ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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今回で本当に終わります(⌒▽⌒)




第52話 奈落の復讐者

あれは、今から一年と少し前になるだろうか……。

アインクラッド解放軍。

第1層を根城にし、浮遊城《アインクラッド》内で、最大級の規模を誇った巨大ギルド。

その大きさ故に、軍内部でも、いくつもの派閥が存在した。

ギルドマスターである《シンカー》一派と、デスゲーム開始後から、攻略組として前線を戦い、最も過激な一派の中心にいた《キバオウ》が組織している一派。

大きく分けるとこの二つの勢力が、軍内部にはあった。

当時、軍に属していたチナツは、シンカーの部下として、とある任を受けていた。

それが、『影の人斬り役』という過酷な使命。

しかし、それも長くは続かず、その後、後任のプレイヤーに任せ、チナツは軍を抜け、流浪人として、各階層を旅して回っていた。

 

 

 

 

 

「ちょいと失礼、《人斬り抜刀斎》殿とお見受けするが?」

 

 

 

夜間……森を……そう、この第3層の迷い霧の森を歩いていた時だったのだ。

前を歩くチナツを後ろを、何者かがついてきていた。

チナツの索敵スキルに、あえて引っかかる様に歩いていた事から、その者は自分に用があるのだと思った。

しかし、先程からチナツに向けて、異様な殺気……いや、怨気の様な……。

そんな物を放つ相手は、決まって面倒ごとを起こす輩と相場が決まっている。

ならば、関わらない様にするのが一番懸命な判断だ。

 

 

 

「人違いだ」

 

「ヌフフ……心配しなくていい。俺は “軍の犬” でも “連合の使いっ走り” でもないよ」

 

「…………」

 

 

 

どうやら、通じないらしい。

しかも “軍の犬” 、“連合の使いっ走り” ときたものだ。

その言葉が意味するものは、アインクラッド解放軍の者でも、聖竜連合の者でもないと言っている様なものだ。

そんな言葉を知っているのは、自分と同じ、暗部の存在として、決して表舞台に上がらない、暗殺者のみ。

 

 

 

 

「……犬は犬でも、血に飢えた “狂犬” と言ったところか……。最近耳にする連続辻斬り魔っていうのは、あんたの事だったのか……」

 

「なに……あんな物、辻斬りの内には入らないよ」

 

「じゃあ何と言う? 暗殺、虐殺……まさか天誅とか言わないよな?」

 

「ハッハッハ! 古いがユニークな例えだな!」

 

「ほっとけ」

 

 

 

相変わらず、チナツは声の主に顔を見せない。

ずっと、背中をみせたままの状態でいる。

だが、その手に握る刀の鯉口を切り、いつでも抜刀可能な状態でいる。

もはや、この男との戦闘は避けられないと、チナツもわかっているのだ。

さて、どう出たものか……。

 

 

 

 

「しかし、噂に聞こえし最強の暗殺者《人斬り抜刀斎》が、こんな年端もいかん小僧だったとはねぇ」

 

「…………そんな小僧に、一体何の様だ? いくらその飢えた衝動で襲いかかるとしても、限度ってもんがあるぜ。

それに、襲いかかる相手は、ちゃんと選んだ方がいいぞ………!!!」

 

 

 

これはもはや最後通告だ。

これで引くことをせず、立ち向かってくるというのなら、チナツだって容赦はしない。

それで引くというのなら、追撃はしない。

今はもう、無闇に戦うことを良しとしては思っていない。

いや、今も昔も、そう思っている。だが、今はそれが、より一層心に根付いているのだ。

果たして、相手の反応は如何に……。

 

 

 

「フフッ……! いい……実にいいぞ……っ!」

 

 

 

どうやら前者。

やる気満々の様だった。

 

 

 

「その殺気……なかなかに心地いいなぁ〜! 俺も相棒も、あんたみたいな強者の血を欲していてねぇ……少し殺り合ってくれないかねぇ……っ!」

 

「…………はぁ……嫌だと言ったら?」

 

「否が応でも……斬り合ってもらうーーーーーッ!!!!!」

 

「ッ!」

 

 

踏み込んでくる足音。一切の無駄のない足運び……なるほど、確かに、相当な実力者の様だ。

だが……。

 

 

「いい動きだが……見える」

 

 

刺客の放った一撃を、チナツは難なく受け止めた。

そして、刺客の力を利用し、逆にカウンターの一撃を見舞う。だが、これは刺客が躱し、一度距離を取った。

 

