一方、学校のプールで泳ぎの練習に勤しんでいる直葉たち。
今現在、ビート板を使ってだが、直葉は25メートルプールを泳ぐまでに成長した。
「凄い! 直葉さん、25メートルを泳ぎきりましたよ!」
「元々が運動神経が良いからねぇー」
「さすがだねー」
「いやいや、そんなぁー」
元々カナヅチであった者が、泳げるようになったのは大したものだ。
皆からの賞賛に、恥ずかしがりながらも、自信を持ち始めた直葉。
そんな時、直葉はふと、今もカウンセリング(菊岡の質疑応答)を受けている兄、和人のいる校舎へと視線を向ける。
「おやおやぁ〜? 直葉ぁ〜、もしかしてお兄ちゃんが心配なのかなぁ〜?」
「そ、そんなんじゃありませんよ!」
それを見ていた里香にからかわれて、顔を赤くする直葉。
だが、里香はすぐに「冗談よ、冗談♪」などと言って、おどけてみせるが、どう見たって楽しんでいるようにしか見えなかった。
「キリトさんと直葉さんって、本当に仲がいいですよねぇー」
「え? そう?」
「はい! 私は一人っ子だから、羨ましいですよ!」
「「うんうん!」」
この場にいる中で、兄弟、あるいは姉妹がいるのは、直葉を除けば三人。
箒、明日奈、刀奈の三人だけだ。
そして、兄がいるのは、明日奈だけだが、直葉と和人のように歳が近いわけではないため、こういう風に仲良さそうにいるのは羨ましいのだろう。
「あたしも一人っ子だしねぇ〜……兄弟がいるってどんな感じなの?」
「私は別にどうも……ただ、姉があんなのだしな……」
鈴の問いかけに、箒が答えた。
あんなのって……。
まぁ、確かに…………あんなの……なのだが。
「私も上に欲しかったなぁ〜……妹は可愛いけど、頼りになるお兄ちゃんってポジションが欲しいって思うのよねぇ〜」
「カタナのお兄ちゃんって……なんか、ハードル高そうね」
「ええ〜、そうかなぁ〜?」
もしも自分の上に、姉……あるいは兄がいたら、どうなっていただろう。
妹と同じように、可愛がってくれただろうか……。
それとも、更識家の当主……『楯無』の名を巡る争いをしていただろうか……?
今となっては、わからない可能性の話に過ぎないが……。
「篠ノ之さんのお姉さんって、確か……」
「ああ……。篠ノ之 束。世間で言うところの、ISを開発した天才科学者だ」
「凄いわよねぇー。あんな物を一人で作ったんでしょう? 茅場 晶彦同様、天才と評されるだけの事はあるわね」
「でも、いま行方不明なんじゃ……」
「大丈夫だ。あの人は元から神出鬼没が売りでな……気分と目的によって、簡単に出て来たり居なくなる人なんだ」
「天才って人物は、本当何考えてるのかわからないわねぇ〜」
里香の言葉は最もだった。
姉は一体、今この現状を見て、何を考えているのだろう……。
そう言うのは、昔からわからなかった。
ただ、自分にとっては、かけがえのない家族で、優しい姉だった事は覚えている。
ただ、人との付き合いが極端過ぎて、よく問題を起こしては、相棒である千冬に殴られていた。
しかし、ISを開発してからは、家族がバラバラになり、姉は行方を眩ましたままだ。
時々現れては、その場にいた人々を震撼させるような事件だけを残し、まるで何かを楽しんでいるような……。
それでこそ、自分の知らない “天才科学者・篠ノ之 束” の一面が時折見て取れる。
「だから、正直言うと、桐ヶ谷が羨ましくもある……。兄妹で仲がいいのは、とてもいいことだと思うし……」
「うん……でも、昔は私とお兄ちゃん……そんなに仲良くなかったんだ……」
「そうなのか?」
「うん」
意外だ……。
そう言った感じで、直葉を見る箒。
今の自分が見ると、本当に仲の良い兄妹そのものだと感じる。
「VRMMOにはまっていくお兄ちゃんを見て、SAOに囚われた時は、もの凄くVRMMOの事を憎んでいたけど……。
お兄ちゃんが虜になった、その世界を、私も見てみたいって思って、ALOにダイブしたら……ふふっ、私もはまっちゃって。
今では私も、立派なゲーマーです!」
「直葉ちゃんが、キリトくん達を世界樹まで案内してくれたんだよね? ほんと、ありがとう……!」
「いえいえっ! お礼なんて……。それに、私も楽しかったし……何より、お兄ちゃん……キリトくんの思いつめた顔を見ていたら、なんだかほっとけなくなって……」
アスナの写真が送られてからと言うもの、和人はエギルの店に行き、その詳細を聞いた。
その写真が、ALOという人気のVRMMO世界で撮影されたもので、その場所も聞いた。
それを一夏、刀奈とリークして行き、三人は、もう一度ナーヴギアを被って、仮想世界へと旅立った。
SAOの時とは違う、全く別の世界。
しかし、チナツ、カタナも同様に、自身のステータスの熟練度に疑問を抱きつつも、キリトと合流し、なんとかリーファの案内の元、シルフ領である《スイルベーン》へと向かった。
元々、シルフ族を選んだチナツが、リーファと近い場所に転送されるのはわかるが、何故にウンディーネ族を選んだカタナが合流できたのか……?
