神狩る(旧題:正義の味方+ハンター)   作:えそら

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prologue

 夢だと一発で解ってしまった件について。

 まず初めに、ここに断言しよう。

 ここから先は徹頭徹尾の夢の中だと。

 

「…………人って、こういう時に絶句するんだ」

 

 目が覚めたら大の字で寝ていて、お空が虹色に歪んでいました。

 感想、油みたくて気持ち悪い。あと酔いそう。

 

 黒塚 裕也の置かれていた状況は、理解不能の一言に尽きた。

 

 

 

 のろのろと立ち上がり、周りを見渡す。

 赤い鳥居から伸びる、綺麗に揃えられた石造りの道。時代を感じさせる建物、扉の前に賽銭箱。この場所は神社であるらしい。

 

 ただまったくもって理解できない事柄が一点。

 この神社が虹色の空を浮遊している。敷地の外がまるで世界の果ての如き断崖だった。

 

「……まいったなぁ。いや本当にまいった」

 

 あまりの出来事に不安がる、騒いでしかるべきだ。だが無気力感にしか襲われない。

 驚きを通り越して脱力感に苛まれてしまう。

 酷く冷静である。平静とは程遠いけれど。

 平静どこ行った戻って来い。そして不安の感情を取り戻すんだ。

 

「…………」

 

 心とか読まれてたら赤面モノだった。嬉し恥かしハイスクールライフを送ってきたが如きのテンパり具合だった。裕也は高校生であるし。

 だが現実は非常かな。読心なんてされていない。

 

 ともかく脱力感が酷くて、色々と投げやりになっていた。

 

 やる事もなく、神社の外は狭い。

 見る物も特になさそうだ。

 虹の空は酔いそうだからあまり見たくないし。

 

 神社の中に入ることにした。

 人間誰しも屋根の下で生活したいものだ。裕也とてその感情に否はない。

 この状況でその感想ってどうなのよ、と思わなくもないが。

 

「お邪魔します――――うん?」

 

 内心誰も居ないんじゃないかと思っていたが、意外にも和服の女性が居た。

 青白い肌に艶の無い長い黒髪と、痩せこけた頬をした幸薄そうな少女。健康的ならさぞかし可愛いのだろうが、今となっては夏の怪談にでも行って来いと言わざるを得ない。

 その整った顔立ちが余計に夏の怪談にでも行って来いを際立たせている。

 

「幽霊か、くそっやばいね……脱力感が半端ない」

 

「ぇ、あの、幽霊じゃないですけど。……脱力感?」

 

「前髪を伸ばすときっと似合うよ。水で濡らせば更に雰囲気 増して……なんか面倒になってきた」

 

「ええぇ」

 

 理不尽とは思ったが許して欲しい。

 知らない場所にいたと思ったら知らない人間までいた。そんな状況で誰がいつも通りに振る舞えるもんか。

 誰だって投げやりになってしまうと言う物だ。

 

「なんなんだよ訳わかんないよ誰だよこいつ」

 

「ひ、ひなたって言います。神様やってます」

 

 ここぞとばかりに名乗り出る少女ヒナタ。

 神様と言う理解できない単語が出て来たが、気の所為だと信じたい。

 

「でもヒナタさん、随分と不健康だよね。ちゃんとご飯食べてるの? そもそも此処ご飯あるの?」

 

「神様なので、ご飯食べなくても生きていけますよ」

 

 不健康そうに力なく力説するヒナタ。

 名状しがたい眩暈に襲われる。

 

「でもお医者様に見て貰った方が良いんじゃないかな? 頭とか」

 

「大丈夫です。神様は病気になりません」

 

 やっぱり脱力感溢れる力説をしてくれた。

 

「そう、か、熱烈な神様アピールありがとう。宗教の勧誘なら他をあたってね」

 

「この状況で、ここまで否定されるなんて、思ってなかったです……」

 

 さすが自分を神様と思い込んでいるだけはある。

 その見積もりの甘さはハーゲンダッツのバニラ味にも似ていた。

 

「まったく冗談じゃない。常識を考えてから言って欲しいな。神様って言うのは銀河の中心でフルートを奏でる名状しがたいナマモノと相場が決まっているもんだよ」

 

「確かにいますけど。寧ろ人類としては居たらいけない類ですけど居ますけど」

 

「ヒナタさんが軟体生物になったらまだ信じるけど」

 

「嫌ですよ!? なんでそこまで背徳的な神様にしたいんですか!?」

 

