SIRENE:Neue Übersetzung   作:チルド葱

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『この舞台上、極東の赤いバミューダ・トライアングルに今幾つの悲劇が起きているのか、諸君には想像出来るだろうか?

 ああ何、このような問いの形を借りた詩にいちいちかかずらう必要は無い。私は回答を求めておらず、諸君には解に至り得るような情報など未だ開示されていないのだから。
 ただ、そう、少々思いを巡らせてさえくれれば、前書きを添える任を預かった者としてはいかにも勤勉にその役目を全う出来たものだと胸を撫で下ろすことが出来るというもの。
 "蛇"は既に目を覚まし、原始の性、原初の夢を追い始めている。
 その腹の内、鱗の裏側には、果たして幾つの悲劇があっただろうか? ――何ただの諧謔だ、道化の戯れ事になど気を遣らず、諸君は目の前の悲喜劇を素の侭味わっていてくれればそれで良い』


らいどおん│2006.8.4.

 山道で狙撃を受けたヴィルヘルム、美耶古、ハワードの3人は、間もなくして合石岳の羽生蛇鉱山に向かっていた。

 ここまでの道中でもっとも危険度の高そうな狙撃手の襲撃。一騎当千を地で行っていたヴィルヘルムの初の負傷。そして美耶古は、命を狙われているという事実を足の痛みとともにまざまざと実感させられた。

 この状況に、彼らは――

 

「あぁぁぁぁそうだこれだァ、戦ってやつァこうでないと滾らねえよなあああ……! ふ、ぎゃははッ、あッははははははははははははははァ!!!」

「Oh, ベイ、げんき! Fooooooooooo!!!」

「いや『元気』の一種に数えていいのかこれ!? ……い、いや、これが外の常識、これが外の常識、これが外の常識ッ……」

 

 ――かつてないテンションで、襲撃者を襲撃し返すべくトロッコに揺られて疾走していた。

 

 

 

 ● ◎ ●

 

 

 

 少々時間を遡り、数十分前。

 山道での銃撃はあの1発では終わらず、続けざまに、しかもあの場所条件にしては随分と多角度的に続けられた。狙撃手が複数いたのか、あるいは人間離れした速さか手段でもって移動しながら射撃し続けたのか――向こうのやり口は定かでは無い。

 そして、あの魔女が何か仕込んでいるなら想像され得る手数は一気に膨大なものになる。

 

(いいぞ、そうだ、ノって来やがった!!!)

 

 とりあえずその時、掌に穴を開けたヴィルヘルムはゲラゲラ爆笑しながらも美耶古とハワードの首根っこを引っ掴んで、木の根と岩で出来た窪みに力任せに放り込んだ。ほんの一瞬で見定めたそこは見渡しの良い山道よりは安全であるが、足を撃たれた美耶古があまりに手荒い緊急避難に声も出せずにちょっとだけ泣いたことにこの無頼漢は当然ながら気付かない。

 足手まといであり狙撃手の標的である美耶古達をぞんざいに隠したヴィルヘルムはすぐに硝煙や火薬のにおいを追おうとしたが、赤い水の水害にぬかるんだ雑木林や山肌は嗅覚についても気配の探知についてもその感覚を鈍らせていた。「ま、こればっかりはしょうがねぇ」と舌打ちしつつもその端整な白貌は熱っぽくにやついて、地の利があちらの側にあることに心から興がり始める。

 この村に特殊な場が形成されていることはわかっていた。

 死体が動き回っている時点でそのことは明らかだったわけだが、しかし惜しむらくは、これまでその特殊性を活かしたような歯ごたえのある化け物や兵といったものはいなかったのだ。すなわち、『何かがおかしい村ではあるが、おかしさの志向性が無い』。「せっかくこんだけ瘴気くせぇっつうのに雑魚しかいねえのかよ」とぼやきたくなるような半端な仕上がり(※個人の感想です)。

 単なるゾンビタウンならただの洒落た墓場にすぎない。ヴィルヘルム・エーレンブルグに物見遊山の趣味は無かった。

 物珍しいだけの人外魔境、動くだけの爺婆の死体にはそろそろ飽きてきた。そろそろここにしかいないような悪鬼羅刹の一匹でも出して来い、と――思っていたところに、《魔女の鉄槌》の聖遺物の効果が付加された銃弾ときた。

 

