三話目の更新です。
アザゼルが一誠に接触してから二日後の休日、兵藤一樹はある場所に向かっていた。朱乃に呼び出されたからだ。理由は恐らくアスカロンに関してだろうが、自分に渡す理由は思い浮かばない。
アスカロンはわざわざ悪魔用に調整しなくても扱える一誠に渡すべきだ。そうじゃなくても剣の扱いに長ける木場もいる……なのにわざわざ自分に渡そうとするのだろうか。
現在、呑気にギャスパーの神器の訓練なんていう無意味に等しい事をしているアイツに渡してやればきっと子供のようにはしゃぎまわるんじゃないのか?
……後から来るリアスに問い詰めようとは思うも、釈然としない気持ちのまま神社に続く石段を昇り、大きな鳥居を見つける。
「……」
特別な術式が施されているからか、聖なる力の宿る神社にいようも嫌な感じがしない。無表情のまま鳥居から神社の方に顔を戻し歩いていくと、巫女服を纏った朱乃の姿が見える。
「いらっしゃいカズキくん」
「こんにちは、朱乃さん」
――――にこやかな笑顔を向けて来る朱乃に何処か冷めた気持ちになりながら一樹は、神社の敷地へと脚を踏み入れた。
「ごめんなさい、急に呼んでしまって」
「いいえ、僕も暇でしたから。それで……何のようでしょうか?」
自分でも白々しいとは思うが、一応用件位は聞いておくべきだ。
あくまで自分はなにも知らない下級悪魔なのだから……。
「今日は貴方に会わせたいお方がいて、それで呼ばしてもらいました」
「会わせたい人?」
取り敢えずの疑問を投げかけると、頭上から明るい光が降ってきている事に気付く。見上げると、12枚の黄金色翼から羽を舞わせながら神社の前の降り立つ金髪の青年が現れる。
「彼が赤龍帝ですか?はじめまして赤龍帝、兵藤一樹君」
「あ……え……」
あまりの神々しさに呂律が回らない一樹に苦笑した男は、苦笑しつつも自らの胸に手を添えながら一礼する。
「私はミカエル。天使の長をしています」
行われることは原作の一誠と変わらず、『龍殺し』の聖剣アスカロンを一樹の神器に組み込むというものだった。天使からの友好の証として一樹に与えられたアスカロン、勿論悪魔側からも木場の聖魔剣が渡されているが……それに関係なしに一樹は、惨めに思いになってしまった。
望んだはずの力なのに、まるでイッセーのおこぼれに預かったみたいで屈辱的だった。そうでなけれななんの成果も出していない自分に聖剣なんてくれるはずがないのだ。
一樹が僅かに顔を鎮めているのを見抜いたミカエルは、微笑を浮かべアスカロンの収納を終えた彼に語り掛ける。
「貴方はまだ自らの指し示す道が見えていないだけ……己の過ちに気付いたその時……貴方はようやく自分という存在と向き合う事ができるでしょう」
「………え?」
「会談の席にまた会いましょう。人は迷ってこそ人です。それは転生悪魔とて変わりはありません」
そう言うとミカエルは、呆然とする一樹に背を向け翼を開き、黄金色の光に包みまれ一瞬でその場から消えてしまった。訳が分からないまま、暫し神器を展開したまま呆けていた一樹だが、ミカエルから言われた言葉を今一度思い出しながら釈然としない思いを抱く。
ミカエルが帰った後、一樹は朱乃が生活しているという境内の家にお邪魔していた。直ぐに帰ろうとは思ってはいたが、お茶を出されては直ぐに帰ってはいけないと失礼だと判断し、留まってはいたが……。
「……」
「……」
不自然な程に会話が無かった。
何処か気まずそうにお茶を飲んでいる朱乃を横目で見て一樹は若干の恐怖を抱いていた。
―――朱乃もゼノヴィアのように自分を責めて来るのではないのか……。
ゼノヴィアは一誠と自分の過去の事を他人には話さないと入っていたが信じれるはずがない。もしかしたら、次の瞬間には温厚な朱乃から、一樹を責める言葉の数々が飛び出すかもしれない。
「……貴方は……イッセーくんの事は嫌いでしょうか?」
「っ」
飛び出したのは責める言葉ではなく、一誠に対しての質問。
それに幾分か安堵しながら、自分の印象を悪くしない程度の答えを考え言葉にする。
「嫌いという訳ではありません、でも……好きでもありません」
「嘘、でしょう?」
やけに歯切りの悪い返しに、怪訝に思いながらも一樹は場を紛らわすような笑みを浮かべる。
「嘘じゃありませんよ」
「イッセー君の事がこれ以上ない程に嫌いなのでは?」
一方の朱乃は―――一樹が嘘をついていることをちゃんと理解していた。
朱乃の母は、堕天使幹部である自身の父のせいで殺された。言い換えれば堕天使の子であり、堕天使の血を持っているから母が殺され、自分も殺されそうになった。
だからこそ、父であるバラキエルをこれ以上ない程に憎んでいる。
だからこそ、一樹の嘘を見破る事は出来た。今の今まで触れる事はできなかったが、一樹が一誠に対して抱いているその思いは、朱乃や小猫とも似ている。
