ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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ようやく終わったぜ臨海学校編‼︎

しかも初の20000文字超え!
基本的に一話10000文字と決めて書いていたので、もう二話分を一気に書いた気分です。




第45話 君の名は……

戦闘が始まって、もう何時間も経っている。

空は夜の星空から、だんだんと明るくなり始めて、あともう少し時間が経てば、夜明けが近いだろうと言うところまで来ていた。

そんな時間帯に、一際激しい剣戟の音が鳴り響いていた。

 

 

 

「はあああっ!!!」

 

「Laーーッ!」

 

 

 

《二次移行》を果たした一夏の白式。

その名も《白式・熾天》だ。

白式の基本的外装は変わらないが、その装甲の上に、新たに追加された薄紫色の外装……。

ある種の仮想世界において、ストレアと名乗った剣豪と呼べるほどの腕前を持った少女との決闘の末、一夏は勝利し、彼女と、彼女とともに試練を言い渡した騎士達から、新たな力を授かった。

その性能は想像を絶し、かつての白式の数倍以上のパワーやスピード、スペックを誇る。

ここまで押されていた福音に対し、一歩も譲らない……いや、それどころか、逆に福音を翻弄しているとさえ言える。

 

 

 

「Laーーッ!」

 

 

 

形態変化を起こしたと言っても、基本的な戦闘スタイルは変わらない。

近接戦闘における戦闘能力が、格段に上がっているのだ。

故に、元々近接戦闘能力が低い福音が取る手段としては、一旦距離を置いてから、遠距離攻撃に切り換えるのがセオリーだ。

 

 

 

「そんなもんに!」

 

 

 

降り出すエネルギー弾。

しかし、一夏は躱すどころか、左腕を大きく振った。

すると、左手の甲から、先ほど《雪華楼》から飛ばした水色のライトエフェクトが迸り、エネルギー弾から身を守る、盾のように鮮やかな光が広がったのだ。

 

 

 

 

「なんなの、あの光は……」

 

 

 

福音と一夏との戦闘を間近で見ていた刀奈の口から、そう言葉が漏れた。

あのライトエフェクトには見覚えがある。

何を隠そう、SAOの時に使われていた技術だ。そしてそのシステムを搭載している機体が、自分のミステリアス・レイディを含めた、月光、閃華、白式の四機。

だがそれは、武器である剣や槍、刀や肉体……強いて言うならば、ポリゴン粒子によって形成された仮想世界のアバターの体に纏われるものであって、それを “斬撃や盾として飛ばす” まではできなかったはずだ。

確かにソードスキル使用後には、その剣が通った軌道上に、ライトエフェクトが残痕として残る事はあったが、それ自体が直接攻撃をしたり、防御可能になった事はない。

だがもし、形態変化を起こして、それが可能になったというのであれば……

 

 

 

 

「チナツの機体は……もはや第三世代型というカテゴリーから外れてる……?」

 

 

 

 

第三世代型のコンセプトが、操縦者のイメージ・インターフェイズを利用し、特殊兵器を搭載すること。

だが、それには相当な精神集中が必要となるため、とてもじゃないが、現段階では実験機止まりになっている。

だが、一夏にはそれがない。精神集中を強要されているような装備も無ければ、これと言った特殊兵器があるわけでもない。

しかし、単純にライトエフェクトを飛ばしているだけとは言え、それによって攻撃・防御を可能にしているという事は……。

 

 

 

「攻撃・防御・機動をマルチに支援する機体……第四世代型……っ!」

 

 

 

一つの答えにたどり着いた。

福音がそうであるように、もしかしたら、一夏の白式もまた、ただの形態変化ではなく、ISの世代間進化を起こしたのかもしれないと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通信はまだ繋げないんですか?!」

 

「無駄だ。連中の方で通信を切っているからな……。全く、あの馬鹿どもが……!」

 

 

 

 

その頃、旅館の方で作戦室にこもっていた千冬達もまた、一夏を除いた専用機持ち達の独断行動に、苛立ちを覚えていたが……そこに、怪我で寝込んでいた筈の一夏までもが、戦闘海域に侵入し、福音と交戦に入った。

これには流石の千冬も驚いたと同時に、怒りが爆発した。

 

 

 

「それにあの馬鹿は! 一体、何をしているんだ!」

 

 

バンッ! と机を叩く。いや、殴る。

その姿を隣で見ていた真耶は軽く悲鳴をあげ、他の教員達も、ビクッと体を震わせていた。

 

 

 

「帰ってきたらただじゃおかんぞ……!」

 

「お、織斑先生………その、織斑くんは、えっと……一応けが人ですし……」

 

「ほう? “けが人” と言うのは最前線で戦えるような人間のことを言うのですか? 山田先生」

 

「ヒィッ! ご、ごめんなさい、なんでもないです!」

 

 

 

千冬の一睨みで即座に顔を縦にふる真耶。

今の千冬は鬼をも恐れる存在だろう……。

だがそうした後には、ため息を漏らし、不貞腐れたかのように戦闘画像を見つめている。

 

 

 

「それにしても、ここで《二次移行》を起こすとはな……」

 

「そうですね。《白式・熾天》……従来の近接戦闘型のバトルスタンスに、中・遠距離対応型の新たなシステムですか……。

ほんと、織斑くんたちには驚かされてばっかりですね」

 

「桐ヶ谷も……ISのエネルギーを攻撃に注ぎ込む荒技をやってのけるとはな……。

だが、それで自分の機体をダメにしているようでは、まだまだだな」

 

「いやいや。桐ヶ谷くんの荒技は、過去の国家代表の選手でもやった事のない技術ですよ?

織斑くんや織斑先生の技……《零落白夜》のように、諸刃の剣ともなりえる技ですが、破壊力だけで見れば、『雪片』に匹敵しますよ」

 

「まぁな……」

 

 

 

 

そこまで言って、千冬は沈黙してしまった。

ただジッと、今もなお戦闘が繰り広げられている戦闘海域の映像を見ながら……というよりは、睨みながら、何かを考えている様にも思えた。

 

 

 

(ISの基本的システムを度外視した技術……、コア自身がつけた独自のリミッターの強制解除……、そして世代間を超えたISの形態変化……。

ここへ来てからと言うものの、あまりにも色んな事が起き過ぎだ……)

 

 

 

 

ISの進化には、長い年月と操縦者自身の努力と才能が必要不可欠だ。

ISは独自の意識に似た物を持っており、コア自体がそれぞれ違った観念や意識を持っている。

故に急成長を遂げる物もあれば、全く花咲くことなく、機体の初期化をすると言う事も珍しくはない。

だが、だからと言って、今回ばかりは千冬も驚かされてばっかりだ。

福音の暴走にも驚きはしたが、それだけにとどまらず、オーバーリミットを起こし、和人が新たなISの操縦技術を生み出し、一夏の白式が早くも二次移行を起こした。

それも、ISの世代間を超越した究極的な進化を起こしたのだ。

こんな物、ISが誕生してから10年になるが、今まで一度たりとも無かったというのに……。

なのに……なぜ……。

 

 

 

「これもお前が仕組んだことなのか……束」

 

 

 

誰に問いかけているわけでもない言葉は、誰に聞かれることもなく、消えていく。

この一連の出来事が、たった一人の人物によって引き起こされた物なのか、あるいは偶然か……。

だが、この場合は前者の方がまだ納得はいく気がするのが、少々気に入らないと思ってしまった。

 

 

 

ーーどちらにしても、また一夏達を危険に晒すというのなら、私は容赦しないぞ……束……ッ!

