ようやくの更新です。
なかなかリアルでの生活が落ち着かないので、執筆が遅れつつある状況ですが、なんとか生きていますので!
「てん、がん、つう……?」
アスナは途切れ途切れに声を発し、キリトの背中を見つめた。
先程ヒースクリフと、一体なんのやり取りを行なったのかはわからないが、今のキリトが纏っている雰囲気は、尋常ではないとアスナは悟った。
「………………」
コツコツと音を立てながら、街の街道を歩いてシュタイナーへと近づいていくキリト。
その表情、その佇まいは、かつてのキリトの苛烈さを感じさせない。
どちらかと言えば、本気になったチナツのそれに似ている。
SAO時代から、二人の戦闘時の感情の起伏は、対照的だなと思っていた。
『一騎怒涛』……その言葉が似合いそうなほど、高速の二刀流を繰り出し、闘気を内から外に出そうとするキリトの戦闘スタイル。
対してチナツの場合はこれと逆の印象を感じた。
『不屈不撓』……外見的にはクールに戦っているように見えるが、その内は燃え盛る業火のよう……。
キリトとは逆に、闘気を外から内側へと凝縮して、それを瞬間的に爆発させているようなチナツの戦闘スタイル。
今のキリトは、そのチナツと同じ戦い方をしていた。
シュタイナーの発する氷柱攻撃や、《アイスブリンガー》での斬撃攻撃を躱し、流す。
わざわざ防御し、受けて反撃するといういつもの戦闘スタイルではない。
「■■■■■■ーーーーーーーーッ!!!!」
シュタイナーが怒号のような声を発する。
すると今度は、ヒースクリフによって傷つけられた右腕に変化が起きる。
《エンブレイザー》の要領で放った貫手のダメージが残っているため、右肘から先は、ぶらん……と垂れてある状態だった。
しかし、その右腕がどんどん凍りついて行くのだ。
パキパキッ、と音を立てながら、どんどん右腕が氷に覆われて行く。
「っ…………?」
その変化を、当然キリトとアスナも目の当たりにするわけだが、もうここまできてしまうと、キリト自身は、もうなにも驚かない。
シュタイナーの腕が氷に覆われていくにつれて、やがて氷の表面は刃のように鋭く尖り、鋭利な凶器へと変わる。
腕そのものが刃と化したのだ。
今もまだその造形を保っているサチの体……。
しかしそれを動かしているのは、もうサチではない。
意識はもはや存在しないのではないかと思う……ならば、逆に思い思いに戦える。
「いくぜ……サチの姿で、二度と彷徨わないようにしててやるっ……!!!!」
「■■■■ーーーーッ!!!!!!!!」
両者が急速に動き出す。
その素早い動きに、周りの空気が一瞬弾ける。
そんな緊迫した空気を、アスナも直に感じていた。
剣が振るわれるたびに、空を斬り裂く音……鋭く輝く剣閃の光……ぶつかったときに生じる鋼同士の金切り音……舞い散る火花に氷の礫……どれもこれも、一瞬のうちに起こる出来事。
「おおおおおッ!!!!!」
「ヌオオオオオッ!!!!」
「ッ!?」
「ヌアァアアッ!!!!」
超接近した状態から、高速で斬り合う両者。
しかしそんな時に、シュタイナーの言葉が、普通の人間の言葉に戻ってきた。
キリトは少々驚きはしたものの、その剣捌きには淀みがない。
両手に持つ双剣を力強く振るう。
一閃一閃が鋭いもので、シュタイナーは防御に徹した。
最後にはキリトが回し蹴りを放ち、シュタイナーは剣をクロスにして攻撃を防いだ。
「ヌゥ……ココマデ、押サレルトハ……!」
「予想外……とでも言いたそうだな?」
「………………」
「だが、そうじゃないだろう……。ヒースクリフの残したスキルと、お前に与えた傷は、たしかにお前を追い詰めている。
もうお前に勝ち目はないと思うが?」
「ッーーーー!!!! 降参セヨトっ?! 舐メルデナイワァァァァァッ!!!!」
シュタイナーが駆ける。
地面に付いていた足に力が入り、本当の意味で、地面を蹴って肉薄してくる。
だが、それでもキリトは動揺などしない。
繰り出される刺突さえも紙一重で躱し、逆に左手に持っていた《レイグレイス》を横薙ぎに一閃。
《レイグレイス》の刀身から、たしかに肉体を引き裂くような感覚が伝わってくる。
そして、斬られた事を自覚したシュタイナーは、一旦キリトから距離を置いて、離れた位置で片膝をついた。
「グヌゥ〜〜〜!!!!」
「………………」
恨めしいと言うような目で、キリトを睨みつけるシュタイナー。
