ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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今回でようやく過去編は終わりですね( ̄▽ ̄)




第65話 Extra EditionXlll

現実世界に帰還してからは……ただ、胸が張り裂けそうな想いだけが、残っていた。

アミュスフィアを取り、その思いが、自分の心を裏切ったものだと知った時、怒りという感情を乗せて爆発した。

隣の部屋から、兄・和人がやってくる。

そんな状況で、心の蓋を閉じておけるほど、直葉の心は強くなかった。

 

 

 

「私! …………私、自分の心を裏切った‼︎」

 

「っ!?」

 

「お兄ちゃんを好きな気持ちを裏切って……キリトくんを好きになろうと思った……ううん、もうなってたのよ!! それなのに……」

 

「っ…………おい、好きって……俺たちーーーー」

 

「もう知ってるんだよ……」

 

「へ?」

 

「もう知ってるんだよ……っ! 私とお兄ちゃんは、本当の兄妹じゃない!」

 

「っ!」

 

「私はもう……それを何年も前から知ってるの……。お兄ちゃんが剣道を辞めて、私を遠ざけてたのは、昔からそれを知っていたからなんでしょう?!

なら……何で今更優しくするのよっ?!」

 

「っ!?」

 

「こんな事なら……お兄ちゃんを好きだって気持ちを気づく事も……っ、明日奈さんの事を知って悲しくなる事も……っ、お兄ちゃんの代わりに、キリトくんを好きになる事もなかったのにッ!!?」

 

 

 

それが……直葉の気持ち、全てだった。

全てを吐き出した……今まで兄に……和人にそんな事を言ってきた事なんてなかった。

でも、どうしても止められなかった。

和人はそんな直葉を見て、視線を逸らした……。

それがとても辛くて、苦しくて……

 

 

 

「…………ごめんな」

 

 

 

たった一言。

だが、直葉の心を貫くには、充分だった。

 

 

「もう……ほっといて……」

 

 

 

ドアを閉めた……和人との間に、一線を引いてしまった。

部屋の中から聞こえてくる泣き声。

それを聞き、体を部屋の扉に預けるようにして、和人はその場に座り込んでしまった。

妹に、またちゃんと向き合おうとして……いままで向き合えなかった分、その分を……取り戻そうとして……。

いつの間にか、自分は妹を傷つけてしまっていたのだ……。

 

 

 

「スグ……」

 

 

 

扉で仕切られた兄妹は、黙り込んでしまった。

直葉は泣き崩れ、兄は後悔の念に縛られた。

だが、即座に思い返した。

あの世界での事を……。いや、それ以前の事も……。

元々、人とのつながりがあやふやな事に、恐れていた。

家の人達は、自分とは何の繋がりもない……血縁だけが繋がった……赤の他人。

自分は……どこの誰なのだろう……。

そんな思いを背負うには、まだ和人は幼かった。

人との関わりを避け、仮想世界へと逃げ込んだ。誰も素性を知らない、この世界でなら、自分の居場所を作れると思った。

だが、SAOに囚われて以来……和人にはわかった事があった。

たとえどんな世界であっても、人と人は繋がっている。

人との出会いは偶然ではなく、それそのものに意味があるのだと……。

だからこそ、向き合う事が、大切なんだと……。

そう教えてくれたのが……大切な人であり、大切な仲間だった……。

 

 

 

 

「スグ……《アルン》の北側のテラスで待っている……」

 

 

 

それだけを言い残し、和人は自室へと戻っていった。

おそらく、またナーヴギアを被り、ALOへとダイブしたのだろう。

兄に対して、ひどい事を言ってしまった。

その罪悪感に打ちひしがれていた……だが、兄には、何か伝えたい事があるのだと、そう思った。

だから、直葉も、アミュスフィアを被った。

 

 

 

「リンク・スタート……っ!」

 

 

 

覚悟を決め、ALOへとダイブした。

約束通り、《アルン》の北側のテラスで待っていたキリトを見つける。

 

 

 

「スグ……その、俺……」

 

 

 

いつもの兄だ。

そして、スプリガンのキリトその人だ。

優しくて、かっこよくて、とても強くて……失礼で、無茶苦茶で……でも、とても信頼できる兄であり、キリトだ。

そんな兄が、自分を待ってくれていて、そして、何かを伝えようとしている。

でも、言葉だけじゃ、自分たちはわかりあえないだろう……だから……。

 

 

 

「お兄ちゃん、もう一度、私と勝負しよう……!」

 

「えっ?」

 

 

 

真剣な眼差しで、直葉は……リーファはそう言った。

一度、現実世界で、兄と戦った。

兄からの提案で、リハビリの成果を見てみたいと思った。

当然、負ける気はさらさらなかった。

自分は剣道をずっと続けてきて、ベスト8にまで上ったんだ。二年もベッドで横になってた人よりは、ずっと強い……。

そう思っていたのだが、兄の動きは、とても戦い慣れていると思った。

剣道ではまずありえない構え方。

「俺流剣術さ」なんてかっこつけて、デタラメな感じで挑んできた。

だが、意外にもいい勝負をしたかもしれない。最後は自分が勝ったが、もしも、兄の体が万全で、自分と同じくらい動けていたなら……。

だからこそ、もう一度、この場で……この世界で、兄と戦いたかった。

 

 

「いいぜ……!」

 

 

キリトの返事をもらい、リーファは長刀を抜いた。

切っ先をキリトに向け、半身の姿勢で構える。

対してキリトも、背中に背負った大きな剣を抜いて、左手を前に突き出し、肩幅よりも大きく足を開き、半身状態で、剣は体の後ろに構えている。

 

