ソードアート・ストラトス   作:剣舞士

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超久しぶりの更新ですね(><)

本作を覚えていらっしゃる方は今もいるのでしょうかっ?!
長期的に更新を怠っていたので、ここまで次話投稿が長引いてしまいました。
描けば書くほどに終わりが見えず、執筆が億劫になっておりました。
待たせてしまい、申し訳ありません。





第112話 白雪姫の世界Ⅸ

作戦が始まった。

今度こそ、全てに決着をつけるための戦いが……。

城壁付近では、爆発音など剣戟の音……今もまさに戦っている乙女と親衛隊達の叫び声や怒号が響いてくる。

 

 

 

 「さてと、向こうは順調に始まったわね」

 

 「あぁ……。皆無事だといいんだがな……」

 

 

 

城から少し離れた森のある位置にて、一夏と刀奈は武装した状態でそこに立っていた。

本来ならば、二人の相手となる『黒刃』こと一夏の姉であり、世界最強の称号をもつ織斑千冬を城の中で探し出し、ほかのメンバーの作戦の障害にならないようにと、動いていたのだが……。

 

 

 「「…………………」」

 

 「ん? どうした、そんな呆然としている暇があるのか?」

 

 「いや、まぁ……探す手間が省けたのは嬉しかったんだけどよ……」

 

 「まさか、こんなところで貴方のほうから出迎えてくれるとはね……一応、その可能性も考えたんだけど、あの女王がそれを許すとは思ってなかったわ」

 

 「なるほど……さすがは姫君だ。あの愚直な女王より、お前の方が国を預かる器持っているようだな」

 

 「当然でしょ? 自分の美貌だけに執着していて、国を疎かにするような馬鹿者は、とっとと退場してもらいたいものだわ」

 

 「はっはっはっ……それにしても、随分と雰囲気が変わったものだなぁ……姫君。

 見た目だけ気を張っていた昨日とは打って変わって……随分と“戦士”と見紛う雰囲気だ……」

 

 「………ふふっ」

 

 

 

黒刃の言葉に、刀奈は不敵な笑みを浮かべる。

そして、自分のそばにいる一夏へとわざと抱きつく。

一夏の左腕に自身の両腕を絡めて、わざとらしく身体を密着させる。

 

 

 

 「そりゃあ〜もう〜♪ 彼は私にとっての王子様なわけだしぃ〜♪ 彼の口づけでもう、本当の私に戻ったぁ〜みたいな?」

 

 「カタナさん、それ何キャラ?」

 

 「ちょっと前に流行ったJKギャル風キャラ?」

 

 「いやいや、あなたは今もJKじゃないですか……」

 

 

 

などとわざとらしいコントのような話を続けていると、何故だか黒刃さん……いや、千冬のこめかみがピクピクと動いているのに気付いた。

 

 

 

 「ん? どうしたの、黒刃さん?」

 

 「あぁ………?」

 

 「「っ………??!」」

 

 

 

何故だかめちゃくちゃ不機嫌。

一夏と刀奈、二人はこちらを睨んでくる千冬の視線に、身体を震わせた。

もう、なんだが……視線だけで人殺せそうなくらいの殺気を出している。

 

 

 

 「な、なんで怒ってんの?」

 

 「………………」

 

 

 

一夏が千冬に問うのだが、千冬はそれに答えない。

それでもワナワナと膨れ上がっている怒気のせいなのか、後ろで一本にまとめていた髪がゆらゆらと揺れているようにも見える。

 

 

 

 「いや、なに……気にするな。貴様は私の誘いを蹴って、そちらの小娘に着いたのだからな……。

 どの道、お前も斬るつもりでいたのだし、私のことは気にするな……存分に、殺し合うとしようかッーーーー!!!!」

 

(気にするなって方が難しいんですかどぉぉぉ〜〜〜っ!!!???)

 

 

 

心の中の叫びを、隣にいた刀奈は読み取ったのか、何故かいたずらを思いついた悪ガキのような笑みを浮かべると……。

 

 

 

 「あらあらぁ〜、嫉妬なんて見苦しいと思いますわよお姉さん♪ そこはほらぁ〜、彼はわ・た・しに惚れてるんだから♪

彼の意思は尊重するべきではないかしら? あぁ、それともぉ〜………」

 

 

 

なぜ刀奈さんは……こんな人外めいた相手に、ここまでケンカを売れるのだろうか?

 

 

 

 「大好きな弟を取られて、ブラコンお姉さんは怒ってるのかしら?」

 

 

 

ーーーーブチィィィィッ!!!

 

 

何故だろう……太い血管か何かが破裂したような音が聞こえたような気がする。

 

 

 

 「ふ、ふふふふふ……アッハッハッハッハッハ!!!!!!」

 

 「へっ……?」

 

 「………」

 

 

 

いきなり高笑いする千冬。

一夏は顔を強張らせ、刀奈は一夏から身体を離して、表情を引き締める。

背中に隠していた槍を一振り取り出して、姿勢を低く、中腰の状態で構えた。

見たことのない槍。

SAOでも、今いるALOでも見たことのない槍だ。

金色に染められた柄。先端に付けられた穂先は、普段から使用している槍とは違い、十字槍。それも宝蔵院流で使用されている三叉槍にも似た形状の槍だ。穂先と正反対に付いている石突きは、穂先ほどではないが小型の矢尻が付いている。

出陣前に教えてくれたのだが、なんでも王家に代々受け継がれてきた由緒ある業物なのだとか………。

もうなんでもいいと思ってしまう。

 

 

 「チナツ、来るわよ………!」

 

 「お、おう………!」

 

 

一夏も慌てて左腰につけていた宝刀《水無刀》を握る。

柄布は白く、鞘も白漆の拵え。

鍔は金色に輝く丸形………それも、かの有名な名刀『三日月宗近』と同じ波のような形を模したものだ。

抜いた刀身は、純粋な鋼色………しかし、月明かりのせいなのか、若干青味を帯びた光を持っているようにも思う。

対して、相手となる千冬の刀……。

相変わらず全てが真っ黒い《黒刃》の名の由来となった武器なのだが、千冬の怒気が移ってしまったのか、禍々しい色の剣気が見えるようだ。

 

 

 

 「いくぞ……っ! 一瞬で死んでくれるなよっ!」

 

 「「ッーーーー!!!」」

 

 

 

両手に6本………全ての刀を抜き放つ。

その瞬間、剣気が一気に膨れ上がり、千冬の背後に漆黒の龍のような影が映ったように思えた。

 

 

 

 「参るッ!!!」

 

 「シッーーーー!!!」

 

 「くっーーーー!!!」

 

 

 

千冬の発した言葉とともに、姿が書き換える。

それと同時に、一夏、刀奈も足底に力を入れて、大地に思いっきり蹴った。

一夏が刀を下段に構え、刀奈は槍を中段に構える。

千冬は腕をクロスさせ、六本刀を翼のように見せる。

そのまま突撃してくる千冬の攻撃を、二人は左右に分かれて迎撃に移る。

 

 

 

 「『黒斧翔』(こくふしょう)ッ!」

 

 「《龍巻閃》ッ!」

 

 「『大蛇薙』(オロチナギ)ッ!」

 

 

 

内側から外側に向かって広がる六爪の軌跡。

それを迎え撃つべく、放った回転技の《龍巻閃》と槍を大振りに横薙ぎする技《大蛇薙》を繰り出す一夏と刀奈。

三者の放った刀槍剣戟は、刃と刃が擦れあった瞬間、空間をも震わせる衝撃波を生み出した。

 

 

 

 「ふははッ!!」

 

 「チィッ……! なんつう、威力だよっ!?」

 

 「チナツっ、次が来るわよっ!!」

 

 「っ……?!」

 

 

 

迎撃として放った技が、僅かながらに押し負けた。

刀の数が少ないための、威力差……というわけではない。

純粋な戦闘力・技術において、千冬が二人のそれを上回っていることを意味している。

続けて様に千冬は一夏の方へと向き直り、一気に距離を詰める。

 

 

 

 「さぁっ! 昨日の続きといこうかっ!」

 

 「チィッ! 面倒くせぇなっ!」

 

 

 

両手の六爪が幾重にも閃く。

黒刃と称されるその刃ゆえ、その光の道筋は黒く、禍々しいと思った。

 

 

 「『黒死線域』(こくしせんいき)ッ!!!!」

 

 「《龍巣閃》ッ!」

 

 

剣閃に剣閃を重ねる。

乱撃技である《龍巣閃》だが、二刀……いや、六刀流であり、凄まじい戦闘力を有する千冬の技に圧倒されていく。

 

 

 「ぐおっ……!」

 

 「チナツっ!!」

 

 

剣撃を重ねてくる千冬の攻撃を、真横から現れた十字槍が弾いた。

返す刃で千冬へと斬り込む刀奈の持つ槍。

突けば槍、払えば薙刀、引けば鎌……そんな言い伝えすら残っている宝蔵院流槍術の槍。

今にして思えば、刀奈が持てばそれはそれで戦力増強になっていただろう。

 

 

 

 「ちょっとお姉さん。私のことを忘れては困るわね……。だいたい貴方、私の命を狙ってきているのでしょう?」

 

 「ふん……残念ながら始末するのは貴様だけではない……。貴様を守るために剣を向けたその男もまた、新たな標的として追加指名されたのさ。

 故に、私がこうして貴様たちと戦っているんだ……理解したか? 小娘」

 

 「ふぅ〜〜ん」

 

 

 

千冬の言葉に、今度は刀奈のオーラが暗くなる。

 

 

 

 「貴方には、こんなこと言う必要ないって思ってた……」

 

 「ん?」

 

 「だって貴方、弟であるこの人が、なによりも大事だって想いが強すぎるから……よく私との交際も認めたものだなぁ〜って思ったくらいだし」

 

 「……何が言いたい?」

 

 「つまりね……」

 

 

 

刀奈の瞳には光など写っていなかった。

暗い深淵でも宿したかのような視線が、千冬を睨む。

 

 

 

 「この人を殺そうとするのなら、私はそれを許さないし、もしもこの人を殺したのならば、私は、私の全てを使ってでも貴方を抹殺する……!

 どこにいようと必ず見つけ出して始末するわ……覚えておいてね?」

 

 

 

最後に恐怖の笑みを浮かべる刀奈。

隣にいる一夏の方が恐怖し、身震いをするほどだ。

 

 

 

 「ほう? この私を殺す……か。そんなことを面と向かって言ってきた女は初めてだ……。

 いいぞ……! 実にいい!! それでこそだ白雪姫……! 貴様も、そっちの少年も、いい具合に殺気を放てる……。

 私がこれまで相手してきた標的たちと比べても、段違いに良いっ……!!」

 

 「言ってなさいっ……この戦闘狂!!」

 

 

 

刀奈は十字槍の穂先を千冬に向け、左脚を前に踏み出して半身の姿勢に。

目線の高さまで上げた槍を構えて、左手を添えるような仕草で構える。

 

 

 

 「更識流槍刀術……っ、推して参るッ!」

 

 「ふふっ……来いッ!」

 

 

 

刀奈が得意な構えとしていつも使っている体勢。

更識流槍刀術《電光石火の構え》である。

古来より、影の仕事を生業としていた更識の家。

それによる独自の流派も存在しており、元々は刀剣術を主としていたが、時の流れとともにあらゆる武器を用いて『更識流』として確立したそうだ。

《電光石火》……電光や火打石のように閃き、速いさまを言う言葉。

確かにこの構えの時には、刀奈の槍捌きも非常に速く、力強い。

アインクラッドの中で、槍使いに関しては、刀奈の右に出る者はいないと言われたことがあったが、まさにその通りだと一夏も思っていた。

 

 

 「《波濤》ッ!!!」

 

 

刀奈が得意としている技の一つ。

右手首を主軸とし、槍を回転させながら柔軟な体捌きと遠心力を用いて高威力の斬撃を放つ槍術。

千冬に向けて一瞬で駆け出し、体全体を回転させた放った一撃。

千冬はとっさに後方へと引いたが、そのゼロコンマ数秒後に、十字槍が通過する。

ほんの誤差で、千冬の胴体は斬り裂かれていた筈だ。

 

 

 

 「ハッハッ! 良い槍さばきだ! だがまだだっ、もっと踊ってもらうぞ!」

 

 「ヘェ〜、余裕の表情ってやつ? でも、油断してて良いのかしら?」

 

 「っーーーー!!?」

 

 

 

刀奈の言葉に、千冬は「ハッ」となり視線を後ろへと向ける。

左後からすでに間合いに入っている一夏が、刀を納刀した状態で最接近していたのだ。

 

 

 

 「抜刀術スキル 五ノ型 《逆撫》ッ!!!!」

 

 

 

