今回はチナツのリズ救出劇をお送りします。
というか、意外と長くなってしまいました( ̄▽ ̄)
「それでそれで? どうなったんですか?」
話を聞くうちに、ドラマ……というより、時代劇の様なこの話の展開に、次第に引き込まれていく一同。
里香も里香で、それを得意げに話している。
「うーん……そのあとは私、気を失っていたからねぇ……主立ったことは、こっちに聞いたほうがいいわよ?」
そう言って、里香は親指を立てて、明日奈の方を指差す。
「あの時は、リズを拉致した組織から、血盟騎士団宛に脅迫文が送られてきたのよ……それも毛筆で!」
「うわぁ〜、時代劇の見過ぎなんじゃないの?」
「私もそれは思ったよー。でも、早急に対処するに越したことはないって話になったんだけど、相手の要求を受け入れるかどうかで悩んでね」
「要求は、なんだったんですか?」
箒の質問に、明日奈は答えた。
軍の資金だと……。
要は、金目当てだったという事だ。
「でも、一体なんの目的で、そんな事をしたんでしょうか?」
「あの組織も、結構血の気が多いというか、バトルジャンキーな組織だったしね。
装備を整えて、攻略組の地位に登りつめたかったんじゃないかなー?」
「しかし、それで軍の資金得るのに、どうして血盟騎士団なんですか?」
「私がリズの顧客であり、親友だったから」
明日奈の答えに、ようやく納得が言った。
要するに、敵方は血盟騎士団というよりも、アスナ個人に揺さぶりをかけ、地位を手に入れようとした様だ。
リズ一人を蔑ろにすれば、血盟騎士団に対する周囲の関心が下がり、リズ一人のために軍の資金を差し出せば、血盟騎士団は自ずと停滞化してしまう。
どちらにしても、相手方の思うツボだ。
「けど、そんな時に、チナツくんがね……」
明日奈も、あの時の事を思い出しているかの様に空を見上げる。
脅迫文がギルドに届き、アスナを含めた攻略担当や、カタナたち隠密部隊も、どう対処していいものか考えあぐねていた。
しかもその時、カタナたちは次の迷宮区のマップデータを収集する任務を遂行していたため、本人及び部下数名が、現在ギルド内にはいなかった。
ギルドリーダーのヒースクリフも、相変わらず不在のままで、どうしたらいいものかと、各人が悩んでいた。
「……もう、私一人でリズを救いに行ったほうが……」
「っ!? なりません、アスナ様! ここで貴女が倒れては、攻略組の指揮系統がずさんになってしまいます!」
「でも! リズは私の友人です! 彼女を放ってはおけないわ!」
「ですから、それは私たちがやります! アスナ様はここを動いてはなりません。今の貴女はこのギルドの副団長なんです。
団長もカタナ様もいないこの状況で、一体誰が指揮を取られるのですか?」
「くっ……!」
歯がゆい思いだった。
親友のピンチに、自分は何もできない……。その事が、たまらなく嫌だった。
しかし、部下たちの言う通り、ここを離れてしまってはダメだ。
この場にいないクラディールやゴドフリーなど、攻略組の中にも優秀な人材はいるが、所詮は戦闘能力面でのみ。
それ以外はてんでダメだ。人柄や、考え方が偏り過ぎており、適切な判断が下せるとは思えない。
「一体……どうすれば……」
そう思っていた時、ふいに、見知らぬ声が聞こえてきた。
「なるほど、ここは戦闘可能なエリア……敵さんも中々計画的に犯行に及んでたみたいですね」
「「「「っ!!!!!?」」」」
会議室に集まっていた血盟騎士団メンバーが全員驚いた。
いつの間にか入ってきていた黒衣の羽織を纏った少年の気配に気づかず、相手方から送られてきた書状を悠々と見ている少年の事を警戒心丸出しで見ていた。
