ええ〜ごめんなさい。
アスナとキリトの話までしか書けませんでした( ̄▽ ̄)
次回は書きますので、ご了承ください……!
「一夏が《白の抜刀斎》と呼ばれるようになったのは、その時からなんですか?」
「ううん……そう呼ばれる様になったのは、もっと後の事だよ。でも、もうそんな風に呼ばれててもおかしくなかったかもねぇー」
「なんせ、キリトは真っ黒。チナツは真っ白だもんね♪」
箒の問いに、明日奈と刀奈が答える。
二人の言葉に、あはははと笑いが起こった。その後、パンっと刀奈が両手を叩いた。
「さてと、そろそろ特訓を再開しましょうか、直葉ちゃん?」
「は、はい!」
すっかり里香の話に耳を傾けてしまっていたため、思っていたより休憩の時間が長くなってしまった。
直葉たちは、急いでプールに入り、今度はビート板を使って、泳ぎの練習をするのだった。
「ほら、キリトくん。ここだよ」
「どこですか?」
「ここ、ここ」
「だからどこですか……?」
「この座標だよ……。ここに、高レベルプレイヤーたちが集まっているのは、ボス戦があるからかい?」
「…………」
「いやなに、最強ソロプレイヤーのキリトくんでも、ボス戦の時は、パーティーを組むんだなぁ〜って思ってね」
その頃、和人と菊岡は、各階層のダンジョン……迷宮区にて、高レベルプレイヤーたちが集結している。そのことに関しての話をしていた。
ニコニコと笑いながら、和人を見てやる菊岡に、和人は少し不快感を覚えた。
「当然ですよ……フロアボスってのは、基本的にソロで攻略できる様な相手じゃない。
時には、パーティーやレイドを組んでいたって危険に晒されることだってあるんです」
そう、それはかつて、幾度となく乗り越えてきた試練だった。
第1層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》のソードスキルは、レイドを半壊させるほどの力があり、そのせいで、ディアベルは討ち死にしてしまったのだから。
その他にも、第70層のボス《カリギュラ・ザ・カオスドラゴン》との対決の際には、《二槍流》スキルを開眼させたカタナが、あと一歩で死ぬかもしれないというところまで追い詰められた。
だが、その時、初めて《抜刀術》スキルを公に晒したチナツが、奥義《天翔龍閃》を放ち、なんとか勝つことが出来た。
そして、第74層のボス《ザ・グリームアイズ》。
ここで、キリトが初めて《二刀流》スキルを発現。
驚異の16連撃《スターバースト・ストリーム》でボスを倒したが、それでもキリトも危うく死にかけた。
「でもアインクラッドには、フロアボスよりも恐ろしい存在がいた……」
「それは一体……?」
「プレイヤーですよ」
「プレイヤー?」
菊岡は意外な答えを聞き、思わず聞き返した。
「ボスのパラメーターは驚異的ですが、所詮はプログラム。攻撃や行動のパターンさえわかってしまえば、どうってことありません。
でも、レッドプレイヤーたちは違う。奴らは次々と新しい手口を編み出して、多くのプレイヤーをその手にかけたんです」
その被害に、和人も実際に遭っている。
和人が血盟騎士団の団長、ヒースクリフとのデュエルに負けてしまい、正式に血盟騎士団の入団が決まった時のことだ。
新たに入ったキリトの力を試したいと、前衛担当のプレイヤー《ゴドフリー》が、キリトとは因縁のあるプレイヤー《クラディール》を連れて、第55層の迷宮区を三人で突破するという訓練を思いついた。
ゴドフリーは、キリトとクラディールの二人の仲を取り持つくらいの気持ちでいたのであろうが、現実はそんなに優しくはなかった。
