すみません!
今回で終わるとか言ってましたけど、終わりませんでしたぁ〜…>_<…
第3層……迷い霧の森。フォレスト・オブ・ウェイバリング・ミストへとやってきた一同は、その森の入り口付近まで近づいていた。
名前の通り、一面に広がる森林地帯。そしてその樹々の隙間隙間を埋めるかのようにして、薄くかかった霧。
見えなくはないが、見通し辛い……そんな環境下に置かれたフィールド。
その中を、これから進んでいかなくてはいけないのかと思うところ、とても憂鬱な気持ちになる。
件の幽霊は、この中で出現した……と考えたほうが状況的にもあっているような気がする。
さて、ただ闇雲に探したとて、見つかるわけでもないので、ここはまた二手に分かれて探したほうがいいか……。
「じゃあ、ここは俺とスズ、カタナとカグヤのペアで分かれて探すか。
それぞれの位置はマップに表示されてるし、ここだってマッピングしてるから、道に迷うことはないだろう……」
「そうね……じゃあ、とりあえず中に入りましょうか。最初は四人で、行き止まりに突き当たったところから二手に分かれましょう」
チナツとカタナを先頭にして、四人は森の中へと入っていった。
「ううっ……なんか、妙に肌寒いわね」
「霧が出てるからな……湿度が高いのだろう」
「にしても、この仮想世界は凄いわよねぇ〜。温度や湿度、天気までほとんど観測して再現してんでしょう? ほんと感心するわ」
「大体の気象パラメーターはランダムなんだよ。何かが良ければ何かが悪い……。
この状況だと、気温は高くないけど、湿気が多すぎ。この逆もあって、気温が高くて、湿気が少な過ぎる……みたいな感じだ」
「なるほどねぇ〜……まぁ、現実世界と合わせて気温の変化をつけてくれるのは、別にいいんだけど……」
「だけどごく稀に、あらゆる気象パラメーターの設定が、もの凄くいい時があるんだよ。本当にごく稀な確率でな」
「なによー、そんなんがあるならずっとそうしてればいいじゃない……」
「その季節も楽しむのがいいんじゃないか……ゲームの遊び方は、一つじゃないって事さ」
暑いのも寒いのも嫌いなスズは、どよんとした表情で肩を落とす。
そんなスズを仕方ないなぁといった表情で見つめるチナツ達。
なんだか、これだけで雰囲気が和んだような気もする。
「と、ここで別れ道だな……じゃあ、カタナとカグヤは左から、俺とスズで右から見てみるよ」
「わかったわ。何か見つけたら、連絡してね。幽霊の正体をこの目でバッチリ納めてやるわ!」
「あっはははは……」
まず居るかどうかが怪しいが……。
まぁ、そんなに楽しみならしている人間に、そんなこと言うのも野暮だろうと思い、チナツはその言葉を胸にしまった。
しかし、少なくともここにはその幽霊を見たという者が二人いる。これなら期待は出来そうだが、出来れば会いたくないものだ。
「…………」
「ん? どうしたんだ、スズ。いきなり黙って」
「え? いや、なんでもない……」
「…………はは〜ん」
「な、なによ!?」
ここに来る前はそんなそぶりを見せなかったが、いざその場所に入り込むと、こうなるのか……。
「なんだよお前、怖いのか?」
いたずらな笑みを浮かべながら問いかけた。
すると予想通り、顔を真っ赤にして反論してきた。
「ち、ちち違うわよ‼︎ 全く! そ、そんな事ないんだからね‼︎」
「動揺し過ぎだろ……」
「はぁ?! 違うし! こ、これはその……そう! 警戒してるのよ! 前はいきなり襲われたから、その対策の為に警戒をーー」
「わかったわかった。そんなにムキにならなくてもいいだろう」
「うっさい! あんたが変な事言うからでしょうが!」
「いや、お前昔にも同じくらい動揺してたじゃないか」
「はぁ? 昔?」
「うん。前にもこんな感じで肝試しするって言って、滅茶苦茶張り切ってたお前がいきなり大声出して逃げるから、何事かと思ってみんなビビりまくりだったじゃんか」
「あ、あれは小学生の頃の話でしょうが‼︎ 今は違うわよ!」
そう……昔、まだ二人が小学生の頃だった。
近所にある廃墟となったビルに、一夏と鈴、同級生を含め、五人で肝試し大会なるものをやったのだ。
なんでも、その廃墟は昔墓地のあった場所に建てられた物で、そこに眠っていた霊達が、今では居場所を求めて、彷徨い続けているという噂を学校で聞いてきたのだ。
