ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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今回から、夏休み編へと入ります。
まず最初は、定番の織斑家訪問です。





第五章 一夏の思い出
第46話 恋に焦がれる八重奏Ⅰ


夏のとある日曜日。

ある家の前に、一人の少女が……。

 

 

 

「…………」

 

 

 

その表札に書かれた、『織 斑』の文字をまじまじと見つめている。

夏の強い日差しが照りつける中、その少女……シャルロット・デュノアは固唾を呑んで立っていた。

 

 

 

「大丈夫大丈夫……。今日は家にいるって言ってたんだもん」

 

 

 

自分に言い聞かせる様にして、シャルは織斑家のインターホンに指を伸ばす。

だが、指先がボタンに近づいていくに連れ、次第に心臓の音が激しくなっていく。

 

 

 

「うっ……ううっ……!」

 

 

 

あとほんの数センチ。

だが、その数センチが中々進まない。

まぁ何と言っても、一夏の家なのだ。第一シャルは、フランスの代表候補生としての日々を送っていた為、不用意に他者と関わってはならない状況にいた。

そんなシャルが、好意を持てる男子……一夏の、よりにもよって彼の家に自分から行くことになったのだから、少しくらいは緊張してもおかしくないだろう。

 

 

 

「スゥ〜……ハァー……よし!」

 

 

 

一旦手を引っ込めだが、いよいよ決心して、指をインターホンのボタンに伸ばす。

と、その時……。

 

 

 

「あれ? シャルか?」

 

「え……?」

 

 

突然、背後から声をかけられた。

それも男の声で、この声は、とても聞き覚えのある声だった。

即座に後ろを振り返ると、そこに、買い物袋を下げて立っている一夏の姿があった。

 

 

「う、うわぁああッ!!? い、いい一夏!?」

 

「よう……。って、そんなに驚くことはないだろう……」

 

「あ、あああ、いや、ごめん! 急に後ろに立っていたから、驚いちゃって……」

 

「あぁ、悪い悪い。ちょっとコンビニに寄っててさ、そしたら、家の前でシャルがなんかしてたから……」

 

「あ、えっと……その……」

 

 

 

どうやってここに来たのか……いや、何でここにいるのかを話したほうがいいだろうと思ってはいるのだが、何分驚きのあまりどう説明していいのかわからない。

 

 

「え、えっと……ほ、本日はお日柄もよく!」

 

「……はい?」

 

「ち、違う! こうじゃない……えっと、IS学園のシャルロット・デュノアですが、織斑くんは……いますか?」

 

「…………いますかも何も……今目の前にいるじゃないか……」

 

「ううっ〜〜!」

 

 

 

一体シャルは何を言っているのだろう……。

そう思っているような目で、一夏はシャルを見つめている。

そしておそらく、その思いをシャルも察しているのか、若干涙目になりながら一歩引いてしまった。

だが、そのおかげでようやく落ち着いて来たのだろう……改めて一夏を真正面に見ると、大きく深呼吸をして……

 

 

 

「あ、遊びに……来ちゃった……!」

 

「お、おう……」

 

 

 

とびっきり最大級の照れ笑いで、女の子っぽい事を言ってみた。いや、どちらかという、彼女みたいな事を言ってみた。

 

 

 

(きゃああ〜〜っ! 僕の馬鹿僕の馬鹿! なに彼女みたいな事言ってるのさぁ〜〜ッ!!!)

 

 

 

一夏にはすでに彼女がいる。

それもとびっきり美人で、スタイルもよくて、強く、かっこいい歳上の彼女。

そんな二人を見ていると、とても羨ましく思えるのだが、幼馴染である箒と鈴の二人も、この二人のことはもう認めているし、なおかつあの鬼教師である千冬が、二人の仲を認めているのだ。

ならば、自分がその間に入る余地はないというのは、言われずともわかっている。

だが、しかし、それでも、一夏と一緒にいると、何だか落ち着くし、いろんな意味で、ドキドキする。

 

 

 

「そうか……なら上がっていけよ」

 

「えっ?! 上がっていいの?」

 

 

 

