ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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今回は演劇開始まで行きます。





第70話 硝子少女の透色和音

一組に戻ってくるなり、状況は一変した。

今まで厨房に入っていた明日奈に変わり、一夏が担当し、ホールに入るのは和人一人になってしまった。

それではさすがにお客さんたちのクレームが増える一方なので、一夏には料理の配膳なども手伝ってもらっている。

こうして、順調にお客さんを回転させていきながら、一組は収入を増やして行く。

 

 

 

「さてと、もう一踏ん張り行きますか……っ!」

 

 

一夏が厨房に戻ろうと、体を反転させたその瞬間、一夏の目の前に、いつも目にしている水色の髪の毛が……。

 

 

「ジャジャーン♪」

 

「うおっ?! カタナ、いつの間に……」

 

「ふふっ♪ 今着いたところ」

 

「生徒会の方は終わったのか?」

 

「うん。あとは会場の調整とか、そこら辺が残っているけど、そういうのは虚ちゃんの仕事だから」

 

「そっか……。じゃあ少し手伝ってくれるんだよな」

 

「ええ、もちろん。その代わり、チナツたちは、後で生徒会の出し物に出てもらうからね?」

 

「ああ、演劇だったか……もちろんだよ。それが俺とキリトさんの唯一の救済方法だしな」

 

「そゆこと♪」

 

 

 

しばらくの間、一夏たちは一組でのメイド喫茶の業務に勤しんでいた。その間に、明日奈は里香たちと合流し、また別のところを見て回っていたそうで、途中、一夏たちのクラスにも顔を出し、なかなか楽しい時間を過ごした。

 

 

 

 

 

「あのぉ〜、すみません」

 

「はい?」

 

「織斑 一夏さん、でしょうか?」

 

「はい、そうですが……」

 

 

 

 

後ろから呼ばれ、一夏は振り返った。

と、そこには、リクルートスーツを纏った美人が、ニコッと笑いながら、こちらを見ていた。

 

 

 

(いつの間に立ってたんだ……?)

 

 

 

あまり近づいてくる気配を感じなかった。

自分が鈍っているのか、それとも…………。

 

 

 

「私、『みつるぎ』という会社の営業担当をしております、巻紙 礼子と申します」

 

「は、はあ……これはご丁寧にどうも」

 

 

礼子から名刺をもらい、一夏はその名刺の名を見た。

みたところ、その『みつるぎ』という会社は、ISの武装開発を行っているようで、その営業となると、当然一夏の白式目当てだという事がわかる。

 

 

(またこれか……)

 

 

 

一夏がIS学園に入り、白式という専用機を持っている事は、世界中周知の事実だ。

だからこそ、自社の装備を、世界でも貴重な男性操縦者たる一夏に装備してほしいと言ってくるところは少なくない。

何故なら、それを行う事によって、自社の製品をアピールする事ができるからだ。

また、一夏というイレギュラーな存在が使用している装備となると、それ自体に特別製が増す。

よって、会社側としては、これは戦略販売になるのだ。

 

 

 

「あの……学園側には、アポは取ってあるんでしょうか?」

 

「いえ、申し訳ありませんが、こちらとしても急だったもので……。勝手ながら、今回の学園祭に便乗させてもらいました」

 

 

 

何とも清々しいほど正直だ。

しかし、ここで問題を起こし、学園祭自体を中断させるわけにもいかない。

 

 

 

「はぁ……わかりました。少しでよろしければ、お話はお伺いします」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 

 

 

 

一夏は礼子を連れて、一組の教室の、一番端の席に座らせた。

静寐にアイスティーを入れてもらい、早速一夏は用件を聞いた。

 

 

 

「おの……今回は、もしかして……」

 

「はい! ぜひ、織斑さんには、我が社の製品を使っていただきたいと思いまして」

 

「あー……その、申し訳ないんですけど、俺の白式は無理ですよ?」

 

「は、はい? 何故ですか?」

 

「いや、どんな製品を紹介してくれるのかはまず置いといて、俺の白式は、まず近接戦闘用の武器しか扱えません。

そして、これ以上の装備を追加する事も出来ません……」

 

 

 