 

「ん?」

 

 

その構えには、見覚えがある。

そうだ……現実世界で、兄と勝負した時に見せてくれた、俺流剣術の構えだ。

 

 

 

ーーーーなるほど……。様になってるわけだ。

 

 

 

全て合点がいった。

SAOで戦い続けた二年間に、兄は兄らしい剣術を身につけたのだ。

たとえどんなに形が変であっても、その術であの世界を生き抜いてきたのだ。

バカになんてできようもない。

 

 

 

「行くよーーーーッ!」

 

 

先に仕掛けたのは、リーファだった。

キリトに向けた切っ先を、そのまま突き出した。

キリトはそれを躱し、剣を振りかぶって、大きく横薙ぎに一閃。

だが、羽根を広げ、空へと回避するリーファ。それに従い、キリトも羽根を広げ、地上戦から空中戦へと戦況が変わる。

一撃……二撃……剣と刀が打ち合う。

そして、空中に浮かぶ岩場にたったリーファは、自分よりも下にいるキリトを見ながら、長刀を振りかぶった。

キリトはリーファを見上げるようにして構え、低く構えた剣を、両手でしっかり握りながら、リーファの出方を待つ。

これが……最後になるかもしれない……。

キリトは……兄は強い。

現実世界でも……この仮想世界でも……。

自分の気持ちをぶつけ、酷い事を言った……それでも、兄は自分から離れる事をしなかった。

そんな兄に、もう辛い言葉を投げかけたくない……兄は、もっと辛いはずなんだから……。

最愛の人が、今にも失われそうになっているのに……こんなところで立ち止まっている場合ではない。

ならば、自分がやる事なんて、一つしかないだろう……。

 

 

 

 

自然と涙が溢れた。

自分の気持ちを諦める。それは正しい……ただ、とても辛い決断だ。

だから……

 

 

 

「っ!」

 

「っ!」

 

 

 

 

リーファが飛び降り、キリトも羽根を羽ばたかせて、急上昇していく。

互いが得物に力を注いで、振り切ろうとした瞬間……リーファの手から、長刀がすり抜けた。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

丸腰のまま、目をつむり、キリトの元へと自然落下していくリーファ。

自ら兄の……キリトの剣を受けようと思ったのだ。

迫り来る刃を覚悟し、リーファは何もかもから目を瞑った。

だが、次の瞬間に感じたのは、冷たい鋼の感触でも、刃が体を斬り裂く嫌な感じでもない……ただただ暖かい……優しく抱きしめられた感覚だけだ。

 

 

 

「っ……どうして……?」

 

「なんで……?」

 

 

よく見れば、キリトの手にも、剣がなかった。

二人はあの時、同時に自身の得物を投げ捨てたのだ。

そして、迫り来る互いの体を抱きしめあった。

キリトもリーファも、何故、そんな事をしたのかと……疑問に満ちた表情で互いを見ていた。

 

 

「俺……スグに謝らないとって思って……。でも、なんて言っていいのか分からなくて……だから、せめてお前の剣だけでも受けようって……」

 

「っ……お兄ちゃんも……?!」

 

「…………ごめん、スグ。俺はまだ、あの世界にいるんだ……たぶん、アスナが……彼女が帰ってこないと……俺は、本当の意味で、あの世界から帰ってきたことにはならないんだと思う……。

だから、もう少しだけ……待っててくれないか? あの世界から帰ってこないと、俺はスグの事を……ちゃんと見てられないんだ……だから……

 

「…………うんっ、わかった」

 

「えっ?」

 

「取り戻そう……アスナさんを……! そして、ちゃんとみんなで帰ろう……っ!」

 

「ああ……!」

 

 

 

 

 

二人は抱きしめあった。

ようやく、互いの気持ちを確認出来たから……ずっと離れて、届かないかもしれないと思った気持ちを……ようやく、知ってもらえたから……。

 

 

 

 

 

 

 

「直葉〜っ! あんたが来ないと練習始めらんないでしょう〜!」

 

「あ、はーい! 今行きます〜!」

 

 

 

 

兄の事は、今でも少し心残りだ。

でも、今この時が、一番楽しいかもしれない……。

直葉は羽織っていたバスタオルを脱ぎ捨て、明日奈たちの待つプールへとダイブした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その後……君は須郷の企みによって、達成不可能なレベルにまで跳ね上がっていた《グランドクエスト》を攻略したんだね?」

 

「ええ……。でも、あれは俺だけの力で突破したものじゃない。リーファ、レコン……それに、シルフの精鋭に、ケットシーのドラグーン隊。それを連れてきてくれた、チナツとカタナ……二人の力があって、みんなの力を借りられたからこそ、俺たちは《グランドクエスト》を攻略できたんだと思います」

 

「なるほど……」

 

 

 

 

