ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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第41話 覚悟

夕方6時過ぎ……。

旅館の一室では、男子生徒の一人が横たわっていた。

頭部にできた傷は思ったよりも浅く、後遺症なども残らないとの事だった。

だが、それでも一夏の容体は、あまり良くなかった。

身体中にできた火傷や内臓器官なども衝撃による負傷などが見られたため、緊急措置をとった。

なんとかその措置も終わり、あとは安静にしておけば、いつも通り起き上がる事も可能であるし、ISでの訓練も容易にできるとの事だった。

だが、一夏のその痛々しい姿を見て、作戦に参加していたメンバーは、改めて知った……自分たちは、敗北したのだと……。

 

 

 

 

 

「…………チナツ……」

 

 

 

 

 

一夏が横たわる室内に、刀奈は座っていた。

一夏の左手を両手で掴み、優しく包んでいる。あの後、急いで旅館に戻ってきた箒と、その腕に抱えられた一夏の姿を見たとき、刀奈は何も言えなかった。

目が虚ろで、もはや意識を保っているのもやっとの状態であった箒と、全身に傷を負い、意識のない最愛の人の姿が、そこにあったからだ。

あの時、何も考えられなかった。

ただひたすら、最愛の人の名前を呼んでいたような気がする……。返事をするわけがないとわかっていたのに、それでも、ただひたすら呼び続けた……力一杯抱きしめ続けた。

その周りでは、一夏の撃墜によるショックで固まる者もいれば、そんな状態でも、今やるべき事をやると言う姿勢を見せた者もいたのだ。

 

 

 

 

『作戦中止! 以後、別命あるまで待機だ!』

 

 

 

 

千冬の言葉に、誰もが肩を落とした。

そして隣で治療を受けている一夏に背を向け、千冬は作戦本部に戻って行ってしまった。

本当なら、唯一の家族である一夏の事が、心配で心配で堪らないはずだった……。だが、それでも自分にはやるべき事があると、そう言って、今もなお作戦本部に篭っている。

 

 

 

 

「…………これから、どうするのでしょうか?」

 

「わっかんないわよ……。第一、福音はどうなったのよ?」

 

「僕が先生達から聞いた話じゃ、あの作戦海域に留まってるって話だった」

 

「ああ。私も衛星を使って調べてみたが、どうやらその場で動かないらしい……」

 

「今、24時間体制で、先生達が見てるって話だよ……」

 

 

 

 

旅館の廊下に集まり、待機を命じられ、どうするべきか悩む鈴たち。

正直な話、今からでも出撃したいという気持ちでいっぱいだった。一夏がやられ、箒も倒れた……。

そして何より、逃げる事しか出来なかった自分たちが腹ただしいと感じたのだ。

代表候補生として様々な訓練を受けてきて、軍の訓練にも参加し、ある程度の実力をつけてきたつもりでいたが……、今回のは今までのものよりも極めて難易度が高かった。

見積もりが甘かったのだ……。

安易に行けると思っていた……10機にも及ぶ専用機。たった一人が初陣であったとしても、勝てる確率の方が高かったはずだった。

だが結果がこれだ。

予想外の事が多すぎて、対応仕切れなかった。

 

 

 

 

「大体、なんなのよアレ! あんなの『形態移行』どころのレベルじゃないわよ!」

 

 

 

鈴の言うアレとは、最後に見せた福音のリミット解除のことだろう。

正直、ISの自己進化があそこまで及ぶのは、ここにいる誰も見た事がない。

操縦者とのリンクが多ければ多い程、ISはその操縦者の特性を理解し、操縦者に適した進化をする。

その初めての進化が、『第一形態移行(ファースト・シフト)』だ。ここにいる専用機持ちの機体も、すでにそれを終えている。

だが、福音はさらにその上、『第二形態移行(セカンド・シフト)』に移行し、あまつさえ未知の進化を遂げた。

攻撃、防御、そして元々あった機動性ですら進化し、専用機持ち達を苦しめた。

あれはもはや単なる “形態移行” ではなく、“ISの世代間の進化” だと思った。

 

 

 

