刀奈さん、大好きです!
プルルルル……プルルルル……
IS学園の地下施設。
そこでたった一人、薄暗い通路の端で壁にもたれかかりながら、スマホで通信をしている人物がいる。
その人物は、今日あった事件の真相を知っているかもしれない人物に電話をかけていた。
プルルルル……プルルルル……プルーー
『ヤッホーーー!!! 久しぶりだねぇー、ちーちゃぁ〜ん!!!』
ブツ……
切ってしまった。
が、その数秒後にはスマホが鳴る。画面を見てみると、先ほどの人物からだった。
かけておいてなんだが、正直面倒だなと思った……。が、用があったのは間違いない為、仕方なしに電話に出る。
『ひどいよちーちゃん!! せっかくせっかくせぇーかく、束さんが忙しい中電話に出たのにぃ〜!!!』
「うるさいぞ、束……!」
電話の相手の名は、篠ノ之 束。
IS、インフィニット・ストラトスの産みの親であり、自他共に認める天才……いや、天災科学者だ。
そして、その束相手にこんなに砕けた感じで話しかけれる人物は世界でもそういない。
幼馴染みである織斑 千冬だ……。
『いやぁ〜久しいねぇー! ホント久しいね〜ちーちゃん!』
「お前は人の話を聞いていたのか? 『うるさいぞ』と私は言ったはずだが?」
『えぇー! いいじゃんいいじゃん! ちーちゃんが電話をかけてきてくれて、束さんは涙ちょちょぎれそうなんだよぉ〜‼︎』
「まぁいい……それより本題だ。お前に聞きたい事がある」
『ほうほう……で? その聞きたい事って?』
束にわざわざ電話をしてまで確認したかった事……それは今回の事件の事だ。
「今日は学園でタッグマッチがあったんだが、その試合の最中……ドイツ軍の機体が《VTシステム》を発動して、一夏と交戦した……これは貴様の差し金か?」
『ちーちゃん……私を誰だと思っているんだい? 崇高で、完璧主義者である篠ノ之 束さんだよ? “あんな不細工なもの” 束さんの趣味じゃないしー、大体そんなの作っても面白くないしねぇー』
「なるほど……そうか、それがわかればいい」
『あぁ、ちなみに……その不細工なもの作った施設は、もうこの世にないからねぇー♪』
「はぁ……お前というやつは……」
つい先ほどあった事件の事を既に知っていて、しかもその開発元を消滅させたと言っている。
やはり天災なのだと改めて思ってしまう。
『心配しなくて大丈夫だよ〜! ちゃんと手加減して、中にいた人たちは無事だから! 死傷者はゼロ! う〜ん、流石束さんだねぇ〜♪』
「それは当たり前だ。しかし、その常識をなんとも思っていないお前が、妙に物分りがいいな……どう言う風の吹きまわしだ?」
『まぁ、建前としては? 束さんも進化し続けている人間だからねぇ〜♪ それくらいの慈悲はあってもいいと思ったのさ〜♪』
「では本音は?」
『うん? そんなの決まってるじゃん♪』
彼女は何ら変わらない口調で話す。
『いっくんに危害を加えた時点でもう罪だよ。それに、束さんの子供たちにひどい事をすれば、どうなるのか位は見せておいた方がいいでしょう?
だから生かしておいたの♪ 生きながら束さんの恐怖を噛み締めて、もう二度と同じ事を繰り返させないようにねぇ〜♪』
「はぁ……だろうと思ったよ」
『はっ! そうそう、いっくんは? いっくんいるんでしょう?! ねぇねぇちーちゃん、いっくんに代わってよ! いっくんとおしゃべりしたいよー!!!』
「あいつは今検査中だ。全く恐れ入る……四人がかりとはいえ、私のコピーとやり合って、勝利して見せたのだからな……」
千冬のその顔はどこかほっとしたような、それでいて、成長した弟を嬉しく見守るような姉のような……そんな顔になっている。
普段は絶対に見せない、本当の千冬の顔だ。
『ブーブー!!! ちーちゃんだけずるいよぉ〜‼︎ 束さんもいっくんとおしゃべりし・た・いぃ〜‼︎
いっくんが無事に帰ってきたのを確かめて〜、ハグハグして〜、ウヘヘ〜♪』
「おい、貴様……一夏に手を出したらすかさず貴様を殺すぞ……!」
『大丈夫だよぉ〜。いっくんに相手がいる事くらい、束さんの情報収集能力を持ってすれば、一発で分かることだよ♪』
「そうか、ならいい……。しかし、それでいいのか?
