今回で織斑家での食事会は終了。
次で第1期OVA編は終了かな?
「では、マスターもSAOを?」
「ああ。予約して、一個しか取れなかったがな」
千冬と真耶は、一夏からの紹介で来た店『ダイシー・カフェ』のマスター。アンドリュー・ギルバート・ミルズことエギルとの会話に入っていた。
店内は落ち着いたサウンドの曲を響かせて、出される酒も、つまみとしてベイクドビーンズを食しているが、これもまた美味だ。
「日本での生活は長いんですか?」
「まぁね。奥さんも同じアメリカ人なんだけど、当時はアメリカにいて、気がついたら一緒にこの店をやってたよ」
「まぁあ! 結婚なさってたんですね?!」
夫婦二人で店を出す……幸せな結婚生活の一つだ。
「それで店主、一夏達とはどの様して知り合いに?」
「そうだな……まだSAOが始まって、二ヶ月しか経ってなかった時だったかな。
SAOの舞台となった浮遊城《アインクラッド》は、全100層からなる城でね。その第1層攻略会議の場で、あの四人とは出会ったんだ」
「なるほど……一夏や楯無からはある程度聞いていたが、店主もそこで」
「ああ。結構目立ってたからな……あの四人は。男二人は、ゲーム開始後すぐに街を出て、レベル上げやスキル上げをやってたみたいだし、あとの二人は、SAOみたいなMMORPGをやる女性プレイヤーが少なかったからな……それに、あんなに美形なプレイヤーとなると、ほとんど数は限られていたし」
「そんな状況で知り合える織斑くんと桐ヶ谷くんって……」
「あいつらも相当な女ったらしだな」
我が弟ながら呆れる……。
幼馴染の事もそうだが、どうも一夏は周りの女性との関わりが多い。
幼い頃から今の今までずっとだ。
そんな彼の唯一の救いが、一生を共にできる恋人が出来たことだろうか……。
これでフリーだったなら、もはや彼の周りは修羅場と化していた事だろう。
「それから、俺たちは第1層のボスを攻略できた……。犠牲はあったものの、これまで停滞していた空気を、一掃することが出来たんじゃないかと思う……だが、そのせいで、キリトとチナツは……」
そう、そのボス攻略後、同じ攻略に参加していたプレイヤー《キバオウ》の発言によって、キリトは悪名《ビーター》を名乗り、それに同伴したチナツもまた、彼同様に他のプレイヤー達からの悪意を受けることになった。
「そのあとは……まぁ、それぞれいろんなギルドに入ったりしてたしな。
俺は店を出したし、キリトとチナツもちょくちょく来てくれてはいたな」
「ヘェ〜、何のお店なんですか?」
「主に武具を扱ってたな。あとはアイテムやら掘り出し物とか……キリトは結構通ってくれていたがな」
「それで、うちのバカ共はどうでした?」
千冬は教師としての顔ではなく、一、姉としての顔で尋ねた。
できるだけ、多くの人物からの話を聞きたい……。
一夏自身からの視点……恋人たる刀奈からの視点……和人や明日奈の視点……そして、第三者からの視点。
その全てを聞いた上で、自分の弟、一夏の生きた世界の事を知りたい。
「そうだな。どちらも凄かった……というのが印象だったな。キリトは攻略組メンバーとして、ソロプレイヤーでありながら、その実力と知識……全てにおいて一枚も二枚も俺たちの上をいっていたな……。
チナツはその戦闘能力の高さだな。と言ってもまぁ、これは対人戦闘における強さだったが……それでも、あいつの強さは俺たち皆が認めている」