刀を逆手に持った状態からの抜刀術。

最小限の動きで斬りつける最短距離の抜刀術。

威力も通常のものよりは出ないため、あまり多用はしなかったものの、屋内での戦闘では度々使っていた抜刀術だ。

 

 

 

 「クッーーーー?!!」

 

 

 

すれ違い様に斬りつける一夏。

タイミングは良かったはずなのだが……刃から伝わってきた感触に、少し疑問を持っていた。

 

 

 

 「っ……やっぱり浅かったか………!」

 

 

本当なら相手の横っ腹を斬りつける技。

本物の人間ならば、脇腹を斬り裂かれると出血多量によりその場で倒れ込んでしまうはず……VR世界においてのアバター相手になると、HPを大幅に削ることのできる技。

ここはVR世界ではあるものの、感触や匂い、視覚情報は現実世界とほぼ同じものだ。

故に、斬り付けられた千冬の肉体は、斬られたその時に、血液が四散するはずだったが……。

飛び立った血は、ほんの僅かなものだった。

 

 

 

 「ふぅ……念のためにと思って仕込んでいた鎧が役に立ったな……。しかし、それでも僅かに斬られたか……やはりお前の技は私と同じだな……その技の起源、流派……私の知っているものとは違うが、惜しいな……。

 貴様と私が組めば、より強い暗殺者として互いに技を極められていただろうに……」

 

 「………あんたからそう言われると、少々思うところがあるんだけど」

 

 

 

自分が強さを求めた理由……起源となる目標は、他でもない。

目の前にいる人物だ。

《世界最強》……その称号にふさわしい技量を持ち、圧倒的な戦闘能力で刀一本なのに関わらず、多くの国家代表IS操縦者たちを斬り伏せてきた猛者。

世界中の誰もが認める強者《ブリュンヒルデ》。

その背中を見て、憧れた。

そんな背中に、未だ追いついたとは思っていないが、それでもその脚を止めるつもりはない。

 

 

 

 「悪いけど、俺がなりたいのは暗殺者じゃない……大切な人たちを守れる希望になりたいだけだッ!!」

 

 

 

ーーーーあなたはみんなの希望になって……!

 

 

 

かつて交わした約束。

守れなかった女の子がいた……守りたいと、心の底から思っていた子だ。

自分の思い上がりが……稚拙で幼稚な理想論で、刀を振るい続けてきた結果が、その始末。

しかし、彼女は言ったのだ。

幸せだったと……。

そして約束した……みんなの希望になれ………と。

だから、それを違える気など毛頭ない。

何が正しくて、何が間違っているかなんて、考えてもどうしようも無い事だ。

だが、一つだけ言えるのは……。

今まさに一夏にとっての光が……愛する人が命を狙われている。

それを守るべく、己はどうするのか……。

そこまで考えれば、答えは自ずと決まっている。

 

 

 

 「チナツ…………」

 

 「希望……か。ふん、くだらんな」

 

 「っ……何がだよ」

 

 「そんな物のために、お前は強さを求める己の欲求を捨てるのか?」

 

 「………なに?」

 

 

 

 

一瞬、なにを言われているのわからなかった……。

しかしそれは、過去の自分の抱いていた思い……理想として描いていた偶像へ近づくために、日々邁進していた欲求。

そのために傷つけてしまった心……斬り捨てた人々の数……背負った十字架の重圧。

色々なものが溢れ、忘れかけていた一夏の脳裏を突き穿つ。

 

 

 

 「あんた……っ、どこまで知っている……っ!」

 

 「ほほう……これは図星を突いてしまったか?」

 

 

 

不意に言われた言葉、目の前にいる彼女が、どういった存在なのかはわからないが……束の事だ、一夏自身の事はおそらく調べ済みだろう。

VR世界……SAOの事をどういう風に調べたのか……本来ならば、あの世界の中での事は調べようが無い。

総務省仮想課の人間、菊岡 誠二郎も言っていたが、SAO内部での出来事を全て把握するのは無理だ。

プレイヤーログと呼ばれる物によって、プレイヤーの行動履歴を読み解く事はできるが、そこで一体なにがあったのかまでは把握できない。

だが、相手は茅場と同じ稀代の天災科学者だ。

本来あり得ないと思う事を簡単に成し遂げてしまう……そんな人物だという事を、一夏もよく知っている。

だからこそ、目の前にいる千冬のアバターは、そんな事を口走ったのかもしれない。

 

 

 「悪いんだけどさぁ、もうそろそろ話はやめようぜ……」

 

 「…………」

 

 「なんでか、わかんないんだけどさ……」

 

 「っ…………」

 

 「あんたの事、凄く嫌いになりそうなんだよ……っ!」

 

 

 

月明かりに照らされていた一夏の顔は、なんとも悲痛な面持ちだった。

それもそのはずだ。

千冬を嫌悪するなんて事、絶対にあり得ないと思っていたからだ。

たった二人だけの家族。

いつの頃だったか、それが当たり前になっていた。

外で頑張っている姉……自分も未成年でありながら、周囲の大人たちに潰されないよう、血の滲むような努力を繰り返し続けた。

そんな姉を、尊敬・羨望する事はあっても、嫌悪・辛辣になるなんて事は絶対にないと思っていた。

だが……。

 

 

 

(初めてだな……千冬姉を、ここまで毛嫌いしている自分がいるのは……)

 

 

 

正確には千冬の身体データを元に作成された仮想データの集合体。

だが、目から伝わる姿形、耳から入る声色、肌で感じている威圧感……それは紛れもない千冬という一人の人間の存在感を表しているようだった。

だからこそ、心のどこかで違うと分かっていたにも関わらず、今はそんな感情すらもなくなった。

 

 

 

(通常の攻撃では防がれる……ならば、相手の予想できない攻撃を繰り出すか……)

 

 

 

すでに右手に抜いている宝刀《水無刀》。

そして左手に、新しく剣の柄を掴む。

ラウラが寄越したサーベルだ。

見た目は刀とほとんど変わらない刀身……刃に通っている刃色も《水無刀》と同じ水色を帯びている。

唯一違うと言えば、握っている柄に防護用のナックルガードが付いている。

同じ反りをした日本刀に近しい刀剣を左手に持ち、うろ覚えの構えをとる。

前から、横から、背後から見ていた、二刀流持ちで最強の剣士の構えを……千冬の仮想アバターで、一夏は構えた。

 

 

 

 「……ほう」

 

 「すぅーー……ふぅーー……」

 

 

 

呼吸を整え、すべての神経を千冬に集中させる。

ここへ来て妥協はしない……すれば自分たちの命が消えるのみ。

故にとった意外性抜群の最善策。

だが、千冬はそれすらも不敵な笑みを浮かべて笑った。

 

 

 

 「ふふっ……なるほど、貴様の本気が見られるという事でいいのか?」

 

 「さっきから全力だよ……これでもね。だが、それで勝てるなんて初めっから思ってるわけないだろう?

 あんたの実力、戦闘能力の高さ、技術……全てにおいて俺はあんたよりも弱い……だけどなーーーー」

 

 

 

左手に握ったサーベルの切っ先を、真っ直ぐ千冬に向ける。

右脚を引いた半身の状態で、右手に握る《水無刀》を顔の横に構える。

切っ先は頭上にある月へと向けられており、キリトの二刀流の構えとは違う形になった。

 

 

 「実力だけが全てじゃない……っ! 悪いが、あんたを越えさせてもらうよ……例え本物のあんたじゃなかったとしても、あんたを越える事こそが、俺たちの目標なんだからッ!!!」

 

 「ふふっ……よく言ったっ!! ならば早々にくたばるなよっ、小僧っ!!!」

 

 

 

千冬がそう言い放った瞬間、二人が地面を蹴ったのはほぼ同時だった。

姿が見えなくなるまでに急加速した二人。

それはまるで、『瞬間加速』(イグニッション・ブースト)でも使ったかなような勢いだった。

そして次の瞬間、鋼同士がぶつかり合う甲高い剣戟の音と、空間をはじき飛ばしたかのような衝撃が刀奈を襲った。

右手の三刀を振り上げ、思いっきり脳天目掛けて振り下ろした千冬と、二刀をクロスさせて、その斬撃を必死に受け止める一夏。

体格差では一夏に軍配が上がるが、それを覆すほどの千冬の攻撃。

しかし、一夏もそれを必死に堪えている。

 

 

 

 「オオオオオっ!!!!」

 

 「ハアアアアっ!!!!」

 

 

 

二人の怒号が絡み合い、剣気と闘気が放出される。

しかし、一夏はすぐに鍔迫り合いを弾き返して、剣戟に移る。

一夏の行う二刀流剣術……一見それは、キリトのような怒涛の連続剣技の応酬かと思いきや、攻撃と防御を入れ替えながらの繊細な剣捌きになっていた。

上段から振り下ろされる千冬の攻撃に対して、右手の《水無刀》で受け払ったかと思いきや、体を左に回転させ、左手に持っていたサーベルで横薙ぎ一閃。

その動きは流麗で、途切れがなかった。

しかし、それを千冬も反応して、左手の三刀で受ける。

それを弾き返して今度は両サイドから一夏を包み込むように斬撃を放ってくる。

前回の戦闘で一夏に放った技《咬牙》だ。

しかしそれを、一夏はまたしても回転技で跳ね返す……。

サーベルを逆手に持ち、回転から出される四連撃技。

その技は………。

 

 

 

 「まさかっ……! 篠ノ之流剣舞っ!!?」

 

 

 

驚愕を露わにする刀奈。

それもそのはずだ……いま一夏が使った剣技は紛れもなく、彼の幼馴染である篠ノ之 箒の使用する《篠ノ之流剣舞》そのものだった。

左右の剣でパーリングしながら、攻撃へと移る攻防一体の剣技『流水の舞』……そして最後に放ったのは、回転からの四連撃を叩き込む『戦の舞 裂姫』だ。

その剣技を見たのは、つい最近、専用気持ち同士で行われたタッグマッチトーナメント戦での事だ。

箒は刀奈のパートナーとして、共に出場して、その大会で初めて《篠ノ之流剣舞》を披露した。

篠ノ之神社で舞われている神楽舞の動きは、元々剣術の技を集約し、後世に残し、伝授するために組み込まれたものであり、それを正当後継者である箒の父が箒に託したものだ。

一夏も決勝戦での一戦のみ、箒と真正面から斬り合い、その時にも《篠ノ之流剣舞》を目の当たりにした。

しかし、それだけだ。

その後も箒自身は鍛練の際に剣舞を披露していたようだが、一夏がそれを身につけ、剣技を使った事は今まで一度もない。

だが、今まさに、目の前でその技を繰り出した。

一朝一夕で使える様な剣技では無いと思うが……技のキレや精度は箒の繰り出すものとほぼ同じに見える。

 

 

 

 「ハッハッ! また剣戟が変わったなっ!? 一体いくつ持っているっ?!」

 

 「さぁな……そんな事知らないし、教えないよ。見様見真似の模倣剣術なんだからっ!」

 

 

 

自分が圧倒されたものは、不思議と記憶している……。

SAOに登場したフロアボスの使ってくる技、ソードスキル……仲間たちが必死に習得し高めた各種スキルや戦闘術……一万人のプレイヤーの中から、選ばれたたった一人のプレイヤーが持つことを許されるユニークスキル持ちの実力……一つの事を極めた者達の力量……。

出会った人たちから学べたものは数多くある……そして、それを見て、覚えて、呼び覚まして……その全てを出し切らなければ、目の前にある女性を超えられないのだ……。

なりふり構ってなどいられない……その全てを出し切ってようやく対等にやりあえるかどうかなのだから。

 

 

 

 「ハッハッハァーー!!!!」

 

 「チィッ!!!」

 

 

 

六爪と二刀が激しくぶつかり合う。

互いに全力……いや『黒刃』の方はまだまだ余裕がありそうな表情をしている。

刀奈にとっても、二刀流の剣士というのは、日常の中で目の当たりにしていた。

全プレイヤーの中でも最速の反応速度を持っていた少年・キリト。

彼の二刀流剣術を直に見たときには、戦慄した……。

超攻撃特化……その反応速度を全力で行使し、一時は最強のプレイヤーと言われたヒースクリフの盾すらも吹き飛ばした剣技。

一夏の使っているそれは、剣速の速さならば速いと言えるだろうが、キリトのようやく絶え間なく斬りつける剣戟の応酬とはいかない。

しかし、左右の剣をバランス良く振るい、相手に付け入る隙を与えない……紛う事なき剣舞そのものだった。

 

 

 「《黒斧翔》ッ!」

 

 「《十六夜桜花》ッ!!」

 

 

六爪の斬撃が閃き、桜花の十六連撃が怒涛の勢いで繰り出される。

それでもなお、『黒刃』の勢いは止まらず、すかさず次の技を放ってくる。

 

