これにて、恋に焦がれるシリーズは終了!
陽が落ち、周りが闇夜に包まれつつある中、一際明るく辺りを照らし、賑やかになっている神社。
今宵は祭り。
皆が浴衣を羽織り、屋台が立ち並ぶ石畳を闊歩する。
その様子に、箒自身、心が躍っているのを感じた。
祭りの開催が宣言され、あっという間に大勢の人で賑わっている。箒はおみくじ売り場で、筒の中に入っている札の番号を聞き、その番号の書かれた棚から一枚、おみくじを渡す。
「45番……こちらになります」
今日はやけにおみくじ売り場が多い。
それも男性客が……。
よく見ると、そんな男性客を後ろから睨みつける女性客までいる……はて、一体何事だろう……。
そんな事を思いながらも、箒は着実におみくじを売っていった。
(一夏たちは……いったいいつ来るんだろう……?)
祭りには行くと言っていたが、それが何時なのかは聞いていない。
まだ祭りが始まったばかりとは言え、昔はあんなにはしゃいでいた一夏が、そうそう遅れてくることはないだろうと考えた。
「すいませーん、おみくじください」
「あっ、はい! 300……円に……」
ついつい一夏たちを探すのに気を取られてしまい、接客を怠ってしまった。
だが、そんな気を取り直す必要もなく、目の前の人物を見て、箒は驚愕の声を上げた。
「た、楯無さん!?」
「はぁ〜い♪ あなたの楯無お姉さんでぇ〜す♪」
「いや違いますよ?!」
「ああん、そこは乗ってくれもいいのにぃ〜♪」
「それはそうと……いつの間に来たんですか?」
一夏から多少のことは聞いていたが、あまりにも神出鬼没過ぎる。
気配の消し方が上手い……まぁ、これだけ賑わっている中でなら、多少なりとも上手い具合に気配は消せるだろう。
「つい今しがた到着したところよ。ほら、あっちにも……」
「あっち? ああ……」
刀奈の指差した方向へ視線を向けると、そこには、両手に屋台の料理を持った一夏の姿が……。
そして、こちらの視線に気づくと、人ごみの多いその一帯を、まるですり抜けてくる水流のように滑らかにやってきた。
「よお、お待たせ」
「ああ……それで、どれだけ買ったんだお前は……」
ジト目で見ながら、何故ここに来るまでにそれだけ買った? と言いたくなるほど大量の屋台料理。
焼きそば、焼きトウモロコシ、たこ焼き、フランクフルト、綿あめ……確認できるだけでもこれだけ。
あとは袋の中にまだ色々と入っているようだ。
「カタナが食べたいって言ってさ。箒は自分が探すから、俺は買っておいてくれって言われたんだど……」
「流石に多過ぎないか?!」
「だよなぁ〜」
「ええっー! いいじゃん、私こういう祭りに来るの初めてなんだしー!」
「はあっ!? 初めてなんですか?!」
「うん、そうよ? 外でこれだけ賑わったところに来るの初めてね……だから、すっごく楽しみなの♪」
刀奈は元々、暗部のとはいえ名家の令嬢。
ならば、こんな庶民的な祭りに参加することはほとんどなかったはずだ。
いろんなパーティーなどに招待されることはあっても、あまりいい思い出なんてものはないし、相手の顔色ばかり伺ってくる様子の人たちばかりで、内心面倒だと思ったことは一度だけではない。
ましてや自分は、すでに更識家の当主『楯無』の名を継いだ身。
それが加わると、さらに人の目が気になってしまうものだ。
だから、こうやって自由に動き回れる上に、誰かの視線を気にせずはしゃげるこの機会は貴重なものだ。
だからこそ今回は、思いっきりはしゃごうという意気込みらしい。
「それにしても……」
「な、なんだ……?」
一夏の視線は、箒の顔……から全体的に移され、箒は頬を赤らめ、慣れない視線に身じろぎする。
