今回はシリカのキリトとの出会いまでです。
「プレイヤーの諸君、私の世界にようこそ」
「私の……世界……?」
「私の名前は茅場 晶彦。このゲームをコントロールできる唯一の人間だ」
突然紅く染まった大空。
一万人のプレイヤーが、強制テレポートで、第1層《はじまりの街》の巨大な中央広場へと集められた。
突然のことで、困惑している全プレイヤー達。
そんな時、突如として現れた、謎の赤ローブを纏った巨人。
その者はフードを被っていて、中の顔は見えない。いや、本当に顔なんてあるのだろうかと思ってしまうほどに、謎めいていて、その奥底には、深淵の闇しか無いのではないかと思うほど、不気味な感じがしたものだ。
だが、周りのプレイヤーたちは、茅場 晶彦本人の登場に、何より驚いている様子。
「ウソ……ッ!」
「本物かよ?!」
「随分手ぇ込んでんなぁ〜!」
これから起こるのが一体何にせよ、開発者本人からの説明があるなら、それを聞くに越したことはない。
だが、その説明が、地獄のはじまりだとは、誰も思わなかった。
「諸君らは既に、メインメニューからログアウトボタンが消失していることに気づいているだろう。
だがこれはゲームの不具合ではない。繰り返す……ゲームの不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である」
「し、仕様……?」
「一体、何を……?」
キリトの隣で狼狽えるクラインとチナツ。
いや、内心ではキリトも同じだ。だが、VRMMORPGという名のタイトルのゲームを作った、天才科学者である茅場 晶彦という人物は、こんな事でつまらない嘘はつかないと、キリトはわかっている。
そして話は進み、現実世界において、ナーヴギアによって死亡したとされる現実世界のプレイヤーたちの情報が錯綜し出した。
自分たちはゲームの中にいるため、その事を確認する術はない。だから、これが本当にナーヴギアの……茅場 晶彦によって下された死なのかはわからない。
だが、何もわからないというこの状況だけでも、人は安易にパニックを起こす。
「だが、十分に留意してもらいたい。今後、あらゆる蘇生手段は機能しない。HPがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時にーーーーー」
そして、はっきりと、死の宣告をした。
「ーーーー諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」
「はっ……‼︎」
「そ、そんな……!」
キリトとチナツは想像してしまった。
モンスターからの攻撃で、自身のHPがどんどん減っていき、危険値を示す赤色を通り越し、やがて消え失せる。
その瞬間、自身は闇に呑まれ、アバターはポリゴン粒子となって消え去る。
こんなことが、こんな事で、人が死んでいい理由にはならないはずだ。
なのに、何故……?
「諸君らが解放される条件はただ一つ。このゲームをクリアすることだ。
諸君がいるのは、《アインクラッド》最下層……第1層だ。
各迷宮区を突破し、フロアボスを倒せば上の階へと進める……第100層にいる最終ボスを倒せば、ゲームクリアだ」
「クリア? 第100層だと……? 無理に決まってんだろ。βテストじゃあ、ろくに上がれなかったんだろっ?!」
クラインの叫びは、茅場には聞こえなかった。
しかし、その通りだ。
βテストにおいても、その知識と技術を生かし、誰よりも上の層へと登ったとされるキリトですら、100層なんて到達したことはない。
βテストの時が千人……今回の正規版で一万人……βの時の十倍の数だが、それでもほとんどが初心者。
まず第100層に辿りつくなんて夢のまた夢だ。
「最後に、私から諸君らにプレゼントがある。アイテムストレージを確認してくれたまえ」
「「……?」」
キリトとチナツは、互いの顔を見合った後、ほぼ同時にメインメニューを開い、そこからアイテムストレージへと指を動かす。