「そうですか……」
ゲームの中とは言え、その殺伐とした世界で、二人は……いや、生き残った約六千人のプレイヤー達は生き抜いてきた。
その中でも、最前線に立ち、誰よりも戦う事を諦めなかった、和人やエギルの様な人たち……。
影ながら人を守り、自分を傷つけながらも、その身を賭して戦い抜いた一夏。
それを支えた、明日奈と刀奈。
その若き騎士達と共に歩んでくれた仲間達。
全てがかけがえのない存在だったのだろう……。
「……あいつは、あの世界でも、人には恵まれていたんですね」
「ん? 何だって?」
「いえ、何でもありません」
そう言いながら、千冬は黒ビールを喉に流し込む。
弟の事は、何よりも大事だ。
そんな弟が、幸せになってくれるならば……姉としては、これ以上にない幸福だろう。
そしてそれも、今目の前にいるエギルや、あの世界で一緒に時を過ごし、一緒に戦ってくれた人たちの支えのおかげだ。
千冬はその人物たちを思い浮かべ、心の中で、ありがとうと礼を言ったのであった。
「なぁ……本当に俺がやらなくてもいいのか?」
「もう、これで5回目よ? 大丈夫だって、チナツはそこでゆっくりしておきなさい」
「う〜〜ん……」
千冬達がお酒を嗜んでいるその時、再び場面は織斑家へと戻る。
その中で、一夏は底知れぬ不安感と恐怖感に包まれながら、リビングのソファーに強制的に座らされていた。
刀奈の言った通り、もう5回目となる確認事項を問うが、5回目とも同じ答えだ。
確かに、刀奈はもともと料理は上手だ。実際現実世界での料理の腕を見ているため、その点は安心している。
妹の簪も、最近ではお菓子作りにはまっているらしく、料理の中でも意外と難しいお菓子を美味しく作るのだ……腕は大丈夫だろう。
その他にも、箒、鈴、シャルの三人は安心できるのだが、問題は残る二人……。
「まだ赤色が足りませんわね……ふんっ!」
「斬る!」
何やら厨房で、やたらめったらにケチャップを鍋にぶち込んでいるセシリアと、まな板にジャガイモを一つおき、それを包丁ではなく、サバイバルナイフで真っ二つにするラウラの存在だ。
(ラウラとセシリアは一体何を作るつもりなんだ……? そしてラウラさん、せめて包丁使わない?)
まぁ、言っても無駄だろうというのは分かりきっているので、心の中にだけ止めておこう。
周りには、みんないるんだし、不安は消えないが、少しは安心だろう。
「あーもう! このジャガイモ切りにくい! あんたの選び方が悪いんじゃない?!」
「何を言う! ドイツにいた頃は、ジャガイモ選びにかけては私の右に出るものなどいなかったのだぞ」
口ゲンカしながらも、その手はどんどん進んでいる様だ。
だがまぁ、鈴の包丁捌きを見るに、切られているジャガイモは、皮にごっそり身がついている。
もったいないなぁ〜と思う傍ら、ラウラが今度は大根を切っている。
なるほど、見事なナイフ捌き。
物を切ることに関してはラウラの方がうまい様だな。
一方、刀奈はひき肉に玉ねぎ、卵を入れ、塩コショウをまぶして、混ぜ合わせている。
その材料から察するに、ハンバーグなんだろう。簪も同じ様にひき肉を使っているが、こちらは最初の方に火を通し、軽く味付けをした後、あらかじめ蒸していたジャガイモをマッシャーで潰している。
これは……コロッケだろうか?
