ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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やっと終わった……ッ!

ちょっと終りが簡潔すぎたかなぁ〜と心配ですが……


それでは、どうぞ!


第29話 異界の簒奪者

亡霊の王。ゴースト・ザ・ファントムロードを倒せた一行は、最終目的であるクエストボスの元へと向かっていた。

クエストが……そもそもこの様な大規模戦闘が初体験のメンバーが半数もいる中で、これほどの戦果を得られたのは貴重だ。

ラウラとシノアの動きも悪くない。それは現実世界において、ラウラは現役軍人であるのと、シノアも軍での訓練を受けた経験と、ISでの戦闘訓練が生かされているからだろう。

その他にも、前衛で申し分ない力をつけたスズや、後衛で回復職に徹するティアの存在も大きい。

そして、何より驚いたのが、カンザシだ。

冷静な分析力と対応力……メテスの魔法を駆使した阻害と攻撃の両方を繰り出した戦術。

それは “敵の撃破” と言う文字を組み並べて、“戦闘” と言う文章に組んで、“戦術” と言う物語に仕立てた様なものだ。

元々SAOをやる筈だったのはカンザシであった。しかし、それはカタナがカンザシがいない間にナーヴギアを装着し、ゲームを始めてしまった為に、事件にも巻き込まれずに済んだのだが……。

しかしそれ故なのか、ゲームでの役割分担をしっかり認識している様だ。

 

 

 

 

 

「にしても、さっきのカンザシは凄かったな……!」

 

「そ、そんなことない…っ! あ、アレはその……」

 

「恥ずかしがることないぜ、カンザシ。正直カンザシの適応力は俺も驚いてる」

 

「そ、そうですか? あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 

チナツとキリトの賞賛に、顔を赤くしながら俯くカンザシ。

 

 

 

「ふふっ……カンザシちゃんは照れ屋さんだね」

 

「でもそう言うところが可愛いのよねぇ〜♪」

 

「んっもう! お姉ちゃん、いきなり後ろから抱きつかないでよぉ〜!」

 

「えぇ〜……いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないしー」

 

「もう……びっくりするから……」

 

 

 

 

相変わらず妹ラブなお姉ちゃん、カタナ。

姉の変わった一面を見た事で、カンザシも戸惑っている様だ。普段は摑みどころのないミステリアスな雰囲気に包まれている姉。

成績優秀、運動神経抜群、スタイル完璧、おまけに美人と来た。もう、何もかもが完璧だと思っていた。

だが、今この瞬間にいるカタナは、甘えん坊な年下の女の子という雰囲気が多少ある様にも思えた。

 

 

 

 

「ま、この調子で攻略頼むぜ、参謀」

 

「そうだね……作戦参謀としては充分な資格を持ってるよ」

 

「えっ? そ、そそそんな! 私にはまだ……」

 

「カンザシ、言っただろう? 俺たちはお前を認めてるんだぜ? カンザシの分析力と適応力の高さは、俺たちの中でも高い方だと思うし、今の攻略戦だって、前衛と後衛での剣と魔法を駆使した戦いになって来ている……。

そんな時、どうしても思う様に動けない時が出てくるだろうから、カンザシの様な、現場で指揮をする役目は必要だ」

 

「で、でも! それならアスナさんやお姉ちゃんもいるし……」

 

「あ〜……私はそんなには……」

 

「私もね。ほとんどアスナちゃんの指示に従ってただけだし……」

 

 

 

SAO時代では、主に作戦の立案をしていたのがアスナだ。

作戦に必要な情報をカタナが集めて、アスナが作戦を考える。だが、それは以前のSAOの話だ。

SAOでは魔法が無かった……。つまり、近接戦闘でしか攻撃が与えられなかった。故に、前衛後衛に分ける意味はなく、壁役と遊撃、スイッチからの追撃。回復は常時交代してからの回復結晶やポーションなどで回復を行っていた。

だが、ALOでは攻撃、および回復の魔法が使える。

なので前衛は、回復を後衛に任せ、長時間前線に立ち続けられる様になった。

 

 

 

「だから、私も慣れてるとは言っても、カンザシちゃんの方がうまく立ち回れると思うなー」

 

「う、う〜ん……」

 

 

気恥ずかしさと迷いの感情が入り混じっていた。

これまで、自分にどんな才能があるのか、なんてずっと考えていた。

天才と呼ばれていた姉と比べられることが嫌で、負けたくないと思いつつ、どのみち勝てるわけがないと諦めていた。

だが、姉である刀奈がSAOに囚われの身になって、わかったことがあった。

更識家の使命や責任を一手に引き受けていた姉は、日々精進する為に、陰ながら努力を続けていた事を……。

知らない所で苦手を克服して行って、それを気丈に振舞っていたのだと知った。

その裏の努力を知って、簪は思い知ったのだ。

天才も努力を惜しまないのだと……。

いや、努力の上に、天才が成り立っているのだと……。

それを知った時には、自分の愚かしさや苛立ちを覚えた。

姉の事を何もわかっていなかったと、後悔し、夜な夜な泣いていたことだって多い。

 

 

 

「カンザシちゃん」

 

「な、なに、お姉ちゃん?」

 

「カンザシちゃんはさ、自分が才能ないとか思ってるでしょ?」

 

「だっ、だって、本当に才能なんてないし……それに私は……」

 

「カンザシちゃんは自分が完璧じゃないって思ってるけどね、私だって完璧じゃないんだよ?」

 

「お姉ちゃん……」

 

「カンザシちゃんがした事は、SAOで生きてきた私や、アスナちゃんにもできない……ましてや、キリトやチナツにだってできない事。

それをカンザシちゃんはやってのけたんだよ? なら、もっと自信を持っていいわ」

 

 

 

ただ静かに、諭すように言葉を紡ぐカタナ。

その言葉に、カンザシの表情にも、少しずつ曇りが消えて来ていた。

 

 

 

「全く、何ウジウジしてんのよ」

 

「スズ……」

 

「そうですわ、カンザシさん。先ほどの戦闘は、あなたの機転によって勝利しましたのよ? ならばもっと胸を張りなさいな」

 

「ティアまで……」

 

 

 

二人とも皮肉のような口ぶりだが、その表情はにこやかで、カンザシを見てはにかんでいる。

 

 

 

「そうだよカンザシちゃん! だいたい長い間、私もALOやってきたけど、あんな作戦指揮を取れるプレイヤーは少ないんだよ?」

 

「そうそう、私もトレジャーハンターで通してるから、こんなレイド戦は経験皆無だし……」

 

「俺たちゃあ前衛一本だからよ、そう言う指示をしてくれんのは嬉しいし、大歓迎って感じだぜ!」

 

「そうですよ。私もそう言うのは苦手なので、できればお願いしたいです……」

 

