ちょっと遅くなってしまいましたね。
それでは、どうぞ!
「そうねぇ……。どこから話したらいいかしら?」
「やっぱり、最初からの方がいいかな?」
「そうだな、晶彦さんの動向も気になる。お前たちにとっては、思い出したくない過去かもしれんが……」
「大丈夫ですよ。じゃあ、話しますね、あの日、何が起こったのかを……」
刀奈の言葉に、一同はゴクリの生唾を呑んだ。
「2022年 11月。SAOの公式サービス開始の日、私たちはもちろん、チナツやキリトだって、SAOにログインしてた……。
正式サービスが午後2時に始まって、私も、初めて見たVR世界をこの肌で感じて、とても陽気になっていたわ。でも……」
刀奈の表情が曇った。
それと同時に、明日奈の表情も少し厳しいものになり、あの時の感情が、今になってあらわになったかの様だった。
「午後5時30分……その時が来たの」
刀奈達は過去を振り返った。
あの日の出来事を……。
問題の時間になる前に、プレイヤー達はログアウトが出来ないことに気がつき、いろいろと試したり、GMコールを鳴らしたりと、出来ることをやった……。
が、一向に現実世界への帰還が叶わず、途方に暮れていた時のことだ。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
その言葉を発した、巨大な赤いローブに身を包んだ何か。
フードを目一杯に被っていたとは言え、そこから覗く顔は一切見当たらず、逆にその奈落の底のようなフードの中からは、黒い煙のようなものまで出ていた。
午後5時30分。一万人の全プレイヤーが、第一層《はじまりの街》の広場に強制転移され、集められた。
そして、その口から発せられた言葉に、プレイヤー達は驚愕したのだ。
『私の名前は茅場 晶彦。この世界を操作できる唯一の人間だ』
茅場 晶彦本人の登場に、誰もがチュートリアルや、セレモニーの続きだと考えた。
『諸君らは既に、メインメニューからログアウトボタンが消えているの知っているだろう。
だがこれは、システムの不具合などではない。《ソードアート・オンライン》本来の仕様である。
繰り返す。これは、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
つまり、事故や故障ではなく、GMである茅場 晶彦本人が意図的に作り出したと言うことに他ならない。
『私の目的は既に達せられている。この世界を作り、鑑賞するためのみ、私は《ソードアート・オンライン》を作った』
その言葉の意味を理解できず、困惑の色を隠せないプレイヤー達。
そして、このソードアート・オンラインにおける、絶対的なものを、茅場は口にしたのだ。
『充分に留意してもらいたい。今後、この世界においてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、諸君らの脳は、“ナーヴギア” によって破壊されるーーーー‼︎』
それはつまり、死の宣告だったのだ。
ゲームの中で死……。
誰もが馬鹿馬鹿しい話だと思っただろう。だが、現実に、外の世界では、死亡被害者のニュースも錯綜していた。
確証が持てない情報だったが、混乱したプレイヤー達の心を揺さぶるには充分過ぎる情報だった。
『諸君らが解放される条件はただ一つ。このゲームをクリアする事だ。
諸君らが今いるのは、アインクラッド最下層、第一層だ。各フロアの迷宮区を突破し、フロアボスを倒せば上の層に行ける。
そして最終地点である第百層のフロアボスを倒せばゲームクリアだ』
確かに理屈ではそうだ。
だが、公式サービス前の、『βテスト』でも、ろくに上層へと上がれたプレイヤーはいない。
そして、今ここにいるのは、ほとんどが初心者のプレイヤーたち。
ゲームクリアによる脱出も困難、死ねば現実世界の自分も死ぬ。そんな板挾みな状況下で、プレイヤー達の心はさらに揺れる。
『以上を持って、《ソードアート・オンライン》正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の健闘を祈る』
その言葉を最後に、その赤ローブ消えていった。
その後に待っていたのは、絶望、恐怖、死……あらゆる負の感情だけだった。