「しかし、このままでは終わらんだろう。今の福音を野放しにしていては、次には海じゃなく、街で戦闘が行われる。

それで福音があの力を使えば……」

 

「街一つが、滅びる……!」

 

 

 

冷静なラウラと、深刻な表情の簪。

だが有り得ない話ではない。それを成し遂げてしまうのが、ISの力だ。なおかつ福音の基本的なスタイルは『広域殲滅型』。

街一つ滅ぼすのは容易いだろう。

 

 

 

「でも、織斑先生……一度くらい、一夏の所に行っても良いんじゃないかな……」

 

「そうですわね……箒さんにも、何も声をかけませんでしたし……」

 

 

シャルとセシリアが、顔を俯かせて言う。

実は、シャルは一度作戦本部に入ろうとしたのだ……だが、それを千冬にきっぱりと断られた。「待機だと命じたはずだ!」と、強く断られた。

そしてそれから、千冬は一度も出てきていない。

それから箒も、一夏が横たわる一室の隣の部屋で同じように横たわっていた。

意識が朦朧ととしていたため、念のために検査を受けていたが、軽傷で済んだそうだ。

だが、それからというものの何度か飛び起き、全身汗まみれになったり、悪夢でも見たのか、時折悲鳴をあげたりと深刻な状態が続いた。

セシリアとシャルは、そんな二人を見て、胸を痛めていたのだ。だが、それをラウラは切り捨てた。

 

 

「そんな事をしてなんになる?」

 

「なんに……って……」

 

「少し冷たいのではなくて?!」

 

「そんな事をして、福音が倒せるとでも? そうすれば、師匠と箒が回復するとでも?

そんな事をしても、何も戻りはしない。だからこそ教官はその対策を練っているんだ。本当は、今でも師匠の元へと付いていたいだろうに……」

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

ラウラの言葉に、全員何も言えなくなった。

その通りだ……今そんな事を悩んでいても仕方がない。ならば、同じ過ちを繰り返さないよう、自分たちもするべきことをしなくては……。

 

 

 

「とりあえず、機体の状態でも整えとくわー」

 

「あっ、鈴さん! お待ちなさいな、わたくしも行きますわ!」

 

「ラウラ、僕たちも」

 

「ああ。私ももう少し調整が必要の様だしな……よかろう」

 

「私は、お姉ちゃんの所に行く……ずっと一夏の看病をしているもの大変だから……」

 

 

 

それぞれがそれぞれのすべき事をやりに、同時に動き出したのだった。

 

 

 

 

 

一方、その一夏がいる一室内では、ただひたすら、寝ている一夏の顔を見ている刀奈の姿があった。

 

 

「チナツ……」

 

「…………」

 

 

 

返事は返ってこない。

それもそのはずだ、とても今日明日で回復する傷ではない。それゆえに、今は安静にしているのだから、無理に起こすわけにもいかないのだ。

刀奈はただ静かに、チナツの手を握り続けた。

 

 

 

「お姉ちゃん?」

 

「っ……簪ちゃん? どうぞ」

 

「うん……失礼します」

 

 

 

一応断りを入れて、簪は中に入った。

そんな簪を、刀奈は優しく微笑んで迎え入れた。

 

 

 

「お姉ちゃん、交代しよう。一夏の看病は、私がするから」

 

「大丈夫よ……。まだこのくらいじゃ、疲れた内にも入らないもの……」

 

「ダメ……作戦を終了してから、お姉ちゃんずっと一夏の側にいるじゃない……だから、少しは休まないと…」

 

「だから大丈夫だって。私は何時間だってやれるわよ?」

 

「ダメ……ちゃんと休んで」

 

「…………大丈夫……大丈夫なのよ……本当に、大丈夫だから……」

 

「お姉ちゃん……」

 

「お願い……簪ちゃん。もう少し、居させて……お願いだから……」

 

「…………」

 

 

 

 

こっちに顔を向けずに会話を続けていたが、今の刀奈の表情が、簪にはわかった。

必死に、何かを堪えている様な、そんな声だった。

そんな姉の姿を見るのは、簪自身も初めての事だった。だから、こんな時にどうすればいいのかと悩んでいたのだが……。

 

