ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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ええ〜、今回からまた通常のExtra Edition編に戻ります!



第63話 Extra EditionⅪ

 

 

 

「その攻略組のプレイヤーたちの頂点に立っていたのが、《アインクラッド》内、最強ギルドと謳われた『血盟騎士団』団長のヒースクリフだというわけだね?」

 

「ええ……そして皮肉にも、奴とのデュエルが、正体を看破する手がかりになったんです」

 

 

 

 

カタナたちが思い出話にひたっている中……和人と菊岡は、SAO事件において、最も重要視される出来事について話していた。

ヒースクリフとのデュエル。アスナを賭け、キリトが勝てばアスナを連れて行けるが、負ければ『血盟騎士団』へと入団する。

その条件の下、二人は第75層にあったコロシアム風建造物へと入り、その場に集まった大勢の観客たちの前で、正々堂々と戦った。

どちらも《ソードアート・オンライン》というゲームに存在する既存のスキルからはみ出たチートスキル……《ユニークスキル》の保持者だったことから、二人の決闘には自然と注目が集まった。

決闘の行方は、相互のスキルの特性もあって、終始キリトが攻め込む形になった。

鉄壁を誇るヒースクリフの《神聖剣》と、超攻撃特化の《二刀流》。キリトもヒースクリフも、互いに本気でぶつかり合った。

だが、終盤になって、キリトはある事に気付いた。

決着がつく瞬間に、ヒースクリフの動きが、過剰と言っていいほどに速く動いた。

その結果、一撃を貰ったキリトの敗北により、決闘には決着かついたわけだが……。

 

 

 

 

「いいねぇ〜、若いっていうのは……。あの子たちが今こうしていられるのも、キリトくんの活躍があってのものだからね」

 

 

 

窓を遮っている遮光カーテンの隙間から、水着姿のアスナたちを見て言う菊岡。

だが、その言葉を、和人は否定した。

 

 

 

「俺は活躍なんてしてませんよ……」

 

「でも、君がヒースクリフの正体を看破して、茅場先生との最終決戦に勝利したことに、間違いはないだろう?」

 

「…………あれを勝利と言っていいのかね……」

 

 

 

 

 

第75層のボス。《スカル・リーパー》を倒した攻略組プレイヤーたち。

その中にはもちろん、キリト、チナツ、アスナ、カタナの姿もあった。その他にも、『血盟騎士団』や『聖竜連合』、『風林火山』など、今まで攻略に関わってきたプレイヤーたちが勢ぞろいし、ヒースクリフもまた、その攻略には参加していた。

《アインクラッド》のクオーターポイントと呼ばれる、第25層、第50層、第75層……そして第100層は、かなり強いモンスターが出ると言われていた。

第100層に至っては、このゲームの最終ボスであるため、手強いのは当然だが、今回の75層では、今まで類を見ないほどの死者を出した。

攻略のプレイヤー……つまり、アインクラッドのトップを行くプレイヤーたちが、14人……この攻略で命を落とした。

残り25層もある中で、常に10人規模の損害を出すとなると、いつか我が身が犠牲になる……そう思った時、心の底から、攻略したことを喜ぶことができなかった。

ただ唯一救いだったのが、自分たちの知人が、愛する人が、生き残っていた事だけ。

そして、最強プレイヤーのヒースクリフもまた然り。

だが、そこでキリトはある事に気付いた。

それは、ヒースクリフのHP残量……。

彼も誰も彼もが、HPをイエロー……またはレッドゾーンにまですり減らしている中、彼だけが、唯一グリーンゾーンで止まっていた。

だが、あり得るのか?