それも、カタナがキリトと同じ現象に陥ってしまったためだ。
仮想世界にダイブするために、一夏と刀奈は、ダイブカフェに入り、二人でログインした。
となると、キリトと同じように、近くでログインしたプレイヤーの現在位置に誤って転送されるというバグが起こってしまったのだ。
当然それは、シルフ領に転送されていたチナツのところにカタナが転送され、二人揃って軌道から外れ、中立域の森へと降り立った。
「ん〜?」
「ちょっ! 何やってるの!? 早く逃げて!」
中立域を五人パーティーで飛んでいたリーファたち。
その時、サラマンダーのプレイヤーたちに強襲され、パーティーは分断された。
リーファともう一人、《レコン》というプレイヤーは、なんとかふりきろうと、シルフ領である《スイルベーン》まで逃げようしていたが、追撃してきたサラマンダーの部隊に追い詰められ、相棒であるレコンは討ち取られ、残るはサラマンダーのプレイヤーが三人。
こちらはリーファ一人だけだ。
絶対絶命の中、そこに現れたのは、スプリガン族の、謎のニュービープレイヤーだった。
「女の子一人に重戦士三人で襲いかかるのは、ちょっとカッコ良くないなぁ〜」
「なんだとテメェ……!」
「スプリガンがのこのこと出てきやがって!」
まず間違いなく、リーファはスプリガンの少年の死を覚悟した。
だが、サラマンダーの持つランスは、スプリガンの少年の体を貫く事はなかった。
パワーでは絶対的な差があると思っていたサラマンダーのプレイヤー。
だが、サラマンダーのランスを、スプリガンの少年は片手でそのランスを止めていたのだ。
サラマンダー、シルフ双方から驚きの声が上がる。
しかし、それだけでは終わらない。
スプリガンの少年は、いとも簡単にサラマンダーの重戦士を押し返し、飛んでいたもう一人の重戦士にぶつけて、二人を地面に落としてしまった。
「ねぇ、その人達って斬っていいのかな?」
「え……ええ……いいんじゃないかしら。向こうはそのつもりだろうし……」
「そっか。なら、遠慮なく……」
そう言いながら、背中に下げていたバリバリ初期装備である片手剣を引き抜くスプリガンの少年。
すると、リーファやサラマンダーの重戦士たちの目から、一瞬にして消えた。
後に残ったのは、まるで何かが通り過ぎたかのような移動した跡だけだった。
「ん……? ぶあっ!?」
一拍遅れて、体から迸る血炎。
ようやく、斬られたのだとわかった。
その動きは、速すぎで全然見えなかった。
「次は誰かな?」
底冷えする様な声で、スプリガンの少年……キリトはそう言った。
「確か……そのリーファってプレイヤーが、君の妹さんなんだっけ?」
「はい。まさか俺もスグ……いや、妹に会うなんて思ってませんでしたから……」
そう言いながら、和人と菊岡は話していた。
そして再び、話はガールズトークへと戻る。
「実際にどうだったの? キリトたちと旅をして。お兄ちゃんだって、気づかなかったんでしょう?」
「うーん……とにかく “速い” ですかね。なんか、一つ一つの動きが洗練されていたような感じでしたね。掴みどころがなくて、なんだか失礼な人だなぁ〜って思ってたんですけどね……。
でも、一つ一つの戦闘に対する思いが、今まであった人達と全然違ってたりとか、なんか、この人達なら、信頼できるって思いました」
そう、キリト、チナツ、カタナの三人は、リーファが出会ったプレイヤーの中でも、特に変わった人達だと思った。
ルグルー回廊でサラマンダー達のメイジ部隊に追い詰められ、最悪死んでしまう可能性があった。
四人でサラマンダー達の追撃を逃れようと、中立の鉱山都市である《ルグルー》へと逃げようとした時、土魔法によって行く道を遮られた。
本来であれば、キリトとチナツの技量で、サラマンダーの部隊は返り討ちにできたが、サラマンダーの部隊は、対キリト・チナツ用のフォーメーションを組んでおり、完全制圧を目論んでいたようだ。