お前の妹は、まだ納得仕切っていないように見えるが?」
妹……それはすなわち箒の事を指しているのだ。
千冬はもちろん、束もまた箒が一夏に恋心を抱いているのは知っている。
が、現実的に一夏はSAOと言う世界で恋人、刀奈と出会い、結婚までしているのだ……。
今更、その二人を離れ離れにさせる訳にもいかない。
『そうなんだよねぇ〜……箒ちゃんもさぞかしガッカリしてるだろうし〜……』
「言っておくが、あの二人の関係を壊そうとするなら、私は止めるぞ?」
『おやおや? いつになくちーちゃん積極的ですなぁ〜♪ なになに? ちーちゃんはもう二人の事を認めちゃってるの?』
「あぁ……。一度考え直せと、言った事もあったが……あいつの頑固さは、一生治らん……」
『誰かさんと同じだねぇ〜♪』
「殴られたいのか?」
『いえいえ〜、遠慮しとく。まぁ、束さんも同じだよ。一番はいっくんの幸せだしねぇ〜。
それに、箒ちゃんにも、もうそろそろ前を向いてもらいたいし……』
「お前がいうか……」
『分かってるよ。束さんの所為なのは……。ああもう! やっぱり会いたいよぉ〜‼︎ いっくんと、箒ちゃんにも会いたくなっちゃったぁ〜!!!』
「…………」
『ねぇねぇちーちゃん』
「なんだ?」
『今度そっちに行くね?』
「…………はぁ。止めてもお前は来るのだろう?」
『もちろん! この束さんを止めるもの者など、この世界には誰もいないのだぁー!!!』
「はぁ……頼むから、面倒ごとだけは起こしてくれるなよ? 処理をするのは面倒なんだ……」
『はいはぁ〜い、分かってるよぉ〜♪ じゃあまたねぇ〜ちーちゃん!』
ブツ……
通話が切れる。
先ほどの会話だけで、一体自分はどれだけ溜息をついてしまったのか……今更数えるのも疲れる。
果たして、次に来るときは、一体どんな面倒事を持ってくるだろうか……。
そう考えると、また溜息が……。
「はぁ……やめだ。さて、馬鹿どもの見舞いにでも行くか……」
地下施設を抜け出して、千冬は保健室へと向かう。保健室では、今まさに事件を収拾した者たちが検査を受けている頃だろう……。
作戦指揮をとっていた者として、クラス担任として、姉として、見舞いに行くのは、正しい事だ。別に深い意味がある訳でもなんでもない……ゆえに、正当だ。
そんなことを考えている間に、保健室に到着。一夏と和人は簡単な検査しか行われていないだろうから、もう居ないかもしれないが、中にはまだ昔からの教え子がいるだろうと思い、中に入る。
すると、中には先客が……。
「ん?」
「お前がいるとは、珍しいな」
中にいたのは、一夏だった。
ベッドで横たわるラウラの隣で、椅子に座った状態でラウラの様子を見ていたのだ。
「いや、ちょっと気になってさ……」
「そうか……」
千冬もまた、一夏の隣に座る。
「そう言えば……」
「ん?」
「なぁ、千冬姉……ISってさ、なんかVR空間みたいなのを作れるのか?」
「……はぁ? 一体何を言っている」
「いや、それがさ……」
一夏の話は、ただ単に興味があったとかではなく、本心からの疑問だった。
なんでも一夏が言うには、寝ていたラウラの様子を見に来たら、ラウラが夢でうなされていたようなので、慌てて近寄った時、脚がもつれて前に倒れかけたそうなのだが、なんとか態勢を整え、持ち直したまでは良かったが、不意に自身の腕がラウラの腕を触った瞬間、急に頭の中に変なものが映ったらしいのだ……。
「そこは何もない空間だったんだけど、そんな所に、ラウラがただ一人でいてさ……心配になって話しかけたんだよ……そこから少しラウラと話して、そしたら現実に戻って来たんだ」
「…………いや、私にも分からん。ISの事は、まだ全ての事が開示されいるわけではないからな……詳しい事は、あいつしか知らん……」
「だよなぁ……」
「……あとは私の方で引き受ける。お前はもう帰って休め……」
微笑むような顔で、千冬は一夏に言う。
その顔に、一瞬だけ驚きはしたものの、確かに疲れていたのでお言葉に甘えさせてもらう事にした。
「わかった。じゃあ後は頼んだ……」
「ん。……あぁ、一夏」
「ん?」
「お前はボーデヴィッヒを……救ってくれた。ありがとう」
「ん……べ、別に、お礼を言われるほどの事じゃないよ。じゃ、じゃあ俺は先に戻るよ」
自分がどんな顔をしていたのか、千冬自身分からなかった。だが、一夏が一度狼狽えた所を見るに、やはり普段の自分とは全く違う自分になっているようだ。