そこには、たった一つだけ、アイテムが入っていた。
それは……
「手鏡?」
「俺も同じです」
二人は手鏡という欄をタップして、その手に持った。
何の変哲もないただの手鏡。
だが、その手鏡に視線を集めていた瞬間に、周りでは変化が起きた。
「うおおっ?!」
「クライン?!」
「クラインさーーーうわっ!?」
「チナツっ……うおっ?!」
突如、すべてのプレイヤーの体が、青白い光に包まれた。
一体何が起きたのか、それを確認することも出来ず、身動きが取れなかった。
しかし、その光はほんの一瞬で消えてしまった。
やがて周りからは悲鳴などは消え去り、少しばかりの静寂が訪れた。
そこでキリトは、周りにいたクラインとチナツの状況を確認しようとして……
「大丈夫か、キリト、チナツ?」
「あ、ああ……」
「はい……なんと……か……?」
三人は固まった。
何故なら、確かに声は同じなのに、そこには、全くの別人がいたからだ。
「あれ? お前……誰?」
「へぇ?」
「お前らそこ誰だよ?」
おかしい……何かがおかしいと思い、キリトは自身の持っていた手鏡を見た。
そして、気づいた。
「はっ……!」
「これ……俺の顔?」
隣では、同じようにしてチナツが驚愕の表情で手鏡を見ていた。
しかも、『俺の顔』と言ったのだ。
だからキリトは、周りのプレイヤーたちを見渡した。
すると、さっきまでいたプレイヤーたちの顔が、ほとんど変わっていたのだ。
そして、彼らも同様……チナツと同じように、『何故俺の顔が……』と、口走っていた。
「てことは……」
キリトはある可能性を思いついた。
「お前らがクラインとチナツっ!?」
「お前らがキリトとチナツかっ!?」
「二人がキリトさんとクラインさんっ!?」
三人がほぼ同じことを、ほぼ同じタイミングで叫んだ。
「えっ、でもなんで?」
「そうですよ。現実世界の顔じゃあなくて、俺たちは、ちゃんとアバターを作りましたよね?」
「《スキャン》……ナーヴギアは、高密度の信号素子で顔をすっぽり覆っている。だから、顔の輪郭や形がわかるんだ……! でも、身長や体格は?」
「ナーヴギアを始めて装着した時に、《キャリブレーション》? とかいうので、体をあちこち触ったじゃねぇか」
「あ、ああ……その時のデータをもとに……」
「マジですか? これじゃあ、完璧なリアル割れじゃないですか……」
「でもなんでだぁ? 一体なんだってこんな事を……」
困惑するクラインに応えるかのように、キリトはまっすぐ赤色ローブを指差した。
「どうせすぐに答えてくれるさ」
キリトの言った通り、赤色ローブの茅場 晶彦が再び口を開いた。
「諸君は、「何故?」と思っているだろう……。何故《ソードアート・オンライン》兼、《ナーヴギア》開発者の茅場 晶彦はこんな事をしたのかと……。
私の目的は既に達せられている。私はこの世界を創り、観賞するためにのみ、この《ソードアート・オンライン》を作った」
「茅場……っ!」
「故に、すべては達成せしめられたーーーー!!!」
「ん〜……観賞するためにのみ、SAOを作った……茅場先生は、そういったんだね」
「ええ……」
「その時、キリトくんはどう思った?」
「さぁ? 俺もあの時は、突然始まったデスゲームを生き残らなきゃならないと言う事で、頭がいっぱいでしたから……茅場の意図を理解する余裕もなかった」
そう……。そして、自分の命を守るために、チナツとともに行動し、クラインを見捨ててしまった。
「じゃあな……クライン」
「…………また、会いましょう……絶対に……!」
「おう! 二人とも、頑張れよ!」
チナツは最後まで反対した。
どうせなら、自分とクライン二人を連れて行った方がいいと……。
だが、クラインには、ギルドの仲間がいることが判明し、その全員が、今もあの広場に集まっているということも……。
キリトも考えた。チナツ一人なら?……そこにクラインが入ったら?……そもそも、クラインの仲間たちも入ってしまったら?
