ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

117 / 118
久しぶりの投稿……。
みなさん覚えているのでしょうか……とても心配だ。


とりあえず、ごゆっくりどうぞ( ̄∀ ̄)


第113話 白雪姫の物語Ⅹ

なにが起こったのか……。

その瞬間、刀奈も……そして、斬られた『黒刃』本人もわからなかっただろう……。

『黒刃』に油断や躊躇は一切なかった。

持てる技術を出しきって、確実に一夏を斬り伏せるつもりでいた筈だった。

太刀を構え、横薙ぎに振るおうとした、その瞬間だった。

『黒刃』の首に、一夏の持つ《水無刀》の刃が閃いたのだ。

しかも、その斬り捨てた体勢は、まるでバク宙でもしているかのように空中で体を捻り、そこから刀を振るったのだろう。

そうでなければ、一夏が逆さになりながら首を斬れるはずがないのだ。

だが、問題はそこではない。

アクロバットな動きで相手を斬り伏せる……その技術も凄いことではある……だが、それ以上に驚きを隠せないのは、まばたきをした刹那の瞬間に首を斬ったと言うことだ。

刀奈は当然見ていた……『黒刃』も一夏の動きを確実に捉えていた筈だったのだ。

しかし、一番注意深く見ていたはずの二人が、いつ斬られたのかすらも把握できていなかったのだ。

 

 

 

 

 「な……に、いま……の……」

 

 

 

茫然と立ち尽くすしかなかった。

斬り伏せた当の本人は、軽やかに体を捻り、着地した。

斬られた『黒刃』の首はスルスルっと胴体から切り離され、その場に落ちた。

首を失った肉体はその場に崩れ落ちて、鮮やかな流血が水溜りのように広がっていく。

 

 

 

 「はぁ……っ!はぁ……っ!」

 

 「っ?!チナツ!」

 

 

 

刀の切っ先を地面に突き立て、その場に膝をつく。

肩で息をしているところを見ると、相当体力を消費した……と言えるだろう。

刀奈は膝をつき、荒い呼吸をなんとか整えようとしている一夏の元へと走る。

 

 

 

 「チナツっ?!大丈夫っ?!生きてるっ??!!」

 

 「はぁ……はぁ……ぁあ……大丈夫だ」

 

 「ほ、本当にっ……?で、でも、そんな、息荒くして……!」

 

 「あぁ……なんか、スッゲェー疲れたような気がする……」

 

 「ぁ………」

 

 

 

刀奈と話しているうちに、一夏は呼吸を完全に整え、周りを見回す。

 

 

 

 「俺は……一体何をしてたんだ?」

 

 「え?」

 

 「なんか、《瞬動》を使ったのは覚えてんだよなぁ……でも、あの『黒刃』が上段から思いっきり振り下ろしてきて……んで、流石にあぁ、これ死ぬなぁ〜って思って……」

 

 「………」

 

 「それで、死ぬわけにはいかない……!避けろ、避けろ……!って心の中で叫び続けて……それからぁ……」

 

 「覚えて……ないの?」

 

 「うん……なんか、頭が真っ白になって……それからは、『黒刃』の姿も見えてはいたんだけど……体がなぁ」

 

 「どう……したの?」

 

 「体が、なんか勝手に動いたような感覚だったんだよなぁ……」

 

 「………」

 

 

 

 

一夏自身も何があったのかはわからない。

という話だった。

しかし、あの時『黒刃』の首を斬ったのは、間違いなく一夏自身だ。

刀奈は歩み寄ろうとしたが、まともに近づけなかったのだから。

槍は届きそうにもなかった……『黒刃』との距離が空きすぎていた。

一夏の救出も間に合いそうになかったのだ。

だからあの時、一夏自身が『黒刃』の攻撃を躱し、反撃に出たのだと思っていたが……。

 

 

 

 「あなた、なんだか変だったわ」

 

 「変?」

 

 「うん……なんだか、全く殺意も何もない……うーん、なんて言ったらいいのかしら……。

 そうね、植物のような感じで、ただそこにいるって感じで……」

 

 「うーん……俺もよくわからないな……」

 

 「それに、あの人を斬り伏せたあの技……」

 

 「技?」

 

 「うん……飛天……なんとかの、八ノ型……えぇっと、シャトウ……なんとか……って言ったわ」

 

 「飛天……なんだろう……シャトウ……?」

 

 

 

一夏には皆覚えのない言葉や技名だ。

しかし、それを見ていた刀奈ならばわかっている。

あれは、一夏がアインクラッドのプレイヤー《白の抜刀斎》として使用していた片手剣ソードスキルでも、ユニークスキル《抜刀術》の中に含まれている『ドラグーンアーツ』でもない。

技を打ち出す瞬間のライトエフェクトの輝きは見受けられず、技を出すときのモーション……構えすらも取っていない。

ただ力なしに正眼の構えを取っていただけだ。

にも関わらず、まるで空中でバク宙でもしたのかと思うようなアクロバットな動きをして見せ、なおかつその勢いを利用して首を落とした。

 

 

 

(あの時のチナツ……様子がおかしかったし……)

 

 

 

瞳の色も蒼穹に染まっていた。

人間の瞳の色が完全に変色するなんて事は、早々無い。

刀奈自身は、親譲りの遺伝によって、頭髪が水色に、瞳が紅くなっているわけだが……。

一夏の場合、元々の日本人らしい赤みがかった茶色い瞳が、その色とは真反対の蒼穹に染まったのだ。

そしてそれは、敵対していた『黒刃』……織斑千冬の偽物もまた同じではある。

彼女の場合は、蒼穹ではなく翡翠色に染まっていた。

あれが一体何を意味するものなのか……?

織斑家にとっての遺伝的な何かなのか……?

いろんな疑問が頭をよぎるが……。

 

 

 

(でも今は、こんな事考えてても仕方ないか……)

 

 

 

この場ではなんとか自分たちが勝利し、ようやく安心できる。

 

 

 

 「そう言えば、『黒刃』は?」

 

 「あぁ……」

 

 

 

一夏の指摘に、刀奈は後ろを振り向いて指差した。

 

 

 

 「あ………」

 

 「もう消えかけね。やっぱり、仮想世界としてのデータに過ぎなかったんだわ。

 これはもう、NPCと同じってことよね?」

 

 

 

首を切られ、その場にうつむいて倒れていた『黒刃』の肉体。

それが光に包まれると、まるで支えを失った様に崩れていき、光の粒子となって虚空へと舞っていった。

その横に落ちていたはずの首はすでに消えてしまったのだろうか……確認のために見回ってみたが、どこにもなかった。

 

 

 

 「ってことは、もう終わった……のか?」

 

 「いえ、おそらく……まだだと思うわよ」

 

 「っと……まだ女王さんが残っていたんだったか……」

 

 「ええ……」

 

 

 

刀奈はそう言うと、槍を右手に持って立ち上がり、城の方へと視線を移す。

 

 

 

 「行くのか?」

 

 「ええ……ここは私を閉じ込めておくために仕組まれた物語の世界。まぁ、原作の白雪姫からは、だいぶかけ離れてしまったけれどね♪」

 

 「だいぶって言うか、かなりな……」

 

 

 

一夏は苦笑しながら、その場に尻餅ついて座った。

城の方へと歩みを進める刀奈。

そんな刀奈に、一夏はエールを送る。

 

 

 

 「最後まで付き合えなくて悪いけど、あとは頑張れ!お姫様!」

 

 「ほんっと!王子様なら、ここは自分が行くべきよっ!」

 

 「だから悪いって……それに俺、王子様じゃなくてただの村人だし……」

 

 「そうね。それに、最強の刺客からは守ってもらったし、私は守られてるだけのお姫様じゃないし♪」

 

 

 

軽快に槍を振り回し、最後に肩に担ぐ様にして持つ。

 

 

 

 「それじゃあ、ちょっと行ってくるから♪ しっかり休んでいる事!いいわね!」

 

 「了解〜」

 

 

 

ひらひらと軽く手を振る一夏。

それを見送って、刀奈は城の方へと駆け出した。

『黒刃』と言う強敵を倒した今、もはや障害となる者はいない。

良くて親衛隊ぐらいだろう。

城の中から聞こえてくる声も、もはや散発的な戦闘音しか聞こえない。

城に残っていた戦力も微々たる物でしか無い上に、こちらは主力である『黒刃』を倒した。

女王の事だから、未だに城に残っているはず……。

ならば、あとは真っ直ぐ女王の間へ突撃……即座に首を取ってゲームクリアだ。

 

 

 

 「お母様……決着をつけましょうか……!」

 

 

 

 

ニヤリと笑っている刀奈の後ろには、漆黒のローブを纏った死神を伴っていた。

 

 

 

 

 

 「あぁ〜〜〜……疲れたぁ……!」

 

 

 

刀奈が城へと駆けていった後、一夏はその場に大の字になって寝転んだ。

 

 

 

 「あぁ……ほんとにヤベェ……マジで疲れた……千冬姉、強すぎなんだよ……」

 

 

 

相手はあの世界最強の称号を得た猛者だ。

目標にしていた……その背中を追いかけていた人に、刀奈と二人がかりだったとは言え、なんとか辛勝……。

それも、命がかけで首皮一枚でギリギリ躱しての勝利……と言ってもいい。

次に同じことがあったなら、今度首を落とされるのはこちらだろう。

考えただけで身震いが起こり、寝ていた上体を起こす。

 

 

 

(さて、休んでいろとは言われたものの……)

 

 

 

周囲をぐるりと見回らす一夏。

ここでの戦闘はかなりの衝撃を生んでいたはずだろうから、下手をすれば城からの兵が潜んでいたかもしれない。

倒した後の余韻で、その事の警戒が疎かになっていた。

しかし、ここまで待っても襲撃がないと言うことは、城の兵力は全て残っていると思われる。

まぁ、元々先の奇襲があり、兵達は散り散りになってしまったので、残されている兵の数自体が少ないのはずだが……。

 

 

 

 「はぁ……もう少ししたら、手伝いに行ってみるか……」

 

 

 

 

刀奈からは休んでいろと念を押されているし、ここですぐに姿を見せれば、またお説教が来るのが目に見えて分かる。

だから、ちゃんと休んでいたぞ?……という証拠がなくては……。

 

 

 

 「ん……?」

 

 

 

そんな事を考えていた時、不意に背後からの視線を感じた。

一夏はその場で体勢を整え、片膝をついた状態で座り直した。

手に刀を握り直し、姿勢を低くした状態で構える。

 

 

 

(誰だ……?この辺に人がいるなんて……)

 

 

 

城から逃げ出した脱走兵か……と思ったが、それならば逆にこちらを避けて通るはずだろうから、その考えは早くも捨てる。

 

 

 

(全く、こちとら化け物相手に疲労困憊なんだよ……!頼むから、厄介事は無しで頼むぜ……!)

 

 

 

脱走兵くらいならば、簡単に相手できるとは思うが、相手がまた『黒刃』並の戦闘力を有しているか、それに匹敵する軍隊が現れたらと思うと、気が気じゃない。

そう思って、周囲をさらに警戒する。

しかし、ふと視界の端に捉えた姿に、一夏は呆気に取られる。

 

 

 

 「ん……?」

 

 

 

自分から見て左端……森へと入るであろう木々の隙間から垣間見えた銀色の髪。

それもかなり長い。

 

 

 

 「まさか……ラウラ?」

 

 

 

そう、その特徴が一夏の良く知る少女の物と酷似していたのだ。

銀髪の綺麗なストレートロング。

着ていた洋服は、残念ながら軍服やIS学園の制服ではなく……どちらかというと、青と白の可愛い系のゴスロリ風……と言った感じだろうか……?

女子の服装にあまり知識がないため、聞いたことのある単語で誤魔化してはいるが、それでもそういう類の服装なのは間違いない。

普通ならば、そこでラウラではなく別人であるという可能性もなくはないが、最近はシャルロットに連れられては、色々と服を買わされていると愚痴られている。

 

 

 

 「人の事を着せ替え人形の様にっ……!私は興味などないというのにっ!」

 

 

 

 

っと、これがラウラの口癖になりつつある。

しかしながら、そんなラウラも満更ではない様子。

つい最近では、シャルロットに勧められて買った黒地のワンピース風の洋服を、休日の学園で……それも食堂で着ていた。

そして、一夏の姿を前にすると、妙に縮こまり……。

 

 

 

 「そ、そのぉ……どうだろうか……。師匠から見て、私は……その……変……ではないだろうか?」

 

 

 

などと上目遣いで見てくる。

元々身長は一夏の方が高い故、そうなるのは必然だが……あの時は不覚にも、心がときめいてしまった自分がいるのを、一夏は思い出してしまった。

 

 

 

(あの後……そんなラウラに対抗して、私服を見せびらかそうとしたカタナを止めるのに苦労したなぁ……)

 

 

 

ギャップ萌えとはこういうことか……と、深刻そうな表情を浮かべていた刀奈の表情を思い浮かべた。

 

 

 

(って、今はそんなこと気にしてらんないよな……!)

 

 

 

頭を左右に振り、気持ちを切り替える。

件の人影は、先ほどから動いていない。

わざと……一夏に見えるようにギリギリの位置で立っていた。

 

 

 

(なんだ……?誘い込もうとしているのか?)

 

 

 

一夏が立ち上がると、その人物は少しだけ動いた。

 

 

 

(やっぱり、俺を誘い込もうって腹か……)

 

 

 

ならば、乗ってみるのも一興。

そう決断した瞬間、一夏は駆け出した。

先ほどの戦闘による疲労もあるが、それでも軽快に駆け出していく。

すると銀髪の人物も、それを確認して、同時に動き出した。

森の中へと足を進めていき、木々が生い茂っている中を二つの人影が駆け抜けていく。

 

 

 

(チッ、中々足が速いな……!)