「もういいよキリトくん! チナツくん! やられても何時間か経てば済むことじゃない! もう諦めようよ!」
やられ続けているキリトとチナツを見て、リーファはそう叫んだ。
リーファとカタナが、後方で二人を援護する様に戦っていたが、二人のHPはカタナとリーファが魔法で回復してきたが、それも長くは持たない。
このままだと、MP切れにHP全損で、パーティーは全滅だ。
だが、それでもいい。
たとえゲームオーバーになっても、経験値を失うだけで、特に問題はないはずだ……。
だけど……。
「嫌だ……!」
「断る!」
「え?」
二人からの答えは、ノーだった。
「俺が生きている限り、パーティーメンバーは殺させない……それだけは絶対に嫌だ……ッ!」
「ここで逃げたら……俺が俺じゃなくなるからな……」
二人の言葉はとても重く、なぜか、とても心に響いた。
そして二人の言葉を付け加えるかのように、カタナがリーファに語りかける。
「リーファちゃん……確かに、貴方にとってこの戦いはそう言うものなのかもしれない……でも、私たちにとっては、どれもが意義ある戦いなのよ」
真剣な表情で、回復魔法を詠唱するカタナに圧されて、黙り込んでしまった。
「うわああああああーーーーッ!!!!!」
「ーーーーッ!」
大きな片手剣《ブラックプレート》と、打刀よりも長い刀……太刀《千本桜》を引き抜き……サラマンダー部隊へと向かって走り出す。
盾を構え、二人の突撃を阻害しようとするが、キリトが盾を掴み、《ブラックプレート》を盾と盾の間に挟み入れる。
チナツはチナツで、助走をつけると、飛び蹴りをかましたり、予測不可能な軌道で繰り出される剣閃を放つ。
それを自慢の盾で受けきるが、サラマンダー達にとって、この二人の行動は奇妙であり、また恐怖でもあった。
「く、くそっ、なんなんだこいつらは……!」
「こんな攻撃してくる奴ら、見たことねぇー!」
だか、後方では大出力の爆炎魔法を詠唱していた。
「最後のチャンスです! 残るMPを全部使って、二人を守ってください!」
「で、でも……」
リーファに対して必死に訴えるユイの眼差しに、リーファは一瞬困惑したが、すぐにその指示に従った。
「カタナさんは、チナツさんに付加魔法を! チナツさんにも魔法は教えてます!タイミングを見計らって、その魔法をチナツさんにかけてください!」
「わかったわ!」
サラマンダー達の魔法が詠唱を終えるまであと少し、このままでは無駄にやられるだけと思ったキリトとチナツは、相手の出方を待つ。
だが、こちらももう詠唱を終えた。
リーファの放った魔法は、キリトとチナツを包みサラマンダーの魔法を全て遮断した。
「カタナさん!」
「はいよ!」
「パパ! チナツさん! 今です!」
ユイの合図で、カタナはチナツに付加術系の魔法をかけて、キリトとチナツはそれぞれ魔法を唱える。
詠唱を終えた瞬間、チナツの体を薄い光が包まれ、太刀には若干の風を纏っている。
キリトは炎を掻き集め、凄まじい竜巻に身を包まれる。
すると、その竜巻を切り裂き、中から超巨大な化け物が現れた。
「へ……キ、キリト……くん?」
「わあ……凄いわねぇ〜」
リーファはキリトの姿を見て驚き、カタナは呆然と見ていた。
「こりゃあ凄い……! んじゃ、いっちょ食い散らかしますか……ッ!」
チナツの言葉とともに、怪物となったキリトと、風を纏った太刀を手にしたチナツ。
二人は共に駆け出した。
怪物となったキリトの咆哮を聞き、サラマンダーのプレイヤー達はすっかり怯えてしまい、陣形が崩れてしまった。
そこに、怪物キリトの鋭い爪が体を貫き、付加魔法によって、スピードを一段と増したチナツが斬撃を放つ。
風を纏っている故に、斬撃の他にも魔法の追加攻撃が襲いかかる。
その風もまた、鋭い刃のように鎧を切り裂く。
