ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

67 / 118

ようやく今回から海底ダンジョン編。
それが終わったら……いったんIS編に戻ります。




第66話 Extra EditionXIV

2025年 7月 25日 《アルヴヘイム・オンライン》

ケットシー領から南に位置する《トゥーレ島》

 

 

 

そこに、数羽の妖精たちが、夏のバカンスを楽しんでいた。

砂浜に立てたパラソル。

その下に置いたビーチチェアに寝そべっているスプリガンの少年と、サラマンダーの野武士面の男。

 

 

 

「キリトよぉ〜。俺は今日こそALOが現実の時間と同期してなくてよかったと思った事は無いぜぇ!」

 

「リアルだと夜7時だしな……」

 

「やっぱ海はこうじゃなきゃよ……っ! 青い空!」

 

「白い砂浜……」

 

「寄せて返す波!」

 

「眩しい太陽……」

 

「そして……っ!」

 

 

 

 

二人は視線を前方の海に向けた。

その先にあるパラダイスを見る為に……だが、そんな希望は、突然現れた巨漢によって砕かれた。

 

 

 

「よお、お待たせ」

 

「いいっ……!?」

「んっ……?!」

 

「おい、どうしたんだよ二人とも?」

 

 

褐色の肌にスキンヘッド。

ましてや筋肉隆々の巨体が目の前に現れたのだ。

驚かない方がおかしい。

しかし、その巨漢のいるその先には、本当のパラダイスが広がっていた。

 

 

 

「くらえぇ〜! STR型のパワー全開ぃ〜!」

 

「きゃあ?! やりましたねぇ〜! ピナ、《ウォーターブレス》!」

 

「キュウ!」

 

 

 

海水を弾き、無邪気に走り回るリズとシリカ。

鍛治士として武器を鍛え上げる為、筋力値を上げているリズは、そのパワーをフルに使って、シリカに対して大量の海水をぶちまける。

対してシリカは、相棒であるピナに指示し、海水を飲ませる。

ピナの背中に乗ったユイが、元気よく攻撃命令を発した。

 

 

 

「発射ああ〜〜!!!!」

 

「キュウァァ〜〜!!!!」

 

「うえっ?!」

 

 

 

強烈な《ウォーターブレス》が、リズの顔面に直撃。

圧倒的な水圧にリズはダウンし、そのまま後ろに倒れこんだ。

 

 

 

「しゃあ〜! さすがピナァ〜〜♪」

 

「キュウ!」

 

「やりましたねぇ〜♪」

 

 

 

すごく微笑ましい光景だ。

 

 

 

「おいこら、待て! 逃げるなスズ!」

 

「やぁ〜なこったぁ〜♪ 悔しかった追いついてみなさい!」

 

「なんだとぉー!」

 

 

 

違うところでは、ツインテールケットシーを、ポニーテールサラマンダーが追いかけまわしていた。

サラマンダーの少女……カグヤの手には、木刀が握られており、ケットシーの少女スズをそれで殴りかかろうとしているらしい。

 

 

 

「私の団子を食っただろう!」

 

「美味しいわよねぇー、アレ」

 

「私が楽しみにしていたやつなのだぞ! ケットシー特産のレア食材だったのに!」

 

「ならあたしが食べたっていいじゃない……ケットシーだし。ケチ臭いわねぇ、あんた」

 

「食うなとは言わん……だが、誰が全部食っていいと言ったあぁぁぁーーーッ!」

 

 

 

キリトは視線をずらし、まさにその団子が包まれていたであろう笹の葉に似た物を見つけた。

そこには団子を刺していたであろう串が10本ほど放置されていた。

おそらく、カグヤはみんなで食べようと買ってきていたのだろう……それをスズが一人で平らげてしまったと……。

スズ……食べ過ぎじゃねぇ?

 

 

 

 

「ラウラ〜、いつまで隠れてるのさぁ〜?」

 

「待て! 心の準備ができていないのだ……!」

 

「それ、臨海学校の時にも言ってたよね……もう、ほら早く!」

 

「待てシノア! だからダメなのだぁ〜!」

 

「はいはい。ラウラは自信がなさ過ぎなんだよ……。とってもよく似合ってるから!」

 

「ううっ〜〜」

 

 

 

確かに、臨海学校でも見た光景だ。

水着姿を恥じらうラウラを、一生懸命連れ出そうとするシノア。

もう二人はコンビを組んだほうが色々と回せるのではないだろうか?