そして、それを飄々と流すキリトの表情。
その眼には、今もなお水色の光が輝いている。
「ナンダッ……ソノ眼ハッ……!!」
「………………《天眼通》」
「テンガンツウ……ナンダ、ソレハ……?」
「ヒースクリフは、“空に走る軌跡を見る眼” と言っていたな……」
「…………?」
「言っていた? キリトくんに、団長はそう言ったの?」
「あぁ……まぁ、あいつが直接言ったんじゃなくて、頭の中に直接言葉を流し込んできただけなんだけどな……」
「な、流し込んだ……?」
キリトの背後で困惑しているアスナ。
まぁたしかに、あの状況ではヒースクリフとキリトが話しているとは思えなかった。
ほんの一瞬だけ会話をしただけで、《天眼通》について話していられた時間はなかった。
ならば、どうやって? 流し込んできたと言うのはどう言う事だろう。
「ヒースクリフが俺にこのスキルを譲渡した時に、一緒にその情報が流れてきたんだ。
なるほど……『ナーヴギア』を開発しただけはあるよな……。人の神経……ましてや脳神経に感覚や映像なんかを伝えなきゃならないVR技術の集大成ともいえる産物を生み出したのは、他ならないヒースクリフなんだからな……」
流れ込んできた情報を、直接脳に伝える。
それは、VR技術の応用なのかもしれない。
そんな技術を使ってまで、ヒースクリフがキリトに託した物……それは、キリト自身を強くする為の力だった。
流れ込んでくる情報には、スキルの詳細なども含まれていたのだ。
『キリトくん……これは私からの頼みだ……。この仮想世界という場所を愛し、私の託した《ザ・シード》を芽吹かせてくれた君への感謝の印も兼ねて、これを君に託したい』
はじめに流れてきたのは、こんな言葉だった。
そして、そのスキルの詳細なデータを提示してくれた。
『《天眼通》……。私が考案したユニークスキルの内の一つだ。しかしこれは、ちょっと特殊なスキルでね……これもまた、《二刀流》や《抜刀術》などと同じように、適性を持つ者にしか渡さないと決めていた物だ』
ユニークスキルは、全部で10個あったというのが、もっぱらの噂だった。
キリトの《二刀流》。ヒースクリフの《神聖剣》。チナツの《抜刀術》。カタナの《二槍流》。
当時発見されていたユニークスキルはこの四つだけだったが、残りはあと六つもあるという事になる。
しかし、そのスキルが出現する条件や情報は、一切わからずにいた。
キリトも気がついた時には、スキルリストに《二刀流》の名前が記されていたという……。
チナツもちょうど軍を抜けた時に、スキルリストに突然現れた。
カタナも、中層から上層へと最前線が移り変わる頃に、気がついたらその名前があったそうだ。
ヒースクリフの場合は、本人がゲームマスターであるため、ある程度予想の範囲内で事を運んだのだろう。
突然何も知らない状態から渡されたキリト達とは違い、いずれ自分が身につけるスキルだということがわかっていれば、周り伝わる情報も、ある程度は抑制できるはずなのだから……。
事実、何も知らずにスキルの発現に驚いたカタナの時には、皆がそのスキルの珍しさゆえに、カタナの所属していた『血盟騎士団』のギルド本部にまで野次馬が押し寄せてきたらしい……。
キリトはそのスキルの異様さに早くに気づいて、それを秘匿し、初めて話したのは、《ダークリパルサー》を生成してもらった鍛治士のリズだけだった。
それから、第74層のボス《ザ・グリームアイズ》を倒した事で、世間に公にされた。
そしてチナツは、たまたま流浪人として旅を続けていた際に発現していたため、それを知る人はいなかった。
初めて公になったのは、第70層のボス攻略《カリギュラ・ザ・カオスドラゴン》の時。
《抜刀術》という名のスキルと、それに付随する形で存在したサブスキル《ドラグーンアーツ》。
両者のスキルが全体に伝わった時には、どちらも大変な騒ぎになった。
しかし結果的に、第75層で全ての物語は終焉を迎えた。
英雄キリトの働きによって、魔王ヒースクリフは倒された。
アインクラッドで起きたデスゲームは、確かに終わった。
だからこそ、残りの六つのユニークスキルは、そのまま誰の手に渡ることもなく、その情報を消滅させてしまった。
そして、あれから時を経て、再びその六つの内の一つのユニークスキルが、キリトに与えられた。
