ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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長かった……今回で、チナツの過去編は終わりですね。
長々と付き合わせてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

では、どうぞ!




第62話 Extra EditionⅩ

「その後は、カタナさんも知っているでしょう……軍を抜けて、俺は流浪人として旅を続けていた。

ユキノとの最後の約束を守るために、俺はずっと、戦い続ける事を目的に生きてきました……」

 

「そう……あなたはユキノさんのために生きているのね……」

 

「はい……」

 

 

 

だが、そのユキノはもういない。

死んでいるのだ……では、チナツは何のために生きている?

いくらそれが約束だったとしても、チナツの行動は、いささかその範疇を超えているのではないかと思った。

 

 

「チナツくんは、辛くなかったの……? その事は、周囲には秘密にしてたんでしょう? その様子だと……」

 

「ええ……。無用な混乱を避けるために、軍内部でも、ユキノが敵方の刺客だった事、ユキノが死んだ事は、一部の者にしか伝わっていません。

だから、俺は軍を抜けたんですよ……あのままいると、ユキノとの思い出に、俺自身が押しつぶされそうだったんで……」

 

「っ…………」

 

「でも、気持ちを隠すのには、“慣れて” いましたから……」

 

「っ! 違う!」

 

 

 

今まで俯いていたカタナが、突如として大声を上げる。

チナツはビクッと体を震わせ、カタナを凝視した。するとカタナは、チナツの襟首部分を両手で掴み、チナツを強制的に引き寄せた。

 

 

 

「そんなのは…… “慣れ” なんて言わないの。それはただ、心が擦り減っているだけよ……!

そうやって笑って……何もかも平気だって表情で偽って、あなたは幸せなのっ?!」

 

「っ…………幸せって何ですか?」

 

「え?」

 

 

 

明らかにチナツの様子がおかしかった。

その両眼からは光が消えて、虚ろな眼差しが、カタナに向けられる。

カタナは恐怖した……これが、先ほどまで話していた人物と同一だと思うと、心の底から恐れた。

 

 

 

「よくわかりません……幸せって何なんです?」

 

「それは……私にもわからない。でも、あなたの生き方は、ひどく歪よ。

ユキノさんのために生きている……それは確かにいい心がけなのかもしれない……でも! それでチナツくんが救われないじゃない! 幸せになってないじゃない!

自分が望んでないのに、戦って、傷ついて、それでも誰かを守ろうとして戦ったあなたが、一番幸せにならなくちゃいけないのに、どうしてよ!」

 

「カタナさんはどうしろと? ユキノの仇討ちでもしろと? ユキノの仇は俺自身です。

だから俺は、自分で自分を殺そうと思った……だけどできなかった……。彼女との約束があったから……」

 

「それでも、あなたが苦しんでいることに変わりはない! あなたのその約束は、いつ潰えるのよ? 自分が満足したらそれで終わり? それともユキノさんが許してくれるの?

そんなんじゃ、一生終わらないわよ……!」

 

「ええ……終わらせるつもりはありません。これが俺の選んだ道ですから……!」

 

「だから、自分の思いも殺し続けるの? 大切な人を亡くして、あなたには悲しみに暮れる感情も、復讐に身を焦がす感情すらも感じられないじゃない!」

 

「それでどうなるんです? ユキノが生き返るんですか? 大切な人だったから、亡くなって……この手で殺してしまって悲しいと、そう言えばいいんですか? 泣けば……全てが解決するんですか……?」

 

 

 

その言葉には、悲哀の感情の他に、怒気のような感情も含まれていた。

震える言葉の一つ一つが、とても重くて……カタナもつい、力を込めた。

 

 

 

「ここで我慢し続けても、あなたが壊れるだけなのよ……私は、そんなチナツくんを見たくない!」

 

「だからどうしろっていうですか‼︎ わからないんですよ! 幸せになれる? ユキノがいないこの世界で、一体何が幸せなんだよ!?」

 

 

 

チナツの心に秘めていた感情が、ついに爆発した。

 

 

 

「どうすればこの世界から解放されるんですか!? どうすれば、ユキノは生き返るんですかっ!?

カタナさんを殺せば、何もかもが上手くいくとでも言うんですかっ!!!!!」

 

「きゃあっ?!」

 

 

チナツはカタナの襟首を掴みかかり、力任せにカタナを迷宮区内のダンジョンの壁際まで打ち付ける。

もともと身長差がある上に、カタナはチナツに対して乱暴な事ができなかった。

このまま殺される……そう思った。

だが、目を力いっぱいに瞑っていたカタナの頬に、何か温かいものが落ちてきた。

 

 

 

「ん……っ!?」

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

「チ、チナツくん……?」

 

 

 

チナツの瞳からは、次から次へと涙が溢れていた。

溢れ出た涙は頬を伝い、カタナの頬に流れていたのだ。

 

 

 

「ぁ……くうっ!」

 

 

チナツもようやく、自身が涙を流していることに気がついたらしい……そう気づいた瞬間、チナツはその場に崩れ落ちた……。

カタナの襟首をつかんでいた両手も、自然と力が弱まり、やがてダランと両腕下げてしまった。

いや、腕だけではない……両膝にも力が入らなくなり、そのまま床に崩れ落ちる。

 

 

 

「泣いたって……どうにもならないじゃないですか……! 泣いたって、強くなれない……何も守れないじゃないですか……っ!」

 

 

 

大粒の涙がどんどんこぼれ落ちてくる。

ずっと耐えてきた……抱えてきた……罪の十字架と重責。

そして抱きつつも、言い出せずに溜め込んできた思い……その全てを吐き出した。

カタナはそんなチナツを見つめると、ゆっくりとしゃがみこんで、そっと手を伸ばす。

優しくチナツの背中に手を回して、抱き寄せる。

 

 

 

「泣いていい……泣いていいから……全部、私が受け止めてあげるから……!」

 

「っ……う、ううっ……! くっ、ぁあっああああーーーー!!!!」

 

 

 

 

思いの丈が全て弾けた……。

溜め込んでいた物が、決壊したダムのように流れ出す。

そしてそれを、一身に受け止めるカタナ。

そんなカタナの目にも、涙が流れていた。

 

 

 

(…………痛い……悲しい……! これが、チナツくんの抱えてきたもの……でも、こんなものじゃない……チナツくんは、もっと痛かったんだ……! もっと辛かったはずなんだ。だから、今度は私もこの痛みを分かち合う……!)

