リズとチナツの話しは、少し長くなるかもですので、ご容赦を……
「私は、圭子みたいなドラマチックな出会い方じゃなかったなぁ〜」
思い出しながら、里香は空を見上げた。
あれはデスゲームが開始されて、大体一年が経過した時だった頃だろうか……。
里香……いや、リズは、念願だった自分の店を持つことが出来た。
『リズベット武具店』という小さな鍛冶屋だが、《マスタースミス》のスキルを習得していたため、作れる武器も相当レベルの高いものが多く、攻略組ギルドで、最強の名を冠していたギルド《血盟騎士団》に入団していたアスナも、リズと昔に出会って以降、時々剣の研ぎやメンテをしてもらっている。
そんなリズはその時、少しスランプに陥っていた。
武器を打とうにも、出来上がる装備はそこそこのものばかり……。
一体、どうすれば一流の武器を作れるのか……毎日試行錯誤を繰り返していた。
そんな時、キリトが客として入ってきた。
「リズベット武具店へようこそ!」
「…………あっ、その、オーダーメイドをお願いしたいんですけど」
とびっきりの笑顔で店内へと入ってきた客をもてなす。
それが店を持った者の務めだ。
たが、そこにいたのは、全身黒ずくめの格好した、軽装の男性プレイヤー。
目新しい装備などはつけておらず、豪華で重厚な鎧などを着込んでもいないため、はじめに思った印象は……
(この人……お財布大丈夫かな?)
いくらお願いされたとしてと、その代金を支払ってもらわなければ意味がない。
だから一応聞いてみる。
「あの……今、金属の相場が上がっておりまして……」
「ああ、予算は気にしなくていいよ。今打てる最高の一振りが欲しいんだけど……」
「と、言われましても……具体的な性能の目標値を出してもらわないと……」
「あぁ、そっか……。なら、こいつと同等以上の性能って事でどうかな?」
「は、はぁ……」
そう言いながら、キリトは自分が背負っていた片手剣をリズに渡す。
リズも渋々と言うような感じで両手を伸ばし、キリトから剣を受け取る。
と、受け取った瞬間、両手にとてつもない重量がかかる。
「う、うわあ!?」
見た目に反してかなり重い剣だったという印象があった。
鍛冶スキルの鑑定を使い、キリトの剣を見てみる。
(《エリュシデータ》……モンスタードロップの中じゃ、魔剣クラスの化け物みたいね……っ‼︎)
鎧なども一切つけていない、見るからにみずぽらしい格好をしているキリトが、こんなすごい剣を持っていることに、リズは少なからず疑問を抱いた。
一体このプレイヤーは何者なんだと……。
「どう? できそう?」
「ん……うーん……」
思った以上のプレイヤーに、一瞬戸惑うが、リズは一振りの剣を取る。
それは、店のカウンターに飾られていた片手用直剣。
見た目はレイピアのように細いが、中々の出来栄え。
「これならどう? 私が鍛え上げた、最高傑作よ!」
自信満々に進める。
それだけの自信はあった。
受け取ったキリトは、その剣を二回ほどその場で振るう。
「うーん……ちょっと軽いかな……」
「まぁ、使った金属が、スピード系のやつだからね」
「……ちょっと、試してもいい?」
「試す? 何を……?」
「耐久力をさ」
「ん?」
耐久力を試す……それはいいが、一体どうやって?
ここには試せるようなものは置いてないし、モンスターだっていないのだ……試しようがないだろう……そう思ったのだが、次の瞬間、キリトは自分の剣《エリュシデータ》を左手に持つと、鋒をカウンターテーブルに乗せ、右手に持ったリズの自信作を振りかぶる。
「ちょっと! そんな事したら、あんたの剣が折れちゃうわよ!?」
「そん時はーーー」
右手に持つ剣が、ライトエフェクトを纏い、勢いよく振り下ろされる。
「ーーーそん時さ!!!!」
パキィィィィィーーーーン!!!!