いくら防御が優れている《神聖剣》とは言え、あれだけ壁役としてスカル・リーパーの攻撃を受けたのだ。少なくともHPは減少しててもおかしくはないし、ましてや “あと一撃入れば、イエローに入るギリギリのところまでしか下がってない” なんて……

 

 

 

 

「っ?!」

 

 

 

 

嫌な予感がした。

キリトはそっと立ち上がり、床に置いていた愛剣《エリュシデータ》を握る。

すると、その背中にもたれかかってたアスナが、キリトの不審な行動に気づく。

だが、キリトは止まらない。即座に立ち上がり、ヒースクリフめがけて走り出し、片手剣スキル《レイジスパイク》を発動。

キリトの行動に驚き、ヒースクリフは自慢の盾で防ごうとしたが、盾の軌道を読んだキリトが、僅かばかり剣の軌道を上方に修正、ヒースクリフの顔面あたりを突き刺した……ように思えたが、実際にはそうならなかった。

なぜなら、ヒースクリフの顔の薄皮一枚、そこに見えない壁でもあるかのように、剣が止められていたからだ。

そして現れる、ヒースクリフの頭上に出た紫のエフェクト。

 

 

 

「へ……破壊、不能オブジェクトっ!?」

 

 

 

その表示は、今までに何度となく見てきた。

だがそれは、アインクラッド内に存在する建物や木々……ダンジョンなどなど……ゲーム世界での構造物などや、街などで商売をしているNPCたちにつけられた物だ。けしてプレイヤーが身につけれる様な物ではないはず……だが、何故目の前の男はそれを持っているのか……。

その答えは、キリトが知っていた。

彼は薄々感づいていたのだ……。

デュエルの時に感じた『超速度』による攻撃の回避。

HPが絶対にイエローゾーンに入らないという伝説。

その全てが、《神聖剣》というユニークスキルのものではなく、もっと高位の……それでこそ、『GM権限』並のスキルでないと無理なのでは……と。

 

 

 

 

「ずっと気になっていた……。奴は一体、どこで俺たちのことを観察しているんだろうって……。

でも、そんなの簡単な話さ……他人のやっているRPGを、横から眺めているだけなんてこと自体がつまらない。

そうだろう…… “茅場 晶彦” ーーーーッ!!!!!」

 

 

 

キリトの言葉に、誰もが言葉を失った。

全プレイヤーの希望…………最強のプレイヤーが一転、最悪の敵に回ったのだから。

正体を看破されたヒースクリフ……いや、茅場は、意外にも落ち着いた様子でキリトに問いかけた。

何故、自分の正体が分かったのか……と。

そしてキリトは答えた。

デュエル中……あんた、あまりにも速すぎたよ……と。

もはや言い逃れはできなかった。

だから、改まって自己紹介をした。

 

 

 

「その通り、私が “茅場 晶彦” だ……ッ!」

 

 

 

悪夢だった。

全て、ここまでのことが、全て彼の手のひらの上だったとわかった時の絶望は、計り知れない物だった。

今まで失ってきた物……切り捨てた物……そして、無残にも生き残れず、死んでいった者たちを、嘲笑うかの様で、怒りに身を任せた者たちもいた。

だが、GMたる茅場には、そんな攻撃一切通用しない。

システムコマンドを呼び出し、その場にいるプレイヤーたち全員に強制麻痺を施した。

ただ一人、キリトを除いて。

誰もが倒れていく中、キリトだけが、その場に立ち尽くしていた。

そしてヒースクリフは、キリトにデュエルを申し込んできた。

キリトが勝てば、現段階……第75層ではあるが、最終ボスである自分を倒したとして、ゲームクリア……つまり、生き残っている約六千人の命を解放すると……。

しかし、もしもキリトが負けたのなら…………それすなわち、『死』だ。

受ける受けないは自由だった……。

だが、キリトにはどうしても許せなかったのだ……自分の私利私欲に、一万人も巻き込んで、なおかつ攻略組のプレイヤーたちを……希望を胸に戦い続けた者たちに対して、この仕打ち。

そして、もっとも許せなかったこと……それは、サチを含め、自分の目の前で死んでいった者たちへの怨みや屈辱だ。

止めるアスナを振り切り、キリトは戦いを挑んだ。

いや、これは戦いではない……どちらかが勝ち、どちらかが死ぬ…………憎悪に塗れたデスマッチだ。

キリトは、目の前の男……ヒースクリフを、茅場 晶彦を、殺すことを決意した。

 

 

 

 

 

「せぇやあああああッ!!!!!」

 

 

 

 