「流石は様になっているって言うか……すごく似合うなぁ〜ってさ」
「な、なに?!」
「その服だよ。お前はやっぱり和装が似合うな……凄く綺麗だと思う」
「な、なな……っ!」
いきなり褒めるから、どうしたものかと考えるが、適切な対処の方法を知らない。
真っ赤になった顔は、今にも沸騰しそうで、そんな顔を見られたくないので、一夏から視線を外し、真下を向く。
箒の視線の先には、無意識のうちに両手の人さし指で、指を突いたり絡めたりして、弄ぶ光景が写っていた。
「ん? どうした?」
「へぇ?! い、いや、なんでもないぞ!」
綺麗……似合ってる……好きな異性から言われる言葉は最上級の褒め言葉だ。
そんな言葉が、箒の頭の中ではぐるぐると回っていた。
だから一夏に呼ばれた時、ちょっと変な声が出てしまったのは否めない。
なんせ、『可愛い』とかではなく、『綺麗』だと言ってくれた。可愛いという言葉も嬉しいは嬉しいが、それ以上に綺麗だと言われると、その一段階上の褒め言葉のような気がするからだ。
「箒ちゃん? どうしたの、いきなり大声を出して……」
「あっ、はい! す、すみません!」
「いや、別に気にはしてないのだけれど……あら?」
箒の様子を見に来たのか、雪子がおみくじ売り場の裏口から姿を現した。
なにやら取り乱した箒を見て、雪子はその原因である少年に視線を向けた。
「あらぁ〜! 一夏くん?」
「あ、はい。お久しぶりです、雪子叔母さん」
「まぁ〜まぁ〜! 本当に久しぶりね。大きくなっちゃって……それにイケメンに育ったわね♪」
「い、いや、そんな……」
「隠すことじゃないでしょう? あら? そちらのお嬢さんは?」
今度は、一夏の隣で寄り添っている少女。
刀奈に視線を向ける雪子。刀奈はそれに応じて、雪子に対して挨拶をした。
「初めまして。私は更識 楯無と言います。箒ちゃんのクラスメイトで、このチナ……じゃない、一夏の恋人です」
「あらまぁ〜!」
両手を合わせ、驚愕の表情を作る雪子。
それもそうだろう……いつの間にか知らない間にこれだけ美人の彼女ができているなら、過去の一夏を知っている者なら誰だって驚く。
周囲にいる女の子達からの好感を集め、それでいて肝心な所は持ち前の鈍さ……いや、もう唐変木と言ってもいいくらいに酷い有様で、多くの女の子を落胆させたあの一夏の心を射止めた女性が、この世にいようとは……。
「雪子叔母さん……なんか、失礼なこと考えてません?」
「あらら、そんな事はないわよ? ヘェ〜、とうとう一夏くんにも彼女さんが……。
うーん……嬉しいようで悲しいわね……」
「ええ?! なんでですか……」
「だって、それじゃあ箒ちゃーー」
「叔母さん‼︎ そ、それで、ご用件はなんでしょうか!!!?」
肝心な所は箒の大声でかき消されてしまったため、聞き取れなかった。
その箒を見ると、顔を真っ赤にして、両手の拳がプルプルと震えている。
「あっ、そうそう……もうそろそろ交代の時間だから、部屋に戻ってお着替えしてらっしゃい。
箒に合わせて、浴衣も用意したから……一夏くんと楯無さんの三人で遊んできなさい」
「えっ、いや、しかし……」
「大丈夫。神楽舞の前に戻ってきてくれればいいから、ね?」
「ううっ……はい、わかりました」
なんだか、雪子にいいようにあしらわれた感が否めない。
そんな雰囲気を、一夏達も察してか、二人とも微妙な顔で苦笑していた。
その後、お祭りのお手伝いに来ていた近所の方と交代する形で、箒は休憩所となっている部屋へと入っていき、用意してもらった浴衣に袖を通す。
ワインレッドの赤……そしての生地に咲く桜の花びら。藍色の帯を締め、いざ、一夏達の元へ……!