 

「ふむ……流石は伝説の人斬り。簡単には獲ることは出来んか……」

 

「そりゃあな。俺だって死にたくないからな……しかし、まさかあんたが、ただの通り魔風情に落ちぶれるとはな。

そうだろう……元聖竜連合の攻略組の一人、《狂刃》のジンエイ……!」

 

「…………ほほう」

 

 

 

《狂刃》……その名はアイテムの名でも、武器の名称でもない。俗に言う、二つ名というものだ。

代表的なのは、チナツ自身が付けられた《抜刀斎》や、当時、最前線の階層で、ボス攻略を進めていたギルドの中でも、《狂戦士》や《攻略の鬼》と呼ばれていた血盟騎士団副団長のアスナ。

そして、《ビーター》という忌み名を持っていたソロプレイヤーのキリト。

まぁ、その中でも、後々にアスナは《閃光》。キリトは《黒の剣士》と言う、大層な名前で呼ばれることになるが……。

と、話は戻るが、目の前にいる男……ジンエイもまた、その二つ名を有した数少ないプレイヤーだ。

元々は大手の攻略組ギルド《聖竜連合》の一員だったプレイヤーだ。

しかし……

 

 

 

 

「攻略を重ねる内に、あんたは狂人に堕ちていったらしいな……。それも、同じギルドの仲間を殺した……とかな」

 

「ヌフフ……よくもまぁ、そんな事まで知っていたものだ」

 

「まぁな……俺だって暗部に居たんだ……そのくらいの情報くらいは入ってくるさ……」

 

「だったらどうする? 人殺しの俺が許せないか? だがな、お前も同じ穴のムジナなんだぜぇ?」

 

「…………そうだな、俺も人の事は言えないよ。人を殺した数でいうなら、俺もあんたも大差はない……いや、むしろ俺の方が多いかもしれないな……」

 

「ヌフフ……そこまでわかっていて、お前は何をしている。今更軍を抜け、影の人斬り役を降りて、こんな所で抜忍の様な存在になり果てるとは……。

貴様と俺となら、色々と話が合うと思ったんだかなぁ〜」

 

「…………笑わせんなよ」

 

「ヌウ?」

 

 

 

ジンエイの言葉に、チナツは怒気を含んだ口調で返した。

そして、当時のレッドプレイヤー達からも恐怖の対象として恐れられた存在……《人斬り抜刀斎》の眼になった。

 

 

 

「確かに俺はお前と同じ人殺しだ……だがな、お前の様に楽しみながら人を斬った覚えはない。

少なくとも俺は、誰かを助けるため、苦しんでいる人をなんとかしたいと思ったから、戦いに身を投じただけだ……断じてお前と同じじゃない。

ジンエイ、俺はお前とは違う。お前と合うなんてこと……万が一にでもありえねぇんだよ‼︎」

 

「…………」

 

 

そう、違う。

チナツは元々、レッドの被害に遭っている人たちを見捨てることが出来ず、攻略組である自分の力で、どうにか出来ないか……ずっとそう思っていた。

だからこそ、軍に入り、ギルドマスターであるシンカーの提案に乗ったのだ。

影ながらに敵を排除する存在。

レッドを狩るレッド……影の人斬り役になるという提案を……。

 

 

 

「そうか……それは、残念だーーーーッ!」

 

「っ!」

 

 

交渉決裂。

と言った感じで、ジンエイの方から斬りかかる。

だが、今更そんなことで動揺するチナツではない。

振り下ろされる剣撃を、柔軟に受け流し、一太刀も入れさせない。

だが、それは相手も同じだ。

チナツが放つ剣撃を、こちらも同じ様に捌いていく。

真っ向からの斬り合いは互角……ならば、高速で移動しながらの斬り合いは……?

 

 

 

「ふっ……!」

 

「ヌッ!?」

 

 

一瞬にしてジンエイの視界から消える。

いや、消える様にして移動しているのだ。

チナツの得意分野は、高速移動歩法を用いた、一撃必殺の剣技。それを生かした身のこなしや、剣速の速さは、プレイヤーの中でも随一と呼べるものだろう。

だが、相手もまた対人戦闘に長けたプレイヤー。

そう易々とは攻略させてくれない。

 

 

「チッ!」

 

「フハハッ、いいぞぉ〜戦いはこうでなくては!」

 

「うるせぇな、少し黙ってろ‼︎」

 

「おっと!」

 

 