『このスキルの本質は、“攻撃” ではなく、“防御” だ……。二刀流のように怒涛の剣撃を放つわけではないし、抜刀術のように神速の一撃を放つわけでもない……。
それらとは全く違うベクトルで使う “防御” のスキルなんだ』
当時、アインクラッドの中にも、多くのスキルがあった……。
そしてそのスキルには、それ相応の能力が秘められている。
索敵、隠蔽、鑑定、料理、裁縫、釣り、鍛治と言った、戦闘とはほとんど関係ないスキルから、体術、投剣と言った戦闘系スキルだが、ちょっと特殊なものもある。
しかし、それら戦闘系スキルは、基本的に攻撃を行うものだ。
ユニークスキル《神聖剣》の様に、攻防一体型スキルには、防御のためのスキルなどは付与されていただろうが、初めから “防御” だけを目的にしたスキルは無かった。
『ユニークスキル《天眼通》は、早い話 “未来予知” の能力を持ったスキルだ。
だが、だからと言って万能……というわけではないよ?
このスキルの肝は、視覚から得られる情報の “先取り” にある……。ある程度の行動予測を計測し、それをプレイヤーの網膜に映し出す……それによって使用者は相手動きが見える……または、未来を見ていると感じ取るわけだ』
そう……。先程も、アスナに対して攻撃しようとしていたシュタイナーの姿が、薄っすらと見えた。
ほんの一瞬、瞬きをする一瞬の時間のようや速さで、相手の行動パターンが、キリトの両眼に映し出された。
『このスキルを得るのに必要な条件……それは君自身が、周りから必要とされているかどうかによる』
その情報が流れ込んできた時、キリトは首を捻って考えた。
それは一体、どういう事なのだろうと……。
しかしその答えは、すぐさま送られてきた。
『君はあのアインクラッドで、様々な経験をしただろう……無論私は、βテスターとして活動していた頃から、君の存在を知っていた……。
たった一人……剣を携えて、まだ見ぬ世界へと走り抜けようとする君の姿を、私も見ていたからね……。
そしてそれは、私自身も経験したかった事でもある……』
そうだ……あの頃は、人間関係というものに、疑問を思っていた……。
いつものように暮らしていた家族は、本当の両親ではなく、直葉も本当の妹ではない……。
自分は一体誰の子供なのか……ひょんなきっかけから、それを母に問いただした。
すると母は驚きながらも、ちゃんと答えてくれた……。
自分は、母の姉夫婦の子供なのだと……。そして本当の両親は、生まれて間もなく事故によって他界したのだと……。
直葉とは兄妹ではなく、従兄妹という関係であり、両親も親戚という関係なのだ。
それを知った時は、他者との接し方が分からず、臆病になり、いつもまにか、他者と接すること自体を避けていた。
そして、そんな現実から逃れるように、仮想世界というものに入れ込んだ。
その世界では、誰もがみな他人であり、どこまで遠くへと行ける場所。
剣一本で、様々な敵を倒し、様々な冒険へと繰り出せる。
そんな世界に、心が踊るような衝撃を受けた。
どこまでも走り続け、いろんな冒険をして、様々なものを見た。
そして気がつけば、βテスターをやっているプレイヤーの中でもトップクラスのプレイヤーになっていた。
《ソードアート・オンライン》……SAOを作った茅場 晶彦には、個人的にも興味を示していた。
完全なる仮想世界……それを実現させた天才。
その人物に、そしてその人物が作り上げた世界に、どっぷりとハマっていた。
そして、その日はやってきた。
誰もが予期していなかった自体……ただの娯楽だと思っていたものが、よもや本当のデスゲームになるとは、誰も思っていなかっただろう。
その当時だって、生き残ることを優先し、チナツと二人で『始まりの街』を一緒に出た……その時に出会った、クラインを見捨てる形で……。
それから先は、ヒースクリフの言う通り、様々な経験をしてきた。
ボス攻略の際に、その後一生の愛を捧げると誓った人と出会い、また、守ると言ったにもかかわらず、それができなかった……守れなかった……死なせてしまった……それが、自分の罪だと、何度も責めた。
『あの当時、私を倒してくれると思っていたのは、他でもない……君か、チナツくんだと思っていた……。
私と言う『魔王』を倒せるのは、あらゆる修羅場をかいくぐって、私の前に立つ資格を得た、『勇者』である君たちなのだとね』
そんなカッコいい物なんかではない。
現実にそうだろう?