一人で自分の世界観に浸っていたシャルを他所に、一夏は快くシャルを自宅に招き入れた。

その行動に、シャルは少なからず驚きつつも、内心ではラッキーと思っていた。

 

 

「遊びに来たんだろ? それとも、なんか用事でもあったのか?」

 

「ううん! 全く! 微塵もないよ!」

 

「そ、そうか……。まぁ、とりあえず中に入ろう。今日は一段と暑いしな……」

 

 

手の甲で額の汗を拭う一夏の後ろ姿を見て、シャルは喜びを噛み締めながら後をついていく。

玄関の扉を開け、中に入る。

すると、そこにはすでに、靴が二足置いてあった。

それも、どう見ても女物の靴だ。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

まさか……まさかと思い、一夏の後を追いかけ、居間へと繋がっている扉を開けた瞬間、シャルは落胆した。

 

 

 

「おかえりなさ〜い♪」

 

「あ、シャルロット。いらっしゃい」

 

「な、なんで楯無さんと簪がいるのっ?!!」

 

 

 

台所で普通にエプロン姿を披露し、新妻よろしくおかえりなさいと言う刀奈と、その隣で、なにやら食器を片付けている簪がいた。

驚愕のあまり、シャルはしばしその場に立ち尽くし、視線を一夏へと向ける。

 

 

「ああ……二人は、つい一時間くらい前に来たんだよ」

 

「なっ……!」

 

 

 

学校ではいつも刀奈といるし、それ以外でも、他の代表候補生のメンバーや、もう一人の男子生徒である和人と一緒にいる事が多いため、一夏と一緒に話したり、遊んだりできるのは、この夏休みがチャンスだろうと思っていたのに……。

 

 

 

「ごめんな、二人とも。家の事すっかり任せちゃって……」

 

「いいのいいの。これも嫁修行だと思えば♪」

 

「私も、特にやる事とか無かったし……」

 

 

 

さらっと『嫁』というフレーズを使う辺り、流石は刀奈だと思わざるを得ない。

結局、自分の行動も無駄に終わったと思い、シャルは苦笑をこぼした。

 

 

「そう言えば、さっき家の事って……」

 

「ああ……俺も千冬姉も、学園にいるからな。この家の掃除なんかもしなくちゃって思ってた時に、カタナと簪が手伝ってくれるって言ってくれてな」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

「まぁ、それももうそろそろ終わるから、デザートでもと思ってな。それで、コンビニに行って買ってきてたってわけ……」

 

 

 

一夏はそう言いながら、手に持っていた袋を掲げてみせる。

 

 

 

「そ、そうなんだ……。あっ、僕、何も持ってきてないや……」

 

 

お土産の一つくらい持って来ればよかったと、今更ながらに後悔してしまったが、「気にするなよ」と、一夏はシャルをリビングのソファーに座らせた。

そして、一夏の言った通り、その数分後に刀奈と簪が台所から出てきた。

部屋の床掃除に天井、壁や棚、トイレ、お風呂、台所の水周り。

普段は一人で一日かけてやる事を、三人でやるとあっという間に終わらせてしまった。

 

 

 

「お疲れ様、2人とも。凄く助かったよ、ありがとう」

「どう致しまして」

 

「ううん。その、意外と楽しかった……!」

 

「二人は、シャルと一緒にソファーの方でくつろいでいてくれよ。冷たい麦茶も出すから」

 

「うん、そうする〜!」

 

「ありがとう、いただきます」

 

 

 

 

刀奈はエプロンを一夏に返し、簪と二人でリビングのソファーに腰掛ける。

 

 

 

「それにしても、シャルロットちゃんがここに来るなんて……何か用事でもあったの?」

 

「い、いえ……べ、別に……ただ、近くを通りかかっただけなので……」

 

「この辺を? ここら辺って、あまり目移りする様なものは、何も無かったと思うけど……?」

 

「そ、それは……」

 

 

 

何故だろう。

刀奈からの質問には少なからず悪意を感じる。

そして今も、どう答えていいのか困り果てているシャルを見ながら、ニコッと笑っている……。

これは完全に、すべての事を知った上で質問しているのだ。

 

 

 

(ど、どうしよう……楯無さんに内緒で、一夏とお話ししようと思って、ここへ来たなんて知られたら……!)