 

 

「あっ、そうだ簪ちゃん」

 

「な、なに?!」

 

「飲み物買ってきてくれない? ちょっと……喉渇いちゃって」

 

「う、うん! わかった、買ってくる……。何がいい?」

 

「うーん……お茶かな……」

 

「わかった……ちょっと待っててね」

 

 

 

 

そう言うと、簪は部屋から出て行った。

それも、簪の心情を、刀奈が察知したからだろう……。

そう思うと、この姉には敵わないと思ってしまう。だが、部屋を出る前に見た姉の顔は……とても苦しそうだった。

 

 

 

「お姉ちゃん……大丈夫かな……」

 

 

 

今まで何でもそつなくこなし、一人で責任を抱えてきた姉。

だが、あんなに苦しそうな顔をするのも初めてだった。もしあれが自分自身だったのなら……。そう考えると、簪まで胸が痛くなってしまった。

だが、今度こそ助けになると誓った。

今まで離れていた分、姉を助けるのは、自分の役割だと思っている。

姉がSAOから帰ってきた、あの日から……。

 

 

 

「しっかりしないと……!」

 

 

 

そう心に誓いを立て、簪は自動販売機の前に立つ。

幸い姉が好きそうな玉露入りのお茶を発見。硬貨を入れてそれを買い、自分は100パーセントのリンゴジュースを買う。

そして、再び部屋に戻ろうとしたら……。

 

 

 

「あっ、簪ちゃん」

 

「明日奈さん……」

 

 

明日奈と出くわした。

 

 

 

「あれ? 和人さんは……?」

 

「ああ、キリトくんなら、自分のISのデータを開いて、ユイちゃんとなんか話してた」

 

「ユイちゃん……とですか?」

 

「うん。なんか、ユイちゃんに手伝ってもらいたい事があるとか言ってたけど、詳しくは教えてくれなかった」

 

「そうなんですね……明日奈さんはどうしたんですか?」

 

「あ、うん……ちょっと、カタナちゃんどうしてるかなーって」

 

「ああ……」

 

 

 

そこで、簪は閃いた。

持っていたお茶を、明日奈に向けて差し出す。

 

 

 

「これ、お姉ちゃんに渡してもらってもいいですか?」

 

「え? まぁ、別にいいけど……」

 

「お姉ちゃん、ずっと一夏の側から離れないから……。少しは、お姉ちゃんにも休んで欲しいんですけど……」

 

「そっか……。わかった、私に任せて!」

 

「ありがとうございます……っ!」

 

 

 

簪はお礼を言うと、笑顔でお茶を明日奈に手渡した。

そして、今度は鈴たちが向かった、海辺へと即座に向かったのであった。

 

 

 

「さてと……」

 

 

 

明日奈は自分の分の飲み物を買って、刀奈のいる部屋へと向かった。

刀奈の今の心情を、明日奈は少なからず理解している。

もしそれが自分だったら、同じ事をしていただろうと思ったから……。

だからこそ、側にいて安心させてあげたい……そう思うのだ。

 

 

 

「スゥ〜……ハァー……」

 

 

 

一度深呼吸をして、中にいるであろう刀奈に声をかける。

 

 

 

「あの、カタナちゃん? いる?」

 

「その声……アスナちゃん?」

 

「うん、そうだよ。入っていい?」

 

「ええ、大丈夫よ」

 

 

 

 

襖を開け、明日奈は中に入る。

入ると、チラッとこちらを見る刀奈。そのあと、すぐに視線を一夏に向ける。

 

 

 

「チナツくんはどう?」

 

「うん……変わりないかな。今のところ特に容態は悪化してないし……いずれ目を覚ますでしょう」

 

「そっか……」

 

 

そう言うと、明日奈は刀奈の隣に座る。

 

 

「はい、これ」

 

「ん……あ、ありがとう」

 

「簪ちゃんから渡されたの……「お願いします」って言われちゃった」

 

「そうなの……ごめんね、ありがとう」

 

「ううん……私も丁度、チナツの事が気になってたし……」

 

 

 

