ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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あと1話で、福音戦に入れるかな?





第34話 その境界線の上に立ちⅠ

「で、どうする?」

 

「え、鈴……もしかして、行くつもりなの?」

 

 

旅館の一室。

そこには、専用機持ち達が集まっていた。

その他にも、専用機を持っていない箒や、本音といった一夏や和人と関わりのあるメンバーもいる。

 

 

「当たり前じゃない! こっちから行かないと、あいつら絶対に部屋から出ないわよ」

 

「うむ。少し用があると言って誘い出せば、あとはこちらの物だ」

 

「そ、そうだな……。ここで何もやらずに待っているのも、私の性に合わん」

 

 

 

俄然行く気満々の鈴、ラウラ、箒と、それを後ろでどうしたものか迷っているシャルロットと言う絵面。

その他にも、むむっと考え込むセシリアに、頬を赤く染めながら俯向く簪、それをニコニコと笑って見ている本音……という状態だ。

 

 

 

「ですが、織斑先生の部屋ですのよ? しかもこんな時間に出歩いては……」

 

「じゃあ、あんたはここでお留守番していなさいよ」

 

「なんでそうなるんですの?!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて、二人とも……」

 

「簪さんはいいんですの? これは、一夏さんと交流を深める、またとないチャンスですのよ?」

 

「えっ? で、でも、織斑先生がいたんじゃ、交流も何も……」

 

「だから連れ出すんだろう……」

 

 

あくまで保守的な意見を述べる簪に、ここは強硬な姿勢を見せるラウラ。

 

 

「だが、どうやって誘い出すのだ?」

 

「そうだよ。織斑先生も納得しそうな理由を見つけないと……」

 

 

箒とシャルロットの意見には、誰もが賛同した。

まず第一目標としては、一夏との交流だ。

常日頃から刀奈と共に行動し、話したり、一緒に訓練したり、食事をしたりはしているが、一夏単体ではしたことない。

なので、一番の目的は刀奈のいない状況を作り出すこと。この際二人っきりという状況は作らなくてもいい。それだけ一夏との交流に飢えていると言っていい。

そして第二目標。千冬の事だ。むしろここが難関だと言ってもいいだろう……。

あいにく一夏は和人と共に、千冬と同じ部屋で寝泊まりしている。

一夏は姉弟であるから、別に気にすることもないだろうが、こちらはそうはいかない。

なので、最終的には刀奈の目を掻い潜って、千冬の許可をもらう形で、一夏を今自分たちのいる部屋まで誘導する。

これが最善策だ。

 

 

 

「いいわね……裏切りは許さないわよ」

 

「当たり前ですわ」

 

「うん、わかってる」

 

「ああ」

 

「うむ」

 

「う、うん……いいのかな?」

 

「いいんだよぉ〜かんちゃん。私は応援するよぉ〜!」

 

 

 

こうして、専用機持ち達による、一夏奪還作戦が決行されたわけだが、今こうしている間にも、すでに刀奈達が千冬の部屋でくつろいでいるのを、みんなは知らないでいた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、そのころ千冬の部屋では……。

 

 

 

「千冬姉、久しぶりだから緊張してる?」

 

「んなわけあるか、馬鹿が……」

 

 

 

敷かれた布団の上にうつ伏せで寝ている千冬。

その上から、一夏が両手で千冬の体に触れる。優しく、時に強く、千冬の体を……強いては、体のツボを押していく。

 

 

 

「あっ……! 少しは手加減しろ……」

 

「悪い悪い。じゃあここは?」

 

「んあっ! そこはダメだ……!」

 

「大丈夫だって……結構溜まってたみたいだから、しっかりほぐしておかないと」

 

「ん……」

 

 

 

それがマッサージだとわからなかったら、そこで繰り広げられている事を想像して、心拍数が跳ね上がる事態になっていただろう。

千冬も女だ。時折聞こえる艶かしい大人の女性の声を上げる……。それを間近で聞いている和人達も、なんだか顔が熱くなっていった。

 

 

 

「結構凝ってるな……」

 

「そこはダメだ……! 痛って……!」

 

「大丈夫大丈夫。すぐに良くなるって……」

 

「うふ……」

 

 

その後もマッサージを続けること10分。肩から足裏まで、体の隅々の体をほぐした一夏。

千冬は起き上がると、「くぅ…!」と背伸びをして、首を左右に傾げたり、肩を回したりして体を整える。

 

 