しかし、そんな二人を、キリトの隣で眺めているクラインはと言うと、鼻の下を伸ばしきり、ニヤニヤとラウラ達を眺めていた。

正直、怪しい変質者にしか見てない。

 

 

 

 

「はぁ〜〜〜……うっ!」

 

 

 

た、またまた海辺では、リーファが空気を吸って、思いっきり海水に顔をつけた。

ブクブクブクと泡を出しながら、海水に顔を浸して、やがて顔を上げる。

 

 

「ぷはぁっ!」

 

「リーファちゃん、どう? 行けそう?」

 

「は、はい! 大丈夫です、もう怖くありませんよ……。足のつく深さなら……」

 

「そう、よかった……っ! あ、でもこれから行くところは……」

 

「そうなんですよね。海底ダンジョンって、いったいどれくらい深いんでしょうか?」

 

「えっと……水面から100メートルくらいだって言ってたかな?」

 

「ひゃ、ひゃくぅっ?!」

 

 

もともと泳げなかったリーファが、泳げるようになっただけでも凄いのに、今度は水深100メートルの深さまで潜らないといけないと考えると……。

リーファは少し青ざめてしまったが、両手で頬を叩き、自分自身に喝を入れた。

 

 

「ううん! 大丈夫です、頑張ります!」

 

 

 

そう言いながら、リーファはある方向へと視線を向けた。

その視線の先には、小竜ピナの背中に乗り、楽しそうな笑い声をあげながらともに飛んでいるユイの姿があった。

 

 

 

「ユイちゃんのためですからね……」

 

「ありがとう……リーファちゃん」

 

 

 

 

 

元々、何故今回こんな南の果てのにあるような無人島まで来たのかというとだ……。

《イグドラシル・シティ》にあるエギルの店で、キリト、アスナ、ユイの三人は、久しぶりの親娘水入らずのひと時を過ごしていた。

その話題は、ユイがSAOで暮らしていた僅かながらのあの家での出来事だった。

ユイがSAO時代に、カーディナル・システムによって、その存在を消されそうになった時、キリトの機転によって、それは阻まれた。

ユイは、意識を閉じ込めた小さなオブジェクトとして、キリトのナーヴギアに内蔵されているローカルメモリーに納められていた。

よって、その後の話は、ユイは知らない。

22層のログハウスで過ごした時間は、本当に僅かしかなかった。

だからこそ、今はうんと甘えて、楽しく過ごしたいのだ。

そして、肝心の話題は、ユイが眠ってからの話……。22層にある大きな湖で、ヌシ釣り大会をやった事だった。

 

 

 

 

「それでね、パパったらヌシを見た瞬間、驚いて逃げてしまったんだよー♪ 『ぎょわああああ!!!!』ってね」

 

「い、いや、そんな感じじゃなかったぞ! せめて『ヒィィィ!!!!』くらいだったはずだ!」

 

「ふふふっ♪ とっても楽しそうですね!」

 

 

 

こんなに楽しい時間は貴重だ。

SAOでは、まともにこんな時間を過ごす暇がなかった。

だからこそ、これからもこの時間が続くのだと思うと、とても幸せに感じた。

 

 

 

「新生アインクラッドが、22層まで開通したら、またあのログハウスを買って、みんなでヌシ釣り大会をしよう。

でもなぁー……ヌシは超デカかったからなぁ〜……。ユイは泣いちゃうかもなぁ〜」

 

「泣きませんよ! 湖の面積から考えでも、クジラ程の大きさは無いはずです‼︎」

 

 

 

やはり親娘なのか、妙に負けず嫌いなところは似ている。

 

 

 

「ユイちゃん、クジラ見た事あるのっ?!」

 

「いえ……映像データと情報から、推算しただけです。私はパパやママのように、現実世界の物を見る事はできませんから……」

 

「そっか……そうだよね……。あっ、でもキリトくん、ISのシステムを使って、視覚システムを確立させるんじゃなかったけ?」

 

「うーん……まだあれは試作の域を出ないからなぁ〜。一応、ISのシステムの事は、篠ノ之博士に多少は聞いたけど、まだまだって感じだからなぁ〜」

 

「そっかぁ〜……」

 

 

 

少し残念だと言うような声色で答えたアスナ。

そっと愛娘であるユイを抱きしめる。

 

 

 

「アルヴヘイムの海にも、クジラが居てくれたらよかったのにねぇ……。

凄いんだよ? ボーンとジャンプして、バシャーンってーーーー」

 

