二話目の更新です。
ギャスパー・ヴラディは兵藤一誠に対し、僅かばかりの警戒心を抱いていた。自身の知らない間に眷属が増えるのは分かる。でも、人間がいるとは思わなかったからだ。
しかも眷属達からも信頼されているようにも見えるし、自分と話した時も邪な視線とか悪意とかはこれっぽっちも感じなかった。言うなれば、善の塊のような温かさを感じた。
でもそれが怖い。
ギャスパーの体に流れる血は暗闇を好む吸血鬼のもの。そんな彼からみれば一誠は明るすぎた。
イッセーの過剰な善意は彼にとってはある意味で恐怖の対象であり―――彼が最も欲しているものであるから……。
「なあ、ギャスパー、お前の事を聞かせてくれよ」
ギャスパーを外に出してから、数時間が過ぎた。その間に色々とギャスパーと仲良くなろうと必死に話しかけて入るものの総じて空回りしてしまう。何度か時を止められ逃げられてしまったが、一誠は諦めが悪い男なので、めげずにそのまま話しかけ続ける。
「は、はぃ……」
ようやく折れたギャスパーがようやく自分で自己紹介したころには、結構な時間が経ってしまった。ゼノヴィアと一誠はようやくコミュニケーションを取れるまで仲良くなったギャスパーに、取りあえず聞きたかった質問をぶつけてみる事にした。
「お前太陽とか大丈夫なのか?吸血鬼だから危ないんじゃ?」
「僕は吸血鬼と人間のハーフだから……大丈夫、です」
「成程、吸血鬼のハーフ、デイウォーカーだから日に晒されても大丈夫な訳だな。だが軟弱な姿勢がよろしくないな。よし、私に任せとけイッセー、一時間あれば十分だ」
「デュランダル取り出して何言ってんだ……」
自信満々にデュランダルを取り出したゼノヴィアにチョップを入れながら、一誠は嘆息する。ゼノヴィアもゼノヴィアで悪気がある訳ではないのだが、いまいちそれが空回りしている節がある。
「む、痛いじゃないか」
「余計怖がらせることになっちゃうでしょ」
不満そうに頭を抑えるゼノヴィアに注意していると、ギャスパーが不思議なものを見る様に自分を見ている事に気付く。
「……い、イッセーさんは人間なんですよね……?」
「え?そうだけど」
「で、でも悪魔のゼノヴィアさんを叩くなんて……」
「ギャスパー、イッセーは人間だが私達悪魔とは違う力を持っているんだ。それに彼は並の悪魔よりも強いぞ?」
「え、ええええ!?」
驚愕、というか怯えた様に木の影へ隠れてしまったギャスパーを見て、しまったとばかりに口を押えたゼノヴィアだが、時既に遅し、ギャスパーと仲良くなるために掛けたこれまでの苦労が水泡に消えてしまった。
「まあ、何時か分かる事になるし……なあ、ギャスパー」
「は、はい?」
また怯えられてしまった一誠は、ギャスパーが隠れる木の前に近づくとその場にあぐらをかくように地面に座り込み。隠れるギャスパーと視線を合わせる。
「俺は人間だ、でも何故か悪魔にはなれないっていう変な体質もっちまった……俺もよく分からないんだけど、俺には神器でもなんでもない不思議な力が宿っているんだ」
「不思議な、力?」
「部長も朱乃さんも、誰も知らない力なんだ」
一誠の両の掌が光るとその手の中にオレンジ色の錠前と長方形型のバックルが出現する。それを見て神器とは違う代物だと理解したギャスパーは混乱する。ギャスパー自身、自らの持つ神器で苦しんだ。何で自分にこんな力が、こんな力いらなかったと思う時も少なからずあった。
でも、この兵藤一誠、彼には自分の力に一切の恐怖を抱いていない。
「怖く、ないんですか?もしかしたら、危ない力かもしれないじゃないですか」