「くはっ、はは、ひゃはははは! そろそろここらの"ご当地キャラ"とやらの面ァ拝みたかったとこだったんだが、上等じゃねぇか面白ぇ。てめえが"そっち側"だっつうなら退屈凌ぎくらいはしてくれンだろ、なあ、マぁレウぅスよおおおおおおおおおッ!!」

 

 予想外のゲテモノだ。まったく悪くない。あの享楽的で気分屋な女がどこで何を考えて何をしているというのかはこの不透明な状況では何一つわからないが、そんなことはどうだって良かった。重要なのは目の前の戦場に、なかなか面白そうな戦力や展開が投入されつつあるらしいというその一点。

 ゾクゾクする程の歓喜にひたりつつ大音声で喚き散らして周囲の屍人のにおいと気配に喰いつきに行こうと飛び出しかけたヴィルヘルムに、岩の影から「Bey!」とハワードが声をかける。

 

「Are you OK!? Where is the …」

「あぁ!? うっせぇな撃ってきた野郎ならとっくにどっか行きやがったよ! 狙撃失敗しといていつまでもチンタラ隠れてやがる間抜けじゃねえみてぇで安心したぜクソッタレ!」

「ミヤコ、あし、うたれた……! ベイも、手、だいじょうぶ?」

「テメェらと一緒にすんなボケが、ンなもんすぐ塞がる。そんなことより――」

 

 そんなことよりこっちはさっさと敵に追撃のひとつでもぶちかましてやりてぇんだよタイミング良く声かけてきやがってぶち殺すぞアメ公が、とか考えていたヴィルヘルムであったが、そこでハワードの後ろから、痛みに震えながらもはっきりとした美耶古のよく通る声が響いた。

 

「……鉱山、だ。撃ったやつは、鉱山に逃げた」

 

 その言葉に、男2人は揃って美耶古を見遣った。

 汗ばんだ額に手をあてて、少女はかたく目を閉じている。視界ジャックをしているのだと、彼らはすぐに気が付いた。ハワードも慌てて美耶古に倣い、唯一視界ジャックが出来ないヴィルヘルムは「で?」と、赤い眼を爛々と輝かせて続きを促す。

 

「………暗いな。奴らの巣みたいだ、沢山いる」

「Oh……! はうしびと、いっぱい。And, ……What? Is that a monster……!?」

「ベイ。どうやらあそこは、ここら辺で一番の屍人の溜まり場になってる」

 

 そう言い切って目を開き、少女の黒い瞳は同行者2人を見上げた。そんな美耶古を睥睨して、ヴィルヘルムも「よし」と頷く。

 ふたりの発言は、同時だった。

 

 

「だから鉱山は全力で避けて行こう」

「なら次の行き先はその鉱山だな」

 

 

 …………。

 しばしの沈黙。

『うん? なに寝惚けてんだこいつ』とでも言うような怪訝な顔で「ハ?」と首を傾げたヴィルヘルムに、美耶古は一拍と言わず五拍ほど絶句した後みるみる眉間に皺を寄せて突っ込んだ。

 

「や、ちょっ……いやいやいや! ベイお前なんで敵がいるってわかってて突っ込んで行く気満々なんだ!?」

「はぁぁ? なんでそこに敵がいるってわかってて突っ込んで行かねぇんだよおかしいだろ」

「エッ」

「ンだよ」

「エッ」

 

 お互いが、相手の発言の意図を理解できない。『会話のキャッチボール』というよりむしろ、『会話のサッカーVSボウリング』ぐらいの異種コミュニケーションである。ものの見事に全力ですれ違ったふたりを、ハワードがきょとんと見比べた。

 

「やっ、……でも! わかるだろ愚図ッ! そんなの普通に考えて危ないだろうが!」

「あーあーあーキャンキャンうぜぇなあ! 世間知らずの箱入り生娘が猿しか住んでねぇようなセコいド辺境の常識語ってんじゃねぇよ」

「んなっ……!」

 

 鬱陶しげに吐き捨てられたデリカシーのデの字も無い言葉は、何気に美耶古の気にしている部分をざくりと刺激する。

『外の世界に出たい』と願い続ける彼女は、自分が外の世界に受け入れられないかもしれないことに心の奥底で怯えていた。

 この少女にとって、この村に居続けることは『生贄としての生』を――言い換えれば『死ぬためだけの人生』を――是認することに他ならない。産まれ故郷である羽生蛇村は、美耶古にとっては約束された墓場でしかなかったと言える。