「ああっ!!!!」

 

「きゃあっ?! な、なに?!」

 

 

 

突然大声を上げで立ち上がるキリトに驚き、アスナは驚愕の目を向ける。

 

 

 

「確か、シルフ領のずっと南の島に、クジラが出てくるクエストが発見されたって聞いたな………」

 

「ええっ?!」

 

「本当ですかっ!?」

 

 

 

ユイの瞳が、キラキラと輝いた。

 

 

 

「私、クジラさんに乗ってみたいですっ!」

 

「「…………乗るのはちょっと無理かなぁ〜〜〜」」

 

 

 

さすがにそれは無理だ。

夢見る子供の発言は、大人を困らせるが……。今のはかなりの無理難題であった……。

 

 

 

 

「おい、キリト。本当なんだろうな、このクエストにクジラが出るって話……。これがクジラじゃなくてクラゲとかクリオネだったらシャレになんねぇーぞ」

 

「…………巨大クリオネなら、ちょっと見てみたい気もするけどな……。エギル、なんか情報あったか?」

 

「いやそれがな、なんせワールドマップの一番端っこにある島のクエストだから、知ってる奴自体少なくてな。

だが、クエストの最後にどえらいサイズの水棲型モンスターが出るっていうのはマジらしい」

 

「ほおっ! ならそいつは期待できるんじゃねぇーの!? しゃあっ! いっちょ頑張ろうぜ!」

 

「……気合入れるのはいいが、まだチナツとカタナが来てないから出発できないぞ?」

 

「おっと……そうだったそうだった。しっかしなにやってんだあのお二人さんわよぉ〜」

 

「仕方ないだろう……ティアとカンザシが二人して参加できないと来たし、フィリアも今日は家族と用事があるって言ってたみたいだし」

 

「あと一人か……」

 

 

 

ティアは実家の勤めがあるということであった為、夏休みの大半はイギリスへ帰郷しているとのことだった。

カンザシはISの武装や駆動部系統に関することで、整備したいとのことだったので、今回は参加できなかった。

しかしそれだと、7人パーティーの人数制限に一人だけ欠ける。

ましてや今回参加するチナツ、カタナがまだ到着していないのは、どうしてなのだろう……?

 

 

 

「にしても遅いなぁ……」

 

 

 

ふと、キリトはパラソルの外へと出て、燦々と降り注ぐ太陽の方へと視線を向けた。

晴れ渡る青空と、時折太陽を塞ぐ白い雲。

そんな光景を眺めていると、突如、なんらかの影が過ぎった。

 

 

「ん?」

 

 

 

一体なんなのだろうと首をひねって、影が差した方へと視線を向けると……。

 

 

 

「はぁぁなぁぁぁれぇぇぇなぁぁさぁぁいぃぃぃッ!!!!!」

 

「うわ、ちょ、ちょっと待てカタナ! それはダメーーーー」

 

「グングニルゥゥゥゥーーーー!!!!」

 

「死ぬ死ぬッ! 死ぬうぅぅぅぅ!!!!」

 

 

 

 

空に蒼い閃光が走った。

そして海面に叩きつけられる何か……。

大きな水柱をあげて、墜落した何かを、その場にいた全員が疑心の目で見てやる。

 

 

「なぁ……今の」

 

「間違いねぇだろうな……」

 

「しかも《グングニル》って言ってたぜ?」

 

 

《グングニル》

北欧神話に登場する神。

《オーディン》用いた百発百中の槍の名称。

自身の左眼を代償に、『予知の泉』の水を飲んだことによって、相手の動きを予知し、投擲した槍を当てることができとか……。

そして、そんな技を使えるのは、たった一人しかいない。

かつてアインクラッドに存在した《ユニークスキル》に存在した、槍の投擲スキルもまた……同じ名前《グングニル》だ。

 

 

 

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

 

水着姿ではあるが、その手に握った長槍を構えながら、荒い息を整えるカタナが、キリトたちの前に降り立った。

 

 

 

「よ、よう……カタナ……遅かったな」

 

「ええ…………ごめんなさいね…………ちょっと、いろいろあってね……っ!」

 

「ちょ、ちょっと……?」

 

 

 

見るからに鬼の形相で何かが墜落した地点を見ていた。

どう見てもちょっとどころの話ではないだろう……。

 

 

 

「ゴッホォ……! カ、カタナ! 待て、話を聞いてくれって!」

 

「あら残念……仕留め損なったわね……」

 