それは何故か……。

白式の拡張領域が空いていないからだ。

もともと白式は、拡張領域がいっぱいいっぱいだった。

《雪片弐型》、《雪華楼》、そしてすでに一次移行で発現でした、単一仕様能力《零落白夜》。

これだけでももう、空きがなくなっていた。

ゆえに、遠距離戦仕様の武器はなく、飛刀による投擲で凌いでいただけだった。

それが二次移行してから《雪華楼》の数が増え、ライトエフェクトを飛ばせるという特殊攻撃を会得し、さらに単一仕様能力《極光神威》を発現した。

すでに第四世代型ISと言っても差し支えないレベルの機体に仕上がった白式に、今更装備はいらないと思った。

 

 

 

「しかし、だからこそ、織斑さんの白式には、射撃装備や、防具類が必要なのではないですか?

それに、我が社の製品をまとめて使っていただければ、何かとお得ですし、今なら脚部ブレードも付いてきますよ?」

 

「……確かに、魅力的な装備ではあります。でも、俺の戦闘スタイルとは、あまりにもかけ離れています。

もともと射撃の腕は落第点ですし、鎧も間に合ってます。それに、俺の機体は高機動性が売りなので、これ以上防具を増やしても……。

それと、脚部ブレードも、あまり使わないかもしれません。そういうのは、アメリカの《ファング・クエイク》とかの方が適材だと思いますよ?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

あまりにも正論性が高い物言いに、礼子も少したじろんでしまった。

まさか十代の少年に、ここまで言葉で圧倒されるとは……。

しかし、ここで引き下がるわけにもいかないと思ったのか、礼子は再び口を開き、何かを言おうとした……だが。

 

 

 

「織斑くーん? さっき会長さんが呼んでたよぉ〜!」

 

「ああ! ありがとう、すぐに行くよ!」

 

「あ、あの!」

 

「ごめんなさい、巻紙さん。ちょっと生徒会長に呼ばれてまして。今回は、申し訳ありませんが……」

 

 

 

そう言って、一夏はアイスティーを飲み干し、席を立って離れていった。

一夏が去っていった席のテーブルでは、礼子が握り拳を力強く握りしめていた事を、一夏は知らなかった……。

 

 

 

 

「ふぅ〜」

 

「お疲れ様」

 

「見てたのか?」

 

「ええ……。あの人、なんか怪しいなぁ〜って思って」

 

「確かに……」

 

 

廊下を出てすぐ、一夏は刀奈の姿を見つけて、礼子について話し合った。

 

 

「あの人、本当に『みつるぎ』ってところの社員さんなのか?」

 

「そこまではわからないわ。実際に『みつるぎ』は実在している会社だから、調べようと思えば調べられるけど、少しは時間がかかると思った方がいいかも」

 

「アポ無しで営業に来た人は初めてだったし、あの人、あまりにも不自然なくらい、気配を消してたんだよな」

 

「不自然なくらい?」

 

「カタナもわかるだろう? 本当の暗部の人間ってのは、気配の隠し方がうまい。

周りの熱気や状況によって、自分の気配を自在にコントロールするものだ。だけど……」

 

「あの人は初めから自分の気配だけを消していた……」

 

「うん……。消し方は下手くそだけど、それでも、一般人くらいになら、通用するようなくらいにはうまかったよ。

俺も、一瞬だけ気づかなかった」

 

「なるほど……怪しさが増したわね」

 

 

 

一組の教室から少し離れた場所に移動し、教室から出てくる礼子の姿を捉えた一夏と刀奈。

向こうは二人の視線に気づいていない様子で、そのまま校舎の廊下を歩いて去っていった。

そんな礼子の事を、二人は疑心たっぷりの目を向けて見ていた。

その後、二人は一組の教室に戻り、クラスメイトたちと一緒に、接客業に勤しんでいく。

そして、刻限が迫ってきた……。

 

 

 

「さぁさぁ、チナツ、キリト! 準備はいいかしら?」

 

「ああ、もうそんな時間?」

 

「わかった……今いくよ」

 

 

刀奈の先導で、二人はアリーナの更衣室へと向かった。

そこで二人に、刀奈はある衣装を出した。

 

 

「何だ……これ?」

 

「軍服……? じゃあないな……貴族的なキャラか?」

 

「王子様よ、王子様! それは王子様の衣装なの」

 