「……実はさ、俺の中にその力の意識?みたいな存在がいるんだ。そいつが言っていたんだけど……俺って何時か人間じゃなくなるらしい」
「え?」
「ッ!?どういうことだイッセー!?」
その言葉はゼノヴィアですら知らなかったのか、彼女は声を荒げて一誠の肩を掴む。当の一誠は他人事のようにカラカラと笑ってはいるが、ギャスパーからしてみればかなり不気味に見えてしまう。
悪魔への転生とは別の手段で人外になるのは、余程の外法でなければ難しい。しかもそれで生まれる存在は碌なものではない……それを一誠は受け入れている節さえもある。
「まあ、本当かどうか分からないんだけどな!でもな、俺は例えそうなったとしても部長と皆を守りたいと思ってる」
「……でも、も、もしかしたら、その力が本当に危なくて……そのせいで大切な何かを失うかもしれないんですよ……それなのに、どうしてそんな真っ直ぐでいられるんですか……」
ギャスパーの問いに一誠は少し考え込む。
「俺はバカだから難しい事は分からない。でもさギャスパー、俺は背負うって決めたんだ……例えこの力がどんな意味を持つものでも仲間を、俺を受け入れてくれた全ての人達を守るために使う。その代償として人を止めるくらいにならよろこんで差し出してやるよ」
「………先輩は、僕みたいに悪魔で吸血鬼じゃないのに、すごいです」
不思議な力を持っていても人間には変わらない。事実一誠にはギャスパーのように吸血鬼の能力は使えないし、魔力もない。だがギャスパーは人間としての特別な能力を持っていない一誠に、ある種の尊敬の念を抱いていた。
しかし一誠は、種族の違いに関わらず姿勢で居る事に驚くギャスパーの言葉を否定するように、首を横に振り、笑みと共に言葉を返した。
「関係ない、というよりそんな難しい事俺は考えてないぞ?人間とか悪魔とか深く考えすぎるのがいけないんだよ、現にお前と俺がこうやって話している事に違和感があるか?」
「……ないです」
『そうだろう!』嬉しげに何度も頷いた一誠に呆けてしまったギャスパーを見て、先程まで取り乱しかけていたゼノヴィアは毒気を抜かれた様に大きなため息を吐きだす。
「ないならさ、話そうぜ」
「でも、僕……人と話したりするのが苦手で……」
「お前が言葉に詰まった時は何時までも待つ!」
「もしかしたら先輩の事、僕の神器で止めてしまうかも……」
「俺は気にしない、というより止められた事に気付かないッ!!だから大丈夫だ!」
「イッセー、それは自信満々に言う事じゃないよ……」
一誠の後ろにいるゼノヴィアが苦笑しているが、一方のギャスパーは一誠という人物に少しづつではあるものの心を許しかけていた。バカ丸出しの彼の姿勢から放たれる言葉は、。
「……そうだ!今から俺の変身見るかっ?」
不意に立ち上がった一誠がそんな事を言ってきた。変身とはなんだろうか、まさか戦隊ヒーローのように変身アイテムで姿を変えるような感じなのか?疑問に思いながら考えを巡らしたギャスパーは、ややどもりながらも取り敢えずの疑問の言葉を吐きだした。
「へっ、変身?」
「そうだ、凄いぞ変身ヒーローみたいに変わるんだぜ!」
「そ、そうなんですか!?」
若干眼を輝かせて見つめたギャスパーに気分を良くしたのか、出せるだけのロックシードを手から出現させボトボトと地面に落とす。
オレンジ、パイン、イチゴ、バナナ、レモン、チェリー、ピーチ。スイカが入っていないのは、何故かスイカに並々ならぬ嫌な予感を感じたからである。
取りあえずはこれらで変身を試みるためにバックルを腰に取りつける。
「変身!」
『オレンジ!!』