「わおっ、綺麗な浴衣ねぇーそれ!」
「ああ……凄く似合ってるじゃないか……!」
「そ、そうだろうか……? へ、変ではないか?」
「全然! そんなことないわよ。ね、チナツ?」
「うん。むしろ似合いすぎてるな」
「あ、うう〜〜っ!」
再び顔を赤くして俯く箒に、刀奈はにっこり笑って、箒の背中を押しながら進む。
「さあ、お祭りを楽しみましょう! 早く行きたくて堪らないわぁ〜!」
「そうだな、行こうか」
「う、うん……」
最後のはなんか箒らしくないと思ってしまったが、それでもついてきているのだ、箒だって楽しみにしているだろう。
「まず、何をする?」
「ねぇ、チナツ……あれが噂の金魚すくい?」
「おう。流石にそれは知ってたか」
「ちょっとぉー、そこまで世間知らずじゃないわよー! でも、テレビとか映像でしか見たことなかったし、こうやって生で見るのは初めてかも……」
「楯無さんは、本当に祭りには来たことはなかったんですか?」
「うーん……祭り自体はあるわよ? でも、いつも眺めてるだけで、直接こうやってやったことはなかったわ……。
家での訓練とか、作法の勉強とかもあったし、そんなに遊んでいられる時間がなかったから……」
「そうだったんですか……」
更識家として、次期当主として、刀奈は幼少期から相当な期待を背負ってきたのだろう。
その責任感が、幼い刀奈には容赦なく襲いかかり、遊ぶことはほとんどなかった。
友達なんかもできてはいたが、それでも、家の関係上、深く関わることはしなかった。
故に、真に親しいと言えたのは、当時から親交のあった布仏家の姉妹……虚と本音だけだ。
「さぁーて! やるわよぉ〜!」
「そんなに気合入れなくてもいいんじゃないか?」
あまりヒートアップし過ぎないように、一夏と箒が両脇で刀奈を見守る。
屋台の親父にお金を支払い、ポイと、捕獲した金魚を入れる器を受け取った刀奈。
鋭い目つきで金魚を見定め、ポイをゆっくりと水につける。
そしてゆっくりと横に移動させ、狙いをつけた金魚を、勢いよくすくい上げる。
「ほっ! ……あっ」
すくい上げた金魚は、水面に上がり、水から出てきたが、器に入る直前でポイが破けてしまい、金魚は再び水の中に戻って行った。
「あ〜……結構脆いのね、この紙……」
「そりゃあな。それが金魚すくいってもんだよ」
「それと、あまり勢いよくしない方がいいですよ。ある程度なら、破けるまでに時間はかかりますから」
「なるほどねぇ〜。よし、もう一回!」
もう一度親父にお金を支払い、ポイを受け取る。
そして同じ要領で水に浸し、箒のアドバイスに従い、ゆっくりと、慎重にポイを動かす。
「ほいっ!」
「おっ!」
「あっ!」
なんと、二回目で成功してしまった。
しかもポイの紙は無傷。粒ほどの穴も空いていない。
それには金魚すくい屋の親父も驚き、刀奈を驚愕の目で見ている。
「すごいな! やっぱコツを掴むのがうまいな、カタナは」
「ヘェ〜なるほどなるほど……こういう感じなのねぇ〜」
今度は二匹目、三匹目、はたまた二匹同時に取り五匹。
それら全てを同じポイですくい上げる。
そしてポイには穴が空いていない。
「こんなに簡単にできるものだったか……金魚すくい……?」
「いや、それはねぇーだろ……」
箒と一夏の二人ですら、初めてやった時は何度もポイの紙を破いたものだ。
毎年毎年二人で対決したりして、ようやく簡単にすくい上げることができるようになったが、刀奈はたったの二回目でこなした。
と、そう思っている最中、何やら親父の顔が青ざめていくのに気がついた。
どうしたのだろうと思い、親父の視線の先にいる刀奈を見てみると……
「ほいっ! ほいっ! それっ! もう一丁!」
「いやいやいや、取りすぎじゃねぇーかっ?!」
「だが、ポイが破れてない以上、いくらすくってもいいルールだしな……」
刀奈の持つ器を見ると、すでに20匹以上の金魚が……中には、バカでかい金魚までいる。
器の中に入った水の中には、金魚が溢れかえっており、むしろ見ていると気持ち悪い。
「カタナカタナ、もうそろそろやめてやらないか? おっさん泣きそうだぞ……」