 

「ふぅ……。もういいぞ、すまんな」

 

「いいって。これくらいは普段家でもやってるだろ」

 

 

一夏はマッサージがうまい。

別にプロの資格を持っているとかではないが、稀にいるマッサージの上手い才能を持った人だ。

これを無償で受けられる人は、さぞかし幸せだろう。

 

 

 

「終わったの? じゃあ、私もしてもらおうかしらあ〜♪」

 

 

と、すぐさま刀奈がやってきて、布団から出た千冬に変わって、今度は刀奈がうつ伏せに寝転がる。

 

 

「はいはい、わかってるよ」

 

 

同じ部屋になってからというものの……いや、以前より前から、刀奈は一夏のマッサージを受けてきている。

何十回……いや、何百回としてきている。

だから、一夏も刀奈の要求を、今更断ったりはしない。

ニコニコしながら布団で横になる刀奈。体から力を抜き、リラックスモードで待機する。

そして、一夏の手が、刀奈の背中辺りを触れ、程よい指圧が刀奈の背中を刺激する。

 

 

 

「んっ……あうっ……!」

 

「カタナも結構凝ってるな……。また生徒会室にこもりきりだったのか?」

 

「うん……この間から、んあっ! 虚ちゃんに押し付けられっぱなし、でぇっ!」

 

 

的確にツボを押さえてほぐしていく一夏。

しゃべりながらだと、変な声を出してしまう。

 

 

 

「んんっ……あふっ…!」

 

「肩周り、行くぞ?」

 

「うん……」

 

 

 

背中から肩の周り、あとは首筋を指で入念に揉んでいく。

 

 

 

「あっ、ううっ……! んあっ」

 

 

かなり固まっていたのか、揉まれるたびに、刀奈の口から喘ぎ声にもにた声が溢れ出る。

 

 

「うう〜〜!」

 

 

首筋を摩るように指圧を加ける。

少しばかり筋肉や筋が強張っていたのか、刀奈も思わず声が出た。

すべすべの女の子の柔肌に、男の硬くて逞しい指先がなぞる。

それもとても敏感になっているところ(カチコチに凝っている部分)をだ。

 

 

「はうぅ〜〜……」

 

「どうだ? 少しは楽になった?」

 

「うん…………気持ちいい……」

 

「そうか。じゃあ、今度は腰と脚を行くからな」

 

「うん……」

 

 

 

首、背中をやったあと、一夏の手は刀奈の細くくびれた腰へと触れる。

ただ柔らかいだけではなく、武術によって鍛え抜かれた肢体は、引き締まった筋肉の柔らかさと弾力を兼ね備えていた。

 

 

 

「んっ、あ、あいっ! 痛たた……!」

 

「あ、ごめん……」

 

「んん〜〜。大丈夫、大丈夫」

 

「指圧じゃダメだったら……掌で……」

 

「はぁ…………いい感じ♪」

 

「そりゃあどうも」

 

 

その後も入念にマッサージをしていくと、途端にスースーと寝息を立てる刀奈。

 

 

「カタナ?」

 

「すー……すー……」

 

「寝ちゃったのか」

 

 

 

上手いマッサージをすると寝てしまうと言う。

刀奈も普段してもらっているときは、大抵寝てしまうことが多い。

生徒会の会長として、学園生の模範となり、有事の事態には、それを解決する学園最強のIS使い。

そんな彼女は、姉によく似ている。

自分を守るろうと頑張ってくれていた、あの時の姉に……。

だから、そんな彼女を支えたいと、今では思っている。もちろん何者からも守りたいとは、常日頃から思っている。

それでも、こう言う小さなことでも、彼女の幸せを守れるのなら……。

 

 

 

「カタナちゃん、すっごく気持ち良さそうに寝てるねー♪」

 

「ああ…。こいつも生徒会長として頑張ってるからな……」

 

「そうですね。ほんと、よく頑張ってるよ……カタナは……」

 

 

 

そっと髪を撫でる。

その度に安心感を感じ取るのか、口角が上がり、ニコっと笑う時がある。

 

 

「全く、イチャイチャするなら他所でやれ」

 

「なっ?! そ、そそそんなつもりは……!」

 

「何を赤くなっているだ、普段からこんな感じなのだろう? なんだ、これ見よがしに私に自慢したいわけか……」

 

「そんなんじゃないっての!」

 

「はっはっは! 冗談だ、馬鹿め」

 