配給された食料……その中にあった水を、キリト、ゴドフリーが飲んだ瞬間、クラディールが作為的な笑みを浮かべていたことに、キリトが気づいたのだ。
その後、ゴドフリーとキリトの二人を襲った麻痺毒による痺れ。
その原因は、二人が飲んだ水で、それを用意したのは、他ならぬクラディールだった。
「フハッ、アッハハッ! アッハッハッ!」
倒れ込んだ二人を、実に嘲笑うかの様に狂気の笑い声をあげるクラディール。
その後、クラディールはなんの躊躇もなく、味方であるゴドフリーを殺した。
そしてその矛先は、キリトに向けられる。
脚を刺され、腕を貫かれる。
徐々に減っていくHPバー……危機を示すイエローゾーンへと突入し、すぐに危険を報せるレッドゾーンへと、ゲージが減っていった。
徐々に視界が真っ赤に染まり、もはやダメだと思った時、キリトの脳裏に、彼女……最愛の人の笑顔が見えた気がした。
「くっ……ふぅっ!」
「おう? ははっ、なんだよ……やっぱり死ぬのは怖えってか?」
クラディールが嘲笑う様にキリトに問いかける。
キリトは麻痺状態であるにもかかわらず、クラディールの剣を必死に引き抜こうとする。
「そうだ……! まだ……っ、死ねない……っ!」
「くっ、ひひひっ! そうかよ……そう来なくっちゃなぁーーッ!」
キリトの答えに、更に顔を歪めて笑うクラディール。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねぇえええッ!」
その後は、彼女……アスナの助けがあって、なんとか一命は取り留めた。
まさに九死に一生を得た……。
「その他にも、純粋なデュエルでも……俺は幾度となく苦戦した」
アインクラッドには、対人戦闘の推奨は無いが、それでも対人戦闘というのはモンスター戦にない、スリルが味わえる。
相手は自分と同じ人間……相手も考えて、変則的な動きをしてくる。
モンスターとの戦闘は、確かにリアリティーがあるが、所詮はプログラムに過ぎないため、ある程度動きが把握できれば、その弱点をついてしまえばそれで勝てる。
だが、それがプレイヤーとなると話は別だ。
互いのステータス値の違いや、武器や戦い方の違いが明確に出てくるため、本当の意味で、自分の実力を試せる場でもある。
当然、キリトもやったことがあるが、その中でも特に、キリトを唯一倒した男がいた。
「うーん……その、凄腕プレイヤーの頂点に立っていたのが、ギルド《血盟騎士団》のギルドマスターであるヒースクリフだったと……」
「ええ……。そして、あのデュエル自体が、奴の正体を暴くきっかけになったんです」
和人は淡々と語った。
あの日のデュエルの事を。
アスナを賭けた、キリト VS ヒースクリフの一騎打ちを。
どちらもユニークスキルを持っている凄腕プレイヤー……攻防自在の剣戟《神聖剣》と、超攻撃特化《二刀流》。
その戦闘内容は、キリトが攻めるだけ攻め続け、ヒースクリフは自慢の盾を用いた防御主体の体制。
時折隙をついて攻撃するも、キリトの反応速度がその一撃をいなす。
そしてデュエル終盤、膠着状態を破ったのは、キリトだった。
二刀流スキル《スターバースト・ストリーム》を発動させ、ヒースクリフの自慢の盾を打ち払った。
「くっ!」
(抜けるーーーーッ!!!!!)
最後の一撃。
キリトの《エリュシデータ》が、ヒースクリフの眼前に迫っていた。
これでキリトの勝ちは揺るがなかった……しかし、そこで異常なことが起きた。
(な……に……!?)