「ガチで殺す気だったのかよ!?」

 

「もちろんよ……中々来ないから迎えに行ったっていうのに……まさか別の女とイチャイチャしてるとはねぇ……!」

 

「いや、だからそれが誤解なんだってば‼︎」

 

 

 

一体何があったのか、その場にいた面々には理解できなかったが、わかったことはただ一つ……。

カタナのドSスイッチが入り、その中でも最悪レベルで発動していることが判明した。

 

 

 

「もしかして……浮気?」

 

「そんな、まさか……!」

 

「チナツくんに限ってそんな事……!」

 

 

 

リズ、シリカ、アスナは、さすがに決めつけてはいなかったが、カタナのことを疑っているわけでもない。

チナツの言い分も信じてあげたいが、カタナのあの形相を見ると、相当なことをやってしまったのだと思った。

 

 

 

「あーあ……相変わらず馬鹿ね、あいつ」

 

「まったくだ……」

 

「しかも無自覚にやっちゃうからねぇ〜、チナツは」

 

「しかし、『英雄、色を好む』というではないか……流石は師匠」

 

 

 

スズ、カグヤ、シノアは少し辛辣な言葉で避難したが、何故かラウラだけには褒められた。

海面から泳いで、浜辺に上がってくるチナツ。

カタナ同様、水着姿であるが、目に見てわかるくらいボロボロだ。

 

 

 

「チナツ……お前何やったんだよ」

 

「いや、何もやってな……くはないのかな、これ?」

 

「俺たちが聞きたいんだが……」

 

「いや、それが……」

 

「もうぅー! 二人ともケンカしちゃダメだよ〜!」

 

「「「ん?」」」

 

 

 

その場に響く、まったく知らない声。

その声の主がいる方角……カタナたちが飛んできた空の方角を見ると、そこには紫を基調とした白とのツートンカラーのビキニをきたノーム族の妖精が飛んでいた。

中々にグラマラスな体つきをした少女で、カタナと同じ、紅い瞳な特徴的な、人懐っこそうな雰囲気を纏った少女。

 

 

 

 

「もう〜、せっかく遊びに来てるのに……」

 

「「元凶であるお前が言うなぁぁぁぁっ!!!!!」」

 

 

 

カタナは槍の穂先を向けて、チナツは右手の人差し指を少女に向け叫んだ。

言われた少女は、ニコッと笑いながら、地上へと降りてきた。

 

 

 

「フゥ〜……」

 

「あんた一体誰よ!? うちの旦那に手を出して、無事で済むなんて思ってないでしょうねぇ!」

 

 

 

修羅場だった。

 

 

 

「あははっ、ごめんごめんカタナ〜! だって、ようやく外に出られたって思ったらさぁ〜、そこにチナツがいたんだもん!

ちょっと興奮しちゃって、抱きついちゃっただけだよぉ〜」

 

「っ……あなた、どうして私の名前を……?」

 

 

少なくとも、彼女と会った覚えはなかった。

SAOでも、このALOでも。

今この瞬間、初めて会ったのだから……。

 

 

 

「あー……まだ自己紹介してなかったけ?」

 

「まだどころか、みんなお前のこと知らないんだぞ?」

 

「あー、そっかそっか」

 

 

 

マイペース……。

それを言うなら、カタナとは違った意味で、自分のペースに人を引くずり込んでしまうような性格をしている。

この不思議少女に対し、皆どう接すればいいのかな迷っていると、ピナに乗ったユイが、驚きの声を上げた。

 

 

 

「もしかして…………ストレアさん!?」

 

「ん? あーー! ユイだぁーー!!!!」

 

 

 

突然、「ユイィィーーーー!!!!」と叫びながら、ピナごととっ捕まえて抱きしめるストレアと呼ばれた少女。

よく見ると、ユイもピナも苦しそうだった。

 

 

 

「ちょっとストレアさん?! 苦しいですぅ〜!」

 

「キュ、キュウウ〜〜!?」

 

「あははっ、ごめんごめん♪」

 

 

 

一体どういう事なのか……。

そう言った雰囲気が、その場を包み込んだ。

ユイとチナツは知り合いで、彼女はカタナの事を知っていた。

だが、こちらは彼女の事を一切知らない。

では、彼女は一体何者なのか……。

 

 

 

 

「あー、えっと……ストレア、ちょっといいか?」

 

「ん? はいはーい!」

 

 

 

 