 

(……とか思ってるんでしょうねぇ〜♪ 別に話す分には構わないんだけど……。しかし、お姉さんを出し抜こうなんて、10年早いわよ……)

 

 

 

ニコニコと笑っている刀奈に対し、悔しさ半分、諦め半分といった心情が、心の中で渦巻く。

しかしそんな心境も、一夏の出してくれた麦茶で一瞬にして掻き消えた。

 

 

 

「ほい、麦茶」

 

「あっ、ありがとう」

 

「いただきます」

 

「ありがとう〜、いただきまーす♪」

 

「今朝作ったやつだから、もしかしたら薄いかもしれないけど……」

 

 

 

と言いつつも、三人は出された麦茶を普通に飲んでいる。

まぁ、飲んでくれるのなら、こちらとしてはよかったが……。

と、そんな三人を見ていると、今度は来客を知らせるインターホンの音が……。

 

 

「ん? また来客?」

 

 

今日はやけにお客さんが多い……。

現時点での家主である一夏が、部屋の中に取り付けられている内部カメラの映像を通して、外でインターホンを押した人物の姿を見る。

そこに立っていたのは……

 

 

 

「あれ、セシリア?」

 

『ごきげんよう、一夏さん。ちょっと近くを通りかかったので、様子を見にきましたの』

 

 

 

 

とても優雅で透き通るような声で答えるセシリア……なのだが、一夏の家の近くには、彼女が通うような施設や場所など……彼女の雰囲気に合うような物は全くもって皆無だと思うのだが……。

 

 

 

「通りかかった? こんな場所をか?」

 

『うっ……こ、これ! 美味しいと評判のデザート専門店のケーキですわ! これを買いに来ましたの、わたくし……。

それで、もしよろしければ、一夏さんも一緒にどうかとおもいまして……』

 

「お、おう……そう言う事だったのか……」

 

 

 

さて、どうしたものか……。

別にセシリアが来て問題はないのだが、すでに屋内には自身の恋人を含め三人の女の子たちがいる。

そこに新たな女の子が押しかけるとなると……。世間一般的には、ちょっと説明し辛い状況に陥る。

 

 

 

「チナツ、誰が来たの?」

 

「えっと……セシリアが……」

 

「……あらら〜」

 

 

ほんと『あらら〜』だよ。

だが、ここで追い返すのは気分が悪いし、彼女にも失礼だ。

せっかくこんな暑い中を、ケーキまで買ってきてくれたのだから、せめて冷たい飲み物を用意して、おもてなしをしてやらないと。

 

 

 

『あ、あの〜……一夏さん?』

 

「ああっ、悪い! すぐ開けるよ」

 

 

 

そう言って、リビングを出た一夏。

玄関でスリッパを履いて、外で待っているセシリアを迎えに行く。

セシリアも一夏の出迎えに、顔を綻ばせ、意気揚々と一夏の背中についていく。

しかし、そんなに上がっていたテンションも、リビングに入った瞬間に大暴落した株価並みに下がっていった。

 

 

 

「…………え?」

 

「はうぅ〜〜……」

 

「あらぁ〜、いらっしゃい、セシリアちゃん♪」

 

「外、暑かったでしょう? お茶用意するね。一夏、台所借りるよ?」

 

「ああ、いいよ。ここは俺ん家だし、俺が用意するよ」

 

「大丈夫。美味しい紅茶の淹れ方、虚さんに習ってきたから……任せて」

 

 

なんなのだろう……この状況は。

そう言いたげなセシリアの表情を汲んでか、刀奈がポンポンっと、自身の隣のソファーを叩く。

 

 

 

「まあまあ、そんな所に突っ立ってないで、ここに座りなさいな」

 

「え、あ、は、はい……って! なんで皆さんがここに居ますの!?」

 

 

 

なんだかデジャブを感じる………。

ついさっき、同じ事、同じセリフを聞いたような気がする。

 

 

 