考えられる可能性として、誰かが犠牲になるかもしれない。
全員を、安全に次の街へと移動させる手段を、キリトは知らない。βテストにおいても、ほとんどをソロでプレイし、攻略してきたからだ。
だから、連れて行けるにしても、チナツ一人が限界だった。
チナツも、その事を分かってはいてくれた。しかし、やはり見捨てるのは……。
だが、結局は諦め、チナツはキリトとともに行き、クラインは仲間たちのところへ戻る決断をした。
「おい、キリト! チナツ!」
「「…………」」
立ち去ろうとする二人に、最後になるかもしれない会話を始める。
クラインとは、さっき会ったばかりの、顔見知り程度の関係だ。
だけど、こんなにも離れるのが惜しくなるというのは、これが、バーチャルワールドではなく、本物の……リアルワールドだからだろう。
「おい、二人共よ……お前ら、案外可愛いかったり、かっこいい顔してんな!」
「「っ……!」」
「結構好みだぜ……!」
この後に及んで、一体何を言っているのか……。しかし、そうは思わなかった。
キリトとチナツは最後にもう一度、クラインの顔を見た。
その悪趣味な派手なバンダナに、野武士面をした目の前の男に、自然と微笑みが生まれた。
「お前もその野武士面の方が、十倍似合ってるよ!」
「絶対に、また会いましょう! お互い強くなって、必ず生き残りましょう!」
キリトとチナツは走り出した。
しかし、すぐにその足は止まり、恐る恐るといった感じでまた後ろを振り向いた。
だが、その先に、クラインの姿はなかった。
「っ……いくぞ、チナツ」
「……はい……!」
今度こそ、前を見て駆け出した。
戸惑いのない足取り、誰もいない通路を二人はず走り抜け、やがて、《はじまりの街》を出る。
草原を駆け抜け、ふと思う。
突然始まってしまったデスゲーム。しかし、それでも、自分たちは死ねないのだと……。
現実世界では、家族が、友人が、事件の事を知り、困惑し、泣き崩れていることだろう……。
こんなにも理不尽にまみれた世界で、一体、何が起こるかはわからない。だけど……
ーー俺は、絶対に生き抜いてみせるーーーーッ!!!
ーー千冬姉……絶対、絶対に帰ってくるーーーーッ!!!
決意を新たに、走る二人の前に、青白い光とともに、二体のオオカミ型のモンスターが現れる。
キリトとチナツは、ほぼ同時に剣を引き抜き、構えた。
襲いかかるモンスター。しかし、モンスターが二人を喰らいつく前に、二人の剣がモンスターを斬り裂く方が早かった。
「うわあああああっーーーー!!!!」
「うおおおおおおっーーーー!!!!」
叫んだ。
この世界に、喧嘩を……宣戦布告をふっかけるように、腹の奥底から、戦いの戦慄を吐き出した。
「うっひゃあ〜! 貸切プール最っ高ぉ〜!」
「本当ですねぇ〜〜!」
和人が菊岡との話に入っている頃、里香たちは自分たち以外に誰もいない、学校のプールを目の前にしていた。
この夏の暑い日差しを浴びると、それを水で冷やす気持ち良さは堪らない。
「私、いっちばーん!!!!」
「あっ! ずるいですよ、里香さん‼︎」
誰もいないため、何もかもが自由だ。