「なっ、なんなんだ貴様は! どこから入ってきた!」
「いや、あの……普通に玄関……入り口から入ってきたんですけど……」
胸ぐらを掴まれながら、迫られるチナツ。
相手の気を害さない様に、下手に対処する。
「って……あれ? も、もしかして、チナツくん?!」
「あっ、どうも、お久しぶりです。アスナさん」
「久しぶりじゃないよー! 急にいなくなるんだもん! でも、よかった……フレンドリストには、まだ名前があったから、死んではないっていうのはわかってたんだけど……」
「色々とご迷惑をおかけしました……。それで、この犯行グループ……『廻天党』でしたっけ? どうするつもりですか?」
「どうするって言っても……リズが人質として捕まってる以上、こちらは大規模な軍隊は動かせないし、かと言ってリズの事を見捨てることもできなし……」
困りきった状態のアスナを見て、チナツは納得いったかの様に微笑んだ。
「なるほど……要は軍隊を動かさず、一人で人質になったリズさんを救出すればいいんですかね?」
「えっ? まぁ、理想としてはそうだけど……でも、無理だよ! 相手だって相当な実力者がいる可能性だってある。交渉を持ちかけて、敵リーダーを説得したほうが……」
「でも、それで和解が成立したとしても、今後、血盟騎士団の立場が弱まるのは必然でしょう。
だったらいっその事、リズさんも助けて、その組織すらも壊滅させてやったほうがいいと思いますよ」
「だから……それをどうやったらいいのかでもめてるんだって……!」
「簡単なことですよ……俺が、行けばいいだけの話です」
「は、はい?!」
1+1=……? の様な簡単な回答が帰ってきた。
あまりにも簡単に返答してくるので、流石のアスナも返す言葉が見つからずにいた。
それは周りにいたメンバーも同じで、チナツの素っ頓狂な返答に、こちらの言い分を話す事さえ出来なかった。
だが、数秒間の沈黙の後、アスナがようやく口を開いた。
「えっと……チナツくん。冗談だよね?」
「えっ? いや、結構本気で言ったつもりだったんですけど……」
「あっはは……」
「ん?」
なんだか、笑えなかった。
「で、でもどうして?! これは私たち血盟騎士団の問題だよ? チナツくんは全く関係ないじゃない!」
「ところがそうでもないんですよ」
「え?」
「実はリズとは、この間知り合ったばかりなんですけど、その時なんか粘着質な勧誘にあっているところに居合わせまして……。
その時にでも相手を叩きだしたりすればよかったんですけど……なので、ある意味では、俺の問題でもあるわけですよ」
「そ、そんな! ダメよ、君はこの件から手を引きなさい。私たちが必ずリズを救ってみせる! 私の命に代えても、絶対助け出してみせるから……だからチナツくんは、そんなことを気にする必要はないわ」
「そうですか……なら、なおのこと、俺も引けませんね」
「っ!? ど、どうして!?」
必死にチナツを戦場に向かわせない様にと、アスナは考えを改めさせるが、チナツは一向に聞かない。
この人はここまで頑固だったのかと、改めて再認識したところだ。
「親友とまで言ってくれる相手が、自分のために命を落とす……そんなの、とてもじゃないけど、耐えられませんよ……」
「え……? チナツ、くん?」
悲哀の感情のこもった目だった。
それはまるで、自分のことを言っているかの様に自嘲的な言葉。
その言葉に込められた思いは、まるで自分で経験してきたことがあったかの様で……とても、見ていて胸が苦しくなった。