 

 

 

 

この場いないーーいつの間にか居なくなっていたーー友人に向けて、殺気にも似た思いを飛ばした千冬であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘェ〜……白式はそう言う進化を遂げたかぁ〜……♪」

 

 

 

他の誰もいない断崖絶壁の崖の上。

その崖の端に腰掛け、水平線の先で行われている戦闘を、空中に投影された空間ウインドウ越しに見ているウサミミアリス。

一番気になっていた機体……白式が進化することを、彼女は知っていた。驚異的な身体能力……強いては、戦闘能力を手に入れた一夏と、失敗作として破棄されていた機体……それらが組み合わさったら、一体どの様な機体になるのだろうと……。

面白半分で渡してみて、その結果が思いもよらない形で出た。

 

 

 

「《展開装甲》……それを全身に装備したのが紅椿。まさか、“一部” とはいえ、《展開装甲》を発現して、紅椿と同等……いや、それ以上の機体性能を発揮するとはねぇ〜〜!

流石の束さんも、これにはビックリだよ〜〜。これも、いっくんだから出来たことなのかなぁ〜♪」

 

 

 

ニコニコとウインドウを見ながら、ウサミミアリス……束は心踊っている心境を吐露した。

 

 

 

「さぁ、もっと、もぉ〜と、束さんを驚かしておくれよ…………フフッ、フフフ、アハハハ〜〜ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、戦況は大詰めとなりつつあった。

福音との戦闘によって、さらなる性能を発揮する白式。高速戦闘が繰り広げられている中、一夏の白式に変化が起きた。

新たに進化したウイングスラスターの蒼い部分が、外側へと少しスライドすると、そこから藍色に輝くエネルギー体の翼が現れる。

翼の長さは、エネルギー体が出現する前の長さのおよそ二倍くらいの長さだろうか。

そして、体に取り付けられた薄紫の強化外装の甲冑には、赤いラインが走り、白式の機体性能が格段に上がったことを証明した。

 

 

 

「《極光神威(きょっこうしんい)》ッ!!!」

 

 

 

イグニッション・ブーストも目ではない程の超速機動。

これに対して、福音は面性圧力をかける。

エネルギー弾を、今まで以上の量で射出し、一夏の逃げ場を塞ぐ。

だが、そんなことで止められる一夏ではなかった。

 

 

 

「見える!」

 

 

 

降りしきる雨の中を、驚異的なスピードで駆け抜ける白式。

もはやエネルギー弾よりも、白式のスピードの方が速く感じられた。

凄まじい勢いで弾幕を抜け、即座に刀を振りかぶる。

福音はこれに反応し、後ろに下がりながらも《銀の鐘》による攻撃の手を緩めはしない。

だが、それでも……

 

 

 

「もっと速くーーッ!!!」

 

「っ?!」

 

 

 

福音の攻撃を物ともせず、勢いを殺すことなく福音に接近する白式。

振りかぶった刀を、何の躊躇もなく振り抜く。

惜しくも福音が半身を引いて躱してしまったが、それでも追撃は終わらない。スピードで上回り始めた一夏の方が、何かと分がある。

動きの先読みを感じることは多少しか出来ないが、それでも圧倒できる。

このまま一気に畳み掛ける。

 

 

 

「逃がすかよ!」

 

 

 

左手にも一本、刀を持ち、二刀流形態へと移行した一夏。

福音は攻撃仕様を変え、《銀の鐘》のエネルギーを収束し、エネルギー弾ではなく、レーザー照射へと変える。

これにより、威力もさることながら貫通力と正確性を向上しようという魂胆なのだろう……。

だがそれでも、一夏は止まらない。

何度となく一夏に狙いを絞って、レーザー光線を放つも、白式のスピードがまたも上回る。

 

 

 

「せぇやあああッ!!!!」

 

 

 

振り抜く一閃が、福音の装甲を斬り裂き、エネルギー翼すらも、まるでバターの様にスパーンと斬れる。

さすがに焦ったのか、福音は一夏に対して背を向けて、一目散に後退し始めた。

 

 

 

「っ、待て!」

 

 

 

一夏はそれを追いかけようとするが、突如、白式の形態が元に戻ってしまった。

藍色のエネルギー体で構成された翼は閉じ、装甲に走っていた紅いラインも消えている……。

これは……

 

 

 

「なっ、限界時間?! くそ、こいつも燃費の悪さは『雪片』に負けず劣らずかよ……‼︎」

 

 

 

どうやら新たに発現したワンオフ・アビリティー《極光神威》も、『雪片』が発する《零落白夜》同様に、自身のエネルギーを転換して発動するものらしい。

どこまでいっても白式は白式なのだと思ってしまった。

だが、これでは福音を落とすことは出来ない……ここまで来て、見す見す逃してしまったら、後になって大変な事になる。

どうしたものか、そう悩んでいた時、遥か彼方から、一夏に向かって飛翔してくる機影が二つ。

 

 

 

「チナツ!」

「一夏!」

 

「カタナ! 箒も!」

 

 

 

水色と紅色。

二つの機体が白色に近づく。

 

 

 

「箒、お前エネルギーが少なかったんじゃ…」

 

「それを回復してきたから、ここにいるんだ。一夏、手を出せ」

 

 

 

箒に言われるがまま、刀を納刀し、空いていた左手を出す。

そしてその手を、箒が握った瞬間……白式に、未知のエネルギーが流れ込んできた。

 

 

 

「っ!? これは……!」

 

「ほんと、チートも良いところね。失ったエネルギーを全快させるワンオフ・アビリティー。《絢爛舞踏》。

チナツの新しい能力もそうだけど、束博士の作った機体……下手すれば世界中の軍が欲しがるでしょうね」

 

 

 

 

刀奈の言葉に一瞬苦笑いを浮かべるが、今はそんな事に構ってはいられない。

今一番しなくてはいけない事……それは福音を止める事だ。

 

 

 

 

「何としてでも止めるぞ」

 

「ええ、もちろん」

 

「ああ……。そのために、私達はいるんだからな」

 

 

 

 

箒からのエネルギー譲渡も終えたところで、いざ目標の討伐に向かう……つもりだったのだが……。

 

 

 

「ちょっと、あたしたちの事忘れてんじゃないわよ」

 

「ここが正念場ですわね。最後までお付き合い致しますわよ?」

 

「僕もだよ。このままやられっぱなしは嫌だしね」

 

「無論、私も加勢する」

 

「私も……このまま押し切る」

 

 

 

鈴達も復活。

そして、その後方からも、こちらへと近づいてくる機体がある。

 

 

 

「悪りい、ちょっとシステム修復に時間がかかった」

 

「私たちも、当然参加するからね!」

 

 

 

和人と明日奈の登場により、これで全員出揃った。

 

 

 

「はい……。行こう、今度こそ……俺たちが勝つ!」

 

 

 

一夏の言葉を機に、全員が飛び出した。

福音を追いかける一夏と箒。その後ろで左右に展開する和人達。

まずは箒から。

福音と誰もいない無人島の上を高速で飛翔しながらの斬り合い。

二刀を振るい、福音の動きを封じ込める。

 

 

 

「一夏、今だ‼︎」

 

「おおおおッ!!!」

 

 

 

箒が押さえつけている間に、一夏が斬り込む。

だが、福音は箒にエネルギー弾をぶつけ、その身から箒を引き離す。

今度は向かってくる一夏に対して自ら斬り込んでいき、斬り結んでは離れ、斬り込んでは離れと、ヒットアンドアウェイ戦法をとる。

その隙に一夏を落とそうとエネルギー弾を降らせるも、一夏は《極光神威》を発動。

吹き荒れるエネルギー弾を躱していき、福音の懐へと侵入。そのままガラ空きになった腹部へと強烈な一撃を見舞う。

 