「「王子様?」」

 

 

 

と、ここで二人は、肝心なことを聞いていないことに気づいた。

 

 

「そう言えばカタナ、俺たちが出る劇の演目って、何なんだ?」

 

 

 

一夏の問いに、刀奈は「ふふふっ」と笑うと、手に持っていた扇子をバッ、と開いて、そこに書いてある文字を見せた。

扇子は、こう書いてあった……『灰被姫』と。

 

 

「演目は、『シンデレラ』よ♪」

 

「シンデレラか……大体の話は知ってるが、俺たちは何にも練習とかしてないぞ?」

 

「大丈夫よキリト。これは基本アドリブのお芝居だから、適当にセリフを言って、立ち回ってくれればいいわ。

私がナレーションだし、何かあったら指示を出すわよ」

 

「そんなもんでいいのか……?」

 

「大丈夫よ……すぐに劇らしい劇になるから……♪」

 

「「ん?」」

 

「あっ……あと、忘れちゃいけないのが、これ」

 

「これは……」

 

「王冠だな」

 

「そう。これは絶対に頭から外さないでね? これがないと劇にならないから♪」

 

「う、うん……」

 

「ん? わかった……」

 

 

 

 

最後の言葉が少し意味深だったが、まぁ、大丈夫だろう。

と、その時はそう思っていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、幕開けよーーーーッ!』

 

 

 

 

舞台の俳優と思わせるような、芯の強い声で放たれた、刀奈による開演の言葉。

アリーナに集まった生徒達は、そのほとんどが、一夏や和人の二人を見るためにきた客人たちだ。

アリーナの中に設置られていた演劇の舞台設備は、中々に手の込んでいるもので、そこらの学校でしているような演劇ではなく、もっとこう……映画やドラマの撮影に使われていそうな舞台設備になっている。

そんな舞台の中央にある広間に立っている一夏と和人の二人。

その二人にライトが照らされる。

二人とも、衣装は王子様の衣装。

それと、刀奈から渡された大事なもの……二人の頭の上に乗っかっている王冠だ。

演劇の開始と同時に、照明が落ち、アリーナの一部に、巨大スクリーンが映し出された。

 

 

 

 

『むかーしむかし……あるところに、シンデレラという少女がいました……』

 

 

 

シンデレラというおとぎ話に出てくる前説。

シンデレラという少女が、親や姉たちにいじめられ、苦痛の生活を強いられていた時、王子がやってきて、ガラスの靴を履かせる。

ピッタリとあったその靴を履いて、シンデレラは、夜の舞踏会へと向かう。

そんなお話だった。

刀奈の語りから、映像が流れる。

それはまさしく、誰もが知っているシンデレラのストーリー。

 

 

 

((なんだ、普通にシンデレラの物語じゃないか……))

 

 

 

刀奈のことだから、もっとストーリーを変更してくるのかと思っていたのだが、案外普通にシンデレラをやるのだろう……。

二人はそう思っていた。

だが……

 

 

 

『しかし、それは名前ではない……』

 

「「はぁ?」」

『幾たびの舞踏会を潜り抜けーーーー』

 

 

 

映像が流れる。

“舞踏会”……というより “武闘会” と呼んだ方がいいのではないかと思うくらいに、殺伐とした映像が……。

 

 

 

『戦場を駆け抜ける戦士たちーーッ!』

 

「「はぁっ!?」」

 

『彼女たちを呼ぶに相応しい称号……それが、《シンデレラ》ーーーーッ!』

 

 

 

一体どう言う事なのか……?

そう言いたそうな表情で、流れる。映像を凝視する一夏と和人。

だが、唯一わかっている事。

それは、これから良くない事が起きるという事だ。

 

 

 

『王子たちの王冠に隠された軍事機密を狙い……少女たちが舞い踊るッーーーー!!!!』

 

「「「「きゃあああああーーーーッ!!!!!」」」」

 

 

 

スクリーンに映し出された『灰被姫』の文字。

まさしくシンデレラだ。

だが、どう言う事だろう……シンデレラで戦う場面はあっただろうか……? それに王冠に軍事機密なんて普通隠すだろうか……? というよりも、シンデレラとして出てくるキャストって、一体誰なのだろうか……?

