。

腹の底から湧き上がるこの感情に、普段はポーカーフェイスで隠れていた表情が現れる。

 

 

 

「M……入るわよ」

 

 

と、そんな事を思っていた時、急に部屋の扉が開かれた。

マドカは視線を移す事なく、その者の存在を確認した。

金髪に真紅の瞳。十人が見れば十人が必ず振り返るだろうと思わせる容姿……セレブリティーな雰囲気を醸し出している女性。

マドカ達、亡国機業の実働部隊『モノクローム・アバター』の部隊長で、名……コードネームを『スコール』という。

 

 

 

「あなた、勝手にIS学園に行ってたんですってね? 困るわぁ〜、そういう事は、一度長である私に言ってくれないと……」

 

「…………」

 

「……はぁ……。別にあなたが『織斑 マドカ』であろうと、『M』であろうと、私には関係ない。

あなたは亡国機業の工作員、コードネーム『M』。そしてあなたは私の指揮する実働部隊の隊員なんだから、あまり勝手な行動は慎んでもらえるかしら?」

 

「…………ふんっ、隊員か……私はそんなのになった覚えはない。私は私の目的のために動いているだけだからな」

 

「あら、冷たいわねぇ……でも、隊員としてここにいるのは事実でしょう?

だから、あまり聞き分けがないようならーーーー」

 

 

 

 

バッーーーーー!!!!

 

 

 

 

突然、マドカの寝ていたベッドがひっくり返る。

マドカはとっさに飛び出し、ベッドの下敷きになるのは回避した。

が、今度は機械質な巨大アームに拘束され、天井に叩きつけられた。

その視界に映る、スコールの姿。

スコールの専用機『ゴールデン・ドーン』。黄金の夜明けを意味するその機体についている特殊腕。それがマドカを拘束しているものの正体だ。

このままでは、生身であるマドカは、握り潰されてしまう……。

そのはずなのだが……。

 

 

 

「…………流石、いい反応ね」

 

 

顔色一つ変えないマドカ。

スコールは視線を左右に向けて、状況を確認した。

そこには二機のビットが展開されていた。

動いてもいいが、その瞬間にお前も撃ち抜くぞ……と言っているかのように。

あの瞬間、マドカは即座にビットだけを展開したのだ。

そして、すぐにスコールの周囲に配置させて、警告を鳴らしだというわけだ。

 

 

 

「……まぁ、いいわ。でも、あまり勝手に動かないでね。あなたを失うわけにはいかないわ」

 

「了解した……。だが生憎、私にも目的がある……それが果たされるまでは、保証しかねるな」

 

「『織斑 千冬の抹殺』……が、あなたの最終目標だったかしら?」

 

「ああ……だが、どうもそれだけでは足りなくなった……」

 

「あら? それはどういう事?」

 

「なに、標的が一人増えただけだ……織斑 千冬の他に、弟の織斑 一夏の抹殺も入れようと思っただけだ……」

 

「織斑 千冬に、織斑 一夏まで……。でも、そう難しいとは思えないわねぇ。いくらあの織斑 千冬と言っても、今は専用機も持っていないみたいだし……案外簡単に済ませれるんじゃない?」

 

「っーーーー!!!!」

 

 

 

突然、マドカがスコールに対して回し蹴りを入れる。

スコールもそれを易々と受ける事はせず、後ろに飛び退いて躱した。

 

 

 

「図にのるなよ、スコール。お前など、姉さんの足元にも及ばない!」

 

「はいはい……わかったわ、ごめんなさい。でも、まさか織斑 一夏までも標的にするなんてね……。

弟くんには興味がなかったんじゃないの?」

 

「……お前は見てなかったのか? お前の可愛いオータムは、その弟に半殺しにされてるんだぞ?」

 

「…………そうだったわね。あなたからオータムに助言したって聞いたから、どういう風の吹き回しかと思ったけど……案外、あなたの言った通りになってしまったわけね」

 

「当たり前だ。あいつとて、織斑の血を引いているんだ。戦闘能力に才が見受けられても不思議ではなかった。

だが、あのバカはそれを頭に入れてなかったからな……あーなって当然の結果だ」

 