成長した弟の姿を見て、嬉しくもあり、寂しくもあり……と言った感情なのだろうか……。
そんな事を思いながら一夏を見送った後、丁度いいタイミングでラウラが目を覚ます。
「ん……うぅん……」
「目覚めたか」
「…………私は、どうなったのですか?」
起き抜けにしては頭の回転が速い。
流石は現役軍人にして、IS部隊を任せられている隊長といった所か……。
「一応重要文献で、国家機密なのだが……『VTシステム』は知っているな?」
「……ヴァルキリー・トレース・システム……‼︎」
「そう。アラスカ条約によって、全ての国家、企業、組織による開発、研究が禁止された代物だ。
それが、お前のISに組み込まれていたようだ……」
「……っ」
悔しそうに掛けられていた毛布を握りしめるラウラ。
だが、千冬は更に話を続ける。
「発動条件としては、機体に一定数のダメージが蓄積される事と、操縦者の精神状態、そして、操縦者の意思によって発動するものだとわかった……。
それは操縦者の最も強い欲求……いや、願望から来るものだと私は思う」
「…………私が、望んだからですね……っ!」
千冬の顔を見る事ができず、彷徨うラウラの両眼は次第に窓の外に写る夕焼けを見ていた。
だが、その表情は強張り、毛布を掴んだその手も、更に力強く握りしめる。
自身が望んだ事によって、これだけの被害をもたらしたと思うと、だんだん情けなくなってきた……。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ」
「っ! は、はい!」
「お前は誰だ?」
「え? ……わ、私は……」
千冬の質問の意味が掴めず、どう返答しようか迷っていると、千冬はフッと笑う。
「誰でもないなら丁度いい……これからお前は、『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だ」
「へぇ……?」
「あぁ、それと。言っておくがな、お前は私にはなれないぞ?
それに、あいつもな……。そして、私もお前にはなれない……。自分がどう生きるか……じっくり悩んで、足掻いてみせろ……」
優しい聖母の様な笑みでラウラに語りかける千冬は、一枚の絵画の様で、驚くほど美しかった。
そしてずるいと思った……。
千冬も一夏も……あれだけ大見栄を切っておいて、守ってやるだの、足掻けだの……。
気づいたら、笑っている自分がいた。そして思い出す……千冬との記憶、一夏と話した事を……。
「教官! どうすれば、私はあなたの様に強くなれますか
?」
ドイツの軍事基地内での出来事だ。
その昔、出来損ないの烙印を押されていたラウラにとって、千冬のドイツ軍教官の就任は、もはや運命と言わざるを得なかった。
世界最強となった千冬の技術。それはISに留まらず、生身での戦闘訓練でも、一度も勝てた事が無かった。
必死に彼女の訓練についていった……彼女について行けば、自分も必ず強くなれると信じたからだ。
そして、実際に強くなってみせた……。今まで上にいた強者達を倒し、ISの訓練でも高評価を取り、ついには、IS部隊の隊長にも任命された。
だが、まだ足りない。彼女と同じ所に立つには、まだまだ足りなかったのだ……だから聞いてみたのだ。
どうすれば強くなれるか……と。
「……そうだなぁ……私にはな、弟がいるんだ……たった一人の、私の家族だ」
その顔は、ラウラが……いや、恐らく軍の人間は一切見た事がない、優しく、穏やかそうな千冬の顔だった。
だからこそラウラは嫉妬していたのかもしれない……彼女は常に凛としていて、圧倒的なまでの強さを兼ね備えた人物……なのに、そんな彼女にこんな顔をさせるその弟、一夏の事が気になった。
「弟……ですか」
「あぁ……歳はお前と同じだ。今は事情があって、寝たきりになっているがな……」
「寝たきりに……? っ! もしや、日本で起きた、あの事件の?!」
「あぁ、そうだ。SAOと言う、ゲームの中に囚われていてな……聞いた話では、中でも戦っているらしいんだ」
「では、何故ここにいるのです! 早く日本に戻らねば……」
「戻った所で、私にできる事はない……あのゲーム機を剥がしてしまったら、脳を焼かれて死ぬそうだ」
「そんな……!」
「だが、常に誰かが付き添ってはくれているみたいでな、あいつは友人が多いから、一夏の身の安全は折り紙付きだ」
「……やはり、教官が強いのは……その弟のためなのですか?」