「鑑賞するためにのみ、世界を作ったか……」
「はい。確かに、彼はそう言っていました」
「し、しかし、何故そんな事を……!」
「そうですわ! ゲームとは言え、流石に悪趣味が過ぎますわ!」
刀奈から語られた話に、千冬は考え込み、箒とセシリアは怒りを露わにしていた。
いや、二人だけではない。
他のメンバーもまた、拳を強く握り、不安な表情を見せ、困惑しているようだった。
「織斑先生は、団長とお知り合いだったんですか?」
「ああ……。正確には、束の知り合いだったな。私はあいつとはよくつるんでいたし、ある日、会わせたい人がいると聞いて、あいつについて行った時に会ってな。
それからは、束絡みでよく会うようになって、まぁ、ちょっとした付き合いがあった程度だがな」
「そうでしたか……」
「それで? 楯無さんは、いつ一夏と会ったんですか?」
事の顛末を、詳細に聞きたがっていた鈴は、鋭い眼光のまま、刀奈を見ていた。
その目を見て、刀奈も再び話し出す。
「そうね……私とチナツ……アスナちゃんやキリトと会ったのも、同じ場所。
第一層の《トールバーナ》と言う街。そこには、第一層の迷宮区があって、そこにいるフロアボス討伐のために、作戦会議が開かれてね……私たちは、そこで出会って、パーティーを組んだの」
「パーティーの上限人数は7人。でも、私たちは溢れ組だったから、結局4人でパーティーを組んだの」
「私もアスナちゃんも、パーティー戦は初めてだったから、結構大変だったもんね……」
「うん。あの時、キリトくん達に出会ってなかったら、どうなってたんだろうね」
あの時の記憶が微かに蘇る。
初めて顔を合わせるプレイヤー達ばかりで、初心者のプレイヤー達が多く、初めはβテスターへの怒りを露わにしていたが、それでも、ともにボスモンスターを倒そうとする同じ意志のもと、一致団結していたように思えた。
そんな時、キリトとチナツに会ったのだ。
キリトとチナツは、二人でモンスターを狩り、レベルを上げ、装備品なども揃えて挑んできた。
背中に背負った片手剣と、腰に差していた直刃の刀剣。
そして、迷宮区での戦いで見た、二人の剣技。とても同じ状況下に置かれたプレイヤーとは思えないほど、当時の明日奈達には、格別に見えていたのかもしれない。
「当然、ボス攻略には、犠牲は付き物よ。第一層のボスですら、死者を一人出してしまった……」
「でも、そのβテスターの人もいたんですよね?」
それを聞いてきたのはシャルロットだった。
そう、βテスターのプレイヤーも確かにいた。キリトと、ディアベルと言うプレイヤーが……。
「ええ……。でも、その死んだプレイヤーが、元βテスターだったの」
「「「えっ!?」」」
「そんな! βテスターの人が、亡くなったんですか?!」
「うん。当初、ボスの情報は、βテスターによって、ガイドブックと言う形で、初心者のプレイヤーに無料配布されてたんだけど、その情報と、正規版での情報が違ってたの」
「「「っ…………」」」
そうだ。βテストと正規版では、モンスターの武器も、スキルも、詳細なところが違っていた。
それに気づいた時には、プレイヤー一人の命が散った後だった。
「その後は……正直無我夢中だったかな。キリトくんと私、チナツくんに、カタナちゃんと、4人でボスに総攻撃して、最後の一撃をキリトくんが決めた……。
ようやく第一層のボスを倒せたんだけど、その後、初心者プレイヤー達とキリトくんの間で、もめてね」
第一層のボス《イルファング・ザ・コボルドロード》のβテスト時の情報は、片手斧とバックラーを装備し、HPゲージが赤くなるとその二つを放り投げ、本命である武器、タルワールと呼ばれる曲刀を使うと予想されていた。
だが、実際にはタルワールではなく、野太刀を取り出し、βテスターであったディアベルは、その誤った情報により、ボスのソードスキルを受けて死亡した。
その事にいち早く気づいたのが、キリトだったのだ。
だが、それがきっかけで、初心者プレイヤーを束ねていたキバオウと対立。
その後、キリトは自分を『ビーター』と揶揄するように悪役をかって出て、チナツはそのままキリトについていき、アスナとカタナは二人で行動を共にした。