それにいち早く食いついたのが、鈴だった。
それで幼馴染だった一夏と、その友人たちを集め、その夜に肝試しを決行した。
「なのに、言い出しっぺのお前が一番ビビってたんよなぁ……」
「だからビビッてないっての!?」
「どこがだよ……ずっと俺の後ろに隠れておいてよく言うぜ……」
「うっ……」
そう、鈴は終始一夏の後ろに隠れたままだった。
先導して行ったのは、一夏の友人達。
彼らもなんだかんだで、肝試しには乗り気だったようだった。
しかし、いざとなると、彼らも鈴同様に、ビビりまくって一夏の背後に隠れた。
そして最後の最後で、何かの気配に気づいた鈴が大声を出し、その場を一目散に逃げ帰った事によって、周りの友人達も、蜘蛛の子を散らしたように走り出したのだ。
「あの後、俺は千冬姉にこっぴどく叱られたっけなぁ……」
「あたしもお父さんとお母さんに散々怒られたってぇの」
「ああ、それとさ。あの時お前が逃げ出した後な、お前が怖がってた物の正体がわかったぜ」
「ええっ?! ま、まさか……ゆ、幽……!」
「んなわけあるかよ……あれは子猫だったんだよ」
「こ、子猫……?」
「ああ。あの廃墟には、野良猫が住まわってたんだよ……。そんで、子猫が夜になって鳴いたりしてたから、みんなそれを幽霊の声だのなんだのって騒いでただけなんだ」
「な……なによぉそれぇ〜!」
なんでもない真実に落胆するスズ。
よもや自分たちは、ただの子猫1匹の為に驚かされていたのかと思うと、どことなく情けなくなってきた。
「まあ、今回もそんな感じを期待したいな」
「もういいわよ……」
ニヤリと笑うチナツとジロリと睨むスズ。
少し和やかになった雰囲気で、そのまま奥へと進んでいった。
「カグヤちゃんは肝試しとかやった事ある?」
「そうですね……家は神社ですので、そうのを求めてやってくる者達が来たことはありますが……」
「へぇ〜、カグヤちゃん家って、出るの?」
「出ませんよ……家には墓地があるわけではないですから……」
一方、カタナとカグヤのコンビは、なんだかんだで和やかな雰囲気だった。
まぁ、主にカタナがドキドキ感よりもワクワク感の方が大きいためか、非常に楽しそうな顔をしている。
そんなカタナにつられて、カグヤもそんな雰囲気に呑まれている。
「まぁ、以前は肝試し大会なんかを、学校の自然教室などの行事でやったことはありますが……」
「へぇ〜! そんなのもするんだぁ!」
「カタナさんのところは、やらなかったんですか?」
「うん。あったのも修学旅行とかぐらいだからね。肝試し大会はなかったかな……。
それで、その肝試し大会とかじゃ、本当に見たとか無かったの?」
「ありませんよ。大抵は施設の職員さんとか、先生方が脅かす役なので、ちゃんとした心霊体験をするわけじゃないんですよ」
「なぁーんだ……。でも、それはそれで面白いかも。今度IS学園でもやろうかしら」
「やろうって、どうやるんですか?」
いまいちイメージが湧かないが、カタナの事だ、何かしらのアイディアでやってのけそうな感じはする。
「にしてもカグヤちゃんの髪は、凄く綺麗な色ね?」
「えっ? そ、そうですか? まぁ、周りの人たちはみんな、赤が多かったんですけど……私のは、どこかおかしいんでしょうか?」
「ううん。たぶん、その逆。カグヤちゃんのは、とてもレアな奴だったのよ。時々あるのよ、そういうビギナーズラックのような感じで、レアアバターを引く人が」
「そうなんですか……! でも、あまりにも派手じゃないですかね? あまり目立つのは……」
「何言ってるのよ。カグヤちゃんは可愛いんだから、もっと自分をアピールしないと!」
「いやっ、そんな事は……。私は所詮、どこにでもいる一般人に過ぎませんし、もとより私は武士の家の者。その様に表に出ることはしません」
「んもう……! そんなんじゃダメよ。大体武士なら、自分の存在を知らしめてやる! くらいのことはやってのけないと!」
「んっ……確かに……それは一理ありますが」
「でしょう? なら、今度、みんなとクエスト行こうよ!」
「みんな?」
「そう、みんなで! スズちゃん達とは行ったんだから、今度はカンザシちゃんとか、ティアちゃんとか!