その圧倒的な強さによって、サラマンダーのメイジ部隊は壊滅。
その後、四人は一人のサラマンダープレイヤーから情報を引き出し、サラマンダーの精鋭部隊が、何やらよからぬことを考えているらしいと聞いた。
ルグルーに着き、リーファが一度ローテアウトという手法を用いて、現実世界へと帰還した。
だが、すぐに戻ってくると、いきなり立ち上がり、行かなくてはならない場所ができたと……。
とりあえず、話を聞きながら、キリト達はルグルーを飛び出し、央都《アルン》への道に続く洞窟を抜け出した。
ルグルーでローテアウトをした時、現実世界でリーファは、レコンから『シグルドが領主であるサクヤを売った』という情報を得たらしい。
そして、ちょうどその頃、シルフ領主の《サクヤ》と、ケットシー領主の《アリシャ・ルー》が、秘密裏に会談をしている場所に、サラマンダーが押しかけるという事件が起こると予定されていた。
その救出に向かうため、リーファは一度、キリト達と縁を切るように言った。
世界樹の上に行くのなら、自分よりもサラマンダー達と手を組んだ方がいい……そのために自分を斬り捨てても、文句は言わない……と。
だがキリトたちは……。
「所詮、ゲームなんだからなんでもありだ。殺したきゃ殺すし、奪いたいなら奪う。
それも一面では事実だ……そういう奴にも、嫌という程俺は会った……。でも、そうじゃないんだ。仮想世界だからこそ、守らなきゃいけないものがある。
俺はそれを、大切な人たちに教わった。この世界で欲望に身を任せれば、その代償はリアルの人格へと還っていく。プレイヤーとアバターは一体なんだ。
俺、リーファの事好きだよ。友達になりたいと思っている。だから、自分の利益のためだけに、そんな相手を斬るようなことは、俺は絶対にしたくない!」
「キリトくん……」
「私もよ、リーファちゃん♪ せっかく知り合えたんだもの、なのにいきなりお別れなんて、私はイヤよ?」
「カタナさん……」
「リーファ。俺たちはリーファを信頼してる。だからこそ、ここまで一緒についてきたんだ。
この世界じゃ、俺たちはまだまだ新参者なんだ……リーファに出会えて、これからもっとこの世界のことを知りたいなんて……そう思っているんだ……だから、俺はリーファを裏切らない。だって、仲間じゃんか」
「チナツくん……」
感謝の気持ちでいっぱいだった。
そうだ……こんな彼らだからこそ、リーファは三人を信じる道を選んだんだ。
たとえどんな強敵が現れようとも、キリトならば、チナツならば、カタナならば、絶対に負けないと、そう信じた。
四人は《ルグルー回廊》を抜けて、世界樹を視界に収めるくらいの距離に近づいた。
問題となっている領主会談の場所に向かうが、すでにサラマンダーの大部隊が集結しており、運良く間に合ったとしても、領主であるサクヤとアリシャを逃すのでいっぱいいっぱいだろう。
だが、それでもキリトたちは行った。
サラマンダー達と領主達との間に割って入り、ブラフをかまして強襲を防いだ。
自分をスプリガン・ウンディーネ同盟の大使だと嘯き、サラマンダーの大部隊を仕切っていたプレイヤー《ユージーン》将軍に話をつけた。
その後、ユージーン将軍の出した条件で、30秒攻撃を耐えれば、キリトを大使だと認める……そういったのだが、事実は違った。
ユージーン将軍は、確実にキリトを殺しに来ていた。
だが、それでやられるほど、キリトも素直ではない。
一帯に煙幕を張り、一瞬にして姿を眩ました。
「ちっ!」
キリトの姿を目視できないユージーンは、苛立ちながら周りを見る。
それはサラマンダーの部隊も、シルフ、ケットシー陣営も同じだった。
そこでユージーンは、キリトが逃げたと思い、今度は手にしていた両手剣 魔剣《グラム》の切っ先を、チナツに向けてきた。
「あのスプリガンのことだ……どこへ逃げたのか、知れたものではないな……ならば代わりに貴様が相手をしてみるか?