本当なら禁止されている飛び込みも、余裕でできる。
里香が飛び込み、続いて圭子が飛び込む。
「こらぁー、準備運動しないとダメでしょうー!」
まるで先生のように二人を叱る明日奈は、しっかりと筋肉をほぐしてから、プールに向けて走り、勢いよくプールに飛び込む。
「さぁーて、私たちも行くわよ!」
「こ、こらあ! 準備運動をしないか!」
「大丈夫だっての。あたしの前世は人魚よ? プールで溺れるわけないじゃんッ!」
「あっ! 鈴!」
準備運動をしながら、我先にと飛び込んで行った鈴を叱りつける箒。
しかし、鈴はそんなこと気にもせず、里香たちのところへと泳いでいく。
箒は「まったく……」と、鈴の行動に呆れながらも、自身はしっかりと準備運動をしていく。
「よいしょっと……!」
「よし! 私たちも行こう、箒ちゃん!」
「はい! って、うわあ!」
突然刀奈に手を引っ張られ、体勢を崩す。
まるで無邪気な子供の様な顔で、刀奈は思いっきりプールサイトを飛んだ。
つられて箒も思いっきり踏み切って、プールの中に飛び込んだ。
「ぷはっ!」
「ふふっ♪ 楽しいわね」
「はい。でも、今回は桐ヶ谷の特訓ですからね?」
「わかってるわかってる♪ ほら、行くよ」
「はい」
刀奈と箒も、泳いで里香たちのところへと向かう。
やはりプールに入ると、自然とテンションが上がり、互いに水をかけあう。
「わぁー! 冷た〜い!」
「「「ん?」」」
最後に入ってきたのは、今この場にいなかった直葉だろうというのはわかっていた。
しかし、問題はその姿だ。
水着は仕方ないとしても、その身につけている、大きな浮き輪。
それを見た里香が、即座に浮き輪の空気栓を抜いて、空気を出しまくる。
「うわあっ!?」
「まったく……いつの間にこんなものを……」
「ダ、ダメですって! これがないと沈んじゃうんです!」
「大丈夫よ! こんな立派なものが二つも付いているんだから!」
「い、いやあ〜〜っ!」
直葉の浮き輪から手を離し、背後に回った里香。
直葉の胸部についている、同じ年頃の少女達からしたら育ち過ぎなのでは? と思う立派な胸を両手で揉みしだく。
その光景を見ながら、無言の圧力を直葉の “胸” に対して向ける鈴と圭子がいたのは、言うまでも無いだろう。
「まったく、一体何を食べればこんなになんのかねぇ〜♪」
「ふふっ、箒ちゃんも負けてないわよぉ〜♪」
「ふわぁっ?! な、何するんですか!」
一方、こちらでは刀奈による箒の胸の持ち上げが始まる。
そしてまた鈴と圭子の無言の圧力が箒に向けられる。
しかし、そんな行為にも、すぐに終止符が打たれる。
「リズ……カタナちゃんも……」
「……はい」
「ご、ごめんなさ〜い……」
二人の水着の襟首部分を掴み、直葉と箒からひきはがす。
そして、ようやく練習を開始したのであった。
一方、和人と菊岡は、和人のプレイヤーとしての行動についての話をしていた。
「突然始まったデスゲームにおいても、キリトくんは終盤以外、ほとんどソロでの活動だったね。
まぁ、それはチナツくんもだし、というか二人で行動していたのが多いのかな?