『ジンバーレモン……ハハ―――ッ!』
一誠の足元に置かれているロックシードの変身を見終えたその時、既に日が沈みかけ夕暮れ時になっていた。それでも未だにテンションが衰えていない一誠は得意げに変身した時の話をギャスパーに語り掛けている。ギャスパーの方も目をキラキラとさせて一誠の武勇伝を訊いているが、ゼノヴィアからすれば、もういい加減にしろお前ら状態であった。
「仲良くなれたようですねっ」
「……意外です」
「む、小猫にアーシアか」
ギャスパーと一誠の事を心配してか部室の方に居た小猫とアーシアが見に来ていた。彼女らの目の前では鎧武への変身を遂げた一誠が、その手の弓を構え格好つけながらそれをギャスパーに披露している光景があった。
子供のように楽しんでいる一誠とギャスパー。
その光景に、小猫は密かに安堵の表情を浮かべた。
「おい!学校の敷地内でのコスプレは校則違反だぞ!!」
和やかとも思える雰囲気の中、突然第三者の声が響く。一誠に注意するように大きな声を上げた少年、匙元士郎は鎧武姿の一誠に近寄ると、ビシィという擬音が着きそうな勢いで一誠の鎧を指差す。
「全く、休日だからって此処は学校なんだぞ!どっから来たんだ?不審者か?いやアーシアさんとかいるからオカルト部の活動かなんかか?どちらにしても校則違反だから、やめてくれないか」
「わ、悪い、ちょっとテンション上がっちゃってさ」
「……その声、お前兵藤か?何でそんな恰好しているんだ」
照れるように頭を搔く一誠に毒気を抜かれたのか、怒りを鎮めた匙。一誠も流石に色々自覚したのかロックシードを外し、変身を解く。
空気に霧散するように一誠の体を覆っていた鎧とスーツが消えていくのを見た匙が目を丸くしながら興味深げに一誠を見る。
「それコスプレじゃなかったのか」
「ああ、これは言うなれば……変身アイテム?」
「………それがお前が持っているッつー不思議な力って訳か?」
「そう、これで変身して凄い力が手に入るって訳だ」
「へぇ、カッコいいじゃん」
「だろ?」
匙の言葉を皮切りに会話に花が咲き始める。女性比率が多い部の中でこういう話をすることができなかった一誠としては、匙のような男ならではの話ができるのは、何気に嬉しい事だった。
これで会うのは二回目だが、何故かウマが合った一誠と匙。彼はどうやら、会長から指示された花壇の手入れを行うために此処に来たらしいが、その際にコスプレをしている不審者、つまり一誠を見つけたとのこと。
「お、この子が引き籠っていた『僧侶』か?金髪少女じゃないか!」
「残念、こいつは女装しているだけだ」
「ま、マジか、そ、そりゃあないぜ……女装って見せびらかすものじゃないか……それで引きこもりなんて矛盾してるぞ、難易度高いなぁ」
見るからに落ち込んだ匙に苦笑していると、新たな人影が校舎の影から出てくるのが見えた。木場かリアスかな?と思いながら視線を凝らすと……あまりにも予想だにしない人物が出てきた。
「よっ、魔王眷属の悪魔さんと人間くん」
浴衣を着た悪そうな雰囲気の男性。
一誠には見覚えがあった。朝のジョギングの時に河原で会った―――
「アザゼル!?」
「よー、イッセーくん」
やけにフレンドリーに一誠に挨拶するアザゼル。アザゼルと聞いた面々はそれどころではなく、一誠はアーシアとギャスパーを背後に映しバックルに手を添え、匙と小猫は戸惑いながらも臨戦態勢に移り、ゼノヴィアはデュランダルを構えた。
「ひょ、兵藤、アザゼルって……」
「本物だ。理由は分からねぇが……俺は興味持たれているらしい」