明日奈に渡されたお茶を飲み、一息いれる。

そして思考を切り替える。

今後、どうするのか、どうなるのか……。

 

 

 

「カタナちゃんは、どうなると思う?」

 

「そうね……。千冬さんの所には、作戦中止の命令は下っていないようだから、今のところは作戦続行なんでしょうけど……」

 

「あのIS相手に、今の私たちが勝てるとも思えない……」

 

 

 

いや、勝てはするだろう。

だがそれでも、少なからず犠牲者は出る。一夏のように、ここに残っている誰かが、あるいは福音の操縦者が一夏と同じ様になるか、それとも、最悪の場合で “死” という事もあり得る……。

これはゲームではない。紛れもない現実だ……だからこそ、今こそ自分たちの力が必要なのではと思うが、相手が悪すぎる。

未知の力の解放を遂げた軍用機相手に、専用機とはいえ競技用の機体で、善戦するのがやっとだったのだ。

次も同じ結果、もしくは勝ち戦になる保証はない。

だけど……

 

 

 

「アスナちゃん……私はやるつもりよ」

 

「やる……って、福音と?!」

 

「ええ……このままじゃ私、この怒りを抑えられないもの。最悪福音の操縦者もろとも消し飛ばすことも厭わないわ」

 

「ちょっと、ちょっと待ってカタナちゃん! 落ち着いて!」

 

「アスナちゃん……私は冷静よ。でも、これだけは譲れないの。私はこの人を傷つけた人を許さない。もしもこの人が死んだのなら、私はどんな人物だろうと組織だろうと、あらゆる手を使って犯人を割り出して、必ず殺す……!」

 

「…………」

 

 

 

冗談ではなく、本気の目だった。

刀奈の一夏に対する愛情は、人一倍強い。そう言う明日奈も、和人や娘のユイに対する愛情は、誰にも負けないと自負するくらいにある。

だが、刀奈のは愛情とそれ以外のものも感じた……。

 

 

 

「私はこの人の過去を知っている数少ない一人……。そして、この人のそんな過去を知っていて、それでも愛した……好きになってしまった……支えたいと思った。

たくさん傷ついて、それでも信念を貫いて戦うこの人を、私が守ると誓ったの……だから、この人を傷つけようとする人は、誰が相手でも私は容赦しないし、情けもかけない。

まぁ、今回はこれくらいで済んで良かったけど……お返しはしっかりとさせてもらうわ……ッ!」

 

 

 

ようやく理解した。

彼女……刀奈の一夏に対する愛情は、大きいだけではなく、とても深いのだ。

一夏という人物を心の底から信頼し、愛している。過去の事から、熾烈な運命を歩んできた一夏を、ここまで愛せるのも、刀奈以外にはいないだろう。

明日奈はその感情を汲み取り、刀奈の頭を両手で抱き、ゆっくりと自身の胸に寄せた。

 

 

 

「ア、アスナちゃん?」

 

「カタナちゃん……たぶん私も、キリトくんが同じ目にあったのなら、同じ様にしていたと思う……。

でも、殺しちゃダメだよ……。それは、チナツくんも望んでいないと思うから……」

 

「アスナちゃん……」

 

「チナツの過去は、私も大体しか知らない。以前カタナちゃんに教えてもらったぐらいにしか認識してない。

でもね、昔がどうでも、今のチナツくんは、もう殺したり、殺されたりするのが嫌なんだと思うよ? キリトくんもそうだけど、チナツくんは優しいもん。とても、そう言う事を望む人じゃないと思う……。

ましてや、カタナちゃんがしてしまったら、チナツくんが悲しく思うよ……きっと」

 

「…………でも、でも私はっ……!」

 

「わかってる……わかってるから。でも、一人じゃないんだよ? 私も、みんなもいる。だから、ねぇ?」

 

「…………うん」

 

 

 

 

その部屋に、啜り泣く声が聞こえた。

唯一この場で歳の近い歳上である明日奈……刀奈も大人びているが、自分の一つ歳下の女の子なのだ。

心が耐えられない時だってあるだろう……ならば、お姉さんである自分が支えてあげなければ……。

明日奈はただ、優しく刀奈を抱きして、優しく頭を撫で続けた。

流れる涙をそっと人差し指て拭う。

嗚咽とともに流れ出る感情の奔流……今まで我慢してきたものが、溢れ出してきたのだ。

だが明日奈は、ただひたすらに優しく抱きしめ続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ユイ、こっちの反応はどうだ?」