 

 

 

ここで折れるわけにはいかない。

チナツを支える。大切な人が……大好きな人が、今ここで倒れそうになっているなら、それを支えて、再び立ち上がらせる。

ともに歩んでいきたいから……並び立ちたいから……!

 

 

 

「大丈夫……チナツくん……私がいる。私が、付いているから……!」

 

 

ーーーーそして、私があなたのことを、絶対に護る……ッ!

 

 

 

強い眼差しに戻ったカタナ。

その目には、何人たりとも近づけさせないほどの、武人としての覇気を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………その、すみませんでした。いきなり乱暴なことして……」

 

「ううん……気にしてない。それに、チナツくんの泣き顔なんて、もうレア中のレアだったしね♪」

 

「うぐっ……それは忘れてください……!」

 

「無理よぉ〜。お姉さんの胸を借りて、号泣してたんだもん♪ 一生忘れないわ♪」

 

「ううっ…………」

 

 

 

 

 

顔を真っ赤にして明後日の方向を向くチナツ。

それを見ながら、くすくすと微笑むカタナ。

カタナは恥ずかしがっているチナツの左腕を掴むと、踵を返し、迷宮区の出口へと歩き始めた。

 

 

 

「えっ、ちょっと、任務はどうするんですか?」

 

「今日はもう結構進んだから、大丈夫でしょう! さ、帰ってご飯にしましょう♪」

 

「…………了解です」

 

「ふふっ」

 

 

二人で腕を組んで歩み始めた。

正直、ユキノの事はまだ割り切れていない。

でも、今をちゃんと生きなくては……誰かを守るなんて出来ないし、ましてや自分の身すらも守れない……。

 

 

 

「帰ったら、何が食べたいですか?」

 

「そうねぇ……お肉♪」

 

「お肉ですね? じゃあ、市場に行きましょうか……食用肉がなるべく豊富に取り揃えている場所に」

 

「出来れば肉じゃががいい!」

 

「これまた難題ですね……」

 

「大丈夫でしょ、チナツくんなら!」

 

「俺は神様じゃないんですよ?」

 

 

 

少しだけ、チナツの元気が戻ったかもしれない。

このまま、彼が昔のように戻ってくれたら……出会ったばかりの頃のように、無邪気な子供の様な笑顔を見せて欲しい。

そう願うカタナだった。

そして、二人の関係性は、より一層親密度が増した様に思えた。いや、実際に増しているのだ。

どこへ行っても一緒だし、周りが動揺するほど仲がいい。

そんな二人を見ていたアスナも、思わず聞いてしまうほどに……。

 

 

 

「カタナちゃん、チナツくんと何かあった?」

 

「ん? いきなりどうしたの?」

 

「あ、いや。別に変な意味じゃなくてね?」

 

 

 

いつもの様に、二人で攻略のための作戦を練っている時。

思い切って聞いてみた。

 

 

 

「なんだか二人とも、より親密度が上がった……みたいに見えるからさ」

 

「そう? まぁ〜そうねぇ……」

 

 

 

アスナが出してくれた紅茶を飲みながら、カタナはフゥ〜と吐息を漏らす。

 

 

「ねぇ、アスナちゃん……」

 

「な、なに?」

 

「…………恋なんて、つまらないわね」

 

「…………え、ええぇぇっ!?」

 

「恋は恋でいいけれど、もっといいものがあるんだもん……私は、恋よりもこっちの方が、好き……♪」

 

 

 

カタナの発言、及び行動に驚愕するアスナ。

少し前まであたふたして、自分に縋り付いてきていた彼女が、今では落ち着いた大人の女性の様な姿に生まれ変わっているではないか……。

本当に、この少しの間に、一体なにがあったのか……?

 

 

 

(だ、第一、カタナちゃんのこの雰囲気……もう恋とかそういうのじゃなくて……もっと、深い……)

 

 

 

ーーーー “愛” そのものだ。

 

 

 

 

「そ、そうなんだ! よ、よかった……ね?」

 

「どうしたの、アスナちゃん? なんだか様子が変よ?」

 

(カタナちゃんには言われたくはないなー……)

 

 

 

 

そんなこんなで、カタナとチナツとの間にできた妙な雰囲気に、周りが慣れ始めた頃。

攻略の方は進んでいき、とうとう第70層という大台に乗って来た。

事前の調査では、ボスの名は『カリギュラ・ザ・カオスドラゴン』との事だった。

見た目は蒼い鱗に覆われたドラゴン。だが、そのボスなは、ドラゴンの特徴とも言えるべき翼が存在しない……地を這う《地竜》の一種の様だ。

そして、ボス部屋に入り、事前に確認した限りでは、驚異的な武器は、両腕に仕込まれた大型の刃。

普段はスライド式で収納しているみたいだが、展開すると二メートル以上の長さまで伸びるとの報告だった。

そんな中行われたボス攻略。

序盤は防御主体で、前衛に壁役として盾や鎧で固めた重戦士プレイヤーたちによって、スイッチを駆使してHPゲージを削っていく。

ここで、カタナは発現していた《二槍流》を躊躇なく使用した。

すでに攻略組のプレイヤーたちの間だけでなく、一般のプレイヤーたちの間にも広まっていた《二槍流》。

普段は使わない様にしていたが、今回ばかりは使うことになんの躊躇いもなかった。

これで、アインクラッドに存在するユニークスキル保持者は2名。

《神聖剣》ヒースクリフと、《二槍流》カタナ。

この桁外れのスキルを持った二人がいるのなら、今回の攻略も成功する……と、思われたが……。

 

 

 

 

 

「きゃあああッ!!!!?」

 

「カタナちゃん!」

 

 

 

 

状況は一変した。

序盤は攻略の優勢で事が運んでいたが、最後のHPゲージに突入した際、ボスモンスターに変化が起きたのだ。

それは、今まで飾りだと思っていた、背中についていたまるで骨の様な物から、光る翼が現れたこと。

その翼を用いた、飛翔攻撃。口から放つ蒼炎のブレスの他に、炎を束ねて、ランスの形を形成し、それを勢いよく突き刺すという化け物じみた動きに加え、炎の竜巻を発生させる広範囲攻撃。

これによって、前衛壁組のHPはレッドゾーンにまで削られ、陣形が崩れる始末。

前衛でスイッチを行っていたキリトやエギル、クライン達に加え、《二槍流》で応戦していたカタナも、これに巻き込まれた。前の三人は、せいぜいHP半減といったところで収まったが、一番酷かったのはカタナだ。