 

 

「ラウラ、簪‼︎」

 

「「了解‼︎」」

 

 

 

弾かれた福音の行く手には、《パンツァー・カノニーア》の展開済みのラウラと《春雷》のエネルギー充填を済ませた簪の姿が……。

 

 

 

「行けッ!」

「当たって‼︎」

 

 

 

それぞれの機体から放たれた閃光。

真っ直ぐ、ズレなく福音へと向かい走る砲弾と粒子砲。

だが、福音はこれをエネルギー刃で斬り裂き、防いで見せた。

そして今度はお返しとばかりに、二人に向けてエネルギー弾を放つ。

ラウラは砲撃の反動で動けず、とっさに簪がラウラの前に出て、防御壁を展開。

エネルギー弾を防ぐが、その衝撃に苦悶の表情を浮かべる。

当の福音は、そんな簪達に目もくれず、その場を離れようとするが、それを蒼く煌めく閃光が許さない。

 

 

 

「わたくしがここにおりましてよ‼︎」

 

 

 

先ほど倒したと思っていた、セシリアからの狙撃。

後ろを取られ、どうしたものかと動きを止めていると……

 

 

 

「おりゃあああっ!」

 

 

 

福音の胸元めがけて放たれた炎。

福音は咄嗟に腕をクロスして防ぐ。そしてその炎弾を放った人物を見る。

 

 

 

「一夏、もう一回よ!」

 

 

 

海上から高出力の炎弾を放つ鈴。

そしてその後ろから、一直線に猛スピードで福音に迫る黒い機体。

右手に持つ《エリュシデータ》が紫に染まる。

 

 

 

「せぇやあああッ!」

 

 

 

片手剣スキル《スネーク・バイト》。

横長に伸びたバッテン型にライトエフェクトが煌めき、福音の装甲を破壊した。

 

 

 

「キャアアァァァァッ!」

 

 

 

和人に斬られた痛みからか、それとも我を忘れて放ったものなのか……ここへ来て福音が放った咆哮。

その直後、まるでダンスのターンでもするかのように、右回りに一回転。だが、ただ回ったのではない。

翼からばら撒かれたエネルギー弾。四方八方、すべての方位に満遍なくばら撒かれる。

その攻撃を一番最初に浴びるのは、当然のごとく鈴と和人。

だが、その二機の近くを疾る機影が二つ。

 

 

 

「鈴!」

「キリトくん!」

 

 

 

シャルが鈴を、明日奈が和人を捕まえて、その場を一気に離脱する。

シャルがエネルギーシールドを張り、明日奈は和人の装備品である《ブラック・プレート》を引き抜き、それを盾代わりに使用する。

 

 

 

「一夏お願い! もう保たない!」

 

「カタナちゃん!」

 

 

 

 

辺りが爆煙によって遮られ、その中心にいる福音。

昇り始めた太陽を背に、煙の向こうにいるであろう敵の様子を伺う。

だが、そこから出てきた物に、福音は驚き、躱すことができなかった。

 

 

 

「《グングニル》ーーーーッ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

風を切る強烈な音。

その音が響いた時、その音がした方向を見た福音の左側の翼は、一瞬にして消し飛んだ。

後に残る深紅のライトエフェクトが、翼を捥いだ正体だと知った。

ユニークスキル《二槍流》に許された、唯一の投擲スキル。

かつては神話の神が放ったとされる百発百中の槍《グングニル》。

その名に恥じぬ強烈な一撃。

そして、それを投じた刀奈の姿を捉え、手を伸ばそうとした瞬間、福音の視界には、もう一人別の人物の姿が映っていた。

 

 

 

 

「これで、終わりだーーッ!」

 

 

 

《極光神威》を発動させ、藍色の翼を広げた騎士……いや、侍が、またいつの間にか懐へと入り込んでいた。

右手に握る刀の柄、左手に鞘。その刀身は、鞘に戻られており、その状態で間合いを占領してきたのだ。

その構えは、まぎれもない抜刀術の構え。

そこまで認識した時、福音は見た。

鞘から放たれた白銀の輝きを……。刀の刀身すら見えない、いや、見て取れないほどの速度で振り抜かれた、必殺の一撃。

 

 

 

 

「《天翔龍閃》ーーーーッ!!!!!」

 

 

 

 

いつ斬られたのか、解らないほどの剣速。

《極光神威》によって加速した白式……一夏の体から、神速を超える抜刀術へと繋げる、ユニークスキル《抜刀術》とそのサブスキルである《ドラグーンアーツ》の技を複合した上で、対人、対モンスター戦において、一撃必殺を可能にする真に最強の一振りとも言える奥義。

《天翔龍閃》

白銀色に輝いた刀身は、福音の身を斬り裂いた……のではなく、その周りにある、シールドエネルギーを斬り裂いた。

斬られた福音は、一度は空高く舞い上がり、綺麗な放物線を描いて飛んでいたが、そのまま海上に向けて一直線に落ちていった。

 

 

 

「あっ、やべえ!」

 

 

 

一夏が急いで福音を追いかけようとしたが、当の福音は、後ろから追ってきていた鈴の手によって救出されていた。

 

 

 

「まったく、詰めが甘いのよあんたは……」

 

「悪りぃ、助かったよ」

 

 

 

通信の音声から、愚痴をこぼされ、一夏は苦笑いを作った。

だが、そんな苦笑いも、降り注ぐ朝日の光によって、いつの間にかかき消されてしまったが……。

 

 

 

「終わった……んだよな……」

 

「ええ、終わったわ……。私たちの勝利よ」

 

 

 

いつの間にか隣にきていた刀奈に視線を移し、そっと微笑む。

すると、刀奈の方から、一夏の体に身を投げ出すようにして抱きついてくる。

 

 

 

「はぁ〜〜……。疲れたぁ〜」

 

「あぁ、俺もだよ。って言うか、俺、一応けが人なんだけど……」

 

「最後に奥義ぶっ放して平然と立ってられる人間が、けが人だとでも?」

 

「あ……いや、なんでもないです」

 

「でも、よかった。ほんとに……」

 

「カタナ……」

 

 

 

 

一夏の胸に顔を埋め、背中に手をまわす。

ISスーツ越しに伝わる彼女の熱に、一夏は、生きている実感を得た。

愛する人を、仲間を守れた……。そして、自分も生きている。今日は色々あったくせに、なんだが、途轍もない達成感があった。

 

 

 

「さあ、帰ろうか……」

 

「ええ、帰りましょう」

 

 

 

 

手を繋いで、鈴たちが待つところまで飛翔する。

その後、本作戦に参加した10名全員が、作戦本部のある旅館へと帰投したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、作戦完了……と、言いたいところだが、お前たち全員は、重大な違反を犯した」

 

 

 

旅館に戻って早々、入り口で待っていた担任教師である千冬と、副担任の真耶に発見され、全員その場に立ち並んでいた。

 

 

 

「全員、命令無視の独自行動……。帰ったらすぐに反省文の提出と懲罰用のトレーニングメニューを用意してやるから、そのつもりでいろ」

 

「……はい」

 

 

 

帰ってきて早々に説教タイム。

せっかく勝ったと言うのに……その勝利の余韻すらも味あわせてくれないとは……。

だが、そんな事口が裂けても言えない。

なんせ目の前にいるのは、世界最強で鬼教師な千冬なのだ。

そんな事を思っていると知られたからには、強烈な拳が飛んでくるのだから……。

 

 

 

「お前、何か失礼な事を考えてないか?」

 

「ナ、ナンのコトでしょう……」

 

「片言になっているぞ」

 

「うっ……」

 

 

何故ばれた?