貴様も、あのスプリガンの仲間なのだろう?」
まぁ、そう思われても不思議ではない。
ここに連れてきたのは、実質リーファではあるが、チナツとてシルフ族なのだ。
チナツとしては、望むところだと思いたいところだったのだが……。
「やっぱりあいつ……逃げたんじゃ……!」
「そんなわけない!」
ケットシー族のプレイヤーがそう言うと、リーファはすかさず否定した。
キリトは、絶対にそんな事をしないと。
そして、その答えにチナツも合わせるようにして答える……。
「俺としても、あんたみたいな強者との勝負は望むところなんだが……でも残念だ」
「なに?」
「だって……まだキリトさんが諦めてはいないからな……ッ!」
「ッ!?」
不敵な笑みを浮かべたチナツを見て、ユージーンは頭上から降り注がれる闘気を感じた。
太陽を背に、まっすぐ降りてくるスプリガンの姿を、その場にいた全員が目にした。
「ッーー!!? キリトくんッ!!!!!」
歓喜の声をあげるリーファ。
そして、勝利を確信しているかの様にニヤリと笑っているチナツとカタナ。
「はあああああッーーーー!!!!」
「セェヤアアアアアアアッ!!!!!」
右手に握る剣《ブラックプレート》を振り下ろす。
だが、魔剣《グラム》には、《エセリアル・シフト》なるスキルが付加されている様で、剣や盾で受けようとしても、非実体化してすり抜けるというチートじみたものが備わっていた。
実際、ここまでにキリトが苦戦していたのは、そのチートスキルの存在があったためで、こちらの攻撃は通らないのに、相手の攻撃は止められないという、文字通りの反則技だ。
当然、今回もまた、キリトの剣をすり抜ける、魔剣《グラム》の刃は、キリトの喉元を斬り裂くはずだった……だが……。
「くッ‼︎」
「なっ!?」
その行く手を阻むかの様にして現れた、“もう一つの剣” 。
左から右へと降り抜かれた一閃によって、ユージーンの魔剣《グラム》は弾かれてしまった。
キリトの左手に持つその剣は、一緒に来たシルフ族のプレイヤー、リーファの持っていた長刀だったのだ。
剣を弾かれ、懐ががら空きになったユージーンに対し、キリトは怒涛の連撃を叩き込む。
「ぬああっ!?」
「くっ!」
「ぬううっ!」
「うっ!」
魔法でキリトの連撃を止め、一旦距離をあける。
爆煙の中から飛び出し、ユージーン将軍はキリトに斬りかかる。
「落ちろぉぉぉぉぉーーーーッ!!!!!」
「っ! ふうんっ!!!!!」
「ぬおっ!?」
だが、そんな大ぶりな一撃を、キリトが甘んじて受ける事などない。
紙一重で躱すと、両手の双剣でユージーン将軍の体を貫き、急速に降下していく。
そんな状態でいれば、HPもどんどん減っていき、焦ったユージーン将軍は、急いでキリトを引き剥がそうとするも、時すでに遅し。
「ぬおっ、ああああッーーーー!?」
「くっ!!」
体を斬り、持っていた魔剣《グラム》を弾き飛ばした。
まるで万歳をしている様なユージーン将軍に対し、振りかぶった左手の長刀を、キリトは思いっきり振り下ろした。
「せぇええやあああああああああッーーーー!!!!」
「ぬおぉぉぉああああーーーーッ!!!!?」
斬り裂いた瞬間、ユージーン将軍の体は大爆破を起こし、炎に包まれなが、ユージーン将軍は落ちていく。
静寂がその場を支配し、まるで無音の様な状態になった。
周りから聞こえる滝の音が、ここまで鮮明に聞こえてくるのかと、驚くほどに。
しかし、シルフ族領主、サクヤの賞賛の声に、周りは歓喜と驚嘆の声で溢れかえった。
ALOをプレイして以来、これほどまでのバトルを見たことがなかったのだろうか……シルフ、ケットシー陣営のプレイヤー達だけではなく、強襲を仕掛けて来たはずのサラマンダーの陣営にすらも、驚きと賞賛の声が聞こえた。
この時、ALO最強と謳われたユージーン将軍を破ったキリトの存在が、シルフ、ケットシー、サラマンダーと、三種族の代表達に知れ渡ったのだった。
「…………」
「仲がいいのは良いことだけど……禁断の恋は……お姉さんちょっと心配だなぁ〜」
「なっ!?」
「桐ヶ谷、お前、まさか……っ?!」
「ち、違う違う! 篠ノ之さんも誤解しないでね?! もう、里香さん!」