おそらく、あと一撃くらっただけで、彼女のアバターはこの世界から消える事になる……。

そこまで追い詰められていたのだ。

そして、まるで息の根を止めに来たかの様に、カリギュラがその巨大な椀刃を振りかぶった。

 

 

 

 

ーーーーごめん簪ちゃん……お姉ちゃん、もうダメみたい……」

 

 

 

 

帰って、簪と色々話したかった……謝りたかった……抱きしめたかった……。

目の前で最後の一撃が振り下ろされるのを見守るカタナ。

突如、いろんな事が走馬灯として蘇ってきた。

この世界から脱出して、可愛い妹と、もう一度会いたい……そんな願いが、今この瞬間から絶たれる……そう思うと、自然と涙がこぼれた。

体に力が入らず、その場に膝立ちした状態。両手に握る槍に、もう闘志が湧いていない。

何もかも、もう終わりだ。

そう思い、カタナは来るべき瞬間に備えるため、両眼を閉じた。

 

 

 

(暖かい……これが、死後の世界なのかな……?)

 

 

 

体を包む様にして感じる、暖かな温もり。

これが死んだものが感じる死後の安らぎなのか……と思ったのだが……。

 

 

 

 

「こんな所で死ぬような人じゃないでしょう、貴女は!!!!」

 

「っ!」

 

 

 

 

鋭くカタナの耳に届いた声。

その声に反応し、両眼を開いた。そこには武器を片手に、カタナを抱きかかえながら、カリギュラの猛攻を受け流し続けるちなの姿があった。

たけ狂っているカリギュラの攻撃を、必要最低限の動きと剣捌きだけで凌いでいる。

カタナには目の前で起こっていることが理解できなかった。

自分は死ぬはずだった。それに、攻撃陣形で自分から最も離れた位置にいたチナツが、何故ここにいるのか……。

そう考えている間に、今まで地面に膝をつき、伏せっていた前衛壁組が復活。

チナツとカタナを引き剥がすために、再び陣形が形成された。

 

 

 

 

「ヒール!」

 

 

 

後方に下がり、チナツは自身のポーチから《回復結晶》を取り出し、カタナのHPを全回復させた。

 

 

 

「あ、あの……チナツくん……」

 

「よかった……! 間に合った……今度こそ、間に合ってよかった……っ‼︎」

 

「っ…………!」

 

 

 

 

カタナを抱きしめるチナツの腕の力が、少し強まった。

おそらく、カタナがとどめを刺されそうになったあの瞬間、チナツの眼には、“あの時” の光景が浮かび上がったのだろう……。

この世で最も愛した人の最後の瞬間……あの時と同じ後ろ姿を……。

 

 

 

 

「ごめんなさい……ありがとね。助かったわ……」

 

「いえ……。でも、本当によかった」

 

 

 

安堵の表情でこちらを見てくるチナツに、カタナは視線を外すことができなかった。

少し涙目ながらに自分を見るチナツの表情が、あまりにも印象的だったから……。

しかし、チナツはすぐに涙を拭い去ると、ウインドウを出して、スキル関連の項目を開く。

そして何かのスキルへと切り替えて、その場に立ち上がった。

 

 

 

 

「チナツくん?」

 

「大丈夫……ちゃんと戻ってきます」

 

 

 

 

それだけ言い残し、チナツは前線へと戻っていく。

心配になり、カタナが手を伸ばし止めようとした瞬間、チナツは、まるで目にも留まらぬ速さで走り駆け抜けた。

 

 

 

 

「さて、食い散らかしてやりますかーーーーッ!!!!」

 

 

 

鞘に納めた《雪華楼》。

それを腰に差し、単騎でカリギュラの元へと向かうチナツの姿を捉えたキリトたちが、驚きつつも止めようと叫ぶ。

だが、チナツは止まらない。

やがてカリギュラもチナツの姿を捉えたのか、鋭い爪を持つ左手を振りかぶって叩き潰そうとするが、チナツはこれを跳躍することで躱し、カリギュラの腕を駆け抜ける。

 

 

 

「セヤアアアアアッーーーーー!!!!」

 

 

鞘から抜き放たれる《雪華楼》の刀身。

だが、そこに奇怪な物が写っていた。

純白の刀身に、翡翠色のライトエフェクトが灯されて、振り抜くのと同時に激しい閃光となって弾いた。

 

 

 

「い、居合い抜きだとぉ〜!?」

 

「バカな……! チナツのは片手剣スキルだろ?! 刀スキルを発動させるなんて事、あるわけーーーー」

 

 

 

同じ刀使いであるクラインはチナツと違って、曲刀スキルから刀スキルへと変更して、その熟練度を上げてきた。

だが、チナツが使っているのは片手剣スキル。

片手剣スキルに居合い抜きの技は無い。

だが、キリトがある事に気づく。

そう、“片手剣スキルではない、未知のスキル” があったとしたら……。

 

 

 

 

「まさか……《ユニークスキル》‼︎」

 

 

 

既存のシステムでは不可能な物。

ならば既存のものではなく、ある種の特別なシステムが働いているとキリトは確信した。

それがソードスキルというものならば、その例に該当している者たちが既に二人……。

ユニークスキル保持者であるヒースクリフとカタナ。

そして、その結論に至ったキリト自身も……。

 

 

 

 

「《雲耀 閃刃》ッ!!!!」

 

 

 

黄色に輝く刀身が、三度閃く。

一瞬三撃の抜刀術《抜刀術スキル 閃ノ型 雲耀 閃刃》。

振り払った《雪華楼》の刀身が、カリギュラの肉体を神速の速さで斬り裂いていく。

そして、目にも留まらぬ速さで動くチナツの体捌きに、その場にいる誰もが唖然としてみていた。

たった一人、ボスモンスターを相手に、自身の加速のみで対処している。

究極のインファイト。

相手の動きよりも速く、チナツの刀が敵を斬り裂く。

 

 

 

「っ、まだまだっ!」

 

 

 

HPゲージはまだまだ残っている……チナツ一人では削りきる事は出来ない……だが、それでもチナツならば……。

 

 

 

「おおおおおっ!!!!!」

 

 

 

カリギュラの頭上から、紅いライトエフェクトを煌めかせながら落ちてくるチナツ。

そのまま振り下ろした上段唐竹割り。

 