あっ、アスナちゃん達とも一緒に行きたいわね!」
半ば強引な感じが否めないが、それもカタナだから許せそうな気がする。
ほんと、この人は姉にそっくりだ。
相手を自分のペースに引き込むやりよう……だが、そんな事になっても、恨めないというか、自然と自分も入ってしまうというか……。
とにかく、この人には、なんでも許せてしまいそうな気がする。
「そうですね。それも考えておきます」
「絶対ね、約束よ?」
「はい、約束です!」
二人は、怪奇な森の中にいるというにもかかわらず、仲良く指切りをしている。
だが、そんな光景が、とても微笑ましく思えた。
一方、チナツ、スズのコンビは、幽霊との遭遇地点へと足を踏み入れていたのだった。
「ここよ……あいつを見たのは……!」
「ここか……たしかに、薄気味悪いな」
場所は森の最奥部近く。
何度か動物型モンスターとの遭遇戦になったが、二人の実力ならば、なんてこと無かった。
二人は今、マップを確認しながら、スズ達が遭遇したと思われる幽霊が出現した場所を特定するため、先ほどよりもより慎重に移動を行っていた。
「…………スズ、一応カタナ達にもメッセージを飛ばしておいてくれないか?
もしもの時は、四人で対処しておかないと……」
「そうね、わかったわ」
チナツの意見に賛同し、スズはカタナ宛にメッセージを書く。
空中に投射されているウインドウ。そこに出されたキーボード型のウインドウをタップしていく。
そして、簡潔に今の状況を説明し、自分たちがいる場所を乗せた地図も、ともにそのメッセージに同封して、メッセージを送った。
「よし、これで完了っと! チナツ、終わったわよ」
「…………ああ、了解」
「ん? どうしたのよ?」
明らかに様子がおかしかった。
遭遇地点に踏み入ってから、明らかにチナツの雰囲気が変わった。
どこか殺伐としている様な、周りに対して、強い警戒を抱いている様な……そんな気がしてならなかった。
「いや、なんか……誰かに見られている様な……」
「えっ!? うそ!?」
「わからない……俺の索敵スキルの範囲外にいるんだろうけど……どこからか視線を感じるんだよな……」
「ちょっ、やめてよ……! 本当に出てきそうじゃないのよ……!」
「ああ……悪い……でも、これは……」
どう表現していいのかわからない。
だが、確実にこちらの存在を認識しているのか、どこからか見ているのだろう。
だが、索敵スキルには何も映ってないし、目視による索敵も、誰も映らない。
では、この感覚は一体なんなのだろう……。
バ……トゥ…………イ…………。
「っ!?」
「ひゃあっ! な、なに! 今度は何よ!?」
「いや、今なにか聞こえなかったか?」
「は、はぁ? いや、何も……」
バ……トウ……サ………………。
「っ! まただ! 今なにか……!」
「はぁ?! 私には何も聞こえないわよ?!」
「マジか? じゃあ、なんだ、この声は……!?」
スズには聞こえていない。
だが、ここであることを思い出した。それは、プレイヤー達がそれぞれ選んでいるアバターたる種族の属性や特技の違いだ。
スズのケットシーは、敏捷性と、視力向上に特化した種族になっている。
対してシルフは、飛行速度の速さと、聴音性に優れている。
ならば、チナツには聞こえて、スズには聞こえないこの声は、たしかに発声しているものだと考えてもいいのだろうか……。
バット……サイ…………!
「バット……トゥー……セイ……」
「ん? 何よいきなり……」
「スズ。確か、その幽霊って、『BAT TO SAY 』って言ってたんだよな?」
「え? あ、うん……あんまり良くは聞こえなかったけど、可能な限り聞こえたのは、それね」
「バット……トゥ……セイ……」
「一体何なのよ?」
みるみる顔から血の気が引いて行ってるチナツに、スズはただ事ではないと察した。
そして、より一層、チナツが警戒の色を濃くしていった。
バットーーサ……イ………………!
「っ!? 今、なにか……っ!」
ようやく、スズにも聞こえてきた様だ。
そしてその声はだんだんと大きくなり、こっちに近づいてくる足音まで聞こえてくる始末だ。
「ひぃっ!? ぜ、絶対あいつよ! ど、どこから……!」
「…………」
バットーーサイ…………!