折れた……確かに折れた。
しかし、折れたのは、リズの自信作の方だった。
鋒から約15センチから20センチくらいの長さだろうか……ポッキリと折れてしまったのだ。
折れた剣先は、武具店の床を転がり、店の隅っこの方へ。
やがてその姿を形取る力を失ったのか、ポリゴン粒子となって消えていった。
「いやあああああっ!!!!!」
苦労をかけて鍛え上げた一振りが、あっけなく砕けたのだ。
絶叫するのは当然とも言えるだろう……。
「いきなり店の売り物壊されて、第一印象最悪だったわよ……」
「ううっ、す、すみません……!」
「キリトさんって、時々凄く驚くことをやりますよねー」
ここは兄に変わって、妹である直葉が謝罪をした。
圭子も一応は知っているみたいで、剣を台無しにされたり里香を同情する。
「他にも、ドラゴンの巣穴に落っこちたり、ドラゴンのンコを投げつけられたり……ったく、ろくな思い出がないわねぇ〜」
「ごめんね、リズ」
「いいっていいって。今ではいい思い出よ」
そう、今では良い……というより、深く印象に残っている思い出だ。
剣を折られてから、リズはドラゴンが生成する鉱石で、キリトの剣を作るといい、当初、キリトは一人で行くといった。
だが、鉱石を手に入れるには、《マスタースミス》の称号がないとダメだとリズがいい、キリトは仕方ないといった表情で、リズの同行を認めた。
問題のドラゴンが出るのは、氷雪地帯の山岳地域。
水晶で埋め尽くされた山道に住まい、その水晶を餌に、鉱石を作り出しているらしい。
普段は武具店に篭りっきりで、鉄を打ったり、剣を研いだりしている日々だったため、外に出て、幻想的な景色を見るのは、実に久しぶりだった。
が、はしゃぐリズを、キリトが止める。
問題のドラゴンが出てきたら、すぐに隠れろ。それがキリトの言葉だった。リズも反論し、自分だって戦えるといったが、キリトは頑なにその要求を断った。
その剣幕が異常だったと、リズはすぐに思った。
どうしてそこまでの感情を込められるのか……ここはキリトの言う事を聞くことにした。
そして、ドラゴンと対決することになった。
そこでリズは、キリトと言うプレイヤーの強さを、改めて理解したのだ。たった一人でドラゴンを打ち倒してしまうのではないかと、本気で思った。
しかし、そこで問題が起きた。
キリトの言いつけを破り、リズがドラゴンの視界に入ってしまったのだ。その結果、突風を起こし、軽い吹雪が起こって、リズはドラゴンの巣な穴へと落ちてしまった。
死を覚悟した。しかし、それをさせまいと、キリトの腕が伸びてきた。
リズの体をしっかりと抱きしめ、二人は共に巣穴へと落ちたのだ。
二人は奇跡的に生きていた。
しかし、帰り方がわからない。転移結晶も使えないため、もはや脱出は不可能なのではと、リズは不安になった。
しかし、あまり動揺を見せないキリトにつられ、その日はそのまま野宿をする羽目に。
「ねぇ、手……握って……」
「……うん」
心細く思う日が多かった。
この世界……《アインクラッド》に来てからは、ずっと何か寂しいと思った。
そんな時、キリトの手を握った。
そこから伝わってくるのは、人の温かさだった。
「温かい……」
「え……?」
「私もキリトも、仮想世界のデータなのに……」
そう、仮想世界のデータなのに……。
ただナーヴギアから送られる、電気信号なのに……凄く、暖かかったのだ。
その日、その暖かさをその身に感じながら、リズは眠りについた。
翌朝、キリトが巣穴の地面を掘っていた。
その行動を不審に思ったが、その後、その行動理由が理解できた。
求めていた鉱石を発見したのだ。
その推測が、ドラゴンは食料として水晶を食べ、それを腹の中に蓄積して、鉱石を産み落とす。
つまりは、その鉱石こそが、ドラゴンの排泄物……いわゆる、便だ。
それを手に入れ、ドラゴンからの追跡を逃れ、巣穴からも脱出した。
そして、あの光景を共に見た。
「す、すごい……っ! 綺麗ぇ……!!!!」
雄大な雪山に登る朝日。
その輝かしい光が、中に舞う氷の結晶に反射して、ダイヤモンドダストを作り出していた。