 

 「《六刃双撃》ッ!」

 

 「《朧月》ッ!」

 

 

六爪の二連撃と上段から振り下ろされる二刀が激しくぶつかった。

衝撃が周囲の木々を揺さぶり、衝撃は波となって伝播していく。

その衝撃を受けて、刀奈も体を動かす。

必死の攻防を繰り広げる二人に加わりに行く。

 

 

 「更識流槍刀術《金剛不壊の構え》……!」

 

 

刀奈の構えが変わる……。

槍の穂先を地面に向け右半身を引き、半身の状態で構える。

剣術で言うところの脇構えの様なものだ。

その状態から、上体を下げて縮めていき、最後には脚力をフルに使って駆ける。

まるでロケットスタート。

一直線で『黒刃』の方へと向かい、穂先を突き出す。

 

 

 「《流閃槍》ッ!」

 

 「「ッ!?」」

 

 

一夏はその場から飛び退き、『黒刃』はその場で構える。

六爪をクロスさせ、真正面から受けて立つようだ。

やがて穂先と六爪がぶつかり合う。

ギリギリッ、と鋼同士が擦れるような音が響き、刀奈の勢いが強かったのか『黒刃』の方が少し押され気味だった。

 

 

 

 「グッ、クゥゥッーーーー!!?」

 

 「ハアアアアアッ!!!」

 

 

攻める刀奈と受ける『黒刃』。

その勝敗は、刀奈に軍配が上がる。

と言っても、吹き飛ばしたわけではない……『黒刃』はとっさに後ろへと飛び退き、刀奈の放った一撃を受け流したのだ。

目を見張るような一撃だったが、それでも決定打には結びつかなかった。

しかし、それを見逃す一夏でもない。

 

 

 「もらったっ!!」

 

 「ッ……!」

 

 

右手に握る《水無刀》の刀身が、翡翠のような色に染まる。

そこから繰り出されるのは、片手剣6連撃ソードスキル《ファントム・レイブ》を叩き込む。

 

 

 「グッーーーー!!?」

 

 

 

片手剣ソードスキルの中では上級スキルに位置する《ファントム・レイブ》。

僅かに数発は六爪によって受け止められはしたものの、確実に入った手応えを感じていた。

そしてそこから、ダメ押しの一撃を放つ。

 

 

 

 「でやあぁぁぁぁぁッーーーー!!!」

 

 

 

緋色に染まる槍の穂先。

そこから繰り出される槍の上級ソードスキル……高速6連撃技《ディメンジョン・スタンピード》。

一夏の放った《ファントム・レイブ》の後、体勢が崩れたところをすかさず追撃……。

SAOで培った直感……今度は6撃全てを叩き込めた筈だ。

しかし、一夏と刀奈は怪訝な表情を浮かべる。

確かに手応えを感じてはいた……だが、それでも何か違和感もあった……と、自身の感覚を疑う。

横目で刀奈に視線を送る一夏。

どうやら、刀奈もそう思っていたらしく、槍を握り直していた。

合計12連撃をその身に受けた『黒刃』は、片膝をついたまま、微動だなしなくなった。

顔の表情は見えない。

戦闘用にと後頭部で結っていたポニーテールの髪型が崩れ、普通のストレートになっている。

その長い髪が顔全体を覆い、俯いているのもあって、表情を読み取ることができない。

だが、仕留められなかったにせよ、今が追い討ちのチャンスであることに変わりはない。

二人は目線だけ交わし、一気に駆け抜ける。

一夏は刀を下段に構えた状態になりながら駆け抜け、刀奈は槍を正眼の構え……更識流槍刀術《明鏡止水の構え》の状態で駆ける。

 

 

 

(まだだッーーーー!!)

 

(息の根を止めるまでは、止めちゃダメッ!!!)

 

 

 

この世界での勝利条件は、この国の女王を倒すことにある。

その最大の障壁となっているのが『黒刃』の存在……。

圧倒的な戦闘力を持つ『黒刃』を討てば、こちら側の勝利は目に見えている。

だからこそ、組織の中で実力が上位の一夏と刀奈の二人がかりで『黒刃』を倒すというのが、この作戦の肝なのだ。

今ようやく片膝を着けさせた……そこまでようやく追い込んだのだ。

ならば、今この瞬間に賭けるしかない……!

 

 

 

 「フゥ……………」

 

 

 

『黒刃』は静かに息を整えていた。

そして、俯いていた顔が一夏と刀奈を視界に捉えた瞬間……。

 

 

 「シッーーーー!!!」

 

 「「っ!!!?」」

 

 

 

一夏の《水無刀》と刀奈の十字槍……二人の刃が『黒刃』に届く事はなかった。

そのかわり、強烈な風が一夏と刀奈の体を打ち、気がついた時には、二人は斬られていた……。

 

 

 

 「っ!!? ッウ?!」

 

 「ううっ??!!」

 

 

 

一夏は左の頬と眉毛の上を浅く斬られ、刀奈は右肩を浅く斬られていた。

咄嗟に身を翻し、一夏は《水無刀》を、刀奈は槍の穂先を動かして、斬撃をうまく逸らした…………つもりだったが、どうやら完全には避けきれていなかった。

 

 

 

 「な、なんだ……?!」

 

 「今の……っ、一体何が……?!」

 

 

 

 

眼前にいたはずの『黒刃』が姿を消したまでは覚えている。

片膝をつき、俯いた状態だったところにとどめを刺そうとしたのだから……。

だが、両手に持っていた六爪を一旦離し、両手に一刀ずつ握り直した瞬間、『黒刃』の姿は消えた……いや、目にも映らなかった。

一夏は斬られたところから流れ出る血を拭い、刀奈は右手で槍を握りながらも、左手は右肩を抑えている。

二人はほとんど直感的に刀と槍を動かした。

『黒刃』が消えたあの瞬間、背筋を氷で撫でられたような凄まじい悪寒を感じたのだ。

 

 

 

(彼女はっーーーー?!)

 

(後ろーーーーっ?!!)

 

 

 

気配を感じて、二人は即座に後ろを振り向く。

すると、すぐに『黒刃』の姿を視認できた。

しかし、その様子が今までと違うと、直感的に把握した。

今までの六爪流という遊び半分の戦いは終わり、改めて二刀流になったことで、その姿は先ほどとは見間違うほどの闘気に覆われている。

 

 

 

 「あぁーー……いい、実にいい……!」

 

 「「っ……?!」」

 

 「こんな気持ちになるのは、本当に久しぶりだぁ〜………」

 

 

 

顔は見えなかった。

一夏たちに対して後ろを向いているからだ。

しかし、それでも声色でわかってしまう……今までの彼女は全くの別物だと。

 

 

 

 「この感じ、この圧迫感……初めて剣を握って強敵と対峙した時に感じた物と同じだ……!

 いい……やはり良いな、お前たちは……!」

 

 

 

『黒刃』がそっと、こちらを振り返る。

見えてきたのはうっとりとした表情だった。

何に対してその表情になっているのかはわからない……だが、一夏と刀奈の二人には、その異様さだけがビリビリと肌に伝わってくるのを感じた。

『狂気』……『異常』……そんな言葉が脳裏を過ぎる。

そして、二人は見た……。

カッ、と見開かれた『黒刃』の瞳が、“翡翠のような緑色”をしていた。

 

 

 

 「さて、ここからはお遊び無しだ……! さぁ、存分に楽しもうか、お前たちッ!

 早々にくたばってくれるなよ? 私を……っ、私の心をっ、存分に楽しませてくれッーーーー!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「全くっ、『黒刃』はどこに行ったんですかっ?!!」

 

 「も、申し訳ありません。再度の襲撃に気を取られ、姿を確認しようとした時にはすでに……」

 

 「くっ……! これだから野蛮人の相手は嫌なんですっ!」

 

 「女王陛下っ!」

 

 「なんです?」

 

 「このままでは、城は落とされるでしょう……陛下だけでも、どうかお逃げください!」

 

 「は?」

 

 

 

女王の立て篭もる王城では、今もなお反抗勢力と城の衛兵たちが交戦している……。

だが、その戦況はあまり芳しくなかった。

度重なる襲撃により、衛兵たちの士気は落ちていくばかりで、反抗勢力の勢いを削ぐ事は叶わない。

ならばここは態勢を整えるために城を脱出し、新たな地にて戦力を整えて、反抗勢力に挑むのが定石だ。

しかし……

 

 

 

 「何を馬鹿なことを言っているのですか、あなたは?」

 

 「へ、陛下?」

 

 「この城は、私の城ですよ? 私の物、私の財産、私の全てなのです! それを放棄して逃げろと? 冗談ではありません!!」

 

 「し、しかし! 敵はすぐ側まで迫る勢いなのです! 今はどうか、ご自身の身の安全だけを考えていただきたい!

 例えここを奪われようとも、新たな地で起死回生の機会を伺い、改めて奪還すれば良いのです!

 なので今は、今この時は、貴方様の命を優先してもらいたい! 反抗勢力は、我々が必ず撃退して見せますゆえ、何卒ッ!!」

 

 

 

女王陛下の前で片膝をつき、頭を下げる男性。

この城の護衛を仕る親衛隊の隊長だ。

先代の王が治めていた時からこの城の護衛をしていた古兵であり、その実力は『黒刃』に及ばないものの、親衛隊の中ではずば抜けている。

だからこそ今代の女王に仕える際に、親衛隊長に抜擢されたのだ。

 

 

 

 「ならばその使命を果たしなさい」

 

 「え……?」

 

 「逆賊共を打ち滅ぼすことが、貴方たち親衛隊の使命だというのならば……早々に逆賊共を斬り捨てなさい。

 そうすれば、私はこの部屋から一歩も出ることなく、いつもの日常に戻れるのですから……」

 

 「っ?! へ、陛下っ!」

 

 「なんです?」

 

 「っ…………!」

 

 

 

懇願する親衛隊長に、冷徹なまでの視線を送る女王。

再度の説得を試みるつもりでいたが……もはやこれ以上の問答を拒否するようだ。

 

 

 

 「貴方は貴方の使命を果たさなさい……いいですね……っ?」

 

 「っ………御意」

 

 

 

親衛隊長は一礼した後、静かにその場を出て行く。

廊下に出た後、ほかに来ていた隊員達へと指示を飛ばしている声が聞こえた。

その声がようやく聞こえなくなり、完全に一人となった部屋に、女王のため息が溢れる。

 

 

 「…………こんなことで、こんなことで、私が城を失ってたまるものですか……!」

 

 

誰にも聞こえない言葉を、怒りの感情を殺しながら吐露する。

 

 

 

 「今度こそです……。今度こそ終わりにしましょう……白雪姫、我が娘。あなたが悪いのですよ?

 あなたが、私よりも美しくなければっ、こんなことにはならなかったっ……!」

 

 

 

それでも露わになる憤怒の感情。

全てはそこに帰結する。

 

 

 

 「この世で一番美しいのはこの私なのですっ! 白雪姫ではないっ、この私っ、女王なのですからっ!!」

 

 

 

美への執着が、たった一組の親子の関係に完全な溝を作った。

人という種族が見せる負の姿……。

女王の目にすでに光がなく、燃え盛っている城内を捉えていた。

激しい攻防を繰り広げている親衛隊と反抗勢力。

かつて自分が亡き者にしようとした者たち……視界に入れたくないと拒み、追放した者たち……そんな女王に怯え、自ら国を捨てた者たち。

眼下に写るのは、皆が見目麗しい美少女たちだ。

自分に対して害をなそうとする者たちを徹底的に排除したつもりだったが……よもやこんなことになろうとは……。

 

 

 

 「えぇ、そうです……これで終わりなんですよ。だから『黒刃』ッ! 早く白雪姫とっ、あの少年の首を取りなさいッ!!!!」

 

 

 

 

たった一人で居座っている部屋に響いた怒号。

誰一人として聞こえてはいないが、その叫び、妄執は、かすかに届いていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふんっ、年増女王が……。そろそろ我慢の限界が来たか?」

 

 「っ?」

 

 「何ですって?」

 

 「気にするな、こっちの話だ……。しかし中々にしぶとい……いやまぁ、それはそれで楽しみようはあるがな……!」

 

 

 

 

突然攻撃をやめ『黒刃』は城の方へと視線を向けた。

何かを悟ったのか、微笑を浮かべながら再び視線を戻す。

 

 

 

 「はぁっ……はぁっ……!」

 

 「ふぅ……っ、ふぅ……っ」

 

 「ハハッ、さすがに息を切らしてきたか? だがまだ倒れるなよ? ようやく肩があったまってきたんだからなッ!!!!」

 

 「「ッーーーー!!!」」

 

 

 

