兵藤物語   作:クロカタ

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4話目の更新です。


聖剣と愚者 11

 強大な槍が運動場の上空に生成されている光景をバイザーに移しながら一誠は思考する。

 

 自分は何故、戦っているのだろうか。

 ああ、そうだ。こいつを倒すんだ。

 

 何のために?

 ぶっ殺すためだ、目の前でクソみてぇな笑顔でへらへら笑ってる堕天使をぶっ殺すためだ。それにナニがおかしい?何度も何度も見てみぬふりしてきたその憎らしい歪ませてやる。

 

 笑うな……笑うな。笑顔を向けてくるな、吐き気がするし怖気が走る。ああ苛々する、この苛立ちもこいつを消し去れば消えてくれるだろうか。

 

「イッセーさん!!」

 

 アーシアの声だ。

 そういえば、皆は後ろにいたな。戦いに夢中で気づかなかった。このままじゃコカビエルの光の槍の影響を受けて皆に危険が及ぶかもしれないな。

 

「構うもんか」

 

 コカビエルを殺せすことが最優先だ。

 こいつさえ倒せばすべてが丸く収まるんだ。

 

 バックルから黒く染まり切ったオレンジロックシードを外し、無双セイバーに嵌めエネルギーを刀身に行き渡らせる。禍々しいオーラが刀身に宿り、刀の先から宙に漂うように溢れ出す。

 

「ハハハハハハ!!!!」

 

 コカビエルがこちら目掛けて巨大な槍を投げる。

 このまま奴の槍を無視して飛び上がり、そのままエネルギーを纏わせた無双セイバーで両断するだけ……。力を籠め過ぎた自分の攻撃で視界を潰した奴の隙をつく単純な攻撃だ。

 無双セイバーを腰溜めに構え、意識を研ぎ澄ませ集中する。

 

「………」

 

 極限下で集中しているせいか近づいてくる槍がスローモーションのように見える。タイミングを合わせ、足に力を籠めたその瞬間―――一誠の脳裏に、『仲間』達の姿が唐突に思い浮かんだ。

 

 皆笑っている。

 俺の事を?アイツらのように陰でこそこそと?

 ―――違う。

 

 コカビエルを倒す。

 それが自分の目的?

 ―――違う。

 

 自分の力は何のための力だ。

 コカビエルをぶっ殺すための力?

 ―――違う。

 

 

『イッセー!』

 

 

 違うだろ、俺。

 約束しただろうが、アーシアを守るって。

 部長の為に、仲間の為に戦うって。

 

 

『さあ、選べ兵藤一誠。お前は壊すための力を望むか?』

 

 

 あの時、俺は選んだだろうが、誓っただろうが。諦めないって、守るって、破壊だけの力じゃないって。

 何が『構うもんか』だ。大切な物を失った勝利になんの意味があるんだ。

 約束を見失ってんじゃねえよ、訳の分からないモンに飲み込まれているんじゃねえよ。護らなくちゃ……守らなくちゃ駄目だろうが!!

 

「ッ!―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 俺の踏み込んだ脚は、コカビエルから仲間の方に向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最早終わりかと思っていた。

 絶望がリアス達の心を支配していた。心の支えであった一誠の変り果ててしまったその姿を見て、彼女達の心は今にも折れかけていた。そして、そんな彼女達に追い打ちをかけるようにコカビエルが尋常じゃない光力を宿した巨大な槍を投擲した。

 

 体育館を半壊させた槍の数倍以上の大きさの槍、運動場くらい滅することなど訳ないだろう。

 

「………ッッ」

 

 思わず目を瞑ってしまうリアス。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 前方から雄叫びが聞こえる。そして何かが拮抗し合うような耳障りな反響音が響き、突風が吹き寄せてくる。目を開けると其処には、こちらへ飛んで来た槍を刀で受け止めている一誠の姿。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

「イッセー……?」

 

 黒い鎧は変わっていないが、彼は自分たちを守る様に槍を受け止めている。苦しげな声を上げ、息を乱しながらも必死に槍を押し返そうとしている一誠の姿を呆然と視界に収めたリアスは、咄嗟に一誠に加勢するように消滅の魔力を光の槍に放つ。

 

「イッセー君!!」

「イッセーさん!!」

 