「っ…………!」
「バットーーサイ」
「っ!!!?」
今度は確実に聞こえた。そしてその瞬間、チナツは驚異的なスピードで刀を抜き放った。
その瞬間を見ていたスズは、全く動くことができなかった。
ただ、目の前にいたチナツが、スズの後ろへと瞬時に動き出し、通り過ぎたかと思ったその時、スズの後ろで、激しい刃ぎしりの音が聞こえた。
「え……っ!?」
「ちっ!」
一拍遅れて、スズは後ろに視線を移した。
そこには、スズの首筋に迫っていた刀身と、それを塞き止めていたチナツの姿。
そして、そのチナツと対峙している、薄気味悪い、ボロボロの和服を着飾った編笠剣士。
その獰猛な目が見開き、怪しい光を放つのと同時に、笑っていた口が、さらに愉悦を得たかの様により一層の笑みを浮かべる。
その唇が、まるで三日月のように鋭利な形になった瞬間、その口から、この世の者の声とは思えない奇声が発せられた。
「バァァッッットオオオーーーーサイィィィィーーーー!!!!!」
「いやあああああっーーーー!!!! で、出たああああっ!!!!!」
獣の咆哮、少女の悲鳴。森の中に木霊する二つの声は、樹々にとてつもない振動を与える。
嫌な風が吹き、木の葉が揺れ掠れる。
旋律にも似たその衝撃に、チナツは全身を強張らせた。
斬りかかってきた敵……幽霊を直視した瞬間、どうしようもない恐怖がその身を襲ったからだ。
「くっ!」
「フハッ、フハハハハハーーーーッ!!!!」
編笠剣士をはじき返し、一旦距離をあける。
腰を抜かし、その場に尻餅をついたスズの前に立ち、絶対に手出しさせないようにと構える。
対して向こうは、不規則にくねくねと体を動かしたり、まるで蠢かせているかの様に目をクルクルと回す。
妖しく光る紅い瞳。本来白目である部分ですら、漆黒の色に染まっている。
そしてその体つきも、異様なくらいに細い。
そんな異様な存在には、驚くことに名前があった。
その名も『アンデッド・ナイト』というらしい。
「アンデッド……死霊の騎士か……。随分と大層な名前をもらったものだな……」
「ウフッ、ウフフフフフ…………」
「ちょ、ちょっと! あ、あんた、何呑気なこと言ってんのよ!」
「…………ああ、悪い。俺は、あいつを知らないわけじゃないからな……」
「………………はあああああっ!!!!?」
チナツの言った一言が理解できず、思わず大きな声を出してしまったスズ。
一体この幽霊とどういった関係なのか?
そもそもこの存在は、もはや人……プレイヤーですらない。
なのに、なぜチナツはそんな者のことを知っているのか……?
「ざっと……一年ぐらいになるのかな? 随分と風貌が変わったじゃないか……《ジンエイ》」
「バァアットオォォサイィィっ!!!!!」
抜刀斎……その名を、自分以外の者から聞いたのは、一体どれくらい前になるだろうか……。
アインクラッド解放軍に所属していた頃……《チナツ》という名前ではなく、《抜刀斎》として呼ばれていた頃ぐらいか?
いや、その後でも呼ばれたことは、数回はあったか……。
だが、ここ最近では、そうやって呼ばれたことがなかった故、ほとんど忘れていた。
だからこそ、ここで改めて呼ばれることに、酷く懐かしいと感じつつも、酷く不快な気持ちでいっぱいだ。
「俺と戦いたいか、ジンエイ」
「フハハハッ!!!!」
「…………なるほど、もはや言葉も通じないか……なら、この剣で語るしかねぇな。
来いよ、お前の死神、今ここで断ち切ってやるーーーー!!!!」
「ウオオオッーー!!!!」
駆け出す両者。
振りかざすは互いに日本刀。
凄まじくも鋭い一撃が放たれ、衝突した瞬間に、凄まじい衝撃が広がった。
「やばっ、もう始まってるわね!」
「ええ! 急ぎましょう……!」