十分に打ち払ったはずの盾が、驚異的なスピードで戻されていったのだ。
あの間合いからならば、左手に持つ盾はおろか、右手に持っていた剣ですら割り込ませるのは不可能だったはずだ。
しかし、あろうことか最も遠いところにあった盾が、いつの間にか剣の軌道上に移動していた。
結局、最後の一撃はヒースクリフの盾に阻まれ、隙を突かれたキリトが、ヒースクリフの攻撃を受けて敗北した。
その時、キリトは彼が……アインクラッド最強のプレイヤーという存在が、何やらきな臭いと感じたのだった。
「うっわぁ〜! すっごい!」
「どれも美味しそうですね!」
その頃、女子たちは楽しいランチタイムを送っていた。
仮想世界及び、現実世界でも高い料理スキルを誇る明日奈の手作り弁当を目の前に、里香と圭子が大はしゃぎしている。
「あの、私も作ってきたんで、よかったら食べてください!」
そう言って、直葉も自身の荷物から弁当箱を取り出し、一緒に広げる。
「うわぁ〜! 直葉、あんた料理出来たのね!」
「当然だよー! 家じゃあ、よくお母さんと一緒に作ってるんだし」
「確かに、どれも美味しそうだな……!」
「ほんと?! よかったあ〜! 鈴ちゃんと篠ノ之さんも、いっぱい食べてね!」
「えっ、いいの?! そんじゃあ、お言葉に甘えてぇ〜」
「すまないな。ありがたくいただくよ」
鈴と箒も、弁当箱の周りに集まり、あと一人……刀奈は……。
「よいっしょっと!」
「うわっ、カタナちゃん、どうしたのその重箱?!」
「え? あぁ、チナツに今日の事話したら、前日に色々と作ってくれたのよ……はい、これもみんなで食べましょう!」
「うわぁ〜〜!!!!」
重箱……正確には、五重箱だが、それを全部広げると、中にはたくさんの料理の数々が……。
「凄いねチナツくん! 和・洋・中……全部入ってるよっ!?」
「うん! 昨日私も一緒に作ったんだけど、手伝う前に相当作り置きしてくれてたみたいで……あっ、もちろん仕上げは今朝やってくれたんだけどね♪」
「あいつ……どんどん嫁度が高まってきてるわね……」
「うう……男のチナツさんに、ここまでの料理を作られると、なんだか女子としてはヘコみますね……」
「「あっはは……」」
アインクラッドで一緒だったからわかるが、現実世界でもここまで差をつけられると、さすがに参ってしまう……。
里香と圭子が落胆する姿に、鈴と箒は苦笑いで答えるしかなかった。
「「「「いただきまーす!!!!」」」」
両手を合わせ、目の前に広がる豪華ランチに手をつける。
すると、明日奈のスマフォに着信が……。
「ん……」
「誰から?」
「キリトくん……先に食べててって」
「じゃあ、私がキリトの分も食べてあげよぉ〜!」
そう言って、里香は目の前のバスケットに入っているハムサンドを取ろうとするが、指が触れる寸前で、バスケットが横にヒョイっと動く。
「そんな事したら可哀想ですよ。ちゃんと残しておかないと」
「はいはい……そうよ、ねっ!」
「あっ!?」
それでもなおハムサンドを奪い取る里香。
それを阻止しようと圭子も頑張るが、里香の素早い手つきにサンドウィッチを奪っていく。
その様子を横目に、直葉は明日奈の弁当と、自分が作ってきた弁当を見比べていた。
(うわぁ〜! 明日奈さんのお弁当可愛いぃ〜! うーん……お兄ちゃん、ああ言う女の子っぽいお弁当が好きなのかなぁ……)
明日奈の弁当は、色とりどりのサンドウィッチを中心にした洋食風だ。
対して直葉の弁当は、日本のお母さん達ならばかならず作った事があるのではないか、と思える様なシンプルなお弁当。
しかし、唐揚げなどの揚げ物が、どうしても茶色系統なので、明日奈の弁当に比べると、どうしても可愛らしさという観点で負け越してしまう。
「ん? どうかしたの、直葉ちゃん?」
「あっ! いえ……その……明日奈さんとお兄ちゃんって、どうやって出会ったのかなって……」
「え……?」
直葉の問いに、ふざけあっていた里香と圭子も動きを止める。
そして、隣で一夏の弁当を食べていた鈴と箒もまた、明日奈の方へと視線を向けた。
「私も聞きたい!」
「私も聞きたいです!」
「え、ええっ?!」
里香と圭子の声が、ほぼハモった。
当の明日奈は、和人との馴れ初めを話す事が恥ずかしいのか、頬を赤く染めている。