 村が墓なら、外は生者の楽園だ。少女にとって、村を出ることへの強い意志は、彼女にとっての生の希求に等しかった。

 だからこそ、性格上態度には決して出さないものの、美耶古はハワードやヴィルヘルム達『外』の人間に必死に受け入れられたがっている。

 承認が欲しい。村の外に連れて行って欲しい。いっしょに生きようと言って欲しい。……少しでも、彼らに馴染みたい。

 ツンツンした態度の下でそんなことを健気に考えていた美耶古にとって、自分の持っている常識を『外』の人間に否定されるのはなかなかショックなことだった。自分が世間知らずであることだって自覚している。ゆえに美耶古はヴィルヘルムの暴言に対して、顔色を赤くしたり青くしたりして、ぐっとくちをつぐんだ。

 

(も、もしかして、外の世界ではベイの考え方の方が一般的なの、か……?)

 

 眉を寄せ、黒い瞳でチラリと窺う。白い男の表情には、明らかに危険な戦地に飛び込むに当たっての迷いや冗談は一切感じ取れない。それはそうだった。だってこの黒円卓第四位の騎士は根っからの戦闘狂だ。

 しかし美耶古は、ヴィルヘルムが『外』でばっちり異端者扱いされていてついでに言うと国際的に指名手配までされていてもっと言うと1939年くらいから既に"人間"を卒業している、『常識』のサンプルにするには大変問題のある人物であることを、幸か不幸か知らなかったわけで。

 そして更に幸か不幸か、もうひとりの同行者ハワード・ライトもなんだか良くも悪くもえらくアグレッシブだったため「Yes, ヒーローはきけんをこわがらない」とかなんとか言って隣でうんうん頷いているわけで。

 

「じゃ、じゃあ……鉱山、行く……か……?」

「だァからそうだっつってんだろ、トロくせぇ馬鹿女だな。もう一発鉛ぶち込んで貰って目ぇ醒ますか?」

「ミヤコはだいじょぶ、ぼくがまもる! がんばろう!」

 

 戦闘狂とアグレッシブ脳筋と顔を見合わせ、美耶古はいろいろ釈然としないままおずおず頷いたのだった。

 

 

 ◎

 

 

 そんなわけで一行は、合石岳の山道から羽生蛇鉱山に入ることになった。

 古くから羽生蛇鉱業に所有されていたその一帯には、採掘用に管理小屋や坑道が整備され、トロッコの線路が山肌を這い、暗い坑道の奥にまでずるずると伸びている。三角形の盆地に出来ているらしいこの村を囲う山の一角が、この鉱山であった。

 今、この鉱道のなかがどうなっているかは知れない。

 ヴィルヘルムはトロッコの線路の真ん中をずかずか歩きながら、背後を振り返らずに「おい」と声を投げた。美耶古をおんぶしたハワードが「なに?」と顔を上げる。

 

「テメェじゃねぇよ、そっちの女だ。シケた爺婆はどうでもいいからあの狙撃手に視界ジャックしとけ」

「う……わ、わかった」

 

 視界ジャックという能力は、どうやら視界を覗き見ている間、その視界の持ち主の声も頭に流れ込んでくるらしい。目の疲れや視界に映りこむ朽ちた死体達というグロ映像に耐えつつ、更に屍人の独り言ラジオを絶えず垂れ流されるという、なんとも精神力が削られる能力なのだった。

 狙撃手の視界を探る美耶古を背負って軽々と歩きながら、ハワードは「ベイ」と声をかける。

 

「なんだよ」

「ぼく、あるく、もっとはやいほうがいい?」

「そりゃア、出来るもんならな。つってもテメェら置いてってみすみす獲物を逃がすなんざアホらしいし、ガキの体力なんざ端から期待してねぇよ。死なねぇ程度に死ぬ気で歩けや」

「Hmmmm……It would be better to use these lines……Isn't it?」

「ああ、それが出来りゃあ手っ取り早ぇわな。そこらに使える奴見つけたら試してみるか」

「All right! ぼく、うんてんとくい!」

「そうかよ」

「な、なに話してるんだお前ら……? あ、視界ジャックできたぞ。こいつだ」

 

 ひとりだけ英語がわからない美耶古は首をかしげながらも、目を閉じたまま慎重にくちを開いた。

 

「……今は、坑道の奥に入ってるらしい。『この村は終わりだ』とか『せんせい』とか、なんとか……言葉は濁ってて聞き取れないな。何を考えてるかわからない」

「ヘェ。ってこたァますます、バーガー小僧の策で突っ込むのが得策ってことかね」

「? な、なんかわからないけど、私は視界ジャックを続けたらいいんだよね?」

 