 

『うーん……このままでは、システムに負荷がかかり過ぎます。もっとアシスト数値を下げるべきだと思いますよ』

 

 

 

 

これまた別の部屋では、和人が自分のPCを開き、自分のISの待機状態のアクセサリーとスマフォを連結させ、『月光』のシステム改良に勤しんでいた。

 

 

 

「だが、これだと『月光』と俺との間にある反応速度に差が出る……。もしもの時、それが命取りになるからな……」

 

『ですが、あまり差を縮めると、今度はパパの体に負担がかかり過ぎます。ISのシステムがよくても、パパ自身の体が保たないのでは、本末転倒です……!』

 

「わかってはいるんだが……」

 

 

 

スマフォから聞こえてくる可愛らしい声。SAO時代に出会い、今では愛娘となったユイの声だ。

二人はISのシステムと、和人のパーソナルデータを交互に見比べながら、あれこれと議論を交わしていた。

 

 

 

「だけど、これくらいやらないと、福音には到底かなわない。今までの『月光』のスペックでも、何とかやれてきたけど……あいつはそう言うわけにはいかないからな……」

 

『しかし、“パパの『月光』のリミッターを外す” と言うのも、危険な事には間違いありませんよ! 福音との戦闘記録を見させてもらいましたが、おそらく福音の操縦者も、体に何らかの影響が出ていると思った方がいいです!』

 

「ああ……あんなオーバースペックな性能、無制限に使えるとは思えないからな。

だとすると、そろそろタイムリミットが近いはずだ……。だから、そのリミッターの解除なんだが、一時的なものにすればどうだろう?」

 

『一時的……ですか?』

 

「ああ。ずっと解放しているには、俺の体と機体の両方に負担がかかる……なら、一時的……一瞬なら、大した負荷もかからないんじゃないかな?」

 

『…………たしかに、理論的にはそうですが……。それでも、そのタイミングはシビアですよ? パパ』

 

「わかってるよ。だけど、チナツが体を張って守ろうとしたんだ……なら俺も、それくらいしないとな……!」

 

『パパ……』

 

「大丈夫だよ、ユイ。必ずパパとママは勝って帰ってくるよ……だから、ユイはいい子で待っていてくれ」

 

『……はい! わかりました。ちゃんと待ってます!』

 

「よし、いい子だ」

 

 

 

その後、二人はシステムアシスト関連のプログラムを開き、それぞれの駆動部を調整しながら、機体の仕上げにかかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

 

 

不意に、一夏は目を覚ました。

まだ頭はぼんやりとしている。体もだるく、目を開けるも、力を抜けば一気に閉じてしまいそうなほどだ。

 

 

 

「俺は……何を? 確か……」

 

 

 

記憶を掘り起こす。

確かあの時……箒を助けようと、もう無我夢中で福音に斬りかかったのだ。

そして両手に握る剣を砕かれ、最後に大量のエネルギー弾をその身に受けた。

 

 

 

「そうだ……俺は……っ!」

 

 

 

一気に意識と体が覚醒する。

身を起こし、体を見る。しかしそこには、傷などついていない。

むしろ、何故かわからないが、“IS学園の制服を着ている状態” なのだ。

作戦中だったので、ISスーツに着替えていたはずだが……。

 

 

 

「これは……どうなっているんだ?」

 

 

 

自然と言葉が出てきてしまう。

何が何やらわからないと言った一夏。自分の状態に疑問を抱きつつ、周りを見渡してみた。

しかしその双眸がとらえた景色にも、一瞬言葉を失う。

一面に広がる青空。自分が横たわっていたのは、地面ではなく、水の上だった。

と言っても、海や湖のような広く深いものではない。透き通るような水の透明度で、水の底がすぐそこに見える。

そして、所々に生える木々。それに葉っぱや木の実などは生えておらず、その木々自体が、真っ白なものだった。

初めて見る景色。おそらく、この世のどこにも、こんな景色はないだろうと思わせる景色だ。

だが、何故だろう……

 