 

 

 

少女の様な見た目でありながら、走る速度は想像以上に速い……。

走っているフォームには一切の無駄がなく、森の荒くれた山道を軽快に走っていることから、ただの少女ではないのは確かだ。

まるで、軍の山岳訓練を受けた隊員の様に素早い。

 

 

 

 「なんなんだよ、アイツは……」

 

 

 

視界に捉えた銀髪の人物は、ただ黙々と逃げ走る。

その背中を追いかけながら、一夏は後ろを振り向く。

いまだに戦闘音が鳴っている王城……。

しかし、その音もだんだんと小さくなっている。

反抗勢力であるメンバー達の技量からすれば、城の中にある兵士たちに遅れを取ることはまず無い。

ならば、戦闘音が少なくなっている時点で、こちらの勝ちは決まった様な物だろう。

あとは刀奈自身が、この世界と決着をつけるだけだ。

となると、問題は……。

 

 

 

 「目の前の奴から聞き出す他ない……かな」

 

 

 

さらに走る速度を上げる。

木々が揺らめき、時折吹く風を体で切っていく。

それを確認してか、目の前を走る少女にも動きがあった。

体を反転させ、立ち止まると同時にこちらに向き直る。

 

 

 

 「っとと……!」

 

 「…………」

 

 

 

 

一夏も足を止めて、その少女の姿をとらえる。

 

 

 

 「っ……?!」

 

 

 

その少女の姿を見て、一夏はハッとなった。

何故なら、後姿だけではない……顔立ちも、雰囲気も……どれもこれも、一夏の良く知るラウラにそっくりだったからだ。

 

 

 

 「ラウラ?」

 

 「…………」

 

 「お前は……誰だ……?」

 

 「…………」

 

 

 

困惑の表情を浮かべる一夏に対して、少女は何も答えない。

頑なに閉じている両眼の目蓋。

とっさに盲目なのかとも思ったが、その割には全速力で木々が生い茂る山道を走っていたが……。

 

 

 

 「織斑……一夏……」

 

 「っ……」

 

 「やはり、あのお方の予見通りでしたか」

 

 「“あのお方”……?やはり、あんたは束姉の仲間か……!」

 

 

 

 

あの束が……人間嫌いの束が、自分たち以外の他人と関わり合うのも珍しいと思った。

昔から親であろうと疎遠な感じを見せていたが、一夏や千冬、箒にはいつもベッタリと張り付いていた。

しかしそれはその三人だけで、そのほかの人との関わりは全くと言っていいほどなかった。

そんな束が変わったのは、これまた奇跡的か、あの天才プログラマーであった茅場晶彦と出会った時だっただろうか。

他人にも多少は目を向ける様になっていった束だが、よもや自分の手足となって動いてくれる様な人物を用意しているとは……。

 

 

 

 

 「予見通り……って言ったな?束姉は何を考えている……?あんたは一体何者だ?」

 

 「私の口からはどうにも説明致しかねます。あのお方の考えていることは、我々の……ましてや、あなたの様な脳みそでは理解することはできないしょうから」

 

 「そうかよ……。だけどさぁ、このIS学園のサーバーにハッキングしてきて、なおかつ無人機の新型まで突っ込んで来てるんだ……。

 これが明らかな敵対行為だってのは、あんたの脳みそでも理解できるだろう?」

 

 「…………」

 

 

 

相手の皮肉をこちらもお返しする。

そう……このIS学園の中枢システムへのハッキングは、それだけで国家の問題に発展しかねない重大事件だ。

それとは別に、どこぞの国の特殊部隊までもが、IS学園に侵入を図っていた。

そちらは千冬や、真耶たち教師陣によって事なきを得て、新型の無人機は箒達をはじめとした専用機持ちの代表候補生達がなんとか食い止めてくれていた。

どこぞの国の特殊部隊はこの際捨て置くとしても、新型の無人機を複数機投入してきて、こちらに対して攻撃を仕掛けてきたのは明らかだ。

そして当然、その無人機に使われているであろうISコアは、世界の所有するデータベースに一切載っていない新たなコア……。

それを生み出せるのは束以外にいない。

つまり、そんなものを作り出して、わざわざここを攻撃してきたのには、なんらかの目的があるはずだ。

 

 

 

 「こっちはカタナに、キリトさん……それ以外にも多くの仲間が危険に晒されたんだ……ここで “ごめんなさい” と言われたところで、許されるわけないってことはわかるだろう?」

 

 

 

元より謝罪など求めてないが……。

今回の事件の犯人は、ほぼほぼ束だろう。

ただ、何を目的にまたしても無人機を突っ込ませてきたのかが問題だ。

以前……IS学園に急遽入学が決まってから一ヶ月ほど経ったある時、クラス代表の対抗試合が行われた。

その時の対戦カードは、一組代表の一夏対二組代表の鈴だったわけだが、その試合途中で、思わぬ侵入者が現れたのだ。

漆黒の機体に、まるで怪物のように大きな二の腕を持った異形のIS。

のちに、搭乗していたパイロットがおらず、未登録のISコアだけが見つかったことから『無人機』と呼称して、問題のISコアは学園内で厳重に保管していたはずだ。

 

 

 

(そのコアを取り戻しにきた……いや、そんな面倒なことするわけないか……)

 

 

 

この世界において、ISは事実上『最強』の称号を得ている“兵器”だ。

現行の陸上兵器である戦車よりも高い火力を持ち、航空兵器である戦闘機よりも優れた機動性を有するが故に……。

そして、“絶対防御”という完全ではないにしても、強力な鎧を身に纏っているため、そう易々と倒せる相手ではない。

攻撃も防御も機動も、すべてにおいて現行の兵器群を凌駕しているのだ。

この事実を持って、ISが世界最強の兵器であることは間違いない。

しかし、ISは数が少ない上に、女性にしか動かせないという欠点もある。

そもそも数が少ないのも、心臓部であるコアの量産ができないためだ。

コアの内部構造は完全なブラックボックスと化しており、その中身を解析することは未だどの国も出来ていない。

そして、それを唯一作れる存在は、開発者である束自身……。

そう、作れるのだ。

前回や今回の襲撃と同じように、新しいISコアを製造し、新型の無人機を簡単に作れてしまうのが、篠ノ之束という女性だ。

そんな彼女が、わざわざISコアを奪いに来るだろうか……?

いや、そんな非合理的な行動を、束がするはずがない。

ならば、今回のこの襲撃の目的は全く別のもの……と言うことになる。

 

 

 

 

 「洗いざらい吐いてもらおうか……?侵入者さん?」

 

 「……やはり、あなたは危険ですね」

 

 「…………」

 

 

 

ただそう呟くと、少女は何もないところからステッキを取り出した。

それを両手に持つと、左右に腕を開いていく。

するとどうだろう、ステッキの外皮がスライドしていき、中からはキラリと月明かりに照らされる刃物が現れた。

そう、俗に言う『仕込み刀』と言うやつだ。

 

 

 

 「あのお方からは、見逃してしまっても構わないと言われましたが……」

 

 

 

仕込み刀を抜き放ち、その鋒をこちらに向ける。

反りのない直刀型の刀。

長さもやや短く、取り回し優先……まさに暗殺などに用いられる暗器の類だ。

 

 

 

 「ここで排除することもやむを得ないでしょうか……!!」

 

 「ほう?俺を殺ろうって言うのか……あんたが?」

 

 「っ……何か?」

 

 「見たところ、あんたも何か剣術を……いや、嗜む程度か?」

 

 「っ?!」

 

 「殺しもほとんどやったことがないだろう?」

 

 「…………」

 

 

 

一夏の指摘に、少女が反応する。

かつて人斬りを生業にしてきた一夏にとって、相手がどれほどの実力を有しているのかを瞬時に判断する事は、日常茶飯事だった。

暗殺者たちの基本……とも言えるだろうか、相手の立ち姿、骨格、身に帯びている殺気の類……。

それらを敏感に察知しなければ、まず間違いなく自分が返り討ちに遭うだけだ。

そして、目の前にいる少女の構えは、なんと評価していいのか……“実に忠実に再現された模倣” の範囲内に収まっている。

基礎中の基礎を繰り返して、ようやく型にハマったような感じだ。

そこに隙の無さが見え隠れしているわけではなく、ただただ真似ているだけのものだ。

 

 

 

 「その程度で、俺と殺ろうって言うのか?悪い事は言わないからさ、早々に降参してくれないかな……?

 自分より弱い相手を嬲る趣味はないんでね」

 

 「…………」

 

 

 

逆上するかと思いきや、少し俯いて黙ってしまった。

しかし、その表情にはまだ余裕がある。

 

 

 

 「なるほど……確かに私ではあなたには敵わないでしょうね」

 

 「…………」

 

 「ですが、私以外の相手ならばどうですか?」

 

 「なに……?」

 

 

 

少女が徐に仕込み刀を地面へと突き立てる。

すると、少女の足元から影が伸びてきて、やがて少女の両脇へと移動すると、それがまるで重力に逆らうかのような浮かび上がった。

 

 

 

 「な、なんだ……?」

 

 

 

何かとんでもないことが起きている。

その事は理解できるが、それをどう説明していいのかわからない。

やがて浮かび上がる影は、その姿を変容させて、人型へと変貌していく。

 

 

 

 「っ……!?」

 

 「あなたに、この二人を倒せるんですか?」

 

 

 

やがて、黒い影が形を整えて、その正体をあらわにする。

一方は、黒い外套に黒いズボン……両手には、黒と白の双剣を握った少年が。

そしてもう一方は、深紅の騎士鎧を身に纏い、身の丈を覆うくらいの大きな十字型の盾を持った壮年の男へ。

 

 

 

 「こ、こいつは……!」

 

 

 

見覚えがある……なんて、そんな言葉で片付けられないほどのに、よく知っている人物たちだ。

かつてアインクラッドの頂点に立ち、実質『最強』の称号を持っていたプレイヤー。

攻略組の中でもトップを走っていたギルド《血盟騎士団》のギルドマスターであり、SAO事件の首謀者が化けていた姿。

 

 

 

 「ヒース……クリフ団長……それに……」

 

 

 

そしてその最強のプレイヤーに奇しくも打ち勝ち、あのデスゲームを終わらせた英雄であり、その強さを知らしめた、一夏の兄貴分。

 

 

 

 「キリトさん……」

 

 

 

紛う事なき、二人の『最強』プレイヤー。

そして、自身と同じく《ユニークスキル》を持った数少ないプレイヤー達。

攻防一体の剣戟《神聖剣》と怒涛の連続攻撃特化《二刀流》。

一撃必殺の最速剣である《抜刀術》も、それら二つにも劣らないスキルだが、二人を相手取るというのは……正直、好ましくない。

しかし、相手の顔を見た瞬間に、一夏は疑問に駆られる。

 

 

 

(なんだ…………?)

 

 

 

 

外見……顔の作りなどはかつての本人たちと同じだろう。

キリトの方は、なんだか今よりも少し幼く見える印象だが、それはまぁ、アレからだいぶ経つ故に……ということなんだろうが。

しかし、それを踏まえても違和感があるのは、二人の目だった。

 

 

 

(さっきの千冬姉と同じだ……)

 

 

 

『黒刃』と名を改めて、自分と刀奈の二人がかりでようやく倒したあの『世界最強』の複製と同じ目をしている。

本来人間の白目にあたる部分が、黒く染まっており、黒い瞳は金色を帯びている。

もはや完全に普通の人間ではないことは明らかだ。

 

 

 

 「なるほど……あの千冬姉を作ったのは、お前だったのか……!」

 

 「ええ……。と言っても、あの《ブリュンヒルデ》は私の主人が作った物なので、正確には私ではありません。

 私の力を利用したという点に於いては、私も制作に携わっていると言ってもいいかもですが……」

 

 

 

千冬の戦闘能力は、今のままでも正直未知数と言っていいだろう。

彼女が本気を出していたら、果たして自分と刀奈は勝つことができたのだろうかと、一夏は疑問に思う。

確かに、先程の戦闘で使われた剣技は、紛れもなく千冬が極めた技だが、だからといってそれを初見で対応出来たのは、少々出来過ぎているような気がしていたのも事実。

一夏も、刀奈も、あの世界……アインクラッドでの戦闘経験があるからと言って『世界最強』と言われた人物の極めた剣戟を潜り抜け、容易に傷を付けるなんて事が、果たして可能なのか……と。

 

 

 

 「ならば、その二人は俺の知っている二人……と言うわけではないのか」

 

 「は?」

 

 

 

突然何を……と言いたそうな顔をする少女に対して、一夏は「はぁー」と息を吐いて言う。

 

 

 

 「あんたがこの二人の実力を知った上で、俺にぶつけてきたのは理解できるが……だが、この程度ではな」

 

 「……何を言うのかと思えば、強がりですか?」

 

 「まぁ、いいや……口で言うよりも、実際に見せてやったほうがいいか……」

 

 

 

一夏はゆっくりと抜刀し、空を斬る。

月明かりに照らされた刀の斬光が、空間を走る。

そして、その鋒を少女に向けた。

 

 

 

 「御託はいい……とっととかかって来いよ……!!」

 

 「っ………!」

 

 

 

目に見えて少女の表情に怒りの色が見える。

そして少女も仕込み刀を振るい、一夏に対して発する。

 

 

 

 「いいでしょう、そんなに死にたいのならば是非もありません。その余裕の表情、ズタズタにしてあげます」

 

 「ふっ……面白い……!やってもらおうか!」

 

 

 

《神聖剣》《二刀流》《抜刀術》……1万人のプレイヤーの中で、たった一人しか持つことのできないユニークスキル。

そのうちの二人は、実際の人物たちと言うわけではないが、おそらく熟練度の方は高いはずだ。

そして、肝心の少女の方は、ある程度の格闘術を有しているのがわかる。

華奢な体つきに、戦闘には不向きなドレス姿ではあるが、このような状況においても、冷静さを失っていないのを見るに、それなりの修羅場を潜り抜けているのだろう。

油断をしていると、本当に命がかかってくる。

少女が臨戦態勢に入り、一夏も表情を険しくする。

それに呼応するかのように、影の存在である《黒の剣士》と《神聖剣》が構える。

両者の動きが一旦止まり、その場で動かなくなった。

一夏は抜刀術の構えに直して、鯉口を切っている。

いつでも抜刀可能と警告しているのだろう……。

対して少女も仕込み刀の鋒を一夏に向けた状態で、半身の姿勢。

それはまるで、西洋の剣術……フェンシングのような構えだ。

そして、一呼吸置いたわずかな時間……静寂に包まれた森の中で、激しい剣戟が交わされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「バ、バカな……そんな……そんなはずないじゃない……!」

 

 

 

一方、もはや風前の灯火と言えるような状況になった王城では、自室で外の状況を見ていた女王が、信じられないとでも言いたそうに表情を曇らせていた。

 

 

 

 「私が……女王たる私がっ、娘にっ……白雪姫に負ける……?!」

 

 

 

脚にうまく力が入らなくなってきたのか、女王はフラフラと後ずさる。

城の兵隊たちは戦いに出て行った……親衛隊にも、白雪姫とその仲間たちを徹底的に根絶やしにしろと命令した。

城を放棄するなど持っての他……。

故に、ここから離れてはならないと思っていたのだが……。

 

 

 

 「た、隊長は……、親衛隊長は一体何をしているのですっ?!!賊がっ、賊が城に侵入しているのですよっ?!!