 視覚を視界ジャックにあてている美耶古は、知らず知らずのうちにハワードの肩にきゅっと頬を押し付けている。嬉しそうにはにかむハワードは、大股に進むヴィルヘルムに早足で着いていく。

 ざりざりと、赤い雨ですっかり湿った枕木を靴底が磨る音だけが周囲に響いていた。採掘場の辺りか坑道に引っ込んでいるためか、屍人はまだほとんど姿を見せない。狙撃の直前のいっとき、鮮烈過ぎる朝焼けか夕焼けのように光った空は、今はまた赤く薄暗く濁っていた。雲の流れは少々早く、荒くなっただろうか。その割に、この村には不思議と風は吹いていなかった。

 

「しッかし、坑道の奥なぁ……カッタリィとこ入りやがるじゃねぇかよ」

 

 ふ、と嘆息したヴィルヘルムは、移動のことではなくその後の戦闘のことを考えて眉をしかめた。

 暴れ回って下手に土壁を抉り飛ばせば生き埋めだ。別にそれで死ぬということはないが、《形成》以上の位階を行使するならせせこましい穴倉の中より外の方が断然良い。ヴィルヘルムは戦闘に関してはまぁオールラウンダーだったが、あまりに狭い屋内戦闘は周囲の設備を破壊することが避けられない。

 ルサルカが本当に向こう側についているのかどうかは定かでは無いが、あの魔女が突然何の理由も無くヴィルヘルムを敵に回したがるとは考え難い。とすると、先の襲撃の意図と、そこに絡んでいた魔力との関連は今のところ謎である。動物的な勘の冴えるヴィルヘルムは、なんとなくだが、ルサルカ本人が狙撃手を操っているとは思っていなかった。しかし

 

(せせこましい坑道、ねぇ。事象展開型のクソババアにはそれなりに相性の良さそうな立地じゃねぇか。結構なこった)

 

 もしそこにあの魔女の策が絡んでいるとするならば、のこのこ入り口から入って行くのも阿呆らしい。どうせならもう山肌を削って外から潰してやるか《薔薇の夜》でこちらがこの一帯を掌握してしまっても良いのだが、そんな気分でも無い。よほど滾る獲物でも目の前にいなければ、上位位階の能力は使う気が起きないのだ。

 頭の中で戦場を回すヴィルヘルムは、厄介がりながらも機嫌は上々。この緊急事態が始まってから感情表現がいっそう豊かになったSS中尉は、くつくつ笑いながら挑発的に後ろを振り返った。

 

「どうせなら外に誘き寄せられりゃあ気分良くヤれるんだがな。おいメスガキ、テメェが的なんだろ。なんとかして呼べねぇのかよ」

「なんでお前そんな楽しげなんだ……わざわざ屍人を呼ぼうと思ったことがないから、誘き寄せる手なんか考えたことも無いし。あいつら目と耳はいいみたいだから、姿を見せるか音を出すかすれば寄って来るだろうけど」

「はーん。目と耳ねぇ……」

 

 話しながら線路の上を歩いていると、鳥居のように木を組んだ骨組みだけのトンネルが幾重にも連なっているところにさしかかった。落石対策か何かの為と思しきその簡素な木造トンネルの手前には、線路の上に空っぽのトロッコがひとつ、ぽつんと取り残されている。ハワードはそれを見ると「Oh!」と嬉しそうに目を見開いた。

 

「あった! I get it!!」

「おう。いいんじゃねぇの」

「ん? な、なに? わっ、こら! きゅっ、急に走るなこの愚図っ」

 

 キラキラ笑顔でトロッコに駆け寄るハワードだが、美耶古は現在、狙撃手に視界ジャック中である。自分の周囲に何があるかはまったく見えていない。それでも視界ジャックを続けていられるのは、ツンケンしながらもハワードやヴィルヘルムに随分と気を許している証左であった。

 ぎゅっと肩におでこを押し付けて文句を言う美耶古に、ハワードは少し頬を赤くしつつ「Oh, ごめん、ミヤコ」と謝る。それから美耶古をおぶったまま、迷わずトロッコに乗り込んだ。

 

「だいじょうぶ。ぼく、さいきん、免許とった! Ride on!」

「め、めんきょ? お、おい、何だ今すごい揺れたの。ひ、つめた……なんだこれ、床? 箱か?」

「そんじゃあ押すぜ」

「お、おす? ベイも何言っ――」

 