《アルヴヘイム・オンライン》のゲーム的設定。

プレイヤーは九つの種族に分かれ、どの種族がいち早く世界樹の頂上に上り詰め、妖精王《オベイロン》陛下に謁見し、進化した種族《アルフ》へと転生するか……。

それが、従来のALOの設定だった。だが、そのキーとなるクエスト……《グランドクエスト》と呼ばれるクエストを、未だに突破した種族は皆無だ。

そこを守るガーディアンNPCは、大した強さを持っているわけではない。

だが、驚異的なのはその数だった。登れば登るほど、倒しきれないほどのガーディアンがポップされ、各種族の精鋭たちは、幾度となく打ち負かされた。

キリトもまた、一人でそのクエストに挑んだが、あえなく撃沈……。

今度は、リーファ、レコンの助けを借りて、再び《グランドクエスト》に挑むも、レコンが闇属性魔法による自爆で、活路を開いたが、圧倒的な物量によって、再び阻まれる。

どんなに強くなろうと、どんな大軍勢で押し寄せても……このクエストは、達成不可能だ……。

絶望という言葉が、リーファの中に生まれた。

キリトは瀕死……レコンは自爆によって消え、残るのは回復役として戦っていたリーファのみ。

しかし、そんなリーファですらも、ガーディアンNPCたちは容赦なく剣を向けた。

やられる……そう思った時……。

 

 

 

「「「「うおおおおーーーーッ!!!!!」」」」

 

「っ!?」

 

 

 

緑色の羽根……見慣れた髪色に、甲冑……。そしてその後ろからやってくる、大きな飛竜たち。

 

 

 

「シルフの……精鋭部隊に、ケットシーのドラグーン隊っ?!」

 

 

 

シルフとケットシー。

その両陣営の強力な助っ人が、今ここに集った瞬間だった。

 

 

 

「すまない、遅れてしまった!」

 

「ごめんネー! 装備を整えるのに、手間取っちゃっテー」

 

「サクヤ! アリシャさん!」

 

 

 

 

絶望から一転、希望へと変わる。

そして、瀕死の状態だったキリトの方へ視線を向けると、そこにはすでに、シルフとウンディーネのプレイヤーたちが向かっていた。

 

 

 

「うっ……」

 

「なにこんな所で寝てるんですか、キリトさん?」

 

「らしくないわねぇーキリト。腕でも鈍った?」

 

「チナツ……カタナ……!」

 

 

 

その瞬間、キリトにも光が見えた。

 

 

 

 

「ドラグーン隊! ブレス攻撃ヨーイ!!!!」

 

「シルフ隊! エクストラアタック用意!」

 

 

 

 

シルフ・ケットシー両陣営の部隊が、規律正しく陣形を敷く。

それに向かって飛んでくるガーディアンNPC。

そして、第二回戦……いや、第三回戦の火蓋が、切って落とされた。

 

 

 

 

「ファイヤーブレス、撃てえぇぇぇぇッ!!!!!」

 

 

 

飛竜に跨るケットシー陣営。

何体もの飛竜の口から、強烈なファイヤーブレスが放たれる。

その炎は、ガーディアンNPCを焼き尽くし、一気に何体ものガーディアンを排除する。

 

 

「フェンリルストーム、放てッ!!!!!」

 

 

 

片やシルフ陣営。

剣を構えたシルフ隊が突撃し、剣の切っ先から、青白い光線が放たれる。

幾重にも飛び出した光線は、ガーディアンの鎧を貫通し、さらに多くのガーディアンを排除する。

だが、次から次へと現れるガーディアンNPC。

このままではラチが明かない。

そう思った時、前衛で戦っていたカタナとチナツが、一度後衛に戻った。

 

 

 

 

「チナツ、カタナ……本当に可能なんだろうな?」

 

 

 

この突撃の前。

サクヤとアリシャは、二人からある作戦を聞かされていた。

だが、それは少し反則気味のものであり、ゲーマーとしての心が、それを許させるかどうか、悩んだものだった。

だが、二人からの必死のお願いを、サクヤとアリシャは承諾した。

 

 

 

「じゃあー、カタナちゃんは私たちの後ろにいて。そこからでも、魔法は届くと思うかラ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

何を始める気なのだろうか……。

そう思っていたリーファは、カタナが魔法を詠唱するのを確認した。

しかし、その魔法は、驚くべきもので……。

 

 

 

「えっ?!」

 

「ん? どうした、スグ」

 

「カ、カタナさんの魔法……音楽妖精族《プーカ》にしか使えない、歌を媒介した魔法なのっ!」

 

「はぁ?! カタナはウンディーネだぞ?!」

 

 

 

そう、本来ならば、ウンディーネであるカタナが、プーカの固有魔法である歌の魔法を、使えるはずがなかった。

だが、今まさに詠唱しているのは、歌の魔法のスペル。

 

 

 

「行くわよーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

詠唱を終えたカタナの声が、張り詰めていた戦場に響き渡った。

 

 

 

ーーーーッ!

 

 

 

カタナの歌声が響く。

そして、それを媒介にして広がる魔法の作用領域。

その光が、戦場全てを覆い尽くした。

その瞬間、シルフ・ケットシー……そして、リーファ、キリト、チナツと、味方全員のステータスが一気に跳ね上がった。

この魔法は、プーカ特有の魔法。

歌っている時に発動できる支援魔法の一つだ。

 

 

 

 

「シルフ隊! 突撃!!!!」

 

「ドラグーン隊! 突っ込めぇぇぇぇ!!!!」

 

「俺たちも!」

 

「おう!」

「うん!」

 

 

 

全軍総攻撃。

チナツも、キリトも、リーファも……。

例外なく全員が突撃した。

カタナの支援魔法は、味方のステータスを上昇させるもの。

しかし、それをレイド級の人数にかけるのは困難だ。

ましてや、その魔法を使えるのが、《プーカ》とよばれるALOの中の妖精種だけだ。

ウンディーネであるカタナには、その魔法は使えない。

だからこそカタナは、現実世界において、簪に協力を仰ぎ、自身のアバターにチートを施した。

運営側……強いては、須郷にバレないようにして、ハッキングをかけた。

そこからプーカの魔法特性をコピーして、自身のアバターへと上書きしたのだ。

 

 

 

ーーーー♪ 〜〜〜〜ッ!