唸る双剣。

両手に握る黒白の双剣が、たった一人の敵を切り刻もうと、縦横無尽に振るわれる。

だが、その男は、この世界を創りあげた『創造主』。

全てのスキル、全てのステータスは、この男が管理している言っても過言ではない。

ソードスキルを使ってしまえば、たとえキリトの《二刀流》であっても、茅場 晶彦には届かない。

しかし、そんなの焦りが、逆効果として現れてしまった。

 

 

 

 

「うわああッ!!!!」

 

「フッ……!」

 

「っ!?」

 

 

 

 

中々通らない攻撃への苛立ちと、反撃を食らってしまったことへの焦りで、キリトは反射的にソードスキルを発動してしまった。

ユニークスキル《二刀流》の最上位スキル。連続27連撃を見舞う破格の大技……《ジ・イクリプス》。

しかし、その攻撃は、全てヒースクリフの盾によって受け切られた。

そして、左手に持つ剣……リズの作りあげた片手剣《ダークリパルサー》が、鋒から折れてしまった。

しかもスキル発動後の長い硬直が、キリトの体を襲い、それを見越したヒースクリフは、自身の剣を掲げると、ソードスキルを発動させ、キリトを斬り裂こうとした……だが、それはたった一人の人物によって阻止された。

 

 

 

 

「ア、アスナ……! そ、そんな……!」

 

 

 

 

麻痺状態だったはずのアスナが、まるでキリトを庇うようにして立ちはだかった。

しかし、その一撃で、アスナ命を落とし、彼女の体を作り上げていた電子情報体は、ポリゴン粒子となって消えていったのだった。

虚空へと消えていくポリゴン粒子を、キリトは絶望の眼差しと、悲嘆の声を漏らしながら手で触れようとする。

だが、全て無意味な事だ。

その場に残った、アスナの愛剣《ランベントライト》を握る。

再び《二刀流》となったキリトだが、その剣に、もはや魂はこもっていなかった。

《エリュシデータ》を弾かれ、なす術なくヒースクリフによって体を貫かれた。

貫通継続ダメージによって、キリトのHPは刻一刻と無くなっていく。

 

 

 

 

(これで、いい…………)

 

 

 

アスナを失い、全てがどうでもよくなった。

だが、ふと彼女の声が聞こえた。

 

 

 

ーーーー信じてるから……っ!

 

 

 

「っ…………!」

 

 

 

 

その瞬間、キリトの……キリトというアバターは、消滅するはずだった。

だが、消えなかった。

今にも消えそうなほど、弱々しい姿だった。

体は実体を持たない幽霊の様で、薄く……また、透けて見えていた。

存在していること自体が不思議なくらいで、その光景には、ヒースクリフ自身も驚いていた。

 

 

 

「は、はあああああああああッーーーーーーーー!!!!」

 

 

 

最後の力を振り絞り、キリトは《ランベントライト》を突き刺した。

ヒースクリフの体を刺し貫いた剣は、彼に貫通継続ダメージを負わせ、やがてHPを全損させた。

その瞬間、キリトは理解した…………全て、終わったのだと。

 

 

 

「これで……いいかい?」

 

 

とどめを刺した恋人の愛剣《ランベントライト》に問いかける。

それに応じるかの様に、刀身の根元あった装飾の宝石が光った。

まるで、「よくやった」「頑張ったね、お疲れ様」と、キリトを労っているかの様で……。

 

 

 

『11月7日 14時55分……ゲームはクリアされました』

 

 

 

 

その日、《アインクラッド》での全てが……終わりを告げた。

その後、キリトはどことも言えない空間へと立っていた。

一面に広がる空。照りつける夕陽と、どこまでも広がる雲……茜色に染まったその空間に魅入っていると、背後から声をかけられた。

 

 

 

「キリトくん……?!」

 

「っ!」

 

 

 