ジンエイの刀と打ち合うたびに、ジンエイはより狂気の声で戦いを楽しむ。

そんな目の前の男にイライラしながら、敵の剣を捌き続けているチナツ。

ここで、チナツが賭けに出た。

左から右へと放たれた横一文字の横薙を、身を屈めて躱し、次に来る上段唐竹を読んで、柄頭で返す。

そして空いた懐に踏み入ろうとしたその瞬間、目の前に刃が迫っていた。

 

「くっ!?」

 

「ほほう! これを躱したか!」

 

よく見れば、右手に持っていた刀を左手で逆手に持っている。

つまり、弾いたあの瞬間に、刀を自身の背中で持ち替えた。

 

 

「その技……」

 

「ヌフフッ。これは貴様とて見た事はあるまい? 《背斜刀》と呼ばれるものだよ……しかし、これを躱して見せたのは貴様か初めてだぁ……」

 

 

 

こちらを試すような物言いが気に入らなかったが、それでも認める。この男は強い。

少しでも油断していたならば、今のであっさり負けていただろう……だから、もうあの技は食らわない。

チナツは、再び高速で移動しながら、的確にジンエイの死角を突いてくるように斬撃を入れる。

それをジンエイは、笑いながら受けていた。

 

 

 

「フハハッ! 素晴らしい、素晴らしいぞ! この高揚、この切迫感! いい……! 実にいいぞ、抜刀斎!

だが、もっとだ……もっと俺を楽しませろ!!!!」

 

「あいにく、そんな物に興じる趣味はない‼︎」

 

 

 

振り抜く一閃。

チナツの放った一撃は、ジンエイの着ていた服を掠め、斬痕のライトエフェクトが残る。

 

 

「ヌフフ……これが伝説の一撃……! この俺にこんなにも早く一撃を入れたのはお前が初めてだよ」

 

「……そりゃどーも」

 

「ならば俺も、出し惜しみなしで当たらなくては、貴様にとって無礼に値するというものだな……」

 

「……?」

 

 

 

今のが本気ではなかったのか……?

そこは素直に驚きつつ、チナツはとっさに身構えた。

するとジンエイは、ウインドウを出すと、左手にもう一本の刀を呼び出し、それを地面に突き立てた。

 

 

(打刀の二刀流か……? だが、そのままだと俺の剣速には付いてこられない……そんな事は、この男も分かっているはずだ……なのに、何をするつもりなんだ……)

 

 

後にも先にも、チナツの剣速に付いていけた二刀流使いは一人だけ……驚異的な反応速度を持ち合わせ、デスゲームをクリアに導いた、《黒の剣士》ただ一人だ。

あいにく、ジンエイの実力では、二刀流を用いようとも、チナツの剣速に付いていける事は出来ない。

ならば、一刀のみで、斬り崩すしかないはずなのだが……。

しかし、その答えとして、ジンエイは右に持った刀で、左の掌を突き刺した。

 

 

 

「なっ!?」

 

「ヌフフ……ッ!」

 

「な、何を……?!」

 

「まぁ、見ていればわかるさ……」

 

 

 

突き刺された左手には、ぽっかりと刀身の幅の傷が出来、貫通したと思われるライトエフェクトが点滅していた。

だが、事はそれでは終わらなかったのだ。

なんと、その左手にできた穴に、先ほどウインドウから出した刀の柄を捻じ込んだ。

 

 

 

「ッ!!!?」

 

 

 

常軌を逸している……。

そう思うしかなかった。そして、残った右手にも同じ傷を付け、そこにも同じ様に刀の柄を捻じ込む。

 

 

 

「この剣術は、流石に知らないだろう?」

 

「お前、何やってーーーーッ!」

 

 

 

そこで、チナツの言葉は遮られた。

右手に食い込んだ刀を勢いよく振り抜くジンエイ。

見方によれば、刀を逆手に持っている様に見えるが、実際は違う。

掌に、刀の刀身が突き出したかのように見える。

そしてそれを、なんの躊躇もなく振るっているのだ。

この行動自体に、チナツは大いに驚きを隠せなかった。

 

 

 

「ほらほらぁ〜、反撃してこないと、死んじゃうぞぉ〜!」

 

「チッ……!」

 

 

 

ダメージを負っている。

チナツではなく、ジンエイがだ。

それもそのはずだ……なんせ、剣が掌に刺さっているのと同じなのだ。ダメージの量は微々たるものだが、それでも、少しずつ減っていっている。

 

 

 

「やめろ! このままだと、死んでしまうぞ!」

 