肉親を恨むその気持ち。
しかし、何故か小猫や自分が抱く『恨み』とは毛色が違う様にも見える。
それが分からない。
「………ええ、そうですよ。嫌いです。」
「そう、ですか」
理由を訊いても本当の答えは返ってこないというのは分かっている。朱乃は消沈したように口を閉ざし湯呑を見つめる。
「この世の誰よりも嫌いです。生まれる前から嫌いです。どうしてアイツが強くて僕はこうなんだ、と。僕は間違ったことはしていない筈なのに、条件は僕の方が簡単な筈なのに、なのに……僕はあいつとは決定的に違ってしまっている……」
「……」
「アスカロンは僕なんかより、兄さんや木場が持てば良かったんですよ。こんな役立たずの僕が持つよりもずっと有効に扱える。そうでしょう?悪魔の僕よりも、人間の兄さんの方が優秀ですもんね」
矢継ぎ早に放たれる一誠への怨嗟にも似た一樹の言葉に、朱乃は慄きながらも顔を上げた。
「それは、イッセー君が貴方に何かしたの?」
「……は?」
「イッセー君は貴方を大事に思っています。一樹君は……どうしてそこまでイッセー君を憎むの?家族ではないんですか?」
朱乃は言葉を吐きだしながら、自己嫌悪に陥る。肉親を恨んでいる自分にはこんなこと言う資格はないはずなのに、なんて醜い女なのだろうか。
「貴方こそ、人の事言える立場じゃないだろ……ッ」
「……ッ!?」
自己嫌悪していた事をその場で立ち上がった一樹がそのまま言葉にされ息が詰まる。若干取り乱すように湯呑を地面に落ちた朱乃は一樹の方を見ると、既に彼はこの場からいなくなってしまっていた。
「……醜い女ね、私……」
忌み子と呼ばれ殺されそうになった時の光景は今でも容易に思い出せる。地面に落ちた湯呑の欠片を掌に乗せながらも、自分の無力感に襲われていた最中、神社の方から見知った気配が近づいてくるのを感じる。
「あら、一樹は………何があったの朱乃?」
「ごめんなさいリアス」
自分を悪魔に変えた主であり、親友、リアス・グレモリーがゆっくりとした足取りでやってきた。
「……成程ね」
「私の責任だわ……」
申し訳なさそうな表情を浮かべる朱乃を見て、彼女に淹れられたお茶を口に含みながらリアスは「やはりこうなったか……」とある意味予想通りの結果に内心苦笑していた。
「違うわよ。一樹がどうやって朱乃の事を知っていたかは分からないけど……貴方は間違ったことは言ってはいない」
「でも、私は一樹くんを傷つけてしまいました……」
「彼は私でもお手上げな子なの。それなのに下僕である貴方に簡単に問題が解決させられたら、私の立つ瀬がないじゃない」
兵藤家にお邪魔しても一向に問題は改善されなかった。一樹が一誠に向ける私怨は不気味とさえ思える程のものであり、その怨恨はそう簡単に払拭できるものじゃ無かった。
「彼はイッセーすら知らない何かを抱え込んでいる……そしてそれは人に話せなくて、話しても決して理解されないもの……イッセーにとっては理不尽意外の何物でもないでしょう。でも、一樹は私の掛け替えのない下僕なの」
何時しか、彼は支離滅裂な言動でイッセーについての話をしていた。
まるで己がやってること以上の事をイッセーがしていた事と決定づけて、それを成し遂げようとしていた。彼には何が見えているのか、また彼は何を考えて行動しているのか。
でも、このままこの状況が続くとしたら確実に一樹は自分の元から離れていく。
「朱乃、私は欲深い悪魔なの。だから絶対に私の下僕がいなくなるようなことがあってはならないの。だから貴方も協力して頂戴。一樹を……イッセーを助けるのよ」
「………全く、貴方は相変わらず滅茶苦茶だわ……」
何時もの砕けた口調で沈んだ表情からにこやかな笑みを浮かべた朱乃の顔を見て、リアスは安心するように空を見た。
――――これから先、三大勢力の間、周りは確実に荒れる。
その中で自分とグレモリー眷属は少なからず、それに巻き込まれる。
「一樹、間違えないで……私は形だけでアスカロンを授けた訳じゃないわ……」
一樹は弱い、それは先程、朱乃から聞いていた通りにイッセーや祐斗に授けた方が戦力強化にはうってつけかもしれない。でも、だから一樹にアスカロンを授けた。
白龍皇が現れ、一樹を「出来損ないの赤龍帝」と言われ、力不足を痛感しているであろう彼にそれを補えるであろう力を渡そうと思ったからだ。
「貴方は弱い、でもそれを理由に私は貴方を見捨てたりはしない……」
朱乃にも聞こえない位に呟かれた彼女の声は、風に吹き消されるように空気へ溶けてしまった……。
アスカロンは一樹の手に渡りました。
まあ、今の一樹では色々厳しいから、という理由もありますが……他にも理由があります。それが分かるのは結構先ですが……。
次回の更新で会談に入ると共に、できれば新フォームに入れたらいいなぁ、と考えています。
今回の更新はこれで終わりです。