 

 

 

戦況が刻一刻と変化して行く。

強力な支援を受けているゆえか、ガーディアンたちの出現の速度よりも、こちら側が撃破する速度の方が若干早まったような気もする。

だが、上に近づけば近づくほど、ガーディアンたちの必死な動きは活発化して行く。

 

 

 

 

〜〜〜〜♪ っーーーー!!!!

 

 

 

 

カタナの歌は、まるで願いを叶えるために、必死に祈っているような歌であった。

たった一つの願い。

それはアスナを救う事だけだ。

その願いのために、チナツが、カタナが……リーファが、レコンが、サクヤが、アリシャが……そして、シルフとケットシーの戦士たちが……キリトの願いのために、一丸となった。

だが、カタナの歌も、徐々に終わりが近づいてきた。

後手に回り始める戦況……。

ガーディアンたちの反撃も、増す一方だった。

 

 

 

「くそっ……このままじゃ……!」

 

「お兄ちゃん!」

 

「スグっ?!」

 

「やるよ、お兄ちゃん……っ!」

 

「っ……ああ、背中は任せた!」

 

「うん!」

 

 

 

 

空中で背中合わせに構えるキリトとリーファ。

互いが互いを守る……そう言うような思いが、強く表れていた。

 

 

 

「しかし、このままでは分が悪いか……チナツ! そろそろ出番だぞ!」

 

「「ん?」」

 

 

 

サクヤの言葉に、キリトとリーファは首を傾げた。

だが、それはすぐに驚愕な表情へと変わる。

何故なら、アリシャの飛竜に乗っているチナツの姿か、先ほどまでと違っていたからだ。

カタナの歌も、間奏が終わる頃……次第に魔法の効力も切れてくる頃だろう。

だから、全員に分配していた魔法の付加を抑えて、チナツ一人に付加を倍増させたのだ。

迸る魔法の光。

体からオーラにも似た何かが溢れ出していた。

リーファと同じ、レアアバターの証であるシルフの金髪をなびかせ、チナツは太刀の鯉口を切った。

 

 

 

 

ーーーー頼んだわよ、チナツ!

 

ーーーーああ、任せろ!

 

 

 

 

 

互いの目を見て通じあう。

 

 

 

「スゥー……フッーーーー!!!!」

 

 

一息吸い込み、チナツは飛竜から飛び立つ。

蒼白の光を纏い、たったひとりでガーディアンの軍勢に向かっていく。

突撃姿勢のガーディアンたちが、剣を構えた状態で、チナツに迫ってってくる。

 

 

 

「ハッ!」

 

 

 

だが、チナツの放つ一閃は、強力な斬撃波となってガーディアン軍団を切り裂いていく。

ガーディアンたちが煙のように消えていく……。それも大量にだ。

今の一撃で、およそ数百体は仕留めただろう……。

もう一度太刀を鞘に納め、チナツは後方から飛んでくるアリシャの飛竜に再び飛び乗る。

 

 

 

〜〜〜〜♪

 

 

 

 

ゆっくりと太刀を抜刀するチナツ。

その刃が、鞘から抜かれるたびに、キイィィィィーーーー!!!! と高い音を出し、鞘から抜き放たれた。

蒼い波動を生み出しながら、太刀を正眼に構えるチナツ。

そして、ゆっくりと右脚を後ろへとずらし、半身の姿勢で構える。

太刀の切っ先を、まっすぐ向かってくるガーディアンたちに向ける。

八相の構え……。

そこから飛竜の背中を走り、もう一度飛び立つ。

向かってくるガーディアンたちに向け、最後の一閃を放った。

 

 

 

 

ーーーーッ!!!!!

 

 

 

「はあああぁーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

放たれた一撃は、向かってくるガーディアン達を斬り裂き、まっすぐ……まっすぐと、世界樹の空中都市へとつながる、《グランドクエスト》のゴール地点。

ゲートへとぶつかった。

その一撃の凄まじさは、その場にいた誰もが驚愕な目で見ていたことだろう。

レコンの闇属性自爆魔法でも、大軍を道連れに、大穴を開けるのに精一杯だったが、それを遥かに超える一撃だった。

 

 

 

「ぁ……」

 

「す、凄い……っ!」

 

 

 

 

心の声が漏れたようにつぶやくキリトとリーファ。

その横を、シルフの少年……チナツが通り過ぎていく。

いや、正確には、落下して行っているというのが正しいか。

太刀はすでに納刀しており、溢れていた蒼い光も、どんどん収束して行っているようだった。

 

 

 

「あとは任せましたよ…………キリトさん」

 

 

 

 

ここでバトンタッチ……と言うことだ。

十分な活路は開いた……あとは、キリトだけでも世界樹の根元にあるゲートへと導けば……。

だが、ガーディアン軍団もそれに負けじと応戦してくる。

キリトたちは、最後のチャンスをものにするために、果敢にゲートへと向かって飛翔する。

カタナの歌も完全に終わってしまい、あとはもう、自力で上り詰めるのみ。

 

 

 

「お兄ちゃんっ!」

 

 

 