「だから、アスナさんは、無事にリズさんが帰ってくるまで、死んじゃダメですよ?」
「あっ! ちょっと、チナツくん?!」
アスナの制止を聞かずに、チナツはそのまま来た道を帰る。
取り残された血盟騎士団メンバーは、呆然とその様子を見ていた。
が、気を取り直したアスナが、慌てて指示を出す。
「はっ! いけない、チナツくんを一人で行かせたらダメ! すぐにでも後を追って!」
血盟騎士団のメンバーが、装備を整え始めた頃、隠密部隊の隊員の一人が、その場に固まり、何かを考えているのに気づいた。
「クロウさん? どうしたんですか?」
「っ、あの、アスナ様……あの男のこと、ご存知なのですか?」
「えっ? チナツくんですか? はい、昔一緒にパーティーを組んだりしてましたけど……」
「奴が……? ならば別人……いや、でも……!」
「ん?」
クロウは一体何をブツブツと言っているのだろうと思い、首を傾げたアスナ。
何やらクロウはチナツのことを不審に思っているみたいだ。
「あの子はとても優しい子ですよ? ちょっと前に軍に入ったって聞いたけど……今は何してるんだろう?」
「ッ! やはり、奴は軍に所属していたんですか!!?」
「へぇ!? う、うん……そうみたい……」
「じゃ、じゃあ……まさか……!」
「クロウさん?」
「だが間違いない……あの顔、あの声……それにあの長身痩躯の体は……!」
クロウは何かに怯えているかの様に、顔の表情をわなわなと震わせていた。
無論、それがチナツに対して畏怖している表情だというのは、言うまでもなく分かった。
「頭!」
「なんだよ、うっせぇな……」
アスナとクロウが話している時、血盟騎士団宛に脅迫文を送りつけた過激派組織『廻天党』のリーダーは、自分たちがアジトにしているダンジョンの片隅にある、小さなセーフティーエリアに居城を作り、そこで無駄にふんぞりがえっていた。
その隣には、手脚に口を塞がれたリズがいて、丁度目を覚ましたくらいだった。
「それが、ここにやってくる奴が……!」
「なんだよ、そんなことか……。どうせ血盟騎士団だろう?」
「いや、それが……」
「あん? なんだよ、言いたい事があるならさっさと言え……!」
「相手は血盟騎士団の団員でもなく、かと言って大勢で来た軍の連中でもなくて、たった一人、見慣れねぇ男が……!」
「見慣れねぇ男?」
彼ら、《廻天党》のメンバーの中には、もともと軍に所属していたものや、小規模のギルドを組んでいた者たちが多い。
攻略が進むにつれ、どんどんとその勢力を強めていった《血盟騎士団》……《聖竜連合》……《アインクラッド解放軍》の三勢力。
それに応じて、狩場の優先度や、有力プレイヤーたちの勧誘競争に負け、消滅したギルドは数多く存在する。
そんな中で、その三勢力に少なからず恨みを持つ者もいたのだ。
もちろん、勧誘は個人の意思を尊重した上で行っていた。だが中には、周りの人間流されて勧誘に乗った者達もいたはずだ。
そう言った者達が、新しいギルドに馴染めなかったり、孤立してしまい、結局脱退し、寄り集まったのが、この《廻天党》という組織。
その行動目的は、大きくなり過ぎた三勢力の弱体化と、自身たち《廻天党》の勢力拡大が主だ。
そして第一目標として、数こそ他のギルドに劣るも、所属するプレイヤーのレベルが高い《血盟騎士団》から崩そうという魂胆だった。
そのために《閃光》の二つ名を持つ副団長のアスナの友人を拉致してきたのだ。
「はい。このあたりでは見慣れない男です。黒い羽織を纏った、刀を持った男が……」
「ほう? こんなところに一人で来るとは、随分と肝が座ってる野郎じゃねぇーか!