「えっ? あっ……ごめんなさい……」
一夏の指摘に、ようやく気付いた刀奈は、苦笑いをしながら手に持っていた器をひっくり返し、すくった金魚を全て戻した。
「さ、さぁー、別の場所に移りましょうかー、あはっ、あははは……」
「そうだな。おっさん、この金魚、今やってる子供達にあげてやっよ」
「お、おう……」
そう言って、一夏達はその場を後にして、その時隣で金魚すくいをしていた子供達からは、刀奈は女神に見ていたであろう……。
「次は何しようかしらぁ〜♪」
「カタナ、とりあえず、食べねぇ?」
「おぅ?」
そうだった……そう言わんばかりに一夏の顔を見て「ごめん」と言う。
さっきから両手に溢れんばかりの屋台飯を持っていた一夏。近くにあったベンチに座り、一夏の両手からそれぞれ料理を取り出す。
「ふぅー、両手が楽だぁー」
「ごめんごめん♪」
「しかし、いいのか? 私もご馳走になって……」
「いいさ、これくらい……。むしろ屋台飯で良かったのかってくらいだし……」
企業のテストパイロットとして、多少の報奨金は貰っているため、これくらいを奢ることはやぶさかではない。
「せっかくだから、食べましょうよ」
「そうだな」
「いただきます」
三人は膝の上に料理を広げ、割り箸を割り、料理に舌鼓をうつ。
「はい、チナツ! あーん」
「昨日もやったぞ、それ……」
「いいじゃない、こう言うのは何度やっても♪」
「はいはい……あーん」
たこ焼きを頬張る。
適度に外の皮がカリカリ、中はふわとろ。
ソースとマヨネーズの味わいが非常にマッチしている。
「はい、箒ちゃんもあーん♪」
「ええっ!? わ、私もですか?!」
「ほら、早く! たこ焼き落ちちゃう!」
「なっ、も、もう!」
あんまり気が進まないといった感じだったが、急かす刀奈に押され、箒はたこ焼きを頬張る。
「ね、美味しいでしょ?」
「は、はい……美味しいです」
刀奈のこの時折こどもの様な性格は、中々拒むことができない。
そんな姿が、どことなく自身の姉と結びついてしまう。
「あ、箒……」
「ん?」
「口元にソースがついてるぞ」
「んんっ!?」
確かにソースがついていた。
だがそれを、一夏がそっと人差し指で撫でるようにして取ったのだ。
その指先が、箒の唇に触れ、とっさに箒は体を仰け反らせてしまった。
「あっ、悪い……嫌だったか?」
「い、いや! 嫌では……ないのだが……」
「あらあらぁ〜? 箒ちゃん、顔赤いわよ?」
「い、いやこれはーーっ!」
「もおー可愛いなぁ〜箒ちゃんは♪」
「わぁっ!? な、なんですかいきなり?!」
がっちりと箒を抱きしめ、顔を自身の胸に埋め込む刀奈。
そんな状況に、箒は混乱しまくって、刀奈の胸元で顔を動かそうともがくが……
「ちょ、楯無さん!」
「こらぁー、暴れないの。たこ焼き落ちちゃうわよ」
「そ、それは……! もう、とにかく離してください!」
「いーや! だって箒ちゃんが可愛いからぁ〜」
「も、もう……」
やっぱり似ている……姉の束に。
人を平気で連れ回して、いろんなことをして、そして決まってベッタリとくっついてきたり、そうしなかったとしても、いつも近くに寄り添ってくる。
そんな事……この頃は全くなかった。
幼い頃は、あんなに近くにいたのに……今は……
「あら? 箒ちゃん……?」
「え? あ、いや、なんでもないです……」
「そう? なんか、元気がなかったような感じがしたから……」
「いえ、そういうわけでは……。でも、そうですね……少し、姉の事を思い出してました」
「束博士?」
「はい……。なんだか、楯無さんは、姉に似ているなぁ〜って……」
「…………お姉さんと離ればなれは、寂しい?」
「……どうでしょう。正直、分かりません。ただ、こんな事が、昔にもあったような……そんな気がして……」
「そう……」
その時、一夏もなんとなく、昔の事を思い出した。
いつも箒と一夏にベッタリだった束。
剣道の稽古をしている時でも、休憩している時でも、学校から帰ってきた時でも……こうやって、束が迎えるようにしていた事を……。