「千冬姉、酔ってんのか?」

 

「酒を飲んでないのに酔うか、馬鹿者が。まぁ、飲めんこともないんだが……」

 

 

 

そう言うと、千冬は部屋の冷蔵庫を開け、中から何かを取り出した。

そして冷蔵庫の扉を閉める音が聞こえた直後、プシュ! というガスが抜けるような音が聞こえた。

 

 

 

「んっ、んっ、プハァー!」

 

「おいおい……それ酒だろ?!」

 

「ん? あぁ、当たり前だろう」

 

「え? 織斑先生、その、飲んでいいんですか?」

 

「ああ? まぁ、ダメだろうな」

 

「だったらーー」

 

「堅いこと言うな結城。そんなに堅いまんまだと、人生損するぞ?」

 

「先生ぇ!」

 

 

 

教師としての威厳は何処へやら……。

こうなっては、ただの酔っ払いにしか思えなかった。

 

 

「一夏、そこを代れ」

 

「は?」

 

 

突如、座椅子から立ち上がった千冬は、マッサージを続けている一夏の隣へと来た。

 

 

「代れって……まさか、千冬姉がマッサージするのか?!」

 

「ああ、こいつにはお前がお世話になっているからなぁ〜……。なに、ちょっとしたお礼だよ、お礼」

 

 

ほぼ強引に一夏をその場から追いやり、残った脚のマッサージを千冬が請け負う事になったのだが、その目は悪戯を思いついた悪ガキの様な目をしていた。

 

 

 

「では楯無、始めるぞ」

 

 

千冬はおもむろに刀奈の両足のふくらはぎを掴むと、思いっきり揉みだした。

 

 

「うひゃっ! な、なに……痛った!? ちょっと、痛い‼︎」

 

「ほうほう、乳酸が溜まっている様だな、楯無?」

 

「千冬さん?! えっ、なに?! なんなの!?」

 

「私からのサービスだよ。いつも愚弟が世話になってるからな、姉としてのサービスだ」

 

 

 

言ってることは献身的なのだが、その悪戯な表情に満ちた顔で言われても、なんの説得力もない。

刀奈は嫌な予感しかしなかったので、早々にその場から離れようとするが……

 

 

「おいおい、逃げることはないだろうに。そのまま寝てろ」

 

「いいや、いいですよ! 先生の力を借りるまでもないですから……!」

 

「“先生” ではなく “千冬” でいいんだぞ? 今は私と未来の義妹の時間だ……。さぁ、存分に交流しようじゃないか」

 

「い、いや! いいです、遠慮しておきます!」

 

「逃すと思うか……!」

 

「うにゃあ!!!!」

 

 

ほぼ強制的に布団へと引きずり込まれる。

そして、先ほどと同じ様にふくらはぎ、太もも、足裏と、ほとんど凝り固まって痛いはずのツボを、千冬は容赦なく力いっぱい押す。

 

 

「痛ったぁぁぁ!!!!」

 

「ほらほら、この程度か!?」

 

「待って! そこはダメェーー!」

 

「はっはっは、遠慮するな」

 

「いやあぁぁ〜〜〜!!!!」

 

 

 

部屋の中で、刀奈の悲鳴がこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、準備はいいわね?」

 

「うむ、問題ない」

 

「ちょっと待って……!」

 

 

 

部屋へと続く廊下で、専用機持ち達はスタンバイしていた。

鈴とラウラが、早速部屋に乗り込もうとするが、それをシャルロットが静止する。

 

 

 

「なによ?」

 

「時間は貴重なのだぞ! 何故止める」

 

「もう! 二人とも急ぎすぎだよ……! みんなで部屋にいったら、変に思われちゃうよ」

 

「「っ!」」

 

 

シャルロットの言葉に、そうだった! と言わんばかりに互いの顔を見る鈴とラウラ。

 

 

 

「ふむ……確かにそうか……」

 

「じゃあ、私とラウラが先行していけばいいんじゃない? そんで一夏を誘って、戻って来ればいいんってことでしょ?」

 

「うん……まぁ、そんな感じかな」

 

「よし、そうと決まれば行くぞ、鈴」

 

「オーケー、ラウラ」

 

 

 

そう言って、鈴とラウラが一夏たちの部屋の前へと行き、ノックして扉を開けようとしているのを遠くから見ていた。

が、途端に二人はノックするのを中止して、その扉に耳を澄ましてしまった。

 

 

「え?」

 

「二人は、何をしているのだ?」

 

「何をって……どう見ても聞き耳を立てているとしか……」

 

「なんで、聞き耳立ててるのかな?」

 

 

 

まずそこだ。

二人は何故突然聞き耳を立てたのか……?