考える事が多すぎて、混乱の最中にいる一夏と和人。

すると、周りがいきなり明るくなり、舞台全体が映し出された。

中世ヨーロッパの造型で作られたセット。

レンガ造りの塔や、舞踏会などのシーンで見るテラス席と、そこにつながる階段……。

そして、今一夏たちの立っている場所は、まさしく舞踏会の会場。

その証拠に、置かれた円卓と燭台。

今まさに宴が始まるのではないかと彷彿とさせる舞台があった。

 

 

 

『今宵……血に飢えた舞踏会の夜が始まる……!』

 

 

 

周りには誰もいない。

だが、とてつもなく嫌な予感が漂っている……。

これは一体どう言う事なのだろう。

舞踏会の参加者がいない事自体不自然。ましてや、シンデレラのどのシーンなのかもわからない。

と、そんな事を思っていた瞬間、一夏と和人の頭上に、影がかかった。

 

 

 

「「んっ?」」

 

「ふっ……!」

 

「なっ!?」

「いぃっ!?」

 

「もらったあぁぁぁッ!!!!!」

 

「「うわあっ!」」

 

 

頭上……テラス席から降りてくる一人の少女。

服装はドレス……それも純白のドレスだ。

だが、その手には全く似つかわしくない物が握られている。

中国の刃物……青龍刀だ。

それを振り上げ、力一杯重力の力をも利用して、青龍刀を振り下ろす。

一夏と和人は、とっさに反応して、左右に分かれて攻撃を躱す。

そして、その少女の正体を、改めて確認する。

茶髪の髪を、トレードマークのツインテールに結んでいる少女。

何を隠そう、一夏のセカンド幼馴染である、鈴だったのだ。

 

 

 

「なっ! 鈴?!」

 

「何すんだよ鈴! 危ないだろう!」

 

 

 

あまりの衝撃に一瞬言葉に詰まったが、すぐに聞いをとりなおして、和人と一夏は鈴に問いただした。

 

 

「ごめん和人……あたしの目標は、一夏! あんたよ!」

 

 

 

青龍刀の切っ先をこちらに向け、鈴は戦線布告を放つ。

 

 

 

「あんたのその王冠を、渡しなさい!」

 

「はぁ? この王冠か? これが一体何だってーーーー」

 

「ふんっ!」

 

「のわっ!?」

 

 

 

一夏の言葉を遮るように、鈴が何かを投擲した。

その動きをみて、とっさに頭を左へと回避させると、一夏の後方にあった柱に、3本の飛刀が突き刺さっていた。

 

 

「なぁ……っ!?」

 

「ふふ〜ん……飛刀が使えんのはあんただけじゃないのよ」

 

「バ、バカ! 死んだらどうすんだよ!」

 

 

危険極まりない行為に、一夏は鈴に抗議するが、鈴に至っては聞く耳持たずという事なのか、一投、二投と飛刀を一夏に投げつける。

 

 

『大丈夫〜♪ ちゃんと安全な素材でできてるからあ〜♪」

 

「本当かよっ!!?」

 

 

飛んでくる飛刀を、テーブルの上にあった燭台を握り、それを使って打ち落とす一夏。

今もなお管制室からこちらの状況を見て、いつの間にかナレーションではなく解説に回っている彼女に対して大声で叫んだ。

というか、舞台のセットに突き刺さってる時点で、人体に対してあまり安全とは言えないのでは……。

一夏が鈴に命……もとい、王冠を狙われている間、和人は和人で、周りを警戒していた。

 

 

 

(まさかとは思うが……俺にも刺客は来るんじゃないだろうな……)

 

 

 

刀奈言った…… “王子たちの王冠” ……と。

“たち” ということは、少なからず自分もそれに入っていると思っていい。

そんな感じで、現役軍人やら軍や訓練を受けた事のある代表候補生たちとやり合うのは正直に言うと酷だ。

このまま誰にも見つからないように、身を隠しておいた方がいい……そう思った瞬間、背後から誰かが近づいてくる気配がした。

 

 

 

「はっ……!」

 

「せぇーのっ!」

 

「うわあっ!」

 

 

 