そして、伸ばされたキリトの手を、リズは強く握り返した。
「キリトォォッ! 私ねぇーーー!!!!」
「なぁにっ!?」
「私! キリトの事! スキィィィィィーーーーッ!!!!!」
「なんだってっ?! 聞こえないよ‼︎」
「なんでもなぁーいッ!!!!! フハッ、アハハハッ♪ フハハハッ♪」
キリトに、自身のうちに湧き上がっていた感情を吐露した。
まぁ、本人は聞こえていなかったようだが。
それでも、キリトが好きだと言う気持ちが、心の底から理解できた。
その後、手に入れた鉱石で、キリトの為に剣を打った。
槌を振るう度に、キリトへの思いを込めた。
そして、出来上がった剣は、《エリュシデータ》にも負けない、優れた一品。闇を斬り払う者……その名を《ダークリパルサー》。
青白い、水色のような鉱石の色を反映しているのか、漆黒の《エリュシデータ》に反するような、氷白の《ダークリパルサー》。
キリトは手に取り、その剣の感触を確かめた。その手に伝わる重量感……その重さは、ただ単に武器の重さだけではない。
これを作り出した、リズの気持ち……いや、魂そのものも、一緒に乗っかっているようであった。
それから、キリトに、改めて伝えようとした。自分の気持ちを、キリトが好きだって言う気持ちを……。
しかし、そこへやってきた親友……アスナとキリトの関係性を知ってしまう。
アスナが誰かに想いを寄せているのは知っていた。だが、それが自分と同じ人だったとは……。
リズは耐え切れず、店を出て行ってしまった。
親友の恋路を邪魔したくない……そう思いながらも、親友には絶対に敵わないと思い、悔しさも含めた涙を流した。
だが、キリトはリズを追ってきた。
正直、嬉しかった……でも、追ってきてはダメだと、キリトに告げた。
そして、ある約束をした。
「キリトが……この世界を終わらせて……!」
「リズ……」
このゲームのクリアを約束した。
少し経てば、またいつもの自分に戻る……そしてその時は、全力で二人をサポートしよう。
そう思ったのだった。
「なんだかなぁ……今頃、美人先生とイチャコラしてるのかなぁ〜……あいつめ……」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
それを誰かが聞いていたかは、わからなかった。
「そういえば、里香さんって、一夏とも知り合いなんでしょう? 一夏とはどうやって知り合ったの?」
「ん? えっと……」
これまではキリト……和人の事ばっかりだったので、もう一人、一夏の事が気になった鈴。
一夏の事は、前に明日奈と刀奈の二人から聞いた。
元々攻略組の一員で、最前線で戦っていたが、途中で軍に入り、影の人斬り役として暗部に身を寄せていた。
その後、レッドプレイヤーたちに恐れられた、最強の剣士《人斬り抜刀斎》という名をつけられた。
そしてのちに、再び表舞台へと現れ、最強ギルド《血盟騎士団》に入団し、再びボス攻略に励んでいた……。
だが、聞いたのはそこだけだ。
主に一緒にいた二人からの話だけ……だが、その他にも、彼と接していた人物がいるはずだ……その人物から、どんな事でもいいから、色々と聞いてみたい。
「圭子もチナツとは知り合いだったっけ?」
「はい。ちゃんとSAOの中で会ってますよ? まぁ、キリトさんみたいな感じじゃなかったですけど」
「と言うと?」
「ええっとですね……」
鈴に呼応して、箒も圭子に視線を向ける。
圭子はあの日の事を思い出しながら、口を開いた。
「チナツさんに出会ったのは、私がキリトさんに会って、ピナを生き返らせてもらった後ですね。
その時、ピナの好きなナッツを探したりとか、生産系のアイテムを収集するクエストを受けてて、ちょうど、草原エリアを歩いてたんです。その時に、チナツさんに出会って……」
キリトからピナを生き返らせてもらい、キリトとシリカはそのまま別れた。
キリトは攻略組。シリカはまだ中層域がギリギリのプレイヤー。
どんなに頑張っても、キリトのいる場所までは早々行く事は出来ない。
でも、もしも望みがあるのなら、もう一度会いたい……。