それを見て、千冬による鉄拳制裁が落ちた事だって、一回や二回の話ではない。
そうなると、もう十年近く、そんな事をやっていなかったんだなぁと感じる。
こんな世界にしたのは、間違いなく束の作ったISが原因だ。
それによって変わった世界を見て、今の束は、どう思っているんだろうか……。
「箒ちゃん……私がお姉ちゃんになってあげようか♪」
「いや、その……姉は……あの人だけで充分ですので……」
「まぁ、そうよねぇ〜」
そう言いながらも、二人は仲良く焼きそばや焼きトウモロコシを食べあっている。
どことなく、その姿が刀奈と簪を見ているような気がした。
「あれ? 一夏さん?」
「ん?」
「やっぱりぃ〜〜!」
「おっ、蘭!」
三人で和んでいる時、その三人に近寄ってくる元気な雰囲気が似合う少女の姿が……。
赤みがかった茶髪を、トレードマークであるバンダナで巻いており、濃紺の生地に、朝顔の柄が入った浴衣を纏った、一夏の親友、五反田 弾の妹、五反田 蘭その人だ。
「お久しぶり……と言っても、まだそんなに経ってませんね」
「そうだな……臨海学校前に、レゾナンスで会った時以来だもんな」
「あら、蘭ちゃんじゃない」
「楯無さん! いらっしゃってたんですね」
「ええ。チナツに連れてきてもらっちゃってね」
既に蘭は何度もこの祭りには来た事があり、その度に妹の面倒を兄の弾が見せられているわけなのだが……。
「あれ? 弾はいないのか?」
「あ〜……この人集りですからねぇ……ちょっと逸れちゃいました」
「それ、大丈夫なのか? あいつ、今頃めちゃくちゃ探してると思うぞ?」
「大丈夫ですよ。私だってもう、子供じゃないんですから!」
えっへんと胸を張る蘭だが、そんな行動がやけに子供らしく思うのだが……。
「えっと……一夏の友人の妹さんか?」
「あっ、はい! 初めて。五反田 蘭です!」
「これはご丁寧に……。私は篠ノ之 箒、一夏の幼馴染でクラスメイトだ。よろしく」
「ああ! 以前一夏さんからお話は聞いていましたよ! 初めまして!」
箒としては、一夏は彼女に自分をどのように話していたのかが気になったが、話を聞く限りでは、変な事は言っていなかったらしい。
「剣道がとっても強いらしいですね! それに、ISの操縦もお上手だとか」
「いや、それ程の事ではないさ……」
「いえいえ、すっごく憧れますよ!」
天真爛漫、好奇心旺盛……そういった言葉が似合う彼女の性格に、箒も少しばかりタジタジた。
「そうだ、蘭も食うか?」
そういって、一夏は自身の膝の上に置いてあった焼きそばを差し出す。
「えっ?! いや、でもこれは、一夏さんが食べていたものじゃ……」
「いや、結構お腹一杯になってきてな。だから、助けると思って食べてくれないか?」
「え……そ、その……まぁ、そうですよね? 助けると思って……ね」
一体誰に確認を取っているのかはわからないが、とりあえず今からとる自分の行動は、正当なものだと自分に言い聞かせるようにして、一夏の差し出す焼きそばを食す。
「えっと、いただきまーす」
本来ならズルズルと音を鳴らして食べるところなのだが、あいにく今目の前には一夏がいる。
そんな状況で普段通り食べるところを見られて、はしたないと思われてはいけない。
なので、せめて吸うにもズルズルではなく、チュルチュルくらいに留めておこう。
「ん! 美味しい! 意外にやるな、ここの店主」
「だろ? 意外に美味いんだよなぁ、ここの焼きそば」
実家が定食屋をやっているため、味には結構敏感というか、厳しい蘭も、この焼きそばのうまさには驚いているようだった。
その後、二人で焼きそばを食べ終わり、買ってきた料理をなんとか食べ終えた。
「さて、これからどうする? 箒はまだ大丈夫なのか?」
「ああ、まだ大丈夫だ」
「なら、この四人で回るか?」
「そうね、そうしましょうか」
その後、四人でいろんな屋台を見て回る。
お面屋では、誰がどのお面が似合うだろうかと、はしゃぎ、投げ輪コーナーでは、刀奈が再びすべての枠に投げ輪を入れるという快挙を成し遂げ、今現在は、射的屋にいた。
「今度はこれをやりましょうよ!」