と、そこにリーファが、自身の長刀を投げ飛ばしてきた。

その長刀には、リーファの……いや、直葉の想いの全てが込められていたかのようだった。

左手に掴んだ長刀と、右手に持っている巨大な剣を握りしめ、キリトは最後の特攻へと挑んだ。

 

 

 

「クッーーーー!!!!」

 

 

 

 

両手に持つ剣を合わせる。

すると、剣の切っ先から、凄まじい光が迸った。

それはやがて大きくなっていき、キリトのからだ全体を包み込んだ。

キリトに対して接近していたガーディアン軍団は、ことごとくその光に斬り裂かれ、虚空へと消えていく。

幾十……幾百……幾千のガーディアンたちが散っていく。

そんなキリトの姿は、まるで夜空を駆ける彗星のようだった。

 

 

 

「行って……! 行ってお兄ちゃん……っ! ッ! いっけぇえええええええッーーーー!!!!」

 

「ウオオオオオオオオオオオーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

リーファの想いと、キリトの想いとが掛け合わさった。

ガーディアンたちの軍勢を斬り抜けて、キリトはついに、誰も到達し得なかった場所へと、その剣を突き立てたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、そこに《妖精王・オベイロン》こと、須郷 伸之が現れた。本来ならば、いちプレイヤーである君が、ゲームマスターである須郷に勝つことなんて、不可能なはずだが……」

 

「…………」

 

 

 

 

多少の疑心の目を向けながら、菊岡は和人に問いかけた。

それに対し、和人は黙秘したが、確かにその通りである。

第一に、ゲームマスターとは、その世界……仮想世界を作り上げたいわば創造主とも言える存在だ。

仮想世界においては、世界を構築した “神” と称されてもおかしくはない存在だ。

だが、そんな相手に、何の変哲も無い……と言って良いのかはわからないが、いち学生であり、いちプレイヤーでしかない和人が、勝てる見込みは、ほぼほぼゼロだと言って良いだろう……。

実際に、最初は手も足も出せなかったのだから……。

 

 

 

 

「ふふ……っ! はい!」

 

「うっ、くっ!?」

 

「アッハハー! 良いね! やぁっぱりNPCの女じゃあ、そんな表情は作れないよねぇ〜♪」

 

 

 

 

ゲートを潜り、子供の姿へと変身したユイの案内の元、キリトは空中都市へと足を踏み入れた。

だが、そこには有るはずの空中都市が存在せず、先ほど潜ってきたゲートもまた、管理者権限によってロックされており、本当ならば、一切のプレイヤーが開けることは不可能だとされていたのだ。

しかし、グランドクエストへ挑む前に、キリトはある物を受け取っていた。

それは、システムコンソールへとアクセスが出来るキーの様なものだった。

そのおかげで、キリトとユイはゲートを潜ることができた。

だが、達成困難なグランドクエストに、存在しない空中都市……。これはもう、ゲームとして成り立っていない、完全なルール違反も良いところだった。

だが、今はそんな事どうでも良い……。ただ、どうしても、キリトの視線に写っている鳥籠へと、早く行きたいという衝動に駆られた。

そして……ようやく出会えた……。

 

 

 

「ママ!」

 

「はっ!?」

 

 

 

テーブルで顔を伏せていたアスナは、その声を聞き、体を飛び起こした。

その声は……あの時離れ離れになってしまって以来、聞くことのできなかった、最愛の……愛娘の声だったからだ。

 

 

「っ〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

愛らしい姿の少女と、全身黒装束の少年。

その二人の姿を見た瞬間、アスナは両手で口を押さえた。

だが、堪えきれない感情が、涙として流れ出て、頬を伝い、地面へと落ちる。

 

 

 

「ママァァ〜〜ッ!」

 

「ユイちゃんっ!」

 

 

 

鳥籠の檻を破り、ユイは小さな体を懸命に走らせ、勢いよくアスナに……ママに抱きついた。

ユイの目からも涙が流れ、それを見ていたキリトも、僅かばかり涙目になっていた。

ようやく……ようやくだ……。

諦めかけていた……自分には、何の力もないのだと……何度もその身に打ち付けられた……。

でも、ようやく……その望みが、希望が、もう手の届くところにまで近づいていたのだ。

 

 

 

「っ……キリトくん……!」

 

「っ……!」

 

 

 

 

久しぶりに聞けた、アスナの声。

ユイの後ろから、ユイを二人で包みこむ様にして、アスナとキリトは抱きしめ合った。

 

 

 

「ごめん、遅くなった……」

 

「ううん、信じてた……! 必ず、助けに来てくれるって……!」

 

 

 

 

再会の時を過ごし、あとはアスナを現実世界へと帰すのみ。

だが、そんな時に限って、あの男がやってきた。

今度のアップデートで導入しようという重力魔法を使い、キリトとアスナの動きを封じた。

 

 

 

「すっ、ごおぉっ!」

 

「あぁン?」

 

 

 

そんな力に抗おうと、キリトも必死に立ち上がろうとするが、そんなキリトを上から見下ろし、嘲笑いながら近づいてくる須郷。

 

 

 

「やれやれ……観客はおとなしく這いつくばっていろぃ〜ッ!」

 

「ぐふっ!?」

 

「そいや!」

 

「がぁはっ!?」

 

「キリトくんっ!」

 

 

 

 

立ち上がろうとしたキリトの顔面を蹴り飛ばし、うつ伏せに倒れた彼に背中からキリトの剣を突き刺した。

ましてや、今は重力魔法がかかっている。

簡単に身動きが取れない。そして、さらにシステムコマンドを動かし、ペインアブソーバー……痛覚を担うシステムレベルを下げだ。

 