他にも、シャルは鶏肉を捌き、箒はスーパーで特売していたカレイを捌き終わり、一旦冷蔵庫に。その後、お米を洗っている。
「そういえば……なぁ、箒。スーパーで何か言いかけなかったけ?」
「へっ? あ、いや、何でもないのだ」
スーパーで買い物をしていた時、祭りの話になって、そこで箒が何かを言おうとしたのだが、セシリアの暴走を止めるシャルと鈴の声に邪魔され、肝心なことが聞けなかった。
それを改めて聞こうとしたが、箒は首を振って何でもないと答えた。
「そ、それよりもだ、一夏」
「ん?」
「その…… “アレ” を放っておいていいのか?」
「アレ?」
箒の警戒心丸出しの視線の先には、踏み込んではいけないと、己の本能が叫ぶ光景があった。
「まだですわ……まだ赤色が足りません。ふっ!!!」
ケチャップだけでは足りなかったのだろうか……今度は両手にタバスコを持ち、それを一気に上下逆転させ、全て入れかねない勢いで振り続けるセシリア。
「いや……もうすでに手遅れの様な……っていうかマジで何を作ってるんだよセシリアは……」
「わ、わからん……。だが、あれは料理……なのか? あれはもう呪術儀式か何かだろ……」
箒の指摘もわからなくはない。
何故だろう……鍋の中から怪しげな光が放たれている様な気がする。
そしてその光に照らされたセシリアの顔が、まるで暗黒面の呪術師か、黒魔術師にしか見えない。
「セ、セシリア……君は、料理に参加しない方が……」
シャルが一応は気を使ってセシリアを止めようと試みるが、そんな生半可な問いで、くじけるセシリアではない。
「皆さんが一生懸命働いているのに、何もしないなんて許されないことですわ……。それに、大丈夫ですわよ」
「だ、大丈夫? 何が……?」
「私の料理は最後で挽回するのが常ですので……!」
「…………料理は格闘や勝負じゃないよぉ……」
涙目になりながら、セシリアの暴挙を止められない自分を責めた。
シャルは決して悪くないのだが……。
「……本当に大丈夫かな」
「師匠、師匠!」
「ん?」
突然、ラウラから声をかけられ、すぐそばにラウラが来ていることに気がついた。
身長的に、ラウラが一夏を見上げる様な形になり、若干の上目遣い気味でこちらを見る姿に、多少ドキッとしてしまったが、気を取り直してラウラの方を見る。
「何だ、もう出来上がったのか?」
「ああ、もちろんだとも……見るがいい! 私の渾身の一品を!」
バッ! と出されたその料理に、一夏と、一夏の隣で調理していた鈴が茫然とした。
串に刺してある竹輪、大根、三角形のこんにゃく。
大根にはかつおだし薫るつゆが染み込んでおり、ほんのり茶色がかった色をしている。
これは……見るからに……
「えっと、これって……」
「『おでん』だ」
「「………………」」
「『おでん』だ」
「いや、二回言わなくていいから」
先ほどやったバルバロッサの『山だ』と同じトーンで言われた……それも二回。
確かにおでんだ…………しかし、何故おでん?
「なぁ、ラウラ。何でおでんにしたんだ?」
「何故と言われてもな……これが日本の伝統的な食べ物なのだろう?」
「まぁ、伝統的って言われれば伝統的だけど……でもこれ、冬に食べるものだぞ?」
「だが、必ずしも冬に食べるものだというわけではあるまい?」
「ま、まぁ……そうだけどさ……」
「でもぶっちゃけ、何でおでんなのよ?」
とりあえずそれだけが聞きたい。
鈴と一夏の追求に、ラウラは何の疑問もなしに答えた。
「ドイツにいた頃の副官に聞いてな……日本のおでんというのはこういうものなのだろう?」
「…………あんたの副官、どんな日本文化に親しんでるのよ」
鈴の思った通りだ。
ラウラのいたドイツのIS特殊部隊『黒ウサギ部隊』の副官 クラリッサさんは、日本文化と言っても、ちょっと特殊な物を嗜んでいるらしい……。
バアアアアアーーーーン!!!!