「私と簪ちゃんはチナツの家のお手伝いに……シャルロットちゃんは遊びに来たの。セシリアちゃんは?」

 

「わ、わたくしは、最近話題のデザート専門店の新作ケーキを買ったので、一夏さんにお裾分けをと……」

 

「ヘェ〜、そうだったの〜」

 

「え、ええ、そうですのよぉ〜……お、おほほっ、おほほほ〜……」

 

 

 

顔が引き攣っている。

無論、ただお裾分けをしに来ただけではない。一夏の家に上がり、色々とお話をしつつも、一夏の事に関する事を少しでも知りたいと思った。

当然、刀奈がいるかもと思い、ケーキだって自分の、一夏の、千冬の、刀奈のと、四つは買ってきた。

だが実際には、千冬はおらず、シャルと簪の二人がいるという状況……。

 

 

 

(はぁ〜……二人っきりになれると思ったのに……)

 

(どうしてシャルロットさんが……まさか、抜け駆けしようと……! それに、何気に簪さんも抜け駆けしているなんて! 全く、油断も隙もあったものではありませんわね……!)

 

(うーん……これ、私も一応、抜け駆けしているって……思われてるよね?)

 

 

 

三者三様の思想が絡み合う。

そんな中、台所から紅茶を淹れてきた簪が戻ってくる。

優雅に漂う紅茶の香りが、リビングに広がっていく。

 

 

 

「ねぇねぇ、セシリアちゃんが買ってきたケーキ……いただいてもいい?」

 

「え? あ、ええ……もちろんいいですわよ? あっ、でも、ケーキが一つ足りませんわ」

 

「あっ、そうか……」

 

 

 

セシリアが買ってきたケーキは四つ。

しかし、この場にいるのは五人。誰か一人が食べられなくなる。

だが、そこは一夏が微笑みながら断った。

 

 

 

「ああ、俺はいいよ。さっきコンビニで買ったデザートがあるし」

 

「そ、そんな! せっかくですから、一夏さんがお食べになって。わたくしは、こういうのはいつでも……」

 

「いいっていいって。せっかくセシリアが買ってきてくれたのに、セシリアが食べなくてどうするんだよ。

それに、このコンビニのデザートだって、結構美味いんだぞ?」

 

 

 

そう言いながら、一夏はコンビニの袋の中にあるデザートの容器を取り出す。

その商品はモンブランだった。

甘く煮詰めた栗と、栗のクリームが綺麗にかけられている。

 

 

 

「で、ですが……」

 

「いいんだって。また今度の機会に、その噂のケーキを食べるからさ。今日は、セシリアとみんなで食べてくれ」

 

「そ、そうですか……。では、またのご機会には、必ず!」

 

「ああ……。楽しみにしてるよ」

 

「はい♪」

 

 

 

なんとも自然な流れで約束を取り付けたセシリアは、顔をほころばせて、両手を合わせ、まるで神に祈っているかのように目を閉じる。

なんだ? 天命でも聞いているのだろうか……?

そして、何故だが横にいる女性陣たちからのジト目が襲いかかる。

 

 

 

「「「ジーーー」」」

 

「な、なんだよ……」

 

「よかったわねぇー、デートの約束ができてー」

 

「デートとはまた違うだろ……っていうか、なんで棒読み……」

 

「楯無さんやセシリアばっかり……ずるいよ一夏」

 

「俺が悪いのか、これ!?」

 

「一夏、早く紅茶飲んで……冷めるともったいない」

 

「あ、ああ……って言うか、なんで簪も怒ってんだよ……」

 

 

 

理不尽だ……。

軽く溜息をつきながらも、一夏は簪の淹れた紅茶を啜る。

 

 

「ん、美味いな、これ!」

 

「ほ、ほんと? よかったぁ……!」

 

「うん。虚ちゃんに教わったって言うのは本当みたいね……茶葉の味がしっかり出てるわ」

 

「あ、ありがとう……お姉ちゃん」

 

「ううーん♪ 流石は簪ちゃんだわぁ〜♪」

 

「きゃあっ! も、もうっ、わかったから、いちいち抱きつかなくても……!」

 

 

 