 美耶古が言い終わる前に、ヴィルヘルムの軍靴が、ハワードと美耶古が乗り込んだトロッコを勢い良く蹴った。

 車輪が一瞬浮き上がり、直後、線路に火花の轍が走る。『バキキキキィィィィ』みたいな金属と敷石の悲鳴とハワードの「Yeahhhhhh!!」という、アミューズメントパークで絶叫マシンにでも乗っているかのような歓声が合石岳にこだました。

 予想だにしない慣性で後ろに仰け反りかけた美耶古の後頭部をその艶のある黒髪ごと邪魔そうに掴んでハワードの肩に押し付けながらヴィルヘルムが車両後部に飛び乗ったところで、線路はゆるい下り坂に差し掛かった。荒っぽく揺れながらも更に加速するトロッコは、骨組みだけの木造トンネルを猛スピードでくぐってゆく。

 ビュンビュンと後ろに流れてゆく景色を、ヴィルヘルムは普通に横目に見て、面白い敵はいないかと貪欲な笑みを浮かべて赤い眼を光らせていた。動体視力が素晴らしすぎて、スピードに関しては特に感動も無い。

 ハワードは無邪気にはしゃいでいた。ちなみに彼が最近取得した免許というのは、バイクの免許である。トロッコぜんぜん関係無い。

 美耶古は、なんというか、言葉も無かった。

 

「――――――」

 

 反射で歯を食いしばったおかげで舌を噛むことは無いが、ぎょっと目を見開いてしまって視界ジャックは中断された。バッと開けたその視界は、冗談みたいに後ろへ後ろへ流れて行く。

 こんな速い乗り物、美耶古は今まで一度だって乗ったことがなかった。空気を切って突き進むと目が一気に乾くのだということも今初めて知った。銃で撃たれて肉が削げた足が、弾み揺れるトロッコの硬い床の上でまたじくじく痛んで熱を持った。止まりきっていなかった血がにじむ。それとは別に、乾いた目からはほろりと涙が零れ落ちた。

 ああ村の外へ出たい、と、思った。

 この線路がこのまま『外』まで続いていればいいのにと、美耶古は呆然と渇望した。

 

 

 

 ● ● ◎

 

 

 

 その後、そんな乙女の感傷などお構い無しに、響き渡ったトロッコの駆動音とハワードの憚り無い絶叫に誘き寄せられた近辺の屍人がわらわらと線路に集り、疾走するトロッコはその屍人達をぶちぶちと跳ね飛ばし轢き潰してなんだかんだ程よく減速した。

 

 血飛沫と肉片を浴びたヴィルヘルムは途端に頭のネジが吹っ飛んだように「あぁぁぁぁそうだこれだァ、戦ってやつァこうでないと滾らねえよなあああ……! ふ、ぎゃははッ、あッははははははははははははははァ!!!」と哄笑し。

 ハワードは「Oh, ベイ、げんき! Fooooooooooo!!!」とかトロッコを満喫した後、血を拭ってさすがに滅入った顔をしつつも「It's more fantastic than ZOMBIE-NIGHT in USJ」とこの場の誰にも通じないジョークを言っておどけてみたり。

 美耶古は涙を血で洗われてすっかりいつものテンションに戻り、「いや『元気』の一種に数えていいのかこれ!?」とツッコミを入れたり「い、いや、これが外の常識、これが外の常識、これが外の常識ッ……」と『外』の常識(※感じ方には個人差があります)に馴染もうとブツブツ自己暗示をかけ。

 

 肉ブレーキで良い塩梅に停車したトロッコを各々そんな調子で降りた3人の前には、羽生蛇鉱山の地下坑道の入り口のひとつである痛んだ木造の管理小屋が頼りなく、しかしどこか物々しく建っていたのだった。

 

 




羽生蛇村いちのスピードアトラクション『トロッコ』!
元気に働く屍人さんたちにも会えて、気分はまるでサファリバス。ほんとにほんとに心肺停止状態だ~!☆
ブレーキは外付けです。大きな声を出して、屍人さんたちをおうえんしよう!
(※停車時に濡れる恐れがあります。ポンチョは村外で予めお求め下さい)

みやこちゃん(16歳)もハワードくん(18歳)もヴィルヘルムくん(89歳)も、トロッコにおおはしゃぎ!
この辺はSIREN:NT原作でもハワードくんのスタイリッシュアクション目白押しのファンタスティックな場面です。ヒュウヒュウ!
8月4日のお話は、もうしばらく続きます。

(2014.10.25. こねぎ)

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