スズからのメッセージを読んだカタナ達は、急ぎチナツとスズのいる地点へと向かっていた。
しかし、時すでに遅く、スズの絶叫にも似た悲鳴と、今でなお鳴り続いている剣戟の騒音。
まず間違いなく戦っているのはチナツだろう……。チナツに限って負けるということはないとは思うが、それでも心配だ。
「次の角を左よ! モンスターのタゲを気にしている暇はないわ、全部振り切っていきましょう!」
「了解!」
若き槍兵と侍が、疾風の如き速さで道を駆け抜ける。
そして、ようやく、その場で尻餅をついていたスズの後ろ姿を捉えた。
「スズちゃん!」
「あ……カ、カタナさん……」
スズの表情は、なんとも言えない……恐怖とも、混乱とも言えない表情だった。
震える手を持ち上げ、前方へと指差す。
スズの指差した方向を、カタナとカグヤは追って視線を向けた。
するとそこには、もうヒートアップした戦闘の光景が広がっていた。
「ウオオオ!!!!」
「シッ!!!」
したからすくい上げるようにして放たれた死霊の一閃。
チナツはそれを一歩後ろへと引くことで躱し、時計回りに体を回転させて、カウンターの一撃を打ち込む。
ドラグーンアーツ《龍巻閃》だ。
だが、このカウンター技を、ジンエイことアンデッド・ナイトは読んでいたかのように、振り抜いた刀をそのまま自身の背中に回しこんで、防いだのだ。
「今のカウンターを防いだ?!」
「…………チナツの剣技を知っている……?」
本来ならばらそのまま首か、胴体を断ち斬られて終わっていただろう……しかし、死霊はそれを防いだ。
カタナが言ったように、まるでチナツ自身の剣技を既に知っているかのように……。
死霊は、チナツの刀を弾き返すと、チナツに向けて鋭い刺突を放ってくる。
「っ!」
「フハッ!」
「くっ!? こいつ……っ!」
緩急をつけた刺突。
しかも、腕の関節が既に壊れているのか、ぐちゃぐちゃに折れ曲がる始末だ。
これでは、予測不可能も放出可能だということであり、このままではチナツに分が悪い。
だが、だからこそチナツは、あえて引くのでなく、死霊の間合いへと攻め込んだ。
「ヌッ!?」
「ハアッ!」
低い姿勢から攻め込み、一気に間合いを侵略したチナツ。
そこから一度振り下ろされる刀を弾き返し、返す刃で死霊の胴を斬り捨てた。
「やったか!?」
「いや、まだよ……!」
確かに斬った……しかし、寸でのところで死霊が一歩後ろへと退がったらしく、斬ったの表面の薄皮一枚程度。
チナツも手応えが薄かった事に気付き、舌打ちを鳴らしながら、八相の構えを取る。
(さて、どうするかな……。システムアシストが効くのは通常の片手剣ソードスキルのみ。それ以外にアシストなしでドラグーンアーツは使えるが……)
正直、それで勝てるかは怪しいところだ。
今打ち合ってみてわかったが、この死霊……ジンエイは、理性こそ無いが、剣技の腕は確かだ。
それも、あの時……初めてジンエイと斬り結んだあの時と同じくらいの強さがあった。
ならば、簡単な技はすぐに対応してしまう。
ここで決着をつけるのなら、チナツ自身の最も得意とする技《九頭龍閃》の出番だが……
(今の俺に、《九頭龍閃》は放てない……。必然的に、《天翔龍閃》も放てない。まったく、自分が一番得意な技すらも出せないとはな……)
チナツの得意技《九頭龍閃》は、神速を最大限に生かした瞬間九連撃を放つ破格の大技。
だが、それが出来たのは、システムによるアシストがあったからであり、今のチナツでは、九撃すべてを一瞬の内に放つのは至難の技。
そして、その《九頭龍閃》すらも超える奥義。
神速を超えた超神速の抜刀術《天翔龍閃》も、今のチナツには放てない。
(ならばこのまま、連撃主体で攻め込むに他ない……!)