「それもある……が、それ以前から、私は強くあろうとしたのさ……たった一人の家族であるあいつを……何も失いたくからこそ、私は強くあろうとするのさ」
「っ!」
それが千冬の答えだった。
が、当時のラウラには、どうにも納得できなかった。
彼女は自分の人生を変えてくれた人。そのような優しい顔をするような人ではないと信じ切っていた……。
だからこそ一夏に嫉妬したのかもしれない。
自分の知らない彼女の顔を知り、そんな顔をさせる男が……。
そして、戦いを挑んだ……。
結果は惨敗。しかも、暴走した自分を救って見せたと言う。
意識が暗闇の中で漂っていた中で、その男が現れた。
「何してるんだ?」
「っ!? き、貴様は……!」
「こんな所で何やってるんだよ……こんな暗い所じゃなくて、こっちに来いよ……」
「…………」
一夏の提案にすぐさま乗れなかった。
自分は一夏に対して、返しきれない借りを作ってしまった。
それに、これまでに散々な無礼を振る舞った。今更何を言えばいいのかわからない。
「別に、何もしてなどいない……ただ、考えていたんだ……」
「ん?」
「お前と、教官は……何故そんなに強い……? 昔、教官は…貴様がいるからだといった……あの時はわからなかったが今は、なんとなくわかる……そんな気がする。
だが、お前はどうして……どうしてそんなに強くなれた? IS使ってまだ一年……いや、半年にすら満たない貴様らが……どうして強くなれた……私は、それが知りたい……‼︎」
真剣な面持ちで聞いた。
自分が欲しいくらいの強さを、この男は持っている。この男の強さはなんなとか……それが知りたかった。
「俺は別に強くなんか無いよ……。少なくとも、俺は強く無い……」
「はっ?」
予想外の答えが返ってきた。
あれだけの実力を兼ね備えておきながら、強く無いなどと言うこの男が信じられなかった。
「な、何を言っている!? 貴様は強い! 少なくとも、私や、他の代表候補生なんかよりも、ずっとずっと先にいる……。
なのに、強く無いだと? それはおかしいではないか!」
「そうだな……確かに、俺はお前に勝った……セシリアと鈴にも勝ってるし、シャルルと簪とは……やってないからわかんないけど……」
「貴様が強く無かったら、一体強さとはなんだ!? 貴様よりも強い人間がいるとでも言うのか?」
「俺より強い奴なんて、世界中を探せばいっぱい出てくると思うぞ? まぁ、剣には少なからず自信を持ってるけどな」
「それだ。私は聞いたぞ。貴様は、あの世界でもかなりのレベルの強者だったそうではないか……ならば、貴様は断然強かったと言ってもいいはず……」
「そうじゃないんだよ……ラウラ。確かに、SAOでは、俺はかなりレベルは上だった。あの世界で生き残るには、強くなきゃいけなかったし、あの世界の中で、二つ名を受けられる奴ってのは、強い証だそうだ……。
だけど、俺は “誰かを救った” から、強いと言われたわけじゃないんだよ…… “誰かを殺してきた” からこそ、俺は強いと言われてきた……」
「殺してきたからこそ……?」
「そう、俺もお前と同じだよ……小さい頃、千冬姉に救われ、その姿に憧れた……。
そんな千冬姉のような、かっこいい人になりたくて、一生懸命頑張った……そして、今度は俺が、誰かを救いたいと願った……せめて、目の前で困ってる人、苦しんでる人を救いたいと思った……だけどーーー」
自然と言葉が出なかった。
一夏の生きた世界……その中で見出した、自分自身の事…。それを聞き逃すまいと、一切の言葉を発さず、ただただ一夏の言葉を聞き入れる。
「何も救ってなかったと気づいた時、絶望したよ……。ただ無駄に戦いに身を投じ、多くの命を斬り捨てた。
救いたいとと願っておきながら、救うために犠牲にした命もあった……俺の思いは、都合のいい理想論だった事に気づいた……。だから、俺は救ってない……むしろ、俺は救われたんだよ。
キリトさんと出会って、アスナさんと出会って、そして、カタナと出会った。今の俺があるのは、あの世界で出会ったたくさんの人たちのおかげだと思っている。
だからラウラ、お前は……俺のようにはなるな……俺もお前も、千冬姉にはなれない……結局は、自分自身で生き方を考えていかなきゃいけないんだ」
「私の……生き方を……」
考えてみた……。
自分自身の生き方とは何か……。
自分は、何を目指していけばいいのか……。
「まぁ、俺もお前も、千冬姉から見たら半人前のひよっこみたいだしさ、これから一緒に考えていこうぜ?