「ほお? おかしなことを言うな……だからどうした?」

 

「ど、どうした……だと?」

 

「そうだろう……なんだ、戦場を離れるとすぐにそんな事も忘れてしまうのか?」

 

「な、何を……?」

 

「命懸けの戦いだぞ? 自分だって死ぬ覚悟くらいは出来ていて当然だろうに……今更何を言っているんだぁ……お前は……」

 

「っ……!」

 

 

 

確かにそうだ。

これは命懸けの戦いだ。だが、もう誰一人殺そうとは思ってはいない。いや、昔だって、殺したくて殺したことなんてなかった。

だがそんな気持ちを、目の前の男は常に抱いているのだろう……だから、こんなに薄気味悪い笑いをしながら、そういう問いかけをするのだろう……今までに、たくさんの人間を殺しても、こうやって笑っていられるのだろう……。

だが、それは違う。

笑いながら人を殺す人間を、チナツは知らない。

そんなのは、人殺しと呼べない。そんなのは、“イカれた化け物” としか呼べない存在だ。

 

 

 

「やっぱり……俺とお前は違うよ、ジンエイ」

 

「ムウ?」

 

「もう、終わりにしよう……」

 

 

 

急に、チナツの雰囲気が変わった。

今までの鋭い殺気は変わらない……だが、それが漠然とした物から……より鋭く、何よりも硬い意志のような物が入った様な……そんな殺気……いや、これは闘気だろうか。

そんなチナツの姿を見たジンエイが、初めて顔色を変えた。

とっさに後ろに跳びのき、構えたのだ。

そして、チナツはゆっくりとした動作で、刀を鞘に納める。

 

 

 

「どうした……? 命が惜しいなら、ここでやめるのも手だが?」

 

「…………フッ、ヌフフ! やめるわけがなかろう! 貴様がここまで本気になったのだ、ここで相手をしなくては、俺の生涯、一番の悔いが残ると言うもの‼︎

さあ、始めよう……! いざ尋常に……勝負!!!!」

 

 

 

《狂刃》……その名を持つに相応しい独特の構え。

両手を広げているだけなのに、そこから生える二振りの刀が、より奇妙に見えてならない。

対して、こちらは静寂という言葉が似合う。

鞘に納められた一刀が、今か今かと抜き放たれるのを待っている……そんな気がしてならない。

互いに無駄な動きはしない。その行動を取った瞬間に、決着がつくとわかっているからだ……。

これが、最後の交錯になると……互いに分かっているからだ。

 

 

 

「いざッ!」

 

「ッーーーー‼︎」

 

 

 

動いたのは、ジンエイの方からだった。

大きく広げた両腕を、内側でクロスさせ、突進してくる。

 

 

 

(奴の抜刀術の腕前は知っている。おそらく、ソードスキル無しでも最速と呼べるほどの腕だ。だが、それでも弱点はある!)

 

 

刀のソードスキルには、居合い抜き……つまり、抜刀術のソードスキルも含まれているが、チナツが使っているのは、片手剣スキルだけだ。

しかし、そのソードスキルを使わずに、今までに多くのレッド達を屠ってきた一撃必殺の剣……《抜刀術》を身につけていた。

たとえそれがデフォルトの技であろうと、油断は出来ない。

しかし、その抜刀術にも弱点はある。

そのスタイル故に、一撃で仕留められなければ、たちまち自分が殺られてしまう。

そこを潜り抜けてしまえば、こちらの勝ちは揺るがない。

 

 

 

「私の勝ちだ! 抜刀斎ィィィィッ!!!!!」

 

 

そう、勝ちだ。

だが、本当に油断は出来ない。

まだチナツは抜刀すらしていない……そう、自らの射程に入るのを待っているのだ。

ならば、最接近した時に、その一撃は来る。だから、決して油断してはならない。

だが……。

 

 

 

(なんだ……まだ抜かないのか?)

 

 

 

結構な距離を詰めたと思う。

これならば、ジンエイが刀を振るっと方が早く届くのではないかと思うくらいに。

だが、チナツは納刀したまま動かない。

 

 

 

(いや、奴の抜刀術は神速。この距離からでも十分殺れる……だがーーーー‼︎)

 

 

 

そんな事わかりきっている。

だからこそ、防御と攻撃、どちらでも出来る様な構えを取ったのだ。

どの道、自分の勝ちだ。

 

 

 

「《断罪十字》ッ!!!!!」

 

「ハアッーーーー!!!!」

 

「ヌッ!?」

 

 

 

 

交錯する両刀。

《断罪十字》……その名の通り、交差した両刀を十文字に相手を斬り捨てる、ジンエイ自ら編み出した技だ。

この技で、多くのトッププレイヤー達を屠ってきた……だが、一瞬の交錯の時、ジンエイはありえない物を見た。

鞘から抜き放たれたチナツの刀には、赤いライトエフェクトが灯されていた。

 

 

(バカな……ありえん!)