どれ、ちっと顔を拝むとするか……。おい、通せ」
「は、はい!」
頭と呼ばれていた男性プレイヤーは、リズの目から見ても、かなりの実力者に思えた。
その佇まいや雰囲気が、このプレイヤーは強いと印象付けたのだろう……。
しかし、先ほど慌てて走ってきた男の言っていた来客。
黒い羽織に、刀……それが彼か、もしくは同じ格好をした別人なのかはわからないが、どうにも良い予感はしなかった。
そして、周りがザワザワとし始めて、先ほど走り去った男が、来客を連れてきた。
「ンッ!?」
「ほお……」
黒い羽織を風に靡かせ、優雅に歩いてくる少年。
装備と言える物は、腰にさしている刀くらいなものだ。
リズはその少年の顔を知っている……いや、知っているも何も、つい最近あったばかりの少年だった。
リズはチナツの顔を見るなり、警戒を促すようにして叫んだ。
「ンーッ! ンッーー!!」
「なるほど……この嬢ちゃんとは知り合いのようだな。おい、お前……名は?」
「どうも、チナツといいます。あなたはこの《廻天党》のリーダー……で良いんですか?」
「その通りだ。俺の名は《バグリス》それで? ここへは一体なんの用だ?」
「そうですね、紛らわしいのもあれなんで、単刀直入に言わせてもらいます……。そこにいる人を……リズベットさんを返してもらいましょうか……」
いきなりの直球に、周りに控えていた組織の仲間たちが一斉に抜剣した。
だが、それをバグリスは手を挙げて諌めた。
「なるほどねぇ……この嬢ちゃんの返却をお望みか……」
「ええ……」
「あいにくそれは無理な相談だな」
「何故ですか?」
「こちらは今から大事な商談があるんでね……返すなら、その後に願いたいんだ……」
「商談……それは、《血盟騎士団》の軍資金のことですか?」
「ふっ……わかってるじゃねぇーか」
ニヤッと笑いながら、バグリスは座っていた椅子から腰を上げて、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
だが、数歩歩いただけで、彼は止まると、再びチナツに視線を合わせた。
「お前、今のこの状況をどう思う?」
「どう……とは?」
「考えてもみろよ。いきなりこんなデスゲームを始めてよ、攻略しなくちゃいけないとかマジになって焦ってる連中の所為で、俺たちみたいなあぶれ者が出ている……。
なのに、肝心のあいつら攻略組様と来たら、そんな事に構っている暇もねぇと来た。
まったく、ふざけた話だぜ……いきなり人のギルドぶっ壊しておいて、使えなくなったら即捨てるとか、マジで同じ人間だとは思えねぇ……。
お前もそう思うだろ、チナツ……」
「…………」
「お前、今はソロなのか?」
「昔は軍に入っていたが、今はただの流浪人だよ」
「流浪人……なるほど、お前も俺たちと同じってか……力があるのに認めてもらえず、組織を抜けた者………。
どうだ、兄弟。俺たちと一緒に、ここからのし上がる気はないか? お前も俺たちと同じ思いのはずだ。俺たちの気持ちは……分かるだろう?」
「…………」
差し出される手をチナツはじっと見た。
だが、すぐにため息をつくと、眼を鋭い眼光に変えて、バグリスを睨んだ。
「一緒にすんなーーーーッ!」
「「「「っ!!!!!?」」」」
ドスの効いた声で、明確な拒絶の言葉を発する。
「あぁ? 今なんて言った?」
「一緒にするなと言った……。確かに俺も軍から抜けた者だが、それは俺の意思での行為だ……断じてお前たちとは違う。
どんな大義名分をお前たちが背負っているのかは知らないが、それでも、お前たちがやっているのはただの誘拐だ。
俺はな、そんなことして人の弱みにつけ入ろうとする奴らが大嫌いなんだよ……っ!」
かつては自分がリズの立場だった……。
何者かによって拉致され、知らない場所に監禁された。
その結果、姉に大事な試合を棄権させてしまい、結局姉は世界最強という名誉を、掴むことなく現役を引退してしまった。