「キュウ!」

 

「ほら、ピナもそう言ってますよ!」

 

「まぁ、みんな作戦指揮なんてできる柄じゃないしね〜……あんただけが頼りってことよ……!」

 

「みんな……!」

 

 

 

初めての感覚で、とてもむず痒い感じがする。

が、悪くない感覚であることには間違いなかった。

ならばみんなの期待に応えたい。

そう、心からそう思った。

 

 

 

「わかりました……! みんなの期待に応えられるよう、頑張ります!」

 

 

 

力強く己の意志をしめした。

これによって、戦術の幅は大分大きくなったと見える。

あとはクエストボスの戦力だ。

先ほどのフィールドボスの強さからして、クエストボスの力は、さらにその上を行くと思っていていいだろうと推測する。

 

 

 

 

「にしても、メテスさんの魔法も使い方次第って感じだな……」

 

「うむ……すまない……」

 

「いや、その……」

 

 

 

正直メテスの魔法を期待していたのは間違いではない。

だが、思いの外攻撃力というのが低いのが判明した。

先ほどの戦闘でも、カンザシの機転があったがゆえに勝てたが……。

 

 

 

「カンザシは、メテスさんの魔法を把握してるのか?」

 

「ううん。だから、今のうちに聞いておこうと思って……いいですか? メテスさん」

 

「ああ……お嬢さんの役に立つならば、いくらでも聞いてくれ」

 

 

 

 

それから、カンザシはメテスから色々と互いの使える魔法の情報交換を行った。

メテスにできるのは、敵の攻撃を阻害したり、味方の攻撃力を増幅させたりする魔法だそうだ。

まぁ確かに、冒険者を名乗ってるくらいだから、敵の攻撃を阻害する魔法は、らしいと言えばらしい魔法だ。

さて、そうこうして歩いているうちに、一行は次なる目的地に着いた……今回のクエストを締めくくる最後のボスがいる場所へ。

 

 

 

 

「これはまた……」

 

「凄く、嫌な感じがしますね……」

 

 

 

 

先頭を歩いていたキリトとチナツが、その目の前にある物を見て、驚愕していた。

目の前に広がる “物” ……詳しく言えば、“建物” だが、それはそれはとても大きく、まるで旧世代の宮殿の様な、豪華で絢爛な雰囲気が醸し出された建物。

その建物を、淡い蝋燭の光が優しく全体を揺らしていた。

柱や屋根、その他諸々の装飾品なども、中世のヨーロッパなどで実際にあったのではないかと思えるほどの品物ばかりで、それを見る度に魅了される。

 

 

 

 

「うわぁー………!」

 

「凄いわね……!」

 

「建設費いくらかかってんのよ、これ」

 

「ただ建ててあるだけではありませんわ……装飾品も、柱などに掘られた彫刻や絵画も、どれもが一級品ですわ」

 

「もしかして、僕たち変な所に来ちゃったのかな?」

 

「だが、これほどの建物がなぜこんな所にあるのだ?」

 

 

 

ALOが北欧神話をベースにした世界だと言うのなら、この建物もたま、どこぞの神が住まう宮殿なのではないかと思う。

 

 

 

「ねぇねぇ! この中にお宝がいっぱいあるんだよね!?」

 

「おう! 俺が欲しいものはただ一つだが、それ以外にも、お宝の匂いがするのは確かだ」

 

「うわぁ〜! 楽しみぃ〜〜っ!」

 

 

 

メテスとフィリアは別の事で驚愕している様だった。

 

 

 

「ちょっと、私たちの目的、忘れてないわよね?」

 

「でもリズさん、お宝がゲットできるかもしれないんですよ?」

 

「キュウ!」

 

「それはわかってるけどさぁ……。あぁ、でも確かにお宝ゲットしたらどうしよう……」

 

「速攻で売ると思うなぁ〜、私」

 

「ちょっ! 何言ってるのよ! そんな簡単に売らないわよ!」

 

「でも前にリズさん、貰ったアイテム速攻で売りに行ってたし……」

 

「あれはもらってもいらないやつだったから! 今回は違うわよ」

 

 

リーファの言葉に冷や汗をかきながら反論するも、ここにいるメンバーは既にリズの性格を知っている。

特にキリトやチナツ、クラインたちは毎回リズのこういう所に気をつけているのは、また別の話で……。

 

 

 

「にしても、このダンジョンに潜って、どのくらいだ?」

 

「そうですね……現実時間からしたら……六時からインして、今が八時過ぎ……二時間くらいは経ってますね……。

ていう事は、外は夕方ですかね……?」

 

 

 

 

今回このクエストを開始したのが、学校が終わり、その他諸々の活動を終えてなので、午後六時からログインした。

現実世界では夕方、季節は春の終わり……夏を迎える所であるから、まだまだ日は出ている時間帯だった。……。

だが、ALOでは現実世界との時間が同期していない。

だから、現実時間の六時でも、ALOでは正午と変わらない、太陽と青空が広がっていた。

そこから二時間後だとすると、現実世界では、もちろん夜だ。であるからして、ALOではおおよそ夕方くらいではないかと推測される。

 

 

 

 

 

「って、もうそんな時間?! やっぱクエストやると、時間があっという間に過ぎるわね」

 

「そうですね。私も終わったら早く寝ないと……」

 

 

 

リズとシリカが口を揃えてうなだれる。

 

 

 

「俺も、明日も仕事だからなぁ〜。ちゃっちゃと終わらせようぜ、キリト」

 

「そうだな……言っても、後はクエストボスだけだからな。そいつを倒せば、必然的にクエストクリアさ」

 

「そうですね。準備が整い次第、すぐにボスに挑もう!」

 

「「「「おおっ!!!!」」」」

 

 

 

メンバー全員が再び一致団結した所で、再び装備を整える。

 

 

 

「カンザシ、相談は終わったか?」

 

「うん。一通りの魔法は教えてもらった……けど……」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 

メテスと魔法の相談を終えたカンザシがチナツの下へと来る。

だが、何やら疑問に思っていることがあるらしい……。

 

 

 

「メテスさんが、自分の力はまだ完全じゃないって言ってたの」

 

「え? っていう事は、あれが完全な状態の……最大威力の魔法じゃないってことか?」

 

「ううん……そうじゃないくて……。本当なら、もっとスゴイ魔法が使えるらしいんだけど……」

 

「今はそれが使えない……って事か?」

 

「うん、そうみたい……。しかも、その原因が今から倒しに行くボスのせいみたいで……」

 

「そう言えば……」

 

 

 

メテスは、一度一人でこの先にいるクエストボスに挑んで、敗北したと話していた。

ならば、その時受けた攻撃の所為で、本来の力が出せないのかもしれない。

 