「いいじゃあ〜ん♪ 私たちも話したんだしぃ〜!」
「そうですよ! まだ話してないのは、明日奈さんだけですよ!」
「ううっ〜……」
二人に迫られ、明日奈はどうしよう……と言った感じで俯く。
そして、もう一方では……
「…………」
「ねぇ〜楯無さん?」
「っ!? あ、あら……何かしら、鈴ちゃん?」
「せっかくの機会だしぃ〜、楯無さんも行っちゃいますか♪」
「あっ、あっはは、はぁ……」
「楯無さん……お覚悟を……」
「ううっ……」
こちらはこちらで、鈴、箒が刀奈の両サイドを抑えて、逃がさないとばかりに笑っている。
これはもう、腹をくくるしかないと、明日奈と刀奈は互いの顔を見合って、ため息を一つついた。
「もう、わかったわよ……」
「「いやったぁーーー!!!!」」
「楯無さん?」
「……楯無さん」
「ううっ……わかった、わかったわよ。私も話せばいいんでしょう?」
「うんうん!」
「はい」
何故だか刀奈は、明日奈の隣へと移動させられ、二人の目の前には、ギャラリー達が今か今かと過去話を待っている。
「ア、アスナちゃんからどうぞ……」
「うえっ?! わ、私から?!」
「まぁ、どちらにしても話さなきゃいけないど……まずはキリトと出会ったのが早かったアスナちゃんからの方が……」
「んもう〜……わかったよ……ええ〜……おっほん! 私がキリトくんと初めて会ったのは、第1層攻略会議が会った、《トールバーナ》と言う街なの……」
「あっ! ちなみに私とチナツが会ったのも、その時ね?」
そう語り出して、明日奈と刀奈は、二年前……デスゲームが開始されてから、およそ二ヶ月後の出来事を話し始めたのだった。
デスゲームが開始されてから二ヶ月後……その街《トールバーナ》では、第1層攻略会議が開かれた。
その間にも、200人もの犠牲者を出していて、攻略そのものが下手をすれば自分の命を落とす原因になるかもしれなかった。
だがそれでも、前を見て戦うと決心した者達が、その場には集まった。そんな中に、キリトとチナツはいた。
そして、アスナとカタナの二人も……。
攻略会議は、多少のいざこざはあったものの、無事終了し、その時出会った四人は、臨時のパーティーを組むことになった。
ボス攻略を明日に控え、ボス攻略に挑む攻略組のプレイヤーたちは、互いに親睦を深めあった。
そんな中、薄暗い路地で一人、アインクラッドに存在する『黒パン』と呼ばれる物を食べていたアスナ。
そんなアスナに、キリトが声をかけてきた。
「このパンってうまいよなぁ〜」だったと思う。
「本当に美味しいと思ってる?」
「もちろん……ここに来てからは、毎日食べてるよ……まぁ、ちょっと工夫はするけど……」
「工夫?」
そう言って、キリトは自身のウインドウを開き、アイテムストレージから、小瓶を取り出して、アスナと自身との間のところにポンっと置いた。
「そのパンに使ってみろよ」
「…………」
一体なんなのだろう……そう思いながら、アスナは小瓶を指先をコンっと突いてみた。
「あっ……!」
すると、指先が淡い光を放ち、それを見て、キリトがパンを軽く上げた。
つまり、パンにその光を当ててみろということらしい。
アスナは言われるがまま、光る指先を黒パンに触れさせた。
すると、そこから白い様な、薄い黄色の様な……しかし、確かに見たことがある物が、パンに塗られて行った。
「クリーム……?」
見た目はカスタードクリームだ。
しかし、この世界で見た目を当てにしてはならない。
とんでもない色をした物が、実は超美味な食材だったり、シンプルで美味しそうな物が、毒を持っていたり……。
だからアスナは、キリトが一口食べたのを確認して、自分も警戒しながら、そのクリーム付き黒パンは一口頬張った。
そしてその瞬間……なんとも言えない衝動が、アスナの体を襲った。
「はっく、はっ、はうっ!」
今までこんなに美味しい物を食べたことがない……そう言わせる様な食べっぷりだった。
ただクリームが付いていたか、そうでなかったかの違いなのだが……舌から伝わる旨味が、とても衝撃的だったのを、今でも覚えている。
「あっ、いたいた」
「おう、遅かったな」
「遅かったなじゃないですよ……どこに行ったんだろうって、探し回りましたよ……」