 

 

「《龍槌閃》ッ‼︎」

 

 

脳天を叩き斬るようにして放たれた、目にしたことのない技。

それに、名前自体聞いたことがない。

そんなことに驚いていると、カリギュラの反撃が襲ってくる。

未だ滞空しているチナツに向けて右腕のブレードを展開させ、その巨大な刃で、チナツを叩き潰そうということだったのだろう。

そしてチナツも、スキルが終了し、体の硬直が襲うはず。

回避不可能、絶対必中の一撃が、チナツに迫ってくる。だが、不思議な出来事もあるものだ……。

チナツの体は、いとも簡単に動き、迫り来る刃を刀と体の回転を利用して受け流し、回転の勢いをそのまま殺さずに、すかさず次のソードスキルを叩き込む。

 

 

「《龍巻閃・旋》ッ!」

 

「なっ!?」

 

「スキル発動後の硬直がねぇぞ?! どうなってやがんだ!?」

 

「わからない……! でも、そういう事なのか……」

 

 

 

この場で、キリトだけがチナツのスキルを理解している。

だからこそ、今この瞬間がチャンスなのだ。

 

 

 

「タンクとアタッカーでチナツを援護‼︎ クライン! エギル!」

 

「おっしゃあ!」

 

「任せろ!」

 

 

 

 

キリトに続き、クライン率いる《風林火山》と、エギルたち壁役がカリギュラに突っ込んでいく。

カリギュラを単騎で攻め込み、充分にタゲを取ってくれているチナツに加勢する。

キリトとクラインたち《風林火山》がアタッカーとしてチナツとともに攻撃に加わり、エギルたちがタンクとしてカリギュラの攻撃を受け止め、スイッチを繰り返しながらカリギュラにダメージを負わせていく。

 

 

 

「あともう少しだ! チナツ、まだいけるか!」

 

「もちろん! まだまだ上がりますよ!!!!」

 

 

 

 

あと少し……あと少し削れば、この階層は攻略できる。

そして、チャンス到来。

タンクたちに気を取られたカリギュラに対し、チナツは一気に懐に入り込んだ。

 

 

 

「ここだ!!!!」

 

 

 

間合いに侵入し、カリギュラの攻撃は手遅れかつ届かない。

ガラ空きになった懐。

決めるなら今。

正眼に構えた《雪華楼》にライトエフェクトが灯る。

その瞬間、チナツの姿か掻き消えた。

 

 

 

「《九頭龍閃》ッ!!!!!」

 

 

 

瞬間、カリギュラに叩き込まれた強烈な衝撃。

それによって、カリギュラの体は大きく吹き飛ばされてしまった。

一体何が起こったのか、その場にいる全員がわからなかった。

ただ一つわかるとすれば、チナツがカリギュラを吹き飛ばしたという事だけである。体格も、筋力値も、エギルやキリトに比べて足りないチナツが、たった一人で自分よりも大きいボスモンスターを吹き飛ばしたのだ。

今の技がなんだったのかはわからないが、とんでもない技だという事は確かだろう。

 

 

 

「あと半分……いや、半分もない! このまま蹴散らすぜ!」

 

 

 

クラインが叫ぶ。

その叫びは、攻略メンバー全員の士気を上げた。

最後の最後でこの昂り……負ける気がしなかった。

だが……

 

 

 

 

「■■■■■■ッーーーー!!!!」

 

「「「「ッ!!!!!???」」」」

 

 

 

 

声にならない声。

この世の物とは思えない叫び。

人間の語感では、表現しようのない絶叫が、その部屋に木霊した。

その瞬間、吹き飛ばされ、土煙を上げていた場所から、大量の火炎球と炎の槍が飛んできた。

突っ込んでいたメンバーは、即座に防御姿勢をとるも、気休め程度のものにしかならず、ほとんどのメンバーが吹き飛ばされた。

HPもごっそりと持っていかれ、メンバーほとんどが危険値を示すレッドゾーンに入っていた。

 

 

 

「クソ、ここへきて……!」

 

 

 

誰がそう言った。

運良く躱せたチナツとキリト、あとは後方で回復に徹していたアスナたちだけだ。

カタナは回復はしたが、攻撃を食らった時に『麻痺』の付帯効果をもらっており、まだ動く事は出来ない。

あとは血盟騎士団で残っている。

 

 

 

 

「…………もう、あれしかないか……」

 

「チナツくん?」

 

 

 

《雪華楼》を鞘に納めたチナツ。

傍に座り込んでいるカタナが、咄嗟にチナツの方へと向いた。

そして、何かを覚悟したかのような顔をしたチナツを見て、咄嗟にコートの裾をつかんだ。

 

 

 

「チナツくん……一体、何を……?」

 

「あれだけ暴れまわってる敵に、無闇に近づくのは得策じゃないです……。向こうから攻撃を仕掛けた瞬間に、こちらも打って出る……」

 

「カウンター、ってこと……?」

 

「はい」

 

「チナツくんには、その技があるって事なのよね?」

 

「はい……でも……」

 

「でも……何?」

 

 

 

 

嫌な予感がしてならなかった。

 

 

 

 

「この技は、まだ一度も使ってない……いや、“使えない” んです」

 

「……はぁ?」

 

「だから、『習得』はしてるんです。でも、何故か発動しなかった……俺に何かが足らないと思ってはいたんですが、まだ、それがなんなのかもわからない状態でして……」

 

「なっ、そんな状態で、その技を使おうっていうの?! ダメよ! そんな事認めない!」

 

「カタナさん……」

 

「絶対にダメ‼︎ 確証とされてない物を使うなんて、ダーウィン賞と良いところよ!」

 

「ダーウィン賞って……」

 

 

 

まだ麻痺で動けないであろう体を、必死に動かして、コートの裾を両手で掴む。

 

 

 

「お願い……っ! ダメなの……チナツくんが犠牲になるなんて……そんなのダメに決まってるでしょう……っ!」

 

「…………犠牲になるつもりはありません。でも、今回ばかりは、俺も不安です……失敗すれば、俺は確実に死ぬでしょうし……」

 

「だったらーーーー」

 

「でもね……ここで逃げ出すのは……嫌なんです」

 

 

 

体を翻して、カタナと同じ高さに目線を合わせる。

 

 

 

 

「どうして……」

 