 不健康の塊であろうヒナタが声を荒げてまで否定する。

 クトゥルフ神話も神様の一種だろうに、そこまで必死に否定するとは。あの名状しがたい軟体生物達が可哀そう。

 良いじゃないかSAN値埋葬したって。

 

「でも君が神様と言うのはね。さすがに神聖さとは程遠いし」

 

「……そうですか?」

 

「……え、そうだよね?」

 

 愕然としているヒナタを見て裕也は愕然とする。

 ヒナタの顔面は蒼白だ。神聖さ? 柳の下のような陰湿さなら十二分だ。だから言った。前髪を伸ばせと。

 

「いえ、わかってはいるんです。寂れてますし、生気ないですし。そうですよね……神聖さなんて、欠片もないですよね」

 

「むしろ背徳的だね」

 

「…………そう、ですかぁ」

 

 項垂れる様にヒナタは落ち込む。まるで地を這う亡者の様だった。

 だけど仕方ないじゃないか。ヒナタより神社の方がまだ神聖的だ。

 想像してみて欲しい。

 片やぼろくとも風情ある神社。片やなんか青白い少女。

 比べるべくもなく決着だ。

 

 しばらくするとヒナタは復活した。

 しかも真剣な表情で裕也を見つめている。

 

「本題に入っても良いですか」

 

 いきなりの切込みだった。

 あまり良くはない。だから解答を先延ばしにした。

 

「嫌って言ったら、聞いてくれるのかな」

 

「すみません、それでも聞いて貰いたいです」

 

 同時にいつまでも先延ばしに出来ないことも解っていた。

 

「なるほど、頑なだね、君も。わかった。俺の敗けだ」

 

 裕也の言葉を受けて、しかしヒナタは声を出さない。

 裕也にとって大切な話を口に出すのに、いざとなって躊躇してしまっていた。

 

 結果として出来たのは奇妙な沈黙。

 ヒナタの表情は強張る。裕也も裕也で、戯れの戯言も吐けず無気力感が滲み出てくる。

 

 そしてどれだけ時間が経っただろうか。

 長い時間を掛け、遂にヒナタは意を決した。

 憂いを帯びた瞳を揺らして、ヒナタは震える唇を必死に動かす。

 

「ごめん、なさい、貴方は死」

 

「――――だが断る。敗けたとは言ったけど、喋って良いとは言っていないよ!」

 

 裕也は決め顔でそう言った。

 ヒナタは悲壮感極まる表情で固まった。

 

「…………」

 

 ヒナタの無言の抗議に視線を逸らす。

 

「ごめん、悪かった。君があまりに辛気臭いから」

 

 ヒナタにも自覚はある。

 だがこの反応はあんまりだった。

 

「……わかりません。貴方だって薄々自分の状況に気付いているはず。どうしてそんな風に振る舞えるんですか」

 

「神隠しとか? 神様発言する娘も目の前にいるし」

 

 軽快に言ってみたが、冗談じゃない。

 この神社の敷地に来る前のことを思い返す。

 記憶が酷く劣化している気はするが、確か崖から足を踏み外したと思ったら此処にいた。つまりダイナミック神隠しである。帰ることが出来れば、夏のホラーとして語り継げるだろう。

 しかし何故そこで裕也を選んだのか。そんな武勇伝にうってつけの人物は他に山ほどいる。

 素直に趣味が悪い。チェンジを要求する。

 

「貴方は死にました」

 

「あはははは、なるほどそう来たか。中々に小粋な冗句だね! …………え、マジで」

 

「私が気付いた時には、死んでいました」

 

 神隠しと言う希望的観測は即座に打ち砕かれた。

 崖から落ち、打ち捨てられた人形みたくなった気はしたが。期待していた。死んだ気がしたけど別にそんなことはなかったぜ。と言う展開を。

 

 茶化しているけど割と切実に。

 見た目からすれば、むしろ肌が青白いヒナタの方が死人な感じなのに。

 現実とは往々にして厳しいらしい。

 

「……や、なんとなくそうじゃないかと思ってたけどね。無気力感が凄いし」

 

 苦笑いしか出てこない。

 死んだと言われ納得する自分自身に。

 こんな所で死に果てた不甲斐なさに。

 

「泣いても良いと思いますよ」

 

 そんな中でヒナタの言葉は、やたら耳に残って心の中に溶けていく。

 ヒナタは不器用に優しげに笑った。

 