またしても目の前から姿が消える。

とっさに防御態勢を取るも、いつのまにか間合いに入られている。

それぞれ刀と槍を操作し、『黒刃』からの攻撃を受ける。

しかし、完璧に受けきれないためか、二人は揃って吹き飛ばされてしまう。

 

 

 「ぐっ!」

 

 「きゃっ?!」

 

 「そらそらっ! まだまだいくぞッ!!」

 

 

 

一夏は刀とサーベルをクロスさせ、刀奈は槍を八相の構えに、更識流槍刀術《古木死灰の構え》を取る。

防御主体の構えであり、攻撃にも転用できる構えで刀奈は『黒刃』を迎え撃つ。

一夏は刀をクロスさせながら前進……『黒刃』に対して退くのではなく、前へと出る。

前へと出た一夏に対して、『黒刃』が右手に持っていた黒刀を振り上げ、一気に振り下ろす。

 

 

 

 「《閃撃》ッーーーー!!!!」

 

 

まるで黒い閃光が迸ったかの様で、その光は一直線にクロスした一夏の刀へと降り注ぐ。

 

 

 

 「ぐっ!!?」

 

 

一夏の頭上に飛来してきた黒い斬光。

その衝撃は体全身へと駆け巡り、踏ん張っていたにもかかわらず、その場で膝をつきそうになるほどだった。

しかし、そんな状態で手を緩める『黒刃』ではない。

 

 

 

 「《閃撃・二連》ッーーーー!!!!!」

 

 「ぐおっ?!!」

 

 

 

今度は左手に持っていた黒刀が下から救い上げる様な一撃を見舞ってくる。

身を躱すこともできずに、咄嗟の判断で刀の柄を斬撃に合わせて下げる。

暗殺者時代に会得していた変則ガード。

別の言い方をすれば、システム外スキルというだろうか……。

だが、それでもなお受けきれずにそのまま後ろへと吹き飛ばされる。

仰向けに倒れ込み、体勢を整えようとするもすぐさま『黒刃』の一手が迫っていた。

 

 

 

 「フハハッーー!!」

 

 「チッ!」

 

 「やらせないわよッ!!!」

 

 

 

そこに割って入るのは、刀奈だった。

《古木死灰の構え》の状態で『黒刃』に斬りかかる。

薙刀術で見られる構えの状態で小回りのきく素早い技を繰り出しながら、『黒刃』の攻撃を捌いていく。

 

 

 

 「《乱撃》ッ!!」

 

 「《朧雲》ッ!!」

 

 

 

『黒刃』の放つ《乱撃》。

先ほどの素早い一撃を繰り出す《閃撃》とは違い、二刀の素早い乱撃術。

それに迎え撃つのは《朧雲》。

槍をまるでヌンチャクのように体の周りで振り回す高速の薙ぎ払いの斬撃。

相手の攻撃を捌きつつも、回転による遠心力を得た一撃を繰り出す攻防一体の技。

しかし、それは『黒刃』とて織り込み済みだ。

類稀な剣捌きは刀奈の繰り出す槍を弾き、攻撃に転じれば槍を押し返すかの勢いで次々に打ち合う。

激しい火花と金属同士が打ち合う金切り音が響き、周囲の木々を揺らしている。

 

 

 「くっ……!!」

 

 「面白いっ、どこまでついて来られるかなっ?!」

 

 

 

縦横無尽に空間を斬り裂き閃く斬撃に対して、回転力を利用した槍の斬影が折り重なる。

しかし、徐々に刀奈の槍が追いつかなくなる。

 

 

 「胴がガラ空きだッ!」

 

 「くっ?!」

 

 「させるわけねぇだろッ!!」

 

 

刀奈の右脇腹目掛けて放たれる斬閃。

一応鎧を纏ってはいるが、今の『黒刃』の攻撃で、防ぎ切ることは叶わない。

そこに一夏の二刀が割り込んだ。

『黒刃』の黒刀を弾き返し、刀奈との距離を離す。

『黒刃』は一旦距離を取って、再び黒刀二刀を構える。

 

 

 

 「チナツ、あの剣術、知ってるっ……?!」

 

 「聞いたことはないよ……でも」

 

 

 

刀奈の問いかけに、一夏は過去の記憶を詮索する。

『黒刃』の六刀流剣術の記憶は全くない……だが、いま見た剣術は過去に何度か見たことがある……それも、“世界最高の舞台” で……。

 

 

 

 「あの剣術……俺の記憶が正しければ、千冬姉がモンド・グロッソで使っていた剣術に似てる……!」

 

 「モンド・グロッソッ?! じゃあまさか……数々の《ヴァルキリー》達を斬り伏せてきた剣術ってわけね……!」

 

 

 

幼い頃の記憶だ。

第一回モンド・グロッソでの光景。

あの時は千冬が使っていた選手控え室で、試合の様子を見ていた。

まだ一夏は幼く、千冬も観客席に一人、幼い弟を座らせる気にもならなかったし、だからといって、日本の代表選手の権限を利用して別室を取るのも憚られると思っての行為として、自分が試合前に使う予定の控え室に一緒に連れてきていた。

そこで試合に向かう前の集中力を整えながら、一夏の様子を見ていた。

一夏は一夏で、ピリピリに張り詰めていく千冬の雰囲気におどおどしながらも、ドリンクやタオルなどを手渡していた記憶が微かに蘇った。

そして、千冬の試合時間になると、控え室に備え付けられていた大型モニターで、一夏は千冬の試合を観戦していた。

その時の映像は、一夏の眼に……そして記憶に深く刻まれている。

銃火器をばら撒く現代の戦闘において、刀一本で果敢に挑んでいく姉の姿……。

多くの強敵達を退け、斬り伏せてきた剣術……その技に、心を奪われたのだ。

 

 

 

 

 「間違いない……! 千冬姉は何も言わなかったけど、あの太刀筋は、あの時見たものと同じだ。

 あれこそが、千冬姉の本気……! 篠ノ之流剣術をベースに、我流で昇華していった剣術だろう……!」

 

 「っ……ならこっちも、色々と出し惜しみはしない方がいいわね」

 

 「あぁ……死力を尽さない限り、俺たちに勝利はないっ……!」

 

 

 

世界最強の地位を獲得した時の技を使ってきているのならば、油断したその瞬間が勝負の分かれ目になるだろう。

一瞬たりとて気は緩められない。

アインクラッドでのボス攻略やレッドプレイヤー達との戦闘でも、これほどの緊張感はなかっただろう。

まず間違いなく、自分たちでは勝てるかどうかわからないと思ってしまう相手なのだから……。

二人の目の前にいる女性は、さながら最後に戦ったフロアボス《ザ・スカルリーパー》並の強敵だ。

 

 

 

 「俺がなんとかあの剣撃に食らいつくから、カタナはスイッチの準備を……!」

 

 「いえ、ここは私がタゲを取るわ」

 

 「え?」

 

 「純粋なスピード勝負なら、刀を持ってるあなたの方が勝ってるわ……ならあなたには、彼女を打ち負かすアタッカーになって貰わないと……!」

 

 「だがっ、カタナの槍じゃあ、あの剣撃を捌き切れないだろうっ?!」

 

 「ふふっ……大丈夫よ。『更識流槍刀術』は、この程度じゃ砕けないわ……!」

 

 

 

そう言うと、刀奈は一歩前に踏み出し、下段の構えである《天長地久の構え》を取る。

 

 

 

 「タイミング、逃さないでよ、チナツ……!」

 

 「わかった……! 信じるぞ?」

 

 「ええ、そうして」

 

 

二人は一斉に駆け出す。

それに応じて『黒刃』は構える。

両手に持つ二刀を広げるように構えて、二人を迎撃するようだ。

 

 

 

 「ふふっ、何を企んでいるのか知らないがっ、面白いッ!!」

 

 

 

ニヤリと笑う『黒刃』。

そして自らの間合いに二人が踏み込んだ瞬間、二刀を素早く動かす。

 

 

 「《翼撃》ッ!!」

 

 

まるで翼ある獣が翼で薙ぎ払うかのような攻撃。

しかし、それを刀奈の槍が穂先と石突きで弾いた。

 

 

 「ムッ?」

 

 

手応えに違和感を覚えた『黒刃』は再度攻撃を仕掛ける。

《翼撃》で放った横薙ぎの攻撃から、右に一回転してからの斬り上げ。

 

 

 「《翔撃》ッ!」

 

 「はあああッ!!!」

 

 

迫りくる下段からの黒い刃に対して穂先の十字槍が喰い込む。

ガチィッ!!という鋼が軋む音が響き、二人の間に一瞬の硬直が生まれた。

そこから何度も『黒刃』は斬り込むが、刀奈の槍がそれを幾度も阻む。

 

 

 「なるほど、防御主体の技かっ!?」

 

 「更識流槍刀術《流転》……簡単に切り崩せるとは思わないことね……!」

 

 

先ほどのような苦戦はしていない。

ただ単純に、刀奈の動きが変わったのだ。

攻撃主体だった先ほどまでとは違い、あらかじめ攻めてくるのがわかっているのならば、それを迎え撃つ作戦。

だからこちらからの攻撃が、相手に届かなくとも……相手の攻撃を全て払い、弾き、跳ね返す……そうすれば、相手の攻撃とてこちらには届かない。

槍を器用に使いこなし、手足のように用いることでできる防御技《流転》。

二刀に比べて速さで劣る槍で、刀持ちの相手を牽制するのが目的だ。

そして、相手がこちらに集中しているのならば、もう一人の攻撃役へのヘイト値は散々減らせただろう。

 

 

 

 「スイッチッ!!」

 

 「ッ……!」

 

 

 

刀奈の言っている言葉を『黒刃』は理解しているのか、はたまた直感的なものなのか、目の前の刀奈ではなく背後から迫りくる一夏の二刀へと対処する。

 

 

 

 「来るかっ!」

 

 「おおっ!!」

 

 

二刀による連続剣技。

見様見真似の篠ノ之流剣舞に、ユニークスキル《二刀流》を使っていた時のキリトの剣撃。

使っているのは刀とサーベルという異色の二刀流だが、自らの目に焼き付け、この身に受けた剣撃の数々は、概念や理屈を抜きにして、身体中に染み付いている。

動きを正確に捉えて、こちらが反撃するには、まず相手の動きを正確に知ることから始まる。

素早い中にも力強さを持ち、怒涛の剣撃を繰り出すキリトの《二刀流》。

同じ二刀流でありながら、流麗さと繊細さを併せ持った箒の《篠ノ之流剣舞》。

その本質は似ているようで似ていない。

そんな二人の動きを見極めて《ドラグーンアーツ》とユニークスキル《抜刀術》でやりあってきた一夏だからこそ感じ取れたこの感覚。

一夏が千冬の背中を追いかけ、たどり着いた一つの境地。

 

 

 

 「ハッハッハッ!! いいぞ、いいぞ! もっとだッ!!」

 

 「何度でも食らいつくッ……!!」

 

 

 

激しい剣戟がこだまする。

一瞬でも気を抜けば命取りとなる……修羅場……死地……いろんな言い方があるだろうが……姉弟同士の稽古には当然見えないだろう。

互いに本気で命を取りに行っているのだ。

しかし、威力はまだまだ『黒刃』が勝っている。

 

 

 

 「《乱撃・龍絡み》ッ!!!」

 

 「ぐッ?!!」

 

 

 

刀奈に対して放った《乱撃》の派生技だろう。

一瞬にして幾重にも重ねた斬撃が飛んでくる。

とっさに防御姿勢に入るも、急所をなんとか避けるだけで精一杯だ。

腕や脚、横っ腹に浅いが斬撃痕が刻まれ、そこから赤い血が四散する。

 

 

 

 「チナツっ!」

 

 

今度は反対方向から十字槍が飛来してくる。

鋭い速さで振り抜かれる穂先……身体全身を余すことなく使い、放たれる槍撃は本物の武術によるものと相違ない。

 

 

 「《塵殲風》ッ!!」

 

 

回転を加え、それで得た力強い攻撃を繰り出す《波濤》と同系統の技。

《波濤》が右手首を主軸に回転させるのならば、《塵殲風》は身体全体が主軸となっている技。

威力もさることながら、さらに凄いのはその速さだ。

槍を薙いだだけで、風が切られたような音が鳴る。

防御技の《流転》から超攻撃技の《塵殲風》へと繋げる。

またしても構えから動きまで全てが違う……17歳という若さで暗部の家系・更識家の歴代《楯無》を継いだ由縁を、今ここで明らかにした。

 

 

 

 「もう一度っ……スイッチッ!!」

 

 

 

再びタゲを刀奈に向けさせて、攻撃役の一夏が攻め込むタイミング。

しかし、『黒刃』もそのパターンはすでに見切っている。

 

 

 

 「同じことが通じるとでもッ……」

 

 「知ってるよ、そんなことッ!!!」

 