そんな事を考えていた時、強烈な一撃を脳天に食らった。

 

 

 

「ぎゃんっ!?」

 

「ふんっ……。これでも手加減してやったんだ。感謝しろよ……」

 

「いや、何を感謝しろと?」

 

「ほうほう、もう一発行きたいと?」

 

「い、いえ! すみません、俺が悪かったです!」

 

 

 

頭を押さえ、涙目になりながら立ち上がる一夏。

それを隣で見ている刀奈と和人の二人は、「仕方ないなぁ」と言った表情で苦笑している。

そんな一夏を見ていた真耶が、おずおずと出てきた。

 

 

 

「あ、あのぉ……織斑先生。もうそろそろその辺で……その、けが人もいますし……」

 

 

 

けが人……確かに軽い負傷はしている者がいるが……たった今。約一名。

その他にも、福音との戦闘で軽傷を負った者もいるため、見た目は軽いが、思わぬ重症に繋がらないとも限らないため、急いで処置する必要がある。

 

 

 

「さぁ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで見せてくださいね? あっ! もちろん男女別ですよ?! わかってますか、織斑くん、桐ヶ谷くん!?」

 

「「言われなくてもわかってますよ」」

 

 

 

 

即答する二人。

なんせ真耶が「脱いで」と言った瞬間、二人に向けて濃密な殺気が飛んできたのだから……。

その殺気を飛ばしてきた者たちの顔は、笑ってはいるが、そこに光はない。

そして周りにはドス黒いオーラが見える……。いや、気のせいだ。戦闘による疲労のせいだろう…………そう言う事にしておこう。

 

 

 

「一応水分補給も忘れずに! 夏はその辺も注意してくださいねぇ〜!」

 

 

 

せっせとスポーツドリンク、タオルなどを用意してきた真耶から、各自それぞれ受け取って、言われた通り診断の準備に入る。

そんな時、不意に咳払いをする者がいた。

 

 

 

「んっ、んんっ……。まぁ、なんだ……」

 

 

 

千冬だった。

おもむろに咳払いをして、みんなの視線を集めておきながら、いざ視線が集まると、そっと自分自身の視線を明後日の方向へと向け、言った。

 

 

 

「全員、よくやったな。よく無事に戻ってきた」

 

 

 

照れくさそうに言って、千冬はすぐさま背中を見せて、旅館の中へと歩いて言った。

なんだかんだで、みんなの身を案じてくれていたのだ……そんな千冬に、心の中で感謝の言葉を言った一夏だった。

 

 

 

 

 

 

「ね、ね、結局なんだったの? ねぇ、教えてよぉ〜シャルロットォ〜」

 

「……ダ〜メ。機密事項なの、喋っちゃいけないの」

 

 

 

食膳を囲みながら、旅館の板前さんが丹精込めて作ってくれた夕食を食べる。と、そこに生徒たちが専用機持ちのところに集まっていた。

作戦終了の後、専用機持ち達は自室で休んでいた。

夜が明けて、不安な状況を脱したと知った一般生徒たちは、ホッとした表情で、帰ってきた専用機持ち達を迎え入れた。

そして、専用機持ち達が自室で休んでいる間、一般生徒たちは昨日出来なかったISの稼働訓練を受けて、今それが終わり、温泉を堪能して、今の夕食の時間というわけだ。

そして一組の女子たちが、専用機持ち達の中でも、取っつきやすいシャルに寄ってくる。

だが、みんな知らないだろうが、この中で一番責任感が強いのは、他でもないシャルなのだ。

 

 

 

「ちぇ〜、お堅いなぁ〜シャルロットは」

 

「他のみんなは? ねぇ、何か知らないの? 先生たちに聞いても、何も教えてくれなくて……」

 

 

 

シャルじゃダメだと思い、同じ食卓で食事をしている鈴やラウラ達に聞こうとするも、当の本人たちも一切話す気がない。

 

 

 

「私たちだって詳しい事は何にも聞かされてないのに……」

 

「それに、聞けばお前達にも監視がつけられる事になるぞ? それでもいいのか?」

 

「うへぇ……それは嫌だなぁ」

 

 

貴重な青春時代を、監視の目がついた状態で過ごすのは、流石に嫌なものだ。

その言葉を聞いた瞬間、周りに集まっていた生徒達は、さっさと自分の席に戻って行った。

 

 

 

「はぁ〜、ようやく終わった」

 

「結構時間がかかったねぇー。ユイちゃんもありがとね」

 

『どう致しましてです!』

 

 

 

と、そこに和人と明日奈が現れる。

和人は自分のISのシステムを、愛娘のユイとともに、可能な範囲で修復していたようだ。

そして明日奈は、本作戦で撃墜した福音の操縦者のところに行き、出来うる限りの世話をしていたみたいだ。

作戦終了後、鈴が救出した福音の操縦者は、学園が呼んでいた救護班の応急処置を行ったそうだ。

やはり福音の暴走は、搭乗していた操縦者の体にも影響があったようで、数ヶ月は安静に過ごしておかなくてはいけないらしい。

 

 

 

「あっ、明日奈さん。福音のパイロットは?」

 

「うん、命に別状はないって。さっき見に行った時、起き上がっててビックリしたよー」

 

「そうですか……。何はともあれ、よかったですね」

 

「そうだね……ほんと、みんな無事に帰って来られて良かった……」

 

 

 

そう言いながらも、明日奈と和人も席に座り、用意された食事に舌鼓を打つ。

と、その時、明日奈がある事に気づく。

 

 

「あれ? そう言えば、チナツくん達は?」

 

「「「「あ……!」」」」

 

 

 

ほんとにそう言えば……。

よく見ると、その場には一夏の他、刀奈と箒もいない。

はて、どこにいるのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「フゥ〜……」

 

 

 

その当の本人は、月の光が満ちている海辺……より正確には、岩場にいた。

降り注ぐ月明かりに照らさながら、一夏はその岩場の一角にあった、丁度座れそうな岩に腰かける。

そして徐に夜空を見上げながら、今日の出来事を思い出す。

旅館に来て、海を堪能し、初日に美味しい夕食を食べて、温泉につかり、翌日、福音との戦闘……それも三回。

一度目はわざとタゲをとって、そのまま追討戦を行い、それが終わると、全員で囲んでの包囲戦。

一度落とされ、死にかけてからの再戦。

新たな力を……翼を得た。それによる白式の強化も驚きの連続だ。

後で調べてみたが、白式は第四世代型に進化していた。

新たに装備したウイングスラスターは、まぎれもない《展開装甲》であった。それに、今まで存在していたシステム……《ソードスキル・システム》にも変化が。

ライトエフェクトを、斬撃、盾として展開できるようになっていた。

また、白式のワンオフ・アビリティー《極光神威》の存在。

《零落白夜》は攻撃に特化したものだが、《極光神威》は機動性に特化したアビリティーになっていた。

しかし、それでも今までの白式にできなかった、攻撃・防御・機動の面でそれら全てを対応し、また全距離に対応した戦い方が可能になった。

これは、束が提唱した第四世代型ISのコンセプトと一致する。

それもこれも、一夏の望みを叶えてくれた、騎士と少女、そしてーーーー

 

 

 

「ストレアのおかげかな……」

 

 

 