 速くっ!速くこいつらを斬り捨てなさいっ!!!!」

 

 

 

その場には誰もいない。

皆、戦場へといってしまったのだ。

それに気づいた女王は、自分の部屋から飛び出して行き、城内にある大広間へと移動する。

 

 

 

 「親衛隊長っ!!『黒刃』っ!!どこにいるのですっ!速く始末しなさい!!!」

 

 

八つ当たりするかのように叫び散らす女王。

しかし、その声に応える者はいない。

やがて、戦いの痕跡を目にするようになる。

壁には武具によってつけられた傷跡……その横には鮮血が飛び立っており、廊下には親衛隊の隊員や城内に常駐していた近衛兵たちが転がっている。

 

 

 

 「ヒィッ……!!」

 

 

 

物言わぬ屍となった部下たちを見て、女王はその場に倒れ込んだ。

今度こそ脚の力が完全に抜けてしまい、その場に座り込んでしまったのだ……。

しかし、そんな女王のもとへと歩み寄る足音が聞こえた。

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……。

 

 

 

 

 「へ、へぇ?」

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……。

 

 

 

 

(な、なんですかっ?!だ、誰かこっちに来るっ?!)

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……。

 

 

 

 

一体のリズムで近づいていく靴音。

城内の廊下に響いてくるので、どこからやってくるのかはすぐにはわからなかったが、その音が次第に大きくなってくるのを感じる。

間違いなく、自分の元へと近づいてきている。

 

 

 

 

 「……………お母様」

 

 「っ……!!?」

 

 

 

その声は、最も聴きたくなかった声。

本来ならば、もうとうの昔に決別していたはずの声……。

自分の地位を揺るがし、自分の存在を貶めるであろう存在。

その者の声がいま、自分の耳に届いた……そんなの、冗談にしてはあんまりだ。

 

 

 

 「こ、この声は……!」

 

 「まさか……まだ、こんなところに居座っているとは思わなかったわ……」

 

 

 

 

廊下の突き当たり……。

女王からすれば、左折するように続いている廊下。

そのまま進めば、目的地であった大広間へと出られていただろうが、そこから人影が一つ……城内の明かりに照らされた人物が出てくる。

 

 

 

 「あ……ぁあ……!」

 

 

 

水色の髪に、赤い瞳。

紺色のドレスに甲冑という姿で、一人の少女が立ち塞がった。

 

 

 

 「し、しし……!」

 

 「決着をつけましょう?……お母様」

 

 「し、白雪……姫っ……!?」

 

 

 

片手には槍を携えており、その槍の穂先には血がついていた。

 

 

 

 「ど、どうして貴女がっ……!?こ、ここ『黒刃』はどうしたのです!?」

 

 「『黒刃』は……私とチナツで倒しました。かなりキツかったですけど……」

 

 「は……?」

 

 

 

白雪姫の発した言葉の意味が理解できなかったようで、女王は茫然と娘を見返した。

 

 

 

 「『黒刃』は、倒しました……親衛隊も、私の仲間たちによって討たれました……。

 もう、貴女に味方する者はいないということです……お母様」

 

 「そ、そんな……」

 

 

 

尚も絶望を与えるかのように、刀奈は宣告して、ゆっくりと女王に近づいていく。

コツ……コツ……と固い廊下の床を、金属製の鎧を纏った軍靴が音を立てている。

その手に持っている槍には血がべったりと付いている。

刀奈自身も程よく傷を負っているようだが、致命傷というわけでもないだろう……。

この状況で味方がおらず、目の前には目の敵にして追っ手まで差し向けた憎むべき我が子が。

もはや娘に慈悲の心はないだろう……容赦なく、その手に持っている槍を突き出すに違いない。

 

 

 

 「ぁあ……!!あああっーー!!!!」

 

 

 

女王はようやく理解したのだ。

自分に、死が迫っていること……。

このままその場に留まっていると、確実に槍が心臓を穿つだろうことはわかっている。

女王はその場から急いで立ち上がり、来た方向とは別の廊下へと走り去る。

それを見て、刀奈も女王を追いかける。

ただし、慌てふためく女王に比べて、刀奈自身は焦りも何もない。

ゆっくりと歩みを進め、女王の走り去った後を追いかける。

 

 

 

 

(死にたくないっ!死にたくないっ!死にたくないっ!死にたくないっ!)

 

 

 

 

頭の中でそう連呼する女王。

美しいはずのドレスには土埃や血のり、煤による汚れが目立つ。

髪もボサボサになっており、美しいはずの美貌もまた、煤で黒く汚れていた。

死への恐怖が、常に美を意識しているはずの女王の意識を刈り取っているのだろう。

なりふり構わず廊下をひた走る。

しかし、曲がり角に直面してしまった。

 

 

 

 「ぁ…………」

 

 

 

完全に逃げ場を失ってしまった。

そして、またしても後ろから軍靴の音が廊下を打つ。

 

 

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ……

 

 

 

 

 「い、いや……いやよ……!私はまだ、こんなところで……!」

 

 

 

やがて、その人影が映し出される。

自然体に槍を構えいる自分の娘の姿が……。

 

 

 

 「し、白雪姫っ!ご、ごめんなさいっ!許してちょうだい……!わ、私は……あなたを……!」

 

 「残念です……お母様。その慈愛の心が、昔から頂けていたのならば……私も、あなたを手にかけることはなかったでしょう……」

 

 「ヒィィィィ……!!!」

 

 「お覚悟を……お母様。貴女はもう……この国には必要ありません……。そして、その責任は、娘である私も受けましょう……。

 共に……地獄へと参りましょうか……。」

 

 

 

 

それらしい事を言ってはいるものの、自分はこの世界から解き放たれ、自分の世界に帰還するだけなのだが……。

これもこれで演出だと思うことにする。

しかし、そんな娘の心情とは裏腹に、母は絶望に歪んでいた。

顔からは血の気が引き、見るものを魅了していた美しさは皆無……。

目から光が消えて、生気を感じられない。

 

 

 

 「あなたがっ……!」

 

 「ん……?」

 

 「あなたさえ、居なければッ!」

 

 「っ……!」

 

 

 

命乞いから一転、女王はどこから奪ったのか、その他には鋭利な刃物を持っていた。

見た目から近衛兵が持っている短剣のようだが、おそらく転がった死体から拝借していたものだろう。

それを両手で力一杯握りしめる。

ギギギッと、短剣の柄から音が聴こえてくるほどに力強く……。

そして、それを握った状態で、白雪姫に対して吶喊して行った。

 

 

 

 「白雪姫ぇぇぇぇッーーーーーー!!!!」

 

 

 

女性の人とは思えないほどの絶叫を叫びながら、女王は駆け込んでくる。

それに対して、白雪姫は何も動じず、ただただ女王の姿を見ていた。

 

 

 

 「ーーーーーー愚かですね、本当に……」

 

 

 

ただ一言、そう言った瞬間に、白雪姫の姿が掻き消えた。

女王もその現象に戸惑い、一瞬加速していた力が緩まった……。

手に込めていた力も緩んでしまう……その一瞬だった。

したから掬い上げる様な斬撃が迫り、手にしていた短剣が打ち上げられた。

手に伝わる衝撃が凄まじく、女王は持っていた短剣を容易く手放した。

両手が上の方へと掬い上げられて、眼下に映る姿を目に焼き付けた。

槍を振り払い、獰猛な目つきでこちらを捉えた人影。

白雪姫などと呼ばれている自分の娘とは思えないほどの殺気……一介のお姫様ができるとは思えないほどの槍捌き。

その鮮烈な姿が、女王の目から離れなかった。

そして次の瞬間、自身の肉体を刺し貫く感覚が襲ってきた。

痛みはほとんどなかった……。

いや、そんな事を感じる暇も与えず、槍の穂先が貫通したのだ。

十字槍の大きな穂先が、体の中心……心臓部を確実に穿ったのだ。

 

 

 

 「ぁ……ぁあ…………!」

 

 

 

言葉を発そうとしたが、喉の奥から込み上げるものがあり、それを口にできない。

そして、そのこみ上げてくる物の正体がわかった。

自分の口から溢れ出た鮮血……。

尋常ではない量の血が、口から流れ出て、その下からは、廊下の一面を濡らすほどの血が溢れていた。

 

 

 

 「ぁ……」

 

 

 

体が冷たくなっていくのが理解できる。

これこそが、死という物なのだろうか……。

 

 

 

 「お母様……短い間でしたが、お世話になりました」

 

 

 

娘から出てきた言葉は、屈辱でも蔑みでもない……全く別の、ほんのりとした暖かみのある言葉だった。

不思議だった……自分を恨んで、殺したはずなのに……どうしてこんな言葉を発するのか……。

それを聞こうと、口を動かすのだが、もはやそれすらも出来ないほどに、力が無くなっていた。

女王はそのまま目を閉じて、静かに息を引き取った。

白雪姫は槍を引き抜き、その場に女王を寝かせる。

ようやく……自分の成し遂げるべき目標を成し遂げた。

しかし、白雪姫は……刀奈の心は、あまりにも歓喜とは程遠い感情を抱いていた。

 

 

 

 「目標は達成した……でも、全然嬉しくもないし、報われないのよね……」

 

 

 

 

更識の家系ならば、すでにこの手の道を通ってきている。

だから、こんな事でいちいち感傷に浸ることはないのだが……。

 

 

 

 「チナツは……こんな事を毎日してきたのよね……」

 

 

 

かつてSAOに囚われていたときには、自分も人殺しの経験があったが、恋人たる一夏は、この倍を超える数をこなしていた。

そう思うと、自分の味わっている苦痛などたかが知れている。

 

 

 

 「さて、仕事も終わったし、チナツを迎えにーーーーー」

 

 

 

と、言いかけた時だった。

刀奈の視界が徐々に白くなり始めた。

 

 

 

 「え?」

 

 

 

突然のことに困惑して、刀奈は周囲を見回してみる。

すると、自分の立っていた世界が霞んでいき、自分の体が足元から消えてなくなっていっているのだ。

 

 

 

 「あ、そうか……女王を倒したから、この世界の条件を攻略しちゃったんだ……!」

 

 

 

本来倒すべき相手は、女王ではなく毒リンゴを仕込んだ魔女なのだが、この世界の白雪姫は毒リンゴを食べておらず、女王に命を狙われていながら、小人には会っていないし、そもそも反抗勢力なんてものも作り上げている。

その時点で世界観も何もないのだろう。

ゆえに、最終目標である女王を倒してゲームクリアという条件になったのかもしれない。

 

 

 

 

 「くそ……!チナツも一緒に抜け出せるか、確かめなきゃいけないのにっ……!」

 

 

 

 

自分がこの世界から脱出できたとしても、後から来た一夏が出られる保証はない。

だから、変なトラブルが起きる前に確かめたかったのだが……。

 

 

 

 「しょうがないわね……後は簪ちゃん達に任せるしかないか……」

 

 

 

歯痒い思いではあったが、すでに体は胸辺りまで粒子の塵となって霧散して行っている。

こちらからどうこう出来るわけでもない状態だった。

 

 

 

(悔しいけど、チナツを信じるしかないわね……)

 

 

 

今も森の中にいるであろう想い人のことを思いながら、刀奈は一足先に童話の世界から退散したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方………。

 

 

 

 

 「そ……そんな……っ」

 

 

 

決戦を終えた王城から離れた位置にある森の街道では、銀髪の少女が片膝をつき、ステッキ内に仕込んでいた仕込み刀を地面に突き刺したまま、肩を上下に揺らして息をしていた。

その少女の視線先には、漆黒の外套を身に纏い、黒と白の双剣を握りしめている少年剣士と、真紅の鎧で身を固め、十字型の大型盾に十字型の片手剣を持っている壮年の騎士が同じように片膝をついている。

その少し離れたところでは、軽装に身を包む侍の姿が見える。

抜き身の刃は、月光をその刀身で反射しており、異様な程に鋭さを強調している。

そして何より、銀髪の少女だけでなく、黒衣の剣士と真紅の騎士を相手に、ほぼ無傷の状態。

夜風が舞い、徐々に空の色も明るくなってきている。

夜明けが近いのだ……。

 

 

 

 

 「ど、どうして……!こちらの攻撃が通らないっ……?!」

 

 

 

 

少女は自分たちの置かれている状況に、疑問を持っているようだ。

まぁ、それもそのはずだろう……。

こちらは三人……向こうは一人。

こちら側は影の存在とはいえ、SAO時代では最強の名で知られた二人のデータを元に作られている。

自分だって、極めていないとはいえ、それなりの技術をしゅうとくしているため、第一負けるはずがないと思っていた。

しかし、蓋を開けてみれば、目の前にたたずむ少年……織斑一夏たった一人に、相当苦戦させられている。

ここが仮想世界だからなのか……?

それにしても《黒の剣士》と《SAO最強の騎士》を相手に、そこまでの強さを発揮できるものだろうか?

しかし、当の本人はその疑問に笑って答えた。

 

 

 

 

 「そりゃそうだろう……。だってその二人、ただデータを集めて作った人形みたいなもんだろう?