死んだはずの愛する人。

いや、自分も死んだのだから、逢えて当然だろうか……。

アスナを見た瞬間、ホッとした。

これからこの世界からも、現実世界からも消えるのに、一人では心細と感じていた。

だけど、どうせ死ぬのなら、愛する人と一緒に……。

アスナには、自分も死んでしまったと……そう説明した。

彼女は優しく微笑み、キリトを抱きしめ、口づけを交わした。

ここはどこなのだろうか……そう思いながら、ふと、二人は下を見た。

そこには、浮遊城が浮かんでいた。

しかし、その城も、下からどんどん崩れて行って、二人が暮らしていた22層のログハウスも、一緒に崩れ消えていく。

何もかもが崩れ、消えていく中、キリト達に問いかけるかの様に、その男は立っていた。

 

 

 

「なかなかに絶景だな……」

 

「っ…………茅場 晶彦……っ!」

 

 

 

ヒースクリフではない。

本物の彼だった。幸の薄そうな顔に、本当に天才科学者だったのだと思わせる白衣。

彼もまた、死んだ者だ。キリトが……自らの手で殺した。

 

 

 

「なんで……こんなことをしたんだ……?」

 

 

 

いつかは聞かなければならない……そう思っていた問いを、キリトは彼に問いかけた。

 

 

 

「何故……か。私も長い間忘れていたよ……。フルダイブ環境を確実なものとした時……いや、それ以前から、私はあの城に、自身の理想を思い描いていた……。

この地上を飛び立って、あの城に行きたい……何年もの長い間、それだけを欲して生きてきた」

 

「…………」

 

「私はね、キリトくん……今も信じているんだよ。どこか違う世界には、あの城が本当に存在するんだと……」

 

「……ああ。そうだと、いいな」

 

 

 

キリトの言葉に、アスナも頷いた。

 

 

 

「そういえば、言うのが遅くなったな」

 

 

 

ここで初めて、茅場 晶彦は真正面にキリト達を見た。

そんな彼の顔は、どことなくやり切ったような……それでいて、満足そうな表情をしていた。

 

 

 

「ゲームクリアおめでとう。キリトくん、アスナくん」

 

 

 

言葉を理解することができなかった。

クリア? 一体何のことなのだろう……。自分たちは、もうすでに死んでいるのに……。

世界が壊れ、消えていく前に、キリトはアスナを抱きしめる。

涙を流し、果たせなかった約束を悔やみ、アスナに謝罪した。

だがアスナは、そんなキリトを優しく抱きしめた。

ともに死んでいく身ならば、最後に本名を聞いておきたい。

それに応じて、キリトは……桐ヶ谷 和人は本名を答え、アスナ……結城 明日奈もまた、本名を答えた。

出会えてよかった……結婚してよかった…………愛している。

いろんな思いがこみ上げてきた。

二人で抱き合い、あと少しで、跡形もなく消え去る世界を眺めた後、世界が突如として白に染まった。

愛する人の温もりが消えていく。

ああ……本当に死んでいくんだなぁ……そう思った。

だが…………

 

 

 

「っ…………!」

 

 

 

空気に重みがある。

臭いが感じられる……仮想世界では感じられなかった感覚全てが、今の自分には感じられるよう。

白で統一されてその部屋。

視線を右に、左にと動かし、状況を把握する。

そして、悟った……現実世界に戻ってきたと……。

アスナが……現実世界での結城 明日奈が、自分を待っていると……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、君たちも災難だったねぇ〜。SAOから解放されたと思ったら、また別の事件に巻き込まれるなんて……」

 

「っ…………ええ、誰かさん達の怠慢のお陰でね」

 

 

 

 

まるで他人事のように言う菊岡に、和人は怒りを覚えながら皮肉を交えて返答した。

 

 

 

「いやぁ〜、その件に関しては、申し開きようが無いなぁ〜」

 

「どうして須郷の悪巧みに気づかなかった……っ!」

 

「無論、我々とて警戒はしていたんだ。彼はSAO事件の前から、茅場先生とは面識も繋がりもあったからね。

しかし、約六千人ものSAO生還者たちが一斉に現実世界に復帰した事で、それらの対応に追われてね。

しかも、須郷がALOに独自のラボを設置しているなんて、予想だにしてなかったんだ……教えてくれるかい、キリトくん? どうやって一学生である君が、須郷の計略を突き止め、それを阻止出来たんだい?」

 