そして、二人の表情は、見ていてよくわからないくらいに困惑している様だった。

 

 

 

「二人とも、何してるの?」

 

「しっ!」

 

「静かにしろ!」

 

 

 

二人に近づいて、何をしているのか確認しようとしたシャルロットだが、すぐに二人はそれを遮った。

 

 

「え? でも……」

 

「一夏を誘うのではなかったのか?」

 

「そうですわよ! 何をなさってますの?」

 

「と、とりあえず、どうしたの?」

 

 

 

簪はおずおずと鈴たちに聞いてみた。

すると鈴は、黙って目を閉じて、まっすぐ部屋の襖を指差す。

四人はなんだろうといった顔で、襖を見つめる。

 

 

 

「いやぁぁぁぁ! 痛ったい!」

 

「はっはっは! ここもダメなのか?」

 

「ちょ、ちょっと待って! そこはやめてぇ〜〜!」

 

「「「「ーーーっ!!!!?」」」」

 

 

 

突如聞こえてきた刀奈の悲鳴と、愉快そうに笑っている千冬の声。

六人の頭の上には、?マークが浮かび上がる。

 

 

 

(へ? 何が起こってんのよ……!?)

 

(教官が生徒会長と……!? こ、これは一体?)

 

(って言うか、楯無さんもう部屋に入っちゃってるし……!)

 

(ええい! 完全に出遅れているではないか! だが……)

 

(これは一体……何がどう言うことですの?)

 

(お、お姉ちゃん、大丈夫かな……?)

 

 

 

様々な思惑が交錯する中、部屋の中では、さらにヒートアップしていた。

 

 

 

「一夏! お前はそっちを抑えろ!」

 

「いや、なんで!?」

 

「そうしないと楯無が暴れるからだろうが」

 

「だからって……」

 

「ちょっと! まずは私を助けてよ〜〜!」

 

「あ、ああ! そうだよな、よし……」

 

「一夏ぁ〜〜? お前は姉と恋人、どちらを取るつもりだぁ〜?」

 

「なんでこんな時にそんな選択肢!? ちょっと酔いすぎだぞ、千冬姉」

 

「今は織斑先生だ、馬鹿者が!」

 

「痛ってぇ!」

 

 

 

 

何がなんだか全くわからない。

現状わかるのが、千冬が楯無をなんらかの方法でいじり倒しているということ。次に、千冬は若干酔っているということ。そして、その中に一夏もいるということ。

 

 

 

(はぁ!? 何がどうなってんよ? 意味わかんないんだけど?!)

 

(教官と生徒会長が……まさか、そんな、ふしだらな事を……!?)

 

(いやいやいや! さすがにそれは……)

 

(だが、酒の入った千冬さんはまずいぞ……!)

 

(あの楯無さんと一夏さんですら、あの状態ですし……)

 

(た、助けた方が、いいよ! なんか、わかんないけど……!)

 

 

 

六人は言葉こそ発していないが、目と目を合わせ、まるで意思の疎通が出来ているかの様に頷く。

ここは、目の前の襖を開けて、中を確かめるのと同時に、中で囚われの身となっている一夏を奪還する。

六人の覚悟は決まったようだった。

 

 

 

(行くわよ……?)

 

(((((……うん!!!!!)))))

 

 

 

鈴が襖を指で引っ掛けて、開けようとした、その時だった。

 

 

 

「わ、私たちは少し席を外そうか、キリトくん?」

 

「あ、ああ、そうだな。じゃあ、少し出ておきますので、これで……」

 

「ちょ!? 二人とも?!」

 

「アスナちゃん、助けてってばぁーー‼︎」

 

((((((っ!!!!?))))))