「私で良ければ、胸を貸します」

 

「ヒナタさん……ごめん、俺…………君が幽霊みたいで怖い」

 

「……、……ぅぇ」

 

「悪かったから君が泣かないで!?」

 

 照れ隠しに本音を吐いたら罪悪感が凄かった。

 どうやら裕也は、思ったよりヒナタの事が苦手らしい。

 

「いやーそのね、死んだことに納得はしてもね。じゃあ今ここにいる俺何? て疑問が消化されないときちんと涙腺緩まなくて」

 

「あの、蘇生させました」

 

 ちょっとそのオチどういうことなの、と裕也は戦慄した。

 

「……おぉ、神様すげぇ」

 

 だが不可解な事に、ヒナタは申し訳なさそうな表情を見せている。なんでだ。

 それからもう一つの不可解。

 

「しかしなんだって信仰心 皆無の俺なんかを蘇らせたのさ。自分で言うのもなんだけど、俺って割と禄でもない人間だよ?」

 

 嬉しいには違いない。

 だがヒナタが手を煩わせてまで助ける程の人間かと問われれば、ドブにでも捨ててしまえと即答できる。

 

「人を助けるのに、理由なんて要らない筈です」

 

 どこまでも真っ直ぐな回答に、ヒナタを直視できない。

 汚れた人間の特性である。

 

「そう、だね。まぁ至言だとは俺も思うね!」

 

 正直に白状しよう。

 臆面なく誤魔化しなく、心からそんなことを言ってのけられる人物と初めて会った。

 裕也はやっぱりヒナタが苦手だ。

 

「それから、ごめんなさい。貴方を元の場所に帰せません……」

 

「え、そりゃまたなんで」

 

 泣きそうな顔で、ヒナタは弱々しく告げた。

 

「元の世界と、接続が切れました」

 

「なるほど……意味がわからない」

 

 世界とか一般人に言われても困ります。

 とりあえず地球に帰れない、で正しいのだろうか。

 

「これからどこかの世界に繋ぎます。そこがどんな世界かもわかりませんが、せめて人が生きられそうな場所に繋ぎますから」

 

「うん、そう、なるほどね! ……つまりどういうことなの?」

 

「説明が下手でごめんなさい……。時間もないので、貴方は違う世界に行く、で納得してください」

 

「あ、はい」

 

 素直に頷いた。

 

「でもそこまで気にしなくて良いよ? 元の世界とやらは割と嫌いだったからね」

 

 生まれる家は選べないと、そんな不公平を以前はよく嘆いていた。

 

 大企業の出世街道をひた走り、将来を約束されていた父親は、母親を放ったらかしで浮気し放題。祖父の遺産があったのも大きいだろう。

 母親は専業主婦であったが、孤児院の出であり親戚達なんていやしない。捨てられたら拙いと言う想いか愛かは知らないが、父親のご機嫌取りは欠かしていない様子であった。

 ただ客観的に見て、裕也の両親の夫婦仲は冷え切っている。訂正、父親の方が完全に冷え切っていた。そして後味の悪い事に、結末は家庭の不協和音だけに留まらず。裕也が小学生の中学年に達した頃。

 なんと一家心中へと発展した。

 

「幸いに親兄弟もいないからねぇ」

 

 諸事情ある偶然が重なり、生き残った裕也は、父方の親戚をたらい回しにされた。その頃の裕也は割と錯乱していたため、引き取って頂けただけマシだと言えよう。

 ただし悉くが遺産目当て。良心ある親戚達は、心が病んでいた裕也を気味悪がって見ない振りだった。裕也自身も認める他ない当然の成り行きである。良心があっても所詮は他人なのだから。

 そして精神的に多少マシになった頃。

 遺産は自称親戚達に根こそぎ取られていましたとさ。めでたし、めでたし。主に親戚たちが。

 

「それに貧乏生活は堪えたよなー。あれ、ちょっと俺って本気で未練無さ過ぎじゃね……?」

 

 ふと思い立ったかのように思案を始める。

 もっと良い回想を入れるべきだったかもしれない。三歳の頃とか、禄に覚えていないけど。

 

「ごめんなさい、気を使わせちゃって」

 

 ヒナタはクスリと微笑んだ。

 

 すぐさま裕也は思案を止め、苦笑い、視線逸らし、頬を掻く。

 あからさまなまでの誤魔化し行為をやらかしてみた。

 