ドコッ! と、凄まじい音が鳴った。

前に転がりながら、後ろから襲おうとしている人物を視認する。

相手は鈴と同じドレスを着ているが、これまた物騒なものを持っている。

メイス……相手を鎧の上からでも叩き潰してしまう破壊力を持った武器。

そんな武器を扱う人物なんて、和人は一人しか知らない。

 

 

 

「リ、リズ!?」

 

「おっす、キリト! あんたの相手は、この私よ」

 

「っていうかお前! 俺を殺す気かよ!」

 

「大丈夫だって。ちゃんと狙うし、これも安全な素材でできてるらしいから!」

 

「舞台のセットを壊しておいて安全もクソもないだろ!」

 

「いいから! あんたは私にその王冠を渡しなさい!」

 

「ちょっ、ちょっと待てぇ!」

 

 

 

 

二、三度とメイスが振り下ろされ和人もそれを躱していく。

そんな状況下に陥ってしまった二人は、同じ事を考えていた。

 

 

 

 

 

ーーーー『シンデレラ』って、こんなんだったけぇーーーーッ!!!!!!???

 

 

 

 

「逃げてんじゃないわよ! 正々堂々と戦え!」

 

「こっちには武器無ぇのに、正々堂々もあるか!」

 

 

 

鈴と一夏の勝負は、鈴の圧倒的有利な状況で進んでいた。

鈴には青龍刀と飛刀が、一夏には燭台しかない。

何とか燭台を短剣のように使って、鈴の攻撃を防いではいるが、このままではジリ貧だ。

 

 

 

「ふんっ!」

 

「だからーーーー」

 

 

 

投げてくる飛刀に対して、一夏はテーブルにかかっていた白いテーブルクロスを握ると、それを思いっきり飛刀に向けて振り抜いた。

テーブルクロスが強い鞭のようにしなり、飛んでくる飛刀を打ち落とした。

 

 

「ーーーー危ないだろう、がっ!」

 

「なっ!? 白式みたいな事してくれるわね……っ!」

 

 

 

燭台とテーブルクロスで、何とか凌いではいるが、それでも、もともとが武器ではない物であるため、どんどん劣化していき、やがて……

 

 

 

「だありゃあぁぁぁッ!」

 

「ぐっ?!」

 

 

遠心力を用いた一撃により、燭台の上半分が斬り落とされてしまった。

 

 

 

「はあっ!? まさか、それ本物か?!」

 

「んなわけないでしょ! 亜鉛合金で出来たただのおもちゃ! 刃引きもしてある! でも、ちゃんと斬れるわよ!」

 

「だから全然安全じゃねぇじゃん!」

 

「はあああぁぁぁッ!」

 

「っておい! パンツがーーーーッ!」

 

「でいっ!」

 

 

 

 

思いっきり右足を上げ、かかと落としを繰り出す鈴。

直前で一夏が後ろに転び、直撃を避けたが、もし躱さなかったら、大変な事になっていただろう。

何故なら、直撃した床にヒビが入っていたからだ。

 

 

 

「って、お前ガラスの靴履いてんのかよ!」

 

「大丈夫! 強化ガラスらしいから!」

 

「だから大丈夫じゃないっての!」

 

 

鈴の繰り出す蹴り技。

気功を整えるような呼吸法を見るに、中国拳法の一種。

おそらく軍に所属していた時に修得したのだろう。

そんなものをその身に受けようものなら、危うく一撃でノックアウトだ。

 

 

 

(どうする……このままじゃジリ貧……何とか活路を見出さないと……!)

 

 

 

そう思った瞬間だった、一夏の視界に、紅い光が横切った。

最初は照明かと思っていたが、今現在紅色の光は発していない。

しかも細長いレーザーのような光だった。

その状況下で、そのような光の存在は……

 

 

 

「マズいッ!」

 

 

ーーーーバンッ!