「射的か……俺もやったけど、あまり取れた試しがないんだよなぁ〜」
「なら、射撃訓練だと思いなさい。ほら、さっさと並ぶ!」
刀奈に腕を引かれ、一夏と蘭が挑戦する。
「おっちゃん、三人分ね」
「おうおう、両手に花どころかたくさんの花束とはねぇ〜! よし、おまけは無しだ!」
「そんなこと言わないでくれよ。せめてこの二人の分くらいわおまけしてくれたっていいだろう?」
「ほう? 今時の小僧にしてはえらく気が回せるなぁ! いやぁ〜感心感心! だが、やっぱりおまけは無しだ。モテる男は、俺たちの敵だ! ガッハッハッハッハ!」
などと言って豪快に笑う店主。
冗談の様な口調ではあったが、目が少しばかり本気だったのは、放っておこう……。
一夏は三人分の代金を払い、店主の親父から銃を三つ受け取る。
「蘭は、こういうの得意なのか?」
「いえ、実は苦手で……」
「俺もだよ。小さいのくらいだったら落とせるんだが……」
そう言って、一夏と蘭が撃つ。
だが、ものの見事に外れてしまい、二人して落胆する。
「もう、二人とも構えからなってないからよ。ほら、腕はこうで、構えはもっと……」
見るに見かねて、刀奈が二人のフォームを修正する。
思っていたよりも窮屈に感じる構えだが、刀奈の指示通りに撃つと、これがまたよく当たるのだ。
「おお! さすがはカタナ!」
「ふふっ♪ お姉さんにかかればこんなものよ」
そして、刀奈と言うと、一夏達に教えた構えではなく、片手で銃を持ち、狙いを定めて引き金を引く。
すると、いとも簡単に景品を落とす、落とす、落としまくる。
「す、すげぇー……!」
最初は余裕の表情だった射的屋の親父も、金魚すくい屋の店主と同様に、どんどん顔が青ざめいく。
「ほ、ほら、箒もやってみたらどうだ?」
「わ、私がか?!」
「ああ……。このままだと、景品全部を刀奈が落としちまうぞ……」
「ああ〜……」
見れば蘭が刀奈を煽り、刀奈はそれを面白半分に受け、蘭の弾まで詰め込んで放っていた。まぁ、代金はちゃんと渡したんだし、出された弾数だけ使えば、なんの問題もないだろうが……。
「わかった、やってみよう……」
しぶしぶといった感じで、箒は一夏の隣で構える。
そして、一夏と二人で同時に引き金を引く。
だが、やはり思った様に当たらない。
「くっ……! 弓ならばいともたやすく射止めれるというのに!」
「弓でやったら景品壊れるぞ……」
再び一夏が構え、狙いを定める。
ふと目に入った景品に、狙いを集中し、引き金を引く。
「当たれ……!」
願いを込めて放たれたコルクの弾丸は、一夏の狙った景品よりも、やや左逸れてしまった。
だが、次の瞬間、景品の乗った棚を支えていた柱に、コルク弾が跳ね返り、一夏の狙っていた景品に当たる。
そして、やがてそれはバランスを崩して、前のめりに倒れる。
「お! やった、ラッキー!」
店主の親父は、納得いかねぇー、と言った表情で見ていたが、当たりは当たりだ。
貰った景品を見て、すぐに視線を刀奈に移した。
「カタナ」
「ん? なに、チナツ?」
受け取った景品を袋から出し、刀奈の髪にそっと触れる。
「ほい、やるよ」
「あら、何これ?」
「髪留めだろうな。カタナに似合いそうだったから……」
「本当?! ありがとう……!」
微笑む刀奈の顔と、そんな笑顔にピッタリな、一輪のひまわりの装飾がつけられた髪留めが、異様にマッチしていた。
刀奈は、一夏の思わぬプレゼントに頬を朱に染め、両手で頬にくっつけて、くねくねと見をよじらせていた。
そんな中、箒も一生懸命狙いを定めて撃っているのだが、全然当たらない。
「くっ、おのれ……! ええいっ!!!!」
やけくそ感満載で撃った箒の弾丸は、箒が狙っていた景品からは大きく外れて、一番上に立っていた金色のプレートに当たり、そのプレートがカタカタと前後に動くと、やがて後ろにパタリと倒れた。
「お、おめでとぉぉぉぉッ!! 当店一の高額賞品当たりましたぁぁぁぁ!!!!」
「…………へぇ?」
店主の大声に、周囲にいた人たちまで視線を集める。
その金色のプレートの景品は、一体なんだったのか……?