 木場と小猫が片膝をついた一誠の背中を支える。

 ゼノヴィアも彼の横に移動し、デュランダルのオーラをを放ち槍を削る。朱乃もリアスと同じように雷を放ち一誠を援護している。

 

「正気に戻ったようだな。全くしょうがない奴だ」

「部長ッ……皆……ッ」

 

 仲間の助けを借りながら、立ち上がった一誠は歯を食いしばり、両手の力を籠める。こんなにも助けてくれる仲間がいる。今の自分にとってこれほど頼もしい事はない。

 

「そうだ!俺が戦っているのは!!皆を、仲間を!部長達を!!」

 

 一誠の身体から黒いオーラが抜けていき、ジンバーレモンが元の色を取り戻していく。同時に一誠が抑えていた光の槍に亀裂が生まれ、一誠が一歩踏み出していくごとに亀裂がどんどん広がっていく。

 

 憎しみだけの力で無理やり事を収めてもなんの解決にはならない。大事なのはそれに至るまでの過程と、仲間を守れたかどうかだ。

 ただ体を傷つけながらコカビエルを殺すだけの人形じゃ守れない―――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初は気が狂ったのかと思った。

 突然、現れてまたコカビエルをあっさり倒して、また全てをかっさらっていくのかと……だが今回の奴は決定的に違う部分があった。冷たい目、態度、残虐且つ荒々しい戦闘。まるで彼の中の全てが逆転してしまった一誠の様相に、震えてしまった。

 震えるに決まっている……僕にとって兵藤一誠とは、自分には『絶対に怒らない男』と思っていたから。

 

 コカビエルに善戦している一誠。このまま奴が勝てば自分が助かるはずなのに、この先があることに安堵するはずなのに……心臓を締め付けるように走る痛みが止まらなかった。

 

 このままこの戦いが終われば、この変り果ててしまったこの一誠は自分を殺しに来るのではないか?

 積年の恨みを晴らしに来るのではないか?

 噂を広めて追い詰めようとしていた事を根に持って殺しに来るのではないか?

 

 一誠が来る前までとは別の恐怖が心の中を占めていた。一誠に殺されるどころか、暴力を与えられる展開すらも今まで予想なんてしなかった。

 どんなことをしても手を出してこない都合の良いモブキャラ。

 主人公じゃないただのエロガキ。

 物語から除外させられた弱者。

 

 ずっと見下していた存在だった一誠は、何時の間にか自分を上回る人間になっていた。悪魔にも何物にもなれないはずなのに……訳の分からない力を使って、活躍して……自分の役目を奪って―――。

 

 

『貴方は貴方よ。イッセーにも他の何物にもなれないわ』

 

 

 リアスの言葉が再び頭の中によぎる。

 

 イッセーじゃない。

 イッセーのやったとおりにしても進めようとしても無理―――だって自分は『イッセー』ではないから。

 

 確かに、そうかもしれない。本物の一誠がいるんだ。『イッセー』の真似事をしている自分なんて必要ない。何故こんな簡単な事に気付かなかったのだろうか。

 神器があってもなくても兵藤一誠は、持つ力の変わった兵藤一誠だったというだけ。

 

 

「遅いよ……遅すぎるよ……僕は、何で……」

 

 気付くのが、遅すぎた。

 もう何もかも手遅れなんだ。一誠が正気に戻っても、木場が禁手に至っても、ゼノヴィアがデュランダルを使っても―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『遅いか……ふん、まあ合格としておこう』

 

「え?」

 

【DragonBooster!!】

 

 瞬間、一樹の左手が眩い光を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【DragonBooster SecondLiberation!!】

 

 その時、一誠の背後から機械的な音声が響いた。

 

「!」

「これは…ッえ?勝手に……ッ!?」

 

【Transfer!!】

 

 続いて音声が聞こえると同時に、一誠の体にとてつもない力が沸きだすように溢れた。さっきまで限界寸前で鉛のように重かった体は、今は羽のように軽くなっていた。

 

「一樹……!」

 

 背後を振り向かなくとも分かる。この体に満ちる赤色のオーラは、一樹の神器のもの。黒い感情に支配されていた時とは違う、純粋な力―――仲間達の力。

 仮面の中で照れくさそうな笑みを零しながら、彼は無双セイバーに力を籠め叫ぶ。

 

「俺はもう後ろは見ない!俺が生きているのは今だ!!部長が!朱乃さんが!木場が!小猫ちゃんが!一樹が!ゼノヴィアが!イリナが!俺と関わった全ての人がいる今だ!!絶望なんてさせねぇ!!だから―――」