 

 

刀奈が『黒刃』のタゲを取って、すかさず一夏が間合いを侵略し、剣を突き立てる。

その戦術は一度見ている。

故に、その行動はたやすく読めていた……。しかし、一夏が刀を振り抜くよりも前に、左手に持っていたはずのサーベルの切っ先が向かっていた。

 

 

 

 「ッッッーーーーーーーー!!!!??」

 

 

 

とっさに左に持っていた黒刀を振り払い、飛んできたサーベルを弾いた。

しかしそれによって、『黒刃』に致命的な隙が生まれた。

 

 

 

 「ここだッ!!!」

 

 

 

右手に持っていた《水無刀》を体の前で両手に握る。

こちらに飛び込んでくる一夏の身体から、九つの斬影が飛んでくるのを、『黒刃』は見た。

 

 

 

 「っーーーーーー!!!!」

 

 「ーーーーーー《九頭龍閃》ッ!!!!」

 

 

一瞬の内に放たれる斬撃……その数は九つ。

剣術の基本的な斬撃数と同じ数だけの斬撃を放ち、防御・回避、共に不可能な絶技。

その斬撃が全て『黒刃』の体に叩き込まれた……。

 

 

 「グッ……!」

 

 「ッ……!?」

 

 

無理矢理にでも発動させた絶技。

本来ならばソードスキルのシステムアシストがあるため、負荷も最低限のものの筈だが、この世界では負荷がリアルに伝わってくるらしい……。

『黒刃』から受けた傷が疼き、血が滲んでいるのを感じた。

しかも九撃を受けてもなお『黒刃』は倒れない。

僅かながらに刀身から伝わってきた違和感に、とっさに気づいた。

九撃全てをたたき込みはしたが、それでもわずかな数撃は防がれていたらしい……。

ここにきて驚異の身体能力を見せる『黒刃』。

だが、受け切れなかった数撃は、確実に入っていた。

バトルスーツに若干血が滲み出したのが見て取れた。

そのせいもあって、動きが格段に鈍くなった。

 

 

 

 「オオオオオッーーーー!!!!」

 

 

一夏が雄叫びを上げる。

再び正眼の構えを取り、またしても九つの斬影を飛ばす。

 

 

 

 「《九頭龍閃》ッ!!!」

 

 「なにっーーーー?!!」

 

 

 

間髪入れずに二度目の《九頭龍閃》。

だが、またしても数撃だけは防ぐ『黒刃』。

しかし、その受け切った数撃も、一撃目よりも少ない……防いでいるとはいえ、全く攻撃が通ってないというわけではないのだ。

 

 

 

 「カッハーーーー!!!」

 

 

 

口からの吐血。

それだけじゃない……額から流れ出る流血……四肢から滲み出る血の跡。

確かにダメージは与えた。

しかし、一夏は止まらなかった。

 

 

 「ぐっ……!!!」

 

 「チナツっ……!?」

 

 

 

再び正眼の構え。

そして、刀奈の言葉を尻目に、またしても駆け出した。

 

 

 

 「ーーーー《九頭龍閃》ッーーーーーー!!!!」

 

 

 

九つの斬影が三度舞った。

人体の急所と思しき場所を的確に斬り裂き、なおかつ一瞬にして九つの斬撃全てをたたき込む技。

それを三度受けた者など、現実世界にも仮想世界にもいなかっただろう。

最後の刺突が炸裂し、鮮血と共に森の木々の間をすり抜けて行く『黒刃』。

やがて闇夜に紛れて姿が見えなくなったが、その後すぐに大きな激突音がなった。

 

 

 「はぁっ……!はぁっ……!はぁっ……!」

 

 

 

絶技と言われる《九頭龍閃》を三連続で行うなど、一夏も一夏で容赦のないことをする。

しかし、その反動も凄まじいものだ。

一夏はその場で膝をつき、上体を激しく上下させながら息を整えようと必死だった。

その場に駆け寄る刀奈の表情もまた、心配と不安で染まっていた。

 

 

 「はぁっ……!はぁっ……!」

 

 「無茶しすぎよっ!《九頭龍閃》を三回も連発するなんてっ、バカなのっ?!」

 

 「これっ、くらいしないとっ……千冬姉っ、にはっ……勝てないっ……だろ?」

 

 「そ、それはそうだけど……」

 

 

確かに《九頭龍閃》を三回……《二十七頭龍閃》もその身に喰らえば、いかな《世界最強》でもひとたまりもないだろう。

一瞬にして九撃。

そんな技を真正面から三度も喰らうなど、刀奈にしてみれば考えたくないことだった。

たった一回でも防ぎきれないはずなのに、それを重ねてくるなどと、どこのサディストだと思わずにはいられない。

 

 

 

 「いいから、いまは休んで!そんなボロボロの状態じゃあ、まともに立てないでしょう?」

 

 「あぁ、ごめん……少し、休ませてくれ……」

 

 

 

力なくその場に座り込む一夏。

この世界がいくら仮想世界といえど、一夏もシステムアシスト無しの《九頭龍閃》は撃てない。

九撃全てを神速の速さで、ほぼ同時に振り抜くこと自体が人間業ではない。

『ALO』内でもソードスキルは実装されて、片手剣や細剣、槍、刀などのソードスキルは存在するが、『二刀流』『抜刀術』『神聖剣』『二槍流』と言ったユニークスキルは実装されなかった。

そして、《九頭龍閃》はその『抜刀術』スキルの中に存在したソードスキルであるため、ALOにはすでに存在しないスキル。

しかし一夏は、それをシステムアシスト無しで実現できないのかと、何度も何度も試していたが、結局は三、四撃目で同時にはならず、“一瞬九撃” ではなく “超高速の九連撃” にしかならないのだ。

そしてこの謎の仮想世界もまた、SAOではなくALOと同じ環境のためか、『二槍流』や『抜刀術』のユニークスキルは発動しない。

つまり、今の三連続《九頭龍閃》を一夏は生身の状態でやったということになる。

 

 

 

 「あなたって、こういう時に限って出来ない事をやってのけるわよね……」

 

 「え?」

 

 「《九頭龍閃》……システムアシスト無しでできたじゃない……それも三回も……」

 

 「うーん……夢中過ぎて、できたっていう自覚があまりない……」

 

 「いやいや、三回やってて自覚ないは無いでしょ……」

 

 

 

刀奈は呆れた様子で一夏を見るが、それでもなんとも無さそうな一夏の表情を見ると、安堵の気持ちが込み上げてくる。

相当集中していたのだろう……体の痙攣が見て取れた。

そんな一夏の隣に座り込んで、刀奈は背中をさする。

心地よい手の感触が、背中から伝わってくる。

一夏の口角がわずかに上がる。

 

 

 

 「ふぅ……それはそうと、あの人はどうなった?」

 

 「うん……」

 

 

 

気を取り直し、二人は森の茂みの向こうへと視線を向けた。

木々で生い茂る森の中へと消えていった『黒刃』。

一夏の《二十七頭龍閃》をその身に受けて無事でいられるわけはないが、あの《世界最強》……《ブリュンヒルデ》の異名を持つ千冬の仮想データだ。

異常な身体能力……異常な戦闘能力……異常な戦闘狂思想……。

まぁ、最後のは普段の千冬からはかけ離れた印象なのだが、好戦的な千冬の姿も想像に難くないだろう……。

 

 

 

 「アレを食らって無事だったら、ただのバグキャラでしょうけどね……」

 

 「あぁ、だが……どうにも落ち着かない。倒した感じが全くしないんだ……」

 

 「あれだけ攻撃したのに? 冗談でしょう?」

 

 「いや、嫌な予感がまだ消えない……!」

 

 「嘘でしょ……」

 

 

 

冗談……と、一夏自身も言いたかったのだが、刀奈もその直感を信じた。

いまだ途切れない緊張感……額や背筋に冷や汗が流れている……。

一夏はなんとか体を起こし、その場に立った。

刀奈も槍を握り直し、一夏の側で迎撃できるように身構えた。

と、その時だった……。

 

 

 

 「スウゥゥゥゥゥーーーーーーーー………」

 

 

 

得体の知れない音が聞こえてきた。

その音の発信源は、今まさに『黒刃』が吹き飛ばされていった場所だった。

 

 

 

(なんだ、この音は……?)

 

(呼吸してる、音……かしら?)

 

 

 

微かに聞こえてくるのは、呼吸をしている音のようにも聞こえた……。

それも、大量に空気を取り込んでいるような音。

そして、その音が鳴り止んだと思ったその時、今までよりもなお鋭く、背筋が凍りつくような殺気が飛んできた。

 

 

 

 「っ?!! 避けろっ!!」

 

 「っ?!」

 

 

 

とっさに叫んだ一夏。

それに反応して、刀奈は左へ、一夏は右へと飛び退いた。

その直後だった……巨大な鎌鼬の斬撃が、二人の立っていた場所を勢いよく通過していった。

それに付け加え、鎌鼬が巻き起こす空気の巻き込みによって、空気の刃に巻き込まれそうになる。

一歩だけではなく、二歩三歩と飛び退く。

いきなりの奇襲に、なんとか反応して避けることができたが、体勢を崩して二人して地面に倒れ込むように飛び込み、前転して体勢を整える。

 

 

 

 「い、いまのは……?!」

 

 「真空の刃……! でも、あの規模の攻撃って……!」

 

 

 

真空の刃が通り過ぎた後は地面が抉れており、その場にあったであろう木々はそのほとんどが倒されていた。

もくもくと立ち込める土煙……。

やがてそれが晴れていき、月明かりに照らされた人影が姿を表す。

 

 

 

 「くっ……!」

 

 「本当に生きてるわね……」

 

 

 

もはや唖然とするしかなかった。

頭部や肩、腕に太もも、脚……それらから鮮血が流れて出ているにもかかわらず、その人影は悠然と立っていた。

後ろでポニーテールに結っていた髪がバラけて、ストレートになっていたり、手に持っていた武器は、今までの二刀ではなく、一本の太刀だった。

鍔もなく、漆黒の柄巻を巻かれているだけの太刀。

一体どこから出したのかわからなかったが、我流の二刀剣術をやめて太刀による一刀流に切り替えたのだ。

 

 

 

 「今度は何をしてくるかしら?」

 

 「太刀……か。考えたら《雪片》は太刀型の武装だよな……」

 

 「……そうね。刀身の長さからすれば、太刀か、それよりも長い大太刀に分類されるのかしらね」

 

 「つまり……」

 

 「今からが本番って感じかしらね……!」

 

 

 

 

息を呑む。

これまで全力で斬り結んできたというのに、まだ手札を残していたとは……。

太刀ならば、二刀とはまた対応策も違ってくる。

素早い連撃だけではない……太刀を振るったときのリーチの長さ。

それで先程の《閃撃》や《乱撃》といった技を出されては、うかつに間合いへは入り込めない。

一夏はサーベルを投げ捨て、右手に握り直した《水無刀》のみ。

刀奈は槍を再び構え、正眼の構え《明鏡止水の構え》で様子を伺う。

 

 

 

 「ふぅ……」

 

 

小さく息を吐き、眼前の敵に集中する一夏と刀奈。

そして『黒刃』がここに来て初めて構えらしい構えをとった。

 

 

 

 「っ……来るわよ!」

 

 「あぁ……!」

 

 

『黒刃』は太刀を霞の構えで構えている。

切っ先がこちらを向き、悠然として立っている。

そして、先程の真空の刃を放った一撃から、ずっと閉じていた両眼が開かれる。

そこに映ったのは、先程の翡翠のような緑色と、その周りを覆い尽くす漆黒。

 

 

 

 「あの目……アイツと同じ……?」

 

 「アイツって?」

 

 「この学園のサーバーに侵入してきた奴よ。私とキリトで、電脳世界からの迎撃を頼まれたんだけど、私はその時に見てるのよ……そこにいる『黒刃』と同じ瞳をした女を……!」

 

 「じゃあ、そいつが黒幕か……!」

 

 「ええ……!」

 

 

 

今回の事件の黒幕……その少女が何者なのか気になるが、本当の首謀者は他にいるだろうと、二人はとっくに気づいている。

だが、その首謀者が直接学園に手を出してきているわけではない……とも二人は考えている。

その首謀者の正体は、言わずもがなだが、今はそれよりも……。

 

 

 

 「なんとかこの死地を乗り越えるぞ……!」

 

 「ええ!」

 

 

二人が改めて構えた、その瞬間……『黒刃』の目もまた見開いた。

 

 

 

 「行くぞーーーーーーッ!!!」

 

 

手にしていた太刀を、大きく振り下ろす。

その速さは、今までの太刀筋よりも、なお速かった。

 

 

 

 「《空撃・嵐鬼竜》ッ!!!!!」

 