「やる気はねぇよ。ほら、構えを解きな下級悪魔くんたち、ここに居る連中じゃ俺には勝てないぜ?まあ……そこの兵藤一誠がおかしな覚醒とかすれば別だが……まあ、それはねえだろ。今日ここにいるのはただの散歩だ。聖魔剣使いと其処にいるイッセーを見に来ただけだ」
アザゼルの言葉を訊いても誰も構えを解くものは居なかった。
ただ一誠だけは困惑したような表情でアザゼルを見ていた。
「木場も狙っているのか?」
「『も』ってなんだよ『も』って。ただ興味があるだけだ。というより聖魔剣使いはいねぇのかよ……まあ、さっきは面白いもんを見させてもらったから良しとするか」
ニヤリとニヒルに笑みを浮かべ一誠に視線を合わせるアザゼル。恐らく彼は随分と前から何処かしらで自分の変身を覗き込んでいた。その考えに至り冷や汗をながす。いくらギャスパーに変身を見せたかったとはいえ迂闊すぎたか。
「面白いもんを盗み見しちまった礼位はしてやるか……俺は自分で言っちゃあなんだが、神器には目が無くてな……其処で隠れてるヴァンパイア」
「はひぃ!?」
一誠の背に隠れているギャスパー指さす。びくりと怯える様に一誠の制服を掴んだギャスパーにアザゼルはあっけらかんとした笑みを浮かべ、『停止世界の邪眼』に関しての知識と考察を述べた……続いて匙の神器にも―――匙の神器は『黒い龍脈』と言うらしいが……アザゼルの言葉に反応している匙の言葉からして、彼自身でさえ知らない神器の使い方を知っているらしい。
……神器に関しての知識は恐らくリアスや朱乃よりも上……いや、もしかしたら並の神器についての理解がある者よりも詳しいかもしれない。
そう感じた一誠は、危険を承知でアザゼルに質問を投げかけた。
「アンタは……俺の力が何か分かったのか……」
「神器じゃねぇことは確かだな。しかも、外見からじゃただのコスプレにしか見えないが、感じる力も異質。こりゃあ、別の神話の力かもしれねぇな」
アザゼルにこれ以上の事を訊いたらマズいかもしれない。しかし、不用意にもその危険性をあまり理解していなかった一誠は、目の前の堕天使が現状自分に危害を与える存在ではないと認識し―――。
「じゃあ、ヘルヘイムって知ってるか?」
リアスにも秘密にしていたその言葉を口にしてしまった……。
「はぁ?ヘルが収める死の国の名だろ?」
「死の国?」
「ユグドラシルの地下にあると言われている死者の国、一説ではニブルヘイムと同一の存在であると言われているが……まあ、そこら辺はどうでもいいか……問題は、何故お前がそれを問いかけたっつーことだ」
「……」
アザゼルの言葉に一誠は閉口する。実際は一誠は自分の力について何も分かっていないので、ヘルヘイムやらなんやらのぶったぎった説明をされてもあまり理解できないのだ。
「フッ、成程これ以上はだんまりってか……いいぜ、俺は俺で勝手に調べさせてもらう。じゃあな……そういえば……うちの白龍皇がお邪魔して悪かったな。お前の弟に苛立っていただろ?悪い、ありゃ俺のせいだわ」
「……は?それどういう―――」
しかし閉口した一誠を見たアザゼルはそう思っておらず、僅かに好戦的な微笑を零し踵を返し学園の校門のある方向へ歩いていく。
その際に、聞き逃せない事を訊いたので問い詰めようと追いかけようとするも、背後で怯える様に一誠の制服を掴んでいるアーシアとギャスパーに止められ何も言えなくなる。
「………お前、凄い奴に目をつけられてんな……」
「全然嬉しくねぇよ……」
神器を消しながら気の毒な表情でこちらを見る匙に、げんなりしつつ一誠は未だに怯えているギャスパーを安心させるように撫でつけるのだった……。
次話もすぐさま更新致します。