そう言う想いを込めて、日々クエストを消化し、レベルを上げていった。おかげでピナのキュアブレスの回復力も上がったり、自身も短剣スキルのレベルは上がっていた。
相変わらず、モンスターとの戦闘は怖いが、それでも頑張っている。
そんなある日の事。シリカはいつものように、スローター系の収集クエストを請け負っていた。
内容は、生産系のアイテムを20個ほど集めるというもの。
当然、その辺りを散策していれば、見つかるかもしれないが、特定のモンスターを倒す事でも、そのアイテムは得られる為、武装のチェックも忘れない。
「よし! それじゃあ、張り切っていこう!」
「キュウっ!」
相棒ピナを肩に乗せ、シリカは出発した。
目指すのは、中層の草原エリア。そこに実る木の実を持ち帰るというクエスト。
当然、モンスターも出る。
だが、以前共に戦ったキリトの教えを生かし、うまく立ち回っては、的確にソードスキルを発動させ、モンスターを消滅させる。
アイテムをゲットしながら、シリカは探索を続けた。
そして、アイテムの収集が折り返し地点に到着したところで、シリカは周囲を警戒しながら、買い置きしていたサンドウィッチを頬張る。
「ピナもお腹空いたでしょう? ほら、ナッツだよ〜」
「キュウ!」
ピナはナッツが大好きだ。
シリカの肩から降りて、地面に降り立つと、シリカの手からナッツを咥え、カリカリと食べている。
その表情が、なんとも可愛らしく、ずっと見ていても飽きないのだ。
だがそんな時、不意にピナが何かに気づいたらしい……顔を上げて、翼をはためかせ、どこかへと飛んでいく。
「えっ?! ピ、ピナ、どこに行くの!?」
慌ててシリカもピナを追いかけるが、元々体も小さく、空を飛ぶピナを相手に、シリカが追いつくわけもなく。
完全に見失ってしまった。
「ううっ〜〜、どうしよう……。ピナァァ〜〜! どこぉ〜〜!?」
ピナがいなくなると、どうしても以前の記憶が蘇る。
自身の危機に、主人を守ろうとモンスターの攻撃を受け、一度は消滅したピナ。
その時の消失感は、今でもシリカの中に残っている。
だから今も、その消失感に襲われそうになる。
「ううっ〜〜! ピナァァ〜〜〜!」
どこかにいるであろうパートナーの名を呼ぶ。
そして、ある古代の遺跡群のある場所までやってきた。
もしかしたら、ここの何処かにいるかも……そう思い、必死にピナの名を呼ぶ。
その時だった。
「こらこら、くすぐったいって……あはははっ♪」
「キュウ!」
「へっ? ピナ?!」
確かに今のはピナの鳴き声。
しかし、誰かが一緒にいる。それも若い男の人の声が……。
不安な気持ちになりながら、シリカは声のする方へと歩み寄っていく。
すると、黒い羽織のような外套を着た男性プレイヤーの頭の上に乗っかっているピナの姿があった。
「も、もう〜、ピナ! その人の頭から降りないとダメだよ!」
慌てて駆け寄ってくるシリカを見て、その男性はキョトンとしていた。
「あ、あの、すみません! うちのピナが、ご迷惑を……!」
「うちの……? このフェザーリドラの事?」
「は、はい……その子、私のパートナーなんです」
「っ! 驚いたな……君は《ビーストテイマー》だったのか!?」
「は、はい……そうです」
なんだか前に、キリトから助けてもらった時の事を思い出した。
キリトもシリカが《ビーストテイマー》であることに驚き、同じ言葉を言ったのだ。
ああ、キリトさんは一体どこで何をしているのだろう……。別れたあの日から、その事を思う日が絶えない。
「《ビーストテイマー》という職があったのは知っていたけど、君みたいな子が、しかも希少なフェザーリドラをテイムしてるなんてな……!」
「あ、はい……! あっ、それよりも! うちのピナが本当にご迷惑を……っ!」
我に返ったように、シリカは再び男性に頭を下げた。
すると、当の本人は怒るどころか、ふわっと笑みを零し、首を横に振った。
「いやいや、別に気にしてないよ。にしても、ご主人様以外も、結構懐くんだな……」
男性から言われて、ハッと思った。
確かにそうだ。