 

 

「でも、そのほかにも色々持ってそうだったから……」

 

「それって、カンザシにも教えていない魔法があるって事だよな……?」

 

「たぶん、そうだと思う」

 

「ん……」

 

「どうする、チナツ?」

 

「まぁ、どの道ボスとやり合ってみるしかないしな……メテスさんのその魔法も、そこまで隠しているって事は、奥の手かもしれないしな……。

それが使える様になるまでは、さっいみたいに繋げていくしかないって事だ。そういうわけで、後衛は頼んだぜ!」

 

「うん、頑張る……ッ!」

 

「みんな、用意はいいか?」

 

「そろそろ出発するぜ……!」

 

 

カンザシの意志も固まったその時、キリトとクラインが確認をし、全員の装備が整った。

 

 

「よし、行くぞ……!」

 

 

 

キリトを先頭に、次々と宮殿の中に入っていくメンバー。

中にある調度品や芸術品に目を奪われそうになるが、その反面、宮殿内の奥深くからは、何やら不可思議な気配を感じる。

 

 

 

「って言うか、ほんとなんでこんな所の宮殿なんかあるだろう……」

 

「そうですね……洞窟の中にある宮殿って、何の為にあるんですかね?」

 

 

ほぼ全員が思っていた事を、リズとシリカが言った。

立派な建造物が、何故日も当たらない地下に存在するのか、それが疑問だった。

確かに、アルヴヘイムは妖精たちが生きている世界。

それは、神話の話でもそうだ。

だが、本来宮殿に住むような格の上の存在と言えば、神……神話に登場する、世界をの創造し、強大な力を持った者たちが住まう場所と言うイメージが強い。

ならば、宮殿が存在するとなれば、それはこんな地下ではなく、天界……北欧神話では、《アースガルズ》と呼ばれる所にあるはず……。

 

 

 

「確かに、仮にも神が住んでいるとすれば、我々とは違った次元の元にいるのが必然か……」

 

「でも、地下もなくはないかもよ? 大地母神とか、土地に関係する神様もいるわけだし」

 

「へぇー、シノアはそう言うの詳しいの?」

 

 

 

ラウラとシノアの会話に興味を持ったリーファが近づいてきた。

リーファも元々北欧神話の話を読んだ事があり、それをベースにしているALOも気に入った人物だ。

同じ話ができる者がいると、やはり嬉しいのだろう……シノアと話す声には、少し喜びを感じた。

 

 

 

「うん。昔お母さんが持ってた本があって……小さい頃はよく読んでたんだぁ」

 

「へぇーそうなんだぁ〜! 私もなの!」

 

「リーファも?」

 

「うん!」

 

 

 

 

元々がヨーロッパ、フランス人であるシノアにとって、そういうお伽話をよく知っている。

だから、シノアとの話は、リーファにとっては新鮮に感じるのだろう。

同じ歳で、同じシルフであり、お伽話が好き。

仲良くなるのに、時間はそうかからなかった。

 

 

 

「神話ねぇー……全然興味ないわー」

 

「スズさんも、一度読んでみるといいですわ」

 

「何よ、あんたも読んだ事あんの?」

 

「ええ……あれもお伽話のようなものですから。日本にだって、神話もありますし、源氏物語と言った文学もあるのでしょう?」

 

「まぁ、あるっちゃあるけど……興味がないし」

 

「はぁー……そう言う文学物を、“スズさんにこそ” 読んでもらいたいものですわね」

 

「はぁ? それどういう意味よ?!」

 

「そのままの意味ですわ」

 

 

 

 

こっちはこっちで、いつも通り仲が良いのか悪いのかわからないスズとティアの二人。

だが、いいパートナーだとは思える。

そして別のところでは、フィリアとメテスが冒険について色々と話をし、別のところではラウラとシリカ、リズの三人で武器について意見を述べ、アスナとチナツが、今この場では全く関係ない料理の事で話をしていた。

はたまた別のところでは、カタナがカンザシにベッタリとくっついていて、それを先頭で歩くキリトとクラインが男二人で話している。

 

 

 

 

「なぁ、キリト……」

 

「なんだよ?」

 

「俺もあっちに混ざりてぇ……!」

 

「いや、それを俺に言われてもだな……」

 

「なんでお前やチナツばっかり……‼︎」

 

「知らないよ……はぁ……全く、緊張感の欠片もないな」

 

 

 

 

だが、自分たちはそれがいいと思う。

互いに年齢も性別も、種族すらも違う。共通点があるなら、みんながVRMMOという世界と、ISという兵器によって、たまたま、偶然出会ったという事だけだ。

茅場 晶彦と篠ノ之 束……二人の日本人天才科学者が編み出した技術で、世界を繋げた。

それが、今の自分たちのこの関係だと、キリトは思った。

 

 

 

 

「っ! ようやく見えてきたか……みんな、ボス部屋だ。警戒態勢!」

 

 

 

ここまでずっと歩いてきたが、さすがに宮殿の中でモンスターと出会う事はなかった。そして、その最終地点、この宮殿内の最奥部……ボスの部屋の前に、とうとうやってきた。

 

 

 

 

「さて、妖精の剣士達よ。ここからは、今まで以上にきをひきしめてくれ……」

 

 

 

 

ここへ来て、メテスの顔が一気に真剣なものになった。

 

 

 

「ここにいるやつは、生半可な覚悟では倒せない……俺は最後までそなた達を信じる……! だからこそ、もう一度言うーーーー」

 

 

 

そして、改めて、メテスはキリト達に向けて、言った。

 

 

 

「ーーーー俺に力を貸して欲しい!」

 

「……もちろん!」

 

「ここまで来たんだもん!」

 

「やりますよ!」

 

「そうね!」

 

「上等だ!」

 

「任せなさい!」

 

「了解です! ねぇ、ピナ?」

 

「キュウ!」

 

「オッケー、任せて!」

 

「当然! 頑張るよ!」

 

「当たり前よ!」

 

「えぇ、やらせていただきますわ!」

 

「僕も!」

 

「無論、私も手を貸すぞ!」

 

「が、頑張ります!」

 

 

 

 

皆の意志は硬かった。

 

 

 

 

「ん?」

 

「……ん、どうしたシノア?」

 

 

 

 

部屋に入る直前で、シノアが扉に彫られていた彫刻を見て、立ち止まった。

そこには、無数に彫られた髑髏やら交錯した二つの剣が描かれていたのだが、シノアが注目したのは、その扉の一番上。

そこには、アルファベットのような文字が刻まれていた。

 

 

 

 

「なんだ? アレ」

 

「うーん……英語……いや、ラテン語?」

 

 

 

 

だが、どこかで見た事のあるような文字だったというのが、シノアの見解だった。

 