 

 膝ついた足に力を籠め立ち上がる。

 赤龍帝の力に寄り何倍にも底上げされた一誠の力、その圧倒的なオーラは刀に伝達する。亀裂が走っていた光の槍をどんどん押し出し―――

 

「もう忘れない!!俺が……ッ俺が皆を守るんだァァァァァァ!!!」

 

 ―――ついにはバキィィィィンと槍が粉々になって砕け散った。

 粒子となって消えていく光の槍。コカビエルは光の槍が壊された事よりも一誠の身体を覆う赤いオーラに驚愕していた。

 

「赤龍帝の力を他者に譲渡しただと……ッ!」

「コカビエルゥゥゥゥゥゥ!!」

 

 間髪入れずに無双セイバーからソニックアローへと持ち替え、光の矢を放ち跳躍する。この体から溢れる力は長くは保たない、そう直感したことからの行動だ。

 

「小癪なぁ!!」

 

 光の剣で矢を相殺しながら、接近と同時に斬りかかって来た一誠に再度剣を振るう。赤いオーラを纏ったソニックアローと光の剣が激突する。

 純粋なパワーとパワーの勝負、空中で強烈な衝撃波を発生させた二人の力は拮抗しているように見えたが―――

 

「な、何故……!?」

 

 ―――コカビエルが押されていた。どんなに力を底上げしようとも、一誠は止まらない。

 

「これが、人間の力なのか……ッ!!」

 

 光の剣を破壊し、どのまま上方から一気にコカビエルの身体を肩から縦に斬りつける。先ほど与えた傷と十字を描く様に刻まれたソレは、コカビエルに決して浅くはないダメージを与えた。

 苦渋の表情で地面に落下していくコカビエル―――彼より先に地面に到達した一誠は、ホルダーからバナナロックシードを取り出す。

 

「違う!!この力はッ俺達の力だァァァァァァ!!」

 

【バナァ―ナ!!】

 

 逆手に持ち替えたソニックアローにバナナロックシードを嵌め込み、コカビエルが地面に着地すると同時に勢いよくソニックアローを地面に突き刺す。瞬間、バナナロックシードからエナジーが地面と接している部分に注ぎ込まれ、バナナ状のエネルギーが形成され、前方へ地面を滑るように放たれた。

 

【バナナチャージ!!】

 

「この程度ォ!!」

 

 すぐさま生成した剣で迎撃しようとしたコカビエルだが、彼に直撃しようとしたバナナ状のエネルギー体は彼に接触すると同時に、分裂し、彼の周囲を覆う檻のような形状に変化する。

 

 驚愕したコカビエルを視界に収めた一誠は、地面に突き刺したソニックアローから手を離し、バックルに手を掛ける。

 

「木場!ゼノヴィア!今だ!!」

 

「行くよ!!」

「お前だけには良い恰好はさせられないなッ!!」

 

 一誠の背後から木場、ゼノヴィアの二人の剣士が飛び出す。一誠の両側から出てきた二人は、聖魔剣とデュランダルに魔力を籠め、身動きできないコカビエルがもがこうと広げた翼を同時に両断した。

 

「ガッ……貴様らァ……ッ俺の翼を……ッ!!」

 

 翼をもがれたコカビエルはもう空へは逃れる事は出来ない。一誠は跳躍の体勢に入りながらカッティングブレードを傾け、必殺技の体勢に入る。

 

「行くぞ……ッコカビエル!」

【オレンジスカァッシュ!】

 

 ――跳躍と同時に、彼の身体から赤色、黄色、橙色の三色のオーラが混じり合うように放出され、それらが一誠のコカビエルの間に集まり、柑橘類の断面に酷似したエネルギー体が幾重にも重なるように出現する。

 最高地点にまで跳躍した一誠は、蹴りの体勢に移り、柑橘類の断面を思わせるエネルギー体を通る軌道でコカビエル目掛けて跳び蹴りを仕掛けた。

 

「オラァァァァァァァァァァ!!」

【ジンバーレモンスカァッシュ!!】

 

 エネルギー体を通り過ぎるごとに強化されていった一誠のキックは、コカビエルを拘束している檻ごと破壊し、彼の無防備な腹部に突き刺さり爆発した。

 