「別に……。ただ俺は、ALOにアスナによく似た女性の写真が撮れたと言う情報を聞きつけて、確かめにいっただけです」

 

「っ!? それだけで、君たちはALOにログインしたのかい?」

 

「可能性があるなら、何でもしましたよ……」

 

 

 

 

 

SAO事件が終結し、生き残っていた約六千人のプレイヤーたちは、現実世界に復帰した。

その中には、学生もそうだが、社会人が大半で、二年もの時間を、ベッドに横たわる生活を余儀なくされていたとはいえ、さすがに体の方が弱っていた。

そのため、政府の意向によって、生還者たちのリハビリの促進と、社会人には職場復帰の機会と、学生たちには専用の学校が新設される事になった。

その生還者の中には、当然キリトこと桐ヶ谷 和人に、チナツこと織斑 一夏、カタナこと更識 楯無の姿もあった。

しかし、肝心なアスナこと、結城 明日奈の姿がなかった。

菊岡の伝手で、明日奈が入院している病院を知り、会いに行った……だが、待っていたのは、ある種の絶望だった。

未だに頭にナーヴギアを装着し、眠っている明日奈の姿が……そこにはあった。

それから定期的に、和人は明日奈の病院に訪れ、いつまでも眠り続けている彼女の様子を見守っていた。

その時だった……明日奈の父であり、総合医療電子機器メーカー『レクト』のCEOを務めている結城 彰三氏が連れてきた男と、和人は初対面した。

 

 

 

「わが社のフルダイブ技術部門に勤めている『須郷 伸之』くんだ」

 

「須郷 伸之です。初めまして」

 

「桐ヶ谷……和人です」

 

 

 

初めて会った印象は、どことなく好青年……と言った感じだ。

ビシッと決まったスーツに、エリートと言う言葉が似合う、茅場とは正反対な人物。

だが、その須郷と彰三氏の意味深なやりとりを聞いた和人は、再び絶望に打ちひしがれる。

その後、彰三氏は病室を出て、その場にいるのは横たわっている明日奈と、和人、須郷の三人。

 

 

 

 

「君は……あの世界で、明日奈と暮らしてたんだって?」

 

「え、ええ……」

 

「なら……僕と君は、やや複雑な関係という事になるな……」

 

 

 

そう言いながら、須郷は明日奈の髪を優しく持ち上げると、あろう事か思いっきり香りを嗅ぐようにして鼻から息を吸う。

その光景を見せつけられて、和人としては不快感がより一層強まった。

この男は、危険だ。

かつて《アインクラッド》で最強ソロプレイヤーとして名を馳せた和人の勘が、そう警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

「今の話はね……僕と明日奈が結婚するって話だよ……」

 

「っ!?」

 

 

 

改めて言われると、身体中から血の気が引いていくような感覚に襲われた。

そう言いながらも須郷は、明日奈の唇や髪の毛を弄ぶ。

そんな下劣な男に、大切な恋人がいいようにされてると思うと、我慢ならなかった。

 

 

 

「ーーーーやめろっ……!」

 

 

 

つい、唇を触っていた須郷の左手を強く掴む。

須郷はそれを力強くで振り払う。

 

 

 

「あんたは……明日奈の昏睡状態を利用する気なのか……?」

 

「利用? 当然の権利だよ」

 

 

 

何の根拠があってそんなデタラメを……。

そう思いたかった……。

 

 

 

「ねぇ、桐ヶ谷くん。SAO事件を起こした《アーガス》が、その後どうなったかは知ってるかい?」

 

「…………解散したと聞いた」

 

「うん……。SAO事件によって莫大な負債を抱えて、会社は倒産。その後、SAO世界の維持を委託されたのが、結城 彰三氏がCEOを勤めている総合医療電子機器メーカー『レクト』だ」

 

「っ!」

 

「そして僕は……そのフルダイブ技術部門に勤めている……なら、僕も僅かばかりの対価を要求したっていいじゃないか」

 

 

 

 