あの頃は、なんでもできると思っていた……。
剣一本で、どこまでも高みに登っていけると……どんな敵も自分の敵ではないと……。
それは自分がβテスターだからとか、そう言うのではない。
ただ単に経験則として、余裕だと思っていた。
しかし、蓋を開けてみればどうだろう……。
第一層では、同じβテスターのディアベルなんかとは違い、自分と、自分に付いてきたチナツの命を守ることで手一杯だった。
その後に出会ったサチやケイタ……月夜の黒猫団のメンバー全員を、死なせたしまった……。
ユニークスキル《二刀流》を得て、グリームアイズを倒しても、元ラフコフメンバーの毒にやられて動けなくなり、あと一歩で死にかけた。
第75層で、大切な人を失い、もう死んでもいいとさえ思った……。
辛くも勝利し、なんとか現実世界に戻った時……アスナが帰還していないと知ったら、無性に悲しくなった。
須郷が強引にアスナと結婚すると宣言した時には、自分の無力さを痛感した。
英雄《黒の剣士》……それは所詮、ゲームでの話。
現実の世界では、自分はただの非力な高校生に過ぎない。
いや、ALOの時にも、現実世界でのIS戦闘の時にも、それは痛感していた……。所詮、自分にできることなんて、限界があるのだと……。
だからこそ、もっと強くなりたいと思った……。
剣技にもっと磨きをかけて、戦闘の勘を研ぎ澄ませていった。
『君達は、貪欲に力を求めている筈だ……。その為に、危険を冒すことにあまり躊躇わない。
何が何でも、戦い続け、皆を守ろうとするだろう……』
当たり前だ。
もう失うのはごめんだからだ……。
キリト自身も、チナツも……戦い、殺し続けていった果てに、大切な人を守れなかった……。
だからこそ、もう何も失いたくないから……守りたいから……率先して戦い、その結果、自分たちが傷ついていくだけだ。
『しかし、今の君達には……それを思いとどまらせる存在がいるだろう……』
そうだ…………。
いる……大切な人が、仲間が、大勢いるのだ。
キリトにとっても、チナツにとって、かけがえのない存在が、今はたくさんいる。
『君たちはもはや、アスナくん達を含め、大勢の者たちの中心にいる存在と言える……。
言い換えて仕舞えば、君たちこそが、周りにいる者たちにとっての重心なのだ……。
だからこそ、君たちは傷つくばかりではダメなんだ……!』
傷つくばかりでは…………。
『君たちの存在は、周りの者たちにとっての原動力そのものとなる。
だからこそ、君たちが倒れてはならない。君たちは今、そう言う存在になったんだ……っ!』
そう、ユニークスキル《天眼通》の出現条件とは……。
『 “多くの者達の中心にいる存在であること” ……それが、君に託した理由であり、今の君には、なによりも必要なものだ。
後は任せたよ……キリトくん……今の君ならば、そのスキルを使いこなせる筈だ……!』
「おおおおおおっ!!!!」
「ヌウッ?!!」
圧倒的剣戟。
シュタイナーの振るう氷剣が間に合わない。
その一撃、その一手、全てが速い。
何をしようにも全てが手遅れ……剣を振るった瞬間には、すでにキリトの剣で斬られていた。
「オノレェェェェッ!!!!!!」
「駆逐するッーーーー!!!!!!」