 人形と本物、どちらが優れているかなんて、わかり切ってる事だろ?」

 

 「っ……?!」

 

 

 

 

当然……と言いたげな表情で答える一夏。

しかし、それでも理解できないでいる少女に、一夏は呆れた様子で説明する。

 

 

 

 

 「確かに、その二人の戦闘能力は申し分ない……。初見としてぶつけて来られたら俺も苦戦したと思うが、その二人の動きなら、嫌と言うほど見てきているからな……。

 今更どうやって対処するかなんて、すぐに思いつくさ」

 

 「そ、んな……!だからと言って、彼らの戦闘能力は本物と同じはずっ!」

 

 「はぁ……あのなぁ〜、 “戦闘能力” が同じでも “戦闘技術” には、雲泥の差があるんだよ」

 

 「戦闘……技術……?」

 

 「そう、技術だ。確かにあんたは二人の姿形だけでなく《二刀流》と《神聖剣》、二つのユニークスキルをほぼ完璧に再現している。

 だが、これはあくまで既存の戦闘能力であって、キリトさんとヒースクリフ団長の技術そのものではない……!」

 

 「っ?!」

 

 「ソードスキルもそうだろう?元々含まれている《二刀流》と《神聖剣》のソードスキルを発動してはいるが、使うタイミング、使うソードスキルの技があまりにも定石すぎる……。

 そんなのはもう、SAOのフロアボスと同じ《カーディナル》がプログラミングしたパターン攻撃と同じだ。

 そんな攻撃じゃ、俺に傷をつけるなんて無理なんだよ……」

 

 「くっ……!」

 

 

 

 

《黒の剣士》と《神聖剣》が立ち上がり、剣を構える。

表情が変わることはないが、一夏の剣技によって付けられた傷が疼くのか、体を傾けている。

黒衣の外套には血が滲み、深紅の鎧には刀傷が無数についている。

一夏の抜刀術に付け加え《ドラグーンアーツ》による神速剣、そして片手用直剣のソードスキルを織り交ぜた、多彩な剣術により二人の影を圧倒しているのだ。

 

 

 

 

 「ですがっ!いかにあなたが強くても、限界はあるはずです!」

 

 

 

 

少女はそう言うと、持っていた仕込み刀を強く握りしめ、一夏に向かって突進していく。

鋒を思いっきり突き出し、一夏を突き刺そうとするが、一夏はこれを容易く躱す。

それどころか刀を返して、仕込み刀を一閃。

両手で握りしめていたはずの仕込み刀を易々と弾き飛ばされてしまった。

少女はそのまま勢い余って倒れ込む。

一夏は倒れた少女の背中を見て、軽く息を溢した。

それなりに格闘術を身につけてはいた……だが、圧倒的なまでに体力がない。

剣での斬り合いや、格闘術での組み合いなどでは激しく体力を消耗するが、彼女はそれを支えるだけの体格も、自力の体力も何もない。

これならまだ、普段から軍隊格闘など、肉体的な訓練をしていないセシリアや簪の方が能力的には上を行くだろう。

 

 

 

 

(っと、言うことは……この子が本当に得意なのは前衛ではなく後衛による支援や奇襲か……?)

 

 

 

 

そう考え込んでいると、黒衣の剣士と深紅の騎士が剣を構えながら突進してくる。

左右から一夏を挟み込む様に、騎士は十字剣を、剣士は右手に握っていた黒い剣を振るう。

しかし、一夏はそれをしゃがみ込んで躱す。

頭上で剣同士がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴る。

その瞬間に一夏は体勢を入れ替え、鋭い蹴りを騎士と剣士に見舞う。

騎士はガラ空きになっていた足元を、剣士の方は勢いそのままに腹部へと後回し蹴りが炸裂する。

黒衣の剣士はそのまま吹き飛ばされてしまい、森へと入る木々の幹にその身をぶつけてしまい、深紅の騎士はその場で倒れ、急いで体勢を整えようとしている。

 

 

 

 

 「さて……この茶番も、そろそろお開きにしようか……っ!!」

 

 

 

 

まず初めに、その場で体勢を整えようとしている騎士の方へと、一夏は駆け出した。

当然、騎士はその動きを捉えた上で、構えをとる。

身の丈を覆うほどの大盾を一夏に向けて構えて、右手に持っている十字剣を握りしめて構える。

刀身が赤く染まり、いつでもソードスキルを放てると一夏に対して警告する。

しかし、一夏はそれに対して動きが弱くなるどころか、さらに加速する。

手にしていた刀は黄色いライトエフェクトが灯り、こちらも迎え撃つと言わんばかりに接近する。

間合いがどんどん迫っていき、騎士の間合いに入った瞬間、騎士の方から仕掛ける。

赤く染まった十字剣を頭上から思いっきり振り下ろす。

それはかつて、アインクラッド第75層で見せた《ガーディアン・オブ・オナー》という名前の技だ。

しかし、この技は本来、相手の攻撃を受けた後に発動させる技。

相手の攻撃を受けていないにもかかわらず、それを先に繰り出してきた辺り、やはりシステムによって一定のアルゴリズムでしか行動できないようだ。

 

 

 

 「なってないなっーーー!!!!」

 

 

 

振り下ろされる十字剣。

しかし、その刀身が一夏の脳天を斬り裂くことはなかった。

刀身が一夏の脳天を斬り裂く寸前、一夏の姿が掻き消えた。

そして、眼前を通りすぎる黄色い閃光。

右腕から鮮血が飛び散り、剣を握っていたはずの右腕が宙を舞っていた。

 

 

 

 「ッーーー!!!?」

 

 

 

深紅の騎士が驚きの表情を浮かべている。

一瞬の出来事に驚愕しているのだ……。

剣を振り下ろしたあの一瞬で、一夏は騎士の側面に回り込んで、素早く振り下ろされていた腕を両断したのだ。

ドラグーンアーツ《龍巻閃・凩》……左回りに回り込んでから撃ち出す斬撃。

騎士は苦悶の表情は見せず、すぐさま回り込んでいた一夏に向けて左手の盾で大きく薙ぎ払う。

しかし、それもまた空を斬る……。

またしても一夏は体勢を低くして、薙ぎ払らわれた盾はその上を通ったということになる。

 

 

 

 

 「そんな単調な攻撃を、最強ギルドの団長がするわけないだろっ……!!!」

 

 

 

 

そのセリフと共に、一夏は飛び上がった。

低く屈んでいた状態からの跳躍……それに合わせて刀を両手で押し上げる。

ドラグーンアーツ《龍翔閃》……。

飛び上がったのと同時に斬りあげる単発技だ……その技で振り抜いた左腕を斬り落とした。

そしてそのまま、飛び上がった一夏は鋒を騎士の頭部に向けた状態で落下する。

鋒は吸い込まれるように、騎士の脳天から顎下まで通過し、騎士を絶命させる。

 

 

 

 

 「《龍槌閃・惨》ッ………!!」

 

 

 

 

刀を抜き、その場に降り立つ。

SAO時代でもこの技は使ってはいたが、あまり多用してこなかった技。

脳天に刀を突き刺すという、あまりにも残酷かつグロテスクな技があるだろうか?

一夏もSAO時代にはこの技のグロさから、あまり使いたくないと思っていた物で、使ったのも殺人ギルド〈笑う棺桶〉(ラフィン・コフィン)のメンバーにしか使った事はないはずだ。

降り立った一夏は、刀を右へと大きく振るう。

刀身に付いていた血のりをその場で落とし、自分の隣で倒れ込んだ騎士の背中を見る。

 

 

 

 

 「団長の《神聖剣》は、防御こそが要のスキルだ……。その防御を疎かにしている時点で、《神聖剣》の強みを十分に活かしきれてない証拠だよ」

 

 

 

 

かつてはあのキリトですらも、システム的アシストがあったにせよ打ち倒した男なのだ。

《神聖剣》の強みはなんと言っても『鉄壁の防御』に限る。

超攻撃特化の《二刀流》を持つキリトや、一撃必殺と速さの両方を兼ね備えていた《抜刀術》を持つチナツ……。

槍使いの中では右に出る者はいないと言わしめた《二槍流》を持つカタナですらも、ヒースクリフを危険域にまでHPを下げた事はない。

システム的アシストがあろうが無かろうが、おそらく無理だったに違いない。

それほどまでの技術を持って、なおかつ鍛え上げた人物こそが、ヒースクリフであり、茅場晶彦だったのだ。

 

 

 

 

 「そしてーーーーーー」

 

 

 

 

そう言葉にしたのとほぼ同時……。

一夏はその場から飛び退いた。

その直後に、二本の剣による斬撃が放たれたのだ。

あと少しでも動くのが遅れていたら、間違いなく斬られていたであろう。

腹部に思いっきり入った蹴りによるダメージから回復した黒衣の剣士が、両手に握っている剣を縦横無尽に振り切る。

一夏はその剣戟に対応する様に、刀で受けたり、受け流しを行なっていく。

剣速のスピードは本物と同じ……剣から伝わってくる衝撃の重さも、おそらく同じものだと思われる。

しかし、それでも二本の剣は一夏を捉えることが出来ず、空を斬っているだけだった。

 

 

 

 「キリトさんの強みは、二刀流による攻撃速度と反応速度だけじゃない……」

 

 

 

右手に握った黒剣《エリュシデータ》を突き出し、一夏を刺し穿とうとするもまた空を斬る。

《エリュシデータ》の鋒が一夏に届く前に、右足を半歩引いて半身の状態になり、剣をギリギリで躱したのだ。

そして、そのまま体を時計回りに回転させて、ガラ空きになっていた背中を斬りつけた。

ドラグーンアーツ《龍巻閃》。

カウンターを主体とした迎撃技。

背中に背負っていた剣を納める鞘を両断し、背中を斬りつける。

 

 

 

 「ここぞと言う時にこそ、あの人はこちらの想像を越える手段を取ってくる……だから、先読みで動きを把握している俺には、その咄嗟の行動にいつも驚かされてきたんだ。

 だが、この影はそんなものが何一つない……ただ速いだけの人形だ。そこら辺の奴には十分だろうが、俺には届かないよ」

 

 

 

一夏の放った《龍巻閃》は確実に背中を斬り裂いた。

ここで立ち上がっても、勝機はほぼ無いに等しい。

このまま諦めてくれればと思っていたが、それでもキリトの影は立ち上がろうとする。

 

 

 

 

 「はぁ……頼むからさぁ……もうそのまま、寝ててくれよ……!」

 

 

 

 

呆れと苛立ち……二つの感情が入り混じったような声を絞り出す一夏。

よく知っている人物だからこそ……共に命をかけて戦い抜いた戦友だからこそ……いろんな事を相談しあえる兄貴分だからこそ……。

影の存在とはいえ、あまりにも惨めに見えるキリトの姿に、一夏は苛立ちを隠し切れないのだろう。

 

 

 

 「もういい……そのまま、俺が終わらせてやる……!!」

 

 

 

刀を鞘に納め、抜刀術の構えを取る。

それに応じて、黒衣の剣士が突っ込んでくる。

両手に持つ剣にはそれぞれライトエフェクトが灯り、光はその輝きを増している。

おそらく、繰り出してくる技は最上位スキル《ジ・イクリプス》……もしくは、《二刀流》スキルの代名詞とも言われる連続16連撃技《スターバースト・ストリーム》か……。

どちらにしたもの、これが最後の一撃となるだろう。

ならば、こちらも相応の覚悟を持って挑むのみ……。

 

 

 

 「《抜刀術》スキル 瞬ノ型ーーーーーーーー」

 

 

 

《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》。

SAOにおいて、『黒の剣士』キリトの愛剣たち。

その双剣が、一夏に対して容赦なく降りかかる……しかし、その双剣が一夏を捉えることはなく、いつの間にか影キリトの間合いに侵略していた。

低い姿勢からの移動……腰に溜めて構える刀は、すでに鯉口を切っている。

そしてそこから覗くのは黄色い閃光に染まっていた刀身だった。

それかまた、目にも留まらない速さで振り抜かれ…………気づけば、一夏の姿は目の前から消えていた。

 

 

 

 

 「ーーーー《雲耀陰舜》…………!」

 

 

 

 

腰に挿していた鞘を左手で抜き取り、ゆっくりと刀を納めていく。

鞘口と鍔が「カチィンーーーー」と音を立てる……。

その瞬間、黒衣の剣士から夥しい量の鮮血が飛び散った。

一夏はそのまま鞘を腰に挿して、後ろを振り向く。

《抜刀術》スキル 瞬ノ型《雲耀陰舜》。

同じスキルの閃ノ型《雲耀閃刃》と同じ、雲耀の名を冠する技だ。

その極意は、とにかく速さにある。

雲耀とはそもそも『稲妻』のことを指す言葉であり、現存する剣術流派《示現流》の兵法剣術で教えられる用語であり、「二ノ太刀要らず」を体現するための極意だ。

《閃刃》は一撃にして三撃……一瞬の抜刀で三連撃を叩き込む上位スキル。

《陰舜》は一撃を重視した抜刀術。

同じ一撃技である《紫電一閃》や《叢雲ノ太刀》なんかと比べても、その速さは群を抜く。

 

 

 

 

 「さて、まだやるか?」

 

 

 

黒衣の剣士が黒い塵となって虚空へと消える。

一夏は残っている銀髪少女に向けて、視線を送る。

少女は仕込み刀を握ったまま、こちらを警戒している。

これで彼女もわかったはずだろう……どれだけ精巧に作った人形だろうが、一夏に傷を負わせるには、一夏の戦闘能力を上回るしか手はないと……。

 

 

 

 

 「くっ………」

 

 

 

少女が一歩、また一歩と後ずさる。

しかし、一夏もまた一歩と詰め寄る。

もはや勝負は見えた……しかし、そう思った瞬間、少女の頬がつり上がり、その表情には笑みが溢れた。

 

 

 

 「ふっ…………ふふふ……!」

 

 「………随分と余裕じゃないか。この状況下で、俺から逃げられると思っているのか?」

 

 「いえ、失礼いたしました……。ですが、もう時間なので」

 

 「なに?」

 

 

 

一夏が少女の言葉の意味を理解するよりも速く、周囲の空間が突如として揺らいだ。

 

 

 

 「っ……?!!」

 

 

 

周りを見渡すと、森の木々が不自然なまでに湾曲し、さらには粒子となって消えていく。

そしてそれは連鎖していき、次々に周りの景色が漆黒の闇へと変わっていく。

 

 

 

 「くそっ、お前の仕業かっ?!」

 

 「ええ、その通りです。私のISは、あなた方のと違い、少々寝坊助なので……」

 

 「やはり……この仮想世界を作っていたのは、ISの力かっ?!」

 

 「精神干渉……生体同期型IS《黒鍵》……お見知り置きを」

 

 「ちっ……仮想世界においては、チート級の能力じゃねぇかよっ!」

 

 「おや、なにも《黒鍵》は仮想世界だけに特化した能力ではありませんよ?現実世界においても、相手を惑わし、幻覚を見せることは容易い……。

 あなた方は仮想世界という場所では、それなりに強いと見受けられますが、果たして……現実世界ではどうなのでしょうね?」

 