そう言いながら、一夏はふと右手首に巻かれた白式を見る。

進化して以降、待機状態に戻した白式の形は、無骨なガントレットから、少しお洒落な薄紫と白のツートンカラーのブレスレットになっていた。

この薄紫色は、彼女を彷彿とさせる色だ。

一夏に剣を与えた騎士と、一夏に翼を与えた少女……そしてストレアは、一夏に身を守る鎧を与えた。

三人のくれた力が、今回の作戦を成功に導くてくれたのだ。

 

 

 

 

「いつか会えた時には、ちゃんとお礼を言わなきゃなぁ……」

 

 

 

 

会えるかどうかはわからないが、でも、何故だが会える気がするのだ。

と、そんな事を考えていると、後ろから足音が聞こえた。

こんな時間に外に出ているのは自分くらいだろうと思っていた一夏は、その足音のする方へ振り向いた。

すると、そこに立っていたのは……

 

 

 

「箒……!」

 

「一夏……! ここにいたのか」

 

 

 

箒だった。

作戦終了後、何となくだが箒が一夏に対してたどたどしい気がしていた。

まぁ、一度は死にかけてしまった人間に対して、その原因の一端がある人物が、そこまで馴れ馴れしくはなれないとは思うが、一夏にしてみれば、そんなことはあまり気にしていないのだが……。

だが、そんな箒が改まってここに来たという事は、何か話したいことがあった……と仮定してもいいのだろうか。

 

 

 

 

「どうしたんだよ。座らないのか?」

 

「あ、あぁ……まぁ……」

 

 

 

 

どこかぎこちない返答をしながらも、箒は一夏の隣に腰を下ろす。

旅館が用意してくれた浴衣に身を包んでいるためか、IS学園に入学したした時の事を思い出した。

箒は寝るとき、桃色の浴衣に着替えて寝ていたので、その印象が深く残っている。

昔から神社で篠ノ之流の剣術の修行もしていたこともあって、箒は和装がとても似合うと思っていた。

 

 

 

「その……体は大丈夫なのか?」

 

「ん? ああ……なんか、起きたら全部治ってたんだよなぁ……」

 

「な、なに?! そんな馬鹿な事があるか! あれだけの傷を負ったのだぞ……そんな、簡単に治るわけが……」

 

「と言われてもなぁ……実際に治ってんだからそう言うしかない」

 

「そ、そんな事が……」

 

「これってあれか? ISの操縦者保護機能」

 

「それは保護であって回復ではない。第一、傷が治るなんて、今まで聞いたことないぞ……」

 

「でもまあ、治ったんなら良かったじゃないか」

 

「よくない! 私のせいで、お前が……あんなケガをしたというのに……」

 

 

 

急にしょんぼりとなる箒に、一夏は若干どうしたものかといった表情になったが、何となく、俯いている箒の頭にポンッと手を乗せる。

 

 

 

「なっ、いきなり何をっ〜〜!?」

 

「あぁ、悪い。その、ついな」

 

「いや、まぁ……別に、嫌ではないのだが……」

 

 

 

途端に頬を赤く染めて、そのまま沸騰するのではないかと思うほど熱くなっていた。

 

 

 

「その、そんな簡単に許されると、私は……困る……」

 

「許すも何も……俺はお前を咎めたつもりはないぜ?」

 

「だからそんな簡単に許すな! あっ、その、すまん……」

 

「だからいいって」

 

「だ、だが……」

 

 

 

どうにもここ一番に頑固な性格が出てきた。

このままでは埒が明かないので、こうなったら、本人の意思を汲んでやろうではないか。

 

 

 

「わかったよ。じゃあ、箒。今からお前に罰を与えるぞ」

 

「う、うむ。望むところだ」

 

 

 

いざ言われると、箒は少し緊張した面持ちで目をつむった。

それを確認して、一夏は右手を伸ばして……

 

 

「あだっ!」

 

 

デコピンを一発。

 

 

「ほい、これで罰終了な」

 

「な、何だ今のは! 私を馬鹿にしているのか?!」

 

「いいや、大真面目だが?」

 

「ふざけるな。私は武士の娘だ、こんなことで情けをかけられたくはない!」

 

「情けって……。でもまぁ、これは本当の気持ちだよ。別にふざけても情けをかけてもいないよ。

俺はお前を咎めるつもりはないよ……。これが俺の本心だ」

 

「だが、私は一度、道を外そうとしたのだぞ? そんな私を、お前は許すのか……」

 

 

 

 

それはどうやら、福音戦のときに起きた密漁船の事だろう。

あの時、箒はその密漁船を見捨てろといった。確かに作戦の遂行中であった為、それを見逃す手だってあったかもしれない。

だが、一夏は断固としてそれを断り、貴重な白式のエネルギーを割いて、彼らを守った。

しかし箒は、見捨てろと言った。それと同時に、犯罪者に構うなとも言った。

その事に、一夏は一瞬ではあったが、深い怒りを覚えた。

そんな一夏の表情を初めて見たので、箒もその時の事を今でも覚えている。

 

 

 

「まぁ確かに、あれは言い過ぎじゃないかって思ったけど……それでも、俺にも経験があるからさ……何となくだけど、箒にそんな事を言って欲しく無かったってだけだよ」

 

「一夏……それは、お前があの世界に囚われていた頃の話なのか……?」

 

「っ……なんだ、聞いたのか?」

 

「ああ……。お前と和人さんが、温泉に浸かっている時にな。明日奈さんと楯無さんが教えてくれた」

 

「そうか……。なら、もう知ってんだろ? 俺があの世界でどうしていたのか」

 

 

 

 

レッドを狩るレッド。

《人斬り抜刀斎》の異名を持った存在だった事は、知っている。

それが悪い事なのか、良い事なのか……それは箒はもちろん、一夏にだってわからなかった。

 

 

 

「正直、あの頃は何が正義で、何が悪なのかなんて、わからなかったんだ。

普通に考えれば、そこでやめるのも一つの手だったけど……俺はそれでも戦い続けた。

俺の手には、多くの人の命を狩り取ってきた事に対する罪がある。だから、あんな事をしてしまった分、それに劣らないように、困った人を助けようと思ったんだ」

 

 

 

そう、それは今でもそうだ。

現実に帰ってきてからは、守りたい場所、守りたい人たちが増えた。

それを一人でどうにかするのは、少し大変だけど……今は一人ではない。

SAOの時からの知り合いも、恋人も、そして現実世界で出会った仲間たちもいる。

一人の力で失敗したのなら、今度は、みんなの力を借りる……。

もっと早く、気づけばよかったと思った。

 

 

 

「だからどうしても、あの時言った箒の言葉が許せなかったんだ……。悪いな、あの時はあんな言い方しかできなくて……」

 

「いいや、悪いのは私だ。姉さんから貰った紅椿に乗って、お前たちと同じ舞台に上がれると思って、柄にもなくはしゃいでしまった……。

そこが戦場だというのに、呑気に機体を乗り回して、初めて死の恐怖を知った。

一夏……あれが、あそこが、お前たちが戦っていた場所だったんだな……」

 

 

 

これでは、いつまでたっても追いつけないわけだ。

だが、今ようやく、箒はスタートラインに立てたような気がした。

専用機持ちとして、力を持つ者として、ようやくだ。

 

 

 

「まぁな。だから、お前はお前の道を行け。絶対に俺を真似するなよ? そんな事したら、お前も、俺が歩んだ修羅道に堕ちることになる……!」

 

「修羅道……か。確かに、あの時のお前は、修羅さながらだったな」

 

「ん〜……あんまりあの姿は見せたくなかったんだが……」

 