突き出された氷刃。
左手に持っていた《アイスブリンガー》をキリトに対して突き出すシュタイナー。
しかし、キリトの眼は、その行動を読んでいる。
すぐさまヒースクリフの聖剣で受け流すと、ガラ空きになっているシュタイナーの懐へと一気に踏み入り、左手に持っていた《レイグレイス》を高速で突き出す。
「グオォッ!!???」
「だあああッ!!!」
《レイグレイス》を引き抜き、袈裟斬り気味に聖剣を振り下ろす。
シュタイナーの左肩から右脇にかけて、太く、そして赤い斬撃痕のエフェクトが生まれる。
「貴様アアアッ!!!!!」
「ふうぅ…………!!」
もはや剣と化した右手を横薙ぎに振り抜くシュタイナー。
しかし、またそれよりも速く、キリトの持つ聖剣がシュタイナーの右腕を斬り飛ばした。
「グアアアッ!!!?」
横薙ぎに振り抜くと、《天眼通》を通して察知したキリトは、その一瞬で膝の力を抜いて、低い姿勢を保ったまま、シュタイナーの斬撃の下を掻い潜ったのだ。
そして、刃が通り過ぎる前に、素早く聖剣を一閃。
その動きを、アスナも、そしてシュタイナーも捉えることができなかった。
斬り落とされた腕か地面へと落ちると、刃を形成していた氷が、バリィンッ、という音を立てて、その場で砕け散った。
「グウッ……オノレェ……ッ、オノレオノレオノレエェェェェッ!!!!!!」
腕を斬られたことにより、シュタイナーの感情が一気に爆発する。
喉の奥から出てくる怒号の様な叫び。
体中から冷気が溢れてきて、シュタイナーの周りに氷柱が現れる。
「っ?!」
「舐メルデナイワッ、小僧ォォォ!!!!」
今まで《アイスブリンガー》のみで生み出してきた氷柱。
しかしここにきて、何もしないで周りに生み出してきた。
「だからどうしたっ!! 今度こそっ、ケリをつけるッ!!」
「ホザケエエェェェッーーーー!!!!!!」
無数に飛んでくる氷柱。
しかし、その中を掻い潜ろうとするのを、キリトは躊躇わなかった。
ユニークスキル《天眼通》が見せる “空に走る軌跡” ……それを踏まえて飛んでくるコース、弾数、スピード、距離……全てを瞬時に把握して、飛んでくるものを回避し、斬り裂き、打ち落す。
その一挙手一投足には、まるで無駄がない。
地を蹴って、一気にシュタイナーの間合いへと入る。
「ウオオオオオオォォォッーーーー!!!!!!」
「でえやあああああぁぁぁっーーーー!!!!!!」
シュタイナーはさらなる氷柱を生成。
徹底的にキリトを貫こうとする。
しかし、キリトは一向に止まらない……むしろその剣戟の速度はますます上がっていった。
「オノレッ……オノレオノレオノレエェェェェッ!!!!!!」
シュタイナーはさらに《アイスブリンガー》を振るい、氷柱の生成を促進する。
もはや躱す隙間まですらないからの弾幕か張られた……しかし、その中でも、キリトの瞳に映る光は、消えはしなかった、
(まだだっ、まだ行けるッ!!!)
天眼通の見せる未来視。
しかし、それも無限ではない……だが、それでも足を止めるわけにはいかない。
一歩、また一歩と、キリトの足はシュタイナーに向かって駆け出していく。
(見ろっ……観ろっ……視るんだっ……!! その先をっ、もっと、先をっ、もっと前をッ!!!!)