「ぐっ、があああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 膨大なエネルギーを内包した一誠の必殺技は、コカビエルの体に甚大なダメージを与え彼を十数メートルをも蹴り飛ばした。

 

 着地と同時に、膝をついた一誠。もはや一樹の神器の強化も消え失せてしまった彼の身体は、倍加の反動と疲労に寄り、限界に達していた。

 せめて、コカビエルを倒した事だけを確認せねば―――荒い息を吐きながらも、そう思った彼は、顔を上げコカビエルが蹴り飛ばされた場所に目を向けようとすると―――

 

「こ、こんな事が……俺が、人間に……ましてや下級悪魔なぞに……」

「……終わりだ。コカビエル」

 

 ボロボロの身体で地面を這っているコカビエルと、デュランダルを地面に突き刺し、コカビエルを見下ろしているゼノヴィアの姿が視界に映りこんだ。

 

「イッセー君!大丈夫かい!?」

「イッセー!」

「部長、あはは。なんとか倒しました……」

「貴方って子は……アーシア!」

「はい!」

 

 木場と、リアス達が一誠の元へ駆け寄って来る。

 とりあえずコカビエルが起き上がる心配もなくなったので、変身を解き、アーシアに治療されながらもコカビエルの方に近づいて行った、リアス達を見る。

 

「こいつの処遇はお前達に任せる。私は奪われた聖剣の欠片を回収できればそれでいいからな」

「そうさせて貰うわ……でも意外ね、教会関係者のアナタなら、コカビエルの処遇は貴方達側で決めると言うと思っていたわ」

「今回はイッセーにも助けられた。もし彼がいなかったら、イリナも私もただじゃ済まなかっただろう。……彼には恩がある。恩を仇で返すのは主の教えに背くことになってしまうのでな」

 

 一誠に感化されてしまったな、と内心自嘲気味に思いながら、聖剣の欠片を回収しようとゼノヴィアが背後を振り向こうとすると―――

 

「く、くくく……主、か」

 

 絶え絶えながらも不快な声が聞こえてくる。

 コカビエルは、朱乃とリアスに拘束されながらも、不気味な笑みを浮かべ、ゼノヴィアの発した言葉に対して嘲笑を漏らしていた。

 

「……何がおかしい」

「いやおかしくてな、仕えるべき主が死んでも尚、誇大的に敬い親しむ貴様ら教会の馬鹿さ加減にな」

「な……っどういうことだ!!」

「言葉通りだ。神は……もう死んでいる。先代魔王と一緒……にな。バルパーは……そこの『騎士』の聖魔剣からその結論に……達したようだが」

 

 何故……このタイミングで……?―――ゼノヴィアの狼狽え具合を見た、リアスは咄嗟に一誠の治療をしているアーシアに視線を向ける。

 案の定、アーシアは呆然自失とばかりに一誠の治療を中断させ、その場に崩れ落ちていた。

 

「おい、アーシア大丈夫かっ!!」

「主は、もういないんですか……?」

 

「………ッ、コカビエル!!」

「くくく、このまま……貴様らに……捕まるのが癪なんでな」

 

 なんて性根の腐った奴……ッ!リアスは拳を握りしめながらコカビエルを睨みつけるも、当のコカビエルは血反吐を吐きながらも歯牙にもかけていない。

 

「クッ……」

 

 手出しはできない。不用意に殺してしまっては、それこそ【神々を見張る者】との戦争になりかねないこともあるからだ。

 だが、もうこの騒ぎは終わった。

 傷ついてしまった学園を修理させるのは骨が折れるが、街自体が崩壊するよりはずっといいだろう。コカビエルが弱った事で、街を破壊する陣が維持することが困難になり、自壊したことだし、とりあえずは学園の外で結界を張ってくれているソーナ達に、連絡を寄越そうと、連絡用の魔方陣を取り出そうとすると―――

 

 

 カッッ!!

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 閃光と共に運動場が明るく照らされると同時に、銀色のナニかが結界を超えて、リアス達の前に飛来する。

 飛来してきた銀色のナニかは、銀色の翼を大きく広げ、リアス達を見下ろし―――。

 

「ふふふ、面白い事になっているな」

 

 楽しそうに言葉を発した。

 

 




今回は、浅めの悪堕ちだったので、自力で正気に戻りました。

次回で今章は最後ですね。
すぐさま次話も更新致します。

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