そんな事、許されるわけがない。

この男は、明日奈を利用して、自分が会社を乗っ取る気でいるのだ。

彰三氏の娘である明日奈と結ばれ、婿養子として結城家に入れば、あとは彰三氏から自分に会社の全権を渡してもらうのを待てばそれでいい。

とても容認出来ない事だった。だが同時に、今の自分には、何もできないという事実を突きつけられる。

もう自分は、《黒の剣士》ではない。

あの世界で最強だった自分は、もういないのだ。

 

 

 

 

「式は一週間後の1月26日にこの病室で行う。大安吉日でないのが残念だがね……友引だから君も呼んであげるよ」

 

 

 

残酷極まりない。

明日奈の事を、諦めなければならないのか……。そう思うと、胸が張り裂けそうで、とても辛かった。

家に帰り、妹である直葉の前で、号泣してしまった。

明日奈が遠くに行ってしまうと……自分の手の届かないところに……。

直葉に抱きしめられ、諦めないと誓った。その翌日、その写真は送られてきた。

送り主は、SAOの中で、第1層の攻略会議から交流を持っていた、エギルからだった。

その写真を見て、和人は仰天した。

 

 

 

「っ……ア、アスナ……っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「その写真が撮られたのが、当時須郷が技術顧問を勤めていた『レクトプログレス』が運営していたALOだと知ったんだね。

しかし、君も、須郷が怪しいとは、思わなかったのかい?」

 

「俺も、アスナの事で頭がいっぱいだったんです……」

 

 

 

 

 

そう、その時は、何も思わなかった。

だが、その写真が撮られたのが、ALOの中であったという事と、そのALOを運営しているのが、須郷のいる『レクトプログレス』だという事が判明した事によって、和人はある決意をした。

それは……もう一度、ナーヴギアを被るという事だ。

 

 

 

 

ーーーーもう一度、俺に力を貸してくれ!

 

 

 

二年間、故障もせずともにいた相棒。

下手をすれば、自分を殺してしまう『魔の道具』だっただろうが、こいつのおかげで、気づけた事、知り合えた事がたくさんあった。

全てが嫌になったわけでない。

だから、もう一度……もう一度賭けてみよう。

 

 

 

 

「リンク・スタート‼︎」

 

 

 

言い慣れたその言葉。

もう一度、この言葉を言う日が来るとは思ってもみなかった。

でも、どうしても必要なのだ。

だから、和人は……キリトは再び降り立った。

完全なる仮想現実空間へと……。

しかし、ここでトラブルが発生してしまった。

性別を決め、妖精のアバターを選んだまでは良かった。しかし、プレイヤーの種族によって、異なるホームタウンへ転送されるはずだったが、何かのラグが起きてしまい、キリトはどこ知れぬ闇へと落ちていってしまったのだ。

 

 

 

「どうなってるんだあぁぁぁーーーーっ??!!!!」

 

 

 

そして次の瞬間、キリトの顔面に強烈な衝撃が伝わってきた。

 

 

 

「あだっ!?」

 

 

 

地面の感覚……かと言って、コンクリートやアスファルトのような感触ではなかった。

顔面から真っ逆さまに落ちた割には、あまり痛みを感じない。

そのまま仰向けに倒れたキリトは、深く息を吸って、周りの景色を見渡した。

そこには、幻想的な光景が広がっていた。

 

 

 

「…………はぁー……また来ちゃったなぁ〜……。あんな事があったくせにさ……」

 

 

 

皮肉交じりに言うキリト。

1月20日……場所は《アルヴヘイム・オンライン》の中立域の森林フィールド。

その場に、伝説の勇者《黒の剣士》キリトが降り立った瞬間だった。

立ち上がり、ホームタウンに転送されなかった事を不審に思ったキリトは、ステータス画面を確認するために、右手を振ったが出てこず、今度は左手を振ってみた。

すると、SAOの時と同様に、ステータスがオープンされ、まず最初に確認しなくてはいけない事を行った。

 

 

 

「…………っ! あった……!」

 

 

ログアウトボタンだ。

かつてはこれが無かったが為に、ゲーム世界から抜け出せない……そんな事があったが、どうやら今回はそんな心配は要らないらしい……。

ログアウトができる事を確認したキリトは、次に自分のステータスを確認する事にした。

《アルヴヘイム・オンライン》……通称《ALO》には、レベルは存在しない。完全なるスキル熟練度制なので、経験値を上げて、各種ステータスやスキルを向上させないといけない。