「やれやれ、手厳しいのは相変わらずね。でもそうね、彼の戦闘能力の評価を、もう少し改めておいたほうがいいかもしれないわね。

ISを動かせる男……織斑 一夏と桐ヶ谷 和人の機体、できれば奪取しておきたいものね」

 

「織斑 一夏の戦闘能力を考えれば、もう一人の男の方も、油断はしないほうが身のためだろう。

仮想世界……ゲームでの修羅場など、何の役にも立たないと思っていたが、私の予想以上だったみたいだな」

 

「そうね……最近では、軍の訓練なんかもその仮想世界とかでやってるみたいよ。

まぁ、確かに理にかなっているわね。どんなに撃っても弾代はかからない上に、仮に撃たれたとしても死なない。ある程度のシミュレーションを組んだ実戦訓練もできるんだもの……」

 

「嘆かわしいな……」

 

「そうかしら? これも時代だと思うけれど……」

 

 

 

そこまで話していると、不意にスコールが欠あくびをした。

 

 

 

「と、ごめんなさいね。とにかく、あまり勝手な行動はせず、いい子にしててくれないかしら?」

 

「ああ、わかった……」

 

「ふふっ……素直な子は好きよ」

 

 

そう言って、スコールは部屋を出て行って、自室に戻っていった。

最近は体を動かす事をせずに、ベッドで横になっている事が多い。

 

 

 

「ふん……」

 

 

 

マドカは倒されたベッドを直し、再びそこに横たわる。

そして、ロケットの中にはめ込んでいた写真を改めて見る。

 

 

 

「そうだ……もうすぐ会える……」

 

 

 

その中にいる人物。

マドカ自身が逢いたくて逢いたくて待ち焦がれている人物。

 

 

 

「………姉さん」

 

 

 

写真の中の千冬は、まるで聖母のような優しい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌週。IS学園 午前8時 SHR。

再び生徒会からの通達により、中止になった『キャノンボール・ファスト』に代わる、大々的なイベントの開催が発表された。

そのイベントとは……

 

 

 

「というわけで、『専用機持ち及び、三年生と二年生、それから希望者限定で、一年生各人による、緊急タッグマッチトーナメントの開催が行われることになりました。

つきましては、専用機持ち及び、大会に出場する生徒は、来週までにタッグマッチを組むペアの申請を行ってください。

申請を出さない場合は、こちらの方で抽選し、当たった生徒とペアを組んでもらいます』

…………というが、生徒会からの通達です。これは学年及び、クラス対抗のものではありませんので、上級生や他のクラスのメンバーと組んでもらっても構わないそうです」

 

 

朝のSHRの時間。

副担任である真耶からの知らせを聞いた生徒たちは、少し戸惑いを見せていた。

急遽決まったタッグマッチトーナメント。

三年生、二年生、及び専用機持ち達は強制参加。

一年生も希望があれば参加はできるが、そもそもの主催のわけが気になっている。

 

 

 

「今年度に入り、我が学園にも度重なる重大事件がおきた。諸君らもわかっていると思うが、このIS学園に通うという事は、そう言った事件に巻き込まれてもおかしくはないという事だ。

そうした中で、今年ばかりはさすがにこの問題に対処していかなくてはならないという事で、急遽生徒会と共に検討した結果、そのような事態に対処できるよう、各人のスキル向上を行うべきという事になった」

 

 

 

千冬の言葉に、クラスのメンバー全員の気が引き締まったような感じになった。

確かに、今年度に入って、様々な事件が舞い降りた。

無人機乱入、VTシステム発覚、福音事件、学園祭襲撃事件……その当事者である専用機持ち達はともかく、一般生徒達にはこの情報を伏せて入るが、それだけでは隠しきれないほどの事件が起きすぎた。

 

 

 

「専用機持ちは、指定の期限までにタッグマッチの申請を行っておくように。その他の一般生徒達は、参加するか否か、じっくりと考え検討した上で、申請を出してくれ。

話は以上だ。では、解散!!!!」

 