とそこに、もう一人……いや、二人のプレイヤーが近づいてきた。
二人とも、明日の攻略戦でパーティーを組むことになっているプレイヤーだ。
一人は少年で、アスナの隣にいるキリトとともに行動していた片手剣使いのチナツ。
そしてもう一人、女の子で明るい雰囲気を醸し出している水色髪の少女で、槍使いのカタナだった。
二人の手にも、名物の黒パンが握られており、その両方にも、先ほどアスナが食べたクリームがつけられている。
「それにしても、これ本当に美味しいですよね……」
「うう〜ん! ほんと、仮想世界とはいえ、こんなにクリームが美味しいと思ったのは初めてかもしれないわ」
「ははっ! 大袈裟だな……」
「いや、だって本当なんだもん! この世界に来てから、ろくな物食べてないし……」
そう言って、カタナはチナツの小瓶を突いてクリームを塗りまくる。
よほど気に入ったのか、クリームをつけた部分を小分けにしてパクパク食べている。
「今度、このクリームが出るクエスト、教えましょうか?」
「えっ?! いいの!?」
「はい。そこまで難しいクエストじゃないんで」
「やったぁー!」
大喜びするカタナに対し、アスナは沈黙したままだった。
赤いローブのフードを目一杯かぶり、他人に自分の顔を見せない様にしている。
「君にも教えようか?」
「いい……。別に、これが欲しくて、戦ってるわけじゃないから……」
「じゃあ、何の為に?」
キリトの問いに、アスナは小さく……だが、キリトたちに聞こえる様に確かに言った。
「何もしないまま、あの街で隠れて、膝を抱えて、怯えて生きるのが嫌だったから……」
「「「…………」」」
「たとえ、モンスターに負けて死んだとしても……このゲーム、この世界には負けたくない……っ!」
それはある意味、強い意志の表れだった。
アスナの言葉に、キリトも、チナツも、カタナだって、明日に控えたボス攻略に意識を高めていった。
「あの頃の私は……ゲーム攻略に必死だったの。でも、そんな世界でも、キリトくんは……生きることの喜びを教えてくれた……っ!」
そう、ずうっと張り詰めていた思いを、まるで優しく溶かす様に、暖かく包んでくれたのが、キリトだった。
それまでは攻略を優先して、ギルドの、攻略組の強化にこだわって生きてきた。
寝る間も惜しんで、自分のステータスの向上を目標に、狩り場へと赴いては戦い、レベルを上げていった。
そんな生活を続けていたら、いつの間にか血盟騎士団の副団長に、カタナと二人で任命されていた。
そしてカタナは隠密部隊の筆頭として、アスナは攻略組の指揮官として、ともに前線を走り抜けてきた。
そんな中、第50層のフィールドボスの攻略作戦会議の時に、キリトと衝突してしまったのだ。
モンスターを村に誘き寄せ、村人たちを襲わせ、その隙に攻撃に転じる。
作戦としては申し分ない物だった。NPCである彼らは、死んだとしても、またリポップし、何事もなかった様に日常を過ごすのだ。
だから、それを利用しようとした。
だが、それはダメだと……キリトが真っ向から否定した。
その時に、アスナとキリトは、はっきりと互いを敵視していたに違いない。
しかし、その後、あろう事かキリトは呑気に昼寝をしていたのだ。
降り注ぐ太陽の光を遮る木の枝や葉っぱ。その下で、体を大きく広げ、悠々と寛いでいた。
「ちょっと……!」
「んん〜?」
突然声をかけられ、少し眠たそうに答えるキリト。
全く、この安らかなお昼寝タイムを邪魔するのはどこのどいつだ? と思い、ゆっくりと両目のまぶたをあげる。
するとそこには、明らかに怒っているアスナの顔があった。
「ん……なんだ、あんたか……」
「攻略組のみんなが、必死に迷宮区に潜って頑張ってるって言うのに、あんたはこんな所でよくも優雅にお昼寝なんてできるわね……! いくらソロだからって、もっと真面目に……っ!」
「今日はアインクラッドで最高の季節の、最高の気象設定なんだ……」
「は?」
「こんな日に迷宮に潜ってちゃもったいない」
「なっ……!?」
たった、それだけの理由だった。
それだけの理由で、目の前にいる少年は、攻略を先延ばしにしようとしているのだ。
この考え方を、当時のアスナは理解できなかった。