 「「ッーーー!!!!??」」

 

 

 

太刀が大きく振るわれたその瞬間、まるで目に見えない竜の爪が、二人の頭上から迫り来るかのような感覚に見舞われた。

一夏と刀奈は咄嗟に身を捻って回避する……。

真空の刃……いや、真空の大爪が地面を抉り取る。

四つの爪痕が地面に深々と刻まれる。

 

 

 

 「っ!! なんなのよ、あの威力はっ?! チートでしょうっ?!!」

 

 「威力もそうだがっ、間合いが伸びたぞっ……!」

 

 

 

得物が太刀になった事で、二刀を使っていた時よりも真空の刃を放つ射程が圧倒的に伸びている。

得物の刀身に関係しているのかはわからないが、これでますます迂闊に近寄れなくなった。

 

 

 

 「スウウウゥゥゥゥーーー!!!!」

 

 「っ、また来るっ!」

 

 「クッーーー!」

 

 

 

再び構えを取る『黒刃』。

またしても霞の構えで太刀を握り、深い呼吸をする。

広範囲の真空刃攻撃を連発されると、こちらが圧倒的に不利だ。

一夏と刀奈は技を発動される斬り込むべく、即座に駆け出した。

しかし、またしても『黒刃』の攻撃の方が速い。

 

 

 

 「《瞬撃》…………ッ!!!」

 

 

目にも留まらぬほどの斬撃。

それを一夏と刀奈二人に対してそれぞれ一撃ずつ放ったのだ。

当然、一夏と刀奈はそれを察知して防御の構えを取ってはいたが、その剣速が異常過ぎる。

 

 

 

 「ぐっ?!!」

 

 「っ……!!?」

 

 

 

とっさに防御したとは言え、鋭い斬撃を前に駆け出していた足が完全に止まってしまう……。

そこから再び太刀の斬光が閃いた。

 

 

 

 「《瞬撃・五殲》ッ!!!!」

 

 

五連撃技だろうか。

一瞬のうちに斬光が5回閃いたようにも見えた。

とっさに二人は飛び退いていたため、直撃は避けられたが、それでも………。

 

 

 

 「くそっ……!まともに近づけないっ……!」

 

 「私が間合いに入るわっ!チナツはその隙に斬り込んでっ!」

 

 「わかった!」

 

 

 

剣閃が光ったときには、すでに斬られていると思った方がいいと……刀奈の直感がそう告げていた。

こちらからの攻撃はかえって自分たちを追い詰める一方……ならば、攻撃を捨てて、全てを防御に回す他ない。

 

 

 

 「更識流槍刀術、《流転》ッ!」

 

 

 

防御特化の槍術《流転》。

両手に持った槍を突き出し、高速で回転させながら突っ込んでいく刀奈。

そしてその後ろを追随する一夏。

避けているだけでは『黒刃』は倒せない……だから、苦肉の策とはいえ防御で攻めるしかないのだ。

 

 

 

 「《瞬撃》ッーーーーーー」

 

 

 

またしても『黒刃』が太刀を大きく振りかぶって構える。

そして、またしても高速で腕を振り抜く。

 

 

 

 「《十殲》ッーーーーーー!!!!」

 

 

 

閃いた剣閃の数は10。

目を見張る刀奈。

即座に槍を捌いて、剣撃を相殺しようとするが………。

 

 

 

 「ヌウンッ!!!」

 

 「ぐっうぅっ!!!?」

 

 

 

先ほどの攻撃よりも倍以上の手数……それに付け加え、斬撃一つ一つに更なる膂力まで加えてある。

一撃一撃を弾くにしても、相当な力を込めていかなければならない……だが、そうすると槍の繊細さを欠いてしまう。

 

 

 

(この速さで、この膂力っ……!)

 

 

 

なんとか十連撃を弾いてはみたものの、捌くので手一杯だ。

攻撃なんてしている暇は一切ない。

 

 

 

 「コォォォォーーーーーー!!!!」

 

 

 

そして、またしても息を整えている呼吸音が聞こえる。

すると、太刀を『車の構え』で構える。

 

 

 

 「《閃撃・影追い》………!!!!」

 

 「ウッ……!?」

 

 

 

《閃撃》……一夏に対して放った技だ。

しかし、いま繰り出した《閃撃》は今までのものよりもさらに速かった。

ほんの一瞬……刀奈の視界から『黒刃』の姿が消えた。

そして、次の瞬間……いつの間にか目の前に現れて、太刀を思いっきり右胴に一閃。

体勢を整える前に仕掛けられた奇襲……それを太刀筋すらも見切れなかった。

それくらいの速さ。

とっさに胴に入る前に槍を入り込ませて直撃を避けようとしたのだが、そこまでが精一杯であった。

太刀の刀身が槍の柄へと当たった瞬間、刀奈の体が宙に浮いたのだ。

 

 

 

 「ぐぅっ??!!」

 

 「っ?!カタナっ!!」

 

 

どれくらい飛ばされたのだろうか……?

体感的に感じのは、十メートル前後だろうか。

体に感じる浮遊感……そしてその直後に、背中から地面へと墜落。

その衝撃が全身を駆け抜けて、視点が揺れ動く。

 

 

 

 「ガッハッ!!?」

 

 

 

地面に激突した衝撃だけではない……とっさに受けてしまった『黒刃』の一撃による衝撃もまた、時間差を生じて体を突き抜けた。

体を突き抜ける二つの衝撃に、体の骨格や筋肉に至るまで全てが痙攣しているような感覚だ。

おそらく脳も揺らされているだろう……。

現にいま、立ち上がるどころか起き上がることもままならない……。

体を入れ替えて、なんとか膝立ちをしようとするが、上体が上がらないのである。

 

 

 

 「ぁ……ぁあ……!」

 

 

 

腕に力が入らず、体もだるさを感じる。

ただ槍だけは何があっても離すまいと、右手にしっかり握られている。

だが、それを持ち上げられないのでは、全く意味がない。

今にも『黒刃』がこちらに斬り込もうとしている……。

 

 

 

(速くっ……!速く起き上がらない、とっ……!)

 

 

 

視界の端に捉えた『黒刃』の姿。

太刀を上段に構えた状態で、こちらへと踏み込む。

 

 

 

 「や、ば……っ!」

 

 

容赦なく振り下ろす『黒刃』。

その刃は確実に刀奈の脳天目掛けて振り下ろされたいる……。

確実に仕留めにきた。

 

 

 

 「ッッーーーーーー!!!」

 

 「抜刀術スキルっ、烈ノ型ーーーーーー」

 

 

 

『黒刃』が太刀を振り下ろそうとするその目の前に、割って入ってきた人影が……。

 

 

 

 「《神風》ッ!!!!」

 

 

 

自分と『黒刃』の間に割って入ってきた人影は、入ってきた瞬間に抜刀……抜刀の瞬間に周りの風を巻き込んで真空刃を形成し、斬撃と一緒に放つソードスキル。

ユニークスキル《抜刀術》の烈ノ型だ。

そう、自分の目の前に立っていたのは、紛れもない一夏だった。

 

 

 

 「ぁ……」

 

 「大丈夫か、カタナっ?!」

 

 「ええ、大丈夫……でも、ちょっと頭が揺れてるから、今は無理っぽい……」

 

 「っ……まぁ、死んでないだけマシな方かもな……!とにかく、こっちは俺に任せろ……!

 いまは回復に専念してくれ……!」

 

 「ぐっ……ごめん、お願いするわ……!」

 

 

 

一夏に少しの間『黒刃』の相手を託し、刀奈はそのまま回復に徹する。

一夏は握り直した《水無刀》を鞘に納め、腰を落とした。

抜刀術の構え……。

一夏の十八番であり、己の命を賭して磨いてきた一撃必殺の技術。

だが、それだけで倒せるほど簡単な相手ではない。

 

 

 

(本当は嫌だけど……少しだけ、昔に戻らないとダメか……!)

 

 

 

一夏の表情からは、今までのような好機的な感情が消えた。

『黒刃』を睨みつける眼光はさらに鋭くなる……まるで、一夏の周りだけが冷たくなったかのようで、刀奈は少し身震いした。

 

 

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 

 

刀を鞘に納めたまま、微動だにしない一夏。

そして、太刀を上段に構えたまま、同じく微動だにしない『黒刃』。

先ほどまでの剣戟が嘘であるかのような静寂が、辺りを包んでいる。

風が吹いているのを体感で感じる……それによって揺れる木々や木の葉など音を鳴らし、そこから遠く離れた場所では、今でも爆発音などが聞こえる。

大体どれくらい経ったのだろうか……。

もう城の大半を制圧している頃だろう……。

この作戦での懸案事項は三つ……一つは、いま目の前で戦っている『黒刃』。

二つ目は、城で対抗している親衛隊の存在。

中でも親衛隊長は長年あの女王に仕えてきた玄人。

そう簡単に女王を殺させるわけはないと踏んでいるが、そこはホウキやラウラ達の技量を信じるしかないだろう。

そして最後は、本作戦の最終目的である女王自身だ。

ここまで築き上げてきた城を、あの女が見捨てるとは到底思えないが……万が一あの女が逃亡を図ったならば、それに対しての作戦を考えなくてはならない……。

そこはまぁ、いとしの妹・カンザシちゃんが考えてくれるであろうと信じているのだが……。

ぶっちゃけると目の前の相手に手一杯な状況なのだ。

 

 

 

(痺れは治まってきたわね……でも、いま一歩でも動いたら……)

 

 

 

場が硬直しているため、下手な動きをすれば、形勢が悪くなるどころか自分の命が一瞬のうちに散ってしまう事になる。

一夏の構えも、『黒刃』の構えも一切崩れない。

この状態の事を、刀奈は知っている……。

 

 

 

(打撃軌道戦…………)

 

 

 

その昔、刀奈が『楯無』を襲名する前のことだ。

先代『楯無』である父との稽古中に、その名を知ったのだ。

なんでも、真の達人たちには、相手がどこから攻め込もうとしているのか、どこから抜け駆けていけば攻撃を躱せるのか、そういう瞬時の判断ができる能力があるのだと……。

達人には、その『線』が見えているのだそうだ。

相手が頭・胴体・腕・脚……どこかを狙うと、その部位に向けて線のようなものが見えるらしい……一夏がそれを習得しているのかわからないが、アインクラッドの裏世界において、多くのレッドプレイヤー達に恐れられたチナツと言うプレイヤーの事だ……。

一瞬にしてパーティーを組んでいたレッド達をことごとく斬り刻んだという逸話もある……さらに『ドラグーンアーツ』を習得するに至った先読みの技術を応用すれば、なんとか可能なのかもしれない。

そうして思っている瞬間に、二人がようやく動き始めた。

一夏は腰を低く落とした状態で踏ん張り、『黒刃』は太刀を握り直した。

その姿を見ていた刀奈が固唾を飲む。

その瞬間、二人が動き出した。

 

 

 

 「「シッーーーーーー!!!!」」

 

 

 

ほぼ同時。

地面を蹴った際に起こったであろう地割れ。

それが衝撃を物語っている。

『黒刃』が思いっきり太刀を振り下ろし、一夏はさらに間合いへと侵略する。

 

 

 

 「《剛撃》ッ!!」

 

 

 

上段からの単純な振り下ろし。

しかし、その速さや威力は想像を絶するものだ。

刀奈達にしてみれば、その剣技は極々見慣れたものだった。

両手剣ソードスキル、単発重突進技《アバランシュ》がそれに近い。

しかし、通常の《アバランシュ》に比べれば、精度も速度も威力も……計り知れないものになっているはずだ。

だが、その攻撃に対して一夏は足を止めない。

むしろさらに加速する。

左腰に構えていた《水無刀》の鯉口を切り、右手に柄を掴んだ。

ほんの少し垣間見えた刀身が黄色く染まり、抜刀を促した。

 

 

 

 「抜刀術スキル 四ノ型ッーーーーー!!!」

 

 

 

ほんの一瞬……突っ込んでいった一夏の脳天に、振り下ろされた刀身が当たりかけた。

しかしその瞬間、刀身が一夏の頭を割る事はなく、一夏の姿が掻き消えた。

 

 

 

 「っ?!」

 

 

明らかに動揺している『黒刃』。

そしてその驚くを隠せない『黒刃』の目の前に、構えたまま突っ込んでくる一夏の姿を捉える。

全力で振り下ろした一刀は、地面を裂くかのような一撃だったが、それが当たらなければ意味はない。

地面にめり込んだ刀身を持ち上げるが、時すでに遅い。

一夏の抜刀が『黒刃』の切り返しよりも二歩速かった。

 

 

 

 「《空蟬》ッーーーーー!!!」

 

 

 

振り抜かれた一閃。

しかし、『黒刃』は両手で握っていた太刀を放り捨て、急激に上体を晒して、致命傷を避けたのだ。

 