少なくとも、お前がピンチになった時は、俺はお前を救うぜ……!」
「っ?! な、何をーーー」
「だから、お前を守ってやるって言ってんだよ……ラウラ・ボーデヴィッヒ」
昔千冬に言われた言葉で、こんな事を言われた……。「あいつには気をつけろよ? 油断していると、惚れてしまうぞ……」と……。
だが、もう遅い。
ーーーそうだな……確かに、これは惚れるな……。
この時、ラウラの中で何かが変わった。
自分自身を見つめ直し、そして、一夏に対する認識を改めた。
彼は憎くき恨み人では無く、尊敬に値する立派な戦士であると……。
そして、差し伸べられた手を取る。握った瞬間、温かいものがラウラを包み込み、暗闇を一気に光が照らした。
今考えると、とても奇妙な体験だった。しかし、最後の一夏の言葉と、差し伸べられた手を思い出す。
途端に顔が熱くなるのがわかった……自分は思った以上に、彼に惹かれているのだと、改めて認識したラウラであった。
一方、保健室を後にした一夏は、夕食を取るために皆がいるであろう食堂へと向かっていた。
その道中、まだ怪我が癒えていないセシリアと鈴とばったり出くわし、一緒に夕食はどうかと尋ねると、いつもの二倍増しでOKの返事をもらった。
食堂に到着すると、思った通りみんな集まって夕食を取っていた。
「あらチナツ、ラウラちゃんはもういいの?」
「あぁ、さっき先生に聞いてみたけど、身体はもとより精神へのダメージもないってさ……」
「そう、よかったわ」
自然な流れで刀奈の隣に座る一夏を見て、セシリアと鈴は少し不機嫌になる。
それを見ていた簪とシャルルは苦笑いを浮かべ、和人と明日奈は、相変わらずの甘々な二人だけの空間に身を寄せているので、反応はなかった。
「そういえば一夏さん、最後にあの暴走機を倒したあの技はなんですの?」
「そうね……あんな技、ALOのソードスキルにあったっけ?」
「いや、あれはソードスキルじゃないよ。あれは、俺が唯一千冬姉に教えてもらった剣技だ」
「「「「へぇ〜〜」」」」
千冬から教えてもらった……という部分にみんなが興味を持ったのか、一気に視線が集まる。
「そういえばチナツ、織斑先生の剣ってどこの流派なんだ?」
「あぁ、千冬姉の流派は基本《篠ノ之流》ですよ。名前の通り箒の実家が開いた流派です」
「じゃあ、箒ちゃんもその流派を納めてるんだね」
「うーん……納めてるかどうかはわかりませんけど、あいつも剣道以外に篠ノ之流を習得しているのは確かですね。
でも、千冬姉のは実戦も想定して我流が入っちゃってますからねぇ……完全な篠ノ之流かと言われれば、違うかもしれません」
「だよねぇ……織斑先生、ISのブレードを生身で持ってたし……」
「それで一夏、叩かれたし……」
シャルルと簪の言葉に苦笑いをする面々。
一夏や和人も大概だが、その上を行く人外がもう一人いた。
「にして、あんたもよくあの状況でその技を使おうとしたわね……。
っていうか、あんただって生身でISブレード持ってたじゃない」
「あれはもう無我夢中だったんだよ……。それに、なんか、不思議なくらい手に馴染んでたし……」
「ふ〜ん……そういうもんかぁ……」
その後、各々に食事を取っていき、部屋へ戻る。シャルル……いや、もうシャルロットと呼んでもいいだろうか……彼女はもうすぐ別の部屋に移動になる為、その為の荷造りをしている。俺はそれを手伝いながら、今度は誰が部屋に来るのだろうかと考える。
だが、すぐにわかった。
(もうそろそろ、刀奈が我慢出来なくなってきたかなぁ……)
そうこうしているうちに、シャルロットの荷造りが終わり、あとは新しい部屋へと移動するだけ。
だが、それはもう少し時間を空けてからの方がいいだろう……。
今はまだ外に他の生徒がいる可能があるので、流石にまだ見られるわけにはいかないのだ。