「あなた……わかってるの?! ここで時間を無駄にした分、現実世界での私たちの時間が失われていくのよ!?」
「でも今俺たちが暮らしているのは……このアインクラッドだ」
「っ!?」
そうだ……今は、このアインクラッドという世界が、自分たちの生きる世界なのだ。
ゲームだとか、バーチャルだとか……そういう風にしか考えていなかった。
だからこんなにも頑張って攻略を続けてきたのだが……確かに、その通りだった。
今は、このアインクラッドが……自分たちの世界なのだ。
突拍子もない正論を言われて、アスナは言葉を失ってしまった。
「ほら、日差しも風も……こんなに気持ちいい……!」
「そうかしら……? 天気なんて、いつも一緒じゃない」
「あんたも寝転がってみればわかるよ……」
「ん……」
本当に気持ち良さそうに眠るものだと思った。
そんなキリトの寝顔を見て、改めて空を仰いだ。
降り注ぐ日差しを、木々の枝や葉が、木漏れ日へと変えて、優しく体を温める。
これまで天気になんて気を配ったことなんてなかったが、確かに……なんだか今日は心地いい日だ……。
そう思った時、アスナもキリトの隣に横たわった。
吹いてくるそよ風が体を触れ、髪を靡かせる。麗らかな陽気に包まれ、アスナの意識は、一瞬にして落ちてしまった。
「ふぁあ〜〜!」
十分に昼寝を堪能したキリトは、体を起こし、グッと背筋を伸ばした。
あのうるさい攻略担当責任者様は、一体どうしただろうと思いながら、周りを見渡した瞬間、キリトは今日初めての驚く光景を見てしまった。
「すぅー……すぅー……」
「あ、あぁ?」
寝ている。
あの攻略担当責任者様が、すやすやと安らかな寝息をたてながら寝ていた。しかも、昼寝というレベルではなく、超熟睡。
昼寝なんてしている場合ではないと、自分から言っておきながら、自分だって良い夢を見ているのだ。
これはどうしたものかと思っている時、今回の攻略階層に集結していた攻略組のプレイヤーたちが通りがかった。
「おいおい、こんな時間からお昼寝かよ」
「呑気なものだな」
「まったく、どこのどいつだ?」
三人は笑いながら、迷宮区の方へと歩いて行った。
その様子を見ながら、キリトは頭を抱えていた。
「本当に寝ちまうとはなぁ……」
さて、このまま放置していくのもどうかと思うし、かと言って起こすのも悪い……なぜなら、とても心地良さそうに寝ているのだ。
そんな時間を邪魔するのは、さすがに野暮というものだ。
キリトはそのまま、アスナが起きるまでその周囲に佇み、ずっと待っていた。
時間が過ぎ、日が傾いて、夕方に差し掛かった頃に、可愛らしいくしゃみとともに、アスナが動き出した。
「ん……んんっ……ん?」
さっきから「ん」しか言っていない。
虚ろな瞳を動かし、自分が今ここで何をやっているのかを確認しているようだ。
しかし、寝起きの顔は、とてもゆるゆるな感じで、頬に草が付いていたり、口からはちょろっとヨダレが流れ出ていた。
いつもは毅然と、触れれば切れるナイフのような雰囲気の彼女だが、今の彼女からはそんなものを微塵も感じなかった。
苦笑いをしながら、アスナの様子を見るキリト。
そんな表情で見られている事に気付いたアスナは、途端に慌て始め、パニクっていた。
「なっなな!? え、えっと……っ!」
「おはよう……よく眠れた?」
「キッ!」
優しく問いかけられる。
しかし、今はなんだかムカついた。
立ち上がり、腰に差してあったレイピアを引き抜こうとして、やめた。
キリトは咄嗟に判断して、塀の裏へと隠れてしまった。
キリトに悪気はない。ただ自分が油断して眠ってしまっただけだ。
ここで彼を斬ったら、自分がみっともないと思った。
キリトに対してムカついた感情を消すには、中々時間がかかったが、そこはなんとか堪えた。
レイピアの柄を握る腕が、ピクピクと震えながらだが、徐々に離れていく。
「ご、ご飯……一回……!」
「は?」
「ご飯! なんでもいくらでも払う! それでチャラ! どう?!」
「あ、あぁ……」
「うーん……その感じだと、先に好きになったのはアスナさんの方からなんですね」
「そ、そんなんじゃあ……!」
「隠すな隠すな♪ いつだったか、剣を研ぎに来た時に「まだ一方通行だぁー」とか言ってたじゃん!