キリトの瞳がより一層光を灯す。
読みきっているのだ……全てを……。
それは、己の勝利すらも……。
「ここだッ!!!」
そう叫ぶと、キリトは一転……前進をやめ、空に向かって翔け出した。
その行動にシュタイナーも、アスナも驚く。
空中では回避行動が取れない。
ましてや今は、ALOのアバターでも、専用機を纏っているわけでもない。
キリトのとった行動は、どう考えても悪手だった。
そしてそれは、シュタイナーも瞬時に理解した。
「死ネェッ!!!! 小僧ォォォォォォッ!!!!」
「キリトくんッーーーーーー!!!!!!」
氷柱が生成され、空中にいるキリトに向けて放たれた。
当然、キリトはただ重力の影響を受けて、そのまま氷柱に向かって落ちていく。
しかし、キリトの両手に持っていた聖剣と《レイグレイス》から、蒼い光が迸った。
「《ジ・イクリプス》ッ!!!!!!」
その言葉を言い放った瞬間は、信じられない光景を目にした。
向かってくる氷柱を、ライトエフェクトを纏った双剣が、何度も何度も何度も斬り裂いて行く。
その剣戟は、まるでシュタイナー自身を蝕むような何かだと思えた……。
剣の刀身だけでなく、大きく放たれたライトエフェクトによっても、氷柱は粉砕され、あまりの剣戟の衝撃に、その剣圧だけで吹き飛ばされるものまであった。
そして、《ジ・イクリプス》の連撃数は27連撃。
22……23……24……と、着々と連撃数を重ねていく……しかしすでに、その距離は、シュタイナーを斬り裂けるだけの距離にまで迫っていた。
「オオオオオオォォォォォォッ!!!!!!」
「せぇやあああぁぁぁぁッーーーー!!!!!!」
互いの気迫が、激突し合う。
そして、25……26連撃が繋がった。
無数に放った氷柱を、たったの26連撃で、全てをなぎ払ったのだ。
「ナニッ??!!!!」
「はあああああああああッ!!!!!!!!」
頭上で大きく振りかぶった聖剣。
それを、シュタイナーの脳天めがけて、一気に振り下ろした。
「アアアアアアアアァァァァァァアッーーーーーー」
断末魔の叫び声。
脳天から股下にかけて、一刀両断。
ソードスキルによる高速剣戟と、重力をも利用した圧倒的速度で放ったラストアタック。
その衝撃で、シュタイナーの体は真っ二つに割れ、シュタイナーの立っていた地点から後ろへと続く街の街道に至っては、剣圧による衝撃で、地割れを起こしていた……。
それほどの衝撃を食らって、まず生きている保証はない。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………!!!」
その場に膝をついて、キリトは息を整えていた。
よくよく見れば、右手に持っていた聖剣は、あまりの力技に耐えきれなかったのか、剣の中腹部分から切っ先までの刀身がへし折れ、その場に転がっていた。
「キリトくんッ!!!」
「っ……ぁあ」
自身の名を呼ぶ声。
その声のする方へと、キリトは視線向けた。
すると、アスナがこちらに向かって走ってきていた。
「アスナ……!」
「キリトくん……っ!」
走ってくるアスナを、そっと抱きしめるキリト。
アスナから伝わってくる温もり……それを感じているだけで、キリトの心は次第に和らいでいった。
「よかった……っ、キリトくんっ、ちゃんと生きてるよね……っ!」
「あぁ……ちゃんとここにいるよ、アスナ」
互いの存在を確かめ合うように抱きしめ合う。
「にしても、普段のアスナがALOの衣装を着てると、なんだか違和感あるな♪」
「も、もう〜っ、それ言わないでよぉ〜!」
「あっははっ、自分でも薄々そう思ってたのか?」
「ううっ〜〜……。ここにダイブした時に、この格好を見たら、普通にALOのアバターなんじゃないかって思ったけど……」
しかし、キリト達がいるところへと向かっている途中に気づいたのだ。
髪の色や、耳の形を含めて、どうにも水妖精の姿ではないと……。
「あははっ、でもまぁ、助かったよ……ありがとう、アスナ。おかげで助かった」
「うん……っ! キリトくんの背中は私が守るって、約束したしね♪」
アスナの瞳には、涙が浮かび上がっていた。
それが頬を伝って、その前に地面へと落ちる。
そんな彼女を、キリトはもう一度優しい抱きしめた。
しかし、その時だった。
『キリト……』
「「っ!!?」」
その場に聞こえた、第三者の声。
ヒースクリフではない……そしてこの声は、キリトが聞いたことのある声だった。
あたりを見回して、視線を巡らせる。
するとそこには、見知った少女の姿が……。
「サ……サチ…………!」
「ぁっ…………」
何故ここに……。
そういう疑問しか浮かばなかった。
シュタイナーはすでに消えてしまっている……ならば、目の前にいるサチは、一体何者なのか……。
『キリト……』
「サチ……なのか……?」
キリトの問いかけに、サチは頷いた。
その肯定とも呼べる行動に、キリトとアスナは目を見開いた。
そう、目の前にいる彼女は、言わば “残留思念” の様な物だと思えばいいだろう。
『ごめんね、キリト……私、キリトを……また、傷つけちゃったね……』
「そんな事は……っ」
『ううん……いいの……。やっぱり、私の中には、まだ割り切れない気持ちがあったのかもしれない……。
こんな気持ちを抱いたまま、私は死んじゃったから……そんな想いが、こんな形で利用されるなんて、思ってもみなかった……』
「サチ……」
『でも、もう大丈夫だから……』
「え……?」
『もう、大丈夫。私は、もう大丈夫だよ……キリト』
「サチ……?」
サチの体は、まるで幽霊のように半透明な姿だか、それが次第に、薄っすらと霧散していくように消えていく。
「サチッ!」
このままではサチが消える。
そう思った時、キリトは駆け出していた。
『キリト、ありがとう……。私を守るって言ってくれた時ね、私、本当に嬉しかったんだ。
あの時の私にとって、キリトは……本当の勇者に見えていたんだよ?』
「違うッ! そんなかっこいいものじゃない!! 君を守るって……俺はっ、約束したのにっ、結局っ〜〜〜〜」
頬から涙が溢れでて、キリトの両脚から、少しずつ力が抜けていく。
やがて、消えていくサチまであと一歩というところで、キリトは膝をついた。
「俺はっ、君を守れなかったんだっ! 何もできないただの一プレイヤーなのにっ、俺は、君たちを守れると思い上がっていただけなんだっ!!
