兵藤物語   作:クロカタ

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本日二話目の更新です。


聖剣と愚者 9

 兵藤家―――。

 一誠の両親が寝静まった頃、リアスは一誠の部屋に入り込み密かに彼のアルバムを呼んでいた。

 

「………よく今まで曲がらずに育った……という訳ではないわね」

 

 一誠は、まともに見えるだろうが、心の中には大きな闇を抱えている。

 それは憎悪とも呼べるし、強迫観念とも呼べるようなあやふやなもの。彼は執着しているのかもしれない、仲間、友達、彼を取り囲む全てのものに―――。

 幼少期からの影響か定かではないが、失う事を極端に恐れている。

 

 だが、それは薄々だが分かっていた事だ。

 リアスは深いため息をつきながらもアルバムを元の場所に戻し一誠の部屋を後にし、自室へと戻ろうとする。

 

『―――』

「?」

 

 一誠の隣の一樹の部屋から、声が聞こえる。

 何事かと思い、足を止めて耳を澄ませてみると、やはり一樹の声が静かな廊下に響く。

 ここ最近の一樹の様子を思い出し少し心配になったリアスは、一樹の部屋の扉をコンコンと鳴らす。

 

「カズキ?」

「…………」

 

 返答はナシ。

 つまり自分にも会いたくはないという事なのか。

 ……一樹の主としては、あまり放っておけない事だけど……ある意味、一誠がいない今なら普段、遠慮して聞けない事も聞けるかもしれない。

 幸い鍵がかかっていないので、『入るわよ』と一応の声を掛けながらゆっくりと扉を開ける。部屋の中にはベッドに頭を抱えるように座り込み、信じられないとばかりに目を見張っている。

 

「部長、何で……」

「下僕の悩みは私の悩みよ」

 

 扉を背に預け、一樹に向き直る。

 リアスの姿を確認しても尚、一樹は何も言わない。

 

「話せない悩みなの?」

「………部長には関係のない事ですよ」

「そう、じゃあイッセーとは関係のある事?」

 

 少し意地悪な質問を投げかけてみた。

 

「………ッ」

 

 見て分かるほどに表情が歪む一樹。

 その表情から読み取れるのは、憎悪……そして嫉妬。

 

 確かにライザー・フェニックスとのレーティングゲームで一誠は活躍した。だが、それだけでも一樹は『兵士』ながらに単独で『戦車』を打倒するという快挙を成し遂げたのだ。悪魔になって間もなく、実戦経験の乏しい中でのそれは褒められても良いものなのだ。

 

 やはり、見下していた一誠が活躍したことが気に食わないのか。

 それならばリアスは心を鬼にしなくてはならない。

 

「貴方は、一体何を敵視しているの?」

「……え?」

「イッセー?それとも別の何かかしら?」

 

 声音をやや低くし語るリアスは、今までの下僕に優しい少女とは一風変わったものに見えた。冷血さすらも感じとれる態度に、一樹は自然と自らの身体が震えるのを感じた。

 

「貴方はライザー・フェニックスとのレーティングゲームで私の為に戦ってくれた。だからこそ私がリザインを宣言する前にイッセーが駆けつけ、その末に勝利することができたわ」

「………違うんですよ……部長、僕は……赤龍帝じゃなくちゃいけないんだ」

「貴方は赤龍帝でしょう?」

「違う!!!」

 

 突然、取り乱したように大きな声でリアスの言葉を否定した一樹。

 その声に驚きながらも目を細めるリアス。

 

 一方の一樹も、項垂れながら吐き出すように言葉を発しだす。

 

「僕はッ、ライザーも戦車も騎士も兵士も、倒す、はずだったんだ……赤龍帝なら……イッセーにできたことなら、僕ができなくちゃ、駄目なんだ……僕にとっての赤龍帝は、アイツなんだ……アイツがした通りにやらなくちゃ僕は……僕は……」

「貴方は……誰と自分を比べているの……」

「それなのに、ギフトにすら目覚めていない……僕は、間違っていたんですか……」

 

 錯乱しているのか?