「俺は……本当に、取り返しがつかないほどの罪を重ねてきた。相手が犯罪者であっても、殺す必要まではなかったかもしれない……。

流浪人として旅をしていた時、ふと考えた事があったんです…… “俺は、なんのために戦っているのか” ってね。でも、今は、その理由がわかった……俺は、カタナさんを、みんなを守りたいんです。

好きな人を、好きな場所を……俺は守りたいんだって……。

そんな簡単な事に、今更気づいたんです……」

 

「チナツくん」

 

「だから、守らせてください……っ! あなたは、俺の希望なんです……」

 

「っ!? 待って、チナーーーー」

 

 

 

ちゅ……

 

 

 

「むんっ?!」

 

 

 

 

突然、口を塞がれた。

それが、チナツの口で塞がれたものだとわかるまで、思っていたよりもかかってしまった。

呆然とするカタナを見ながら、チナツは微笑み、立ち上がって前線へと戻っていった。

咄嗟にカタナも手を伸ばしたが、まだ麻痺が続いているために、体が思うように動かない。

そのままうつ伏せに倒れて、必死に右手を伸ばす。

 

 

 

ーーーーチナツくんッ!!!!

 

 

 

 

声が出なかった。

今にも遠くへ……手の届かない場所に行ってしまうかもしれないのに……。

両目から涙がこぼれ落ちる。

 

 

 

 

 

「すぅー……はぁー……」

 

 

後ろを振り向けなかった。

振り向けば、絶対に戻りたくなるから……。だがもう、覚悟は決めた。

たとえここで死んでも、必ずカタナは……ここにいるみんなは、絶対に守ってみせる。

今この瞬間、チナツの魂が決めた。

左手で鞘の鯉口を切り、ゆっくりとボスに近づいていく。

近づくたびに、ボスからの威嚇を受けるが、そんなの……効果は全くない。

だが、何故だろう……両手が震えている……。

これは……。

 

 

 

 

(武者震い……じゃあないな、どうも。体が先に気づいたみたいだな……今回ばかりは、やばすぎるって……)

 

 

 

だが、それがどうした。

死線なんて、今までいくらでも掻い潜ってきた……乗り越えてきた……今更恐れる必要もない。

 

 

 

(だと言うのに、何故今更恐る……! 恐れるな‼︎ ただ目の前の敵を斬る……っ! 今度こそ、守ってみせる!!!!)

 

 

 

より一層、鞘を握る力が強まった。

そして、それを見透かしていたかのように、カリギュラも動いた。

背中から生やした光の翼が開き、空に飛んだかと思えば、右腕のブレードを展開。

おそらく、一気に加速してチナツを仕留めようと言う魂胆らしい。

ならば、受けて立つのみだ。

 

 

 

 

「■■■■■■ッ!!!!!!!!」

 

「おおおおおおおおッーーーー!!!!」

 

 

 

真正面からのガチンコ対決。

ここでチナツ自身の技が発動しなければ、まず間違いなく即死だ。

だが、技を発動させるキーを、チナツは知らない。

通常のスキルと違い、何かが必要になってくる設定なのだろう。

だが、それがわからない。

それでも、やるしかない……!

 

 

 

 

(ユキノ……カタナさん……)

 

 

 

一緒にいて幸せだったと言ってくれた彼女……。

自分のことが好きだと言ってくれた彼女……。

どちらも大切な人に違いない。自分の罪を受け入れ、戦い、そして死んでいく。

それが自分に課した罰であり、使命だ。

でも、せめて今度は守ってから死にたい。

ユキノを……大切な人をこの手で殺め、自分は生きながらえた。だから、今度はカタナを……大切な人をこの手で守り、自分は死ぬ。

納得がいくシナリオだ……。

 

 

 

 

 

 

ーーーー何を馬鹿な事を考えているのかしら?

 

 

ーーーーッ!?

 

 

 

 

これは……幻聴なのだろうか?

とても懐かしく、心に染み入るような声だ。

 

 

 

 

ーーーー約束したでしょう……私の分まで生き抜いてって。

 

 

ーーーーそうだったな……。でも、その約束も、ここで終わりだ。

 

 

ーーーー勝手に終わった話にしないでくれる? 約束を破って良いなんて一言も言ってないわ。

 

 

ーーーー確かにな。でも、俺は俺の生きる意味を見つけた……大切な人ができて、大切な場所ができた。それを守るためなら、俺の命をかけても構わない。

 

 

ーーーーほんと、相変わらずのアホさ加減ね、チナツ。

 

 

ーーーーお前も、相変わらずの毒舌っぷりだな、ユキノ。

 

 

 

 

懐かしい声。

聞き間違えるはずもない。これは、ユキノの声だった。

それに、見える。

まるで走馬灯だが、確かに彼女だ。

 

 

 

ーーーー私とした約束を破るつもり?

 

 

ーーーー俺は…………君の大切な人を奪って、不幸にして、なおかつこの手で殺した……っ!

俺はもう、自分でも償いきれないほどの重荷を背負っているんだ……。だから…………。

 

 

ーーーーここで死ぬと? 相も変わらず生真面目すぎる甘ちゃんね。言ったでしょう……私は、あなたといれて幸せだったと。

あなたとの時間は、今まで経験したことのないくらい、楽しい日々だったって……。

 

 

ーーーーでも、俺は!

 

 

ーーーーあなたには、もう守るべきものがあるんでしょう?

 

 

ーーーーっ!?

 

 

ーーーーなら、それをちゃんと守ってみせなさい……。あなたは、その人にとっての希望になるの。

あなたにはもう、帰るべき場所がたくさんある……待っている人が、たくさんいるんだもの……!

 

 

 

 

 

 

そうだ……大切な人たちなら、ここにいる。

カタナさん……キリトさん……アスナさん……クラインさん……エギルさん……血盟騎士団の仲間たち……。

そして、帰るべき場所にも、待っている人たちが居るんだ。

箒……鈴……弾……蘭……数馬……束姉……千冬姉……。

こんなにもたくさんいる。

その者たちの顔が、姿が、今にもはっきりと見えた。

帰りを待っている。

帰りを願っている。

そんな人たちの思いが、一瞬だけ、チナツの心に届いた。

 

 

 

ーーーーチナツくんッ!!!!

 

 

 

 

 

「カタナ……さん……!」

 

 

 

大切な人が、呼んでいる。

 

 

 

 

ーーーーそうか……。俺は、まだ…………!