チナツの呼びかけに、ストレアはピナとユイを離し、チナツの方へと走ってくる。

どうやら、事情を説明してくれるらしい。

チナツの隣にポンっと立ったストレアを確認して、チナツが改めて説明した。

 

 

 

 

「ええっと、みんな信じられないと思うけど、この子……ストレアは、ユイちゃんと同じ、カーディナル・システムよって作られた人工知能……つまり、AIなんだ」

 

「「「「…………ええええええーーーーっ!!!?」」」」

 

 

 

 

 

 

南の島に、若き男女たちの絶叫が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「改めまして、ストレアだよ! みんな、よろしくね♪」

 

「ど、どういう事だチナツ?! 《カーディナル》が作ったAIだって言うなら、その子は……!」

 

「はい……。ユイちゃんと同じ、メンタルヘルスカウンセリングプログラムの試作2号として作られた女の子なんです……」

 

「うんうん! そういう事。だから、私とユイは、姉妹って事になるね!」

 

 

 

 

驚きすぎて言葉が出なかった。

しかし、ユイ以外にも、そんなAIの存在がいたなんて事……知る由もなかった。

いや、正確には、考えていなかっただけだ。

ユイは、《カーディナル・システム》が、SAO公式サービスと共に、自分のあらゆる権限を剥奪し、閉じ込めたと言っていた。

しかし、本来ならば、ユイはすぐにでもその役割を果たすべく、あらゆる階層に現れるはずだった。

だが、どんなに高性能なAIだったとしても、ユイ一人に対し、プレイヤーは一万人もいたのだ。

とてもじゃないが、ユイ一人でそれらのプレイヤーを相手にする事はできない。

ゆえに、他にもユイと同じ役割を担っているAIがいたって、おかしくなかったはずだ。

その事を失念して、今日まで至った……。

が、何故そのユイ以外のAIが、こんなところにいるのか……。

 

 

 

「えっと、そこは俺が話します。えー、ストレアは、SAOがクリアされる瞬間に、自力で《カーディナル》のシステム的拘束を解除して、俺のナーヴギアにあるローカルメモリーにその身を移したみたいです」

 

「そ、それって、前にキリトくんがシステムからユイちゃんを引き離したのと同じ事を、一人でやったって事?!」

 

 

 

チナツの説明に、アスナが驚きの声を上げた。

なぜなら、その瞬間をアスナは目撃しているからだ。

《カーディナル・システム》によって消されそうになったユイを、キリトはシステムコンソールを使って、システムから切り離し、オブジェクト化した。

その後、オブジェクトとしてシステムに保存されたユイは、このALOの世界で再び生まれたわけだ。

そんな大それた事を、誰の力も借りずに、一人でやってのけたというのだ。

 

 

「うん! もう、大変だったよー。でも、いつかはチナツのところに行こうって思ってたから、前もってシステムの抜け道は探ってたんだけどねぇー……。結局ギリギリになっちゃった」

 

「それで、今は俺のIS……《白式・熾天》のサポートAIとして存在しているんですよ」

 

「マジか……」

 

「《二次移行》した時も、俺の白式に鎧が追加されましたけど、あれもストレアのサポートで出現した物なんです。

で、今何故ストレアがここにいるのかというと……」

 

 

 

 

今から数時間前。

直葉の特訓を終えた刀奈は、IS学園に戻って、自分の部屋に戻った。

すると、中では既に一夏が頭にアミュスフィアを被ってベッドに横たわっていた。

恐らく、中で時間を潰しているのだろうと思った。

なので、刀奈もベッドに横たわって、アミュスフィアを被り、ログインした。

だが、その時に限って、チナツと同じ場所ではなく、ウンディーネ領の《三日月湾》でインしたのだ。

前にウンディーネ領に用があり、そのままログアウトした事が仇になってしまった。

ウインドウを開き、チナツがどこにいるのかを確認して、今現在アルンからシルフ領に向かっている途中である事が判明した。

なので、まずはシルフ領で合流しようと、チナツにメッセージを飛ばし、カタナもウンディーネ領を出て行った。

そして、ようやくシルフ領にたどり着き、チナツの元へと向かったその時……カタナは見てしまったのだ。

 

 

 

 

「わあ〜〜〜っ!!!! チナツゥ〜〜♪」

 

「うわあっ!!?」

 

「良かったぁ〜、また会えた〜♪」

 

「ス、ストレア?! 何でここに……?」

 

「チナツに会いに来たんだよ! ようやく出られたんだ〜☆」

 

「なっ…………!?」

 