今度はチナツから仕掛けた。
今のチナツが出せる最大の連撃を、死霊に浴びせる。
「《龍巣閃》‼︎」
本来ならば八連撃の技だが、システムアシストにとらわれていないため、継続した攻撃が可能だ。
だが、死霊もただやられるだけではない。
なんと、チナツの剣戟に合わせ、同じ速度の同じ斬撃を返していく。
刃と刃が擦れ合い、甲高い金属音が響く。
薄暗い霧の森の中で、僅かに光を灯す火花。
連撃をやめたかと思うと、体を右に一回転させ、死霊の足元を狙った一撃を見舞うが、死霊はそれを飛び躱し、チナツに向けて上段から斬り捨てようとするが、ここはチナツも読んでいた。
「ここでっ、返すッ!!!」
刀の柄頭で、死霊の振り下ろした刀身の刃を受け止め、弾き返した。
態勢を崩し、懐を晒している死霊。
これは絶好のチャンスと思い、チナツは迷うことなく攻め込んだ。
だが……
「フフフッ!」
「っ!?」
突然襲ってきた殺気。
とっさに体を傾け、斬り込むのを強制的に止める。
そのまま地面に倒れこむのではないかと思うほど、急激に低い姿勢をとったチナツ。
だがその後、元々チナツの頭があった箇所に、死霊の握っていた刀の鋒が通過した。
カタナ達も驚きのあまり声を出す事ができず、勢いそのままに死霊の後ろへと通過していくチナツに視線を向けた。
チナツはそのまま、態勢を整え、片膝を立てながら、刀の鋒を死霊に向ける。
「あっぶねぇ……!」
もしもあのまま斬り込んでいたら……チナツの顔面には、刀が抉り込まれていたことだろう。
そう思っと、冷や汗が額から溢れ落ちる。
「な、何だったんだ……今のは……!?」
「まさか……『背斜刀』?!」
「は、はいしゃとう……?」
「あの瞬間……チナツに弾かれた刀を、背中に回して左手で掴んだ。そしてそのまま、逆手に持った状態で、チナツの顔を斬りつけたのよ」
「そ、そんな剣技、この仮想世界はおろか、現実世界にだって……!」
「ええ……。でも、失われただけで、その剣術は存在していたはずよ。あの剣術は、間違いなく対人戦闘用に特化した剣術。
あそこで避けてみせた、チナツを褒めるべきね……!」
チナツですら攻めあぐねている敵。
どのようにして攻略すれば良いか……しかし、カタナには、その前に気になったことがあった。
(チナツの動きが悪い……? どうして……?)
素人目では分かりにくいが、カタナには、何故かわかったのだ。
チナツの動きが、通常よりも一歩遅いと……。
「原因はわからないけど、このままじゃ分が悪いわね。カグヤちゃん、スズちゃん一緒に、退路の確保をお願いしていいかしら?」
「やはり一旦、撤退しますか?」
「ええ。このままじゃ、いずれチナツが危ないわ。私はチナツを援護してくる。頼んだわよ」
「わかりました……!」
槍を取り出し、今にもチナツに斬りこもうとしている死霊に向けて、高速の連続刺突を放つカタナ。
その数撃は、死霊にヒットし、態勢を崩すことに成功した。しかし、それで満足はしない。
すぐにがら空きになった腹部へと、石突きによる強烈な刺突が突き刺さった。
実際には刺してはいないため、ダメージ判定も打撃攻撃として捉えられるが、それでも、十分すぎるほどの一撃を見舞うことが出来た。
死霊はその衝撃によって、森の樹々の間をすり抜け、奥へ奥へと吹き飛ばされた。
「チナツ、一旦撤退しましょう!」
「……あ、ああ……」
吹き飛ばされた死霊の後を追うかのように視線を向けていたチナツ。
視線を外さないまま、カタナの問いかけに返答するも、少し気がかりが残っている。
だが、このまま戦っても、いずれは自分がボロを出すだろうというのはわかっていた。
ならばここは、引くのが上策。
差し出されたカタナの手を握り、チナツはカタナとともに走り出す。
目の前には、退路を確保しておいてくれたカグヤとスズが待ち構えていた。
「カタナさん! 今の内に!」
「ええ!」
全速力で森の中を駆け抜ける。
モンスターにタゲを取られようが御構い無し。
そのタゲを失うまで、一切後ろを振り向かずに走り抜ける。
そして、セーフティーゾーンである地点にまで到着し、荒げた息を落ち着かせながら、チナツに視線を向けた。
「ねぇ、チナツ。あなた、あのNPCに、何か心当たりがあるの?」
「…………何でだ?」
「言わなきゃわからない? あなたの動きが、一歩遅いなって感じたからよ」
「…………やっぱり、カタナに隠し事はできないな……」
そっと笑みを浮かべるが、その表情は、いかせん暗いままだ。
その様子に、カグヤとスズも心配そうに見つめている。
「チナツ、どういうことだ……あんな化け物を見たことがあるのか?」
「そう言えばあんた、さっき戦っていた時も、あいつのこと知ってるとか言ってたわよね?」
スズの指摘には、さすがに誤魔化しようが無いと思い、チナツは深呼吸を一回……目を瞑り、自身の心を落ち着かせると、三人に向けて話し始めた。
過去……かつて囚われの身になったこの城で、奴……アンデッド・ナイト……いや、《ジンエイ》というプレイヤーと、自分のとの関わりを……。
大丈夫、次回で必ず終わらせます。
そしてこの後は、ALOの海中クエストへと持って行きます!
感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)