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■ッーーーー!!!!」

 

 

 

 

迫り来る刃。

背後に忍び寄る絶対の死。

だが、そんな瞬間に、チナツの心が叫んだ。

 

 

 

 

「うわあああああああああッーーーー!!!!」

 

 

 

瞬間……鞘から放たれた、白銀の閃光。

凄まじい……いや、神の如き速さを超える『超神速』の速さで抜かれた一刀は、カリギュラの腕刃を斬り裂き、勢いそのままに突っ込んできたカリギュラの胴体を真っ二つにした。

 

 

 

「■■■■■ッーーーー!!!!???」

 

 

 

今度の絶叫は、何が起こったのかわからない……そういった声だった。

宙に舞う巨大な体。

下半身と上半身とで別れたカリギュラは、眩い光を放ち、ポリゴン粒子となって虚空へと消えていった。

後に残った静寂が、その場を支配する。

だが、その静寂はすぐに破られることになる。

フロアボスを倒したことを称賛する、システムのファンファーレが、その場に響いたからだ。

湧き上がる歓声。

チナツの剣技に驚嘆する声。

宙に映し出された『Congratulations!』の文字を、チナツはじっと見ていた。

 

 

 

 

「そうだ……俺は、まだ…………」

 

 

 

 

揺れる体。

全てを出し切ったかのようで、体から力が抜ける。

そんな時に、ようやくたどり見出した。

ユキノとの約束。そして、自分の新たな使命を……。

 

 

 

「…………死ねないんだ」

 

 

 

その場に仰向けで倒れる。

意識はある。だが、体が動かない。

どことなく明るみが増したボス部屋の中で、攻略組のプレイヤーたちは大いに盛り上がっている。

その声を耳にしながら、チナツは視線を移動させた。

歓声の中に、こちらに向けて駆け寄ってくる足音が聞こえる……。

これは、間違いなく……

 

 

 

「チナツくん! チナツくんッ‼︎」

 

 

 

紅い和装に白い羽織。

その両手に槍は存在してない。

おそらく、二本とも放り出してきたのだろう。

麻痺状態から回復したカタナが、全速力でこちらに向かって走ってきた。

 

 

 

「チナツくん! しっかりして、大丈夫!? 私がわかる!?」

 

「大丈夫です。そして、わかりますよ……カタナさん」

 

「チナツくん……」

 

 

両目から涙がこぼれ落ちていく。

賭けに出る必要があったとは言え、こんなにも彼女を心配させてしまった。

頬を伝い、雫がチナツの頬に落ちる。

そんな顔をされては、とても辛い……。そう思いながら、チナツは右手をゆっくり伸ばした。

何故だろう……先ほどまで体の全て、指一本すら動かなかったのに、今は簡単に動いた。

だが、そんなことどうでもよかった。

そっと伸ばす右手は、カタナの頬を触れ、親指で涙を拭った。

その手を、カタナは愛おしいと言わんばかりに、両手包み、さらに涙を流す。

 

 

 

 

「もう……心配、したんだからね……っ!」

 

「はい……ごめんなさい。でも、どうにも……死に損ないました……」

 

「当たり前よ……! あなたが死ぬなんて、絶対に許さないから」

 

「そうですね……。俺も、まだ死ぬわけにはいかない理由ができました……」

 

 

 

再び腕をだらんと地面に下ろす。

 

 

 

「すみません、ちょっと……眠ってていいですか?」

 

「…………ええ、お疲れ様。今は休んでて……」

 

「はい……」

 

 

 

 

そこから、チナツの意識は途絶えた。

どれくらい眠っていたのかはわからない。

だが、今まで一番、ぐっすりと眠れたような気がした……。

次に目を覚ました時。

全く知らない天井が、チナツの視界に入ってきた。

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

体を起こして、周りを見てみる。

やけに家具が多いなぁと思いつつ、やはり自分の知らない部屋だと思った。

自分が借りている部屋は、必要最低限のものしか置いてないし、何しろ、部屋は一つしかないが、ここは寝室だけでも結構な広さがある。

 

 

 

「俺は……どれくらい気を失って……」

 

「スゥー……スゥー……」

 

「ん?」

 

 

 

自分が寝ているベッドに、違う寝息が聞こえる。

その寝息が聞こえる方へ視線を向けると、安らかな寝顔を見せて寝ているカタナの姿があった。

そしてよく見ると、彼女の右手は、しっかりとチナツの右手を握っていた。

彼女の手の温もりを感じながら寝ていたようで、どうりでよく寝れたと思ったわけだ。

 

 

 

「カタナさん…………」

 

 

可愛らしい寝息をたてながら、愛しの人が寝ている。

あの時、チナツの中にある感情が、一気に溢れ出した。

カタナの事を思う心……それは以前、ユキノに対して抱いていた感情と同じものだ。

ユキノの事を忘れる事は、さすがに無理だ。

でも、そのユキノが言ったのだ……彼女の希望になれ、と。

迷いがあったのは否めない。

ユキノに対して義理立てしている自覚はあった。

でも、もし許されるのなら……もう一度、人を好きなってもいいだろうか……。

そして、それは許された。

今を大切に生きる。その意味が、ようやく理解できた。

今度こそ、失わないために……自分の戦いを……意志を……信念を貫く。

弱き己を律し、強き理想の自分へと近づくために……もう一度、剣を取って、歩み始めよう……。

 

 

 

 

「ありがとう……カタナさん……」

 

「むにゅ……」

 

「ん?」

 

「チ……ナチュゥ…くん……」

 

「はい……」

「しゅき……」

 

「…………俺もです」

 

 

 

 

本人には聞こえていない。

そう信じるしかないと思った。面と向かって言うのは、もう少し先にしておこう。

チナツはベッドから出て、カタナを抱きかかえると、そのままベッドに寝かせて、自分は厨房へと入っていった。

どれくらい眠っていたのかはわからないが、腹が減っているので、とりあえず何か食べたい。

 

 

 

「何食べようかな……あっ、調理器具がないじゃん」

 

 

 

自分の部屋には常備しているが、ここはどことも知らぬ部屋だ。

まぁ、カタナがある時点である程度の目星……というより、確証はしているが、チナツの部屋に比べると、やはり器具は少ない。

 

 

「包丁……まな板……鍋は……あるな」

 

 

 