 

 

 

チナツが……自分の旦那が、見ず知らずの若い女に抱きつかれているワンシーンを、その眼で捉えてしまった。

しかも、チナツはチナツで別段嫌がっている様子は無い。

ただ頬を赤くし、少し挙動不審な行動をとっているだけだ。しかし、カタナにはもう、どうもチナツが不倫をしているようにしか映らなかった。

 

 

 

「くっ……くふふふふふふふ…………っ!!!!」

 

「うっ……!?」

 

「ん? どうしたの、チナツ?」

 

「いや……今、殺気が……」

 

「へぇ?」

 

 

 

 

建物の陰に身を隠し、じっと見つめていたカタナ。

だが、自分でも思っていなかったのか、お店の看板を握っていた手に力が入り過ぎて、お店の看板がバキバキバキッ! 悲鳴をあげるような音を掻き鳴らす。

 

 

 

「っ! げぇっ!」

 

「ん? ああっ! カターーー」

 

「ふふっ……ふふふ……うっふふふふふふ……!!!!」

 

「まっ、待て待て待て!!!! カタナ、何か誤解して無いか?!」

 

「誤解? 何を? 私、まだ何も言ってないじゃ無い……」

 

「い、いや、それくらいわかるっての……」

 

 

 

そんだけ殺気を出していれば……。

あと、両手に槍を握っていればね……。

 

 

「まぁ、いいでしょう……とりあえず、話だけは聞いてあげるわ。ただし……」

 

「何でしょう……?」

 

「 “正座” 」

 

「…………え?」

 

「今すぐ正座をしなさいな……話はそれからよ」

 

 

 

正座って……ここ、街の中心部。

つまり、大勢の人がいる中で正座は……かなり目立つ。

だが、目の前に黒く笑っているカタナを見ると、チナツはすぐに正座した。

 

 

「うんうん……お利口な子は、お姉さん大好きよ?」

 

「あ、うん……ありがとう」

 

「じゃあ、本題に入ろうか?」

 

「う、うん……」

 

「…………チナツ」

 

「はい?」

 

「何で私に目を合わさないのかしら?」

 

「えっ、いや、それは……」

 

 

 

目で既に殺されそうなので……。

なんて言えなかった。

 

 

 

「まぁいいわ……。ところで、そこの女は誰で、あなたとは一体どういう関係なのか、ある事ない事洗いざらい喋ってもらおうかしら?」

 

「いや、ない事喋っちゃダメじゃない?」

 

 

 

既に状況は詰んでいる。

ここはどうにかして穏便に事を進めたい……。

そうチナツが思っていた時だった。

 

 

 

 

「私とチナツの関係が知りたいの?」

 

「「…………」」

 

「そうだねぇ……一言で言うなら、“一晩中殺りあった仲” なのかな?」

 

「「…………」」

 

 

 

もちろん。

ストレアの言う殺りあったというのは、チナツの精神世界で、互いに剣を交えたという意味だ。

だが、そんな事を知らないカタナには、当然『殺りあった』という言葉が、『犯りあった』に聞こえた。

だから……。

 

 

 

「あっ、ははっ、はははっ…………」

 

「カタナ……」

 

「そっかそっか……とうとうやってしまったわけね……チナツ?」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

一睨みされただけで、全身が硬直した。

血の気が引いたように寒くなり、両手は震えている。

 

 

「そっか……浮気ぐらいなら許してやろうとしたけど……そっか……本気になっちゃったんなら、私もそれに応じた働きをしないとね?」

 

 

 

右手に握っていた長槍《蜻蛉切》が、振り上げられる。

 

 

 

「チナツ?」

 

「は、はい……!」

 

「死ね」

 

 

 

 

バアァァァァーーーーン!!!!

 

 

 

突如、シルフ領《スイルベーン》の中心で、途轍もない破裂音が響いた。

その爆音に、周りのプレイヤーたちの視線が一気に集まる。

彼らの視線先には、勢いよく振り下ろされた槍の穂先が、尻餅をついているチナツの目と鼻の先にある地面に食い込んでいる光景だった。

 

 

 

「あら〜、ごめんなさい……外しちゃった……」

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

「次は当てるわ」

 

「っーーーー!!!!?」

 

 

 

 

言葉に出来ない恐怖が、チナツを襲っていた。

体が警鐘を鳴らす。

このままだと確実に殺されてしまう……と。

だから無意識のうちに、背中の羽を出現させ、チナツは《スイルベーン》の南……今回のクエストを受ける島へと飛んでいった。

 