 

 

 「チィッ!!」

 

 

 

完璧に決めた……そう思っていただけに、一夏は歯を食いしばる。

抜刀術スキル 四ノ型《空蟬》は急激な突進をする事で相手の認識を揺らし、誤打を打たせてから抜刀する変則抜刀術だ。

こんな騙し討ちの様な技、『黒刃』相手にはそう何度も通用しない……。

だからこそ、ここで決めたかったのだが……。

 

 

 

 「くそっ!!」

 

 

 

悪態をつきながら、一夏は『黒刃』から少し距離を取る。

あの刹那の瞬間、自分の得物から手を離すなど想像もしなかった。

咄嗟の行動ではあるだろうが、そこまで大胆な行動に出るなど、常人ではあり得ないだろう……。

ひとえに、織斑千冬という人物の経験から為せる技と言える。

だが、見せていない技ならば、まだ相手の虚を突くことができるのも必定だ。

 

 

 

 「六ノ型ーーーーーー!!!!」

 

 

 

抜刀した刀をもう一度納刀し、腰を深くする。

そして、離れた位置でも有効打を与えれる技を繰り出す。

 

 

 

 「《緋空斬》ッ!!!」

 

 

 

刀身が緋色に染まり、そのライトエフェクト自体を斬撃として飛ばす……。

近中距離での攻撃が可能な飛刀術。

しかし、初めから見えている攻撃など『黒刃』には容易く避けられてしまう。

『黒刃』はエフェクトの刃を真上に飛んで躱し、その体を回転させて、一夏に斬りかかる。

 

 

 

 「《槌撃》ッ!」

 

 

 

《剛撃》の派生技だろうか……。

しかし、突進からの《剛撃》と頭上から落ちてくる《槌撃》とでは、また威力が異なるだろう……。

しかも技を出してからの反撃が速い。

 

 

 

 「序ノ型ーーーーーーッ!!!」

 

 

 

また一夏が刀を鞘に納める。

そして、頭上から落ちてくる『黒刃』に対して、一夏は真っ向勝負するつもりなのか、その場で足に力を込めて、『黒刃』に向かって飛翔する。

そして、そのままの勢いで再び抜刀した。

 

 

 

 「《虚空牙》ッ!!!」

 

 

 

飛翔しながらの抜刀。

上空に向けて放たれる対空抜刀術……それが《虚空牙》だ。

だが、『黒刃』の放った《槌撃》の方が威力は勝り、一夏は吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 「くっ……!」

 

 

 

空中で弾けた火花と共に、一夏は地面に向かって弾かれてしまう。

地面と激突しそうになる前に、体を回転させて、足から着地する。

弾き返された分、またしても『黒刃』から適度な距離は離れたため、追撃から逃れる事となった。

しかし、このままでは決定打に欠ける……長期戦になればなるほど自分たちの不利になるのは明らかだ。

見たところ『黒刃』もそれなりに体力が衰えているようにも見える。

よくて次が最後の一撃になるか……。

 

 

 

 「ごふっ………!!」

 

 「っ……!?」

 

 

 

構え直したところで、突然『黒刃』が吐血した。

まぁ、もうそろそろダメージが全身に行き渡っていてもおかしくはないと思っていた。

抜刀術スキル、ドラグーンアーツ、ソードスキル、更識流槍刀術……二人で持てる全ての攻撃を出し尽くした。

ここでようやく、ダメージらしいダメージを確認できたのだ。

 

 

 

 「よしっ!このまま!!」

 

 「二人で一気にカタをつけるわよっ!!」

 

 

 

ここで回復した刀奈も合流。

このチャンスを逃す手はない。

二人はほぼ同時に駆け出し、刀と槍を握る手に力を込めた。

 

 

 

 「抜刀術スキル 九ノ型ッーーーーーーー」

 

 「更識流槍刀術ッーーーーーーーーーーー」

 

 

 

二人が技を繰り出そうとしたその時だった。

 

 

 

 「ゥゥゥゥッーーーーーーー!!!!」

 

 「「っ?!!」」

 

 「ハアアアアアアアアーーーーーーーー!!!!!!」

 

 「ぐっ?!」

 

 「なにっ?!」

 

 

 

俯いていた『黒刃』が、突然とてつもない咆哮をあげたのだ。

全身の筋肉が萎縮した感覚を知覚し、一夏と刀奈はすぐさまその場から距離を取った。

一体どうしたと言うのか……?

あまりのダメージ蓄積に、精神を正常に保てなくなったのか……?

まるで獣のような叫びをあげたと思いきや、今度は静まり返る。

咆哮によって弾かれた空気によって、周りにある木々が揺れ、木の葉がバチバチと音を立てて地に落ちる。

 

 

 

 「くそっ!まだ倒れねぇのかよっ!!?」

 

 「もういい加減ッーーーー!!」

 

 

 

『黒刃』もボロボロだが、それはこちらとて同じだ。

相手の攻撃を躱すために、全身の力を用いて躱し、相手に攻撃を通すために、極限の集中力を行使しているのだ。

肉体的なダメージは『黒刃』の方が蓄積しているだろうが、一夏と刀奈も精神疲労、肉体疲労の度合いが尋常ではない。

ここで倒さなければ、それでこそ次はないだろう。

ここまで来て倒れないのは異常だ……一夏も刀奈も、それなりに死線は掻い潜ってきた方だが、こんな相手は今までに会ったことがない。

相手は束が生み出した仮想データの千冬だ……千冬本人ではないのだ。

しかし、何故ここまでしぶといのか……何がこの力の原動力になっているのか……。

 

 

 

 「マ、負ケン……!」

 

 「っ……?」

 

 「………」

 

 「負ケル訳ニハ、イカナイ……!ワタシは、勝ツ……っ!誰ヨリモ、強ク……!

 グッ………!一夏ヲ、守ルンダ………!!」

 

 「ぁ………?!」

 

 「そう……それがあなたの……!」

 

 

 

千冬自身の身体的データ……だけの存在かと思っていた。

しかし、それは何も身体的特徴、顔立ち、髪型、戦闘技能、身体能力……それだけに留まらなかった。

束がどうやってこの仮想世界を作ったのかはわからない。

こんな世界が作れる人物は、世界でただ一人だと思っていた……かのデスゲーム、《ソードアート・オンライン》を作り上げた天才、茅場晶彦だけだ……。

しかし、その天才と勝るとも劣らない技術力を駆使すれば、その真似事も可能なのだろう。

しかし、仮想のデータとして存在しているこの世界の住人……ゲームの世界で言えば、NPC……ノンプレイヤーキャラクターと同じ存在のはずだ。

だが目の前の人物……『黒刃』は言った。

 

 

 

ーーーー“一夏を守るんだ”。

 

 

 

目の前にいるのは、有象無象の仮想データでも、単なるNPCでもない……織斑千冬……本人なのだ。

 

 

 

 「千冬姉………!」

 

 「チナツ……この人は……」

 

 「あぁ……違和感を感じてはいた。それでも、いつも感じてる雰囲気は……同じだった」

 

 「…………」

 

 

 

強敵であると同時に、やり辛さを感じてもいた。

単なるNPCならば、感情なんて必要としない。

しかし、目の前にいる『黒刃』には明確な感情があった。

『黒刃』だけではない……この世界にいる者たち、女王や近衛兵、果てにはその城を落とそうしている組織の少女たち。

一夏との関係性や記憶を継承していないだけで、ここにいる全員が人間とほとんど変わらない知性を宿しているのではないかと思う。

それを可能にしている技術が、一体何なのかはわからないが、やはり束も茅場晶彦と同類なのだと思ってしまう。

 

 

 

 「ここで終わらせよう……これ以上この世界の人たちを、俺たちの都合で掻き回すのはやめだ……!」

 

 「そうね……。次でケリをつけましょうか!」

 

 

 

やっていてどちらも辛くなる。

いや、おそらく束にはそんな感覚はないだろう。

今回のこの事件もまた、束自身の興味本意で行われたものだろうから。

だから、長引けば長引くほどに、こちら側が色々と辛くなってくるだけだ……だから、ここで決着をつける。

一夏と刀奈の表情に、一切の迷いはなかった。

この世界を脱出するためが目的ならば、今の『黒刃』を相手にするよりも先に、城の主人である女王を倒してしまった方が速いが、どうもそれだけじゃあ収まらない何かを感じている。

それは人として、あるいは姉弟としての感情か……?

あるいは教師と生徒という間柄で感じている物なのか……?

いや、それらは全て二の次だ。

いま二人の心の中にあるのは、剣士……あるいは、戦士としての心情だろう。

剣や槍を手に取り、己の力を研鑽し続けて、数々の死線を潜り抜けてきた戦士としての心情。

その心が、いまこの状況を許さないと思っている。

ここは電脳世界……一種の仮想世界だ。

だが、だからと言って何をしても構わないというわけではない。

元よりIS学園に対するサイバーテロを仕掛けてきている時点で、かなりの問題ではあるが、ことここに至ってその事を追求することはできないだろう。

しかし、二人にとって許さないのは、この電脳世界で生きる者たちの感情や信念を利用していること……また、それを自身の研究の一つとして活用し、おそらくこの状況を楽しんですらいるということ。

アインクラッドでの日常が、過ごしてきた日々の経験が、それを許さない。

例え仮想世界の事であったとしても、それは紛れもない現実。

束が何を目的にこんな事件を仕掛けてきたのか、どうするつもりなのかは知らないが、まずこの状況だけはどうにかしなければならない。

それは確定事項だ。

 

 

 

 「オオオオオオオオッーーーー!!!!」

 

 「やる気満々だなっ……!」

 

 「こっちも、死ぬ気で喰らい尽くしに行くわよっ!!」

 

 「ああっ!」

 

 

 

咆哮を上げる『黒刃』。

それを見て、一夏と刀奈も一気に集中する。

呼吸を整えて、姿勢を落とす。

これが最後の攻防……これを制した者が、この勝負の勝者になる。

 

 

 

 「来イッ!!!」

 

 「あぁ、行くさっ!!」

 

 「上等よっ!!!」

 

 

 

三人が一気に駆け出した。

駆け出した衝撃で空気は弾かれ、踏み締めていた地面からは砂埃が舞う。

しかし砂埃が地に戻るよりも先に、幾つもの剣閃が放たれる。

太刀と刀、槍が交互に空間を走り、それぞれの刃が斬り結ぶと同時に火花が散り、鋼が鳴る。

三人の動きは、もはや常人では追えないほどの攻防となっていた。

 

 

 

 「《空撃・乱刃望月》ッ!!!!」

 

 

 

初手に動いたのは『黒刃』。

真空刃を飛ばす《空撃》の派生技を繰り出す。

竜の爪を彷彿とさせるような真空刃を放つ《嵐鬼竜》とは違い、今度は真空刃を乱撃技のように複数刃を繰り出す。

《空撃》と《乱撃》の複合技でもあるらしい。

しかし、それに対応する技を、一夏も持っている。

 

 

 

 「抜刀術スキル 破ノ型ーーーーッ!!!!」

 

 

 

《序ノ型》に連なる型。

鯉口を切った刀の刀身は蒼色に染まり、鞘全体にもライトエフェクトが伝わる。

迫りくる真空刃の嵐。

その真空刃を前に、一夏は抜刀した。

 

 

 

 「ーーーー《飛閃一刀》ッ!!!!」

 

 

 

迫りくる真空刃に対して、空間に走る蒼色の斬閃が相対する。

前方に向かって幾重にも斬閃を放つユニークスキル《抜刀術》の上位スキル《飛閃一刀》。

真空刃と蒼い斬閃がぶつかり合い、共にかき消される。

その隙に『黒刃』の間合いを侵略する刀奈。

更識流槍刀術の正眼の構え《明鏡止水の構え》の状態で突っ込んでいく。

 

 

 

 「《翼撃・龍尾》ッ!!!!」

 

 

 

太刀を持つ『黒刃』の間合いの広さは、太刀の長さ+踏み込み+太刀を振った時に発生する真空刃を含めても3メートル圏内。

しかしそれは、その場に留まった状態での話だ……これが移動しながらの攻防だと、さらに広くなるだろう。

しかし、そこまで把握できているのならば、対処することは可能だ。

《翼撃》の派生技であろう《龍尾》は、同じ横薙ぎ一閃の攻撃のようだが、その範囲が桁違いだった。

先ほどの3メートル圏内を優に越えるほどの間合い。

それが刀奈の首元目掛けて飛んでくる……確実に首と胴体が泣き別れるところだろうが、刀奈はその斬撃をスライディングの要領で躱す。

上体も出来る限り地面スレスレに倒して、勢いよく滑り込んだ後、すぐさま立ち上がって駆け抜ける。

しかし、それでも『黒刃』の対応が速い。

思い切り振り抜いた後だと言うのに、それでも体勢を崩さず、なおかつ冷静に対応してくる。

振り抜いた太刀を肩に担ぐように構え直し、最短で振り下ろす。

太刀の刀身は確実に刀奈の脳天を捉える……かに思えたが、それよりも先に刀奈の持つ槍が斬撃を受け止めた。

太刀の方が力強いため、全てを受け切ることは無理だが、刀奈は槍を右の方だけ下に傾けて角度をつけると、太刀は槍の柄を滑るようにして地面に向けて落ちていき、切っ先が地面を抉った。