(まぁ後に入れられた孤児院の連中には良くしてもらったし。院長にはあの貧乏度なのに良い高校へ通わせて貰ったり。偶には学校にも良い奴がいたりして。割と好きな所もあったけどさ)

 

「えー、俺ってば何のことかわかりませんー」

 

 所詮は人間。好きも嫌いも入り混じらせて生きている。

 もう元の場所には戻れない。その事実に哀愁の一つや二つは感じるが、わざわざ表に出す程でもない。

 

 異世界には不安しかないが。

 嫌な予感しかないが。

 ベッドでぐっすり眠れられるならそれだけで幸せなのだが。

 

「それより異世界どんなとこかなって気になって仕方がないし、良い所に行ける様によろしくね!」

 

 せっかくだ、とおどけついでに都合の良い言葉を適当に滑らせる。

 良い所(ベッドの上とか)よろしくと本音交じりで。

 

「よろしくされました。いきます」

 

 次の瞬間、ヒナタの表情が抜け落ちる。

 そして裕也が疑問を挟む間もなく、突き上げる様な地震が起こった。

 

「ぅぉわっ」

 

 突然の地震に、驚愕交じりに足踏みする。

 そして目撃する。

 神社の端が崩壊する様を。

 

 神社の敷地が崩れ、虹色の空に飲まれていく。

 神社そのものが崩れている。

 もう幾ばくもなく、全てが虹の彼方に消えようとしていた。

 

「は……はは、天空の城は落ちる定めにあるってか……でもここ神社だぜ?」

 

 この状況で、とりあえずおどける。

 困ったらおどける。

 いつもの行動パターンは健在だった。

 

「あの早く潜ってくれると、助かります」

 

 潜るって何を、と思いつつヒナタの方に振り向く。

 ヒナタのすぐ傍に、人間台の円状に切り抜かれた輪があった。輪の先は、荒野が広がっていて。まるで異世界に繋がっているかのようで。というか繋がっていた。

 

 それ以上に、ヒナタの生気のなさが目に付いた。

 ただでさえ幽霊に見紛う様な肌の青白さが、より白く病的に変わっていた。

 

「……あ、はい」

 

 若干気圧され、素直に頷く。

 そしてヒナタと崩壊する神社に急かされるまま、どこかの荒野に繋がった円状を潜った。

 

 

 裕也は異世界へと大地を踏みしめる。

 

 

「――――え」

 

 力が抜けて、がくり、と前のめりに倒れた。

 裕也の全身から湯気のような光が吹き出していた。体力とか生命力とか呼ばれるモノが、比例して漏れているような感覚だ。

 

 裕也には未だ知り得ぬ事だが、それはこの世界特有の法則。裕也から溢れる湯気のような光の正体は、オーラと呼ばれる生命エネルギー。念能力の発現であった。

 

「いきなり容赦ない世界だよ……」

 

 この状態が続けば死んでしまいそうだ。

 生き返って即死亡。

 蘇生した意味を考えさせられる死に様だ。

 

 実際に生命エネルギーを使い果せば死ぬ。

 特に突然 念に目覚めた場合、オーラを止められず死ぬことは珍しくない。

 

「……うぁ、だるっ」

 

 どうやって止めるのか皆目見当も付かないね、とは長文で言えなかった。汗だくで震えが止まらないと、さすがにあまり余裕がない。

 時間は経てども打開策は見つからず、冷える体は動かない。

 早急にも程があるが、ついに終わりが見え始めた。

 

 笑ってしまう。

 世界は変わって、しかし理不尽も不条理も平常運転。

 所詮はこれが黒塚 裕也の人生か。

 

 思えば小学生の頃、母親に一家心中されそうになった後も、こんな風に笑った。

 冷めきった夫婦仲に終止符を打っておきながら、子供の抵抗に母は返り討ち死に。小学生に敗けるとか、それでも大人かよと嘲笑したい。偶然が重なっての事態であったが。

 

 ――そうそう、あの時に死んでおけば良かったのさ。

 

 ここで生きているのが間違いだと、今際の際で思った。

 生き足掻いた結果。とんでもなく無様な人生が待っていた。人が人を殺害するなんて間違っていると。心の底から思い知らされた。当然の帰結として、取り返しは付かなかった。

 

「ともあれ、長い蛇足だったかな……」

 