「うわっ!?」
「な、なんだ!」
厨房から突如爆発音。
ガス漏れでもあったのか、それとも、セシリアの料理が化学反応でも起こしたのか……。
いや、そのどちらとも違う。
よく見ると、セシリアが煮詰めていた鍋はひっくり返り、中の物がコンロにぶちまけられていた。
そしてその近くには、浮遊する蒼いフィン状の物体が……。
「嘘だろ……まさか…!」
思わず問いただしたくなった。
「こ、こらあ! 何してるのセシリアちゃん!」
「何って……火力を上げただけですわ」
「レ、レーザーで加熱するなんて無茶だよ……!」
セシリアの両隣から、刀奈とシャルがセシリアに問いただす。
刀奈もシャルも、まさか料理にBT兵器を用いるとは思ってもいなかったらしく、セシリアの行為を未だ信じられないと言った表情で見ていた。
「『失敗は成功の母』! 今度こそ成功させてみせますわ! 行きますわよ、セシリア・オルコットの《IS料理》‼︎」
「ダ、ダメェ〜!」
「ひゃあ!? か、簪さん、何をしますの!?」
セシリアの暴挙を止めるべく、簪がセシリアを羽交い締めにする。
それを見ていた鈴とシャルも、それに賛同し、セシリアに鍋を触らせない様にする。
「もう、いいから! あんたはテーブルに食器を並べてくれない!」
「そ、そうだね、それがいいよ!」
「何故ですの?! 何故みなさんわたくしに料理をさせまいと……まったく、理解できませんわ!」
なんとか……本当になんとかセシリアの暴挙を止めることが出来た。
だが、その功績もむなしく、織斑家の両手鍋が一つ……この世を去ってしまったのだった。
「ま、まぁ、いろいろあったけど、食べましょうか!」
ようやく調理を終えた六人。
そのテーブルの上には、様々な料理が並んだ。
鈴の作った『肉じゃが』
シャルの作った『鶏の唐揚げ』
箒の作った『カレイの煮付け』
ラウラの作った『おでん』
刀奈の作った『デミグラスハンバーグ』
簪の作った『ポテトコロッケ』
箒が空いた時間に作った『味噌汁』
そして、ハンバーグに火を通している間に刀奈が作った『シーザーサラダ』
こうしてみると、とても豪勢な食事だ。
「おお……! 凄いな、どれも美味しそうだ」
並ぶ料理の数々に、一夏の口から賞賛の声が上がる。
その言葉に、作った六人の顔は綻び、笑顔が咲いた。
だが、その傍らで、沈みきった顔で料理を眺める人物が一人……。
「わたくしだって……わたくしだって……」
いつしか目尻には涙が浮かんでおり、それを見た一夏は、どう励ましたものかと悩んだが……。
「セシリアちゃん」
「な、なんですの……楯無さん」
刀奈がそっとセシリアの両肩に両手を置く。
そして優しげな声色で、セシリアの耳に直接言い聞かせる。
「あなたは特訓しましょう。そして、ちゃんとお料理というものを知ってから、チナツには食べてもらいなさい」
「楯無さん……」
「私が教えてあげるわ。まぁ、料理に関しては、チナツの方が詳しいかもしれないけど……。
でもまぁ、それでもいいなら、私はちゃんと教えるわよ? どうする?」
「〜〜ッ! はい! わたくし、楯無さんについていきますわ!」
「よろしい♪ 素直な子は、お姉さん大好きよ♪」
信じる神を見つけたという様な表情になったセシリア。そんなセシリアの頭を撫で撫でしながらにっこりと笑う刀奈。
これで、いつも通りの彼女に戻り、一同は両手を合わせた。
「「「「いただきます!」」」」
そこからは、とても楽しい晩餐会になった。みんな、料理の腕も悪くない。食堂でも、こうやってみんなでテーブルを囲み、同じ釜の飯を食べてきたが、今日のそれは、いつもの食事よりも、美味しく……そして、何より楽しく思えた気がした。
そんなことを思いながら、茶碗に味噌汁を入れる手を休め、その光景を見ていた箒。
こんな時間が、これから先も、ずっとあります様に…………。