 

 

 

 

そこで、重要な人物たちの事を忘れていた。

和人のことだ。そして、当然明日奈もその場に来ている可能性があったのだが、一夏のことで頭がいっぱいになり、すっかり和人と明日奈の存在を忘れていた。

だが、もう遅い。

逃げようにも、それをさせないかのごとく、目の前の襖が開けられた。

 

 

 

「いい!? やばっ!」

 

「「うわっ!?」」

 

「しまっ!」

 

「「きゃあっ!?」」

 

「へっ?! うわあっ!」

 

 

 

襖を開けた張本人、明日奈の上から、鈴、シャルロットとラウラ、箒、セシリアと簪の順で倒れこんで行く。

 

 

 

「ア、アスナ!? 大丈夫か?!」

 

「うう〜〜……イタタタ……! ん? えっと、これは……どういう状況?」

 

 

 

飛び込んできたものが鈴たちだとわかった途端、明日奈は首を傾げて、鈴たちに問いかける。

一方の鈴たちは、ただただ笑うしかなかった。

 

 

「あっははは……」

 

「あ、いや、これは……」

 

「そのぉ………えへへへ……」

 

「な、なんといいますか……」

 

「お、おほほっ、おほほっ!」

 

「な、なんでもありません!!!!」

 

 

 

最後の簪の言葉で、全員が蜘蛛の子が散ったように逃げ出す。

が、明日奈がキョトンと見ている横を、何かが通り過ぎて行き、逃げ出そうとしていた鈴たちを捕獲した。

 

 

 

「ほほう……教師の部屋を盗み聞きとは、少しばかり異常性癖が過ぎるのではないか……? お前たち」

 

 

 

千冬だった。

右足で鈴とラウラの浴衣の裾を踏みつけ、右手の人差し指と中指で箒とシャルロットの、左手の人差し指と中指でセシリアと簪の浴衣の襟首を掴んで、完全にホールドしてしまった。

指4本と片足だけで、六人の動きを止めたのだ。

 

 

 

「う、うっそぉ……」

 

「す、すっげえ……!」

 

 

 

明日奈と和人は、それを間近で見てしまっている為か、千冬の人間離れした荒技に、ただただ驚愕していた。

一方、やっと千冬から解放された刀奈は、一夏に抱きつき、目尻に涙を浮かべながら、一夏の胸に顔を埋めており、それを一夏が背中をさすって、落ち着かせるている……と言った感じだ。

 

 

 

「ちょうどいい、お前たちも入っていけ……。なに、逃げようとするのならば、全力でこちらも追いかけるまでだがなーーーーっ!!」

 

「「「「「「いいえ! お言葉に甘えさせていただきます!!!!」」」」」」

 

 

 

六人の返事が揃って帰ってきたところで、鈴たちはおずおずと中に入ってきた。

 

 

 

「ん……そう言えば一夏、それから桐ヶ谷も。風呂の時間じゃないのか?」

 

「あ、そういえば……!」

 

「そうだったな」

 

「なら、早く行って来い。時間は限られているからな」

 

「了解」

 

「わかりました」

 

 

一夏と和人は、自分の荷物から着替えを取り出し、その部屋を後にする。

去り際に、鈴たちに「ゆっくりして行けよ」とは言っていたが……。

 

 

 

「「「「「「………………」」」」」」

 

 

 

当の本人たちは、全くもってゆったりなんて出来ない。

酒を飲んで多少はくだけた感じになっているとは言え、相手は世界最強の女性にして、鬼教官の織斑 千冬だ。

そんな人物と、こうやって真正面から向かい合って座るなど、あまり考えられない。

 

 

 

「おい、いつもの馬鹿騒ぎはどうした?」

 

「いや、その……」

 

「織斑先生とこうして話すのは、初めてですし……」

 

 

 

妙な緊張感に包まれながら、千冬の前で正座をして座る六人。その隣に刀奈と明日奈も座って、八人+千冬一人と言う構図になっている。

その重々しい雰囲気の中で、千冬だけが気さくに話しかけてくる。

かろうじて箒とシャルロットが返事をするも、他のメンバーは沈黙したままだ。

 

 

 

「まぁ、いい。ほら、お前たちにも飲み物をやろう……」

 

 

 

そう言うと、千冬は冷蔵庫にある飲み物を取り出して、メンバーの前に並べる。数は八。どうやら、来ることを見越して買っておいたらしい。

ラムネ、コーラが二つ、紅茶が二つ、緑茶が二つ、スポーツドリンクの八つ。

紅茶をシャルロットとセシリアが、緑茶を箒とラウラが取ると、鈴がスポーツドリンクを取り、コーラを更識姉妹が取る。最後に残ったラムネを明日奈が取り、皆が一様に蓋を開けて、喉を潤した。

 

 

 

「よし、飲んだな?」

 

「えっ?」

 

「そ、そりゃあ、飲みましたけど…」

 