「あっははは! ごめんごめん」
「もう、ほら練習しましょう、練習!」
「はい〜はい! じゃあ、もうひと頑張りしますかねぇ〜」
里香のそんな言葉に、休憩していた全員が立ち上がり、再びプールへと向かう。
そんな中、直葉だけが、その場に立ち止まり、後ろを振り返った。
未だにその場にいるであろう兄・和人の方を……。
ーーーー好きだって気づく前に……気づいてたならなぁ……
それは、ほんの小さな恋心だった。
シルフ・ケットシー両陣営が、世界樹攻略の為に組んだ同盟。
その攻略に、キリトたちも同行する事かできた。
だが、その為に必要な装備を整えるのに、少しばかり時間を要するとの事だった。
無論、出来うる限り急ぐとの事だったが、こちらがお願いしている以上、無茶な要求はできない。
ゆえに、キリトとリーファは、央都《アルン》へと向かう事にした。
「じゃあ俺たちは、サクヤさんとアリシャさんたちの護衛に回ります。また刺客にでも襲われたら、元も子もないですからね」
そう言ったのは、チナツだった。
正直、チナツたちにできる事はあまり何もない。
装備を作れるわけでもないし、ましてや今のシルフ、及びケットシー陣営の政権に関わる事など出来ないのだから。
だが、少しでも早く、アスナを取り戻す為に……余計な邪魔が入って欲しくなかった。
キリトからは、首謀者であろう須郷の言った結婚式の日取りまで、あと残り僅かしかない。
その為に、なんとかスムーズに事を成したいのだ。
「そうか……わかった。じゃあ、俺たちは先に行っておく。あとからまた合流してくれ」
「了解」
「全く……なら、もう片方は私が護衛に着くわ」
「カタナ……」
「一人で二つの陣営を守るのは、相当酷でしょう? 片方は私が持つわ。だからキリトとリーファちゃんの二人だけでも、先に《アルン》に行っててもらえる?」
「わかった」
「あ、はい」
「よし、決まりだな。じゃあ、アリシャさん。ケットシー領までは、俺が警護にあたります。よろしいですか?」
「え? う、うん……それは良いけド……」
「では、サクヤさんたちの方には、私がつきます」
「あ、ああ……任せた……」
「「ん?」」
どこかぎこちない返事をする二人に、チナツとカタナが揃って首を傾けた。
「君たちは、私たちとは初対面で……しかもこんな騒ぎにまで巻き込んでしまったのに……」
「そこまでしてくれる人なんて、なかなか居ないヨー?」
確かに。
この世界……いや、かつてのSAOでも……それ以前にあった、MMORPGと呼ばれるゲームの世界でも、そんなお人好しは稀だった。
ましてやALOに至っては、他種族間の争いが激しい……それも、シルフとサラマンダーは特に仲が悪い。
そんな中で、どうしてこの二人は……。
「俺がそうしたいから……ですかね」
「私がそうしたいからよ。えっと、ダメだったかしら?」
「「っ…………」」
今度はサクヤとアリシャが黙り込んでしまった。
こんなプレイヤーたちは稀だ。
「ニャッハッハッハッーーーー! 面白いねぇーキミ達! うん、良いヨ! シルフの方は……えっと」
「チナツです」
「オー! チナツくんだネ? 了解了解♪ 君に私たちの護衛を任せたヨー!」
「君はカタナくんだったかな? 私の方からも、感謝を申し上げる」
「いえいえ、そんな……」
「どうだ? スイルベーンに帰ったら、一緒に酒でも……」
「そ、そうですねぇ〜……考えておきます……」
「うむ。ますます気に入ったぞ!」
なんだかんだで、二人も両陣営の領主に気に入られたようだ。
その後、取り残されたキリトとリーファは、《アルン》までひとっ飛びし、格安の宿屋を借りて、その日はログアウトした。
現実世界に戻り、和人と直葉は、ある場所を訪れた……。
それは、和人の恋人……明日奈の病室だった。
初めて見る恋人の顔。寝ている為、会話する事は出来ないが、直葉の印象では、とても綺麗な人……という印象だった。
そして、自分の兄は……和人は、本当に明日奈に惚れているのだと……改めて、認識してしまった。
そう思った時、自分の心が、ひどく痛む感覚に陥った。
これは……一体何なのだろう……?