 

 

 

咄嗟に体が動いた。

すると、先ほどまで王冠があった位置に、銃弾がめり込む。

続けざまに発砲音と、弾丸の着弾音が背後から聞こえた。

近くに鈴以外の人影は、和人を襲っている里香しかいない。

そして、離れた位置からこれだけ正確な狙撃ができる人物はただ一人……。

 

 

「スナイパーライフル……! という事は、セシリアか!」

 

 

 

となると、先ほどの紅い光は、スナイパーライフルから放たれたレーザーポインター。

撃った位置などはバレてしまうが、今の一夏では、セシリアのところまでたどり着けない。

 

 

 

「くっそぉ〜! 何がどうなってんだよ……!」

 

 

 

接近戦の鈴と、遠距離狙撃のセシリア。

二人に囲まれている時点で、ほぼほぼ詰んでいる。

何とか二人からの追撃を避けるため、鈴から逃げ、セシリアから見つからない場所に移動する。

 

 

 

 

 

「ふふっ……逃がしませんわ……っ!」

 

 

 

 

ーーーーバンッ!

 

 

 

 

スコープレンズから見える、一夏の姿を見ながら、セシリアは再度引き金を引く。

しかし、流石と言っていいのか、一夏は飛んでくるレーザーポイントの角度を見て、瞬時に対応し出した。

これも刀奈の指導の賜物だろうか。

 

 

 

「この戦い……絶対に負けられませんわ!」

 

 

 

そう、鈴とセシリア、また里香たちには、この演劇が始まる前に、刀奈からある条件を出されていた。

 

 

 

 

 

「「「「「えっ?」」」」」

 

「あら? 聞こえなかった? 今回、チナツとキリトの被っている王冠を手に入れた人たちには、特別褒賞を受け取る権利を与えようと思うの」

 

「特別……」

 

「褒賞……」

 

 

 

一夏と和人が教室を出て行った後、刀奈は速やかに専用機持ち達と、里香、直葉、圭子の三人を呼び出した。

もちろん、二組にいる鈴と、四組にいる簪も呼び出して、刀奈は今回生徒会が出す演劇の内容について、みんなに話していた。

ただ一人、不安そうな表情を浮かべる明日奈がいたが、全員それどころではなかった。

何故なら、その特別褒賞というのが、『一週間、一夏及び和人を好きに使える権利』という内容だったからだ。

その条件として、この事を一夏と和人に話さないことと、その権利獲得の証たる王冠の奪取というものがあったが、うら若き乙女たちにとって、そんな条件、むしろ望むところだ……という感じだった。

だから、お互いに仲間ではあるが、敵でもある。

だからこそ、負けられない。

 

 

 

「絶対に負けられませんわ!」

 

 

 

スコープレンズを覗き、一夏の姿を視界に捉えた。

引き金をいき、弾丸は真っ直ぐ一夏の頭の上に乗っている王冠へ向かう。

 

 

 

ーーーーやりましたわ!!!!

 

 

 

後は転がった王冠を、素早く移動し、確保すればそれで万事解決。

自分の勝利!

そう確信したセシリアだったが、次の瞬間、一夏が真っ白い世界に消えていった。

 

 

「え?」

 

 

 

スコープレンズから目を離し、肉眼で確認する。

すると、一夏は手に持っていたテーブルクロスを広げ、自分の視界を奪った瞬間に、姿を隠していた。

銃弾も、テーブルクロスを広げた時に、体制をずらしていた一夏には命中せず、その後ろにあった床へとめり込んでいた。

 

 

 

「なっ!? くうぅぅ〜〜〜!!!! 絶対に逃しませんわよ、一夏さんっ!」

 

 

 

一夏を探し出すため、セシリアは次なる狙撃ポイントまで移動を開始した。

一方その頃、和人と里香はというと……。

 

 

 

 

 

 

「待ぁーてぇー!」

 

「絶対に待たない!」

 

 

 

全力疾走で逃げていた。

途中で、和人も一夏と同じように、燭台を手に応戦していたのだが、もとよりリーチが短い分、こちらも苦戦を余儀なくされていた。

なので、できることはただ一つ……兵法三十六計『逃げるに如かず』だ。

 

 

 

「くそっ! 何とかしないとな……!」

 

 

 

そう思っていた矢先、再び和人の頭上に影がかかった。

 

 

「っ!」

 

「ふわああぁぁぁっ!? 避けてくださいぃぃ〜〜!」

 

「うえっ!?」

 

 

 

 

逃げるわけにもいかず、咄嗟に落ちてくるものを両手でキャッチした。

 

 

 

「あうぅぅ〜〜! ご、ごめんなさい……」

 

「シリカ!?」

 

 

 

頭上から落ちてきたもの……もとい、人物は、これまた素敵なドレス姿の圭子だった。

 

 

 

「あ、キリトさん……ごめんなさい」

 

「いや、それはいいんだけど……大丈夫か? けがはしてないか?」

 

「は、はい! キリトさんが助けてくれたおかげです」

 

 

 

しかし、一体なぜ上から落ちてきたのか?