 

 

(なんだか、とても落ち着くような……)

 

 

 

初めて見る景色だと、自分でもよくわかっている……。だが、何故か落ち着くと思うのと、懐かしいと思っている自分がいるのだ……。

 

 

 

「ここは……一体……?」

 

 

 

もう何度目かになる疑問を口にする。

それに答えてくれる者など、誰もいるはずないのに……。

だが、ふと、一夏の視線は、ある一点に集中した。

 

 

 

「っ?! あれは……!」

 

 

 

一夏の視線の先……ずっと続いている青空と水面の境界線上に、人が立っていたのだ。

もっと正確に言うなら、幼い少女。

白く綺麗な髪……銀髪ではなく、本当に真っ白で、透き通るような綺麗な白髪。

そしてそれと同じ色調のワンピースを着た少女。

頭には麦わら帽子を被っているため、顔は見えない。

一夏はゆっくりとした足取りで、少女に近づく。

やがて少女の姿を、しっかりと認識できる距離まで近づいた時、美しい声が聞こえた。

 

 

 

「〜〜♪ フッフフ〜ン♪」

 

 

 

言葉は発していない。鼻歌だろうか……。

だが、とても澄んだ綺麗な声。一瞬その声に心奪われてしまう。

すると少女は、その鼻歌をやめてしまった。

そして不意に、どこまでも続く青空に視線を向けて、微笑んだ。

 

 

 

「呼んでる……行かなきゃ……!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

視線を少女が向いている青空へと向けるが、そこには何もない。

ただ美しく広がる白い雲と、青空があるだけだ。

何だったのだろうと思いながら、一夏は再び視線を少女に向ける。

だが、そこには少女の姿がなかった。

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

あたりを見渡したが、少女はどこにもいない。

この一瞬で姿と気配を消したのだから、一夏の感覚が狂ったのか、それとも、あの少女が凄いのか……。

仕方ないと思い、元いた場所に戻ろうと振り返った。

そして、二度目の驚愕的な光景を目にする。

 

 

 

「夕焼け……」

 

 

 

一面が青空だった空が、一変して夕焼け空に変わっていたのだ。

それに伴い、水面に映る景色も、夕焼け色に染まる。

 

 

 

「…………」

 

「綺麗だよね、ここ」

 

「っ……!」

 

 

 

 

突如、背後から声をかけられた。

また不意をつかれた形だったので、一夏は即座に警戒した。

その場を一旦飛び退き、距離をとった。

そこにいたのは、またまた美人な少女だった。

 

 

 

「って、ひどいなぁ〜。別に私、何もするつもりはないよ?」

 

「あ、いやその、すまない。いきなり声をかけられたから、驚いちゃって……」

 

「あぁそっか、ごめんね♪」

 

 

 

謝罪はしたが、どこか軽い気持ちでの謝罪だった。

だがまぁ、一夏はその事を気にせず、まず気になっている事を少女に聞いた。

 

 

 

「ここはどこなんだ? それに、君は……」

 

「そうだね……私もわかんないの」

 

「は、はぁ?」

 

「あ、でも名前はちゃんとあるんだよ?」

 

 

 

そう言うと、その少女は一夏の顔をしっかりと見定めて言った。

 

 

 

「私の名前は『ストレア』だよ♪」

 

「ストレア……それが、君の名前なのか……」

 

「うん♪」

 

 

 

ストレア……まず間違いなく、日本人ではないと思った。しかし、その口から語られる日本語は、とても流暢なものだった。

しかし、彼女の格好……薄紫色のウェーブがかかった髪に、刀奈と同じ深紅の瞳、それから着ている服。

どれもが現実世界とかけ離れているような印象だった。

服……と言うか、もはや甲冑のような物も着ている。

バトルドレスも言えばいいのか、意外に露出度のある服で、胸元から見える双丘が、女らしさというものを強調させる。

よくよく見てみれば、スタイルも中々のものだ。身長は、一夏と同じか少し低いぐらいだ。

紫を基調にしたバトルドレスが、彼女の雰囲気とよく合っているように思った。

ニコニコと微笑む彼女の顔が眩しく思い、一夏は一瞬だけ目線を逸らしてしまった。

 