「…………心配するな、私は修羅道になんて堕ちはしない。お前が教えてくれたからな……その身をもって……」

 

 

 

 

後半の方は、何やら照れたような感情が伝わってきた。

チラリと箒の方を見ると、軽く俯きながら、両手の人さし指をチョンチョンと先っぽと先っぽを突ついている。

 

 

 

 

「さて、そろそろ戻るか……」

 

「あっ……待て、一夏!」

 

 

 

立ち上がり、旅館の方へと向かおうと思った時、箒の方から止められた。

 

 

「何だ?」

 

「いや、えっと……その……」

 

 

 

何かを言いたげなのは伝わってきたが、当の本人は、何やらモジモジとしており、中々切り出せずにいた。

 

 

「一夏……私は、お前に言っておきたい事があるんだ……」

 

「…………なんだ?」

 

「今から言うことを、ちゃんと聞いておいてくれよ? 聞こえなかったはなしだからな!」

 

「お、おう……わかった。ちゃんと聞いているよ」

 

「よし……すー……はぁー……」

 

 

そして、意を決したのか、大きく息を吸い込んで、呼吸を整える。

そして……

 

 

 

 

「一夏……私は、お前の事が……好きだ!」

 

「っ……‼︎」

 

 

 

 

たった一言。

それだけだった。だが、そのフレーズが、箒の言葉が、耳に響いて、頭から離れない。

いや、何となくわかっていた。刀奈と付き合い始めて、どことなく女の子の感情というのは、多少なりともわかってはきだしていたのだ。

だから、鈴や、箒の気持ちも、わかっていたが、何も言えなかった。

だけど、鈴とは話、それで分かり合えた……様な気がする。

一方的に “友達でいたい” とお願いした……自分自身、これは我が儘だとは思った……だが、鈴はそれを受け入れてくれた。

ならば、箒にも、ちゃんと伝えなくてはならない。箒とは、一番長い付き合いなのだから……それは幼馴染として、男として、絶対にしなくてはならない責務。

 

 

 

 

「ありがとう……凄く嬉しいよ。でも、悪い……俺には、もう……一生をかけても守りたいって、思える人がいるんだ……!」

 

 

 

箒の気持ちは、素直に嬉しい。

だって、ずっと幼い頃から一緒にいて、一緒に過ごして、一緒に学校に行ったり、剣道の稽古をしたり。

いろんな事をした。

そして、今でもそうだが、とても綺麗で、美人になった彼女から、好きだと言われたのだ。

それはとても嬉しい事だろう……だが、今の一夏には刀奈がいる。

どうしても守りたい……一緒にいたいと思う人が、すでにいる。

だからこそ、ちゃんと断らないと、それは刀奈にも、箒にも失礼だ。

 

 

 

 

「そうだな……知っている。お前は、お前にとって大事な人が、もういるんだもんな……」

 

「箒……」

 

 

 

明らかに泣いている。

本人は我慢しているんだろうが、それでも、瞳から溢れる雫を止める事が出来ない。

 

 

 

 

「……何を見ている、ここで私の事を気にするなよ? そうでなければ、楯無さんに悪いではないか」

 

「だが……」

 

「いいのだ。おかげで少し気が楽になった様な気がする……」

 

「……そうか」

 

「ありがとう、一夏。私はお前の一番にはなれないけど……それでも、お前とは幼馴染の、昔みたいな関係で居られれば、それで充分だ」

 

 

 

昔の様な……それは、剣道のライバル……という事でいいのだろうか。

笑いながらも、とめどなく流れてくる涙。

それを見ていると、なんだが自分の心も傷んでくる。

 

 

 

「何、そう難しく考える必要はないだろう。私も、お前に負けないくらい強くなってみせる。

そして、私を選ばなかった事を、いつか後悔させてやるからな!」

 

「…………ああ。一緒に強くなって行こう。俺も、お前も……!」

 

「ああ!」

 

 

 

何となくだが、最後は、昔の様に笑えた気がした。

その後、先に旅館に走って行ったのは、箒だった。

我慢していたが、やはり我慢しきれなかったのだろうか……走り去る背中を見ていた時、ふと、月明かりに照らされた大粒の雫が落ちるのが見えた。

あれは……きっと……

 

 

 

「はぁ……」

 

 

 

断らなければならないとわかっていても、女の子の泣く姿は……とても、見ていられない。

なんとかしてあげたいとは思うのだが、今、それをするのは、自分ではない……。

 

 

 

 

「うわー、女泣かせぇ〜」

 

「って、いつから見てたんだよ」

 

「ん? 箒ちゃんが、「体は大丈夫か?」って尋ねたあたりから」

 

「ならもう、ほぼ初めからじゃねぇか」

 

 

 

旅館のすぐ脇にある林の茂みから、人影が現れる。

その人物は水色の髪をした少女。

刀奈だった。

 

 

「箒ちゃん……大丈夫かしら?」

 

「……あいつは、結構我慢強いからな……。そんなあいつを信じる事しか出来ないよ」

 

「うわぁ……他人任せ……」

 

「俺が今行ったら、余計ややこしくなるだろう?!」

 

「まぁね……。でもまぁ、大丈夫でしょう。あそこには、鈴ちゃんやアスナちゃんもいるんだもん……。

後は、みんなに任せましょう……」

 

「ああ……そうだな……」

 

 

 

と、そこまで刀奈と話していた時に気付いた。

若干着崩した浴衣から、チラリと胸の谷間や、すらっと伸びた脚線美が見え隠れしている事に……。

 

 

 

「なんて格好してるんだよ……」

 

「ああ、これ? さっきまで温泉に入ってたから、ちょっと暑くって……」

 

「ここには女子しかいないからいいものの、他の男が見てたら、やばいだろう」

 

「あら? 私の体が、他の男に見られるのがそんなにご不満?」

 

「…………うん」

 

「うふふっ♪ 案外可愛いところがあるからねぇ〜、チナツは」

 

 

 

顔を赤くしながら素直に答える。

彼女といると、いつも主導権を握られる。

まぁ、それも慣れれば大した事ではないのだが。

 

 

 

「それにしても、本当に傷が無いのね」

 

 

 

と、考えている隙に、刀奈は一夏の浴衣を広げ、傷を負ったであろう胸板を見ていた。

 

 

 

「ああ……やっぱり、おかしい事なのかな?」

 

「う〜ん……まぁ、そうね。今までに操縦者の傷を癒したISの機能なんて無かったし……それも白式に目覚めた新たな力なのかしら?」

 

「まぁ、ISはまだわからない事の方が多いんだろう? なら、これもその一部に過ぎないって事だろう」

 

「そうね……それは後々調べれば分かる事でしょう。さて、そろそろ本題に入りましょうか……」

 

「え? 本題?」

 

 

 

 

本題とはなんなのだろう?