こう言ったテイムモンスターは、単純なアルゴリズムしか持っていない。ゆえに、ご主人であるシリカにしか、こう言う懐き方はしないはずなのに、目の前にいる男性と、もう一人、キリトには、ピナはすごく懐いているようにも思えた。
「あの、私、シリカって言います! この子はピナ」
「ああ、まだ名乗ってなかったね。俺はチナツ……流浪人だよ」
「る、るろうに……?」
「流浪人。あてのない旅をしている……まぁ、剣客だよ」
「そ、そうなんですね……」
「ふふっ……ごめんね、そんなに身構えなくていいよ。よろしく、シリカ。それに、ピナもな」
「あ、はい! よ、よろしくです!」
「キュウ!」
これが、シリカとチナツの、初めての出会いだったのだ……。
「それで? 一夏とはそれっきり?」
「はい。一緒にクエストを手伝ってくれたり、モンスターの討伐をしてくれたりしてからは、私とチナツさんは別行動でしたから……」
「ふーん……」
鈴は、「意外にもドラマチックじゃない」と言った感じで圭子の話を聞いていた。圭子のこう言う出会い方を、自分もしていたならなぁ〜と思うと、実際の出会い方……学校に転校してきた時に、一度は喧嘩をして一夏の事を殴った過去があるため、結構負い目を感じている部分がある。
「では、里香さんは? 里香さんも、一夏とは会っているんですよね?」
「ん? うん、まぁーね。あいつには、色々と助けってもらっちゃってね」
「それは、鍛冶屋の?」
「ううん。私の命の恩人……かな? ちょっと大げさだけど」
「大げさじゃないよー! あの時、チナツくんがいなかったら、リズはもっとひどいことされてたかもしれないんだよー?」
「ま、まぁ、終わった事じゃない……! ね?」
「もう……」
明日奈と里香は一体何のことを話しているのか……。
箒はさらに聞いてみる事にした。
「それって、どういう……」
「ああ、えっとね。私がキリトと会う前なんだけどさ、ちょっと、トラブルに巻き込まれちゃってね……」
キリトと会う数ヶ月前のこと。
まだリズが、マスタースミスの称号を得たぐらいの時だろうか。
今の顧客は、古くからの友人であるアスナと、他に数人程度。だが、次第にその腕の良さを評価してくれるプレイヤーたちが集まり、リズベット武具店は繁盛し始めていた。
そうなると、当然加工する金属などの買い占めにも行かなければならない。
時折市場に行ったり、街を出てモンスターを倒して、アイテムを得たりする。しかしそんな時、リズはある集団からの再三にわたる勧誘を受けていた。
いや、勧誘とは少し優しい言い方だ。あれもう一方的な強要と言ったほうがいいだろう……。
その日も、鉱石を購入し、他の武具店に行って、武具の市場調査を行っていた。そして案の定、面倒事に巻き込まれる。
「だから! 私は自分の店があるって言ってんじゃん!」
「その稼ぎよりも倍の値段を支払うと言っているんだ。これ以上何を拒んでいる?」
「あいにく、専属になる気はないの。私は今の店があるから十分なわけ……わかる?
だから、そこをどいてくれない? これから帰って、鉱石の練丹しなくちゃいけないから」
「待てよ! 話しはまだーーー」
「ちょっ、いや! 離してよ! 何なのよまったく!!!!」
無理やり腕を掴み、連れて行かれそうになる。
そんな時、ふと、男の腕が自身の腕から離れたのだ。
リズが何かをやったわけではない。よく見ると、リズの腕を掴んでいた男の手を、また別の手が引っ張っていた。
「無理やりな勧誘は、あまり良いものとは思えないんだけど?」
「え?」
よく見ると、普通の、どこにでもいそうな少年だった。羽織っている黒衣の羽織や腰にさしている日本刀以外、特に変わり映えのしない少年。
しかし、どこにそんな力があるのかわからないが、剛腕と言っても良いような屈強な男の腕を、片手で封殺している。
「なんだテメェは……?!」
「通りすがりの流浪人です」
「アァン? 流浪人?」
「はい、流浪人です」
「ほほう? ただの流浪人……こんな世界に閉じ込められて悠々自適に旅なんかしているってか?」
「まぁね……ちょっとした事情でね」
「そうかいそうかい…。だけどよ、だったらなおさらテメェは引っ込んでろ……!