妹に甘い姉ここに極まれり。

その様子を尻目に、シャルとセシリアも紅茶を頂く。

元々紅茶が主流の欧州出身である二人も、この紅茶の味に満足しているみたいだ。

 

 

 

「うん! ほんと、紅茶の香りがよく出てる!」

 

「わたくしは、もっといい茶葉を所望したところですが……。ですが、これはこれで悪くないですわね」

 

 

 

その後、セシリアの買ってきたケーキを食べる。

中に入っていたのは、マンゴーのムースと、レアチーズケーキのフランボワーズソース添えと、イチゴのショートケーキ、チョコのシフォンケーキだ。そこに、一夏の食べるコンビニのモンブラン。

全部違う種類のケーキに心が踊ってしまう。

マンゴームースをシャルが取り、レアチーズケを簪が、チョコシフォンをセシリアが頂き、イチゴのショートを刀奈が取る。

そして、みんながそれぞれのケーキを取ったところで、紅茶を飲みながらの優雅な時間を過ごした。

 

 

 

「ねぇ、チナツ。そのモンブランちょっと頂戴♪」

 

「ん…はい、どうぞ」

 

「あ〜〜ん♪」

 

「「あっ!」」

 

 

と、ここで、これ見よがしに一夏から刀奈への「あーん」。

しかもたった今一夏の食べていたフォークで食べているため、これはもう『間接キス』をしてしまっていることが明白だ。

羨ましい……と言った感じで、セシリアとシャルが見ている。

刀奈の隣にいる簪も、頬を赤くしながら横目でチラリと見ている。

 

 

 

「あら、二人も『あーん』がしたいの?」

 

「えっ? い、いや、別に……」

 

「そ、そうですわよ……。そんなの、淑女として……そんな……」

 

 

 

いざ話題を振られると、顔をさらに真っ赤にして、恥じらう乙女へと戻る。

 

 

 

「もう、そんなにしたいなら、言ってくれればいいのにぃ〜」

 

「え?」

 

「それってどういう……」

 

 

刀奈の言葉に、一瞬期待の眼差しを向けた二人。

だが、刀奈は自分のショートケーキをフォークで切り分けて、それをセシリアとシャルに差し出す。

 

 

「はい、あ〜〜ん♪」

 

「「…………」」

 

 

あんたじゃない!

そう言いたげな表情が伝わってくる。

まぁ、ニコニコしながらやられると、そう思いたくなってしまうか……。

 

 

「あは♪ 冗談よ、冗談。ほらチナツ、食べさせてあげたら?」

 

「え? ま、まぁ、それはいいけど……」

 

 

刀奈からの許可も出たことだし、なら問題はないだろうと思い、一夏は自身のモンブランを切り分ける。

そして今もなお、まるで餌を待つ小鳥のように口を開けている二人の口に、ケーキを持っていく。

 

 

 

「じゃあ、まずはセシリア……はい、あーん」

 

「あーん……」

 

 

 

食べた。

その瞬間、今まで食べたモンブランでは味わえなかった、未知の旨味が流れ込んでくる。

 

 

 

「ふあああ〜〜〜〜っ!!!」

 

「っ! ど、どうした?!」

 

「お、おお美味ひぃ……ですわね、うふっ、うふふ♪」

 

 

 

そのまま天に召されてしまうのではないか、と不安になる程のヘブン状態。

そんなセシリアを尻目に、今度はシャルが前に出る。

 

 

「つ、次、僕だよね……!」

 

「お、おう……」

 

 

 

妙な緊張感に包まれたが、気を取り直して一夏がケーキを持っていく。

 

 

 

「あ、あーん……」

 

「あーん……」

 

 

 

また食べる。

そして、またあの衝動が襲ってくる。

 

 

 

「んん〜〜っ!!!!」

 

「っ! えっと、本当に大丈夫か?!」

 

「…………うん、大丈夫。それに、僕、これ好きだなぁ……」

 

 

目がとろ〜んとなって、そのまま眠ってしまいそうな感じだ。

普通のコンビニのケーキなのだが……。

すると、今度はセシリアとシャルの座っている位置から正反対の所に座っていた簪に、シャツの袖を引っ張られる。

 