 

 

 

「にしても、何で上から……」

 

「あ、えっと……その……」

 

 

何故かモジモジと体をくねらせる圭子。

何故だろうと考えていると、その原因をすぐにつきとめた。

 

 

「あっ、ごめん!」

 

 

いつまでもお姫様だっこは恥ずかしいだろうと思い、和人は圭子を下ろした。

しかし、その時何故か圭子は「あ……」と名残惜しそうな声を上げたのだが、すぐに気を取り直して、和人に聞いてみた。

 

 

「あ、あの! キリトさん」

 

「ん? なに?」

 

「えっと……私のこの服、どうでしょうか?」

 

「えっ?」

 

「あ、えっと、なんでもないです! に、似合いませんよね?」

 

「いや、似合ってるよ……凄くね。シリカ、あんまりそういう格好しないから、新鮮でいいと思うよ」

 

「ほ、本当ですか!? 嘘じゃないですよね?!」

 

「う、嘘なもんか……ほんとだよ。とってもよく似合ってる」

 

「えへへ……♪ に、似合ってるかぁ〜♪」

 

 

 

両手で頬を包み、照れている様子の圭子。

まぁ、確かに、どこぞの国の幼い王女……といった風にも見えなくもない。

 

 

 

 

「あんたはなにいい感じに言いくるめられてるわけ!?」

 

「あっ、リズさん……」

 

「「あっ、リズさん……」じゃないわよ! あたしたちの目的忘れたの!」

 

「あっ、そうでした! キリトさん!」

 

「な、なんだ?」

「その、王冠を私に下さい!」

 

「えっ? シリカもこの王冠が欲しいのか?」

 

「はい! 欲しいんです!」

 

「と、言ってもなぁ……」

 

 

 

困った事に、王冠は一つしかない。

一夏のを取れば、二人分あるが、多分あれは、鈴たちが狙ってる。

 

 

「王冠は一個しかないんだが……」

 

「なら、私が!」

「こらぁ、抜け駆けすんな! あたしが最初に見つけたんだから!」

 

 

 

 

いつの間にか、圭子と里香との間で衝突が起きていた。

 

 

 

「おいおい、なんで二人がケンカするだよ……!」

 

「キリトは黙ってて!」

「キリトさんは静かに!」

 

「ええ〜…………?!」

 

「リズさん、今日こそ……!」

 

「決着をつけてやるわ……!」

 

 

 

里香がメイスを構え、圭子はどこから取り出したのか、短剣を取り出し、それを構える。

 

 

「王冠は私が貰います!」

「王冠はあたしが頂く!」

 

 

 

二人が激突した。

短剣とメイスが打ち合い、パワーでは里香が一枚上手だが、スピードでは圭子の方に分がある。

和人はその間、自分には手の施しようがないと悟ったのか、二人が気づかないように、そろりそろりとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

「くっそぉー、一夏はどこに行ったのよ!」

 

 

 

 

一方、こちらも二人のシンデレラに追われている一夏は、セシリアの狙撃と、鈴の強襲から逃れるため、ひっそりと息を殺していた。

 

 

 

「ったく、一体この王冠がなんだっていうだよ……」

 

 

 

頭の上に乗っかっている王冠に、何か秘密があるのはわかっている。

だが、それにしたって、そこまで求めるからには、ちゃんとした理由がある筈だ。

一体、刀奈になにを吹き込まれたのやら……。

そう思っていた時だ……身を隠していた扉の向こうから、何かが飛来し、扉に穴を穿つ。

 

 

「うおっ!? 見つかった?!」

 

 

形状は丸いため、おそらくは銃弾……スナイパーとして狙っているセシリアの攻撃だと見ていい。

どうするか迷っていた時、一夏に声をかける少女がいた。

 

 

 

「一夏、こっちこっち!」

 

「シャル!」

 

 

 