「あっ、そうだ。ねぇ一夏、クッキー食べない? この間、のほほんさんから美味しいお店を教えてもらってね、一袋もらったんだけど……どうかな?」
「ヘェ〜…うまそうだな。じゃあお茶淹れるよ。皿にでも出しておいてくれるか?」
「うん!」
「やっぱ、クッキーだから紅茶の方がいいよな……うーん……ティーパックのやつしかない……」
「それでいいよ。その紅茶も中々に美味しいしね」
「そうか? ならこれで…」
ティーカップにパックをいれ、お湯を注ぐ。
パックの中にある茶葉からどんどんと滲み出てくるのを見ながら、シャルロットが持ってきたクッキーを摘む。
「うん、これ美味しいな!」
「本当だね! のほほんさんもいいところ知ってたよねぇ〜」
「あいつはお菓子大好きだからな」
「……………」
「うん? どうかしたのか?」
急に黙り込んだシャルロット。
一体どうしたのかと思うと、決心したように一夏に向き直る。
「ねぇ、一夏。僕ね、あれから考えたんだ……」
「考えた……って、学園に残るか残らないか……って事か?」
恐る恐る聞いてみた。
答えは言わなかったものの、首を縦に振ったので、YESという事だろう。
「僕ね、ここに残るよ。一夏達と一緒に、この学園を卒業して、それからでも、自分自身の生き方見つけていくつもり」
「そっか……でも、俺が言うのもなんだけどさ、良かったのか? その、親父さんの事とか……」
「あぁ、それなら心配ないよ。元々あの人たちと仲良くする気は無かったしね……。
それに、僕の家族は……お母さんだけだもん……」
「そっ、か……」
だが、その母親はもうこの世にいない。
故に、シャルロットはまた一人になってしまうのではないかと、少し心配になってきた。
「あっ! ごめん、なんだかしんみりしちゃって……」
「いや、気にするなよ……そんな事より、シャルロットは大丈夫なのか? まだあと三年はあると言っても、その先は……」
「大丈夫だよ。昔の僕なら、ダメだったかもしれないけど、今は違う。
一夏がいるし、それに、他のみんなも……僕は一人じゃないんだって……わかったから……!」
「そっか……」
彼女の顔からは少しも不安の色が見えなかった。
彼女の表情に、心なしか自分も救われているような……そんな気がした。
「ああ、それと……僕もALOやる事にしたよ! この間契約してきてね、アミュスフィアも買ったんだぁ〜!」
「マジか! でもアミュスフィア結構高いぞ、アレ」
「大丈夫だよ……国家代表候補生は、一応軍人扱いをされてるからね、公務員扱いだからお金の問題はないんだよ。
僕も口座に結構入ってるよ?」
「えっ? マジで?」
「うん。一夏と和人は違うの? 二人とも……と言うか、明日奈さんだって、企業の代表なんでしょう? だったら、少なからず貰ってると思うけど……?」
「いや、一企業と国じゃあ違いすぎるだろ……」
「まぁ、確かにそうだね」
苦笑混じりに、プチお茶会は進んでいき、やがてクッキーもお茶も無くなってしまった。
「もうそろそろみんな自室に戻ったと思うけどな……」
「そうだね、じゃあそろそろ僕は行くよ」
「あぁ。また明日な、シャルロット」
「……うん!」
最後の笑顔は今までの彼女の中でも飛びっきりのものだった。
その後、いつものように自室でシャワーを浴びようとしていると、入り口のドアがノックされた。
「あ、織斑くん? 今、大丈夫ですか?」
「山田先生?」
ノックをしたドアを開け、その先にいた人物を目にする。
一夏たち一組の副担任、山田 真耶先生だ。
「どうしたんですか?」
「えっとですね、織斑くんと桐ヶ谷くんに伝えとかないといけないことがありまして……」
「俺とキリトさんに?」
「はい! っというのもですね、朗報です!」
朗報……と言うことは、なんらかの良き知らせなのか……。しかし、先の事件ですでに疲れている一夏に取っての朗報とは……?