だからっ、俺に感謝なんてっ〜〜〜〜」
崩れ落ちるキリト。
そしてその様子を、後ろから眺めていたアスナの眼にも涙が浮かぶ。
口元を両手で押さえ、泣き声が漏れるのを必死に我慢している。
キリトの叫びは、本心だ。
あの時、自分が『ビーター』であると進言していたならば、《月夜の黒猫団》と関わり合う事はなかったかもしれない。
もしもあの時言っていたならば、トラップの危険性を、すぐに伝えられたかもしれない。
もしもあの時、彼らの輪の中に入ろうと思わなければ、彼らが……サチが死ぬ事はなかったかもしれない。
「だからっ、君に感謝されることなんてっ……俺にはそんな資格なんてないッ!!!」
心の内に秘めていた想いを、全て叫び出した。
全ては、自分の思い上がりだ。
それさえなければ、彼らはもっと、生きていたかもしれない……。あの時はまだ未熟でも、いずれは、高レベルプレイヤーとなって、前線の攻略組のギルドとして、名を連ねていたかもしれない。
そう思うと、どうしても叫ばずにはいられなかった。
『違うよ、キリト。私は、キリトに出会えたこと自体、奇跡だと思っていたんだよ?』
「っ!?」
『デスゲームが始まって、みんなが戦おうって躍起になっていた時、私、ただ従うだけだった。
本当は戦うことなんてできないし、したくもなかった……でも、やらなきゃいけなかったから、そうしてた。
でも、キリトが黒猫団に入ってくれて、いつも私を守ってくれていた時ね……本当に嬉しかったんだよ? こんな私を、助けてくれる人がいるって……私に、守るって言ってくれる人がいるって思うだけで、私は……救われたの』
「サチっ……!」
『だからキリト……ありがとう……そして、さようなら』
「サチッ!」
キリトは咄嗟に手を伸ばした。
あの時と同じように。
しかし、消えていくサチの表情だけは、あの時と全く違った。
消えていく瞬間の彼女の表情は……とても優しそうな笑顔だった。
まるで霧のように……静かに消えて行った。
空を切ったキリトの手は、そのまま力なくだらんとぶら下がった。
「くっ……ううっぁぁぁああああっ〜〜〜〜!!!!!!」
涙がとめどなく流れ落ちる。
頬を伝い、そのまま地面へと涙が染み込んで行った。
そして、そんなキリトを見ていたアスナも、たまらずキリトの元へと駆け寄り、キリトの前へと回り込んで、キリトを強く抱きしめた。
そのアスナも、大粒の涙を零しながら、キリトをしっかりと抱きとめる。
「キリトくん……っ、帰ろう? サチさんも、きっとぉ、そう願っているよ……っ」
涙声ながらに、キリトにそう言うアスナ。
しばらくの間、キリトはアスナの胸を借りて、悲しみの感情を流した。
そしてこの決着が、ワールド・パージ解除の、鍵へとなったのだった……。
今回で、ワールド・パージ、キリト編は終了です。
これからは、チナツ編になり、それが終われば、ワールド・パージ編は完全に終わりです!
もう少し続きますので、読んでいただいている皆さんには申し訳ないのですが、もう少しお付き合いくださいませ。
感想よろしくお願いします(^。^)