その後、チナツはキリトと別れて、シンカーのスカウトのもと、《アインクラッド解放軍》に所属し、キリトはソロプレイヤーのまま。
アスナとカタナは、その実力がヒースクリフの目に留まり、のちに最強ギルドと呼ばれる《血盟騎士団》に所属するようになった。
「その後のキリトとチナツの事はわからないわ。なんせ、私たちも騎士団に入って、副団長になったんだもん。
アスナちゃんは攻略組担当、私は隠密部隊担当でね」
その後、血盟騎士団の躍進が始まり、キリトはソロとして前線に赴き、ボス攻略にも参加していた。
その頃チナツは軍の意向により、暗部の対レッドプレイヤーのための秘密兵器として動いていた。
「その後、風の噂程度で聞いたんだけど、アインクラッド解放軍の暗部に、途轍もなく強いプレイヤーがいるって聞いたの。
そのプレイヤーは、レッドプレイヤーを狩るレッドプレイヤーとして、軍が用意した秘密兵器……。それがーー」
「…………一夏だった、と言うわけか……」
その千冬の声は、どこか暗いものだった。
握っていた缶ビールがクシャっという音を鳴らす。
「はい……私もチナツからは、大体の事までしか聞いていません。ただ、チナツが裏で暗躍するレッドプレイヤー狩りをやっていたのは、確かな事実です」
「何故ですか? 何故一夏はそんなことを……?!」
「そうよ! 大体、あいつがそんな人殺しを率先してやるようには思えない!」
「「…………」」
幼い頃から一夏を見てきた幼馴染二人は、強く反論する。
が、千冬はもちろん、他のメンバーはどこか納得がいったかのように俯いた。
「だが鈴、お前も師匠と対峙したのだろう? だったらわかったはずだ……。
あれは紛れも無い、実戦の中で生まれた剣技だということが……!」
「そ、それは……」
「それに、あの洞察力、判断力、行動力……。どれもが一般人のそれを遥かに超えていましたわ。
まぁ、それを言うなら和人さんも同じ様なものですが……」
「うん……。正直、あの二人は戦い慣れている感じがした……。一夏とは、あまり模擬戦とかしたこと無いけど、接近戦において、一夏も和人も、常人じゃないよ」
「特に一夏のは、一撃の下で相手を倒せる剣……暗殺剣の流派と同じ匂いがする……!」
他の面々の言葉には、正直幼馴染二人も同意せざるを得ない。
だが、信じたくないのも事実だ。
「それも、仕方がなかった……って言ったら、おかしな話なんだけど……」
「あの頃のアインクラッドも、随分と殺伐としていたから……」
申し訳なさそうな表情で話を続けた刀奈と明日奈。
「あの頃のアインクラッドでは、とにかく現実への帰還を優先してたの……。
その前線の指揮を、私が取ってたんだけどね……。あの頃の私は、ゲーム攻略だけを最優先にしていたの。どうしても、現実世界に帰らないといけないって思っちゃってたから……」
「そして、私は隠密部隊として、あらゆる情報の収集をしていた。ボス攻略に必要な情報も、他のギルドの情報も含めね」
二人はただ、出来ることをやっただけのことだった。
作戦を練り、戦術を駆使し、より安全で確実な攻略戦を行う為に、アスナはその指揮をかって出て、カタナはその攻略に必要な情報を収集し続けた。
が、その一方では、アインクラッド内を揺るがす、深刻な事態に陥っていた。
「お姉ちゃん、一体何が……?」
「…………当時のアインクラッドでは、プレイヤーがプレイヤーを殺す……PKプレイが流行る様になっていたの」
「「「「ッ!?」」」」
SAOでは、HPが全損した瞬間、そのプレイヤーのアバターは永久に消滅し、現実世界のプレイヤー本人の体を、脳が焼かれて死亡する仕組みになっていた。
それは、SAOをやっていた全プレイヤーが共通して知り得ている絶対的な事だったの筈。
だが、そんな中でも、恐怖に陥ったプレイヤーを殺すプレイヤー……レッドプレイヤーの存在があったのだ。
「現実世界に帰れない不安や恐怖……ゲームと言う世界での生活で、心が荒んでいくプレイヤーは大勢いたわ。
そして、その一種の行為が…………」
「PK……プレイヤーキル……ですか?!」
「最っ低ぇ……!」