「ついに解禁されますよ!」
「解禁……?」
「はい! 男子の大浴場解禁です!」
「…………おお!」
一拍遅れて、状況を飲み込んだ。
つまり、今まで大浴場は、女子しか使えなかった為、一夏と和人、そして男装していたシャルロットは、使うことが出来なかった……。
が、それが解禁になったということは、その大浴場を二人で使えるということだ。
「本当ですか?! あそこの風呂、使ってもいいんですか?!」
「はい! 時間制限と曜日制限がありますけど、その指定内の時間なら使っても大丈夫ですよ」
「やったぁぁぁ‼︎ ありがとうございます!」
「いえいえ、そんな……そこまで喜んでくれるとは……」
「じゃあ、キリトさんには、俺から伝えておきますね」
「あ、いいですか? 助かります。では、私は仕事が残ってますので、戻りますね」
「仕事ですか……こんな時間まで?」
「はい! デュノアくんがデュノアさんだったことについてのことで……書類の再作成と部屋割りが…………はぁ……」
一気にテンションがガタ落ちになった真耶。
それを見た一夏はすみませんと謝り、真耶は気にしないで下さいと、なんとかテンションを持ち直した。
その後、真耶は職員室へと戻り、一夏は風呂のことを和人に伝えるべく、部屋へと赴くのだが……
「あ〜マジか……。俺もうシャワー浴びたんだよな……」
「そんなんですか……良ければ一緒にと思ったんですけど……」
「そっか……悪いな。また今度誘ってくれよ」
「了解です。じゃあ、お先に頂きますね」
「あぁ、そうしてくれ」
和人の部屋を後にし、自室に戻って着替えとタオルを持っていく。
久しぶりの風呂堪能すべく、ウキウキしながら風呂場へと向かう。
風呂場に到着してすぐに服を脱ぎ、扉を開け、頭と体を洗い、いざ湯船へ。
「あ〜〜……生き返るぅ〜……っ!」
誰もいない風呂場に男一人。
大きな湯船を独り占めしているこの感覚が、なんともたまらない。
なんなら泳いだっていいぐらいにテンションが上がっている。
ガラガラガラ
扉が開く音。
そこでふと疑問に思う。
(ん? キリトさんかな? やっぱり風呂に入りたかったとか?)
立ち込める湯気と風呂の快楽さに目を細めていて、あまりよく見えていなかった一夏。
扉付近から近づいてくる人影は一人。ゆっくりとこちらに近づいてくる。
(ん? キリトさん……? じゃ、ない!?)
途端に意識が覚醒する。
和人かと思ったが、それにしてはしなやか過ぎる肢体。
そして何より微かに見えた女性を象徴する胸の膨らみが、目に付いたからだ。
「おっ邪魔っしま〜〜す♪」
一夏の視界に捉えられる距離まできたその人物は、あろうことかなんの警戒もなしに現れた。
が、その人物は、一夏が最もよく知る人物。
「へっ? カ、カタナっ!?」
「はあ〜〜い♪ お邪魔するわよ♪」
「い、いや、ちょっと待ってくれ!」
慌てふためく一夏。
とっさに持っていたタオルで下半身を覆い隠す。
対するカタナはタオルこそ持っているが、前面しか隠していない。
故に、所々から覗く女性の体をに目が奪われそうになる。
「なんでよぉ〜。一緒に入りに来たのに、出ることないてましょう?」
「いや、待て待て! 流石にやばいだろ!」
「別にいいじゃない、減るもんじゃないし……。私達の仲はみんな知ってるし、誰も邪魔はしないわよ」
立ち上がってその場を離れようとした一夏の腕を捕まえ、一緒に湯船へと浸からせる。
広い湯船でありながらその中央で二人で背中合わせで座る。
一夏の背中に、ダイレクトで刀奈の肌を感じる。
そんなことを考えている、顔が熱くなっていき、今にものぼせそうだった。
「ど、どうしたんだ……いきなり入ってくるなんて……」
「ん? 一緒に入りに来たって、言ったでしょう? やっと二人っきりになれたんですもの……満喫しなきゃ損よ」