「まっ、まさか、何か入っていたんですの!?」

 

「何も入れるか馬鹿者が、ただの口止め料だ。お前たちに飲み物を奢った代わりに、お前たちは私の飲酒の事を黙っておく。どうだ?」

 

「ど、どうだと言われましても……」

 

「それは教師らしからぬことなのでは……」

 

 

 

メンバーが呆れているところに、明日奈が年長者として千冬に言うも、千冬はグビグビと缶ビールを口に運ぶ。

 

 

 

「叱られる事は悪いことではないさ……。それは、誰が見てくれている証拠だ。

だからお前たちも大いに間違えろ…………そうしたら、私たち教師がしっかりとお灸を据えてやる……!」

 

「お灸程度で済めばいいけどね……」

 

「回復不能なダメージは負いたくないものだな……」

 

 

 

一番付き合いのある鈴と箒が突っ込んだところで、話は自然と一夏と和人のことになった。

 

 

 

「それで? お前たちから見て、あの男子二人はどうだ?」

 

「どう……ですか……」

 

「そうですわね……」

 

 

シャルロットとセシリアの言葉に、刀奈、明日奈以外のメンバーは沈黙した。

 

 

 

「まぁ、良くも悪くも、変わった……という感じでしょうか」

 

 

 

そう言ったのは、箒だった。

 

 

 

「ほう? 変わったか……」

 

「はい。正直、あいつはいつまでたっても変わってないと思っていました。実際、初めてIS学園であった時には、あの頃の印象と若干の違いはあれど、大元のところは変わっていませんでしたから……」

 

「そうだな……。お前はいつも一夏と一緒にいたからな……♪」

 

「なっ!? そ、そそそんな事はありません!」

 

 

 

千冬のニヤけ顏に反応し、千冬が何を思っているのかが分かってしまった。

箒はそんな千冬の思考を真っ向から否定してはいるが、真っ赤になった顔を見せては、どうにも説得力がない。

 

 

 

「わ、わたくしは、とても素敵な方達だと思いますわ!」

 

「ほうほう」

 

「えっと、一夏さんも和人さんも、優しくて、強くて……正直、あんな男性を、わたくしは見たことがありませんから……」

 

 

 

セシリアはそっと目を細めてつぶやく様に言った。

イギリスにだって、紳士的な男性はたくさんいるだろう……だが、ISが出来て以降、女性の方が優位に立てるこのご時世、男性の社会的地位は、年々下がり始めていた。ゆえに、男女間のバランスが崩れ、女性に対して悲観的な考えで接する男性が増えた。

女性のいいなりになって、付き従う男性も増えており、セシリアから見ても、あまり情けないと思うしかなかった。

 

 

「確かにな……。だが、あいつはただのゲーマーだぞ? 一にも二にもVRMMOだと言っていた……。そう言えば、この間はお前たち全員でゲームをやってたんだろ? あいつが嬉しそうに話すのを、どれだけ聞いたか……」

 

 

少し前にやった、ALOでのクエストの事を、千冬は既に聞かされていた。

どんな敵が出てきて、みんながどうしてこうして……。最後にどうなったか。ゲームに全く興味のない千冬でも、若干興味をそそられる話だったのは、覚えている。

 

 

 

「でもさー、あいつらほんと、ゲームの中ではありえないくらい強いのよねぇ〜」

 

「うん。なんだが、凄く慣れてる感じだよね」

 

「あぁ。それに、互いの戦い方をよく知っている様だしな……」

 

「とっても、互いを信頼し合ってる……みたいな……」

 

 

 

今度は残りのメンバーが言った。

少なくともALOの事を……いや、VRMMOというジャンルよゲームを否定してきた鈴とラウラが、そのゲームにのめり込み、簪とシャルロットも、それに倣うからの如くメキメキと力をつけていった。

 

 

 

「まぁ、若いうちにしか出来ん事をやるのはいいことだが、やり過ぎて成績を落とす様なことはしてくれるなよ?」

 

「問題ありません」

 

「僕も、大丈夫かな……?」

 

「私も…問題ない、と思います……。メリハリは、ちゃんとつけてますから」

 

「私は元々優秀だから? そんなちょっとやそっとで成績は落ちないわ」

 

「ほほう? ALOをやり始めたばっかりの時には、数学の成績があまりよろしくなかったみたいだが?」

 

「ううっ……!」

 

 

 