ボス攻略にも参加しねぇ、強くなるつもりもねぇ、テメェのような暇人にいちいち構ってる時間はねぇんだよ!」
「そうそう。腰抜けはとっとと消えろってんだ」
男性プレイヤー二人から、あれこれ罵声を浴びる少年。
さすがにリズも、それは言い過ぎだろうと思い、反論したい気持ちになったが、当の本人はまったく気にしていない様子だった。
「はいはい、消えますよ。まぁ、と言っても……」
「へぇ?」
少年はさっとリズをお姫様だっこすると、一目散にその場から離れた。
「やっぱり強要するような勧誘はいけないと思いますよぉ〜〜!」
「あっ! 待ちやがれこの腰抜け‼︎」
「逃げてんじゃねぇーよ!!!!」
二人の男性プレイヤーは、少年とリズを追う。
しかし、少年の足の速さは尋常ではなかったみたいで、二人は必死に追いかけるも、どんどんどんどん引き離されていく。
やがて居住区の細道などを利用し、少年は二人からの追跡を捲いた。
「さてと、ここまでくれば安心だろう……」
「…………」
「ん? どうしました?」
何故かジト目で少年の顔を見るリズ。
はて? 一体どうしたというのだろう。
「あのさ、もういいなら……とっとと下ろしてくんない?」
「ん? …………ああっ! す、すみません!」
慌ててリズを地面に足つかせる。
「す、すみません。なんか、強引に……ですので、その、ハラスメント警告をタップするのだけは……」
「…………はぁ、まぁいいわ。一応助けてくれたんだし、それは見送ってあげる」
「ふぅー。ありがとうございます」
「それにしても、あんた足速いのねぇ〜。ステータスはAGI型?」
「ええ、まぁ……。っと、まだ自己紹介もしてなかったですね。俺はチナツ。よろしくです」
「こちらこそ……私はリズベット。よろしく、チナツ」
改めて握手を交わし、話しは先ほどの男たちについて。
「しかし、あの人たちは一体何なんですか? 結構強引でしたけど……」
「最近ねぇ、私を専属のスミスにしたいって……。ほんと、しつこいのよねぇ〜、私は店があるっていうのに……」
「へぇ〜、リズベットさんはお店を持ってるんですね」
「リズでいいわよ? そうだ! どうせなら、あんたのその剣。私に見せなさいよ。お礼も兼ねてメンテしてあげるわよ」
「えっ? いや、そんないいですよ! そこまで大した事やってないのに……!」
「別にいいっての。さっきも言ったでしょう……助けられたって。あんまり貸借りは作りなくないのよ。ほら、私の店までついてきなさい」
「は、はぁ……」
意外と肝が据わっているというか何というか……。
とにかく、リズに付いて行くままに、チナツはリズの店まで同行した。
水車が回っている風情ある店の佇まい。
プレイヤー個人が運営している店は数多く見てきたが、ここまで立派なものは初めて見たかもしれない。
店内に入ると、ショーケースの中に所狭しと剣や防具が並べられており、壁際には甲冑や槍、斧と言ったものまで飾ってある。
大抵はNPCがやっている鍛冶屋……あるいは道具屋で、武器の強化やメンテナンスをしてもらってきたチナツだが、NPCとプレイヤー自身が行う《鍛冶スキル》の技量は、天と地ほどの差がある。
それに、本人から話を聞けば、マスタースミスとしてのスキルも持ち合わせている。
これはかなり優秀な鍛治師に出会えたようだ。
「ほい、あんたの刀見せて」
「あ、はい。どうぞ」
剣帯から刀を抜き取り、リズに渡す。
リズは慣れた手つきで刀を鞘から抜き、刀身を鑑定するように魅入る。
(へぇ〜……変わった刀。刀スキルカテゴリーに入ってないなんて……片手剣スキル……ってことはこれは片手用直剣として成り立ってるのか……)