 

 

「エ、エーリ……ズニル?」

 

「この宮殿の名前かな?」

 

「かもな……まぁ、とりあえず進んでみるしかないさ。さぁ、行くぞ」

 

「うん!」

 

 

 

 

キリトとクラインが両方の扉に手をかけ、力一杯押す。

すると、途中まではゆっくりと動いていたが、少し開けると後は自動的に壁まで扉がひとりでに動く。

ギギギッ、という重苦しい声が聞こえ、メンバーの士気を一気に戦闘モードへと移行させる。

 

 

 

 

「…………全員、警戒を怠るなよ」

 

 

 

 

抜剣し、ゆっくりと部屋の中央へと歩いていく。

先頭には、もちろんキリトとクライン、チナツといった、前衛組が陣取り、いつでも攻撃態勢に移れるようにしている。

 

 

 

 

「…………何者だ」

 

「「「「っ!?」」」」

 

 

 

 

突如、暗闇にいくつもの灯火が灯った。

そして、その灯火の明かりに微かに照らされ、その場に鎮座する影を発見した。

どうやら、先ほど声をかけてきたのは、そこに鎮座していた者のようだ。

 

 

 

「アルヴヘイムの妖精たちか……。何用でここにいる?」

 

「…………」

 

「ここは《エーリューズニル》。我が主、《ヘル》の館だ……ここは貴様らの来ていい場所ではない。早々に立ち去るがいい」

 

「……そう言うわけにもいかないんだよな」

 

「何?」

 

 

 

 

ここへ来て、キリトが声の主に対して返答を返した。

そう、ここに来たのは、ある目的があったからだ。

 

 

 

 

「俺たちはここに眠っている財宝の事を聞いて来た……あんたは何か知ってるんだろ?」

 

「…………財宝。なるほど、貴様ら妖精たちもそれを狙ってきたというのか……」

 

「まぁな。それで? その財宝とやらを貰えるかな? あまり無駄な戦いはしたくないんだが……」

 

 

 

キリトの表情が強張り、その頬を一筋の汗か流れた。

本来、バトルジャンキーなキリトからは、ありえない言葉だった。

相手との戦いに躊躇するキリトを、あまり見たことがない。

相手との戦いで面倒な事が起きてしまったり、腑に落ちない戦いはしない主義ではあるが、いつもなら、進んで戦いに挑むのが彼だ。

だが、その表情から察するにかなり緊迫しているのがわかる。

 

 

 

 

「なるほど……貴様らもあの盗人と同じというわけか……」

 

「心外だねぇ……盗人とは。冒険者と言ってくれ」

 

 

 

メテスがキリトの前に立ち、腕を組んで仁王立ちで迎える。

 

 

 

「やはり貴様か。妖精たちを誑かし、この場所まで連れてきたのは……!」

 

「ああ、そうだ。だが誑かしたわけではない……彼らの意思で、ここに来ている」

 

「ふんっ、前に叩きのめしただけでは事足りんと見える。ならばもう一度、貴様を捻り潰してくれようかーーーーッ!」

 

 

 

ズンッ、ズンッ、ズンッ

 

 

 

 

小さな地揺れが起きる。

どうやら、座っていた状態から起き上がり、こちらに向かって来ているようであった。

そして、その影は次第に大きくなり、灯火が部屋の中を全て照らし出した瞬間、その影は、その姿を現した。

 

 

 

「っ! こ、こいつは……っ!」

 

 

 

 

目の前にいたのは、巨大な狼だった。

黒鉛のような肌に、朱に染まった立髪のような毛と尻尾。まるで大きな岩をそのまま取り付けたのではないかと見間違うほどの、大きな前足。そしてそれを支えている豪爪は、あらゆる物を一瞬で切り刻めそうなくらい、立派な物だった。

 

 

 

「あっ! 思い出した!」

 

「シノアちゃん?」

 

 

 

そのボスの姿を見たシノアが、大きな声を出し、何かを思い出したようだ。

 

 

「エーリューズニル……そしてその館の主人であるヘル……じゃ、じゃあまさか……っ!」

 

 

 

その言葉に反応し、リーファも何かに気づいた。

 

 

 

「えっ! うそっ?! もしてかして、《ガルム》!!?」

 

 

 

ガルム……北欧神話に登場する、地獄の番犬。

ロキの妹、ヘルが住んでいる館であるエーリューズニルの入り口にある洞窟《グニパヘリル》に繋がれている番犬だった。

 

 

 

 

「ならば、ここは本当に……!」

 

「地獄への入り口ってことになりますわね……!」

 

 

 

ヨーロッパ諸国の出身であるラウラとティアもまた、体を強張らせてしまう。北欧神話に精通しているヨーロッパ諸国の人間にとって、目の前に巨大な地獄の番犬がいれば、こうなるのは仕方のないことだろう。

 

 

 

「我が名はガルム。我が主、ヘルからの命は、ここに近づく者達を遠ざける事と、地獄から逃亡者を見張り、捕らえる事。

故に、貴様らをここから先へは行かず訳にはいかぬし、財宝も渡すつもりはない……。もしも、財宝が欲しいのであればーーーー」

 

 

 

ガルムの体から焔が噴き出す。

脚、口、毛並、尻尾……ありとあらゆるところから、紅蓮の焔が現れる。

 

 

 

「この身を見事、打ち果たしてみせよーーーーッ!!!」

 

 

 

 

部屋の雰囲気が一気に変わった。

つまり、戦闘モードへと移行したのだ。その証拠に、ガルムの名前と、三本のHPゲージが出現し、ガルムも臨戦態勢へと入った。

 

 

 

 

「ッ! 相手がどんな攻撃をするかはわからない。序盤はひたすら回避と防御に専念!」

 

「「「「了解ッ!!!」」」」

 

 

 

 

キリトの指示に従い、メンバーは散開し、それぞれの持ち場へと移動する。

 

 

 

 

「ウオオォォォォォーーーーンッ!!!!!」

 

 

 

 

高らかと響く雄叫び。

その直後、勢いよく跳躍したガルム。洞窟内では妖精たちは羽根を出せない為、空中にジャンプ出来る範囲は決まっている。

故に、ガルムが跳躍した時だけは、どうしても攻撃できない。

 

 

 

 

「ちっ、回避! 散開して、包囲しろ!」

 

 

 

キリト班とチナツ班に別れた一同。

ちょうどその上をガルムは飛翔し、そのまま落下してきた。もしその場にいたら、間違いなく踏み潰されていただろう。

 

 

 

「ほう? 判断はまあまあだな……だが、逃しはせん!」

 

 

 

うまく回避はできたものの、すぐさまガルムは振り向きぎわになってその強靭な豪爪でキリトたちを刈り取ろうする。

これはキリトとクラインがタンク役をし、二人でなんとか攻撃を止める。

 