そう思った瞬間、刀奈が一夏の手を握り、勢いよく別の岩場の影へと引きずり込む。

そこは旅館の方からは死角となっており、その後ろには海が広がっている。

 

 

「え、えっと……カ、カタナさん?」

 

「さて、私を心配させた償いをしてもらおうかしら?」

 

「ええ! いや、まぁ……それは悪かったけど……」

 

「悪いと思っているのなら、ちゃんと誠意を見せなさい。言っておくけど、逃がさないからね♪」

 

「その笑顔が逆に怖いんですけど……」

 

 

 

そう言いながらも、刀奈の浴衣はさらに着崩れていく。

白くて細い肩が現れ、浴衣は重力に従って、刀奈の柔肌を滑り落ちる。

先ほど見えていた胸の谷間も、今はもう完全に曝け出している。

互いに体が暑くなっているのが分かる。

呼吸も少し荒くなっている……体が密着し、一夏の胸板に、刀奈の豊満な胸部が押し当てられる。

 

 

 

「さぁ、チナツ。私に悪いと思っているのなら、その誠意としてーーーー」

 

 

刀奈が更に、一夏に迫った。

首に両手を回し、かなりの至近距離で一夏を見つめる。

紅い瞳が、ゆらゆらと艶かしい光を放ちながら、一夏の瞳を見ていた。

 

 

 

「今夜は私に、優しくしなさい……」

 

 

 

 

口付け交わす。

いや、唇を奪う。

互いに求め合い、激しく体を欲する。

そんな激情が、海のさざ波に呑まれながらも、夜の一時を覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふっ、ふふ〜ん♪」

 

 

 

 

一人、小高い崖の上で鼻歌交じりに空間ディスプレイに視線を落とす人物。

今日起こった戦闘で、束は面白い現象を何度も見てしまった。

福音の暴走による一時的なオーバーリミット。

和人がやってのけた擬似的な新システムアシスト。

紅椿の《絢爛舞踏》発動。

白式の形態変化による世代間超越。

そして、白式の生体再生。

 

 

 

「いやぁ〜、キーくんもいっくんも凄いなぁ〜! やっぱり二人にISを渡したのは大正解だったかも♪」

 

 

男には動かさないはずのIS。

それを動かしていること自体、驚くべき事だというのに、今の今まで、これほどの驚きに直面した事は無い。

何をどうすれば、こんな事が起きるのか……ISは自己の判断により、それに応じた進化をする様に設計した。

だが、ここまで束を驚かせた進化は、今までには全く無かった。

 

 

 

「それにしても、白式には驚かされたなぁ〜。何より生体再生が可能なんて……まるでーーーー」

 

「まるで、『白騎士』の様だな」

 

 

 

突如聞こえた声に、束は映し出していた空間ディスプレイを閉じ、いつの間にか後ろにいた親友の声に、耳を傾ける。

 

 

 

「コアナンバー001。お前か心血を注いで作り上げた、あの機体に」

 

「ふふっ……やぁ、ちーちゃん。なら、その白騎士はどこに行ったんだろうね?」

 

「白式……その読み方を『びゃくしき』ではなく『しろしき』にしてみればどうだ?」

 

「ふふふっ♪ せぇーかぁーい!」

 

 

 

口調は子供のそれだが、顔はいつもの束だ。

科学者としての顔になっている。

つまり、白式こそが、白騎士なのだ。外装などは全く違うものだが、その心臓部……ISコアは、かつて白騎士として活動していたものなのだ。

 

 

 

「でも変なんだよねぇ〜。確かに白騎士のデータは消して、初期化したはずなんだけど……。これも、いっくんだからかな?」

 

「…………」

 

 

 

この問いに、千冬は答えない。

千冬は今、崖の近くに生えた木の根元付近に立っている。

その木に背中を預けながら、腕を組み、束の話を聞いていた。

だが、今度は千冬の方から話を切り出す。

 

 

 

「一つ、例え話がしたい」

 

「ヘェ〜、珍しいね」

 

「黙って聞け。一人の天才が、ISの展示会に来た男子高校生達を、起動できる様に細工を仕掛けてあったISの元へと誘導する」

 

「…………」

 

「そしてそのISに、男子生徒二人が触ると起動する仕掛けをした。何も知らない男子生徒達は、何も知らないままISに触れる……。これで二人の男子生徒は、男なのにあたかもISを動かして見せたという風に見せる事ができる」

 

「…………でもそれだと、その時だけにしか、動かした事にしかならないよね。

ならその後、どう足掻いてもISは動かせない」

 

「そうだな。飽き性のお前が、そんな小さな事に一々こだわるとも思えん」

 

「ほほう! さっすがちーちゃん! わかっていらっしゃる。実を言うとね、束さんにもわからないんだよ。

どうしていっくんとキーくんがISを動かせるのか……」

 

「……そうか。なら、もう一つ、例え話がしたい」

 

「およ? 今日は多いね?」

「ふっ、嬉しいだろう?」

 

「まぁね」

 

 

 

 

まるで二人は、かつての学生時代に戻ったかの様に、気さくに話を続けた。

 

 

 

「一人の天才が、妹を晴れ舞台にデビューさせてやりたいと思う。そこで用意するのが、“最新鋭の専用機” と、“どこかのISの暴走事故” だ」

 

「…………」

 

「これに妹が使う最新鋭機を作戦に投入し、妹は晴れて専用機持ちデビューを飾る……」

 

「……凄い天才がいたものだねぇ〜」

 

「……ああ。かつて、数十カ国もの軍事コンピューターを同時にハッキングした、とんでもない天才がな」

 

「…………」

 

 

 

 

【白騎士事件】

かつて、日本に世界中の軍事基地から、多数のミサイルが撃ち込まれた。

原因は不明。何者かによるハッキングで、ミサイルが発射されたとの事だった。そんな危機的状況の中、一人の騎士が降り立った。

後に『白騎士』と呼ばれたそのISは、飛んでくるミサイルをことごとく撃ち墜とし、夕焼けとともに姿を消した。

その後、束によるIS……正式名称インフィニット・ストラトスが発表された。

つまり、白騎士事件から今の今まで、すべては束の自作自演の筋書きの一つだったという事だ。

 

 

 

「ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

 

「そこそこにな」

 

「……そうなんだ」

 

「…………束、お前は何を考えているんだ?」

 

「何を? うーんそうだねぇ〜……凄い事、かな」

 

「…………そうか。だがな、束。お前に一つだけ言っておきたいことがある」

 

「ほほう……それはいったい、何かな?」

 

「お前が勝手に実験や研究をするのは別に構わんが、その研究に、これ以上一夏達を巻き込むな」

 

「…………」

 

 

 

これは姉として、そして、親友としての忠告だ。

今はまだ寛容にしておけるが、その度合いを過ぎれば、今度こそ容赦なく手を出さざるを得なくなる。

 

 

 

「ふむ……。まぁ、そうだよねぇ……晶彦くんの創った世界で、いっくん達はずっと戦ってきたんだもんね。

でもさぁ、ちーちゃん。晶彦の行為は、絶対に許されない事だったのかな?」

 

「なんだと……?」

 

「だってさぁ、確かに晶彦くんの創ったゲームで、死んだ人はいっぱいいるよ……でもね、みんな根本的な事を忘れているんだよ」

 

「それは、なんだ……?」

 

 

 

 

束は、「ふふっ」と笑うと、一度こちらを振り返って言った。

 

 

 

 

「晶彦くんは、“科学者” なんだよ? 科学者たるもの、自分の探究心を費やしては、真理を追い求め続ける生き物。

晶彦くんのあれは、その成果であり、たどり着いた答えだったんだよ……」

 

「だからと言って、決して許される事ではないぞ! お前はそれをわかって言っているのか、束……!」

 

「うん、もちろん♪ そして、この束さんも、“科学者” なんだよねぇ〜♪」

 

「束、貴様ーーっ!」

 

「大丈夫大丈夫!すぐにどうこうするつもりはないよ……。今日はもう、凄いものが見れちゃったしね♪

でも、もっともぉっと、試してみたい事がいっぱいあるからね……またいっくん達と遊ぶ機会があるかもしれないよ?」

 

「お前ーーっ!」

 

 

 