「でも、あの頃は、どうしても止められなかった……。殺人は、一種の快楽そのものになってたの。誰が始めたのか、誰が悪いのかなんて、今となっては分からないし、分かっていたとしても、誰も責められなかった……。
でも、それが何ヶ月か続いていた時、いきなりその事件が減って行ったの」
「も、もしかして……!」
「…………師匠が動いたからか?」
シャルロットとラウラの言動に、明日奈と刀奈は黙って頷いた。
「そう……アインクラッド解放軍の暗部に、凄腕のプレイヤーが現れた。レッドを狩るレッド……そうレッドプレイヤー達に恐れられていたプレイヤー。
レッドプレイヤー達から、『人斬り抜刀斎』の二つ名で呼ばれていたプレイヤー。それが、チナツだった」
「まっ、待ってよ! 一夏の二つ名って『白の抜刀斎』じゃなかったの?!」
「それは、チナツくんが血盟騎士団の団員として、ボス攻略に参加しだしてからつけられた二つ名。
正確には、第70層のボスを倒した時、チナツがユニークスキル《抜刀術》を解放した時にね」
第67層のボス攻略において、攻略組の中で死亡者が出た。
そのため、攻略は慎重を期す形で行われた。
当時、すでにユニークスキルの一つ《二槍流》の会得していたカタナと血盟騎士団団長のヒースクリフを筆頭に、アスナ、キリト、風林火山のクライン達、エギル、そして、血盟騎士団に加入したてのチナツも加わって万全の体制を敷いていた。
だが、第70層のボスとの攻防戦は、熾烈を極めた。
最後には、チナツの《抜刀術》スキルの奥義をもってして、何とか倒せた。
「それからは?」
「あとは……うーん、それからは、私とチナツが一緒に住みだして、攻略も大詰め、第74層のボス攻略の時に、キリトが《二刀流》を解放した。
そして最後の第75層のボス《スカル・リーパー》を倒した後、ようやく終焉の時が来た」
そう、第75層にて、攻略組の上位プレイヤー14人という尊い犠牲の下、キリト達は生き残った。
が、残り25層もある事へと不安感と、一層につき十数人の犠牲の下に攻略していかなくてはならないと思うと、とても気が気じゃなかった。
誰もが諦めかけていたその時、ただ一人、悠然と立っているプレイヤーがいた。
そして、そのプレイヤーの正体に、気づいたプレイヤーも……一人だけいたのだ。
「その時、キリトくんはジッと団長を見てたの。私たちは、正直こんな余裕はなかったけど……。
でも、キリトくんには気づいたんだと思う。ただ一人、悠然と立っていたプレイヤーの正体……その実態をね」
「私もまさかとは思っていたけれど……今になって考えてみれば、キリトの言った通り、怪しいことこの上なかったわね」
「え……えっと……?」
「つまり、どう言う意味よ?」
まだを要領を得ないメンバーに、刀奈がわかりやすくヒントを与えた。
「ヒントその一。あのボス部屋には、今までの歴戦の攻略組の上位プレイヤー達がいました。そして、その規模も今までで一番大きいものです」
「はい……」
「そうだが……?」
「ヒントその二。ボス攻略はかなり厳しかったわ。一撃で死亡してしまうほどの攻撃……キリト達と私たちだって、一歩間違えれば死んでいたかもしれなかった……」
「それだけの強さだったら、正直全滅してもおかしくなかったんだね……」
「うん……それに、死ななかったにしても、かなり消耗はしたはず……。なら、その立っていたと言う人物は…………」
「おっ、簪ちゃん鋭いねぇ〜! さてさて最後……ヒントその三。たとえ死んでなくても、誰もがHPをイエローゾーンにまで落としていた。
でも、ただ一人だけ、グリーンゾーンのままの人がいたの。それも、“イエローになるギリギリの所” でね。でも、その人物は悠然と立っていたの……。まるで、“死なないことを、すでにわかっていたみたいに” ね…………‼︎」
「「「「ーーーーッ!!!!!」」」」
そのヒントで、誰もが分かった。
死なないのは、HPが元々高かったか、凄まじい防御性能を持っていたか……。
だが、そのギリギリの所でHPが止まっていたとなれば、それは、意図的にシステムで保護されていたとしか思えなかった。
そして、それが出来る唯一の人間は…………。
「まさか……その最強のプレイヤー……ヒースクリフが……」
「茅場 晶彦本人だった……ってことになるわね」
プレイヤー達にとって、唯一とも言える救い……。