 

 

「ぐうぅッ!?」

「ぐおぉッ!!?」

 

「キリトさんたちが抑えてる間に、俺たちが斬り込むぞ!」

 

「そうね!」

 

「わかってるわよ!」

 

 

 

ガルムがキリトたちに注目している最中、反対側ではチナツ、カタナ、スズが走ってくる。

当然、ガルムはそれを迎え撃とうとするが、それは小さな電撃によって阻まれた。

 

 

 

「ぐっ!? おのれ、小癪な……っ!」

 

「ふっはは! そう簡単には行かせんよ!」

 

 

 

メテスの魔法、相手を一瞬だけ麻痺状態にする雷球を放つ魔法。

効果は一時的なものである為、あまり有効な攻撃ではないが、それでも時間を稼ぐ事はできた。

 

 

 

「させないよ!」

 

「凍えなさい!」

 

 

 

シノアが弓矢を放ち、ティアは凍結魔法で援護する。

水属性の魔力がこもった矢と、手足を拘束する氷結の魔力が、ガルムを襲い、矢がガルムの顔付近で爆発し、霧を発生させ、ガルムの視界を奪うと同時に、ティアの魔法がガルムの動きを封じた。

 

 

 

「今!」

 

「ありったけブチ込むわよッ!」

 

「うりゃあぁぁぁッ!!!!!」

 

 

 

チナツが跳躍し、ガルムの背中を三連撃。その隙にカタナが回り込んで、左の脇腹に五連突き。最後にスズが上段斬りをガルムの脳天に斬り込んだ。

 

 

 

 

「ぐうっ!?」

 

「スイッチ行くぞ!」

 

「うおぉぉッ!」

 

「うん!」

 

 

今度は反対側のキリト達が向かってくる。

クラインの上段斬りが右脚に炸裂し、キリトの四連撃がガルムの胸元を切り刻む。

最後はリーファが袈裟斬りに一閃。ガルムの顔を斬りつけた。

 

 

 

「くっ!? おのれ……ッ!」

 

 

 

リーファの攻撃を受けて、その直後にティアの魔法の拘束から放たれた。というよりは、自ら破ったと言った方がいいか……

 

 

 

「なるほど……中々やるではないか。だが、やはりまだまだ足りんな!!!!」

 

 

巨大な前足両方を肩幅より少し広めに広げたガルム。

すると、その岩のような前足の部分が、機械のように開くと、そこから真紅の閃光が走る。

それと同時に、微かにガルムの体から火の粉が散り始め、それを天高く舞い上げた。

 

 

 

「ウオオォォォォォーーーーンッ!」

 

「っ! 範囲攻撃です! みなさん、避けてください!」

 

 

 

ユイが危機を感じ、全員に聞こえるように叫ぶ。

 

 

 

「回避!」

 

 

集まった火の粉が、やがて大きな焔を形成していき、それがまるで生きているかのようにうねっていた。

そしてその焔そのものが、八つに別れ、周りにいたキリト達に向かって、容赦なく放たれた。

 

 

 

「ぐうっ?!」

 

「うわっ、アッチィィッ!」

 

 

凄まじい焔の本流が襲う。

さすがにそれだけで即死はしなかったものの、一番近くにいた前衛組は、HPゲージがレッドゾーンに突入し、それ以外でも、イエローゾーンまでHPが減った。

 

 

 

「あっ、回復を!」

 

「うん!」

 

「はいですわ!」

 

 

 

 

後衛にいたカンザシ、アスナ、ティアのウンディーネ組が即座に回復魔法で支援する。

 

 

 

「メテスさん、次に攻撃が来た時、前衛組にダメージ遮断魔法を! アスナさんは付与魔法で支援して下さい! ティアは凍結魔法で直接攻撃を継続!」

 

「あいよ!」

「うん、わかった!」

「了解ですわ!」

 

 

 

 

カンザシがもう一度回復魔法で支援し、メテスはカンザシの指示通り、追撃を仕掛けようとしているガルムから、キリト達を守り、アスナはHPを回復させていた中衛組の攻撃を、付与魔法をかけることで援護する。

そしてティアが、次々と氷系統の魔法を駆使して、遠距離からの攻撃をする。

 

 

 

「爪の斬撃、来ます!」

 

「スズ、カタナ! 下がれ!」

 

「わかってるわよ!」

 

「ええっ!」

 

 

チナツがスズとカタナに向かって叫ぶ。

キリトの側に付いているユイからの指示もまた的確で、次に来る攻撃を秒読みしてくれるため、回避行動も随分楽に行える。

 

 

 

 

「火炎球攻撃、五秒前!」

 

 

 

ガルムがモーションを取る。

ガルムの足元には、小さなマグマが出来、そこから大きな溶岩球が出来上がる。

 

 

 

「キリトさん、チナツ、リーファは防御の構え‼︎ メテスさん、軌道阻害魔法を三人に!」

 

「オーライ!」

 

「二……一……きます!」

 

 

 

 

ユイのカウント通り、ゼロになった瞬間に、ガルムが溶岩球をすくい上げ、そのままキリト達に投げつける。

そしてそれはキリト、チナツ、リーファの元へと飛んでいき、三人はカンザシの指示通り、剣や刀を体の前に出し、両手で攻撃に対抗する。

普通ならば、ここで大ダメージを負っているだろうが、そこでメテスの魔法が発動する。

薄いオレンジ色の光の膜が、火炎球が迫る三人の体を包み込み、完全に覆い尽くす。

そのまま火炎球は三人に向かって飛んでいき、直撃するも、メテスの魔法によって、軌道がズレて、明後日の方向へと飛んでいく。

 

 

 

 

「くっ!」

 

「凄い衝撃だな……っ!」

 

「ううっ、頭クラクラするぅ〜……」

 

 

 

 

防御はできたものの、衝撃そのものまでは相殺されず、キリト達の体を震わせる。

だがその隙に、中衛組とクラインがガルムを攻める。

大技を放った後は隙が出来やすい……まだ、範囲攻撃にも、周回があるのか、モーションを取らない。

 

 

 

「今のうち削るぞ!」

 

「了解! シノア、援護してくれ! ラウラ、スズ、左右から回れ!」

 

「うん!」

「わかってる!」

「心得た!」

 

 

 

 

チナツとカタナが先陣を切り、シノアが弓での援護射撃。右からスズが、左からはラウラが回り込んで、間合いを詰める。

 

 

 

「ええい、小賢しい妖精共だ……っ!」

 

 

 

素早く動き回るチナツに翻弄されているのか、ガルムも苛立ちを隠せない様子。

 

 

 

「今! メテスさん、“戒めの鎖” を!」

 