 「っ…………」

 

 「いずれまた合間見えることになるでしょうから、一応名乗っておきます」

 

 

 

 

少女は仕込み刀を鞘に納め、その場で少し膝を曲げ、両手でスカートの端を持ち上げて頭を下げる。

西洋の淑女がやる挨拶の作法だ。

 

 

 

 「私の名前はクロエ……。クロエ・クロニクル。本日の私の役目は、これにて終了致しましたので、これにて失礼致します」

 

 「待てっ!逃げられると思っているのかっ?!」

 

 「逃げるも何も……。この世界は私のISが作り出したもの……ならば、壊すのだって容易なのですよ?」

 

 「っ……!」

 

 「ご安心を。ここであなたを始末するのは、私の主人の意にそぐわないので」

 

 「さっきは俺を始末しようとか言ってたくせにか?」

 

 「それはそれ、これはこれ……というやつです。残念ながら、私ではあなたに敵わないようですから」

 

 

 

 

そこは素直に認めるようだ。

だが、安心したのも束の間、またしても世界が大きく揺れた。

大地は裂け、空は砕ける。

本当にこの仮想世界そのものが消滅しようとしているのだ。

 

 

 

 「くそっ、俺も脱出しなきゃーーーー」

 

 「では、私はお先に失礼致します」

 

 「なっ?!お、おいっ、待てっーーーー」

 

 

 

 

一夏が咄嗟に手を伸ばすが、少女はすぐにその場から消え失せた。

そして、とうとう一夏の立っていた場所まで砕けてしまい、一夏は暗闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうして目を覚まさないのかしら……」

 

 

 

一方で、IS学園の地下区画。

電脳ダイブを行うためのマシンが置いてある一室にて、刀奈は未だ目覚めない一夏の隣に座り込み、必死に手を握っている。

 

 

 

 

 「キリトとアスナちゃんはちゃんと目覚めたのに……!」

 

 

 

その隣では、先に目覚めていた和人と明日奈が心配そうに一夏の様子を見つめている。

 

 

 

 「チナツの奴は、敵と交戦しているのか?」

 

 「わからないわ……。ただ、超がつくほどのチートキャラ相手にしただけで、それも私と二人でなんとか倒しちゃったし……」

 

 「あぁ、さっき言ってた織斑先生を真似たNPCか?」

 

 

 

学園へと帰ってきた明日奈は、和人の奪還に成功し、二人で喜び合ったのも束の間……。

今度は刀奈が意識を回復し、和人と二人で、今回の敵の首謀者について話し合っていた。

明日奈もユイからの情報により、ある程度の事態を把握していたが、詳細なことは先程までのゴタゴタで聴きそびれてしまっていた。

 

 

 

 「でも本当なの?電脳世界……仮想世界でのみにその能力が特化したISなんて……」

 

 「アスナちゃん、“あり得ない”……なんて事はあり得ないわ。特に、この超常的兵器を開発した人自身が、すでにあり得ないもの」

 

 「…………」

 

 

 

刀奈の言葉に、明日奈は息を飲む。

既に三人は気づいていた。

今回の騒動の発端となっているのは、謎のISによる強襲に見せかけた、IS学園の中枢システムに対するハッキングである事を……。

そして、いまはその目的がなんなのかを考えていた。

 

 

 

 「カタナちゃん、このIS学園は……何か隠しているものがあるんじゃないの?じゃなきゃ、こんなに襲撃されるなんておかしいもの……。

 そりゃあ、世界で唯一ISの操縦や技術面の指導を行える機関ではあるけれど、それでも……」

 

 

 

あまりにも襲撃が多すぎる。

そしてそれは、篠ノ之束本人が嬉々としてしているようにも思える。

 

 

 

 「アスナちゃんの言い分はもっともね……。けど、ごめんなさい……それを一般生徒に伝える事は、禁止されてるの」

 

 「で、でもっ、私たちは既に被害を受けてるのよ?!」

 

 「それでもっ、よ……。それに、この学園の事を私も全て知っているわけではないわ」

 

 「え?それって……」

 

 「私も、一生徒の身分って事よ。IS学園の生徒会長は、ほかの一般生徒とは違い、所々は優遇されている物もあるけど、それでも私も生徒の一人に過ぎないの。

 それに、これは私たちの身を案じての事なの」

 

 「それは………」

 

 

 

 

刀奈の言葉に、明日奈は口籠る。

そう、IS学園は普通の学校のように生活できる。

ISの操縦技術や基礎知識を学ぶためのカリキュラムが組み込まれている以外は、普通の学校だ。

しかし、他の公立や私立、県立高校と違うのは、国家レベルの治外法権を持っている事。

それすなわち、日本という国に別の一国家があるような物だ。

IS学園での情報は、たとえ日本政府であっても許可なく得ることはできない。

ましてや、世界各国からの圧力に屈するわけにはいかないために、この措置が取られている。

 

 

 

 

 「カタナちゃん……それは、私たちに秘密共有ができないようにしているってこと?」

 

 「そう……知り過ぎてしまえば、今度は私たちに危険が及ぶから……」

 

 「「……………」」

 

 

 

 

刀奈の強い視線に、和人と明日奈は黙ってしまう。

世界各国が、ISについて欲求を露わにしている。

世界最強の兵器としての認識ながら『モンド・グロッソ』といった世界大会を開くことで、世界の人々にその認識を晒している。

そして、まだ十代の少女たちに、その兵器の扱い方を教えているのが、IS学園だ。

ただ、軍事施設のように徹底的に教え込むのではなく、生徒たちの自主性を思っての行動によるものだが、それでもその関係者を、世界が見逃すわけがない。

 

 

 

 

 「だから今回のことは、私と有事の際に指揮を取ることになっている織斑先生とで話し合って、伝えるべき事をちゃんと伝えるわ。

 私も、生徒会長としてみんなを守らなきゃいけないの……納得はできないかもしれないけど、今は……これで折れてくれないかしら、二人とも……」

 

 「…………わかった。今はそれで俺たちも納得しておくよ」

 

 「そうだね……あとの事は、先生たちに任せるしかないよね?」

 

 「ええ……前線で戦っているのは私たち生徒なんだから、そのくらいの事後処理は、教師の仕事でしょ……!」

 

 

 

 

 

後顧の憂いは無くなりはしたものの、やはり意識が戻らない一夏のことが心配だった。

 

 

 

 

 「チナツ……お願いっ……無事に帰ってきて……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん……んん?」

 

 

 

 

空間の崩壊に巻き込まれて、一夏は意識を失ってしまっていた。

どれくらい眠っていたのか……それはわからないが、唐突に意識が冴える。

 

 

 

 「ここは……?」

 

 

 

まぶたをゆっくりと上げていく。

ゆっくりと深呼吸をして、落ち着いて体を起こした。

 

 

 

(空気の匂い……あ、いや……なんだろう?自然の中にいるような……草原の匂いか?)

 

 

 

その場に座り込んで、辺りを見回してみる。

そこには一面真っ青な青空と、一面を覆うほどの広大な草原。

青と緑に包まれた、そんな世界だった。

 

 

 

(俺は……なんでこんなところに?なんだか、懐かしいような……?)

 

 

 

現実世界……ではないのだろう。

こんな景色を、一夏は今まで見た事はなかった。

世界初の仮想世界《ソードアート・オンライン》の階層ですら、こんな光景はなかったかもしれない。

一面が空と草原だけの世界……。

何もないのに、どこか落ち着くような……前にも来たことがあるような……そんな感覚だった。

 

 

 

 

 「そうだっ!あの女はっ?!」

 

 

 

 

こんな事になったのだって、銀髪ストレートのあの少女のせいだ。

周囲を見てみるが、やはり姿はなく、どうやら逃げられてしまったようだ。

 

 

 

 「くそっ……これじゃあ、出る方法もわからねぇじゃん……!」

 

 

 

 

ここが仮想世界だというのならば、なんらかの方法で脱出する事は可能なのだろうが、見渡す限りの草原には、コンソールの様なものは見当たらない。

ましてや、ここが仮想世界なのかも怪しく思っていた。

空気には匂いがある……。

時折吹いてくるそよ風が心地よく感じる……。

その風が届けてくる若草の香りは、大自然そのままの息吹だ。

しかし、ここで疑問が浮かぶのである。

 

 

 

(ここは……仮想世界……なんだよな?………なのになんで、こんなに感触がリアルなんだ?)

 

 

 

足元にある草に手を当ててみる。

自身の手に伝わってくるのは、心地よい草の葉の感触。

撫でれば流れる様に葉っぱが動き、手を通り過ぎると反発するかの様に元の姿勢に戻る。

匂いも、感触も、そしてこの目で見ている風景すらも、仮想世界のエフェクトにしてあまりにもリアルすぎるのだ。

仮想世界にあるものは、所詮はただの電子情報、またはポリゴン体、または数字の羅列によって生み出された仮初の形……。

だが、いま目の前にあるこの景色はなんなのだ?

ここがどこなのか分からず、一夏はとりあえず歩き出してみた。

先ほどの空間崩落の件があるため、いきなり足元が崩れるのではないかと心配はしたものの、どうやら崩れる気配はないため、そのまま歩き回る。

見渡す限りの青空と草原。

代わり映えのしない景色を見ながら、数分間の間歩き回った。

草原は現実世界の地形のように、隆起した形で小高い丘がいくつもある。

そんな中をひたすら歩いて、一番近くの丘を登り切った。

 

 

 

 「ぁ…………」

 

 

 

丘を登り切ったその瞬間、一夏は声を漏らした。

なぜなら、先ほどからずっと見てきた草原と青空以外のものが、初めて目に入ってきたからだ。

 

 

 

 「あ、れは……人……か?」

 

 

 

距離にして10メートル圏内。

しかし、先ほどから景色しか見ていなかったせいもあって、それ以外のものが急に出てくると理解に困る。

そう、人が立っていたのだ。

後姿だった……。

髪は長く、アジア人特有の黒髪……長い黒髪をポニーテールで結っている。

そして服装だが、これまた日本を代表する装束だった。

緋色袴に白衣と、巫女装束そのものだった。

だが、一夏の脳裏には、ある人物の姿が浮かんだ。

 

 

 

 「えっ……?箒さん?」

 

 

 

何故か敬語になってしまったが、思わず動揺してしまうのも無理はなかった。

巫女装束に黒髪、さらにはその髪をポニーテールで結っているのであれば、一夏の知り合いの中で、この条件に当てはまる人物はただ一人……。

そう、ファースト幼馴染みである篠ノ之箒その人である。

 

 

 

 「クロエ……なんとかじゃなくて、なんで箒がいるんだ……?」

 

 

 

外見的特徴は、箒と一致する。

しかし、彼女にあって、目の前の人物にはないものが……。

 

 

 

(俺のあげたリボンがない……)

 

 

 

ほんの数ヶ月前……。

IS学園に入学して初めての課外授業でもある『臨海学校』に行った時のことを思い出す。

あの時は、海辺の場所を貸し切って、初めての学園外でのISの運用授業をして、専用気持ちは各国の技術者たちによって製作された強化パッケージを装備しての運用データの収集が目的だった。

しかし、突如として起こったアメリカ製の軍用ISが暴走……。

授業は中断され、日本の自衛隊が所有しているIS部隊が現地に到着するのも時間的に間に合わず、その場で演習をしていた一夏たちで対処する事になったのだ。

結果から見れば、なんとか暴走するISを専用気持ち全員の総力を合わせて、なんとか抑える事に成功したが、一夏はあと一歩というところで死にかけ、他のメンバーも全員が危険に晒された。

その時だった。

以前付けていたリボンが燃えてしまって、彼女の誕生日と重なっていたため、一夏は前もって買っておいた白いリボンを渡したのだ。

それ以来、箒は毎日それを付けてくれている。

なので、彼女そのリボンを外しているというのはおかしいと、一夏は思った。

ならば、目の前にいる人物は一体誰なのか?

 

 

 

 

 「………………」

 

 「ぁ………」

 

 

 

 

などと考えていると、その巫女装束の人物はこちらを向いた。

ゆっくりと、穏やかな動きで、こちらを見てくる。

しかし、おかしな事に表情が全く見て取れなかった……。

顔がないとか、消えている………というわけではないのだが、前髪や影の指し方の問題なのか、口から上の顔のパーツが見えないのだ。

覗き込めば見えそうな感じなのだが、どうしてかそれはできないし、なんだか薄っすらと影がかかっているため、見えるようで見えない……そんな感じだった。

でも、何故なのかはわからないのだが……。

 

 

 

(あれ……?なんで俺、“懐かしい” とか思ってるんだろう……?)

 

 

 

彼女は箒ではないし、箒の巫女装束は、今年の夏祭りの時に既に見ている。

見てからそれほど経ってないため、“懐かしい” とは感じないはずなのだが……。

 

 

 

(そもそも箒じゃないかもしれないだろう……!何考えてんだ、俺はっ……?!)

 

 

 

なんだかよくわからないが、ここにいると変な感覚に陥る。

故に、ここから早く出ないと……。

 

 

 

 

 「あ、あのっ!」

 

 「………………」

 

 

 

 

いざ勇気を振り絞って声をかけてみたが、相手はこちらを見つめるだけで、大した反応はない。

 

 

 

 

 「あの、ここから出るには、どうしたらいいですかっ?!」

 

 「………………」

 

 

 

またしても無言。

もしかして、喋れないのだろうかと思ったのだが、口は見えるため、動けば喋れるのでは?っと思うのだが、相手は何も言葉を発しない。

 

 

 

 

 「えっと、あなたなんでここにいるんですか?」

 

 「…………………」

 

 「あなたは一体っ、どこからここへ来たんですか?」

 

 「…………………」

 

 「あ、あの……」

 

 「…………………」

 

 

 

 

 

清々しいほどの無言……いや、もう無視と言っておこう。

全く会話をする気がないのか、それとも、本当に喋らないのか?

 

 

 

(っていうか、なんか言ってくれてもいいんじゃないか?俺、なんかしたかな?)