あれから、どうアタックして告白まで行ったのよ?」
「え、ええっと……」
親友であるリズには、想い人がいることは伝えてあった。
だが、これまで色々と素直になれずに対立してしまってた為に、どうやってアタックすれば良いか迷っていた。
しかしある時、キリトが第50層にあるエギルの店で、あるアイテムを売ろうとしていた。
そのアイテムこそが、今では二人の思い出の味である《ラグーラビットの肉》だった。
ランクにしてS級食材。まず間違いなくレア中のレアだった。
しかし、調理スキルのレベルが高いプレイヤーが調理をしないと、調理に失敗して、焦がしたりしてしまうため、キリトは高値でエギルに売りつけようとしていたみたいだ。
だがそこに、救世の女神が舞い降りた。
ちょうど調理スキルをコンプリートしていたアスナの登場だ。
丁度その当時、調理スキルを持っているキリトのフレンドは、チナツとアスナの二人だけだったが、当時チナツは、カタナとの新婚生活を満喫している最中……残るは、アスナただ一人だったため、最高のタイミングで現れてくれたと、心から感謝したものだ。
アスナに《ラグーラビット》の存在を教え、その調理を依頼。その報酬は、《ラグーラビット》を半分食わせろとのことだった。
そして交渉は成立し、二人……正確にはアスナの護衛に付いていたクラディールもいたので、三人はエギルの店を出た。
あとは、調理をする場所なのだが……
「それで、調理はどこでするの?」
「あ……えっと……」
どうやら考えていなかったようだ。
「どうせキリトくんの部屋には、ろくな調理器具もないんでしょう?」
「んん……」
何も言えなかった。
だいたい、調理スキル自体持ってなかったから、器具は必要なかった。
「まぁ、今回は……食材に免じて、私の自宅を提供しなくもないけど……?」
「え”……っ!?」
それはつまり、アスナの御自宅へのご招待ということだった。
アスナは、カタナ共々、このアインクラッド内では、必ず名前が挙がるほどの美少女プレイヤー。
そんな彼女からのお誘いに、断る理由もなし、ましてや、調理スキルをコンプリートした彼女がつくる絶品料理を、食べないという選択肢がなかった。
その後、クラディールとの軽いいざこざがあったものの、二人はアスナの家へと向かった。
部屋に入り、着替えを済ませ、アスナは手早く調理にかかった。
メニューはシチューだった。
付け合わせも作ってくれて、その日は豪華なディナーを二人で堪能した。
そしてその後、今度パーティーを組もうという話になった。
「そう、なら今度、私とパーティーを組みなさい」
「なっ!?」
「今週のラッキーカラー、『黒』だし」
「なんじゃそりゃあ!? っていうかアスナ、お前ギルドはどうすんだよ?!」
「うちはレベル上げノルマとかないし」
「じゃ、じゃあ、あの護衛は?!」
「置いてくるし」
「な……っ……うーん……あっ!」
とりあえず落ち着こう。
そうだ、お茶を飲もう……と思ったのだが、既に飲み干していた。
その事に気付き、前を見た瞬間、アスナがお茶の入ったポットを勝ち誇ったかのようようにして掲げていた。
渋々ティーカップを受け皿に乗せ、アスナの前に差し出す。
それに答え、アスナはキリトのティーカップにお茶を注いで、再び返した。
そのティーカップを受け取り、キリトは一口啜っていると、目の前でアスナがウインドウを操作し始めた。
そして、アスナからのパーティー申請が送られると、再び一口啜って、ため息をこぼした。
「…………最前線は危ないぞ」
キュイイイイーーン!!!!