だから、弱かった自分が憎かったし、そんなことをして大事な試合を無下にした輩が、チナツは大嫌いだった。
「《廻天党》? 偉そうに…………名乗るなら《悪党》を名乗りな‼︎」
腰を低くし、刀の鯉口を切る。
それに応じて、周りのプレイヤーたちも、一気に臨戦態勢へと入った。
「そうか……それは残念だな……ッ!!」
バグリスはゆっくりと右手を上げて、それを一気に振り下ろした……。
「えっ?! クロウさん……今なんて……」
「ですからあの男……チナツという男は、《人斬り抜刀斎》という名で、レッドプレイヤー達に恐れられた、最強のレッドプレイヤーなんです!」
「そ、そんな……嘘よ! チナツくんは……」
「自分は、この目で確かに見ています。なんの躊躇もなく、レッド達を狩る、修羅のような奴の戦っている姿を……!」
《血盟騎士団隠密部隊》……血盟騎士団内に存在するいわば暗部部隊のことだ。
彼らの主な任務は、アインクラッド内で起きている出来事を調査し、表に出せない事柄を、速やかに排除する事。
攻略組ギルドとして活動するギルドである為、その階層マップのデータを収集し、アインクラッド攻略に役立てる事。
そして、他勢力の内情を探る事。
その隠密部隊の隊員達は、皆優秀なメンバーばかりだ。
そのおかげで、ここまで攻略を勧められたと言っても過言ではない。
しかし、そうであったとしても、とても信じ難い事実だった。
「そんな……チナツくんが……抜刀斎?!」
アスナとて名前だけは聞いた事があった。
修羅の如き戦闘能力で、次々とレッドギルドのメンバーを斬り捨てていったというある意味で最強のプレイヤーだという事を。
しかしそれが、あのチナツだったという事に、驚きを隠せない。
「っ! じゃあなおのこと、チナツくんを一人で行かせるべきじゃないわ! みんなに急ぐように伝えて! いくら相手がテロ紛いな事を考えてる悪人達でも、この世界での死は、現実世界の死と同じよ!」
「っ! りょ、了解‼︎」
部下の出動可能状態を待っていたら、リズの安否も気になるが、チナツの殺人が止められない。
ゆえにアスナは、一人だけトップスピードでギルドホールを抜け出し、リズが監禁されている敵アジトまで一直線に走っていった。
「お前ら! 殺ってしまえぇぇッ!!!!!」
バグリスの怒号とともに、数十人規模のオレンジプレイヤー達がチナツに剣を向けて走ってくる。
ほぼ絶望的な光景。それを見ていたリズは、チナツの死を覚悟した。
だが当の本人は、慌てる事も、怯える事もなく、ただただ鯉口を切った状態で静止している。
「本気で行く……後悔するなーーーーーーーーッ!!!!!」
そう言った瞬間、チナツの姿が一瞬にして消えた。
その現状を、一番驚いていたのは、今にも斬りかかろうとしていたオレンジプレイヤー達だろう。
目の前から目標が消えたのだ……一瞬、気が緩み、歩みを止めた。
だがその瞬間、とてつもない衝撃と悲鳴、そして、鬼の叫びが聞こえた。
「おおおおおおおおッーーーー!!!!」
一種にして抜刀した刀。
その一振りで、数人が吹き飛ばされた。
一振り一振りが鋭く、重い。また、身のこなしが常人のそれを遥かに超えている為か、廻天党の部下達も、チナツの姿を捉える事が出来ない。
一振りで数人が宙を舞い、一振りで数人が壁や地面に叩きつけられる。
一振りで数人が意識を飛ばされ、その場に倒れる……それを繰り返す事数分……数十名……20名以上は絶対にいたであろうオレンジプレイヤー達が、全滅したのだ。
「貴様……何者だ……!?」
「チナツ……ただの流浪人だよ」
「流浪人……? バカな事を言うな……貴様がただの流浪人なはずはない。
その身のこなし、神速を超える剣速……容赦のない一撃必殺の剣技……俺たちだってオレンジの端くれだ……貴様の名も知っているさ……!