心優しいシャルロット。

襲ってくる気配が全くないため、一夏は迷わずシャルのいる方へと移動した。

一瞬、シャルが手に何かを持っている事に気付き、足を止めようとしたが、それがガラス張りの盾である事に気付いた。

 

 

「ここは僕に任せて! さっきそっちに和人がいたから、すぐに合流するといいよ!」

 

「わかった! ありがとな、シャル。やっぱりお前はいいやつだよ」

 

「う、うん……あ、ありがとう……!」

 

 

 

爽やかな笑顔に当てられて、シャルも僅かながらに口ものが緩む。

 

 

 

「あっ! ちょっと待って!」

 

「なんだ?」

 

「そ、その……王冠を置いていってくれると、嬉しいなぁ〜」

 

 

 

シャル……お前もなのか。

だが、少なくとも前の二人のように急に襲いかかってくるわけでは無さそうなので、一夏は一瞬だけ気を許した。

 

 

 

「お前もなのか……この王冠に一体何があるってんだよ……?」

 

 

 

そう言いながら、一夏は王冠を手に取り、頭から離した。

その瞬間を狙っていたかのように、頭上から刀奈の声が響く。

 

 

 

『王子様にとって、国とは全て! 軍事機密の入った王冠を取るとぉ〜?』

 

「はい?」

 

 

 

バチィィィーーーー!!!!

 

 

 

「「ぎゃあああああーーーーッ!!!!」」

 

 

 

舞台の上で、二人の男子生徒の絶叫が聞こえた。

二人……そう、和人もである。

里香と圭子の戦闘から逃げてきた際、和人はもう一人の人物と鉢合わせしていた。

 

 

 

「うおっ?!」

「うわっ!? お、お兄ちゃん!」

 

「へっ……?」

 

 

 

黒髪を短く切り揃えた少女。

その手には日本刀が握られていた。

日本刀にドレス……異色の組み合わせだが、以外にも悪くない。

 

 

「ス、スグ……?」

 

「う、うん……そうだよ」

 

「お前まで参加してたのか……」

 

「う、うん……楯無さんに、言われてね」

 

「あいつ……」

 

「あっ、でも! 私はお兄ちゃんを襲ったりはしないよ! 私はお兄ちゃんをリズさんやシリカたちから守りに来たんだもん!」

 

 

 

自分は正当だと言わんばかりに、直葉は胸を張る。

その度に、今にもはち切れそうな胸部が、たゆんたゆんと揺れ動く。

 

 

「そ、それはともかくだよ? お兄ちゃん。その報酬として、その王冠をもらいたいんだけど……」

 

「お前も結局は同じなのかよ……!」

 

「いいじゃん! お兄ちゃんを守るんだから、それくらいの報酬があっても!」

 

「わかった、わかったよ……ほら、スグ」

 

「えっ!? いいの? やったぁー!」

 

 

 

直葉が手にしようした瞬間、和人にも衝撃が走った。

 

 

 

「「ぎゃあああああーーーー!!!!」」

 

 

 

一夏と和人は、あまりの衝撃に驚き、その場に倒れてしまった。

 

 

((な、なんじゃこりゃあああああーーーー!!!!))

 

 

その心の問いに答えるかの様に、刀奈からの宣言がなされた。

 

 

 

『自責の念によって、電流が流れます! あぁ、何ということでしょう……王子たちの国を思う心は、そうまでして重いのか……。

しかし、私たちは見守ることしかできません! あぁ、何ということでしょう‼︎』

 

「「二回も言わんでいいッ!!!!」」

 

 

 

一夏と和人は立ち上がり、シャル、直葉に言った。

 

 

 

「ごめんシャル……王冠は諦めてくれっ!」

「ごめん、スグ……王冠は勘弁してくれ!」

 

 

 

そのことばに、二人は同じ反応を示した。

 

 

 

「「ええっ!? それは困るよぉー!」」

 

「「すまんっ!!」」

 

「あっ! 一夏ぁ〜!」

「あっ! お兄ちゃんっ!」

 

 

 

守ろうとしてくれた二人には悪いが、こちらも命がかかっている。

降伏も地獄、囚われれば地獄……つまり、捕まらなければいい!

その考えが、二人の中で確実に芽生えていったのだった……。

 

 

 

 

 





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