 

 

「簪?」

 

「一夏、不平等はよくない……!」

 

「え? もしかして、簪も?」

 

「うん……」

 

 

 

ここまできたら仕方ないと思い、一夏はケーキを持っていく。

 

 

 

「あーん」

 

「あーん……」

 

 

 

三度食べる。

そして、簪にも、同じ衝動が来たようだ。

 

 

 

「っ〜〜! ンンッ!」

 

「本当に大丈夫か?! これ毒とか入ってないよね?」

 

 

 

先の二人の様に声を出す事は無かったが、身悶えしながら旨さを噛み締めているその様子は、なんだかとても……エロい……。

 

 

 

「ん……こういうの、悪くないかも……」

 

「そ、そうか、それはよかった……」

 

 

 

これで全員終わり……。

そう思った時、それを終わらせない人物がいた。

 

 

 

「ほらチナツ、私のもあーん♪」

 

 

刀奈だ。

自分のショートケーキを切り分けて、一夏の口の前に差し出す。

 

 

「え? いいよ別に……」

 

「何よぉ〜、私のケーキが食べられないっていうの?」

 

「いや、まぁ……そんな事はないけど……」

 

 

 

なんとなく嫌な予感がするだけです……。

なんて言えない。

 

 

 

「じゃあいいじゃない。はい、あーん♪」

 

「……あー」

 

 

ん……と、食べようと思った瞬間、口の中に入るはずだったケーキがヒョイっと動いた。

刀奈が差し出したフォークの上に乗ったケーキは、一夏の口には入らず、勢いそのまま刀奈の口の中へと入った。

よくある悪戯かと思い、一夏は少しムッとした表情で刀奈をみた。

が、次の瞬間、刀奈の顔が近づいて、ケーキを含んだ口が、一夏の口に押し当てられる。

 

 

 

「んんっ!?」

 

「「ああっ!!?」」

 

 

 

キスしたのだ。

それも濃密なディープの方で……。

しかも刀奈の口の中にはケーキが入っており、当然一夏の口にも、刀奈の食べたケーキが入り込む。

確かに、『あーん』は『あーん』だ。

ただそれが “フォーク移し” なのか、それとも “口移し” の違いだが……。

ケーキの甘みと、クリームやスポンジの食感や味が伝わってくるのと同時に、何やら別のものまで流れ込んでくる。

 

 

 

「な、ななっ、何をしてますの!?」

 

「あうぅ〜〜っ!!!」

 

「んちゅ……え? 『あーん』だけど?」

 

「そんな『あーん』あって堪りますか!!!!」

 

 

 

絶叫に近いセシリアの声が、おそらくは近所まで響いたのではないだろうか……。

このセリフだけ聞くと、何やら可笑しな家の住人だなと誤解されてしまう……。

その後も放心状態になったシャルと、それを介抱する簪という絵面を横に、一夏の口周りについたクリームを舐め取る刀奈を説教じみた奇声を発するセシリアと、全くもって落ち着きがない日曜日のお昼時間を過ごした一夏であった。

 

 

 

 

「あっ、そう言えば……。ねぇ、一夏……一夏の部屋ってどこなの?」

 

「え? 俺の部屋? それなら、二階だけど?」

 

「ちょっと、見てもいい?」

 

 

 

と、いきなりの事だがシャルが提案する。

 

 

 

「まぁ、別にいいけど……なんでまた?」

 

「いや、なんとなく……その、気になって、えへへ……」

 

「そうか。でも、これと言って面白いものはないと思うけどな……」

 

「み、見ることに意義があるんだよ!」

 

 

 

 

どんな意義があるだろう……?