「はぁ〜……」
楽しい晩餐会が終わり、皆はそれぞれ織斑家を後しにした。
刀奈だけは、最後まで織斑家に寝泊まりすると言っていたが、簪の手で強引に連れ帰られた。それから夜が明け、翌日の朝……。
「ここも随分と久しぶりだな……」
眺める視線の先には、大きな石造りの鳥居と、その柱につけられた大きな提灯。
その提灯には、『篠ノ之神社』の文字が……。
その鳥居の先には、境内へと続く石畳の道が続いており、その両脇には、それぞれ露店の製作にかかった大勢の人たちでいっぱいだ。
そんな光景を眺めるながら、懐かしの実家の姿を見る、篠ノ之 箒。
実に六年ぶり……10歳まで育ち、それからは、日本各地を転々としていた為、この光景を見るのも、本当に久しぶりだ。
「今年も、この季節が来たのだな」
夏真っ盛り。
IS学園も、今は夏休みの真っ只中だ。
と言っても、これは各国の要望からでもある。夏休み期間中には、生徒たちの意思の元、所属あるいは出身である国への帰還が叶う。
その理由は様々だが、主にIS関連の事が多い様だ。
一学期の間に、多かれ少なかれ専用機持ち達の実力は向上している……。ならば、それを研究施設に持って行き、ISの稼働データを採集したり、本国のロールアウトして最新装備の実装及び性能訓練も好きに行える。
それにより、各国のIS開発の貴重なデータを入手することができる。
だが、その例外に漏れる人物が、この世には二人いる。
未だ専用機を持っていながら、どこの国にも所属していない日本人。
世界でも数少ない最新鋭機を駆る、一夏と箒の二人だ。
IS開発者たる篠ノ之 束博士力作の《紅椿》と、二次移行によって進化した《白式・熾天》。
この二機は、全距離対応型の最新機『第四世代型IS』というものに分類される。
しかし、先に述べた通り、この二機及び、この二機を所有している二人が、どこの国にも属していない故に、様々な問題が起きている。
そのISの性能データの公開や、所有している二人の所属を我が国にと、世界中の国々からオファーがかかっている。
一応、一夏は明日奈の父が運営していた会社『レクト』のテストパイロットとして登録はされているが、一企業と一国とでは、さすがに大人と子供の様なものだ。
その様な面倒なトラブルを起こさない様に、真耶が色々としてくれてはいるみたいで、真耶は毎日毎日ため息を漏らしているとか……。
「山田先生には、申し訳ないな……」
そう思いながらも、やはり、自分はこの場所にいたいと思っている。
いつかは決めなくてはいけなくても、少なくとも、在学中である今は……
「このままがいいな……」
「あら、箒ちゃんここにいたのね」
「雪子叔母さん!」
声をかけられ、後ろを振り向く。
そこには、こんなに暑い日差しの中でも、涼しげな表情で着物を着ている女性がいた。
優しく微笑み、ゆっくりと箒の元へと歩み寄ってくるこの人の名前は、『篠ノ之 雪子』。
箒の叔母に当たる人になる。幼い頃から面倒を見てもらっていたが、六年前に離れてからは、今日まで一度も会っていなかった。
正直、忘れられていたかと思って、会うのが怖かった部分もあったが、実際にはそんな事なく、箒が境内に立ち寄った時にばったり出会い、その瞬間、雪子にはその少女が、あの幼い頃に見てきた箒本人だと気付いた。
そして、何より帰ってきてくれた事に凄く喜んでくれた。
「すみません、勝手にウロウロして……」
「何を言ってるの……ここは、あなたの家なのよ? 久しぶりに帰ってきたんだし、見て回りたくもなるわよね」
どことなく、優しいオーラに包まれている雪子をみると、箒は自分の心が落ち着くのがわかった。
昔から何も変わっていない。本当に優しく、特別厳しくしたり、怒ったりなどはしない。
今までそんなところを、箒は一度も見たことがない。