 

 

 

そう、ありえないのだ。

何故なら、居合い抜き……抜刀術を使っている時のチナツは、ソードスキルを使えないのだ。

元々、チナツの使っているスキルは、《刀スキル》ではなく、《片手剣スキル》だ。

片手剣スキルに、抜刀術のスキルは存在しない。

だが、アレは間違いなく、ソードスキルの起こすライトエフェクトだった。

そんなジンエイの心中を察したのか、チナツはそっと、ジンエイに聞こえるくらいの声で言った。

 

 

 

「抜刀術スキル……二の型《剣殺交叉(けんさつこうさ)》ーーーーっ!」

 

「ッ!? ば、抜刀術……スキル……だと……?!」

 

 

 

聞いた事のないスキル名。

独自に編み出した技なのか……いや、ならば、ソードスキルとして成り立つはずがない。

 

 

「なんだ……それは……」

 

「さっきも言ったろ? エクストラスキル《抜刀術》だ」

 

「エクストラ……スキル……」

 

「それで、どうするだ? 剣がなくちゃ、お前も戦えないだろう……ましてや、俺と素手で殺り合うつもりか?」

 

「なに?!」

 

 

 

ジンエイは、己の両手を見た。

すると、そこにはあるべき物がなかった。

奇妙な存在であった両刀の刀身が、鍔の近くでポッキリとへし折れていた。

折れた刀身は、ジンエイのすぐそばの地面に突き刺さっており、やがて、ポリゴン粒子となって虚空へと消えた。

それはつまり、もう修復不可能な状態の為に起きる消滅……。

 

 

 

「…………貴様、そのスキルをどうやって……」

 

「さぁな、気づいたこのスキルがあった。だから、軍を抜けるのと同時に、このスキルを使い続けている。

別段隠す気はないが、それでも、あんまり人に見せられるものじゃなかったんでな。お前が切り札を使ったから、俺も使う事にしたまでだ」

 

「…………」

 

「さて、武器を替えて仕切り直すなら付き合うが……もういいんじゃないのか……」

 

「フハッ……」

 

「…………」

 

「フハッ、フハハハハッ! ヌッハハハハハッーーーー!」

 

 

 

高々と、壊れた様に笑うジンエイを、尻目に睨み見るチナツ。

だが、そんなのお構いなしと言わんばかりに、ジンエイは笑い続ける。そして、チナツの方を振り向くと、両腕を広げ、大声で宣言した。

 

 

「貴様の勝ちだ! さぁ、さっさと斬り捨てい!!!!」

 

「…………」

 

「どうした、何故斬らん? 勝者の特権だ、さっさと斬れ! 私を殺せ!」

 

 

 

当然だ。人と人の、一対一の、命を賭けた戦いに決着が着いた。

その勝敗は、どちらかが勝ち、どちらかが死ぬ。

今回はチナツが勝ち、ジンエイが負けた。敗者に待ち受けるのは……『死』だ。

 

 

 

「断る」

 

「なに?」

 

「断ると言った。言ったはずだぞ……俺はもう、無闇に人を斬ることはしないと……」

 

「これは意味のある決闘だ! さぁ、斬れ!」

 

「断る‼︎ 何度も言わせるな!」

 

 

背を向け、斬ることを拒むチナツ。

そんなチナツの姿に、ジンエイは落胆した。

かつては最強の暗殺者と言われた少年が、今では普通のプレイヤーとなに一つ変わらない事に……。

 

 

「そうか……では仕方ない……」

 

 

 

ジンエイはウインドウを開き、その手に、小太刀を一本取り出した。

すぐにチナツは刀を構え、ジンエイの攻撃を防ごうとした……だが、

 

 

 

「ヌウッ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 

二度目の驚愕。

あろう事か、ジンエイは自分の持った小太刀で、自分の胸部を刺し貫いた。

 

 

「ああ……いい……!」

 

「お前……何をして……!」

 