 

 

「あは♪ もしかして、見惚れてた?」

 

「え? いや、違っーー」

 

「ええ〜〜! なんか、それはそれでひどいなぁ〜!」

 

「いやいや、そう言う意味じゃなくてだな……。まぁ、そんな事より俺の自己紹介がまだだったな。俺はーーーー」

 

「ふふっ、『チナツ』……でしょ?」

 

「えっ?」

 

 

 

驚いた。

その名を知っているのは、SAO時代の仲間と、今でもALOをやっている仲間だけだ。

しかも知っていたとしても、それが現実世界の『織斑 一夏』と結びつかせるのは難しい。

では何故、彼女は知っているのか……?

 

 

 

「どうしてその名を!? まさか、君は……」

 

「う〜ん……まぁ、そうだねぇ〜。知っていたのは、ずっとチナツの事を見てきたからだよ」

 

「え?」

 

「私はずっとあなたの事を見てきた。二年前からずっと……」

 

「二年前から……」

 

 

 

 

二年前。SAOの公式サービスが開始された時期と同じだ。

ならば彼女は…………。だが、もしそうだったとして、なぜ彼女は一夏の目の前に現れたのか……そして、見てきたというのは、どういうことなのか。

 

 

 

 

「悪いんだが、俺は、君に会ったことはあるか?」

 

「ううん、今が初対面だよ。私の方が一方的にチナツの事を見ていたって感じだからね。でもまぁ、こんなに近くで見て、話すこと自体が初めてだから……」

 

 

 

 

こんなに近くで……と言うことは、常に距離を置いて一方的に見ていたということなのだろうか……?

 

 

 

 

「どうして君は、俺を見ていたんだ?」

 

「チナツだけじゃないよ……キリトの事も見てた」

 

「キリトさんも!?」

 

「うん。みんなの事を見てたんだよ? 私……」

 

 

 

ますますわからなくなってきた。

まず今ので理解したのは、彼女は自分たちがSAOに囚われていたことを知っているという事。

そして、おそらくは一夏と和人以外にも、明日奈や刀奈の事も把握しているだろうと予測する。

 

 

 

「じゃあ、何で君は俺たちに声をかけなかったんだ?」

 

「あーそれは、そうしたかったんだけど、出来なかったんだよ。ユイはなんとか出来たみたいなんだけど、私は無理だったんだぁ〜」

 

「ユイ?! それって、ユイちゃんの事か!?」

 

「うん♪ ねえねえ、ユイは元気にしてる?」

 

「え? あ、まぁな……」

 

「そっかぁ〜」

 

 

 

ユイの事も、どうやら知っているようだ。

 

 

 

「さてと、それじゃあお喋りはここまでにして……ねぇ、チナツ」

 

「ん、なんだ?」

 

「今、チナツはどう言う状況なのか、わかる?」

 

「いや、わからないから君に聞いたんだけど……」

 

「まぁそうだよね……。えっとね、ここはある種の仮想世界だと思って」

 

「仮想世界? でもさっき、君はわからないって言わなかったか?」

 

「うん。でも、今ようやく理解出来たって感じかな」

 

「そ、そうなのか……」

 

「うん、そうなの。おっと、話を戻すね? 今チナツは、仮想世界に意識が取り込まれてると思ってくれていいよ。

そして、私はそのチナツの意識の中に話しかけている……」

 

 

 

 

つまり、今自分は仮想世界にダイブしている様な感覚なのだそうだ。

そして目の前にいるストレアは、そこに現れる人格を持つプログラム……AIだという事なのか……。

 

 

 

「チナツは作戦中に怪我をした……。敵に……福音にやられて、傷を負った。

そして白式は中破して、今は自己修復のために眠っている状態」

 

「そうか……やっぱり、俺は……」

 

 

 