 

 

「っ! ぐああっ!!?」

 

「ヒャッハッハッハーーーー! 痛いだろう? 段階的に強くしてやるから楽しみにしていたまえ〜。

もっとも、レベル3以下にすると現実の体にも影響が出てしまうがね……」

 

 

 

今のレベルが8だ。

それでもかなりの激痛が襲っている。

そして、場面は最初に戻る。

キリトが動けないことを良いことに、須郷はアスナの体を好き勝手に弄ぶ。

服を剥ぎ取り、アスナを辱め、まるでキリトを挑発する様に嘲笑う。

 

 

 

 

「須郷ッ、貴様っ! 貴様あぁぁぁぁッ!!!!」

 

「ヒャッハッハッハ! ウワッハッハッハーー!!!!」

 

「殺す……っ! 絶対に殺す……ッ!」

 

 

 

 

何も出来ず、ただ手を伸ばすことしか出来ない自分が、とても悔しかった……。それと同時に、自分の無力さを思い知り、絶望した。

本当の自分は、何も出来ない……だだの子供なのに。

何でもできると思い込んでしまう……。

現にゲームの世界では、誰にも負けないと思っていた……でも、それは幻想だった。

強い奴はいるし、自分だって弱いところがあるのだ。

そして、今がそれではないか……。

須郷……ゲームマスターという絶対的な強者の前に、自分はなす術なくただひれ伏せているだけだ。

もう……自分には、どうする事も出来ないのだと……そう感じた瞬間だった…………。

 

 

 

 

ーーーー逃げ出すのか?

 

 

 

 

 

どこかで聞いた様な声だ……。

 

 

 

 

ーーーー屈服するのか? かつて否定したシステムの力に……。

 

 

ーーーーしょうがないじゃないか……俺はプレイヤーで、あいつはゲームマスターなんだよ……。

 

 

ーーーーそれはあの戦いを汚す言葉だな……。私にシステムの力を上回る『人間の意志』の力を見せつけた……あの戦いを……。

 

 

ーーーーお前は……っ!

 

 

ーーーー立ちたまえ、キリトくんーーーーッ!

 

 

「っ!」

 

 

 

 

そうだ……よく知っている。

一度は自分を倒した男……。そして、最後に自分が倒した男。その最後の瞬間まで、死力を尽くして戦いあった男の事を……。

自分はよく知っている。

そんな男が、自分に立てと言っているのだ……。

限界を越えろと……守るべきものを守れと……そう言っているのだ。

 

 

 

 

「くっ……! ううっ!!」

 

「あっ……!」

 

「んん〜?」

 

 

 

痛みに耐え、キリトは立ち上がる。

 

 

 

「こんな……っ、魂もない攻撃……! あの世界の剣は、もっと重かった…………もっと、痛かった‼︎」

 

 

 

今度こそ、ちゃんと立ち上がった。

背中から突き刺していた剣は、鈍い音を出しながら地面へと落ちる。

体を突き抜ける様な痛みにこらえながら、キリトはしっかりと須郷をその視界にとらえた。

 

 

 

「はぁ〜……やれやれ。妙なバグが残っていたなぁっ!」

 

 

 

再びキリトを叩きのめそうと、須郷の裏拳が振り下ろされた。

だが、その拳はいとも簡単に止められてしまった。

 

 

 

「んっ?!」

 

「システムログイン……ID《ヒースクリフ》」

 

「なっ……! なんだ、そのIDはッ?!」

 

 

 

キリトの周りに現れる多数のウインドウ。

そんな機能は、プレイヤーたちのシステムには組み込まれていない。

では、そんなシステムを使用している目の前の少年は、一体何をしでかしたのか……?

 

 

 

「システムコマンド。管理者権限変更……ID《オベイロン》をレベル1に」

 

「へぇっ?!」

 

 

 

 

突如、自身のステータスが最高値から最低値へと落とされた。

なぜだ? そんなことが出来るのは、ゲームマスターである自分だけの特権だったはずなのに……。

 

 

 

「バカな!? 僕より高度のIDだと?! ありえない、僕は支配者、創造者だぞ?! この世界の王……神‼︎」

 

「違うだろ」

 

「ンンっ!?」

 

「お前は盗んだんだ……。あの世界を、そこにいる人たちを……! 奪った玉座の上で楽しんでいる “泥棒の王” だ!」

 

「く〜〜っ! 僕に……この僕に向かって……っ!」

 

 

 

キリトの言葉に、もはやその自尊心が耐えられる事はなかった。

須郷は右手をかざし、自慢のシステムコマンドで呼び出そうとする。

だが……。

 

 

 

「システムコマンド! オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!!!」

 

「……………」

 

 

 

 

何も起きない。

それもそのはずだ。もう管理者権限は、須郷ではなくキリトに移っているのだから。

 

 

 

「言う事聞けぇ!!! このポンコツがぁぁぁぁ!!!! 神の……神の命令だぞッ!!!!」

 

 

 

 

目の前の下劣男が神とは……この世界も歪んだものだ。

何が起こっているのか理解していないアスナを見て、キリトは優しく微笑んだ。「大丈夫、もうすぐ終わるから……」と言うと、アスナも自然のその言葉を受け入れた。

大丈夫なのだ……彼がそう言っているのだから。

あとは、全部彼に任せよう。

 

 

 

「システムコマンド! オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート!!!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