ならば、簡単にスープでも作ればいいだろう。

自分のアイテムストレージから、食材アイテムを取り出し、《料理スキル》を駆使して、どんどん食材を切っていく。

現実世界のように、一工夫を入れて作れば、もっと繊細で良い味が出せるのだが、仮想世界では味覚パラメータが機能しているため、日本人特有の繊細な味付けは難しい。

しかし、チナツにかかれば、調味料を駆使して、ちょい足しで劇的に料理の味付けを変えてしまう。

そうして出来たのが、『コンソメ風味の野菜スープ』だ。

味見をしながら器に入れようとした時、寝室でカタナが起き上がる音が聞こえた。

ドタドタと走り寄ってくる音を耳にしながら、チナツは入り口の方へと視線を送った。

 

 

 

「チナツくん!」

 

 

慌てて厨房内へと入ってくるカタナ。

その服装は、とてもラフな格好だった。

キャミソールに半袖パーカー、短パンといった、これぞ部屋着……という感じだ。

カタナはチナツを視界に捉えると、思いっきり抱きついてきた。

 

 

 

「もう! なんで急にいなくなるのよ! すっごく心配したんだから!」

 

「……ごめんなさい。ちょっとお腹が空いたので、厨房お借りしてました」

 

「そう……。で、体は? どこか異常はない?」

 

「はい。この通り、ピンピンしてますよ」

 

 

 

チナツの微笑む顔に安心しきったカタナは、再びチナツの胸板に顔を埋める。

それに応じて、チナツも両手でギュッと、カタナを抱きしめた。

 

 

 

「俺……どのくらい眠ってたんですか?」

 

「丸一日……」

 

「うわぁ……一日経ってたんだ……」

 

 

だがまぁ、今までで一番心地よく眠れたかもしれない。

 

 

 

「カタナさん、お腹空いてませんか? よければ、一緒に食べません?」

 

「うん、食べる」

 

 

 

 

その後、二人は同じスープを食しながら、あの後のことを話し合った。

チナツが使った最後のスキル。

あれが、カタナと同じ《ユニークスキル》である事と、最後に見せたあの技……ボスのHPを半分くらいはあったのに、それを一撃で吹っ飛ばすほどの威力を持ったスキルの正体。

《抜刀術スキル》最上位ソードスキル《天翔龍閃》。

それを撃った後、チナツはエギルに抱えられて、今現在二人がいるこの部屋……カタナの自宅の寝室へ運ばれたとの事だ。

その後は、カタナが付きっきりで観ててくれたようで、血盟騎士団での事務は、アスナに任せてきたそうだ。

その後、血盟騎士団の正式な発表で、三人目の《ユニークスキル》保持者が現れたとの報告を行ったらしい。

情報屋や剣士たちは、チナツのスキルを一目見ようと殺到したらしいが、騎士団の方でこれに対処してくれたようだ。

 

 

 

 

「ほら、これ号外」

 

「ん? 『邪龍を斬り捨てた一刀は、新たなユニークスキル‼︎』……はぁ……別にそんな大層なものじゃないってのに……」

 

「そうはいかないわよ。私の時でも反響がすごかったのに、あなたの場合はそのスキルでボスを倒しちゃったんだもん……。

そのインパクトは、かなりでかいと思うわよ?」

 

「はぁ……外に出るのが憂鬱になるなぁ……」

 

「ふふっ……そうね。誰もが街を歩いて発見すれば、必ず声をかけてくるでしょうね……『白の抜刀斎』さん?」

 

「はぁ? なんです、その名前」

 

「ほら、号外のここの所」

 

「ん?」

 

 

 

カタナの指差した所に視線を持っていくと、そこには、『チナツ』と書かれた隣に、ユニークスキル《抜刀術》の文字と、二つ名的な意味でつけられた『白の抜刀斎』の文字が。

 

 

 

「キリトさんとかけてるのかな?」

 

「まぁ、どっちも真っ黒だし、真っ白なんだもん。先に『黒の剣士』で通ってるキリトがいた分、チナツくんは『白の〜』で通るしかないわ」

 

「……そうですね。『人斬り』よりは、よっぽどマシか……」

 

「…………」

 

「あっ、ごめんなさい。こんな話……」

 

「ううん、気にしてない」

 

 

 

そうだ、もう気にする必要がないのだから。

ここにいるのは、もう《人斬り抜刀斎》ではない。

たった一刀で凶悪なモンスターを斬り倒し、ボス戦に参加した攻略組のメンバー全員を守ったプレイヤー……《白の抜刀斎》なのだから。

食事を終え、二人は食後のお茶を飲んでいた。

カタナがアスナから貰ったというハーブティー。

見た目と味は一致しないため、どんな味がするのか恐る恐るに飲んだが、意外に美味しかった事だけは確かだ。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 

カタナがそっとため息をついた。

すると、おもむろに立ち上がり、チナツの座っている椅子の元へと歩み寄ってきて……。

 

 

「よいしょっ、と」

 

「…………あの、カタナさん?」

 

「何かしら?」

 

「いや、何かしらじゃなくて……」

 

 

 

チナツの太ももの上に座る。

脚から伝わってくるカタナのお尻の感触がリアル過ぎるため、チナツは急いで顔を上に向けた。

平静を装いつつも、少しばかり意識してしまう。

そんなチナツを見て、カタナは「ふふっ」と笑いながら、そのままチナツに体を預けるように寄りかかる。

 

 

 

「なんか……いいわね。こういうの……」

 

「そうですね……凄く……落ち着きます」

 

「ねぇ、チナツくん…………今日は、泊まっていかない?」

 

「カタナさん家に?」

 

「うん……。なんか、今日は……一緒に居たいっていうか……」

 

「ええ、いいですよ。お邪魔します」

 

「うん」

 

 

 

静かな時間が流れる。

両腕でカタナを抱きしめるチナツと、お腹のあたりで握っているチナツの手に、そっと両手を合わせるカタナ。

二人の顔が同時に動く。

もう、どちらか片方が少しでも動けば、触れられるくらいの距離。

頬が朱に染まっていき、顔が近づく。

自然とそのまま、二人の唇が触れ合った。

柔らかく、暖かい……質感のいい唇。まるで小鳥同士、ついばむ様にして互いを求める。

しかし、それが終わると、今度はカタナの方からチナツを求めてきた。

柔らかい舌が、チナツの舌と絡み合い、唾液が唸る音を立てる。

負けじとチナツもカタナを求める。

 

 

 