成績表を見るのは教師の仕事だ。

だが、その他のメンバーも鈴も、思いの外成績は悪くない。

代表候補生として頑張ってきた事もあってか、知識は割と豊富だ。

まぁ、それは、ISに関して言えることだが……。一般常識や国社数理英と言った日本の日本的な五教科は、皆それぞれだ。

 

 

 

「にしても、あれだけ反対していた凰とボーデヴィッヒが、そこまでのめり込むとはな……」

 

「そ、それは……」

 

「な、なんと申し開きをすれば、いいか……」

 

「別に責めているわけではないさ……。だが、変われば変わるものだと感心したまでの事だ」

 

 

 

一夏に対して好戦的だった二人は、揃って苦虫を噛んだ様な複雑な表情を見せた。

鈴は一度、一夏の顔面をグーパンをかまし、ラウラはISで斬り合った。

だが、今となっては同じALOをやる仲間になった。

 

 

 

「にしても、もしかして思っていたが……。まさか、本当に全員がこの部屋に集まってくるとはな……。

まったく、ご苦労な事だな……」

 

「そ、それは……」

 

「いつもは楯無さん達がいて、全くお話できないからですわ!」

 

「そうよ! こっちだって一夏とは積もる話もあるし……」

 

「ぼ、僕も……かな。二人には、いろいろと聞いてみたい事があるし……」

 

「私はもう少し、師匠からの教えを乞いたいところだがな」

 

「わ、私も、その……和人さんと、PC関連で、いろいろ話してみたいなぁ〜と……」

 

 

 

皆が日頃から抱いていた事を口にした。

一夏と和人の二人と、もっと話をしてみたい……。

それはISに関する事でも、ALOに関する事でもいい。何気ない世間話でもいいから、二人と話してみたいと思っているのだが、この二人は、常に恋人という存在が隣にいる。

まぁ、IS学園という隔離された場所では、一緒にいる事の方が多いわけで、それを引き剥がそうという権利は、誰にもない。

時々は二人がフリーになって、話せるチャンスがあるのだが、それでもクラスの女子や、新聞部、各種運動部の生徒達に声をかけられて、話すタイミングを逃してしまう事もしばしば……。

 

 

 

「だとよ……。どうなんだ、ご両人?」

 

「あはは……」

 

「そ、そうですね……」

 

 

いつも一緒にいるのは否定できないため、六人の圧力には押し負けてしまう。

 

 

「だいたい、私なんて一夏とは中一の時以来会ってなかったんだし、それに、ほぼ毎日、あいつの病室に通って、看病とかしてたし……」

 

 

 

そう言ったのは鈴だった。

そうだ。鈴は一夏がSAOに囚われて以降、毎日の様に一夏の病室に足を運び、現実世界の一夏の看病をしていた。

いつ死ぬかもわからない状況の中、一夏の看病に中々来れなかった千冬はもちろん、目の前で死ぬかもしれない幼馴染の姿を目の当たりにしていた鈴自身も、怖かったに違いない。

 

 

 

「そうよね……。鈴ちゃんが、チナツの体の世話をしてくれてたんだもんね……」

 

「そうよ……。時々呼吸が荒くなったり、心拍数が上がって、危険だって医者さんが言った時は、ほんと終わったかと思ったわよ……!」

 

 

 

あの時の事を思い出す。

いつ死ぬかもわからない一夏の事を思うと、気が気では無かった。

もう二度と、一夏の声を聞くことができないかもしれない……そう思った時には、学校にすら行く気にはならなかった。

 

 

「鈴ちゃんにも、ちゃんと話さないとね……あの世界の事は……」

 

 

 

刀奈は、神妙な面持ちで全員の顔を見た。

明日奈もまた、刀奈の表情に合わせて、ともに表情を同じくした。

 

 

 

「そうだな。楯無、それから結城。一夏からは一応大まかな話は聞いているが、お前達からも聞きたい。

あの世界で、一体何があったのか……あの世界を作った、張本人……晶彦さんの真意を、私は聞きたい」

 

 

 

千冬も同じ気持ちの様だった。

その目は、とても真剣で、一切の冗談を含んでいない。

その表情に、刀奈も明日奈も、深呼吸をひとつ。

そして語る。

あの日、あの世界で、一体何が起こったのか……。

あの世界を作った天才科学者 茅場 晶彦が何を思って、あの世界を作ったのかを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回で話は終わり、福音戦に突入と行きます。


感想よろしくお願いします(^ ^)


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