 

 

 

出会ったばかりで、何か気に障るようなことをした覚えはないが、以前刀奈達からは、問答無用で怒られたことが2、3回あったため、自分のやった事が全て無実であるとも言い難い……。

とりあえず、何らかの話題に触れるまで、とりあえず喋ろう。

 

 

 

 「えっと、はじめまして……俺、織斑一夏っていいます!その、ここには、偶然……っていうか、よく分からずに来てしまってっ!それでぇ、あの……」

 

 「…………………」

 

 「その、あなたは、ずっとここにいるんですかっ?」

 

 「…………………」

 

 「ここって、どこの世界……っていうか、仮想世界……なんですか?」

 

 「…………………」

 

 「えっと……」

 

 

 

ヤバい……会話が底を尽きかけてきた。

 

 

 

 「えっと、ここ、とても綺麗な場所ですよねっ!なんていうか、あったかくて、とても落ち着くっていうか!」

 

 「っ……………」

 

 「ぉ…………!」

 

 

 

 

この世界のことについては、今は何も分からないが……それでも、率直な感想としては、懐かしく、暖かくて……そして、綺麗な場所だと思った。

そんな思いを伝えたのが功を奏したのか、巫女装束の人物は驚いたような様子だった。

そしてその後すぐ、表情を変えて、一夏を見下ろした。

 

 

 

 「…………フフッ」

 

 「っ……!」

 

 

 

 

笑った……。

確かに笑ったのだ。

短い……がしかし、微笑むように笑った。

するとどうだろう、その人物はゆっくりとした足取りで、こちらへと向かってくる。

足元は白足袋に黒漆塗りの白木の下駄と、これも巫女の履物だ。

手はぶらりと自然体に下げており、横から吹くそよ風が、白衣と黒髪を靡かせる。

そして、およそ半分くらいの距離に来た瞬間だった。

 

 

 

 

 「ソウ……アナタモ、ソウ言ッテクレルノネ……」

 

 「ぇ……あ……」

 

 

 

初めて、言葉を交わした瞬間だった。

若干声がダブってるような、誰か知らない人物の声とハモっているような感じの声ではあったが、不思議と不快感はない。

相変わらず顔全体を見ることはできないが、それでもこちらに対しての負の感情が向けられているわけでは無さそうだ。

やがて巫女さんは、一夏の目の前まで到達し、ジッと一夏を見つめている。

身長は、一夏よりも頭半分くらい小さいだろうか?

鈴やラウラよりかは背が高いようだが……。

 

 

 

 「あの、貴方は……?」

 

 「私ハ………」

 

 

 

名前はあるのだろうか、と思い、一夏は巫女さん、に尋ねてみた。

一瞬、答えに迷う巫女さんだったが、いったん息を整えると、確かに答えてくれた。

 

 

 

 「私ノ名前ハ……三春……」

 

 「ミハル……さん?」

 

 「エェ……三春」

 

 「そうなんですね。字はどうやって書くんですか?」

 

 「字?漢数字ノ“三” ニ、季節ノ“春” ト書ク」

 

 「へぇー!俺の一夏も、漢数字の“一” に、季節の“夏” で、一夏なんですよ!」

 

 「アラ、ソウナノネ」

 

 

 

 

普通に話せている。

声や顔が不透明なのは気になるが、害意が全く感じられない。

そんな風に話していると、三春という人物は、一夏の顔へと右手を伸ばした。

一瞬だけピクッと体が震える一夏……。

それを見て三春も腕を止めるが、一拍置いて、また腕を伸ばす。

一夏の左頬に触れる手は、とても柔らかく、暖かい感触が伝わってきた。

 

 

 

 

 「…………ナルホド、ココマデ使エルヨウニナッテイルノネ……」

 

 「え?」

 

 「デモ、マダ貴方ニハ早イワネ……」

 

 「えっと……なんの事ですか?」

 

 「コレカラ先……モット厳シイ試練ガ待チ構エテイル……」

 

 「…………」

 

 「ソノ試練二潰サレナイ様ニ、モット御剣流ヲ極メテオキナサイ」

 

 「ミ、ミツルギ流?」

 

 「ン?貴方ガ使ッテイル流派ノ名前デショ?」

 

 「ミツルギ……?俺が使っている?あぁっ、《ドラグーンアーツ》のこと?」

 

 「ドラ……グーン?」

 

 「え?違ったかな……?」

 

 

 

二人で全く会話が噛み合っていなかったが、巫女の方は左手を口元に持っていき、何やら考え込んでいるようだった。

そして、その考えが纏まったのか、再び一夏の方へと向く。

 

 

 

 「多分、時ヲ過ギテ、名前ガ変ワッタノカモシレナイワネ……ナラ教エテオクワ……。

 貴方ノ使ッテイル剣術流派ノ、本当ノ名前ヲ……」

 

 「本当の名前?」

 

 

 

《ドラグーンアーツ》は元々、《SAO》内のユニークスキル《抜刀術》の中に存在したサブスキルでしかない。

故に、剣術流派はなんだと言われると、《抜刀術》スキルと言うしか無いのだが……。

 

 

 「飛天御剣流……」

 

 「ヒテン……ミツルギ流……」

 

 「ソウ……ソレガ、本当ノ名前……」

 

 「ヒテンミツルギ流…………」

 

 「ソウ……天ヲ飛ブ御剣ノ流派……ナンテ言エバ分カルカシラ?」

 

 「天を飛ぶ……で“飛天”……“御剣”の流派……なるほど、それで飛天御剣流か……」

 

 「御剣流ハ、類似無キ最強ノ流派……神速ヲモッテ相手ヲ斬リ刻ム最速ノ暗殺剣……」

 

 「っ…………」

 

 

 

三春の言う言葉に、一夏は息を飲む。

SAOから今日まで、自分の力として振るってきた剣が、そこまで言わしめる流派なのだと改めて聞かされると、途端に畏怖の感情まで湧き立ってくる。

 

 

 

 

 「デモ、貴方ナラバ……」

 

 「ぇ…………」

 

 「御剣流ノソノ先……私ノ《御神楽》ヲ継承デキルカモシレナイワネ」

 

 「えっ?!」

 

 

 

三春の言葉に一夏は驚きを隠さなかった。

御剣流の先……つまり、ドラグーンアーツ……飛天御剣流には、まだ先の流派があると言うのだ。

一夏はドラグーンアーツとして、飛天御剣流を極めたと言っていいだろう……。

その最上位スキルである《天翔龍閃》を会得し、さらにはそれを使用出来るにまで至ったのだから……。

しかし、まだ先があると言うのならば……。

 

 

 

 「その流派……《御神楽》って言うのを、三春さんは極めたんですかっ?!」

 

 「…………エェ。デモ、極メタンジャナイ……ソコニ、至ッタノヨ」

 

 「っ!!?」

 

 

 

『極めた』……と言う言葉、その道の果てまでも知り尽くし、この上なしと言われるところまで登り詰める場所の事を指すが、『至った』とは?

意味としては『極める』とほぼ同じ意味合いのはずだが、それでも使い分けていると言うことは、何か別の意味を持つのだろうか?

 

 

 

 「俺も……そこへ至れますか?」

 

 

 

まだ先がある。

と言うのならば、後は精進するのみだ……。

その《御神楽》と言うものが、どう言ったものなのかは皆目検討もつかないが、それでも、まだ……。

 

 

 

 「俺は……俺はまだ、強くなれますか……っ?」

 

 

 

強くなりたい。

その思いだけは、あの頃と変わらない。

初めて自分の非力さを知った……あの頃からずっと。

 

 

 

 「貴方ハ、何ノ為二……力ヲ欲シマスカ?」

 

 「え?」

 

 「何ノ為二……?」

 

 

 

 

何だろう……以前にも、同じことを聞かれたような……。

 

 

 

 

 「何の……為にか……」

 

 「……………」

 

 「最初は……自分の非力さが憎かった……」

 

 

 

 

そう、憎たらしかった。

第二回モンド・グロッソの決勝戦。

日本代表として、日の丸を背負って戦いに向かった姉、織斑千冬と、その姉と第一回大会で熾烈な戦いを繰り広げたイタリア代表選手。

第二回大会も、その決勝カードでの戦いになった。

世界中が注目していた。

千冬は二連覇を賭けた戦い……相手のイタリア代表選手は、第一回大会のリベンジに燃えていた。

そんな中で、弟である自分が誘拐された……。

千冬は試合を放棄して、弟を助けに行った。

不戦勝として、イタリア代表選手が第二回大会の優勝者に……。

二代目《ブリュンヒルデ》の誕生だった。

しかし、当の本人は「千冬との決着が付けられなかった試合で、この称号を貰っても意味がない」といい、受賞を辞退した。

そう……結果的、世界が注目していた一戦は、そんな不完全燃焼極まる形で幕を閉じたのだ。

 

 

 

 

 「自分の非力さを呪いすらした……だから、力を求めた……でも……」

 

 「……………」

 

 

 

三春は黙ったまま、一夏の話を聞く。

伸ばしていた手はいつの間にか離されており、三春はただ、ジッと一夏をみつめている。

 

 

 

 

 「俺は……間違えた。力を求めて……自分の信念や理想を追い求めて……結果、多くの人の命を斬り捨てた……!」

 

 

 

 

SAOに囚われてからの日常は、緩やかではあったものの、常に命のやり取りをしていた。

そんな中で、オレンジギルド……オレンジプレイヤーと呼ばれる存在が出てきて、さらにはその上をいくレッドプレイヤーまでもが現れた。

そんな連中と、血で血を洗うような戦いを送る毎日……その中で、自分の信念や理想が、どこかおかしいと思うようになった。

自分が戦う理由は、一体何だったのか?

自分が力を求めた理由は、こんな事をする為だったのか?

 

 

 

 

 「守りたいと思った人をこそ、この手で斬り捨てた……絶望だった……!死にたいとすら思った……!」

 

 

 

 

しかし、それを思いとどまらせてくれた人達が、すぐそばにいてくれたのだ。

たった一人の女の子と交わした、たった一つの約束。

 

 

 

ーーーー私の分まで生きて……そして、みんなの光になって……!

 

 

 

自分の帰る場所を作ってくれた……自分の帰りを待ってくれていた女の子がいた。

 

 

ーーーーチナツ。

 

 

 

命を託されて、共に歩んでくれる大切な人たちが、すぐそばにいてくれたから……だから……。

 

 

 

 「俺は、俺の大事な物をっ、場所をっ、人たちをっ、この手で守りたいんですっ!」

 

 「……………」

 

 

 

両手の拳を握り締めて、一夏は力強く三春へと言い放った。

 

 

 

 「まだまだ俺は未熟でっ、半端者でっ、これから先どうしたいとか、どう生きていこうとか、全然わからないんだけどっ……!

 それでもっ、俺はみんなを守りたいっ!!俺を待ってくれていた千冬姉に、カタナやキリトさん、アスナさん、SAOで出会った人たちも、ALOで出会った人たちも、IS学園で出会ったみんなをっ、俺は守りたいっ!!」

 

 

 

 

強い眼差しを、三春へと向けた。

そしてその瞬間、三春は優しく微笑んだ。

 

 

 

 「ソウ……ソレガ貴方ノ想イナノネ」

 

 「………はいっ……」

 

 

 

力強く返事をすると、今度は三春が両手を伸ばし、一夏の頭の後ろへと手をまわして自身に抱き寄せた。

 

 

 

 「のぅ……?!」

 

 「フフ……緊張スルカシラ?」

 

 「ぁ……いや、あの……!」

 

 

 

 

何だか気恥ずかしい……。

刀奈からも似たような事をされてはいるが、見知らぬ人からされるのとでは訳が違う。

しかし、何故だかわからないが、とても落ち着く……。

 

 

 

 

 「ソノ想イガアルノナラ、大丈夫ネ……。デモ、マダ先ノ事ヲ教エルノハ出来ナイ」

 

 「え?」

 

 「マズハ御剣流ヲ極メルノ……ソウスレバ、貴方ハ《天翔龍閃》ヲ自在ニ操リ、アラユル困難ヲ打チ破レルカラ」

 

 「御剣流を……極める……」

 

 「エェ……。ソシテイツカ、貴方ニ私ノ《御神楽》ヲ継承シテ欲シイ……私ノ想イト共ニ……」

 

 「っ…………」

 

 

 

三春はそこまで言うと、抱きしめていた体を離して、両手を一夏の頬へと持っていく。

両手で優しく包まれる様な感触……暖かい温もりが感じられた。

 

 

 

 

 「私ハ貴方ヲズット見テイル……貴方ガ貴方ラシク戦イ、ソシテ……マタ私ノ元へト至ルノヲ、楽シミニシテイルワ……一夏」

 

 「………三春、さん……」

 

 

 

相変わらず三春の顔は見えない。

しかし、どうしただろうか、優しく微笑んでくれていると思ってしまった。

そして、その会話が終わったのとほぼ同時に、一夏の意識が白く染まり、この世界からの退去が行われたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ん、んん……」

 

 「ぁっ……!」

 

 「ん〜……あれ、ここは?」

 

 「チナツっ!」

 

 「おわっ?!」

 

 

 

 

意識を取り戻して、真っ先に視界に入ってきたのは、目尻に涙を溜めていた最愛の少女、刀奈の姿だった。

起き上がろうとして、上体を起こした瞬間に刀奈が飛びついてきた為、一夏はそのまま元の体勢へと逆戻りだ。

 

 

 

 「よかったぁ〜!全然意識戻んないから、心配したのよっ!」

 

 「あぁ、うん……その、ごめん。なんでか、俺も脱出出来なくってさぁー」

 

 「ううん……無事に帰ってきてくれて、よかったわ……!」

 

 

 

頭を抱き抱えられる形で、ダイブマシーンに横たわる二人の男女。

当然、刀奈の豊満なバストが一夏の顔を押し付けるような形になっている為、心穏やかに非らず……と言ったところなのだが……。

 

 

 

(でも、まぁ……これはこれでいいかも……)

 

 

 

何だか、いつもの日常が戻ってきたみたいで、とても落ち着くし……。

 

 

 

(ん?落ち着く?)

 

 

 

その時だった。

不意に、なにかを思い出そうとしたのだが、一夏の脳内にはこの感情をついさっきまで体感したという感覚はあるものの、そのことに関する記憶が見当たらなかった。

 

 

 

(あれ?何で落ち着くなんて思ったんだっけ?)