しかし、多くのプレイヤーが、パーティーやギルドを組んで活動している中、どうしてキリトはこんなリスキーな事を?」
「俺だって、最初はソロで活動するつもりはなかった……まぁ、チナツも一緒だったし、ソロっていうほどソロじゃなかったけど……」
《はじまりの街》を出てからというものの、キリトとチナツは、たった二人で行動して、レベルを上げていった。
そして、約二ヶ月という時を重ね、ようやく第1層のボス攻略会議が行われた《トールバーナ》という街に辿り着いた。
そこでも多くの勇者達が立ち上がり、第1層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》の討伐に乗り出した。
だが、そのボス攻略の際に、ここへ来て初めての、ボス攻略での死亡者が出てしまったのだ。
名前は《ディアベル》。
今回の攻略を仕切っていたプレイヤーだった。
彼もβテスターとして、この《アインクラッド》を戦っていた戦士であったのだが、そのβの時と正規版では、ボスの使う武器が違っており、それに対応できなかった為に、ディアベルは死んでしまったのだ。
それを看破し、ボスにとどめを刺したのはキリトで、誰もがキリトを賞賛していたが、ここで、事件が起きたのだ。
「なんでや!!!!」
「っ!?」
「なんで……なんでディアベルはんを見殺しにしたんや……!」
「見殺し……?」
「っ! そうやろうが! 自分はボスの使う技、知っとったやないか。あの技を伝えとったら、ディアベルはんは死なずに済んだんや‼︎」
今回のボス攻略に参加していたプレイヤーの一人《キバオウ》。
後にチナツが所属するギルド《アインクラッド解放軍》にて、派閥のトップに君臨するプレイヤーだったが、この頃から、性格的に問題視されていた人物の一人だった。
確かに、キバオウの言うことにも一理あるが、あの状況の中、最も前に出ていたディアベルに、最も後ろの方で戦っていたキリトが、ボスの技を伝えるには、いささか無理があった。
その事をちゃんと理解している者もいたが、感情的に言い放ったキバオウの言葉の後では、何もかもが無意味に等しかった。
キリトを賞賛していたプレイヤーも、キバオウの言葉に揺れ動いて、極め付けは、キバオウに賛同したプレイヤーの言葉。
「あいつ、きっと《βテスター》だ! だからボスの使う技も、初めから知ってたんだ! 知ってて隠してたんだ!
他にもいるんだろ! βテスター共、出てこいよ‼︎」
あまりにも一方的過ぎるいいように、そのボス攻略に参加していたチナツ、アスナ、カタナ、エギルの四人が、キバオウ達に物申す。
このままでは、βテスターとビギナー達との間にできた亀裂は、取り返しのつかないところまで行ってしまう。
キリトはそう思った……だから……
「フッハッハッハッハーーーーッ!!!!!」
「「「ッ!!!!!?」」」
「元βテスターだって? おいおい、俺をあんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな……」
「な、なんやと?!」
突然人が変わったように話すキリトに、キバオウだけでなく、その場にいたプレイヤー全員が驚愕した。
それでもなお、キリトはその雰囲気を纏ったまま、キバオウの元へと歩み寄ってくる。
「SAOのβテストに当選した千人のうちのほとんどは、レベリングのやり方も知らない初心者ばかりだった……今のあんたらのほうがずっとマシさ……」
「ぬっ……くっ……!」
「でも、俺はあんな奴らとは違う。俺はβテスト中に、誰も上らない層まで上った。ボスの《刀スキル》を知っていたのは、上の層で、刀を使うモンスターとさんざん戦ったからだ!
他にも知っているぜ? 情報屋なんか、問題にならないくらいな……っ!!」
「な、なんやそれ……!? もうそんなん、βテスターどころやないやんか……! もう『チート』や『チーター』やろそんなん!」
その言葉に、周りのプレイヤー達も同意する。
「そうだ、チーターだ!」
「βのチーター……だから《ビーター》だ!」
「…………《ビーター》……いい呼び名だな、それ」
大勢のプレイヤーからの罵倒も、まったく気に留めずに、キリトはそう言いながら、自身のメインメニューを開き、装備欄のウインドウを操作する。