アインクラッド最強のプレイヤー《ヒースクリフ》が、アインクラッド最上層、第100層《紅玉宮》でプレイヤー達を待ち受ける最終ボス《茅場 晶彦》だったのだ。
「その事に気づいたキリトくんが、団長に攻撃を仕掛けたの。それで、団長が普通のプレイヤーじゃない事に気づいて……。
最後は、キリトくんと団長が、最後のデュエルをしたの……!」
戦慄の表情……と言えばわかるだろうか。
あの時の事は、おそらくあの日あの場所にいた攻略組のプレイヤー達は、忘れる事はないだろう。
『キリトくん。君に最後のチャンスをあげよう』
『チャンス……?』
『今から私とデュエルをし、勝てば全プレイヤーを解放することを約束しよう……。
もちろん、不死属性は解除する……。どうかね?』
『…………』
最後のデュエル。
それはもう単なるデュエルとは違う……。純粋な、殺し合いを意味していたのだから。
その事は、キリト自身もわかっていた。
だから、キリトはヒースクリフを……茅場 晶彦を殺す覚悟を決めて、デュエルを受け入れた。
そして、そのデュエルは意外な形で幕が引いた。
『そんな……! どうして……!』
『…………ごめんね』
『ア、アスナ……!』
キリトとヒースクリフ以外の全プレイヤーが、ヒースクリフによって麻痺状態に陥った。
動こうとしたが、強力な麻痺を受けており、起き上がる事も困難だと思った。
が、ヒースクリフの剣が、キリトの頭上に迫ってきた瞬間、その間に割り込んできたプレイヤーが一人。
アスナだった。麻痺状態を、どうやって振りほどき、その場に来れたのか……ヒースクリフ自身も驚きだった。
そして、戦意損失になったキリトの体に、無情にもヒースクリフの剣が貫かれた。
やがてHPは消えてなくなり、キリトの死亡が決定した瞬間だった。
だが、その後、思いもよらぬ事態になったのだ。
『っ……まだだ』
『んっ?』
一歩、また一歩と、確かにキリトは歩進んでいた。
体は透けて、今にも消えてなくなりそうだったが、それでも、確かにそこに、キリトは立っていたのだ。
『まだだ……っ!』
『あっ……!?』
ヒースクリフも、目を見張ってその現象を見ていた。
そして、キリトの持った《ランベントライト》が、ヒースクリフの体を貫き、ヒースクリフのHPを削った。
その後、キリトとヒースクリフのアバターは、同時にボス部屋から霧散して消えた。
その直後、SAOのアナウンス音声が流れた。
ゲームが……《ソードアート・オンライン》がクリアされたのだと…。
「これが、私たちの知っていることよ。所々忘れてしまっていることも、あるかもしれないけど……」
「…………」
壮絶な二年間。
たった一つの城の中で繰り広げられていた、巨悪な事件。
その一端を聞かされた面々は、ただ黙っている事しか出来なかった。
もちろん、これが全てではない。
この話は、あくまで刀奈、明日奈の両名が言っている事。または、見てきたものに過ぎない。
ならば、ソロとして、βテスト時代からSAOにのめり込んで、ゲームクリアに導いた和人は……裏の世界を人斬りとして生きてきた一夏は……一体、どんな世界を見てきたのだろうか……。
「…………そうか。それが、お前達の見てきたものなんだな?」
「「はい」」
「分かった。まぁ、まだ色々と聞きたいこともあるが、今回はここまでにしよう……」
そう締めくくる千冬。
改めて時間を見ると、もう就寝時間になりそうだった。
千冬も、気になるところではあったが、それでも規則には従わなければならないと思っての事だろう。
専用機持ち達も、それを受け入れ、次々と部屋を出て、自分たちの部屋へと戻っていく。
最後に残っていた刀奈と明日奈も、そのまま部屋を後にしようとしたのだが……
「結城」
「はい?」
「最後に聞かせろ……。お前は、最後の戦いの時に、死んだと言ったな?」
「……はい」
「だが、お前は現に今ここにいる。それは、やはり晶彦さんの意思だったのか?」
「…………わかりません。でも、団長は、私とキリトくんが、自分の作ったシステムの法則を超越した、とかなんとか……」
「システムの法則を超越……か……。あの人らしい言葉ではあるが……。それで、晶彦さんは他に何か言っていなかったのか?