そんな事を思いはしたが、シャルの意見には賛成なのかセシリア、簪の二人も、目を輝かせながらこちらを見てくるので、もう断る事は出来ない状況になってしまった。

ちなみに刀奈は過去に何度も入っている。

 

 

 

「わかった……。じゃあ案内するよ」

 

「うん!」

 

「いざ、一夏さんのお部屋へ……!」

 

「出発……っ!」

 

「なんだか楽しいわね、これ♪」

 

 

 

リビングを出て、織斑家の二階へと上る。

階段を上って、廊下を挟んだ向こう側に、扉があった。

そこが一夏の部屋である。

廊下を左側に進めば、ベランダへと通じており、そこからの景色は意外に良い。

そして右側に進めば、そこにはもう一つの扉がある。

そこは……

 

 

 

「ああ、そっちは千冬姉の部屋だから、勝手に入ったことがばれたら殺されるからな。

絶対に許可なく入らないこと」

 

 

一夏の忠告をしっかりと意識して、今見た部屋のことはある意味忘れようとする一同。

そして、目的地である一夏の部屋へ、一同は入った。

 

 

 

「うわぁ……これが、一夏の部屋?」

 

「これが、殿方のお部屋なのですね……」

 

「意外と、綺麗……。男の人の部屋って、なんだか散らかってるイメージがあったけど……」

 

「まぁ、俺は家事を任されてるからな。他が良くても、自分の部屋が汚かったら意味ないだろ?」

 

 

 

千冬が外で働き、二人分の生活費を稼いでくれていた。

ならば自分もバイトをして、それを生活費の足しにしてほしいと、一度千冬に迫ったが、素気無く断られた。

「それはお前のために使え」と言われ……。

そして、初めて自分ののために買ったものが……いまも机の上に置いてある一世代前のPCだ。

だが、性能は未だ劣らない優れもの故、調べ物をしたり、ネットを見たりと、いろんな事に使っている。

そして、SAOの正規版も、このPCで予約した。

奇跡的にそれに当選し、ナーヴギアが届いた時には、凄く嬉しかった。

それがもう、二年も前の話になるなんて……。

 

 

 

「とう!」

 

「あっ!」

 

 

 

と、感慨深いものを感じていた矢先、刀奈が一夏のベッドに飛び込む。

ふかふかのベッドが、心地良いくらいによく弾む。

そしてそのまま、刀奈は掛け布団をその身に巻いて、ベッドの上をコロコロと転がる。

 

 

 

「楯無さん! 淑女としてあるまじき行為ですわよ」

 

「あら、結構良いものよ、これ。ふかふかだし、気持ちいいし……。それに……」

 

 

 

掛け布団に包まったかと思うと、思いっきりその中で深呼吸する。

 

 

 

「良い匂いがするし……♪」

 

「「い、良い匂い?!」」

 

「おいおい、恥ずかしいからやめてくれよ、カタナ」

 

「別に良いじゃない……寮じゃいつものことなんだし」

 

「「いつもっ!?」」

 

「あ、いや、それはカタナの言葉のあやってやつで……」

 

 

 

シャルとセシリアが一夏に詰め寄って、詳しい事情を聞き出そうするが、その間に、刀奈は簪に耳打ちする。

すると、簪は途端に顔を赤くし、姉を見返す。

 

 

 

「えっ、でも、一夏がそんなもの……」

 

「健全な男子なら、持っていなくてもおかしくないわ。それに、気になるでしょう?」

 

「それは……私はどうでも……」

 

「お願い! ちょっとだけで良いから……」

 

「…………分かったから、今のうちに……」

 

「ありがとう♪」

 

 

 

一夏の知らないところで、何やら協力関係が結ばれ、二人は早速動き出す。

刀奈が押入れを、簪がベッドの下を見る。

 

 

 

「って! 二人は一体何をしているだ!」

 

 

 

流石に気づいたらしく、一夏は怪しげな行動をとる姉妹を交互に見る。

姉は堂々と、妹は恥ずかしそうに下を向いて、二人が同時に答えた。

 

 

 

「「エロ本」」

 

「探すな! っていうか、俺そんなの持ってないし‼︎」

 

「エ、エロ本!?」

 

「エロ本? なんですのそれは……?」

 

 

 

エロ本の正体を知っているシャルが、正体を知らないセシリアにこっそり教える。

すると、次第にセシリアの顔は真っ赤になり、今にも沸騰しそうな勢いだ。

 

 

「い、いい一夏さん!? そんなものを持っていらっしゃるの?!」

 

「だから、俺は持ってないって!」

 