 

 

 

自分の記憶を探ってみるが、どうにもあの歪な白雪姫の世界が崩れてからの記憶が曖昧だった。

 

 

 

 「あっ!そうだ、カタナっ、あの銀髪の女はっ?!」

 

 「へぇ?銀髪の女?」

 

 「そうそう!今回のこの事件の犯人かもしれない、ラウラ似の銀髪ストレートの女!」

 

 「っ!」

 

 

 

 

一夏の言葉に、刀奈は息を呑んだ。

そして、その後方からも声が聞こえる。

 

 

 

 「チナツ……その話、詳しく聞かせてくれないか?」

 

 「ん?」

 

 

 

視線を刀奈の後ろへ向けると、そこにはISスーツに身を包んでいた和人と、その隣に立っている明日奈の姿を見つけた。

 

 

 

 「あっ、キリトさん!無事だったんですね!?アスナさんも!」

 

 「あぁ、とりあえずおかえり、チナツ」

 

 「チナツくんも戻ってきてよかった。これで、みんな無事生還だね!」

 

 

 

和人と明日奈の声を聞き、本当に今回の事件が終息したのを確認した。

そして、話は一夏の言った、今回の犯人の話になる。

今回の事件を起こしたのは、十中八九、天災科学者でおなじみの篠ノ之束による物だろうという結論に至った。

そして、今回、電脳ダイブによってIS学園のメインシステムに侵入して、そこから復旧を試みた和人と刀奈の邪魔したあの銀髪ストレートの少女の正体と、あの仮想世界の謎を、四人で話し合った。

 

 

 

 「あいつの名前は、クロエ……たしか、クロエ……クロニクル?だったかな?」

 

 「クロエ・クロニクル……うーんどうも偽名っぽいわね……たぶん人物調査をしても、どこの誰なのかは突き止められそうにないわね」

 

 「カタナの家の情報網でもダメなのか?」

 

 「調べられない事はないでしょうけど、相当時間がかかると思うわ。とりあえず、家の人間に調べられないか調査を依頼するわ」

 

 「あぁ、頼む」

 

 

 

そう言うと、刀奈はISの待機状態になっている鉄扇の要に付いている水晶体を起動させ、ホロウインドウによる通信端末を展開させ、更識家の者に通信を開始した。

その横では和人と明日奈が、一夏とあの仮想世界について話していた。

 

 

 

 「俺が囚われた仮想世界は、アインクラッド第49層《ミュージエン》の主街区だった」

 

 「第49層……たしか、氷雪地帯のエリアでしたっけ?」

 

 「あぁ、そこでサチ……」

 

 「サチ?」

 

 「ええっと……昔、俺が少しだけ所属していたギルドの………そこにいた女の子と、戦う羽目になった……」

 

 

 

 

少しだけ、悲しげな表情して語る和人。

そんな和人を見兼ねてか、和人の両肩に後ろから両手を置く明日奈。

優しく見守る彼女に、和人も優しく微笑む。

 

 

 

 

 「その、あの子とは似ても似つかないような化け物と戦っていたんだけどな、そんな時に、あいつが……ヒースクリフが手助けしてくれたな」

 

 「ええっ?!団長がっ?!一体、どうやってっ?!」

 

 

 

ヒースクリフ……現実世界での人物名は茅場晶彦。

SAO……ソードアート・オンラインを創り出し、人類初の仮想世界を生み出した天才。

そして、浮遊城アインクラッドの城主にして、ラスボス。

しかし、第75層のフロアボス攻略の後、和人によってその正体を看破され、なし崩し的にそのまま一対一のデュエルを行った。

結果からすれば和人は敗北したが、アバターが消滅する寸前で、和人がヒースクリフに剣を突き立て、互いにアバターが消滅……相討ちという形で、デュエルは決着。

そして、ラスボスであるヒースクリフを倒したことにより、ゲームはクリアされ、プレイヤー達は現実世界へと帰還したのだ。

その後のことは、和人からなんとなくだが聞いていた。

事件の首謀者である茅場晶彦は、すでに死んでいたこと。

その死因も、自身の作ったナーヴギアを被り、大出力のスキャンを行ったことによって、脳を損傷していた。

つまりは、ネット世界に自分の意識をコピーしたと言えるのだが、その成功率は限りなく低いものと教えてもらった。

だが、ALOでの《妖精王オベイロン》こと須郷伸之との対決直後に、和人は茅場晶彦と対峙していた。

 

 

 

 「じゃあ、まさかあの《神聖剣》で?」

 

 「あぁ……。でもまぁ、最後はアスナが駆けつけてくれなかったら、俺もヒースクリフもやられたたけどな」

 

 「本当にギリギリだったよー。京都から学園まで、本当に急いだんだからっ!」

 

 「京都から……だいぶ距離ありますけど、《閃華》って機動強化系のパッケージつけたましたけど、それでも結構時間かかったんじゃないですか?」

 

 「あぁ……それなんだけどね」

 

 

 

 

 

一夏の問いかけに難色を示す明日奈。

しかし、その理由も自ずと知れるだろうと思い、明日奈は自身のISが形態変化を起こし、二次移行を果たして、《閃姫》として新しく生まれ変わったのだと説明した。

 

 

 

 

 「マジですか……っ!機動系特化型のIS。テンペスタ系の機体の性能を上回ってるじゃないですか……」

 

 「うん。スピードだけならもの凄く速かったよ?」

 

 「ただ、二次移行したばかりの機体は、扱いが難しいですからね……」

 

 「そうだよねぇ……これからまた特訓の毎日かなぁ〜」

 

 

 

同じく二次移行を果たしている《白式》に乗る一夏だからこそ分かる悩み……。

一夏の《白式・熾天》もまた、二次移行を行った後は機動系統が大幅に性能が上がったため、その感覚に慣れて、制御するまでに結構な時間がかかった。

 

 

 

 「あっ、そういえば、ISの話で思い出しましたけど、今回の事件の犯人も、自身のISを使っていたみたいなんですよね」

 

 「っ……その能力は?」

 

 

 

話が脱線していたが、思い出したように一夏は話を続ける。

話題は、その件の少女……クロエ・クロニクルの持っていたISの能力についてだ。

 

 

 

 「詳しい能力は、俺もわかって無いんですけど……どうやら生体同期型のISで、精神干渉能力を持っているみたいなんです」

 

 「精神干渉系の能力……なるほど、電脳世界……仮想世界においては、これ以上にないほどの能力だな」

 

 「ええ……。ですが、どうも仮想世界にとどまらず、現実世界でも、その能力は使えるみたいなんです」

 

 「現実世界?一体、どういう原理で使うんだ?」

 

 「さぁ……でも、警戒しとくに越したことはないかと。容姿は銀髪ストレートに、ゴスロリ風のワンピースを着ていましたけど……」

 

 「でも、現実世界でもその能力が使えるのなら、俺たちの前だけ容姿を変えて現れる事もできるんじゃないのか?」

 

 「そうですよね……」

 

 

 

一夏と和人が、今回の犯人であるクロエのことについて話し合い、明日奈は刀奈の元へと向かい、今後のことを話し合っていた。

 

 

 

 「カタナちゃん、私のISの形態変化については、織斑先生に報告しておいた方がいいよね?」

 

 「そうね……それから、お父さんの会社《レクト》と《倉持技研》にも報告しておいた方がいいかもね。

 データの収集もそうだけど、整備の時には融通してもらえるから」

 

 「うん、わかった!」

 

 「それにしても、アスナちゃんまで形態変化とはねぇ……」

 

 「うーん、やっぱり早いよね?私も無我夢中だったし、戦闘中に起こった事だから、あんまり気にする時間すら無かったから……」

 

 「その相手は……やっぱり、《亡国機業》の?」

 

 「うん……コードネーム『L』って言ったけど……」

 

 「確か、機体には戦闘の時のデータが残っていたわよね?後でそっちの方も見せてもらっていい?」

 

 「うん。これに関しては、みんなに共有しておいた方が良さそうだよね」

 

 

 

指輪型の待機状態となっている《閃姫》のデータから、明日奈が交戦したと思われる人物の戦闘時の映像を解析にかける。

未だに《亡国機業》がどの程度の規模の組織なのかはわからないが、今後の展開如何では、何処かで全面戦争が起こってもおかしくはない。

 

 

 

 「まぁ、とにかく!今回はみんな、無事に生還、無事に任務完了って事でいいかしら」

 

 「だな……もう今日は帰って寝たい……」

 

 「俺も……」

 

 「ダメだよキリトくん。ちゃんとご飯食べて、お風呂入ってから寝ないと!」

 

 「わ、わかってるよ……」

 

 「チナツもよー」

 

 「わかってるって……汗かいてるからちょっと気持ち悪くてな……」

 

 

 

 

 

その後四人は、ユイ、簪に無事に任務を完遂したことを報告。

そのあと訪れた真耶に今回の事件の報告と、一夏の機体の整備・改修報告……明日奈の機体が二次移行を果たした事を報告し、表で戦っていた各国の専用機持ちの面々と落ち合う。

今回の事の情報を共有したあと、それぞれの部屋へと戻り、今回の戦いの疲れを癒すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、一夏達が部屋で寛いでいる時間……今回の事件の首謀者たるクロエ・クロニクルは、街中にあるオープンカフェの店にて、束と通信を行なっていた。

自身のISの能力を使い、通信の音声を完全にシャットアウト。

画像も『SOUND ONLY』の文字だけで、束の顔が映し出されているわけではない。

それに、IS《黒鍵》の能力により、クロエ自身が、ISで通信している姿すらも、他人には映ってすらいない状況だった。

 

 

 

 

 「束様……。今回の任務、無事完遂致しました」

 

 『お疲れぇ〜!クーちゃ〜ん!色々と大変だったでしょう〜?帰ってきたら、いい子いい子してあげるからねぇ〜!!』

 

 「いえ、そんな……。当然の事をしたまでです」

 

 『うんうん!クーちゃんはとっても優秀だった事は、束さんよぉ〜く知ってるからねぇ〜。

 この後も、気をつけて帰るんだよぉ〜?寄り道せずに、まっすぐ帰ってきてねぇ〜?』

 

 「はい、かしこまりました」

 

 『と、言うわけでぇ〜。ちーちゃん、束さんの大事な愛娘に酷いことしないでよねぇー!!』

 

 「え?」

 

 

 

束の言葉に理解できず、クロエは思わず変な声を出してしまった。

その直後、自分の座っている席の前にある椅子がガガガッと引かれて、コーヒーが入ったマグカップを片手に持つ黒いレディーススーツを着た人物が座り込んできた。

 

 

 

 「それはお前の出方次第だぞ?束……」

 

 「っ?!!」

 

 『おおっと、クーちゃん。あまり大きい音を立てると、周囲にバレちゃうよぉ〜?』

 

 「た、束様……っ!」

 

 「安心しろ。別にお前に危害を加えるつもりはない……。ただ、忠告をしにきただけだ」

 

 「……………」

 

 

 

目の前に座った人物。

そう、世界中の人間が、その存在を知っているであろう超有名人。

IS学園教師であり、世界最強《ブリュンヒルデ》の称号で呼ばれる最強のIS乗り……今年入学したイレギュラーである織斑一夏の姉である織斑千冬その人だった。

 

 

 

 「どうして、ここが……?」

 

 「………………」

 

 

 

突然のことに混乱していたクロエは、一旦深呼吸をして、再び先に座った。

自分はいま、自身のISの能力によって、周囲の人間からは見えないようになっている筈だ……。

にもかかわらず、この女は的確に自分の座っている席を見つけ出し、堂々と座り込んだのだ。

一連の動きには無駄がなく、自然体の動きで席に座った。

クロエはなんとか落ち着きを取り戻し、千冬に問いかけた。

しかし当の千冬は、優雅にコーヒーを一口啜る。

中身は完全なブラックコーヒー。

口の中に残る香りと後味の余韻を楽しんだ後、余裕の笑みを浮かべてクロエに視線を送る。

 

 

 

 

 「言っただろう?忠告をしにきたと……おい、束」

 

 『はいはい〜?』

 

 「お前、アメリカ軍の特殊部隊が強行突入するのを知ってて、学園のメインシステムにハッキングをかけたな?」

 

 『ハッハッハ〜!!さっすがっ、ちーちゃんだねぇ〜!その通りっ!おかげで事は上手く運べたよぉ〜!』

 

 「全く……お前はいつもいつも余計な事をしてくれるっ……!」

 

 『だってさぁ〜!“アレ”が無いと、ちーちゃん戦えないじゃん?』

 

 「………………」

 

 『ちーちゃんさぁー……もうそろそろ動いてもいいんじゃな〜い?っていうか、ちーちゃんが動いてくれないとさぁ〜、束さんがつまんないんだよぉ〜!』

 

 「お前……私がアレを動かす意味が、わかって言っているのか?」

 

 『………ふふふっ』

 

 

 

もはや完全に二人の世界だった。

間にあるクロエは、ただ額から冷や汗を流すことしかできなかった。

優雅にコーヒーを飲んでいるように見せて、こちらがなんらかの動きを取れば、即座に反撃できるように警戒をしている。

そして、千冬とクロエの戦闘能力の差は歴然だ……。

今回、一夏と刀奈にぶつけるために用意した千冬のアバター『黒刃』よりもはるかに高いはず……。

 

 

 

 「第一、アレを使用不能にしたのお前自身だろう……。まぁ、お陰で私も日本代表の座をキッパリと捨てることができたわけだが……」

 

 『うーん……でもあそこまでの力を発揮するとは思ってなかったからねぇ〜……あの実験については、束さんの落ち度だったね』

 

 「それで?わざわざこんな大ごとにしてまで、お前は何がしたかったんだ?」

 

 『そんなものただひとつだよ……』

 

 

 

 

何を今更……と言いたそうな口調で、束は答えた。

 

 

 

 『ちーちゃんの専用機……《暮桜》のISコアを完全に目覚めさせるのが、今回の目的だよーん』

 

 「だから、それがなんで必要になった?」

 

 『そんなの当然じゃーん!これから起こる出来事に、ちーちゃんの存在も必要になってくるからだよぉー』

 

 「お前は、何を企んでいる?」

 

 『………そうだねぇ〜……大袈裟に言っちゃうと、世界転覆?』

 

 「……………」

 

 

 

冗談のつもりなのか、はたまた本気で言っているのか……。

篠ノ之束という人物は、本当に規格外の事を思いつき、それをやってのけるのだから、冗談のつもりはないのだろう。

 

 

 

 

 「全く笑えない冗談だな……昔、お前が私に話した夢の実現のためには、それが必要だと言うのか?」

 

 『ハッハハッ!懐かしいねぇ〜……そうだねぇ〜、でもそれは最後の手段になっちゃうけどねぇ〜』

 

 「この世界は楽しいか?……と、以前聞いてきたな?その質問と、関係があるのか……」

 

 『うん……まぁね』

 

 

 

 

まるで昔話を語り出すのを楽しんでいるような雰囲気。

だが、その内容は気が重くなるようなものばかりだ。

束が何を考えているのか、それ自体はクロエもわかっていない。

しかし、彼女の行う事を信じて疑わないのは確かな事だ……。

自分を救ってくれたただ一人の存在……妹が既にいるから、自分のことは娘なんだと、優しく迎え入れてくれた。

そして、この世界を良く思っていない……その思いだけは、自分と束の共通認識だと言うのも知っている。

 

 

 

 

(故に、この女も束様にとっての障害っーーーー!!!)