そうだろう……《人斬り抜刀斎》ッ!!!!!」
「っ!?」
バグリスから放たれたその名前に、リズは驚愕した。
《人斬り抜刀斎》……噂程度にしか聞いていなかった、最強のレッドプレイヤー。
その対象はレッドプレイヤーに限り、出会ったら最後、絶対に死ぬと言われていた存在。
そんな殺人狂が、目の前にいる優しそうな少年だったとは……。
「そうかそうか……ここ最近噂を聞いていなかったが……軍から逃げたのか……。
にしても、何故ここにいる? 今更軍を抜けて、貴様は一体何をしている!」
「別に……ただちょっとした罪滅ぼしの旅をしているってだけだ」
「……ふっ、フハハッ、フハハッハッハッハーーッ! 罪滅ぼし?! 貴様がそんな大層な事を言えた義理か?
あれだけの屍の山を築いておいてよくもまぁそんな事が言えたものだ……。そんな腑抜けた貴様は、もはや抜刀斎とは、言い難いな」
バグリスは自身の腰から剣を引き抜く。
両手用の長剣だった。よく見れば、その剣は一級品の装備で、他にマントが覆いかぶさっていてよく見えないが、その隙間から見える鎧は、通常のものよりもレア度は高そうだった。
「今の腑抜けた貴様に、この俺は倒せんよ! この最高の剣と、最硬の鎧があるからなぁッ‼︎」
そう言ってバグリスは、茶色いボロマントを掴み、その身から脱ぎだした。
そこから現れたのは、漆のような光沢を放った、漆黒の重厚な鎧。
「っ! その鎧は……」
「そうだ! 最高素材……《黒龍の鱗》で作り上げた鎧だ! こいつはそこいらの剣で傷つけられるような代物ではないぞ……?
ましてや……!」
「っ!?」
突如、チナツの視界が奪われる。
バグリスがボロマントをチナツに向かって投げたのだ。
しかもマントが大きく広がった状態で投げられたため、チナツの視界に、バグリスの姿は映っていない。
そんな状態のチナツに向けて、バグリスは長剣を突き立て、思いっきり突き貫いた。
「死人には絶対に無理だよなあッ!!!!!」
「ンンッーー!!!!」
あんな視界ゼロの中で、突然攻撃されたのなら、絶対に無事ではいられないだろう。
ましてや、バグリスが刺突を放ったのは、チナツの顔があった付近だ。
クリーンヒットしていたら、HPは全損し、チナツは死んでいるだろう。
そんな悲惨な現場を、目の前で見せられたリズは、激しく踠いた。
自分のせいで、アスナ達に迷惑をかけて、チナツを死なせてしまった……。
そう思うと、とてもじゃないが、耐えられなかった。
目からは涙が溢れてきて、それが頬を伝い、やがて地面に落ちる。
だが、そんな状況下で、リズは不思議な光景を見た。
それは、自分の目の前に、“チナツの後ろ姿” が映っていたからだ。
「遅えよ……!」
「「っ!?」」
あの一瞬で、バグリスの背後を取ったのだ。
だが、バグリスには、まだ最硬の鎧がある。
たとえチナツの刀が優れていても、斬ることに特化している刀では、鎧を傷つけることは出来たとしても、それを通り越して、バグリスを倒すことは出来ない。
「無駄だ! いくら貴様の刀がすごくても、俺の鎧はーーーー」
「でやあああああッ!!!!!」
バアキャアァァァァーーーーンッ!!!!!!!!!