「ヌフフッ……信じられないと言った顔だな。だが、お前にもいずれわかるだろう……人斬りの末路が……。

剣に生き、剣に死ぬ……それが人斬りの行く末だ! これこそが本物の末路だ! 抜刀斎よ、よく見ておくがいい!」

 

「やめろーーーー!」

 

 

 

手を伸ばした……だが、ジンエイはさらに、折れた刀の破片を突き刺し、ダメージを増量させた。

その結果、チナツの手につかんだものは、砕け散ったジンエイと言うプレイヤーの体を構成していたポリゴン粒子だけだった。

こうして、迷える森の中での決闘の幕は、閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが、奴との最初で最後の出会いだ……まさか、こんな所で再会するとはな……」

 

「「「…………」」」

 

 

 

三人は、言葉に出来なかった。

ましてや、自害したはずの人間が、NPCとなって出てくる……そんな事、ありえない。

 

 

「じゃ、じゃあなに? あいつは、あんたと再戦したくて、現れたっていうの?」

 

「馬鹿な! 死んだ人間が……そんな……! そ、そんな事、あり得んだろう!」

 

 

 

死んだ人間が、幽霊となって今のアインクラッドに現れた……そんな現象を、信じろという方が無理な話だ。

だが、現にその存在を目にしている。なら、やはり……。

 

 

 

「でもチナツ、あのサムライ……NPCとしての名前も、HPゲージも持っていたわよね」

 

「ああ。だから幽霊じゃなくて、あいつはNPCとして、この世界では扱ってるんじゃないかな?」

 

「やっぱりね……」

 

 

 

神妙そうな顔をして考え込むカタナ。

正直、カタナ立って驚いている。《狂刃》ジンエイの名前は、カタナだって知っているし、姿だって見た事はある。

だが、その人物を殺すきっかけとなったのが、最愛の人との決闘で、その結果自害したとしても、その魂が消える事なく、NPCという器に入って、再びチナツとの再戦を望んでいるのかと思うと、背中に寒気が走る。

 

 

 

「チナツ、恐らくなんだけど、あのジンエイを模したNPCは、あなたとの再戦を望んでいるんだと思うわ」

 

「やっぱりか……?」

 

「ええ。ご丁寧に《抜刀斎》の名前しか言わないしね……」

 

「だよなぁ……まぁ、それはそれでいいんだよ。俺も、あの時は正直どうしようか迷いはあったんだけど……」

 

「決心は着いた?」

 

「ああ……あいつとは、俺が戦う。いや、俺が戦わなきゃいけないような気がする」

 

「……そう、わかった。なら、私たちは何もしないわ。あなたが戦い終わるまで、待っていてあげる」

 

「ちょっ、カタナさん?!」

 

 

 

 

カタナとチナツが、二人で話を進めるので、自身の意見を言いそびれてしまったスズとカグヤ。

その事について言い出そうと思ったが、カタナの両手人差し指が、スズとカグヤの唇を塞いだ。

 

 

 

「ダメよ? チナツは戦うと決心したんだもん……それを止める事は出来ないわ」

 

「し、しかし!?」

 

「別に一人でやらなくたって……!」

 

「ううん。これは、チナツが一人でやらなくちゃいけないの。一対一の勝負じゃないと、どちらも納得がいかないでしょうから……」

 

「そ、それは……」

 

「…………はぁ……わかったわよ。私も、これ以上あんな気持ち悪いNPCに会いたくなんかないし、とっととお祓いしてきたら?」

 

 

 

ちょっとひねくれた様に言うスズだが、その表情は少しだけ硬い。

カグヤも変わらず心配そうな顔で見てくるし、正直何か言葉を掛けた方がいいかなと思いましたが、それを見たカタナが、首を横に振った。

あとは自分がなんとかする……と言っているのである。

ならば、彼女たちの事はカタナに任せ、己のやるべき事を、やるしかない……。

 

 

 

 

「じゃあ、行ってくる……」

 

「うん……頑張って……!」

 

「おう……」

 

 

 

 

目線だけカタナに向け、見送りに感謝しながら、チナツは再びアンデッド・ナイト……ジンエイの下へとむかう。

 

 

 

 

「さてと……今度こそ、ちゃんとした決着をつけようか……ジンエイ」

 

 

 

 

心を研ぎ澄まし、刃の様に硬く、鋭いものに変える。

向かうは戦場。

一対一の殺し合いだ。かつて討てずして消えていった相手が、今再び刃を交えたいと言うのなら、拒否する権利はチナツにはない。

今度こそ、彼の気持ちを汲み取った上で、悔いの残らない戦いをし、全てに決着をつける。

 