見た目は刀のような姿。柄の拵え、刀身の反り、刃に映る刃紋。唯一ないといえば、鍔だけだ。
黒塗りの鞘に納められた刀。しかし、その刀身は、不思議な色をしている。
鋼にしては、どことなく白いのだ。鋼の輝きとは違う、変わった色合いの光を放っている。
こんな武器を、リズは今まで見たことがなかった。
「あんたのこの刀って、モンスタードロップなの?」
「まぁ、元々はそうなんですけど、強化を続けている内に、そうなりましたね」
「へぇ〜」
自身が見たことのない刀を見られて、少し興味が湧いた。
鑑定スキルを使って、この武器の特性や名を見てみる。
「名前は……《
刀の作成者の名を見た途端、リズは飛び上がった。
《ジンテツ》……それは、このアインクラッドの中に存在する鍛治師の中では名匠中の名匠、《天匠》の名で知られる有名な鍛治師の名だ。
彼の作る作品はどれも一級品だと、攻略に出ているプレイヤーはもちろん、鍛治師たちの中でも高い評価を受けている。
しかし、とても気難しいおっさんと言う噂で、自分が興味の湧いた者にしか武器を提供しないと聞く。
しかも、今では《アインクラッド解放軍》の傘下に入っているため、武器のオーダーメイドを頼もうにも、軍の許可なくしては出来ない決まりになっている。
「あ、あんた! 一体どうやって?!」
「えっと、昔、軍にいたことがあって。抜けるときに、餞別だって……」
「でも、軍の許可が無くちゃ、作ってもらえないんじゃ……」
「まぁ、表向きには……ですよ。軍の人間も、あの気難しいおっさんの手綱なんて、ちゃんと握れてるわけじゃないですから。
あの人は自由に自分の鍛冶屋を運営できるから、軍の傘下に入っただけで、普通に商売してますよ?
まぁ、作る相手を選ぶのと、作る作品の値段の高さゆえに、あまり客は来ないんですけどね」
くすくす笑いながら話すチナツを見て、リズ自身も、これはとんでもない人物に会ったのではないかと思ってしまう。
そして、再び視線を刀に移す。
あの名匠《ジンテツ》が打った刀。それをこの手に出来ようとは……。
メンテナンスをすると言った手前、今更断ることができないが、それが稀代の名匠の逸品となると、一つ一つの作業に慎重さが増していく。
「すぅー……ふぅー……よし!」
一呼吸付いて、刀の手入れを始める。
より慎重に、より真剣に……刃を研いで、耐久値を治し、万全の状態で持ち主に返す。
これが鍛冶屋のやるべきことだ。
「…………よし、オッケー」
緊張のひと時が終わり、リズは慎重に刀を鞘に戻した。
「まったく、こんなに神経使ったのは初めてかも……」
「ありがとうございます。いくらですか?」
「あー、いいよ。今回はタダで」
「ええ!? そ、そんな、それはダメですよ!」
「いいっていいって……助けてくれたお礼と、その稀代の名匠の作に触れられただけでも、十分に嬉しかったし……」
「で、でも……」
「あー! もう、いいって! その代わり、これからはうちをご贔屓に、お願いするわ!」
「…………わかりました。これからは、この店で色々とお世話になりますよ。『リズベット武具店』……確かに覚えました。これからもよろしくお願いしますね、リズベットさん」
「リズでいいわ。よろしく、チナツ」
二人は再び握手を交わし、その場は別れた。
新しい顧客を手に入れたリズと、優秀な鍛治師と出会えたチナツ。
今日は色々とあったが、いい一日だったと思った。
しかし、その日の夜……。
リズが何者かによって拉致されてしまったのだった……。
次回は、チナツとリズの話を終わらせて、できれば、アスナとキリト、カタナとチナツが出会った話までいければと思います。
感想よろしくお願いします!