こう言ってはなんだが、桐ヶ谷もお前も、晶彦さんの事を随分とよく理解しているようにも思えたのでな」
「そ、そうですか?」
千冬の言葉に、明日奈は一瞬躊躇ったが、ある事を思い出した。
「そう言えば、団長は、SAO……強いて言うなら、あの浮遊城《アインクラッド》の建設は、自分の夢だった……って言ってました」
「…………夢……。そうか……わかった」
千冬は、何か思い当たる節でもあるような感だったが、二人には何も訊き返さなかった。
「すまんな。こんな話をさせてしまって」
「い、いえ! とんでもないですよ!」
「そうね……千冬さんも、言えばSAO被害者家族ですから……そう言う話を聞きたいと思うのは、不思議じゃないですよ」
「…………そうだな。時間を取らせたな、お前達も自分の部屋に戻れ。もう直ぐ就寝時間だ」
「「はい」」
二人は部屋を後にした。
その後、温泉から帰ってきた一夏と和人が部屋に戻ってきたが、千冬は二人には何も尋ねなかった。
あの事件で、多くの物を背負った二人の話は、別の機会にと思ってのことだ。
そして、就寝時間。
暗がりの中、千冬は、ある時の出来事を思い出していた。
『ねぇねぇちーちゃん! 見てみて‼︎ 束さんの最新作ぅ〜!!!!』
『ん? …………なんだ、これは……』
『じゃじゃあーん!!!! よくぞ聞いてくれました! これは束さん謹製の最新発明品!
世界を変える超絶技巧のパワードスーツ! その名も《インフィニット・ストラトス》‼︎ 略して《IS》だよーん!!!!』
『IS……? お前にしては随分開発が遅れたな。で? こいつは一体なんなんだ?
パワードスーツと言ったが……みたところ、鎧にしか見えんぞ?』
『ふっふ〜ん、じゃあ早速乗ってみてよ! ちーちゃん用に開発したからさぁ!』
『お、おい!?』
あんなに無邪気に笑っていた束を、千冬は初めて見たかもしれないと思った。
やがてそのISが、世界を一変させる事となった。
千冬自身も、ISで世界最強の頂に登り詰め、ISと共に世界の象徴になった。
そして、束の言葉を、千冬は今も忘れていない。
『これはね、束さんの夢を叶える結晶なのさ!』
『ほう? お前が夢ねぇ……。飽き性のお前が夢を持ったか……ちなみに、それはなんだ?』
『うふふ〜、それはヒ・ミ・ツ♪』
『はぁ?』
『とにかく! これは束さんの夢なの。それをようやく叶えられるんだぁ〜〜』
ジッとISを見ていた束の横顔を、千冬はただジッと見ていた。
その後、このISの出現が、世界をどの様に変化させるのか……当時の二人には、想像もつかなかっただろう……。
「束……お前の夢はなんだ?」
誰も答えてはくれない旅館の一室で、千冬は静かに問いかけた。
翌朝。
連日見事な晴天となり、生徒達も心地よい朝を迎えられた。
だが、今日は趣旨が違う。
今日行うのは、臨海学校の最大の目的、ISの起動実習だ。
一般の生徒も学園のアリーナでしか行えないISによる訓練を、ここではより強化した訓練メニューの下、ISの運用力をより高めていくのが目的だ。
また、専用機を持つ生徒には、各国、各企業から送られた新型装備のパッケージをインストールした後、それの運用と、実戦データの収集か目的とされている。
一般生徒は各クラスの教員達の指導の下、学園から運ばれてきた訓練機を装着し、早速実習が始まっている様だ。
そして、専用機持ちはというと…………
「おはよう、昨日は結構話し込んでたんだな」
「おはようチナツ。まぁ、ちょっと色々とね」