 

 

 

「さぁ、続きだ……行くぞ、ジンエイ」

 

「バアットオォォサァァァァァイッ!!!!!」

 

 

 

やはり、それしか言わない。

どうやってこの城に存在しているのか、いまいち謎だらけなのだがらやはりこの男は、あのジンエイだ。

《狂刃》と呼ばれた、あのジンエイ。

刀は一本しか持ってないし、アンデッド系モンスター特有の、腐食した肌質……真っ赤に光る眼光、そして呪いを吐き散らす様な奇声。

もはや人間とは思えない……だが、確かにこのモンスターには、彼の意思が入っているのかもしれない。

チナツは、刀を鞘に納めたまま、ゆっくりと半身の中腰姿勢に……。もっとも得意とする剣技《抜刀術》の構え。

それを見たジンエイは、まるで待ちわびたかの様に、チナツに向けて奇声を発する。

そして、その長年の思いをぶつけるかの様に、不規則な動きをしながら、ジンエイは高速でチナツ向かって駆け出す。

 

 

 

「ッ!」

 

「ヌハハッ!」

 

 

抜き放つ一閃。

だが、この一閃をジンエイは跳躍することで回避し、勢いそのままにチナツの背後を取る。

着地と同時に体を捻り、チナツの首元めがけて横薙一閃。

だが、これもチナツが身を屈めて躱す。

振り抜いた反動で、懐ががら空きになったところを、チナツが瞬時に反応し、高速の刺突を放つも、ジンエイがわずかに体を捻って致命傷を避けた。

と言っても、チナツの刀が体を斬りつけたので、その分のダメージ量は負った。

残りのダメージは、約半分近くだ。

 

 

 

「ヌハ、ヌハハ!」

 

「さて、もうそろそろ終わりにしようか……今度こそ、お前の望む様に……一撃で屠ってやるよ……ッ!!!!!」

 

 

 

 

また抜刀術の構え。

だが今度は、本気の本気……確実にジンエイの首を取りに行っている。

その衝動に駆られ、ジンエイが動き出した。

猛狂う体が宙を飛躍し、真っ直ぐチナツに向かって飛んでくる。

これが、最後の一刀……。

 

 

 

 

「《紫電一閃》…………ッ‼︎」

 

 

 

今のチナツが出せる、システムアシスト無しの最速かつ最強の一撃。

高速で振り抜かれた一閃。チナツの姿は、すでにジンエイの背中にあった。

そしてその剣撃は、振り下ろしたジンエイの刀を斬り裂き、そして、ジンエイの胴体を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

「アア…………イイ…………!」

 

「っ!?」

 

 

 

ジンエイの放った言葉に、チナツは驚き、後ろを振り返った。

だが、すでにジンエイの姿は、そこにはなかった。

最後の言葉は、あの時にもいった言葉。

そして、また手の届かないところで、あの男は消えていった。

チナツはそっと刀を鞘に戻し、その場を後にした。

 

 

 

 

「これで本当にさよならだな……ジンエイ……」

 

 

 

 

最強の暗殺者と、狂気の殺人鬼との戦いに幕が降ろされた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、チナツは《イグドシル・シティ》に戻り、ある事を確認したいと思っていた。

まず初めに向かったのは、街で店を出しているエギルの所。

そこにいるであろう、キリトとアスナ……そして、娘のユイの下へと向かった。

 

 

 

 

「あの、キリトさん。ちょっと、ユイちゃんとお話ししたいんですげど、いいですか?」

 

「ん? ユイと? 珍しいな、お前がユイと直接話すなんて……」

 

「いや、ちょっと……ユイちゃんに聞きたいことがあって……」

 

「ふーん……ユイ、チナツが話したいらしいんだけど、いいかな?」

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

「そっか、じゃあユイちゃん、ちょっとこっちに来てもらえるかな?」

 

「はい?」

 

 

 

流石に、他の人に話す話でもないと思い、思い切ってユイと二人で話したいと言ったのだが、なぜだろう……キリトとアスナの視線が、やや怪訝そうな雰囲気を纏っているのは……。

 

 

 

「それで、お話は何でしょう?」

 

 

 

そう言いながら、テーブルの上で自分の体よりも大きなクッキーを食べている、愛らしい姿のナビゲーションピクシーのユイ。

どうやら昔のSAOの様に、子供姿にもなれるそうなのだが、このALOに来てからは、ほとんどこの状態らしい。

 