いや、知っている……。これは……自分は、和人のことが好きだったのだ。
和人と直葉は、本当の兄妹ではない……。兄・和人は、自分の従兄に位置する人物だったのだ。
自分の母の姉の子供。小さな頃、事故で親を亡くし、和人は今の家にやってきた。だから、家族も同然の暮らしを受けてきた……だが、何時からか、兄が家族と避けるようにして暮らし始めた。
その原因を、直葉は和人がSAOに囚われていた頃に、母親に聞いたのだ。
それで、納得がいった。
自分たちを避けていた理由は、それだったのかと……。
だが、帰ってきてくれた時、兄はとても優しかった。昔のように、ちゃんと顔を向き合って、優しい声で、顔で……自分に接してくれた。
そんな兄が……和人が、直葉は好きになっていた。
だが、すでにもう、恋人がいた。
自分よりも綺麗で、歳上の彼女。
そして、何より兄本人が、その彼女に心奪われている。ならば、自分は身を引こう……そう思い、キリトに本音を晒し、涙を流してしまった。
そして…………兄の代わりに……キリトを好きになってしまった。
だが、その思いは、無残にも散ってしまう……。
たった一人で、各種族の精鋭部隊を束ねても勝てないグランドクエストを受けたキリト。
どうしても、頂上に……世界樹の上に行かなければならない……そんな思いが、キリトの中で膨らんでいった。
ーーーーあと少し!
もう直ぐで、頂上へと繋がる道にたどり着ける。
はずだった……。
「がはっ!?」
突如、背中から突き刺さった剣が一振り。
そこから、多数の剣が投げ込まれ、キリトの体を容赦なく貫いた。
「ごほっ……!」
力の限り、手を伸ばす。
その先に、待っている人が……会いたい人がいるのに……届かない。
「っーーーー‼︎ うおおおッーーーー!!!!」
ーーーーあと、少し……ッ!
目の前に見えているのに……先にHPの方が減っていく。
「くっ! うわあああああああああーーーーッ!!!!!」
キリトの叫びが、世界樹の根元……ドームのようになっていたその空間に響き渡った。
HPを全損し、リメインライトとして灯されたキリト。
その後、NPCのガーディアン達が、あるプレイヤーに襲いかかった。
それこそ、キリトを助けようと、一人で入ってきたリーファだった。
リーファのおかげで、何とか救出されたキリトだったが、再び一人で立ち向かおうとする。
リーファはそれを必死に止めた。
あまりにも様子がおかしい……そんな状態で、再び死にに行かせるような事はしたくなかった。
だからこそ、自身の胸の内を吐露した……。
キリトが……好きなのだと……。
だが、その思いは届かなかった。
キリトにはすでに、想い人がいた……そしてその想い人が、目の前の世界樹の頂上にいる……。だから会いに行きたいのだと……。
ーーーーそう、もう一度、“アスナ” に……っ!
ーーーーえっ?
キリトの口にした名前。
それは……兄・和人の想い人と同じ名前。
「っ〜〜〜!!?」
口を押さえ、驚愕の表情と疑心の眼を向けて、リーファは問いただした。
「お兄、ちゃん…………なの……?」
「えっ?」
お兄ちゃん。
キリトの事を、そう呼ぶものは、たった一人だけだった。
「スグ? 直葉……っ?!」
妹以外に、誰もいなかった。
「酷いよ……そんな、こんなのって……!」
動揺を隠し切れない。
それだけが、リーファの表情から読み取れたものだ。
リーファは……直葉は、コマンドを操作し、そのままログアウトボタンを押し、ALOから消えた。
「スグっ!」
手を伸ばしたが、時すでに遅し……。
やり切れない思いを胸に、キリトもログアウトボタンを押し、現実世界へと帰還したのだった。
次回は多分……須郷討伐くらいまでは行きたいですかね……。
まぁ、気長に待っていてください。
感想よろしくお願いします!