神狩る(旧題:正義の味方+ハンター)   作:えそら

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1話 祭の前

 流星街は世界のゴミ捨て場だった。

 不要になった無機物、手に余る有機物、害になる危険物。そんな害悪を廃棄した場所は、当然に淀んでいる。

 細菌に溢れ、毒素に溢れ、真っ当な動物や植物はほとんどない。

 とても人間が生活できる環境ではなかった。

 この世界の人間ならば、あるいは環境に適応し、いくらでも強靭になれたかもしれない。だが黒塚 裕也はどこまでも日本人。現地人に比べ遥かに生物として脆弱だ。

 毒や病気で苦しんだ経験数知れず。孤児院の貧困度による諸事情で、家庭の医学を読み漁っていなければ冗談抜きで死んでいた。

 些細な違いでも、その差であっさり生死が分かれる。少しでも生存率を高めるため、医学関係は嫌でも学んだ。

 

 今でも覆せない思い出だ。

 

 裕也にとって標準語は日本語である。しかし異なる世界は当然に言葉も異なる。

 日本人と異世界人、会話が成立する訳もなし。労働はまともに出来なかった。

 流星街は不自由で便利な法律もない。日本人の道徳観念で言えば犯罪行為、その程度は着いた翌日にはやらかした。盗む騙すくらいしないと生きられない。

 

 そもそも食事の売買からして無茶が過ぎる。特定の場所でたむろしている露店でも、言葉が通じないとまともに買えない。交渉も出来ない。足元見られてぼったくり、もはや日常生活の一部だ。

 言葉を憶えるまでの半年が本当に苦難で、念能力がなければ余裕で死んでいただろう。

 

 そもそも流星街で遭遇する人間の犯罪率はほぼ100%。

 ぼったくり程度は運が良い、そう笑って話せた環境である。

 買い物に行った、いつの間にか商品に成っていた。それくらい一束何円で見られる光景だ。

 

 今となっても理解しかねる思い出だ。

 

 流星街の外に出ても安全とは言えない。

 この世界は警察で抑えきれない犯罪が多過ぎた。

 個人が能力を磨き、至れる上限があまりに高いが故の弊害だろうか。

 生物として弱者である日本人、裕也としては堪らない。

 此処は日本よりずっと暴力的で、法律で抑え得る犯罪は高が知れていて、世には理不尽が蔓延っていた。

 割と波乱万丈な人生を送る裕也をして、日本にいた頃より倍は酷い。路上に晒された死体、1週間に一度は見ていた気がする。

 

 今でも思い出に出来ない現実だ。

 

 

 

 

 

 今更な話ではあるが、黒塚 裕也は異世界からの来訪者だ。

 当然この世界で裕也に身分を証明する術はない。

 戸籍は日本でしか通用せず、身分を証明する物はこの世界じゃ役に立たない。

 

 それでも生きてはいける。

 身分証がなくとも大抵の物は買えるし、マフィアでも頼れば身分の偽造だってできる。

 入国や出国も、偽造パスポート等と言った抜け道はある。

 

 ただ持っているに越した事がないのが身分証だ。

 そして後天的に身分の証明品を取得する術があった。

 

 ハンターライセンス。身分証代わりになる上、各種交通機関・公共機関のほとんどを無料で利用できる。特定の禁止区画に入れたり、その他にも様々な特権が付く。中には、殺人が許される、という頭の痛い特権まで存在する。

 難点としては、ライセンスカードなのに再発行ができない事くらいか。偽造防止加工が過剰に厳しいため、世界有数の貴重さを誇っている。売りに出せば七代は遊んで暮らせるとも言われている。

 

 今の裕也の目的は、数々の特権を、プロハンターの資格と共に入手することだった。

 そのためには高難度の試験を受けなければならない。

 そして本日が第287期ハンター試験の当日。

 現在進行形で裕也とヒナタは目的地へ向かっているのだが。

 

 なんか嫌な予感しかしなかった。

 

 ハンター試験は高難度だ。毎年何百万人と受けて合格者は一桁が当然。合格者ゼロの年も存在する。そして人死に多い。

 いや試験で人を殺すなよ。世界が暴力的でついていけない。

 そんな危険度の高い試験であると事前知識はある。それを踏まえてなお余る嫌な予感が一杯だった。しかも往々にして、嫌な予感ほど外れてくれない。

 

 これまでの嫌な予感後にあった出来事を思い起こす。

 過去に起きた理不尽を嘆き、その事に心を痛め、これから起こるであろう苦難を思う。

 だから裕也は対策として、それに冴えた回答を導き出した。

 

「何もかも放り出してぐっすり眠れば良いんじゃないかな」

 

『ここまで来た意味まるでなくなりませんか!?』

 

 ヒナタの痛烈な正論が飛んできた。

 確かに試験会場に辿り着くだけでも相応に代償を払った。

 

 思い返すは情報屋をやっている友人のこと。

 裕也がまだハンター試験を禄に調べていなかった頃の話だ。

 軽い気持ちで、裕也はハンター試験の受け方を聞いた。「――――にある『めしどころ ごはん』で『ステーキ定食。弱火でじっくり』と言えば試験を受けられるさ」極秘情報を聞かされた。

 

 通常前もって解るのは試験会場行きの集合場所のみ。そこから試験会場への道程は困難を極める。試験会場に辿り着くという前座の試験で、数百万人の受験者が数百人にまで絞り込まれるのだ。