「ええ〜うっそだぁー。健全な男子なら、一つや二つ持っている筈よ」

 

「持ってないって! っていうか、たとえ持っていたとしても探すなよ!」

 

「え? だってこれって、彼氏の家に行った時に行う恒例行事じゃないの?」

 

「それは男友達が男友達の家に遊びに行った時に起こるイベントだから‼︎ いいから、今しばらくそこでじっとしていなさい!」

 

「そんなこと言ったって、私はチナツの彼女なのよ? なら、彼氏がどんなものを好きなのかを知っておく義務があるわ。

それに、それなら私にとっては有益過ぎる情報なわけで……」

 

「有益どころか俺にとっては有害だ。まぁ、いくら探しても出てこないぞ? なんせ持ってないんだし……」

 

「むー……!」

 

 

 

その後も一夏の部屋を調べて見だが、目的の物は見つからなかった。

その結果に刀奈はがっかりした様子だったが、一夏としてはなんとなく良かったと思った。

と、そう思った時、本日三度目となる来客の知らせが……。

 

 

 

「はぁ……今度は誰だ?」

 

 

 

そう言いながら階段を降りていくが、実際ところ、ある程度予想はしていた。

それに、その予想を頷けるかのごとく、勝手に玄関の扉が開けられ、勝手に廊下を歩く音。

 

 

 

「一夏ァ〜〜! いるんでしょう!?」

 

「おい、鈴。そんな勝手に……」

 

「無作法だと思われるぞ?」

 

 

 

鈴……一人かと思ったのだが、どうやらその後ろに二人ついてきているようだ。

それも、ものすごく知っている声だ。

 

 

 

「あれ? リビングにいない……って事は部屋か」

 

「ああ、確か二階だったな」

 

「おお! 師匠の部屋を見れるのか、鈴、早速案内しろ」

 

「なんであんたに命令されなくちゃいけないのよ」

 

 

 

どうやら降りなくとも、勝手に上がってきてくれるようだ。

幼馴染として何度も上がりこんでいるこの家は、自分の家同然らしい。

 

 

 

「あっ! いたいた一夏。ったく、出迎えくらいしなさいよね」

 

「人の家に勝手に上がりこんで言うことがそれかよ……」

 

「ああ、すまん一夏。勝手に上がり込んで」

 

「久しぶりだな、師匠。夏休みに入ってから、会う機会が減って、私は寂しいぞ」

 

 

 

幼馴染二人と、自称弟子の登場により、ここに再び国家戦力にも勝る群生が集結したことになる。

 

 

 

「ところで……」

 

 

 

と、鈴が一夏に近づいて、多少睨みながら問いかける。

 

 

 

「玄関にあったあの靴の数は何?」

 

「…………お前、もうわかってるだろ?」

 

「はぁ…………どいつもこいつも…」

 

 

 

あからさまに落胆している様で、力なく垂れ下がる両肩と頭を垂れる姿に、箒とラウラは顔を合わせるが、なぜ鈴がそうなったのか……二人はすぐに理解することになる。

 

 

 

「あらあら、これでみんな勢揃い、ってことになるわね♪」

 

「た、楯無さん!?」

 

「なんだと!? では、他に……」

 

 

 

 

視線を一夏の部屋に向け、ラウラは一夏の部屋へと入る。

そして見た。

一夏の部屋で、何の気なしにくつろいでいる専用機持ちの代表候補生三人の姿を……。

 

 

 

「なっ!?」

 

「ラウラ!?」

「ラウラさん!?」

「あ、いらっしゃい……」

 

 

 

なんとも締まりのない挨拶を交わし、家主である一夏がおもむろに頭を掻きながら、咳払いを一回。

 

 

 

「まぁ、一度下に降りよう。こんな暑い中来てくれたんだ。 ……茶でも飲んで、少し落ち着こう……」

 

 

普段と変わらない飄々とした雰囲気に呑まれ、一同は一夏の後をおい、一回のリビングへと向かったのであった。

 

 

 

 




次回は流れ的にみんなでお料理。
それから、箒の神社で夏祭り……まで行きたいと思っています。


感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)


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