何かをやらかしてしまった時も、箒は素直に謝ると、いつも優しい笑顔で許してくれた。
本人曰く、「本当に悪いと思っているから、『ごめんなさい』が言えるんでしょう?」…………との事だった。
そんな優しい叔母が、箒は好きだった。
「それにしても、箒ちゃんが帰ってきてくれて助かったわぁ〜。今年のお祭りにやる『神楽舞』、誰にやってもらおうかって、悩んでたのよ」
「いえ、いきなり帰ってきて、そんな大役を授けられたのです……ちゃんと期待には答えますよ」
「あら、楽しみね♪」
そう言うと、雪子と箒は境内の中に入り、今日行われる祭りの進行を確認する。
「箒ちゃんはおみくじ売り場をお願いね。そのあとは、神楽舞があるまで自由にしていいから。
浴衣もちゃんと用意してあるし、なんなら、仲のいいお友達を呼んできてもいいわよ?」
「ありがとうございます。そうですね……ちょうど来ると言っていた者たちが二人いますので、その二人を案内しながら祭りを堪能しますよ」
「あら、そうなのね〜! よかった、箒ちゃんにもちゃんとお友達ができたんだぁ〜 。
昔はあんまり周りの子と関わったりしなかったから、箒ちゃんは大丈夫かなって……」
「ちょ、雪子叔母さん?!」
「ウフフッ……あっ、もしかしてその二人のうちの一人は、彼なの?」
「は、はい? 彼?」
「ほらぁ、昔、箒ちゃんと一緒に剣道場に通っていた子! えっと、織斑 一夏くん!」
「え、ええ……一夏も来ますが……」
「あらそう〜♪ じゃあ、しっかりとおめかししないとね! 男の子の前では恥を晒すわけにもいかないわ」
「えっ?! い、いいですよ私は……!」
「ダメよ。箒ちゃんももう立派な女性なんだから……今日の神楽舞も、気合い入れて舞わないとね♪」
「は、はぁ……」
悲しいかな、すでに一夏には想い人がいる。
それも相思相愛レベルを超えた関係にまで至っている。
だがしかし、それでも一夏に対する想いは、そう簡単には消えはしない。臨海学校で一夏に告白し、フラれた。
それで、一応の気持ちの整理はついたが、それでもまだ心に残っている。
それも仕方ない……ほぼ10年近くは共にいて、好きだと分かり、恋い焦がれて6年。
それだけ長い間募らせてきた想いを、一瞬で忘れるなんてできない。
でも、あれでよかったんだと、今では思う。
ようやく……前を向いて歩けるようになったから……。
「箒ちゃん。早速だけど、箒の神楽舞を見せてもらってもいい? 舞の型は、覚えてる?」
「ええ。ずっと練習していましたから……」
そう言って、箒は神楽舞で使う衣装を身に纏い、右手に宝剣を、左手に扇を持つ。
「ふふっ、昔は箒ちゃん、この刀が持てなかったのにねぇ」
「い、今は持てますよ!」
まぁ、もう6年前の話である。
箒は一度深呼吸をして、腰に差し、鞘に納められた宝剣を抜き放つ。
重さは真剣ほどではないが、確かに、子供が持つには長い上に重いだろう……。
しかし、今の箒には、まるで紙のように軽く感じる。
そこから体をくるくると回転させたり、時には鋭く、時には緩やかに……。
両手に持つ宝剣と扇が、神秘的なオーラを放ちながら、踊っている。
これは『篠ノ之流剣術』の元となった型でもあるのだ。
右手に刀、左手に扇を持つそのスタイルから、その型を《一刀一扇》……そこから波形した技が、《一刀一閃》と呼ばれる斬撃。
元は扇で敵の攻撃を受け流し、刀で一刀両断する型だった。
故に、篠ノ之流剣術の真髄は、その両手に持った武具を用いる事で、相手の攻撃を流し、捌いた後、流れるような太刀筋にて敵を斬り裂く……《二刀流》のスタイルなのだ。
それが《一刀一扇》だったり、《小太刀二刀流》だったりと、その型は様々だ。
踊る宝剣と扇……なびく巫女服の袖に、その上から羽織っている羽衣……。
一通り舞い踊った箒は、型通りに扇を閉じ、宝剣を納刀する。