先ほど須郷が言った言葉と、一字一句間違いなしに叫んだ。

ただ、キリトの手には、ちゃんとその《エクスキャリバー》が登場した。

このALOにおいて、ユージーン将軍の持っていた《魔剣グラム》を凌ぐ唯一の武器とされている至高の宝剣。

《聖剣エクスキャリバー》

その出現場所、クエスト……詳細な情報は未だ出回っていないが、この剣が、ALO最強の剣だという事は確かだ。

そんな剣を、キリトはコマンド一つで簡単に作り出してしまった。

こんなもの、チートというレベルでもなんでもない。

もはや反則だ。

だが、今はそんな事どうでもいい……今まで散々と踏み躙り、弄んできた目の前の下劣男に、鉄槌を下すだけだ。

キリトは《エクスキャリバー》を須郷に投げつけると、自分は床に転がっていた巨大な剣を掴む。

須郷は《エクスキャリバー》を掴むも、その重量に耐えかねているのか、ちゃんとした構えを取ることすら出来ないでいる。

そんな須郷に対し、キリトは《ブラックプレート》の切っ先を向けた。

 

 

 

「決着の時だ……! システムコマンド……ペインアブソーバーをレベル0に!」

 

「な、なにっ!?」

 

「逃げるなよ……あの男はどんな場面でも臆した事はなかったぞ……! あの、“茅場 晶彦” はーーーーッ!」

 

「か、かやっ……茅場っ?!」

 

 

 

その名前に、須郷は狼狽を隠せなかった。

その名は須郷にとっても、忘れる事のできない名前だったからだ。

 

 

 

「そうか……あのIDは……! なんで……なんで死んでまで僕の邪魔をするんだよっ‼︎

あんたはいっつもそうだ!!!! 何もかもを悟ったような顔をして! 僕が欲しいもの横から掻っ攫ってぇーーーーッ!」

 

「須郷!」

 

「ううっ!?」

 

「お前の気持ちも、わからなくはない……。俺もあの男に負けて家来になったんだからな……。

だが、俺はあいつの様になりたいと思った事は無いぜ? お前と違ってな……っ!」

 

「っ! この、ガキがぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

とうとう自尊心のダムが決壊した。

キリトを切り刻もうと、《エクスキャリバー》を振りかぶるが、その剣はとてもじゃないが脅威とは程遠い。

軽く弾くだけで、簡単にいなせるのだから。

いくら武器が高性能でも、それを使う使い手が未熟であれば、そんな物はただのガラクタと同じだ。

中々斬れない事にヤケになったのか、須郷は《エクスキャリバー》の切っ先を向けて、キリトを突き刺そうとするが、それよりもキリトが一歩踏み出し、須郷の横を通り抜ける。

もちろん、通り抜ける際には、彼の頬に浅い一撃を入れる。

 

 

 

「っ…………痛ッ!!!!!」

 

 

 

現在、痛覚を再現しているシステム《ペインアブソーバー》がレベル0になっている為、感じる痛みはほとんど現実世界の痛みと同じになっている。

だが、キリトは須郷の悲鳴に怒りを覚えた。

 

 

 

ーーーーこの程度で痛い……だと?!

 

 

 

確かに斬られれば痛いだろう。

だが、そんな擦り傷の様な痛みと、アスナや自分が受けてきた苦しみが、一体どれほどの痛みなのか……。

そんな事も知らない須郷に、キリトは本気で怒った。

 

 

 

「お前がアスナに与えた苦しみは……ッ!」

 

「ひぃっ!?」

 

「ーーーーこんなもんじゃないッ!!!!!」

 

 

 

振り下ろした一撃は、ものの見事に須郷の右腕を斬り落とした。

 

 

 

「アアアアアアアアアアーーーーッ!!!!!?? 手がぁぁぁぁ、僕の手がぁぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

情けなく目から涙を流し、鼻から鼻水を垂れ流し、ヨダレもダダ流れ。

先ほどまでの威勢はどこに行ったのか……今はもう、見るも無残な羽虫同然のクズ男にまで成り下がった。

その後、胴体をぶった斬り、上半身だけとなった須郷の髪を掴んで持ち上げた。

両手も斬り落とされ、成す術のない須郷は、ただ悲鳴をあげ、泣き叫んでいるだけだった。

ならば、徹底的に引導を渡してやろう……!

須郷を高々と放り投げ、やがて重力によって自然落下してくる。

だからそんな須郷に対して、キリトは《ブラックプレート》の切っ先を突き立てた。

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

断末魔の叫び。

貫かれた箇所からは、大量の流血エフェクトが流れ出る。

やがてその姿は消え、キリトはアスナの両手を縛っていた鎖を断ち切った。

倒れこむアスナを抱きしめ、ようやく取り戻せた事を再認識した。

ようやく……ようやく戦いが終わったのだ。

管理者権限を用いて、アスナを強制的にログアウトさせる。

こうして、ALO事件は、終息へと至ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど……これが、ALOで起きた事件の顛末というわけだね?」

 

「ええ……。確かに、ゲームマスターの力は、他のプレイヤーよりも強い。その世界でなら、神と同等の力を手にしているわけですから……」

 

「…………」

 

「須郷は、自滅したんですよ…………。己の力を過信したが故にね」

 

「なるほど……自滅か……」

 

 

 

 

 