「ひっ!!?」
目の前に、紫色のライトエフェクトを纏ったナイフが突きつけられた。
そのナイフの持ち主は、鋭い目つきでキリトを睨んでいた。
「そんなこと百も承知よ」……と言いたげであり、または「早くYESを押しなさいよ」……と言いたげでもあった。
これ以上抵抗すれば、いくら圏内だから、HPは減らないだろうが、とんでもない仕打ちを受けそうなので、力なくキリトはYESボタンを押した。
「わ、わかった……」
押してすぐ、アスナはクルクルっとナイフを回して納め、ニコっとキリトに対して微笑んだ。
「…………意外と強引に行ったのね……」
「攻略組ですし、やっぱりそれくらいいかないとダメなんでしょうか……」
あまりにも強引かつ強烈なデートのお誘いに、里香と圭子は言葉を失っていた。
「し、仕方ないじゃないっ〜〜〜〜! だって……好きだったんだもん……」
頬を赤く染める明日奈は、俯きながらそう言った。
「でもあんたたち、実際どこまで行ったのよ? ゲームの中とはいえ結婚までしたんだから。当然……ねぇ?」
「うえっ?!」
そう、その後、アスナとキリトは結婚をした。
だが、その前に、二人は互いの気持ちを確かめ合った。
キリトが血盟騎士団に入団し、クラディール、ゴドフリーとともに55層の迷宮区を突破しようとしていた時、突如クラディールが反旗を翻した。
ゴドフリーを殺し、キリトもあと一歩のところで死ぬ所だった。
しかし、そこにアスナが現れて、クラディールをあと一歩で死ぬ所まで追い詰めた。
あの時のアスナは、チナツのように、修羅さながらにクラディールを突きまくった。
本当に殺してしまっても構わないと思うほどに……だが、最後の最後で殺せなかった。
その隙を、クラディールに狙われ、剣を弾かれ、逆にとどめを刺されそうになった時に、キリトがそれを庇った。
左手を斬られながらも、体術スキルの貫手で、クラディールにとどめを刺した。
愛する人に、殺人を犯させてしまった。それも、自分を守るためにだ。
そう思うと、もう自分はキリトに会うべきではないと、そう思った。
本当に好きで、いつまで一緒に居たい……でも、自分にはそんな資格はない……そう思うと、涙が止まらなかった。
そんな自分に、キリトは、自分から口づけをしてきた。
最初は驚いた……でも、自然と体から力が抜けた。
というよりも、もっと彼を求めた。
彼の息が、体温が、直に伝わってくる……。その感覚に、アスナはどうしようもなく焦がれてしまった。
そして、二人はずっと一緒にいようと誓った……互いに互いを守ると、一緒に、現実世界に帰ろうと……。
その日の夜、二人はまたアスナの家へと向かった。
特に変わりはなかった。以前のように二人で食事をして、食後のお茶を飲んだ……しかし、その場の雰囲気は、少しばかり静寂だった。
「…………よし!」
「ん?」
何かを決意したアスナ。いきなり立つと、ふと窓際に立った。
意を決して、部屋の明かりを消すと、ウインドウを操作する。
「へっ?!」
キリトは驚愕した。
なぜなら、目の前で、アスナが下着姿になっていくからだ。
「あ、あんまり…こっち、みないで……!」
「は……」
「キ、キリトくんも脱いでよ……わ、私だけ、恥ずかしいよ……!」
つまり、そういう事だった。
しかし、キリト自身は、そう言うつもりじゃなかったようで、アスナにその事を説明したのだが、時すでに遅し。
「バ、バ、バーーッ」
「ひ、ひぃ!?」
「バカァァーーッ!!!!」
バンッ!
強烈な拳が入った。
だが、その後、二人はともにベッドに入った。
互いが好きだと言う気持ちを、全部曝け出し、全部受け止めた。
二人とも、あられもない姿のまま、二人ベッドに横になっていた。
そしてキリトから、ともに22層にあるログハウスに引っ越そうと言われて……
「そ、それから……」
「それから?」
「っ〜〜! け、結婚しよう……っ!」
「っ!」
愛の告白だった。
「……はい!」
当然、アスナの答えはYESだった。
ええ、前書きでも書きましたが、次回はチナツとカタナの事を書きますので…………書けたらいいなぁ〜なんて……あっははは……
まぁ、ちゃんと書くようには致しますので!
感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)