その先に刀奈は槍の穂先を、太刀の刀身側面に滑らせるように薙ぎ、『黒刃』の腹部目掛けて突き出した。

 

 

 

 「シッーー!!!」

 

 

 

しかし、穂先が腹部に直撃する寸前……『黒刃』の左手が槍の柄を掴んだ。

ガッチリと掴んで離さない『黒刃』。

そして太刀を持ち上げ、今度は右薙に太刀を振り抜く。

今度こそ確実に首を取った……。そう思った瞬間だった。

 

 

 

 「ガァッ……??!!」

 

 

 

突然、自分の左側頭部に強烈な衝撃を受けた『黒刃』。

上体がぐらり、と傾くもなんとか右足を踏ん張って体勢を崩さない。

衝撃を受けた瞬間を、『黒刃』はなんとか捉えていた。

回し蹴りだった。

太刀を横薙ぎに振り抜いた瞬間、刀奈は上体をまたもや晒して、左側面へと体を思いっきり倒して、そのまま回転して避けたのだ。

しかもそれだけではなく、回転した勢いを遠心力として使い、『黒刃』の側頭部へと回し蹴りを放ったのだ。

槍を使った攻撃だけではなく、その場に応じて体術を混ぜ込んできたのだ。

蹴りを受けた瞬間に、槍を掴んでいた『黒刃』の左手は離れ、刀奈は転がるようにして間合いを取る。

すぐに起き上がり、槍を構える。

再び駆け出し、何度も何度も攻め込む。

『黒刃』は太刀を袈裟斬りに斬り込むが、先ほどの蹴りのダメージが残っているのか、剣速は思っていたよりも遅い。

刀奈は太刀が届くよりも先に跳び上がり、体を捻って斬撃を躱す。

またしても回転を用いて、槍を『黒刃』の頭上目掛けて振り下ろす。

 

 

 

 「《旋水車》ッ!!!!」

 

 

 

槍は元々、刺突や斬撃を繰り出す武器でもあるが、戦国時代における槍の使い方は “叩きつける” が一般的だった。

穂先の方を思いっきり振り下ろすことで、穂先にかかる力は計り知れず、戦国時代の武将たちが身につけていた鎧を容易に凹ませることもあったそうだ。

更識流槍刀術《旋水車》はその技術を持った技。

大きく飛び上がった状態から、思いっきり槍を叩きつける技。

それに付け加え、体の回転も加えるため遠心力も加わる……その威力は通常の叩き落としよりもさらに増しているだろう。

 

 

 

 「グウウウウッーーーー!!!!」

 

 「くっ?!」

 

 「ラアァァッ!!!!」

 

 「うっ!?」

 

 

 

 

刀奈の放った《旋水車》を太刀で受け止める『黒刃』。

その威力は流石に無視できなかったのか、真正面から受け止めている。

しかし、その威力ですら物ともせず、『黒刃』は刀奈を弾き飛ばす。

だがそれで攻めの手を怠るわけがない……。

 

 

 

 「ッーーーー!!」

 

 「シィィッーーーー!!!!」

 

 

 

『黒刃』が刀奈を弾き飛ばしたのとほぼ同時……すでに間合いを侵略していた一夏が、すかさず抜刀する。

 

 

 

 「滅ノ型ーーーーーー」

 

 

 

刀身は翡翠色にそまっている。

『黒刃』の間合いには入っている……だが、一夏の持っている刀の振り幅では『黒刃』を斬らないのではないか……というくらいの距離感。

しかし、一夏は迷わず抜刀したのだ。

その瞬間、『黒刃』の体の横を目には見えない衝撃波が高速で通過した。

 

 

 

 「《叢雲ノ太刀》ッ………!!!」

 

 

 

ほんの一瞬だった。

翡翠色に染まっていた刀身が空間を閃き、刃は太刀を持っている右手ごと斬り飛ばしてしまった。

斬ノ型《紫電一閃》と同様、斬撃に力を集中している型のようだが、斬ノ型《紫電一閃》とら比べ物にならないほどの射程距離をもち、一点集中の斬撃を繰り出す《叢雲ノ太刀》は、斬撃の威力ならば《紫電一閃》よりも上をいく。

 

 

 

 「ぐっ!!?ぁぁああっーーー!!!」

 

 

 

手首から先を斬り飛ばされ、断面からはおびただしい鮮血が飛び散る。

『黒刃』は苦悶の表情を浮かべ、二、三歩後ろへよろめく。

しかし、すぐに身に纏っていたバトルスーツの切れ端などを使い、腕を縛りつけ、止血を試みる。

その間に飛ばされた太刀を拾いにいき、腕を縛った時点で、太刀を左手に掴んだ。

 

 

 

 「コレシキノ事デェェェッ!!!!」

 

 

 

太刀を片手で持っていながら、太刀筋は変わらない。

威力は劣るが、剣速は変わらないため、またしても攻め込むにはギリギリの間合いを攻めていくしかない。

 

 

 

 「ヌウウウウッーーーー!!!!」

 

 

 

左手に持った太刀を斜め上へと切り上げる。

 

 

 

 「《翔撃・龍墜し》ッーーーー!!!!」

 

 

 

螺旋状に斬撃が迸る。

狙いは腕を右手を斬り飛ばした一夏だ。

斬撃がまるで竜巻のように吹き荒れる。

一夏はその場から飛び退きながら、刀を鞘に収める。

 

 

 

 「抜刀術スキル 七ノ型《瞬動》ッ!」

 

 

左回りに大きく回り込む様にして動き回り、体の回転と同時に抜刀。

左回りに大きく回転しながらの抜刀術。

広範囲を動くため、集団戦における奇策的な用途で使用する抜刀術スキルだ。

それを駆使して、斬撃の竜巻を回り込んでから『黒刃』に斬り込む。

しかし、『黒刃』もその動きに対応して、太刀を上段に構えていた。

 

 

 

 「《剛撃》ッ!!」

 

 「くっ!!」

 

 

 

抜刀して斬り込むつもりが、相手のカウンターを与える要因なっていた。

そのまま突っ込めば、まず間違いなく刀の上から叩っ斬られる。

 

 

 

(マズいッ!斬られるっ……死ぬっ……ここで死ぬわけにはいかないのにっ……!)

 

 

 

刻一刻と迫りくる凶刃。

抜刀体勢に入っている時点で、それ以外の行動はできない。

迫りくるのは『死』そのものだ。

今の時点で、刀奈からの救援は間に合わない。

微かだが、刀奈からの声が聞こえた気がした……。

声……そう、泣き叫びそうな、悲鳴にも似たような声だ。

だだ、一夏の名前を呼んでいる。

 

 

 

 「チナツっっっーーーーーー!!!!」

 

 

 

精一杯手を伸ばす刀奈。

だが、その距離は遠い。

先程『黒刃』の放った螺旋の刃を回避していたがために、一夏とは距離が離れている。

自分の助けられる距離ではないと、刀奈自身を本能で察したのだろう。

だが、無情にも、時はそのまま進み続ける。

 

 

 

(動けっ……動けっ……動けっ、動けっーーーーーー)

 

 

 

一夏は脳内で叫び続けた。

 

 

 

(避けろっ、避けろっ、避けろっ、避けろっ!!!!!)

 

 

 

強い思念が、身体中を迸った。

 

 

 

 「グウウゥーーーーーー!!!!」

 

 

 

ズバァァァァァーーーーーーン!!!!

 

 

 

 「ぁ……ぁあ……!」

 

 

 

 

振り下ろされた一撃は、その場にあったものをことごとく吹き飛ばした。

地面は割れ、亀裂が唸るように広がっていき、太刀の刃と地面が触れた場所から生じた衝撃波は、周囲の木々を激しく揺さぶり、立ち尽くしていた刀奈の体をも突き抜けた。

砂煙も立ち込め、周囲にしばしの静寂が訪れた。

 

 

 

 「ぁ………あぁ……!」

 

 

 

砂煙が晴れていく。

一夏はどうなったのか、あのまま突っ込んで行ったとて剣圧に押されて一夏の肉体は間違いなく真っ二つになっていた筈だ。

しかし、そこには地面に食い込んだ太刀の刀身を横目に、だだまっすぐ立っている一夏の姿が……。

 

 

 

 「ッ!!?」

 

 

 

確実に仕留めた筈だと、そう思っていたのだろう。

『黒刃』の表情が驚愕に満ちていた。

太刀を握りしめ、すぐに飛ば退く。

そうだ……今回初めて、自ら距離を取ったのだ。

圧倒的な技量、戦闘能力を有する『黒刃』が、ここに来て初めて自ら退いたのだ。

 

 

 

 「チ、チナツ……?」

 

 

 

だだ立ち尽くす一夏を見て、刀奈は一夏の名を呼ぶ。

だが、一夏はそれに取り合わず、ただただジッと『黒刃』を見ていた。

その一夏の表情は、なんとも不思議なことに『無』……だったのだ。

怒りも、焦りも、恐れも、喜びも、何もない……ただただ『無』の状態で、『黒刃』の事を見ている。

そして、それと同時に、今まで一夏の周囲に感じていた殺気混じりの闘気が、一切感じられなくなった。

 

 

 

 「な、なに? なにが、起きてるの?」

 

 

 

困惑を隠せない刀奈。

しかし『黒刃』はそれに構わず、太刀を構えた。

左手一本になったというのに、その姿にはまだ余力を感じる。

 

 

 

 「ヌゥンッ!!!!」

 

 

 

構えていた太刀を横薙ぎ一閃に振り抜く。

その素早い攻撃は、先ほどから使っている高速剣《瞬撃》だ。

片手であってもなおも速い斬撃。

棒立ちのまま動かない一夏。

刀奈は堪らず駆け出した。

 

 

 

 「チナツっ、避けてっ!!」

 

 

 

『黒刃』の太刀は、まっすぐ一夏の首を狙っていた。

そして刃が首を断ち切ろうかとした瞬間、一夏の姿がかき消えた。

 

 

 

 「ッーーー?!!」

 

 「え……?」

 

 

 

『黒刃』と刀奈は目を見張る。

一夏はほとんど動いていなかった……にも関わらず、『黒刃』の放った攻撃が、一夏の首を切り飛ばす事はなかったのだ。

わずかにとらえたのは、一夏が一歩……後ろへと下がったという行動だけだ。

 

 

 

 「チナツ……あなた……目が……!」

 

 

 

ここで刀奈は、ようやく気づいた。

一夏の身になにが起こっているのか、全容は知らずとも、何か異変が起きている……と。

その証拠に、一夏の瞳が目の前にいる『黒刃』と同じように、“蒼穹に染まっている” のを目撃しているのだから。

 

 

 

 「オオオオオッ!!!!」

 

 

 

動揺と疑念で動けない刀奈とは違い、『黒刃』はなおも攻め立てる。

《瞬撃》《閃撃》《空撃》《乱撃》と、持てる技を次々に出していくが、それでも一夏は最小限の動きだけで、これを躱し、これを受け、これを弾いている。

『黒刃』も流石に驚愕して、暗に攻めることはせず、またしても距離をとって構えた。

そんな『黒刃』を見て、今度は一夏が歩み寄る。

ゆっくりと、慎重に……まるで朝起きて、学校に行くために通学路を通うように……。

そこに、殺気も闘気も感じられない。

それ故か『黒刃』も、刀奈も、下手に動くことが出来ずにいた。

やがて一夏の脚が、『黒刃』の射程内に踏み込んだ瞬間、『黒刃』は再び動き出した。

しかし……

 

 

 

 

 「飛天……御……楽 八ノ型ーーーー」

 

 

 

『黒刃』の太刀が振り抜くかと思ったその時、声が響いた。

 

 

 

 「《斜刀転陽》ッーーーー!!!!」

 

 「ガッ…………?!」

 

 「っ………………」

 

 

 

まさに、一閃であった……。

『黒刃』が太刀を振り抜く前に、一夏の刀が、『黒刃』の首を断ち切ったのだった。

 

 

 

 

 




次回で、大方のワールド・パージ編は終わりですかね。

また更新の期間が開くかもしれませんが、どうか、気長にお待ちいただければと思います。

感想なども、よろしくお願いします。


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