「あらよっと!」

 

 

 

右手をふりかざす。

ゴースト・ザ・ファントムロードを屠った“戒めの鎖” 。

鎖がガルムの体に巻きつき、ガルムの動きを封じる。

 

 

 

「ぬぅ!? 移動阻害の魔法か……?!」

 

「今だ! 総攻撃ッ!!!!」

 

 

 

メテスの “戒めの鎖” は味方の攻撃に反応し、鎖が弾けると同時に、魔法をかけられた対象に、大ダメージを負わせるもの。

それに移動阻害もプラスされ、完全な隙を生んだ瞬間だ。

その瞬間を、見逃す彼らではなかった。

前衛組なら中衛組、後衛もまた、攻撃魔法で集中砲火。

キリト、チナツ、クライン、リーファと、前衛組は幾度となくガルムを切り刻み、スズ、フィリア、ラウラ、リズ、シリカ、カタナも、前衛組に続いて、戦列に参加。

そしてシノアの中距離からの弓矢、後衛にいるウンディーネ三人も、魔法を詠唱し、次々と魔法を放った。

 

 

 

「グオォォォーーーッ!?」

 

 

 

弾けた鎖のダメージと、剣技による攻撃が加算され、結果的にガルムのHPゲージを大幅に削ることができ、残りHPゲージが一本と半分。

 

 

 

 

「この羽虫共があぁぁぁッ!!!!!」

 

「「うおっ!?」」

 

「「きゃあッ!」」

 

「くっ!」

 

 

 

すべての鎖が弾け、動けるようになったガルムが吠える。

ガルムの体から灼熱の炎が噴き出ると、たちまちガルムの体を包み込み、火炎の柱ができた。

咄嗟に判断し、後退するも、その余波によって弾き飛ばされる。

 

 

 

 

「いけない……! ティアはそのまま魔法攻撃を続行。アスナさんは回復をお願いします。

シノアは、できるだけヘイト値を稼いで! 回復させるから」

 

 

 

的確に指示を飛ばし続けるカンザシ。

フィールドの把握はお手の物。空間認識能力が高いのだ。

だが、まだまだガルムの勢いは止まらない様子だった。このままでは、回復アイテムも尽き、全滅してしまう可能性だって考えられた。

 

 

 

 

「っ! 範囲攻撃、五秒前!」

 

「っ!? そんな、まだ回復しきってない!」

 

 

 

ユイが叫ぶ。

だが、まだ前衛組の体力が回復しきっていない為、まともに喰らえば即死は免れ得ないだろう。

 

 

 

「二……一……ゼロ!」

 

 

 

ガルムがモーションをとった。

そして、先ほどのように火の粉が舞い、ガルムが雄叫びをあげる。

そして火の粉が収束したと同時に、全方位に向けて炎の本流がキリト達に向かって放たれた。

 

 

 

「マズい‼︎」

 

 

 

もはや手遅れ……。

そう思った瞬間、カンザシの隣にいたメテスが動いた。

 

 

 

 

「…………ふっ」

 

 

 

不敵な笑み。

そして、ゆっくりと右手を自分の懐へと入れていく。

そこから、本を一冊取り出し、その本に魔力を注いだ。

そうして、高らかに宣言したのだった。

 

 

 

「番犬よ……貴様のその力、俺が頂くとしようーーーッ!!!!」

 

 

 

 

バアァァァァァァーーーー!!!!

 

 

 

「んっ!? こ、これはーーっ!」

 

「なんだ?!」

 

「これは……炎が……吸われてる?」

 

 

 

メテスの取り出した本が、紫色の光を放ったのとほぼ同時だった。

放たれたガルムの炎が、勢いよくメテスの本に吸い込まれていったのだ。

これにはガルムも、そして、キリト達もまた、目を見開いて驚愕していた。

 

 

 

 

「メテスさん……それは……?!」

 

「ん? あぁ……コレは “魔道書” だよ。そして、それと同時にこれは俺の力そのものだとも言える……!」

 

「メテスさん本来の……力、ですか?」

 

 

 

本……魔道書はどんどんガルムの炎を吸っていき、やがて吸い尽くしてしまうと、光を失いメテスの手に落ちた。

 

 

 

「貴様、我の力を……?! 一体、何をした!?」

 

「言った筈だ……こいつは敵の力を吸い取る……いや、もっと正確に言うならばーーーー」

 

 

 

メテスは淡々と喋る。

そして、ニヤリと口角が上がる。それはまるで、悪戯に成功した事を喜んでいる子供のようであった。

 

 

 

「ーーーー俺の力は、相手の力、強いては権能を “完全に奪う力” だ!」

 

 

 

そう宣言した途端、メテスの体が光に包まれた。

体の全てを覆い尽くし、まばゆい閃光を解き放ち続ける。

そして、やがてそれが終わると同時に、メテス自身にも変化が起きた。

 

 

 

「えっ……?」

 

「メ、メテスさん?」

 

「うそ……メテスさんなの?」

 

 

 

一番近くにいたカンザシ、ティア、アスナが驚愕する。

それもそのはずだろう。先程までのメテスの姿は、ボサボサの赤く長い髪に、ボロボロの服装と、よりトレジャーハンター感が強い印象を受けたが、今は違う。

綺麗に整えられた赤髪は、ポニーテールにくくられ、ボロボロだった服装は盗賊風ではあるが、どこも痛んではおらず、新品同様の物に。

そして何より、メテスの名前だ。

アイコンの上に表示されていたメテスの名前が変化し、新たな名前が表示される。

その名はーーーー

 

 

 

 

「『プロメテウス』ッ!!!!!」

 

 

 

シノアが大声で叫んだ。

メテスの正体……本当の名は、プロメテウスだった。

 

 

 

「シノア、知ってるのか?」

 

「でも、プロメテウスって北欧神話にいたっけ?」

 

 

 

チナツが聞き、北欧神話を読んだことがあるリーファがシノアに尋ねる。

リーファ自身、記憶が曖昧ではあるが、それでもプロメテウスは北欧神話の神ではなかった筈だった。

 

 

「ううん。プロメテウスは、ギリシャ神話に登場する男神。人間に、“神の炎” と “叡智” を授けた、稀代のトリックスターだよ……!」

 

 

 

シノアの言葉に、改めて驚愕するメンバー。

そもそもなぜ別神話の神が、こんなところにいるのかが気になった。

 

 

 

「っ! そういえば……!」

 

 

 

キリトが思い出したかのように言う。

そう、プロメテウスは、ガルムの持っているあるものを欲していると言った。そしてそれは、人類が進化するかどうか……見極められるものだとも言った……。

そして北欧神話とは別の神話に登場した神……故に異界からの訪問者……いや、簒奪者。

 