「ほら嬢ちゃん! 一等景品のア、ア、アミュ……なんだっけ?」
名前がわからないらしく、店主は仕方なく一等景品が入った箱を取り出す。
それを見た瞬間、一夏たち全員が驚きの声を上げた。
「おっ! これだ、これこれ!」
「「「アミュスフィア!!!!?」」」
「そう! それだよそれ! こいつを手に入れるのに結構かけたっつうーのに……。
今日は大赤字だな!!!! ガッハッハッハッハ!!!!」
豪快に笑いながら、店主はアミュスフィアを箒に渡す。
それを貰った箒も、ただただその箱の表紙を見ていた。
「やったじゃねぇーか、箒!」
「ほんとねぇ〜! これで箒ちゃんもALO出来るね!」
「あ、は、はい……」
「いいなぁ〜……私もALOやりたいですよぉ〜!」
蘭から羨望の眼差しで見られてしまい、正直、あげてもいいと思ってしまったのだが……何故だろう、そうする事をしなかった。
ALO……それは、一夏たちが今現在はまっている世界……妖精郷の世界でファンタジーな異世界生活を楽しむ……といったコンセプトのゲーム。
鈴を始め、IS学園にて、一夏と出会ったものたちは、皆これを始めた。そんなみんなを見ていて、そんなに面白いのなら、自分も……と思っていた事もあったが、色々と悩んでいた事もあり、結局やらずじまいで終わってしまっていた……。
しかし、今目の前に、幸運にもアミュスフィアが手に入った。
あとは契約し、ALOのソフトを買えば……自分も、一夏たちと……
「なぁ、箒! 箒も一緒にやろうぜ! お前に紹介したい人たちがいるんだよ!
鈴たちも今一緒になってやってくれてるしさ、なぁ、どうだ?」
「ん……」
「箒ちゃんも一緒みようよ。仮想世界っていう場所を………私たちもまだ見たことない世界が、きっとあるはずだからさ!」
「楯無さん……」
ISができて、箒の世界観は変わった。
人からの視線、自分の立場、あらゆる人たちの思惑……いろんな感情や光景を、嫌というほど見てきた。
今のこの世界は、とても嫌いだと思っていた。
でも、そんな世界とは違う……全く見たことのない世界が、もし本当にあるというのなら……
「そう、ですね……一夏、楯無さん」
「「ん?」」
「私を、連れて行ってくれないか……お前たちが見ている世界……私の知らない、未だ見ぬ世界に……!」
答えは、刀奈の抱擁だった。
頬をこすりつけるようにして抱きしてくる刀奈の顔は、とっても優しそうで、笑っていた。
そして、一夏もまた、嬉しそうに笑っている。
こんな二人と、みんなと、新しい世界へと旅立てるのが、こんなにワクワクするなんて、知りもしなかった。
「…………さて、そろそろ神楽舞の準備だ」
「あら、もうそんな時間?」
「はい。みんなで、見てくれませんか?」
「もちろん! ねぇ、チナツ、蘭ちゃん?」
「おう、もちろんだぜ!」
「はい、私も拝見させーーーー」
「蘭!!!! どこ行った蘭〜〜〜〜ッ!!!」
「て……もらい……」
「らあぁぁぁんッ!!!」
後ろで走り回っている青年がいる。
赤みがかった茶髪をストレートに伸ばし、蘭とは色違いのバンダナを頭にかぶった青年。
その目は若干涙目で、明らかに取り乱しているのがわかった。
「あの! うちの妹を見ませんでしたか?! 背はこのくらいで、胸はまだツルペタで、髪がこんなんで……!」
慌てすぎだろうと言いたかったが、それだけ妹思いの奴なんだという事を、一夏は知っている。
一夏の親友、五反田 弾は、いつでもそんな奴だ。
「ほら、言った通りだったろ?」
「すみません……ちょっとあのバカ兄貴シバいてきます」
その後、なおも叫び続ける兄に対し、妹は背後から容赦のないドロップキックをお見舞いしてやっとさ……めでたしめでたし。
「さて、戻ろうか。準備しないといけないだろ?」
「ああ」
気を取り直し、箒を控え室に送る一夏と刀奈。
箒を送り届けたあとは、神楽舞の舞台へと向かい、箒が出てくるのを待っているだけでよかったのだが、驚くことに、もうすでに人集りができていた。
雪子が呼びかけていたのを見た辺り、客集めをしていたのだろう。
そしてついに、舞台の幕が上がった。
「あっ! 箒ちゃん出てきたよ!」
「……っ!」
一夏は、一瞬、言葉を失った。
なぜなら、そこには、天女がいたからだ。
「す、すげぇ可愛い……!」
「この近くにあんな子いたっけ?」
「写真写真!」
「綺麗〜〜っ!」
舞台に詰め寄っていた観客たちからも、歓喜の声が上がった。
見惚れる……とはこの事だった。
シャン! となる鈴の音。
舞い踊る扇、光り輝く宝剣。
剣舞奉納……神々に捧げる……祈りの舞。
「綺麗ね……」
「…………ああ、すごく綺麗だ」
刀奈も一夏も、箒の舞に見惚れていた。
特に一夏は、幼い頃の箒を知っている分、よりその気持ちが大きい。
まだお互いに小学生の時には、同門であり、互いに良きライバルとしか見ていなかった。
幼馴染で、ほぼ毎日会っていたから、異性としてよりも家族の様に思っていた……。
だが、IS学園で再会して、福音事件の際に、告白された……。その時になって、本当の意味で箒を異性だと感じた。
シャン……シャン……!