「んっ……ちゅ……っ、んあっ……!」

 

 

 

まるで舌が蕩けるような感覚。思わず声が漏れてしまった。

目も蕩けているようで、チナツの思うがままにされている。

それを、どれくらいしただろう……外はもう夜になっているが、二人とも寝ていたため、今が何時なのかはわからない。

しかし、そんなことどうでもよかった。

目の前でカタナが……チナツが、互いを求め合っているのだ。

そんな事を気にしている場合じゃない。

 

 

 

 

「チナツくん……好き……!」

 

「……俺も、俺も好きです。カタナさん……!」

 

「ユキノさんより?」

 

「それは……どうでしょう……」

 

「……そこは即答しなさいよ」

 

「無茶言わないでくださいよ……。でも、ユキノとカタナさんとじゃ、好きの意味が違うと思うんです。

ユキノに対して抱いていたのは、罪悪感。そのことから、俺は彼女の事を幸せにするって決めて、でも、好きになったのは本当です」

 

「じゃあ、私は?」

 

「カタナさんは…………心の底から、です。これが好きだと言う感情じゃなければ、なんと表現していいのか……俺には分かりません。

ただ、どうしようもなく、貴方が欲しい……! 誰にも、貴方を渡したくない……!」

 

「っ…………!」

 

 

 

 

カタナを抱きしめる強さが、少しばかり強まった。

するとカタナは、体を動かし、チナツに向かい合うようにして座り直した。

そして、何度目かになる口づけをする。

 

 

「好き……大好き……っ!」

 

「ああ……好きです、カタナさん……‼︎」

 

 

 

 

そこからはもう、歯止めが効かなくなった。

再びベッドに戻って、互いが互いを求め続けた。

二人の口から溢れる吐息と全身から吹き出る汗……乱れまくる肢体……昂ぶる感情。

もう止まらない。

 

 

 

 

「愛して……! チナツっ……!」

 

「カタナ…………ッ!」

 

 

 

 

 

そこから先は、二人とも記憶が曖昧だ。

ただ覚えているのは、触れる体の暖かさと、互いの想いが通じあった

ということだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいの時間を過ごしたのか……それがわからなくなるくらいに、二人は閨を共にした。

ただ一つ言えるのは、朝日が昇っていたという事だけ。

つまり、夜通し二人は求め合った……ということになる。

 

 

 

 

「ん……んんっ」

 

「おはよう♪」

 

「ん……おはよう……」

 

 

 

目を覚ますと、目の前には彼女……カタナの姿があった。

しかも近い。

鼻先が触れるのではないかと思うくらいに近い。

彼女の象徴たる水色の髪と、真紅の瞳が、チナツの両眼に大々的に映し出される。

 

 

 

「ふふっ……」

 

「どうしたんだ?」

 

「ううん……なんでも。ただ、寝顔が可愛いなぁ〜ってね♪」

 

「っ……恥ずかしいな、それ」

 

「写真撮っておけば良かったかも」

 

「お願いです。やめてくれませんか」

 

「ええ〜〜!」

 

 

 

 

朝日が昇っていると言っても、ここは《アインクラッド》という名の城の中なので、実際に太陽が顔をのぞかせるわけではない。

でも、そんな偽物の朝日でも、これだけ心地よいと思ってしまう……。

 

 

 

「まだ早朝……の時間だよな?」

 

「そうね……だから、もう少し寝ててもいいけど……」

 

「うん……もう少しだけ、な」

 

 

 

普段ならここで起きている頃だが、今はカタナとの時間を優先したいと思った。

互いに裸のままだ。

カタナの豊満かつ魅惑の肢体が、チナツの体に直に触れている。

身動きするたびに肌がふれあい、擦れ、二人とも感情がまた昂ぶるような気持ちになる。

 

 

 

「それにしても……」

 

「ん?」

 

 

 

カタナはおもむろに、チナツと自身を覆っている掛け布団の中を見て、チナツの男性的象徴の物を一目すると、今度は自分のお腹を撫でた。

 

 

 

「あんな……あんな凶悪な物が、私のお腹の中に入ってたって考えると……」

 

「凶悪な物って……」

 

「だ、だって! け、結構……その……大きかったから……」

 

「そ、そんな事を改めて言うなよ!?」

 

 

 

実に神秘的ではあるものだ。

人間、生を受けて産まれ出で、男と女に分かれ、互いを認識し合う。

そして、すべてを晒した時、生物的本来の欲求を欲する。

 

 

 

「カタナ……」

 

「なに?」

 

「俺は……君も巻き込むかもしれないよ? 俺自身が背負っている罪……それを償うための運命に。

それでも、君はーーーーー」

 

「くどいわね。女に二言はないわよ、チナツ」

 

「っ……」

 

「私は貴方が好き……そして、貴方の運命を、私も共に歩むと決めた。たとえそれがどんなに困難な道のりだったとしても、私は貴方を愛し、貴方を守る……。

それが、私が私に立てた絶対的な誓いよ…………っ!」

 

 

 

 

もはや揺るぎはないようだ。

ならば、男として、これはけじめをつけなければならない。

身を起こし、カタナを見つめるチナツ。

それに応じて、カタナも身を起こす。体を掛け布団で覆い隠して、こちらもじっとチナツを見つめる。

 

 

 

「カタナ……俺と、家族になってほしい……!」

 

「っ?!」

 

「俺と……こんな、汚れている咎人の俺と……釣り合わないかもしれないけど……けど!」

 

「…………」

 

「俺の側にいてほしい…………だから俺と、結婚してください」

 

「っ…………」

 

 

 

まっすぐ、だだありのままの気持ちをぶつけた。

カタナは驚きつつも、すぐにニコッと笑った。

 

 

 

「はい……。私を、貴方のお嫁さんにしてください……っ!」

 

 

 

 

答えを得た。

これまで戦いに明け暮れ、自分が戦う理由を模索してきたチナツ。

だが、いまようやく、その答えを得た。

大切な人を守る……ただ、それだけの事だったんだ。

 

 

 

 

 

「ああ……絶対に、君を幸せにしてみせる」

 

 

 

 

いまここに誓う。

カタナを守り、幸せにすると。

その誓約として……誓いの口づけを交わす二人だった。

 

 

 

 

 

 

 






前書きに書いた通り、これで過去編は終了です。
次回からは、再びキリトと菊岡の話に戻ります。
その後は、海底ダンジョンへと行きます!

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)


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