 

 

「って事は、ガルムが持ってるものって……」

 

 

 

 

視線をガルムに移す。

当のガルムは、警戒レベルを最大にしたかのように唸りを上げているが、一歩、また一歩と後退していた。

 

 

 

「さてと……おい、犬っころ。お前が持ってるものを、さっさと渡してもらおうか……」

 

「貴様……この炎が人の手に渡れば、どうなるかわかっているのか!」

 

「あぁ、もちろんだとも。だがよ、それだから面白いんじゃないか……人間と言うのは面白い。俺たち神や、お前のような獣が思いつかないものを思いつき、それを作り出す。

愚かで儚く、小さな存在ではあるが……あいつらは俺たちなんかよりずっと面白い生き物だ」

 

「おのれぇ……っ、血迷ったか‼︎ これは《神の炎》だぞ!? 人間の愚かさを知っているのであれば、貴様にもわかる筈だ。

この力を使ったが最後、人間たちには破滅と災いが降りかかるだけなのだぞ‼︎」

 

「それはそれで、また一興と言うものだろう? さて、お話はそこまでだ……さぁ、渡すのか? それとも……渡さないのか?」

 

 

 

 

最後の問いだぞと言わんばかりに、威圧感のある声色で迫るプロメテウス。

だが、ガルムの意思も固く、引き下がることをしない。

 

 

 

「そうか……ならば、神であるこの俺が……お前のような獣ごときに本気を出すとしますか……」

 

「ほざけ! 小童ぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

ガルムが駆け出す。

一切の躊躇もなしに、プロメテウスの元へと全速力で走る。

そして、その鋭い爪と牙を突き立て、プロメテウスを斬り裂き、噛み砕こうと言うのだ……。

 

 

 

「ウオォォォォォっ!!!!」

 

 

 

が、当のプロメテウス本人は、ゆっくりとした動作で右腕を上げていく。

やがて右腕が地面に向かって並行の位置に来た瞬間、親指と中指の腹同士を合わせ、それを弾く。

 

 

 

パチンッ!

 

 

 

その間に、ガルムはプロメテウスの元へと飛び込んできて、いつでも嚙み砕く気満々だった。

……だが結局、それの攻撃がヒットする事はなかった。

 

 

 

「ぬぅっ!? コレはーーッ!」

 

 

 

何故なら……

 

 

 

「ふっーーッ!」

 

 

プロメテウスがクリップした右手人差し指から、ガルムが出していた炎と全く同じ炎が顕現したからである。

 

 

 

「私の力!?」

 

「何を驚いている? 言っただろう……俺はお前の力を全て吸い尽くしたと!!!!」

 

 

 

 

灼熱の炎が爆発する。

その爆炎は、ガルムの体を焼き、後方へと大きく吹き飛ばした。

 

 

 

「グオォォォォォッ!!?」

 

「ふっ……ハッハハっ! どうだ? 自分の力で焼かれる気分はよぉーーッ!」

 

 

 

元はと言えば、ガルム自身の力。

それをまさか、こんな形で喰らう羽目になるとは、ガルムも思いもよらなかっただろう……。

 

 

 

「グウ……っ! くっ……‼︎」

 

 

 

必死で立ち上がろうとするも、ダメージを負いすぎたガルム。

残りのHPも、残りわずかまで一気に減ってしまった。

 

 

 

「しぶといねぇ〜……。だが、それもここまでだ……そろそろ終わりにしますか……」

 

 

 

右手を頭上に上げ、へばっているガルムを見下す。

 

 

 

「犬はとっとと、小屋で骨でも囓ってなあッ!!!!!」

 

 

 

 

思いっきり振り下ろされた右手。

その直後、大量の炎の本流が、ガルムに直撃。

あまりの衝撃に地面が揺れ、ヒビが入り、やがて地面が陥没した。

 

 

「グゥオオォォォッ!!!!!」

 

 

全身を焼かれ、体はそのまま力尽きる。

そして陥没した奈落の底へと、徐々に体は沈んでいく。

 

 

 

「ぐっ……おのれぇ……覚えておれよ、プロメテウス。貴様のしでかした事が、やがて世界を滅亡させることになると……‼︎」

 

「上等だ! 人間たちの行く末……このプロメテウスがしかと見届けさせてもらおうーーーーッ!」

 

「プロメテウスゥゥーーーーッ!!!!」

 

 

 

奈落の底へと沈んでいったガルム。

瓦解する部屋の床。

大きな振動とともに崩れゆく館。

 

 

 

「うおおっ!? 崩れる!」

 

「やばいよキリトくん! 早く脱出しないと!」

 

 

 

崩落する天井を見ながら、クラインは狼狽し、リーファは兄であるキリトへと視線を移す。

 

 

 

「ああ! みんな、急いで館から出るんだ! 下敷きになるぞ!」

 

 

 

キリトの声をきっかけに、一斉に外へと走り出す面々。

プロメテウスもまた、キリト達とともに駆け出し、出口へとまっしぐらだ。

そして、全員の脱出が確認された瞬間、あれほど綺麗だった館は、見るも無残に瓦解し、大量の土埃と騒音を出して、廃墟と化した。

 

 

 

 

「うわぁ……ほんと死ぬかと思ったわ……!」

 

「はぁ……はぁ…まさかALOでも、こんなに走るとは思いませんでしたわ」

 

「だねぇ〜」

 

「ふん、軟弱者め。あれくらいの全力疾走でくたびれるなど、鍛え方が足りんのではないか?」

 

「そういうラウラも、意外と息上がってるよ?」

 

「なっ!? そんな事ないぞ!」

 

 

 

崩れ落ちた館を目の前に、生きている事が実感できた。

ALOと言う世界を、まだ見たばかりの彼女達には、とても刺激的な体験になった筈だ。

 

 

 

「はぁー♪ 楽しかったぁ〜!」

 

「どこがよ……危うく死ぬとこだったのに…」

 

「そうですよ……いくらなんでも下敷きで死ぬなんて……」

 

「こういうスリルも、トレジャーハンターの醍醐味なんだよ?」

 

「いや〜……もうおじさんは走りたくないぜ……くたびれた」

 

「おっさんくさいわねぇ〜、シャキッとしなさいよ、シャキッと!」

 

 

 

SAO組もこのテンションだ。

SAO時代、死と常に隣り合わせで生きてきた彼らにとって、このようなクエストですら、命に関わる問題であった。

故に、本当の意味で心の底から楽しめたのは、初めてかもしれない。

 

 

 

 

「終わったねぇー」

 

「あぁ。全員欠けることなく終われたな」

 

「最後は死ぬかと思いましたけどねぇ……」

 

「あら、そう? 私は最後まで楽しめたけど?」

 

 

 

SAO攻略組の四天王の面々もまた、ようやく終わったクエストにホッと一息をついた。

 

 

 

「あっ、そう言えばメテスさんは、宝どうしたんですか?」

 

 

 

思い出したかのようにカンザシがいう。

そう、ボス攻略や崩落などで忘れてしまっていたが、肝心の財宝をプロメテウスは手にすることができたのだろうか?