身体中に痺れる様にして鳴り響く鈴の音。
最後の演舞が終わり、箒は深々と頭を下げた。
周りの観客たちからも拍手喝釆。刀奈と一夏も、自然とその両手が合わさり、拍手を送っていた。
「凄かったわね……」
「……ああ」
「惚れちゃった?」
「まぁ……独り身だったら、惚れたかもしれない」
「あら、肯定しちゃうんだ」
「嘘ついたってバレるからな」
「ふふっ、よくわかってるじゃない」
「カタナに嘘ついたら、今度こそ《グングニル》が飛んでくるからな」
「そんな事しないわよー。良くても《ストライク・ピアーズ》くらいよ」
「結局突き刺すんだね……」
「刺すくらいで済むならいいでしょう?」
「でも《ストライク・ピアーズ》はダメだろ……結局斬りつけてから心臓えぐってんじゃん」
「なら、《フェイタル・スラント》がいい?」
「あんな強烈な一撃もらったら、体が吹き飛ぶって……!」
実際、刀奈ならやりかねない。
だけど、それも愛情の表し方なのだ。
まったく、情の深い女だ……。
「二人とも、お待たせしました」
と、そこに再び浴衣に着替えた箒が登場。
これでようやく、祭りの演目はほとんどが終了……あとは、最後の仕上げが残っている。
「よし、とっておきの場所に行こうぜ……!」
「あそこか?」
「ああ……あそこは、俺たちしか知らない場所だからな」
「とっておきの場所?」
一夏と箒に手を引かれて、刀奈は二人の後を追っていく。
すると、到着したのは、篠ノ之神社の近くにあった、小高い丘。
その唯一伸びた階段を上っていくと、やがて開けた場所へと出た。
「うわぁー! 凄いわね、ここ」
「だろう? 昔、稽古の合間の休憩中に走り回っていたら、ここを見つけたんだよ。んで、ここから見る花火は絶景だったんだ」
「ここには、滅多な事じゃ他の人達は来ませんから、ほぼ貸切状態ですね」
「へぇー! いいじゃんいいじゃん!」
まだ花火の準備が終わっていないのか、空はまだ静かな星空が広がっている。
「それにしても、いろんな事があったなぁ……」
「気の早いやつだな……そういう言葉は、年の瀬まで取っておけ」
「そうだけどさ……。俺たちがSAOから帰ってきて、キリトさんと俺がISを動かせる事がわかって、強制的にIS学園に入学させられて……もうなんか、すでに一年分の出来事を経験した気分だよ」
年寄りくさい事を言いながら、肩をすくめる一夏の姿をいる箒と刀奈。
そんな一夏を見ながら、二人はクスクスと微笑んでいた。
「さて、二学期も色々とイベント目白押しよ。学園祭にタッグマッチ、キャノンボール・ファスト」
「今度こそ、何もなきゃいいがな……」
「そうだな……福音戦でもう懲り懲りなのだが……」
「もう、そんな事を言ってる内は、まだまだ未熟者よ? IS操縦者として生きていくなら、もう軍人と同じくらい覚悟を決めておかないと!」
「まぁ、そうだな」
「ええ」
覚悟……そうだ、戦う覚悟を決めなければ、守るべきものすらも守れない。
そんな事になるのは、絶対にいやだ……。
かつて思っていた理想……それを守るために、多くの者を斬り捨てた。
だからこそわかる。戦いには理由がいる。そしてそれが他者の物であってはならない。
自分の意思で、自分の信念で、自分の力で戦う……。
ならば、どんなに苦しくても、歩み続ける。
相棒と、仲間たちとともに……。
「カタナ、箒……これからも頑張ろう……」
「ええ」
「ああ」
夜空に上がった大きな火花。
その花を見ながら、一夏たちは新たに決意を固めたのであった。
次回からはどうしようかな……ALOのクエストでもやろうかな。
ちょうど箒がALOプレイフラグも立った事ですので、クエストやりますね(⌒▽⌒)
感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)