そして、ALOに存在するプレイヤーたちは、九つの種族によって分かれ、それら種族によっても得意不得意がある。

キリトが選んだのは、影妖精族《スプリガン》。

ALOには魔法もあるので、どのような魔法が使えるのかも知っておきたかった……。

だが、キリトが目にしたステータスは、驚くべきものだった。

 

 

 

「なんだ、これ……バグってんのか?」

 

 

 

今さっき、ALOを始めたばかりのキリトのステータスは、当然初期設定になっている筈なのだが……。

目に見えて高レベルプレイヤー顔負けのステータスだった。

特に、片手剣スキルが、上限の1000に達している時点で、もはやおかしいと思う。

しかし、そのスキル熟練度には、見覚えがあった。

 

 

 

「っ! これは……SAOの時のステータスと同じ……!」

 

 

 

SAOはもうこの世に存在しない。なのにどうして、そのプレイヤーデータが、存在するのか。

それも、あの時の自分と全く同じスキル熟練度で……。

ならば、アイテムなどはどうなっているのか……気になり、アイテムストレージを開いて見たが……。

 

 

 

「うわぁ……これは……」

 

 

 

全てがバグっていた。

読み取れるアイテム表示が一つもない。

やはり、この世界では、SAOのアイテムは使えないようだ。

だが、一つだけ……気がかりになる物がある。

 

 

 

「っ! 待てよ……」

 

 

 

アイテムとして保管していた物に……とても大事な物があった。

 

 

 

「頼む……あってくれよ……!」

 

 

 

慎重にストレージを動かし、目当てのアイテムがないかを確認する。

すると、一つだけ……読み取れる字で記載されたアイテムが存在した。

そのアイテムの名は《MHCP001》。

そのアイテムをタップする。

すると、自動的に取り出されたアイテムが、キリトの手の上へと落ちてくる。

それはまるで水晶で出来た雫のような形をとっており、キリトはそのアイテムをクリックしてみた。

 

 

 

「なっ、うおっ?!」

 

 

 

突如、眩い光と神聖味を帯びたサウンドが溢れ出す。

その光は宙で止まり、多少の風を起こしながら、その光の中にいる何かを形成し始める。

 

 

 

「ぁっ……!」

 

 

 

キリトの口から、小さな声が漏れた。

小さな体に、真っ白のワンピースを着た、黒髪ロングの少女。

まるで眠っているかのような表情は、とても愛らしいと思える物だった。

そして何より、また出会えた事に、キリトは歓喜した。

 

 

 

「…………ぁ……」

 

「ユイ……! 俺だ、わかるか……?」

 

「っ!? また、会えましたね……パパ!」

 

「ユイ……ッ!」

 

「パパ!」

 

 

 

 

宙で生まれ出た少女は、キリトに抱きつくと、感涙の涙を流す。

かつて《アインクラッド》の第22層の森で出会い、家族となった少女。

自身を《メンタルヘルスカウンセリングプログラム》の試作1号だと言った、SAOで生まれた人工知能……AI。

キリトとアスナの可愛い愛娘のユイだった。

SAOで、管理者権限を行使した事によって、メインシステムである《カーディナル》に消される筈だったユイだが、キリトの機転のおかげで、本体をシステムから切り離し、オブジェクト化する事で、消去を免れた。

あとは、SAO以外に、ユイを元の姿に戻せる対応のコンソールやシステムを見つければ、万事解決だったのだ。

そしてそれは、今この瞬間に達成した……。

 

 

 

「奇跡は……起こるんだ……!」

 

 

 

まだアスナの行方を追う段階で、正直キリトの中には、未だに絶望の色が大きかったが、これは、小さな希望だった。

愛娘ユイと言う希望が、キリトの中に大きく広がっていった瞬間だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 






だいたいあと何話くらいになるのだろうか……。

今がフェアリー・ダンス編に入ったので、そうかからないとは思いますが、急ぎで海底ダンジョンまで行きますので!

感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)


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