 

 

「逃がすかぁーーーー!!!!」

 

「あー! ちょっと二人とも、待ってよぉ〜!」

 

 

 

 

途中、海水浴を楽しんでいる一団がいたため、水着へて装備を変え、その一団に潜り込んで、やり過ごそうかと思ったが、結局無駄に終わった。

なんせ、二人は結婚しているのだから、相手の位置なんてすぐにバレる。

せっかく海水浴を楽しんでいるプレイヤーたちに迷惑をかけられないと思い、再びチナツは海の上を飛び回る。

途中、魔法での攻撃や、槍が飛んできたりしたが、自身の持つ打刀《クサナギ》で弾いたり、躱したりして逃げ回った。

だが、結局のところで、《グングニル》を浴びる事になったのだから……。

 

 

 

 

「と……いうわけでして……」

 

「そうよね……まだ話は終わってないわよ」

 

「いや、だからあれはそう言うのじゃなくて!」

 

「いいからこっち来なさい」

 

「って、ええ?! な、何すんだよ!?」

 

「お黙り、このウジ虫」

 

「なんか今までで、一番ひどい言われよう……」

 

「黙ってついてくる……!」

 

「いてててっ!!!? 耳が取れる、取れる!」

 

 

 

 

妖精の象徴たる長い耳の端を引っ張りながら、カタナはチナツを森の方へと引っ張っていく。

当のストレアは、今だに仲良くユイとおしゃべりしている……まぁ、ほぼ二年以上会えなかったんだから、話したい気持ちはわかるが……。

 

 

 

(せめてなんか、弁解ぐらいしてくれよぉ〜!)

 

 

 

チナツの心の叫びもむなしく。

ズルズルと引っ張れていった。

その光景を目の当たりにした他のメンバーは、ポカーンとしていたが、キリトを含め四名が、チナツたちの後を追って、森の中へと入っていく。

 

 

 

「どこに行ったんだ?」

 

「あいつらって、いっつもあーだったの? キリト」

 

「まぁ、な。完全にカタナが尻に敷いてたからな……歳上だし、チナツはカタナには逆らえないって言ってたし……」

 

 

 

先行して歩いているのはキリトとスズ。

 

 

 

「師匠ですら手に負えん相手……大師匠と呼ぶべきか?」

 

「それは……どうなのだろうな?」

 

 

その後ろを、ラウラ、カグヤが後を追う。

そして、森に入って数秒後という早い段階で、四人はチナツとカタナの姿を捉えた。

だが、その光景は、助けてやったほうがいいのでは……?

と思えるような光景で、拘束魔法《アクア・バインド》で雁字搦めになってるチナツに対して、カタナが槍を突きつけていた。

 

 

 

「チナツ……わかってるわよね?」

 

「ちょっと待って! マジで待って! だから、ストレアの言った殺りあったは、あいつと戦ったって意味なんだよ!」

 

「戦った? どこで?」

 

「えっと、ほら、俺が臨海学校のとき、福音にやられて寝てただろう? その時、精神世界であの子にあったんだ……」

 

「…………」

 

「それで、新しい力が欲しいかって聞かれて、もちろん、俺は欲しいって言った。

そしたら、自分と戦って、勝つことが条件だって……」

 

 

 

正確には、その資格があるかを見せてもらう事だけだったが、もちろん、その資格を有していると、認めさせたからこそ、白式は《二次移行》を果たしたのだ。

 

 

 

「そう……なるほどね。それは理解したわ……でも、それとこれとは別問題よ」

 

「え、ええ〜〜」

 

「私にその事を黙っていたのは、凄く心外ね……傷ついたわ。胸が痛む」

 

「ご、ごめんなさい……。で、でも! 俺はストレアの事をそんな目で見てないから、確かに人懐っこそうなところは、カタナに似てはいるけど、全然そんな事ーーーー」

 

 

バァァァーーン!!!!」

 

 

 

「ひっ?!」

 

 

 

突如、自身の顔の横を槍が掠める。

縛り付けられている大木の幹に、深々と刺さった槍を握るカタナの拳が、プルプルと震えている。

 

 

 

「チナツ……あの子がなんですって?」

 

「あ、いや……」

 

 

 

弁解しよう……。

そう思ったが、遅かった。

槍を引き抜き、今度は穂先をチナツの右眼数センチの位置にまで近づけてた。

 

 

 

「な……!?」

 

「あの子がどうかしたの?」

 

「ぁ……!」

 

「チナツ」

 

 

 

少しでも動けば、確実に槍が目玉をえぐることになるだろう。

そんな状況で、チナツはただ恐怖のうめき声を上げるので精一杯だった。

 

 

 

「確かチナツって、傷の治りが異常に速かったわよね? なら、目玉の一つくらい逝っちゃってもいいわよね?」

 

「待て待て待て待てっ!!!? さ、流石に眼球はマズイ! 気になんてしてない! 親しいなんて思ってもみない!