 

 

 

「ん? あぁ、ここにあるぞ?」

 

 

 

だが当の本人は、緊張感の欠片も無しに、ひょいっと懐からお目当の物を出した。

一体いつの間に懐に入れていたのか……。

だが、その炎を見た瞬間、誰もが思った。

《神の炎》と呼ばれるに相応しいと…………。

 

 

 

「すごぉ〜い! 綺麗……ッ!」

 

 

フィリアの目が爛々と輝いていた。

その炎は、この世に存在しない異彩を放った炎。

全てが黄金色に輝く、金色の炎だったのだ。

 

 

 

「それが、神の炎……」

 

「あぁ……。俺がこの世界に来てまで、探し求めていた物だ」

 

「そう言えば、メテスさんはどうしてこの世界に?」

 

 

 

プロメテウスは「あー……」と言いながら、ここにきた経緯を語った。

なんでも、彼がいた世界では、天空神《ゼウス》が本来の神の炎の所有者であったそうだ。しかし、ゼウスはプロメテウスがその炎を欲していると知ると、それをわざわざ異界の門を開き、そこにいた者に託したと言うらしい……。その相手が、ガルムだったそうだ。

 

 

 

「まったく、あのクソジジイ……異界の門を開くために、《神意》のほとんどを使い切らなきゃいけなくなったぜ」

 

「神意?」

 

「あぁ……そうだな……神が使う力の根源……お前達で言う所の、魔力と言えばいいのか?」

 

 

 

などと飄々とした雰囲気を残しつつ、説明をするプロメテウス。

 

 

 

 

「とは言え、お前達のおかげで、ようやく目標が達成できた。例を言うぞ、妖精たち」

 

「どう致しまして」

 

「っと、褒美をやらんとな」

 

 

 

 

プロメテウスが手をかざす。

すると、神々しい光が溢れるとともに、全員にウインドウが開く。

 

 

 

 

「うおっ! こんなにもらっていいのか!?」

 

「当然だ! 俺の集めていたコレクションの一部だ。受け取れ、妖精たちよ! ハッハッハッハ!」

 

 

 

ウインドウに表示された報酬品。レアアイテムやレアや武具、その他にもいろいろと頂いた。

 

 

 

「それと、そこの眼鏡の嬢さんと、冒険者の嬢さん」

 

「えっ?」

 

「私も?」

 

 

 

カンザシとフィリアに、改めて向きなおるプロメテウス。

そして、二人に対して両手をかざす。

すると、二人のウインドウに、一つずつ報酬品が追加された。

 

 

 

「君たち二人には、いろいろ世話になった。カンザシには戦闘面で、フィリアには、異界での冒険の話、楽しませてもらったぞ」

 

「いや……そんな……!」

 

「私も楽しかったよ? もっと話したいこといっぱいあるし……!」

 

「ああ、俺もだ。だが、もうお別れだ……」

 

 

 

 

その言葉と共に、プロメテウスの背後で空間が歪み、禍々しい門が現れた。

 

 

 

「っ!? これは?」

 

「異界のゲートだ。これで俺はこっちの世界に来たんだ……つまり、その逆もある。ここから帰るのも、こいつを使うのさ」

 

 

 

プロメテウスがゲートの扉に触れる。門が開き、中から溢れると光に、プロメテウスの体が包まれる。

 

 

 

「ありがとう……いつか、また会おうーーッ!」

 

 

 

 

光と共に、プロメテウスもゲートも消えて無くなった。

その代わりに、目の前には、Quest Clear! Congratulatious! の文字が浮かび上がったのだった。

 

 

 

 

 

「終わったわね……!」

 

「んん〜! 疲れたねぇー」

 

「そうだな。とりあえず、ここから出ようか……イグシティで打ち上げしようぜ!」

 

「「「「さんせぇーい!!!!」」」」

 

 

 

ようやく終えたクエスト。

改めてそのことを実感し、来た道を歩いて出る。

ふと気づいたが、なんだか洞窟の回廊内の雰囲気が、変わったようにも思えた。

不気味で、冷たく冷えきったような感じから、どこか暖かく、優しく包み込むような雰囲気になった。

そして、今までの道のり、出会ったモンスターたちの姿もなかった。

おそらくは、ファントムロードとガルムが倒されたことで、その配下にいたモンスターたちも引いたのだろう。

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

出口へと続く道を歩いている最中、キリトがあることに気づいた。

 

 

 

「どうしたの? キリトくん」

 

「あーいや、こんな所に分かれ道なんてあったっけ?」

 

「え?」

 

 

 

そういうキリトの視線の先には、通ってきた時には見当たらなかった分かれ道があった。

 

 

 

「確かに……ここまでは一直線に来ましたしね……」

 

「ユイちゃん、何かわかる?」

 

 

 

カタナの問いかけに、ユイは一旦考える仕草を取る。

 

 

「おそらく、先ほどの館が崩壊した際に生じた衝撃で、解放された可能性があります」

 

「これは、どこに繋がってるの?」

 

「真っ直ぐ、上へと繋がっています。もしかしたら、そのまま外に出られるかもしれません……!」

 

「なら、行ってもいいかもしれないですね……!」

 

 

 

正直、ずっと歩いて帰るのも苦労すると思っていた所に、思わぬ発見をした。

メンバー全員は、そのままその分かれ道の方向へと歩いていく。

所々急な場所があったが、それでもモンスターは出ないし、かなりのショートカットができた。

そして……

 

 

 

「おおっ、出られたぜ!」

 

「ん〜ッ! 空気が美味しい〜〜」

 

 

出た先は、入った洞窟の入り口ではなく、丘の頂上だった。

そして、そこから見える満天の星空。

遮るものが一切なく、澄んだ空気がより一層、星々を鮮明に照らした。

 

 

 

「うわぁ〜〜!」

 

「凄い……!」

 

 

目の前に広がる星の海に、メンバーのテンションは上がる一方だった。

 

 

 

「ラウラ、凄いね!」

 

「あぁ……。これほどの絶景は、現実世界でもそう多くないだろう……! 素晴らしいな!」

 

 

 

初めてのALO。

そして、初めてのクエスト。

初めてづくしの二人の体験は、こうして、幕を閉じたのであった。

 

 

 

 

 






次回からは、ようやく臨海学校編へと行きます!
ほんと、ようやくです。

感想、よろしくお願いします(^ ^)


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