怒りに駆られ、咄嗟に体を預けていた木から飛び起きて、束の方へと走り……だそうとしたのだが、すぐにやめた。

なぜなら、その探している本人が、忽然と姿を消したからだ。

 

 

 

ーーーー大丈夫。いっくんなら、どんな困難だって乗り越えられるって……。なんせ、ちーちゃんと束さんの弟なんだからね♪

 

 

 

 

風に乗って聞こえてきた、親友の声。

これはまだ、始まりに過ぎない。

そう言わざるを得ない言葉を残し、束は……天才科学者 篠ノ之 束は、姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう〜……身体だるい……」

 

 

 

翌朝。

長かった臨海学校も終わり、皆撤収作業に入っていた。

かく言う一夏達も、せっせと帰る準備をしているのだが、その動きはみんな遅い。

なんせ、帰ったら地獄の懲罰トレーニングと、反省文というしたくもない事が待ち構えいるからだ。

そして一夏には、別の意味で手が動かない事が……。

昨夜は刀奈との熱い一夜を過ごしてしまい、精神的にも身体的にも疲れが残っている。

本当なら、今でも布団に横たわって寝ておきたいくらいなのだが、千冬がそれを許すとは思えない。

故に、なんとか遅れないように支度を急いでいる。

 

 

 

 

「カタナちゃん……なんか、肌がツヤツヤしてない?」

 

「あら、そうかしら? 気のせいじゃない?」

 

「ううん。なんかこう……スベスベしてるし」

 

「じゃあ多分、この間買った化粧水が良かったんじゃないかな? アスナちゃんにも教えてあげるわ」

 

 

 

 

お相手はなんだか朝から元気いっぱいだ。

結局疲れているのは一夏ただ一人のようだった。

 

 

 

「急いで荷物をバスに積み込め。それから、旅館の方への挨拶は忘れるなよ!」

 

 

 

千冬の声が飛ぶ。

ようやく支度を終え、お世話になった旅館の女将さんや、従業員の方達への感謝の言葉と挨拶を済ませ、一同は来た時と同じように、バスに乗り込む。

 

 

 

 

「フゥ〜……やっと終わりかぁ……」

 

「ああ、終わったな」

 

 

 

男二人。揃いも揃ってため息をついて、一度落ち着く。

二人とも、この臨海学校ではいろいろと経験し、何か得たものがあった。今度はそれを、どれだけ使いこなせるか……。

 

 

 

「こんにちは〜! あの、ここに織斑 一夏くんっている?」

 

 

 

そこまで考えた後に、突如一組のバスに乗ってきた金髪美女。

一組全員が(一人を除いて)誰だろう? と思っている中、唯一名前を呼ばれた一夏が立ち上がり、名乗る。

 

 

 

「あ、はい。俺が織斑ですけど……」

 

「ヘェ〜、君が……」

 

 

 

そう言いながら、金髪美女は、一夏の顔を食い入るように見回し、納得したかのように離れた。

 

 

「私はナターシャ・ファイルス。アメリカの国家代表にして、『銀の福音』のパイロットよ」

 

「えっ?!」

 

 

 

まさかのパイロットの登場に、一瞬困惑する一夏。

そして、そんな慌てた一夏の顔を両手で掴むと、顔を近づけて……

 

 

 

 

「昨日は私を助けてくれてありがと、白い騎士様♪」

 

 

 

ちゅっ

 

 

 

 

時間が止まった。

そして、今度は一気に弾け飛んだ。

バス内が騒然とする。

何故なら、ナターシャがキスしたからだ。幸い唇にではなく、額にだったのだが、それでもキスはキスだ。

一夏も突然の事に驚き、その場で立ち尽くした。

 

 

 

「な、なな……っ!」

 

「いずれまた会いましょう、織斑 一夏くん♪」

 

 

 

さらりとした表情で、ナターシャはバスを降りていく。

バスの中は、不気味なほど静かで、その静けさが逆に痛くて怖い。

 

 

 

「ふふっ……ふふふふふ……」

 

「っ!!!!」

 

 

 

後ろで悪魔が……いや、魔女が笑っている。

 

 

「ち、違うんだカタナ! お、俺も突然の事でーーーー」

 

 

とりあえず弁明を……と、思ったが、それを許すほど刀奈も寛容ではなかったらしい。

すぐに右手人差し指と中指が、一夏の口の中にねじ込まれて、一夏は喋ることすらできなくなった。

 

 

「なるほど……彼女の目の前で堂々と浮気をするとはねぇ……。チナツ、言ったわよね? 私以外の女とそういう事をすると、一体どうなるのかを……」

 

 

 

言った。

確かに言った……。

浮気は認めるが、もしそれが本気になった場合……それは『死』の宣告だと。

 

 

 

「ま、まっひぇ! まっひぇくれ、カタナ……!」

 

「問答無用……‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

白昼のバスに、断末魔の叫びが響き渡った。

 

 

 

 

 

「全く、余計な揉め事を増やしてくれるな……」

 

「あら、かのブリュンヒルデも、あんなかしましい女子高生達の相手は荷が重い?」

 

「その呼び名はやめてくれ……あまり好きではない」

 

「これは失礼……」

 

「それと、お前も体験してみればわかるさ……あのガキ共の世話を焼くという事が、どれだけ心労になるかをな」

 

「ふふっ。それはそれで面白そうね」

 

 

 

世界最強のIS使い《ブリュンヒルデ》。

その名と姿を知らぬ者は、世界のどこにもいないだろう。

かく言うナターシャも、千冬の存在を畏敬している者の一人だ。

 

 

 

「それで、体の調子はどうなんだ? お前の相棒が暴走していた間、その反動はお前の体にも影響が出ていただろう……」

 

「そうねぇ〜、あちこち痛いわ……。でも、彼が助けてくれたからね。私と、この子を……」

 

 

 

今は待機状態になっている福音を、まるで我が子のように慈しむナターシャ。

だが次の瞬間、その表情には陰りが入り、その眼には、殺気が浮かぶ。

 

 

 

「この子は……私を守るために、自ら翼を折った……。飛ぶことが何よりも大好きだった……この子が…。

あれは事故なんかじゃない。何者かによって仕組まれていたものよ……!」

 

「…………」

 

「だから私は許さない……! この子から翼を、飛ぶための翼を奪い、貶めた人物を……私は決して許しはしない……っ!」

 

 

 

ギュと握る福音の待機状態のアクセサリーを、まるで何者にも触れさせないとばかりに、両手で胸元へと隠す。

 

 

 

「その気持ちは、わからなくもないが……今は大人しくしていろ。体のこともそうだが、お前には、査問会があるだろう?」

 

「…………それは命令? ミス・チフユ」

 

「いや、ただの忠告さ」

 

「……分かった。今はその忠告に従っておきましょう。さて、私ももう行くわ。彼には、改めて礼を言っておいて」

 

「ああ、了解した」

 

 

 

 

そう言って、ナターシャは自分を待っていた軍関係車両に乗り、その場を後にした。

それを見送った千冬も、一組のバスに乗り込み、学園に帰る手筈を整える。

 

 

 

 

「もうそろそろ帰るぞ! いつまでも騒いでないで席に着かんか、馬鹿どもが‼︎」

 

 

 

 

今だ騒がしいバス内を一瞬で鎮めて、バスの運転手に謝罪とお願いをし、バスを動かしてもらう。

こうして、短いようで長かった、一年生の臨海学校は無事終了ととなったのだった。

 

 

 

 

 

 




次回からは、夏休み編ですね。
ALOのクエストに、織斑宅訪問、夏祭りイベントも外せないですね。

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)


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