 

 

「えっと、変な事を聞く様だけど……」

 

「はい……」

 

「ユイちゃんはさ、SAO時代のアインクラッドで、死んだプレイヤーの意識が、今のアインクラッドにいるNPCに乗り移りって可能性があると思うかい?」

 

「プレイヤーの意識……ですか? うーん……」

 

 

 

年相応に悩める顔をしているユイだが、こう見えても、ある程度の管理権限を持つ、スーパーAIなのだ。

ユイの収集する情報のおかげで、今まで何度となくクエスト達成やレベリングの効率化を助けてもらった。

そんな彼女は、アインクラッドの……強いて言うならば、その中枢たる《カーディナル・システム》のことについては、とても詳しいはずだ。

今のALOのシステム中枢も、旧SAOのシステムである《カーディナル・システム》をコピーしたものだ。

ならば今回の一件も、そのカーディナルの仕業ではないかと、チナツは睨んでいるのだ。

 

 

 

 

「そうですね……プレイヤーの意識、という概念が、私にはまだわかりませんが、システム的に言うのであれば、SAO時代のプレイヤーデータを、そのNPCにコピーした……としか考えられません」

 

「だけど、その言動や剣技までも、再現出来るものなのかい?」

 

「すべては無理です。ですが、その中でも特に多用していたり、繰り返し使っていた言葉やスキルなどが、ナーヴギアのローカルメモリーだけでなく、カーディナルのプログラムにすら残っていたとしたら……」

 

「多少の再現は可能……といことなのか……」

 

「はい。100パーセントの確率で……とは言えませんが、可能性がないわけではありません。

でも、どうして、そんな事を?」

 

「ん? まぁ、ちょっとね。今日、カタナ達と肝試しに行ってきたんだよ」

 

「き、もだめし?」

 

「何ですか、それは……」

 

「えっと、それはねえ……」

 

 

 

チナツはユイにだけ聞こえる様に、あえてコソコソとユイに耳打ちをする。

そんな様子を、両親は心配そうに見ていた。

 

 

 

「チナツくん……ユイちゃんと何話してるんだろう?」

 

「さあな……」

 

 

 

その後、何やらユイが興奮した様にチナツに話しかけ、当のチナツは、こちらに指を差しながら、ユイに何かを言っている。

すると、ユイはこちらに飛んできて、さっきと同じ様に、テーブルの上にちょこんと座った。

 

 

 

「ユイちゃん、チナツくんと何話してたの?」

 

「オバケについてです!」

 

「「オ、オバケ?!」」

 

 

 

両親揃って首をかしげだ。

そんな親子の様子を、チナツは微笑みながら見ているので、キリトだけが、チナツの下へと向かった。

 

 

 

 

「お前はユイに何の話をしたんだよ……?」

 

「えっとですね……実は今日……」

 

 

 

チナツは、今日あった出来事を、キリトに包み隠さず話して、ユイに肝試しとは何なのかと教えていたらしい。

 

 

「なるほどねぇ〜、それでオバケってわけか……」

 

「そういう事です。どうします? ユイちゃんは行く気満々って感じですけど……」

 

「そうだけど……もう一人がな……」

 

 

 

二人は視線を母娘に向けた。

 

 

「ママ! 私、肝試しと言うものをやってみたいです!」

 

「うえっ?! な、何で急に?」

 

「チナツさんから教えてもらいました。何でも、夏の風物詩だそうですよ!」

 

「ダ、ダメだよユイちゃん!」

 

「ほえっ? 何でですか?」

 

「な、何でって……えっと……そのぉ〜……」

 

 

 

 

自分は幽霊が怖いから……なんて事は、可愛い娘の前では言えない。

 

 

 

「じゃあ、この前行ったアンデッド系モンスターのいる所で肝試しは出来るんですか?」

 

「ちょっ、ちょっと待って! そ、そこもダメだよー!」

 

「ええー! ユイも肝試しやってみたいですー!」

 

「え、ええっと……キリトくーん!!!!」

 

 

 

 

堪らず夫に助けを請う。

それを見ながら、キリトとチナツは母娘の下へと向かったのであった。






今回のは、なんか微妙な終わりになってしまいましたね( ̄◇ ̄;)
どうやって終わらせようかと思って書いてみたら、こんな感じになった……って言う状況です。

次回からは海底クエストをやりますので、お楽しみに(⌒▽⌒)

感想、よろしくお願いします!


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