その場に、金属が割れるような凄まじい音が鳴り響いた。
当然、それはチナツがバグリスを斬りつけ音だったわけだが、ちょうどその場面に、アスナたち血盟騎士団が到着した。
武装した高レベルプレイヤーたちが数十人以上……これだけでも《廻天党》のメンバーを取り押さえるには十分な数だ。
だが、既に遅かった。
そこでアスナたちが見たのは、チナツがバグリスに対してとどめの一撃を見舞っている時だったのだ。
「はぁ……はぁ……遅かった……!」
リズの安否もそうだが、チナツが《人斬り抜刀斎》だったのなら、もう二度と殺人はさせたくないと思っていた……。
チナツはとても優しい人……それを知っていたから、アスナはそんな罪を、また背負ってほしくないと思った。
だが、そんな願いが届かなかったことに、アスナは悔やみ、その場に膝立ちになった。
だが………
「がっ……ああ……!?」
「「「「っ!?」」」」
バグリスは生きていた。
そしてよく見ると、チナツの刀は鎧を “斬って” いたのではなく、“叩いて” いたのだ。
叩かれた部分はヒビが入り、やがてボロボロに砕け散り、ポリゴン粒子となって消えていった。
「き、きさ……ま……!」
「確かに鎧は斬れない……だが、叩けばそれはまた別だろう?」
その場に倒れるバグリス。
人間の急所でもある脇下への一撃。本来ならば一撃死するところだが、峰打ちにしたため、HPが半減しただけで済んだ。
よく見ると、他に転がっているプレイヤーたちも、HPが半減しているだけで、死んでいる者はいなかった。
「そ、そんな……抜刀斎が……どうして……?!」
そう言葉にしたのは、チナツの姿を見ていたクロウだった。
あの修羅さながらに人を斬り捨ててきたチナツか、どうして峰打ち程度にしかしなかったのか……。
「別に……好きで人斬ってきたわけじゃないですよ……」
クロウの問いに、チナツは静かに答えた。
そう、好きで戦ってきたわけでも、殺してきたわけじゃない。
それが使命だと、これが正しいのだと、あの時の自分がそう思ったから……でも、今は違うのだ。
もう一度、自分の信念を見つけるため……何のために力を使うのか……それを確かめるために、戦っているのだから……。
チナツはゆっくりと、リズの元へと向かい、手脚の拘束を解いて、口を塞いでいた布地を取り外した。
「大丈夫ですか、リズさん?」
「う、うん……ありがとう……」
初めてチナツに会った時と、同じ顔だった。
しかし、先ほどの戦闘の際には、バグリスの入ったように、鬼の様な形相で並み居る敵を片っ端から倒して行っていた。
そう思うと、一体どっちが本当のチナツなのだろうと、リズは思ってしまった。
だが、今はそんなのどうでもいい……今は助けてくれたことに感謝しなければ……
「ありがとう……また助かったわね」
「いえいえ。大したことじゃないですよ」
「これが大したことじゃなかったら、一体なんだって言うのよ……」
「あっははは……」
謙虚なのか、それとも嫌みなのか……。
呆れ顔をするリズに、苦笑いで返すチナツ。
だが、そんな雰囲気も、アスナの大きな声が粉砕した。
「リズゥーーーー!!!!」
「ん? って、うわあっ!?」
「よ、よかったよぉー! リズ、無事だよね?! 変なことされてないよね!?」
「だ、大丈夫だってぇの! もう、心配しすぎよ……」
「本当、本当に良かったぁー!」
「はいはい」
その後、《廻天党》のメンバーは皆一様に《黒鉄宮》へと打ち込まれた。
チナツへは、血盟騎士団から相当の報酬を渡し、事件解決の御礼として、報酬の中にレアアイテムが入っていた。
《コート・オブ・ミスリルアイズ》。コートのアイテムで、アイテム補正として耐毒、耐久性能の向上などがついた白を基調とした生地に、蒼いラインが入ったデザインだ。
これは、アスナからの個人的な贈り物だった。
そして、事件解決後に、チナツは再びリズの店を訪れていた。
「私もあんたに恩返ししたいんだけどさ……何をしたらいいのか、見当もつかないのよねぇ〜」
「別にいいですよ、お礼なんて……」
「だから、それは私が嫌だってぇの! うーん……チナツは、なんかして欲しいことある?