俺は今後も、カタナ一筋だあああああーーーー!!!!」

 

 

 

 

カタナの瞳に業火の炎が灯っている。

嘘は許さない……そう言っているような目だ。

チナツは絶対に貫かれると思い、両目を力強く瞑って、迫ってくるであろう痛みを待ち構えた。

だが、いつまで経ってもそれがこない……。

それでつい目を開けると、目の前に豊満な双丘が広がっていた。

 

 

 

「あら、気持ちのいい事を言ってくれるじゃない」

 

「あ……ははっ……」

 

 

耳元でカタナの優しい声が聞こえた。

どうやら、信じてくれたようだった……そんな時、体から力が抜けていった。

いつの間にか《アクア・バインド》が消えており、大木に背中を預けるようにして、チナツは座り込んでいた。

 

 

「ごめんなさい。ちょっとだけ熱くなってしまったわ」

 

「どの辺が “ちょっと” なんだよ?」

 

「あら、もっと強いのがお好みだった?」

 

「いいえ、結構です。…………お前、このまま行ったらいつか絶対人を殺すぞ」

 

「そうね……なら、その時はチナツにするわ。チナツ以外は殺さない……約束するわ」

 

「そんな歪んだ愛情は嫌だ‼︎」

 

「なによ。でも考えてみなさい、チナツ。あなたが死んだ時には、必ず私が隣にいるってことになるのよ?

あなたの最後に映るのは、愛した人……中々ロマンチックじゃない」

 

「そうだな……殺した相手と同一人物じゃなきゃな……!」

 

「あらやだ、怒った?」

 

「別に……。ただ、俺はお前に殺されるのだけは嫌だ……誰にどんな方法で殺されようと、お前に殺されるよりかはずっとマシな気がする」

 

「はぁ? なにそれ、意味わかんないんですけど」

 

「はい?」

 

「冗談じゃないわよ。もしもあなたが誰かに殺されたとなれば、私はその相手を殺すわ。たとえ相手がどこにいようと、あらゆる手段を用いて居場所を突き止めて、数多の手段を持ってこれを殲滅するわ。

だから、あなたとのそんな約束は絶対に守らない……!」

 

「怖いよ……本気でやりそうで……」

 

「ええ、本気だもの」

 

 

 

目がマジだった。

でもまぁ、付き合うと決めたあの時から、彼女がこんな性格をしているのは知っていた。

それが、自分に対する愛情だと気付いた時は、少し複雑だったが、自然と嫌ではなかった。

 

 

 

「チナツ、いい? 私はあなたの特別な存在として立ち続けようとしている……どんな人間も、“絶対の愛情” なんてものは持っていないと、私は思うから……。

私はそれを知っている……簪ちゃんと……妹との間に、とんでもない溝を作っちゃったんだから……。

だからこそ、嫌なことをしても、迷惑をかけても、それでも、あなたにとって、私は特別な存在なのだと示しつけておきたいの……。

そして、私にとっても、あなたは特別なのよ? それは理解してくれないかしら……」

 

「…………当たり前だ。俺に取っても、お前は特別だよ。他の誰とも代用はできない。だから、俺もお前の特別になりたいと思っているよ……」

 

「そう……ならいいわ」

 

 

 

 

槍を納め、チナツに手を差し出すカタナ。

カタナの手を取り、チナツは思いっきり立ち上がった。

自然と二人は手をつなぎ、森の出口へと歩いていく。

 

 

 

「ところで、いつまで覗き見しているつもり?」

 

「「「「っ!!!?」」」」

 

「ほら、早く行かないと、ユイちゃんが待ちわびてるわよ?」

 

 

 

 

その後、二人とキリトたち四人は、再び浜辺へと戻り、今回のクエストの最終確認をするのであった。

 

 

 

 





多分次回か、その次くらいで終わるかな?
このペースだと。

その後は、前書きに書きましたが、IS編に戻って、学園祭をやろうかなと思います。


感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。