「そうだ、俺は《ビーター》だ。これからは元テスター如きと一緒にしないでくれよな……っ!」
最後に画面をタップする。
そのアイテムは、先ほどのボス《イルファング・ザ・コボルドロード》を打ち倒した時に、ラストアタックボーナスとしてもらった報酬品。
ディアベルもこれを狙うために、あえて自分が前線に出て、結局は死んでしまった。
報酬品、コートのアイテム《コート・オブ・ミッドナイト》を着込んだキリト。
もうその時から、《黒の剣士》としての風格を備えていた。
「なるほど……《ビーター》という言葉を作ったのは、キリトくんだったんだね。
悪役をかって出て、他のβテスター達に被害が出ないように仕向けたってわけだ……。しかし、ツライ役回りだね」
「別に、ツラくは無かったですよ……」
そう、本当にツライのは……心を繋いだ相手を失うこと。
キリトにとっては《サチ》と言うプレイヤーが……チナツにとっては《ユキノ》というプレイヤーがそれに当たった。
チナツとユキノの関係は、名前しか聞いていない……が、詳しいことは本人から聞いていない。
と言うよりも、あまり話したくない話題のようだ。
隠し事の一つや二つは、あって当然だろうと、和人達はあまり聞かなかった。
もしかしたら、刀奈は知っているかもしれないな……
その頃、プールではようやく本格的な特訓がスタート。
明日奈が直葉の手を引き、直葉は一生懸命バタ足で泳いでいる。
「ぷはっ!」
「どう? 少しは水に慣れた?」
「はい。顔をつけるくらいなら大丈夫なんですけど、まだ目が開けられなくて……」
「少しずつ慣れていけばいいよ」
「はい……それに、篠ノ之さんもありがとう」
「え?」
「アドバイス。からだの力を抜くのがポイントって」
「あ、ああ……いや、なに気にするな。私は大したことはやっていない」
「ふふっ……それじゃあら少し休憩にしようか」
「「「「ラジャ!」」」」
明日奈に賛同し、里香、圭子、刀奈、鈴が敬礼をする。
その後、全員プールサイドまで移動し、体を陸にあげる。
だが、夏風が熱風を引いて吹いてくる為、全部ではなく、足だけでもプールに浸かって、涼しさを堪能する。
「夏だねぇ〜」
「ほんと、あっついわねぇ〜」
などと、ちょっとおじさんっぽいことを言う里香と鈴。
特に鈴は、日本のこの暑さが苦手な為、余計に気だるそうだ。
「今回行くクエストも、常夏なんですよね?」
「シルフ領のずっと南にある島だから、かなり暑いらしいよ?」
「うーん……日焼け止め買っとこうかしら……?」
「いや、さすがに仮想世界では焼けないんじゃないですか?」
刀奈と箒の会話に、皆微笑んだ。
今回行くのは、シルフ領からずっと南に位置する《トゥーレ島》と呼ばれる島から、さらに南。
その位置にある、海底ダンジョンを攻略しようという内容だ。
海底……ということもあり、当然ダンジョンは海の中。だから今回、夏休みということもあり、直葉の特訓が始まったのだ。
「今までに見たことない仕掛けもたくさんあるみたいですしね!」
「キリトの奴が、大はしゃぎして突っ走っていかないように気をつけないとねぇ〜」
「キリトだけじゃないくて、チナツも、だけどね?」
男二人は、冒険が好き、バトルが好きで、よく周りのメンバーをヒヤヒヤさせることも多々ある。
それがわかっているから、みんな笑って過ごせるのだ。
「…………あの、前から聞こうと思っていたんですけど、みなさんとお兄ちゃんって、どうやって知り合ったんですか?」
「あっ、それあたしも気になる!」
「うむ。確かに……」
ゲームの中で戦っていたあの世界で、どこの誰とも知れない人たちとの出会いとは、一体、どう言うものなのか……。
SAO組は一同に顔を見合わせ、まず最初に語ってくれたのは、圭子だった。
「私は、モンスターに襲われているところを、助けてもらいました……!」
《アインクラッド》の中層域に位置する場所で、シリカはアイドルのような扱いを受けていた。
SAOにおいて、希少ともいえる存在の《ビーストテイマー》とよばれる職についていて、なおかつテイムした動物が、《フェザーリドラ》と呼ばれる小竜だったからだ。