 内容も嵐の海を超えるとか、魔獣の森を超えるとか、色々とあるらしい。

 

 全てをスルーして、裕也は試験開催地に到着した。

 

 罪悪感はないが、これ明らかに情報屋に貸しできてるよね、と憂鬱になった。

 なんてことだろう、後で無茶振りされても断り難い。

 金銭でなんとかならないだろうか。

 

「いいやこんな時こそ前向きに、美味しいステーキを食べに来た。そう断言するのがベストなはずさ」

 

『パスポート偽造で国境を超えてまでですか』

 

「少しばかり散財したけど問題ないよね!」

 

『もう違法に手を染めるのは嫌ですよぉ……』

 

 情けない顔で弱音を吐かれると、慰めようという気になるから不思議だ。

 

「大丈夫、ヒナタは別に違法じゃないよ」

 

 何故なら念は念能力者にしか見えない。

 この世界でも念能力者は少なく。念能力であるヒナタは、人口の大多数である非念能力者にとって、見えない聞こえないだが触れられるという怪奇現象そのものだ。実際この世界の怪奇現象は大体念の所為だが。

 そもそも念能力のヒナタに人の法律は適用されない。

 

『ユウくんの念能力として、ユウくんの罪は私の罪です!』

 

 ぐっと力強くヒナタが断言する。その足は地面から十センチくらい浮いていた。

 ふわふわ浮いていた。

 この無重力感を一度で良いから味わってみたい。

 常々そう思う裕也だった。

 現実逃避と言えばそれまでである。

 

 別に現状でも特別困っている訳ではない。

 金があって蛇の道をそれなりに知っていれば、戸籍がなくともさほど労せず世界を周れる。

 

 蛇の道に関しては、流星街の出身と言うだけで身に着く。何せ流星街でまともな物資を調達しようとする時点でマフィアの手が必須だ。

 特に脆弱な裕也にしてみれば、生きていく上で不可欠な生命線でもあった。

 

 金も現在では豊富にある。

 財産を築いた過程を白状すれば、ハンターライセンス(他人用)を売り払った。

 ちなみに未だ手元に二つ、裕也では使えない他人のハンターライセンスを持っている。いつでも売り払い、金にする準備は万全だ。

 もっとも手に入れてそれなりに時間が経つ。もう対策されているだろうハンターライセンス。当時より価値が下がったと思われる。

 

 ちなみに裕也の持つハンターライセンスは、全てプロハンターから騙し取った品である。

 別に金に眼が眩んだ訳じゃない。

 理由は酷く単純な我儘だ。

 

 プロハンター内でもごく少数ではあるが。

 意味なく罪なく人を殺す、免罪符として扱われた。

 気に喰わなくて、騙し取った。

 

 同じ穴のムジナと言われれば、まぁ否定できない。

 

「仕方ないなぁ。これ以上ヒナタが罪を重ねないよう、一肌脱がしてやろうかね」

 

『え、脱がすんですか』

 

「大丈夫誰にも見えない頑張れ!」

 

『何を!? え、えと、ハンター試験なら頑張ります』

 

「ヒナタにはがっかりだよ。特に胸部」

 

『放っといてください!』

 

 とか言いつつ自分の胸をちらっと見て肩を落とすヒナタに合掌。

 ハンター試験での活躍を祈ろう。

 

 もっとも否が応でも活躍するだろう。

 会場に念能力者が居た場合は特に、強敵なのが目に見えているのだから。

 

 多くの念能力者は肉体を疎かにしがちだ。

 確かに念を高めれば劇的な力を与えてくれる。だがその下地となるのはやはり肉体。戦闘者ともなれば、鍛えるのが必須と言って過言じゃない。

 ハンター試験の場合は特に厳しい。体を疎かにした未熟者は、大抵が会場に辿り着けず脱落する。

 

 逆説的に、試験会場まで辿り着けた念能力者はまず本物と見て良い。事実 試験会場に辿り着いた念能力者の大半は、その年にハンター試験を合格している。

 ただし中には裕也のように、全て無視して会場に辿り着く。そんな暴挙をやらかす例外も存在する。

 

「ついにハンター試験が始まるのか。単純な体力テストとかあったら嫌だなぁ」

 

『ユウくん体力ないから、例えば持久走とかあると詰んじゃいますね』

 

「例えば持久走とかあると詰んじゃうな」

 

 そんな些細な会話に笑い合いながら二人は歩く。

 目的地である定食屋まで辿り着いた。

 

「それじゃ行きますか」

 

 意気揚々と店内に入った。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 女店員のおもてなしに裕也は応える。

 

「ステーキ定食を頼む」

 

「焼き方は?」

 

「弱火でじっくり」

 

「ではこちらへどうぞ!」

 

 女店員は明るく笑い、裕也を個室へ案内した。

 

 

 

 

 

 数分後、熱々のステーキ定食が裕也の前に置かれた。

 ヒナタと一緒に食べた。

 一口だけで、とろけるような肉に内包された、旨味を詰めた肉汁が口内に広がった。さすがは情報屋が勧める品だけはある。まさに絶品だ。

 

 さて、食事も済んだ。ハンター試験を受けに行こう。

 『めしどころ ごはん』はここから20分ほど歩いた場所だ。

 

 

 

 

 


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