あっ! あんたに新しい武器を作ってあげようか! 私、鍛冶屋だし!」
「そうですね……でも、いいですよ。こいつでも十分、俺は満足してるんで」
そう言って、チナツは自身の腰に差してある刀の柄をポンッと叩いた。
「ええ〜! そんなんじゃ意味ないじゃない……どうしよう……あっ!」
そこで、リズは名案を思いついた。
「なら、作るんじゃなくて、その武器を強化してあげようか?」
「こいつを? でも、これ以上は強化出来ませんよ?」
チナツの持つ《白楼》は、既に最大値まで強化していた。
そんな事は、一度鑑定スキルで見ているリズだってわかっている筈だ……しかし、リズは人差し指を左右に揺らして、「チチチッ」とチナツの言葉を否定した。
「確かに今の状態で強化したら、その刀は壊れてしまうけど、また新たな刀へと生まれ変わらせればいいわけよ!」
「生まれ変わらせる? どうやって……」
リズは得意げな表情を作ると、自身のメインメニューを開き、あるアイテムを取り出した。
それは、白い牙の様なもので、それをタップして、アイテム名を表示した。
「《氷龍の牙》……これは、強化用の素材アイテムですか?」
「うん。これを使って、あんたの刀を強化してあげる!」
「いや、でも! これ結構高価なアイテムなんじゃ……!」
「ああ〜大丈夫大丈夫、これ私を拉致った奴らのアジトからネコババしてきた奴だから、別に気にしなくってオッケー!」
「……それ、完全な窃盗罪ですよ? リズさん……」
「それを言うならあいつらは誘拐罪でしょう? これでおあいこよ。それで? どうするの……強化するなら、早めにやりたいんだけど」
「そうですね……」
チナツは、一度自身の刀を見てから、決心したかのように、リズにその刀を渡した。
「お願いします」
「ふふーん♪ そう来なくっちゃねぇ〜!」
リズはチナツから刀をもらい受け、再び鞘から刀身を抜き放つ。
《天匠》ジンテツの打った刀に、今から自分が槌を打つのだと思うと、なんだか不思議な気分だった……。
でも、今はそんな事どうでもいい……今はただ、自身を救ってくれたこの少年に、自身のすべての思いを乗せて、最高の素材と最高のスキルで、最高の武器を作ってやろう……!
ただ、そう言う想いがあっただけだ。
「すぅー……はぁ……よし!」
メンテナンスをお願いしてきた、あの時に以上に気合いを入れた。
素材を炉で溶かし、刀に当てて一緒に槌で打っていく。
その一つ一つの作業に、リズ自身の思いを一緒に打ち込んだ。
幾度目かの槌を打った時、刀が光を放って、形を変えた。
鍔無しの不思議な色合いを帯びていた刀は、純白な色合いを帯びて、鍔、柄、刀身……全てに至るまで純白。
まるで、新雪の様な輝かしい色を放っていた。
「……《雪華楼》……! 出来た……ッ!」
「《雪華楼》…………」
新たな姿に変わった愛刀の姿に、チナツは目を細めた。
「持ってみたら?」
「はい……」
チナツは、その愛刀の柄を握り、その場で二、三度振ってみた。
「っ!」
「どう?」
「…………凄いです……! なんていうか、驚くほど手に馴染むっていうか……これが、俺の……!」
「そう、あんたの相棒……《雪華楼》よ!」
まじまじと刀の刀身を魅入るチナツ。
しかし、その表情はどこか儚げで、どことなく、悲哀の色を帯びていたのを、リズは見ていた。
「ありがとうございます、リズさん……これでまた、俺も頑張れます」
「まぁ、ほどほどにしなさいよ? 命あっての物種なんだからね?」
「ははっ、肝に銘じておきますよ」
チナツは新調してもらった新たな鞘に、愛刀を納める。
そして、アスナからもらったコートを、ウインドウを操作して装備し、白いコートに白い刀を差したチナツ。
その姿は、白き侍といった風貌だった。
「そんじゃあ、また何かあったら来なさいよ!」
「はい!」
白いコートを翻し、チナツは再び流浪人として、あてのない旅へと出たのであった。
次回は今度こそキリトとアスナ、チナツとカタナの出会いを書きますので(⌒▽⌒)
感想よろしくお願いします!