シリカのファンたちからは、《竜使い》の名で呼ばれ、よく自分のパーティーに呼ぶプレイヤーたちが大勢いた。
しかし、その途中で、ある事件が起きた。
一緒にパーティーを組んでいたプレイヤーと仲違いをして、当時のシリカのレベルよりも、少し高いフィールドを、一人で歩いて行ったのだ。
その結果、モンスターたちに襲われ、回復アイテムもつき、最悪の結果を生み出した。モンスターの攻撃で、ダガーを落としてしまったシリカに、とどめを刺そうとしたモンスターの一撃を、パートナーたる小竜《ピナ》が受けたのだ。
そして、ダメージに耐え切れず、ピナは死んでしまった。
ピナを失ったことによる損出感が全身を走り、体が言うことを聞かない。
今にもモンスターの一撃が振り下ろされそうなのに、もう、逃げることすらできない。
もう終わった……そんな時だ。突然、三体いたモンスターが全部ポリゴン粒子となって消えた。
その視線の先にいたのは、黒衣を身に纏い、片手剣を振るうキリトの姿があった。
「ピナ……」
「ごめん……君の友達を、助けられなかった……」
「いえ、私が馬鹿だったんです……! 一人でこの森を突破できるって、思い上がって……ピナ……私を一人にしないでよぉ……!」
大事そうに抱える一枚の羽。
そこでキリトは、シリカが《ビーストテイマー》である事を知った。
そして、もしかすれば、その使い魔を生き返らせる事が出来るかもしれないと、シリカに告げた。
その条件は、その使い魔の主人が直に行って、アイテムを入手しなくてはならないものだった。
しかし、今のシリカのレベルでは、到底突破することは不可能な場所だった。それに、蘇生が可能なのは、使い魔が死んでから3日までという時間制限付き……。
もはや諦めるしかないのではと思った時、キリトが、共に行くと言ってくれたのだ。
しかも、自身の持っていた装備品をシリカに譲る形で……。
だからシリカは、気になって聞いてみた。
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
「ん?」
自分とキリトは、今初めて会ったばかり。
時間にして、一時間も会っていないのに……どうして……。
「ん〜……笑わないって約束するなら、言う……」
「笑いません」
「ん…………君が、妹に、似てるから……」
「………………ぷっ、あっはははは!」
「……んんっ〜〜〜」
「ご、ごめんなさい……♪」
それを聞いた直葉以外のメンバーが、全員笑った。
「そんなこと真顔で言えるのって、あいつだけだよねぇ〜。それにしても、直葉と圭子って、全然似てないよねぇ〜?」
「…………ってどこを見てるんですか‼︎」
まぁ、間違いなく胸部だ。
そんな悪戯な視線から自分の胸を守るようにして腕を組む。
里香は「ごめんごめん♪」と言っているが、本当に悪びれているようには見えない。
「それで、キリトさんはピナを生き返らせる為に、私と冒険してくれて……!」
《アインクラッド》第47層のフィールド。
そこは一面がフラワーガーデンになっており、昼間のいい天気には、恋人同士が花を愛でにやってくる、いわばデートスポットだった。
目的が違うとはいえ、シリカもキリトと二人っきりできているため、なんとなく意識してしまう。
その道中も、花のモンスターに足を掴まれ、逆さ吊りにされたり、飲み込まれそうになって、ベトベトの粘液のようなものが体に絡みつくなど、いく先々で災難に遭ったが、ようやくフィールドを抜け、使い魔蘇生用のアイテム《プネウマの花》をゲットすることが出来た。
「これでピナが生き返るんですね……!」
「うん。でも、ここには強いモンスターも多いし、一度宿に戻ってから、生き返らせよう。ピナも、その方がいいだろう……」
「はい!」
その後は、オレンジギルドのメンバーと一悶着あったが、それもキリトが解決してくれた。
宿に戻り、《プネウマの花》を使ってピナを蘇らせた。
こんな短期間で、すっごい冒険をし、たった一日だげなってくれたお兄ちゃんの話を、シリカはピナに語るのであった。
次回はどこまでいけるかな……一応、一夏との出会いも書くから、結構長くなると思います。
感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)