 そんな軽口でこの人生を閉じよう。

 崖から落ちて復活、と言う間違いはこれで帳尻を合わせよう。

 もう一度 復活とかも、厚意は嬉しいがご遠慮したい。

 本当に泣きたくなるくらいに嬉しかったけれど。

 ここで締め括らせて欲しかった。

 

「オーラを留める様にしてください! 早く!」

 

 ヒナタの必死な声が降ってくる。

 他の誰かにとっては不適切な言葉でも。

 裕也にとって的確な助言で、何かがカチリと噛み合ってしまう。

 

 吹き出すオーラを留める事に成功する。

 体力の消耗が抑えられた。

 

「遅くなってすみません。大丈夫ですか」

 

 復活は勘弁と思っていたが、それ以前に死に損なった。

 死の淵でもしかするとこれで終わりか、と思った瞬間にこれなんて。

 

「……ヒナタさんって割と容赦ないよね」

 

「えっ、やっぱり辛いですか?」

 

「怠いけど大丈夫だよ」

 

 返答しながら起き上がり、ぎょっとする。

 ヒナタが半分透けて見えていた。

 

「やっべ俺の眼が腐ってる」

 

「いえ正常です」

 

「つまり神様は透ける生物だと?」

 

「いえ違いますけど」

 

 等と会話の最中にもヒナタの透明度は増している。

 このまま消えてしまいそうだった。

 

「……もしかして俺を蘇らせた所為かな」

 

「元々神格は低かったので、ちょっと無理しちゃった部分はありますね」

 

 ヒナタは苦笑いを零した。

 

 死者を蘇らせることの無理難題さは相当だ。

 例え神であろうとただで出来るとは限らない。

 摂理を歪めたツケを払わされることもあるだろう。

 

 だとすればあまりに報われない。

 赤の他人を、しかも心神深くもなければ善良ですらなかった裕也を生き返らせるくらいなら。他に奇跡を分け与えるべきはそれこそ幾らでもあった。いやいっそ何もせず生き続ければ良かっただろう。

 

「私は人のための神様です。そうやって生まれた筈でした。けれど皆に忘れ去られ、ずっと役目を果たせずにいたんです。そうする内に寂れて、弱って、最後には誰にも記憶されずに消えるのかと不安に思っていました。だから――――」

 

 死因があの崖からの転落死だったこと。この状況に至った原因はそれに尽きる。

 崖の下の森、誰も気が付かない様な場所に、寂れた神社があった。誰も知らない様なマイナーな神を祭った場所で。その近くに裕也は落ちた。

 

 ヒナタと裕也の関係性はその程度しかない。

 それだけあれば充分だった。

 

「――――貴方のために消えるなら本望です」

 

 心の底から浮かべた笑顔だと裕也にも解る程、綺麗に微笑み。消えて逝った。朱い宝石が転がってくる。

 

「…………本当に容赦がないよね、君は」

 

 朱い宝玉ルビーを手に取り弄ぶ。

 

 あんな風に逝かれると、なんというか、困る。

 死にたくない理由とか、生きようと言う意思とか、増えて困る。

 

 ところで朱い宝玉はヒナタなんだろうか。

 やめてよね訳がわからないよ。

 

「人のための神様かぁ……。人生には目標が必要だと言うし、いっそ正義の味方でも目指してみますか?」

 

 鎮魂歌代わりにはなるだろうと、軽い調子で、しかし後戻り出来ない自問を投げた。

 自答を返すのはしばらく後の話。

 

 

 

 

 

 まずはここまで。

 流星街から始まった裕也の、この世界での始点。

 二年も前の出来事は、それはもう懐かしくて名残惜しいが時間である。

 何故ならこれは、過去を忠実になぞってはいるが、一番初めに言ったように、あくまで夢であるからして。

 目覚めが近付いていた。

 

 

 

 

 

 安っぽい宿の一室に、一組の男女がいた。

 二年前より少しだけ大人に成長した少年と、不健康さが抜けて明るくなった少女。二年前に消えた筈のヒナタは間違いなく此処に居て。裕也は膝枕されていた。

 

『おはよう、ユウくん』

 

「おはよう、ヒナタ」

 

 この世界には念と呼ばれる能力がある。その力ならヒナタを復活させられるのでは、と考えやってみた。出来てしまった。

 こうして彼女は、裕也の念能力『ヒナタ』として生まれ変わった。

 

 

 

 

 




 なんとなくHUNTER×HUNTERで神様転生を書きたくなったため、気軽に筆を執ったらこんなことになりました。
 気軽にどうぞ。

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