お淑やかに、流麗に……その場に立ち止まった。
「へぇ〜、なるほど……それが箒ちゃんの舞なのね」
「あ、はい……。それで、どうでしょうか?」
「そんなの完璧よ、完璧!」
「本当ですか?! ありがとうございます」
かつてはこの舞を、雪子や、箒の母も舞ったのだろう……。
そんな雪子だからこそわかる。
箒の舞は、とても美しい……。
舞とは本来、神仏に捧げる大事な儀式。
そしてその箒からは、まるで祈りの様な、願いが込められている様な気がした。
「はい。箒ちゃんの舞は見させてもらったし、外の準備もいよいよ大詰めね。
私は最後の準備に立ち会うことになってるから、箒はそれまでゆっくりしててね。お風呂も沸かしてあるから、禊ぎをしててもいいわよ?」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、雪子は箒の衣装を脱がしていき、それを本番前まで大事に飾っていた。
箒は雪子に言われた通り、風呂場に直行し、禊ぎを兼ねた入浴を済ませる。
正直、先ほどの舞の時に、軽く汗をかいてしまったため、ちょうどよかった。
浸かる湯船に身を任せ、箒は体の力を抜き、存分に四肢を広げた。
湯加減が絶妙で、体を内からポカポカと温めてくれる。
ふぅーと息を吐きながら、箒は目を細め、天井を仰ぐ。そして、左手をゆっくりと持ち上げ、その手首に巻かれている物を見つめた。
「紅椿……」
紅と黒のツートンカラーのブレスレットに、金銀の鈴が一個ずつ付いている。
これこそが、箒の専用機にして、束が一から設計し作り上げた第四世代型IS《紅椿》……その待機状態のアクセサリーだ。
そのブレスレットを見ながら、箒はふと思い出す。
「これを手に入れるために、いろんな事があったな……」
力を求めたのは、以前からあった。
一夏の隣に、刀奈という存在がいたのを知った時……
一夏と鈴が決闘をしている際に乱入してきた無人機を、みんなで迎撃したのを見た時……
タッグマッチトーナメントで、刀奈と対峙し、手も足も出ずに敗北してしまった時……
ISを失いながらも、生身で暴走したラウラと戦う一夏を見ていた時……
思い返せば、きっかけとなる出来事は多かった。
そして、それまで毛嫌いしていた姉を頼った。
「姉さんは……どうして私に紅椿をくれたんだろう……?」
姉・束のことは、別に嫌いではない……だが、束のせいで、箒の人生が狂わされたのも事実。
正直、姉がどんな事を考えているのか……箒自身、それがわからなかった……いや、今でもわからない。
元々が宇宙進出を目的に開発したIS。ならば、束の夢……ISを作った目的は、宇宙に行くことだったのだろうか……?
束は極端に人との関わりを持つ様な人ではなかった。それは、幼い頃の箒の目から見てもわかった。しかし、どう言うわけか、自分と一夏、そして唯一無二の親友・千冬にだけには心を開いていた。
しかし、そんな千冬にすら、何やら言えないような事を考えているらしい。
一体、自分の姉は何をしようとしているのだろう……。
そう思うと、不安な気持ちでいっぱいになる。
「…………今頃……一夏は何をしてるだろう……?」
ふと思った事を、自然と口に出してしまった。
姉のことは不安ではあるが、今の箒には、神楽舞という大事な役目がある。
ならば、誰もが魅了するような舞を披露してやろう。
それはもちろん、一夏にだって見せつけてやりたい。
「さて……そろそろ行くか……」
湯船から体を起き上がらせ、肢体から流れ落ちるお湯をサッと切りながら、箒は風呂場を後にしたのだった。
次で多分終わります。
その次は、ALOのクエストでもやろうかなって思います。
その後、SAO Extra editionの深海クエストでもやろうかと思います!
感想よろしくお願いします(⌒▽⌒)