 

 

千冬の締めくくりと共に、学校のチャイムがなった。

これでSHRは終わり、一限目の授業……二組との合同実習だ。

当然、また鈴たちと戦闘実習があるだろう。

となると、タッグを組んでほしいとお願いされる可能性が十分に高いわけで……。

 

 

 

「…………さて、どうしたものかなぁ……」

 

 

 

男子はアリーナの更衣室で着替えないといけないため、和人と二人でそちらの方へと向かう。

 

 

 

「なぁ、チナツ。お前は誰と組むんだ?」

 

「いや、今のところはまだ……。キリトさんは? やっぱりアスナさんと?」

 

「いや、それがな……アスナは、シャルロットと組みたいらしいんだ」

 

「アスナさんと、シャルロットが?」

 

「ああ……。多分、シャルロットとなら、いいコンビネーションができそうだから、だそうだ。まぁ最も、俺もアスナとばかり一緒にコンビ組むわけにもいかないからな。

たまには別のペアを組もうかと思って……」

 

「なるほど……俺もカタナにばかり支援を任せるわけにはいかないしなぁ……そうなると、誰と組むか、迷いますね……」

 

 

 

すでに明日奈とシャルロットが決まってしまったら、残るは箒、セシリア、鈴、ラウラ、簪、刀奈の六人。

和人と組んでもいいのだが、互いに近接格闘型の機体であるゆえ、連携は取れても、あくまで近接戦でのみの連携だ。

ならば、今度こそ遠距離戦仕様の機体を駆る者と組んでみたいと思ってしまう……。

 

 

 

「あっ! チナツ、ちょっと待って!」

 

「ん? どうしたんだ、カタナ」

 

 

 

噂をすればなんとやら……。

更衣室へと向かう一夏たちの後ろから、刀奈が駆け足でこちらにやってきた。

 

 

 

「キリト、ちょっとチナツを借りるわね」

 

「ん? ああ、わかった。先に行ってるな」

 

「はい、すぐに行きますから」

 

 

和人に一応断りを入れて、一夏と刀奈は廊下の隅の方へと移動した。

 

 

 

「どうしたんだ?」

 

「あのね、チナツにちょっとお願いがあるの……」

 

「なに?」

 

「今度のタッグマッチのパートナーなんだけど……」

 

「うん……」

 

「簪ちゃんとペアになってくれないかしら?」

 

「簪と?」

 

 

 

少し予想してなかったお願いに、一夏も思わず聞き返してしまった。

 

 

 

「うん。実は、このイベントの開催を言う前に、簪ちゃんにいち早く知らせたのよ。

そしたらあの子がね、私と、正々堂々と勝負してみたいって……」

 

「へぇー。あの簪がねぇ……」

 

「うん……私もびっくりしちゃって……。だから、その……他の子達からの誘いがあるかもなんだけど、よかったら、簪ちゃんとのペアを優先してもらってもいいかな?」

 

「ふっ……いいよ。俺も誰と組もうか、迷ってたし。そんなに畏まってお願いされなくても、簪と刀奈からの頼みなら、俺に断る理由はない」

 

「っ! ほんと!? じゃあよろしくね!」

 

「うん。簪には、正式にペアになりたいって、言っておくから」

 

「うん! 一応私も、簪ちゃんに言っておくね。じゃあ、そういう事だから、よろしく!」

 

「はいよ」

 

 

 

そこまで話して、刀奈と一夏は離れた。

 

 

 

 

「簪がねぇ〜……」

 

 

 

あんなに普段おとなしい簪が、仮にも『学園最強』の異名を持つ刀奈に勝負を挑んだなんて……。

 

 

 

「これは少し、面白くなって来たかもな……っ!」

 

 

 

はやる気持ちが収まりきらず、一夏は全力疾走でアリーナの更衣室へと向かったのであった……。

 

 

 

 






原作では、ゴーレムⅢの介入によって中断されたイベントですが、今回は最後までやろうかと思っています(⌒▽⌒)


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