「色々? なんの話だ?」
「キリトくん、これは女の子同士の秘密なの。男の子が入っちゃダメなんだよ」
「えぇ〜なんだよ……。俺たちだけ仲間はずれか?」
SAOの話は、この二人にとっては思いの外深刻なものだ。
和人も一夏も、過去に拭いきれないものが多くある。
そしてそれは、二人が話すと決めた時に、聞くべきものだ思ったのだ。
「さて、専用機持ちは、全員揃っているな?」
「ちょっと待ってください」
専用機持ちも管轄は千冬が行うことになっており、早速訓練を始めようと思った矢先、待ったをかけた者がいた。
「なんだ、凰」
「なんだって……箒は専用機持ちじゃないでしょう」
鈴だった。
だが、鈴の言うことにも一理ある。
これまで訓練機である『打鉄』で訓練を受けてきた箒。
だが、何故か専用機持ちである自分達と同じ場所にいるのは、当然おかしいと思った。
しかし、それも踏まえてと言わんばかりに、千冬が箒を呼ぶ。
「お前達にはまだ言っていなかったな……実はーーーー」
「やぁっ〜〜ほぉーーーー!!!!」
「ちっ」
「うっ」
「「「「「ん?????」」」」」
今から説明しようとしていた矢先、どこからともなく愉快な声が響き渡った。
そして、ドドドと斜面を走り下る音と、舞い上がる土煙がまた、その勢いを物語っていた。
その声の主は、今もなお崖の斜面を猛スピードで走り下り、そして地面に接触するのではないかと思うと、そこで大跳躍。
その軌道は真っ直ぐ千冬の下へと飛んできた。
「やあやあやあ、ちーちゃん! 久しぶりだね、さぁ、ハグハグしよう! この束さんと愛を確かめーーーー」
「うるさい、近づくなこの変態‼︎」
「うわぁん! ひどいひどい! 束さんは変態じゃないよー! もっとも純潔で、ラブリーで、親愛を持ってちーちゃんに接しているよ〜〜!!!!」
「どこがだ! いいから離れろ!」
「あははっ! 相変わらず容赦のないアイアンクローだね‼︎」
登場からいきなりのハイテンションフルスロットル。
すでにその正体を知っている一夏達はともかく、初見である鈴達には、ただの不審者が千冬にちょっかいをかけているようにしか見えない。
しかし当の不審者は、千冬のアイアンクローを逃れると、近くの岩場に飛び移る。
覗き込むように顔を突っ込むと、そこには不審者が登場してすぐに、隠れていた箒がいた。
「ジャジャーン! やあ!」
「………………ど、どうも」
「うんうん、久しいねぇ〜ほんと久しいねぇー箒ちゃん! もうすっかり見ない間に大きくなっちゃってぇ〜〜
特におっぱいがーーーーブフッ!!!!?」
突如、何処からか取り出した木刀で不審者の頭に強烈な一撃を入れる箒。
だが、当の不審者は何のダメージもないかの如く、すぐさま立ち上がった。
「殴りますよ……っ!」
「殴ってから言ったぁ〜〜! 箒ちゃん酷いよぉ〜〜。ねぇ、いっくん?」
「えっ? 俺に振るんですか……?」
「こう言う時くらい慰めてよぉ〜……」
「束、自己紹介くらいしろ。全員放心しているだろうが」
「おっとっと! 束さんとした事が失礼したね!」
不審者はクルッと一回転すると、鈴達の方を向いて、戯けた表情を向けた。
「私が “天才” の篠ノ之 束さんだよ〜〜! はーい説明終わりー!」
世界を揺るがした、“天災” 様の登場であった。
次回は、いよいよ福音編!
紅椿の登場と、キリトたちの新装備も登場しますので、お楽しみに!
感想よろしくお願いします( ̄▽ ̄)