無念の思いが込み上げてきて、目を閉じた。そうして少しずつ鮮明に思い出す。

その途中、箒の顔を思い出した。絶望に打ちひしがれた様な、そんな顔をしていた。

それに、刀奈の事が心配だった……。自分が死んだら、彼女はきっと悲しむし、苦しむ……。そんな事、一夏は絶対に望まない。

 

 

 

「ねえ、チナツ。力が欲しい?」

 

「えっ?」

 

 

 

ストレアの問いかけに反応して、一夏は再びストレアに視線を向ける。

 

 

 

「…………ああ、欲しい」

 

『何の為に……?』

 

「っ!?」

 

 

 

今のはストレアからではなかった。

今度は一夏から見て左。夕日が今にも落ちそうなその光景だった。

だが、一夏の視線は、その夕日の前に立つ、一人の人影に向いていた。

 

 

 

『何の為に、力を欲す?』

 

 

その人影が、女性であると考えた。

長い黒髪に、男性にしては細く華奢な体つきをしていた。

だが、その身には中世の騎士を彷彿とさせる甲冑が身についている。顔はバイザーの様なもので隠れていて、はっきりと見ることはできないが、何故だかこちらを見ていると思ってしまう。

そしてその手には、不釣り合いだと思うほどの両手剣が握られていた。

 

 

『何の為に、力を欲す?』

 

 

 

三度目の問い。

何の為に力を欲するのか……。それは……

 

 

 

「…………守るため」

 

『守る?』

 

「ああ……。俺は、大切な人を守りたい。二年前からずっと、変わらないこの気持ちで今まで戦ってきた。

辛い思いもした、苦しいと思ったことだってある。後悔したことなんて、一度や二度じゃないよ……。だけど…….」

 

 

 

一夏のその口から、覚悟にも似た様な感情が溢れでる。

 

 

 

「今の俺には、どうしても守りたい人や、物がたくさんある。そのどれも失いたくないし、俺も、死ぬわけにはいかない……。

だからこそ力が欲しい! 自分も、みんなも……これからもずっと、カタナを守れる強さが、俺は欲しいーーッ!」

 

 

 

覚悟の決まったその双眸は、まっすぐ騎士を見つめていた。

その言葉に、騎士が動いた。

 

 

 

『いいでしょう……ならば示しなさい。あなたがその力を持つのに相応しいかどうか』

 

 

 

そう言うと、騎士は自分の持っていた両手剣をストレアに向かって投げた。

そしてストレアは、それを片手で掴むと、クルクルと振り回して、最後に水面に突き立てる。

 

 

「チナツならそう言うと思ったよ。だからその思い、試させてもらうね!」

 

「っ!?」

 

 

 

ストレアが両手剣を抜いた。

すると、ストレアの体を、さっきの騎士が着ていた甲冑が覆う。

そして今気づいたが、自身の服装も、IS学園の制服から変わっていた。

 

 

(っ!? これは、血盟騎士団の時の!)

 

 

 

見慣れた赤と白のグラデーション。

ジャケットタイプの上着に、愛刀の《雪華楼》。黒いボトムスに血盟騎士団の黒い軍靴。

どれもこれも懐かしいものだ。

 

 

 

「さあ、チナツ。剣を抜いて」

 

「っ……」

 

「私に……私たちに、あなたの覚悟を見せて……っ!」

 

「………そうか。なら、俺に断る理由はない。全力で、俺の思いをぶつけるーーッ!」

 

「ふふっ、そうこなくっちゃ♪」

 

 

 

 

静かに構える二人。

腰だめに下段の構えを取るストレアと、スッと姿勢を正し、正眼に刀を構える一夏。

静寂に包まれるその空間。だが、それもつかの間……両者共に、ほぼ同じタイミングで動き出した。

 

 

 

「てやあああっ!」

「はああああっ!」

 

 

 

刀と剣がぶつかり、激しく火花を散らす。

美しい景色には不釣り合いな剣戟の音が、そこに響き渡ったのだった。

 

 

 

 




次回はいよいよ福音にリベンジマッチ!
それと一夏の白式第二形態移行とさせようかと思ってますので、お楽しみを!

感想、よろしくお願いします(⌒▽⌒)


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