その後、須郷は現実世界戻り、明日奈の病室に来るであろう和人を待ち構えていた。

事件を公にされれば、自分は間違いなくおしまいだ……だから、その原因を作った和人を殺し、自分は海外にでも逃亡する腹立ったのだろう。

だが、それすらも和人に阻まれた。

逮捕後、須郷は全ての責任を、死んだ茅場 晶彦になすりつけようとしていた様で、容疑を否認していたのだが、部下の何名かが証言したことによってやむなく自身も容疑を認めた。

ALOを運営していた『レクトプログレス』も解散し、レクト本社も大打撃を受けた。

SAOに引き続き、ALOでもこの様な大事件を起こした事によって、VRMMOという名のゲームは終息を免れ得ないと思っていた……。

だが、現状、その様な事にはなっていない。

今ではALOのみならず、様々な仮想世界が存在するのだ。

それもこれも……あの男の仕業だ。

 

 

 

 

「そこにいるんだろ? ヒースクリフ」

 

「久しいな……キリトくん」

 

「生きていたのか……」

 

「いや……。私は茅場 晶彦という意識を模したエコー……残像だ」

 

「相変わらず難しい事を言う人だな……。とりあえず助かったよ……ありがとう、礼を言う」

 

「……礼なら不要だよ」

 

「なぜ?」

 

「私と君との間には、その様な関係はないだろう。だが代償は必要だよ……常に」

 

「…………何をしろというんだ?」

 

 

 

 

 

ゲームマスターである須郷のIDをも上回るシステムIDを持っている人物は、一人しかいない。

茅場 晶彦……いや、その意識をトレースし、仮想世界にその意思を植え付けたもう一人の茅場 晶彦。

かつてキリトたちとともに戦い、最後にはキリトによって葬られたアインクラッド最強のプレイヤー《ヒースクリフ》だ。

しかし、その姿は、茅場 晶彦その人だ。

スーツに白衣と、見るからに天才科学者である風貌だが、まぎれもないヒースクリフその人だ。

彼のおかげで、キリトは須郷を破り、アスナの救出という目的を果たした。

その見返りに、ヒースクリフはあるものを提示した。

キリトの頭上から落ちてくるタマゴ型の何か……。

それはキリトの手に収まる寸前で落下が止まり、タマゴから光が漏れ、暗闇に染まった空間に、たった一つだけ輝きを放っている。

 

 

 

「これは……?」

 

「それは世界の種子……《ザ・シード》だ。芽吹けばどういうものかわかる……その後の判断は君に託そう。

消去し、忘れるもよし……。だが、もしも君たちがあの世界に、憎しみ以外の感情も有しているのなら……」

 

「…………」

 

 

 

 

 

それが、ヒースクリフとの……茅場 晶彦との最後の会話になった。

その後、キリトは現実世界へと帰還し、先に帰還しているであろう明日奈の元へと向かった。

もしかしたら、何らかの原因で命を落としたかもしれない……なんて考えが過ぎったが、すぐにそれを振り払い、明日奈の入院している病院へと向かった。

そしてその病院の駐車場で、狂乱に満ちた須郷と出くわした。

《ペインアブソーバー》を完全に切った状態で、腕を斬り落とされ、胴体を真っ二つにされ、最後には眼球及び頭部を剣で貫かれた為、その顔は異形なものになっていた。

現実世界の和人を殺し、自分は他国へと逃走する腹だったが、結局和人に凶器であるナイフを奪われ、喉元に突きつけられ、狂気の叫びをあげながら気絶した。

須郷は逮捕され、和人は明日奈の病室へと向かった。

病室に入り、閉められたカーテンを開けるのを躊躇ったが、ふと、直葉の声が聞こえた……「ほら、待ってるよ?」と……。

 

 

 

 

「っ……!」

 

 

 

カーテンを開けると、そこには、月明かりに照らされた最愛の彼女が、窓の外を眺めていた。

そして、ようやく、現実世界で……二人は顔を合わせた。

 

 

 

「……キリトくん」

 

 

 

弱々しい声で、彼の名を呼ぶ。

和人はゆっくりと明日奈に近づき、優しく抱き寄せた。

仮想世界では感じられなかった温もりを、今は一身に浴びている。

ようやく、帰ってこれた……ようやく、戦いが終わったんだと……改めて実感することができた。

 

 

 

 

「初めまして……結城、明日奈です。ただいま、キリトくん」

 

「桐ヶ谷 和人です……おかえり、アスナ」

 

 

 

 

 

二人は抱きしめあい、唇を重ねた。

ようやく、二人の……SAO事件の被害者であり、攻略組として前線で戦った二人の戦いに、幕が降ろされた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「あとは菊岡さんも知っての通りですよ……。もういいでしょう? 俺は失礼します」

 

「最後に一ついいかい?」

 

「…………」

 

 

 

散々話しまくった和人と菊岡。

気づけば外は夕陽が射していたのだ……相当な時間を費やして、事件のことについて話していたらしいが、その分、妹の直葉は、ようやく泳げるようになったと、先ほどメールが届いた。

妹も、明日奈や刀奈たちと仲良くしてくれているようで、兄としてとても喜ばしい事だ。

ようやく話し終え、カウンセリング室を出ようとした時、深妙な面持ちで尋ねてくる菊岡に呼び止められた。

 

 

 

「《ザ・シード》って、知ってるかい?」

 

「ええ……もちろん」

 

 

 

 

それだけ言って、和人は部屋を出て行った。

 

 

 

 

「また会おう……キリトくん……」

 

 

 

 

 

 

 

 





次回からはようやく海底ダンジョンに行ける!

長かったぁ〜……ここに行くまでに13話使いましたからね〜( ̄▽ ̄)


感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)


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