 

 

 

 

一か八か、クロエはISの能力を解放した。

千冬の視界が、突如として真っ白に包まれる。

その光景に、千冬もより一層の警戒心を顕にする。

 

 

 

 「ほう、これが生体同期型のISの能力か……」

 

 

 

辺りは一切の視界を塞ぐように、真っ白に染まっている。

ついでに言うと、音も遮断されているためか、何も聞こえてこない。

つまり、人間が仕入れる情報網の約9割近い能力をここで奪っていることになる。

人間が情報を仕入れるのに、視覚が8割ほどあるらしい……その次が聴覚、嗅覚、触覚と続くわけだが……。

 

 

 

 「視覚と聴覚を奪う……確かにこれならば、人間相手に使えば手も足も出ないな……これを仮想世界では相手の脳を直接干渉すればそれでいい。

 現実世界でならば、大気にある成分に干渉することで、変質させて幻覚を見せている……と言うことか……。

 中々に厄介なものを作ったものだな、束」

 

 

 

いかに世界最強と謳われる千冬であっても、今はISや武器を持たない生身の人間だ。

ならば、この奇襲に乗じて、即座に剣を突き立てれば……。

 

 

 

 

(取れるっ!!)

 

 

 

クロエは確信して、仕込み刀を抜き放ち、その鋒を千冬に向けて放った。

だが、鋒が頭部に当たる寸前で、千冬が体を傾ける。

無情にも刃は空を斬り、代わりに千冬は、クロエが飲んでいたカップのそばに置いてあったスプーンを取ると、思いっきり振り抜いた。

 

 

 「おい……」

 

 「っ………!」

 

 「今は私と束が話している、邪魔をするな……っ!」

 

 

 

振り抜いた瞬間に、千冬の周りを囲っていた白い景色が斬り裂かれた。

そして、クロエの前髪が数ミリ単位ではあるが、何本か斬り落とされていた。

 

 

 

 「な……なぜ、私の攻撃が……?!」

 

 「視覚と聴覚を塞いだ程度で、私を殺れると思っていたか?舐められたものだな……」

 

 「ぅぅ、くっ……!!」

 

 

 

振り抜いていた仕込み刀をもう一度振りかぶる。

しかし、それよりも速く千冬のスプーンがクロエの喉に当てられる。

 

 

 

 「抉るぞっーーーー!!!」

 

 「ヒッ………!!?」

 

 

 

鋭い目つき……そこから放たれる強烈な殺気。

おそらくクロエは、自分の喉をスプーンで貫かれた幻覚を見たはずだ。

その瞬間に全身から汗が流れ出し、閉ざされていた両眼がしっかりと開かれた。

本来白目の部分が黒く染まり、瞳は鮮やかな金色。

それが両眼共に染まっている。

それを見た千冬は、一つの事実に気づいた。

 

 

 

 「その髪っ……その目っ……なるほど。お前は、『遺伝子強化試験体』(アドヴァンスド)の生き残りか……!」

 

 「うっ……!?」

 

 

 

千冬の言葉に、クロエは我に返って咄嗟に距離を開ける。

それと同時に、千冬から両眼を隠すように目蓋を閉じて、その上から左手をかざす。

この目を見られたのが、それほど嫌だったのだろう。

 

 

 

 

 「よもや、あの時の生き残りが居て……尚且つお前が保護していたとはな……」

 

 『もうー!クーちゃんをいじめないでってばぁー!ちーちゃんは加減を知らないんだからぁー!

 大丈夫、クーちゃんっ?!とりあえず何もしなければ襲わないから、そのままジッとしててねぇ〜!』

 

 「は……はい」

 

 「私は狂犬か何かか?まぁいい……とにかく話の続きだ。お前、今後は世界そのものを巻き込むつもりか?」

 

 『………………』

 

 

 

 

脱線していた話を戻す千冬。

それに対して、いつになく真面目な態度で話を返す束だった。

 

 

 

 『ねぇ、ちーちゃん』

 

 「なんだ?」

 

 『この世界はもう、ダメだと思うんだよねぇ〜』

 

 「藪から棒になんだ?まさか、世界を救済でもするつもりか?」

 

 『まさかっ……そんな面倒なことを束さんがするわけないじゃーん!』

 

 

 

口調は朗らかで笑っているが、その心根はどうだろう。

千冬も珍しく、額に冷や汗を浮かべた。

 

 

 

 『この世界を壊すんだよ…………束さんと、その愉快な仲間たちがね♪』

 

 「っ?!仲間だとっ?!」

 

 

 

 

束の言葉に驚愕する千冬。

よもや、人間嫌いの束が、仲間という存在を作るとは思いもよらなかったからだ。

束は自分の興味の対象にしか好意を持たない。

以前で言えば、千冬や一夏、妹の箒にぐらいしか好意的な反応を見せなかった。

子供の頃ならば、まだ反抗期の少女として捉えられていたかも知れないが、それが大人になっても……となると、もはやその人物の人間性とも言えるだろう。

故に、この天災科学者が、他人と足並みを揃えると言うのには驚きしかなかった。

 

 

 

 

 「お前が誰かと手を組むと?それでこそ冗談と言うものだろう……」

 

 『まぁ、仲良くやって行こうってわけじゃあ〜ないけどねぇ〜。それぞれの利害の一致ってやつさぁ〜』

 

 「…………《亡国機業》か?」

 

 『フッフッフ……それはまだ教えられないよぉ〜ん♪』

 

 

 

 

《亡国機業》という組織も、なんらかの理由で各国の軍事施設を襲撃しては、そこにある新型のISを強奪したりしている。

現に、イギリスの第三世代機である《サイレント・ゼフィルス》や第二世代機の《メイルシュトローム》が強奪され、ここ最近では、アメリカの軍事施設にも強奪に入ったとか……。

特殊部隊との戦闘で、両者ともにかなりの徹底抗戦になったようだが……。

 

 

 

 

 『まぁとりあえず、ちーちゃんももう傍観者でいる事は出来ないって事さ♪

それに、このまま若き少年少女たちを戦場に行かせてもいいのかい?せーんせい?』

 

 「っ……束……!」

 

 『まぁまぁ、そんなに怒んないでよ!そう言えばクーちゃん?《暮桜》の凍結解除プログラムはどこまで浸透できたのかな?』

 

 「………申し訳ありません、束様の作ったプログラムでも、二割程度しか……」

 

 『ほほう〜♪二割も行ったんなら、上出来ってやつだねぇ〜!正直、一割にも満たないんじゃないかって思ってたし♪』

 

 「束っ……!」

 

 『つーわけでさぁ〜、ちーちゃん?もう、応援するだけなのはお終いだよ……。

 束さんと一緒に、この世界の行く末を見守る義務があるのさ……ねぇ、白騎士のパイロットさん?』

 

 「っ……………」

 

 

 

 

苦虫を噛んだような表情の千冬。

そうだ……あの事件こそが、今の世界を作り出した原因なのだ。

その責任は、今ならば感じ取ることはできよう……しかし、それに弟や生徒たちを巻き込むのは、あまりにも筋違いだ。

 

 

 

 

 「お前は……母さんのっ……あの人の望みを、拒むと言うのかっ……!」

 

 『何を言ってるんだい?その望みを拒絶したのは、“世界” の方じゃない?』

 

 「っ……!」

 

 『束さんはチャンスをあげたよ?476個のコアを作って、それを世界中にばら撒いてあげた。

 そこから得られる技術の恩恵を、誰彼問わず与えたはずだよね?けどさぁ〜、その結果がこれなんだよぉ〜?

 そんな世界を、どうしてちーちゃんは守ろうとしているわけ?束さんには理解不能なんだけど?』

 

 「私たちはこの世界で生きているっ!世界そのものをひっくり返したところで何になるっ?!」

 

 『けどこのまま行っても、何も変わらないよ?むしろ悪化していくだけさ……そうでしょう?

 《亡国機業》然り、クーちゃんのような存在然り、息巻いて新しいものを作ろうが何の成果もあげられない……いつまで経っても停滞している……。

 進化を嫌うのは “臆病な人間らしい” とは言ってもさ、それにも限度というものがあるよ……もう正直なところ、束さんはうんざりなのさ』

 

 

 

 

ため息混じりに吐露する束。

いつもお調子者のようにハイテンションで話している束だが、ここに来て真剣味を帯びた声色をしている。

それだけ、今後の事については冗談の入る余地はないという事なのだろう。

 

 

 

 『いずれ解凍プログラムは、『暮桜』のシステムすべての機能を回復させるよ……それがいつ、どのタイミングなのかはわからないけど、完全に解凍する……だからちーちゃん……ちゃんと準備しておいてね?』

 

 「束……」

 

 『私もあの人の……三春さんの意思を継いでいるつもりなんだよ?これでもさ……。

 だから、もうちーちゃんの言葉にも従う気は無いし、もう必要はない』

 

 「おいっ、束!」

 

 『いつか決着をつける時が来るよ……だから、それまでにちゃんと準備しておいて……。

 そして、私を殺す覚悟がないとダメだからね?束さんは “本気” で殺りに行くからさ………!』

 

 「くっ………!」

 

 『そんじゃあ、クーちゃん!ちゃんとまっすぐお家に帰ってくるんだよ〜♪』

 

 「はい、束様」

 

 

 

 

そこまで言って、束は通信を切った。

その場に残るクロエは、未だに千冬への警戒を怠っていないが、当の千冬は、そのまま席に座り、またしてもコーヒーを一口啜る。

 

 

 

 

 「……はぁ………どうしていつもこうなるんだ……私とアイツは……」

 

 

 

 

アイツ……というのは、おそらく束のことだろう。

クロエはそんな千冬を見ながら、ふと考えてしまった。

幼い頃……つまり、自分の知らない束と、織斑千冬はどんな少女だったのか?

束が初めてIS……インフィニット・ストラトスを生み出し、世界で初めて登場した《白騎士》のパイロットが千冬だということはすでに把握している。

そんな二人は、なぜあの事件を起こしてしまったのか……。

何が目的で、あのような自作自演の大事件を生み出してしまったのか……。

その鍵を握るのは、話の途中で出てきた『三春』という人物……。

話の流れから、千冬の母親ではないかと推測されるが、現状では確固たる証拠はない。

とりあえず、今回の任務は無事終了している……ならばとっととここを離れるに越したことはない。

クロエは体を反転させて、その場を離れようとする。

すると、その直後に千冬から話しかけられた。

 

 

 

 

 「お前の妹には、会っておかなくていいのか?」

 

 「っ………………」

 

 

 

その問いかけに、クロエは固まってしまう。

妹……その言葉には、何故か自然と苛立ちや憎悪が湧いてくる。

 

 

 

 「私に妹などいません」

 

 「そういうな……同じ遺伝子を持って生まれている……ならば姉妹といって差し支えはないだろうに」

 

 「私はあの子になれなかった者ですから……」

 

 「だが、同じ遺伝子を持つ者に変わりはないだろう」

 

 「それをあなたが言うのですか?《亡国機業》にいる工作員……コードネーム『M』」

 

 「……………」

 

 「詳しい情報などは仕入れていませんが、あの者はあなた方とは無関係ではないはず……。

 その事を、織斑一夏には伝えていないのですよね?」

 

 「それは織斑家の問題だ……他所の問題に口出しはしないでもらおうか」

 

 「ならばそのお言葉、そっくりそのままお返しします。私の事情に首を突っ込まないで頂けませんか?」

 

 「ふん……屁理屈を……」

 

 「お互い様です」

 

 

 

 

 

そう言って、クロエは本当にその場を離れようとする。

すると、またしても千冬に声をかけられる。

 

 

 

 「おい」

 

 「なんです?しつこいでね……」

 

 「伝票、そこに置いていけ」

 

 「は?」

 

 

 

伝票?何のことだろうとクロエは首を傾げたが、即座に自分がいま右手に持っている白い用紙の事だと気づく。

 

 

 

 「……一体、どういうつもりですか?」

 

 「なに、アイツの大事な娘を脅してしまった詫びだと思え……。コーヒー一杯程度、普通に奢っやれる」

 

 「はぁ……」

 

 「いいから置いていけ……私もあまりこういう事はしないんだ。気まぐれに起こした好意なんだ……素直に受け取っておけ」

 

 「…………」

 

 

 

クロエは警戒心を顕わにした状態で近づいていき、伝票を千冬の座っているそばに置いた。

そして今度こそ本当にその場から消えていったのだった。

 

 

 

 

 「ふぅ〜……さて、とっとと飲み干して学園に戻らんとな……んっ?」

 

 

 

コーヒーを少し含んだ後、クロエの残した伝票に視線を向ける。

そこには、コーヒー以外の品物が表示されていた。

 

 

 

 「くそ……ケーキ二個にトッピングまで加算していたか……クソガキめ……!」

 

 

 

 

ちょっとした腹いせだったのか……。

クロエの仕返しに歯噛みする千冬……しかし、一度言ってしまった手前、文句も言えず、渋々全額を支払ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




毎度亀更新で申し訳ないです。

とりあえずワールド・パージ編はこれにて終了という形になります。
これから先の展開は、ちょっと閑話を挟みまして、京都編に行こうかと思います^_^

感想よろしくお願いします!

PS
この章で新たに出たソードスキルや剣技などは、『ソードアート・ストラトス設定集Ⅱ』に追加記載しましたので、そちらで確認をお願いします!





▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。