損どころか、一夏にとっては充分すぎる得を得たような感覚だったが、今のこの状況で、そんなことを考える余裕が無かった。
「それに……」
一夏の後ろで、チャプ…という音が聞こえたと思ったら、今度は一夏の背中に、柔らかい何かが当てられる。
「〜〜〜〜ッ! カ、カタナっ!?」
「私を心配させた罰……。ちょっとくらい、私に付き合いなさい……」
刀奈の両腕が一夏の両脇をすりぬけ、一夏の体を抱きしめる。
そのせいか、より刀奈の豊満な胸が押し付けられる。
その状況に興奮しながらも、刀奈の言葉に耳が傾いた。今日の事件の最後、一夏が生身でISに挑む背中を、刀奈はじっと見ていたわけで、その姿が、あの世界での出来事とかぶってしまったのだと気付いた。
「その……ごめん」
「謝る必要は無いわ……でも、なんか、昔を思い出しちゃって……」
「うん……」
心配そうに抱きしめる手に、一夏の手が重なる。
「大丈夫だよ……昔ならいざ知らず、今はもう無茶はしないよ。死にたくないし、死ぬわけにはいかないからさ……」
「チナツ……」
「だから大丈夫! 俺が死ぬことなんて、絶対にありえねぇよ……っ!」
一夏が屈託のない笑みを浮かべ、刀奈はそれを見て、さらに頬を緩ませた。
「そうよね。でも心配だから、ずっと私がそばにいるからね……」
「ああ。俺も、カタナを守るよ」
「うん……♪」
「ところでカタナさん?」
「んー? な〜に〜?」
「そろそろ上がらないか?」
「えぇ〜……もうちょっと……」
「のぼせそうなんだが……」
「もうちょっと頑張ってよ……」
「いや、そういうカタナものぼせても知らないぞ?」
「その時はチナツが私を運んで♪」
「おいおい……」
それからどのくらい入っていたか、わからないが、かなり長風呂をしてしまった……。
案の定刀奈は少しのぼせ気味になり、着替えはなんとか自分で出来てはいたが、歩く度にフラフラと千鳥足になっていた。
一夏が手を出すと刀奈はニマッと笑い、一夏の手を握ったと思いきや、今度は体全体を一夏に預ける。
側から見たら、二人が抱き合っている様に見えなくもない。
その光景を、他の生徒たちに見つかりませんように願いながら、自室に帰る一夏と刀奈であった。
「うお……もう荷物が……」
部屋を開けてびっくり。
もうすでに刀奈の私物が部屋の中に備え付けてあったのだ。
当の刀奈は未だに一夏の体にしがみついている。
「ほらカタナ、着いたぞ」
「うぅん? 部屋に着いた……の?」
「あぁ……。窓側と通路側、ベッドどっちがいい?」
「チナツはどっち使ってたの?」
「ん? 俺は窓側だけど?」
「そう……」
部屋に到着すると、もう立ち直ったのか、しっかりとした足取りで歩く刀奈。
「もう今日は疲れたわ……寝ましょうか」
「そうだな……風呂に入って、なおさら眠くなったし……ふわぁぁぁぁ……」
一夏が自身のベッドに歩み寄り、ベッドに身を投げる。
そのまま大の字になり、ふぅーとリラックスモードに入る。
すると、突然影が一夏を覆った。
目を開けると、刀奈がいた。
「え?」
「何よ? 寝るんでしょう? 早く電気消して……」
「いや、カタナは……向こうで寝ないの?」
「なんで? 今まで通りに行けばいいんじゃないの?」
「えっと……うん、わかった」
何を言ってるの? と言う顔で一夏を見る刀奈。
一緒に寝ると言うこの行動に疑問すら持っていない彼女に何を言っても無駄だと悟った一夏であった。
電気を消し、掛け毛布を被る。
一夏のすぐそばには最愛の人、刀奈がいる……。SAO時代の頃を思い出してしまう。
「おやすみ、チナツ」
「あぁ、おやすみ……カタナ」
一夏の腕を枕の様にして眠る刀奈。
そんな寝顔を見ながら、一夏も睡魔に負け、眠りについたのだった……。
どうでしたか?
次回は、一度ISを離れて、ALOプレイをやろうと思っています。
シャルとラウラのデビューもしておきたいので( ̄▽ ̄)
感想、よろしくお願いします。