 言っている事が滅茶苦茶だ。イッセーが赤龍帝だったなんて事実もない。とりあえず訳の分からない言葉を言い始めた一樹を落ち着かせようと近づいたリアスだが―――

 

「全部、アイツが、イッセーが悪いんだ……アイツが邪魔しなければ――――!!」

 

 瞬間、一樹の頬に衝撃が走った。

 リアスが、彼の頬を張ったのだ。思わず手が出てしまったリアスは、一樹の頬を張った手を見た後、呆然としている彼に視線を移す。………まさか、手を出されるとは思っていなかったのか、一樹は絶句していた。

 

 リアスには一樹の考えている事が余計分からなくなってしまった。もしかしたら気付けていないだけかもしれないが、そうだとしてもひどく自分が情けなく思えてくる。

 

 だが一樹が一誠を通して何かになろうとしている事だけはなんとなくだが理解できた。だからこそ、これだけは言いたい。

 

「貴方は貴方よ。イッセーにも誰にもなれないわ。今のアナタに言える事はそれだけ」

 

 それだけ言い放ち、部屋から立ち去ろうとする。背後では、一樹が床に座り込む音が聞こえるが、しばらくはそっとしておこう。リアス自身、感情で下僕を殴ってしまった自分を叱りつけたい心境なのだ。

 

 小さなため息を吐きながらも扉を開けようとしたその時―――

 

「!」

 

 家の前に聖なる気配と凄まじいプレッシャーを感じ、咄嗟に窓の方に振り向く。

 

「………ッ」

 

 リアスはすぐさま魔力を用いて着替えを済ませ、一樹の部屋の扉を開け放ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、あれれ~?おっかしぃ~な~ここにクソ悪魔の気配が三つくらいあったのに、一人しか出てこないぴょ~ン」

「なんのようかしら?」

 

 兵藤家の前に、嫌なオーラを宿している二つの剣を装備している神父、フリード・セルゼンが、玄関から出てきたリアスを見据え、挑発的な笑みを向けてくる。

 

 この男がここに要るという事は、彼を追った一誠や祐斗の身は……。二人の身を案じながらも平静を保ちながらも、先程から感じるこの異様な威圧感の出所を探る。

 

「!」

 

 上空から何かが降りてくる。

 視線を上に向けると、そこには月をバックに大きな十枚の黒翼を広げたローブ姿の男の堕天使。堕天使はリアスの姿を捉えると苦笑する。

 

「はじめましてかな?グレモリー家の娘。紅髪が麗しいものだ。忌々しい兄君を思い出して反吐が出そうだよ」

「ごきげんよう、堕ちた天使の幹部―――コカビエル。それと私の名まえはリアス・グレモリーよ。お見知りおきを。もう一つ付け加えさせてもらうなら、グレモリー家と我らが魔王は最も近く遠い存在。この場で政治的なやりとりに私との接触を求めるのは無駄だわ」

「ククク、そんなことは分かっている」

 

 不気味な笑みを浮かべるコカビエルに、深いとばかりに表情を顰めるリアス。

 そんな彼女を見て、コカビエルはあることを思い出すと一層の笑みを強め、リアスを見下ろす。

 

「いやはや、リアス・グレモリー。面白い余興に感謝させて貰うぞ」

「余興……?」

「貴様の子飼いの人間の事だ」

「……ッ」

 

 子飼いの人間……ッ。その言葉があてはまる対象は一つしか思い浮かばない………一誠の事だ。思わず、感情的に足を踏み出してしまうリアスだが、コカビエルは彼女の反応を楽しむように、ゆっくりと言葉を放つ。

 

「まさか、イッセーを……ッ」

「ククク、残念ながら逃げられてしまった。久方ぶりだぞ、あそこまで俺を楽しませた人間は……。仲間を逃がし、負傷した聖剣使いまでもを連れて行かれるとは思わなかった。折角、貴様への手土産にしようと思ったのだがな」

 

 コカビエルの話からすると、祐斗もゼノヴィア達も生きているという事になる。安堵の息を吐くリアスだが、すぐに気持ちを切り替えてコカビエルを睨みつける。

 

「政治的な接触が目的でないなら、何故、私に接触してきたのかしら?」

「お前の根城である駒王学園を中心にしてこの町で暴れさせてもらうぞ。そうすればサーゼクスが出てくるだろう?」

 

 最悪の展開―――コカビエルが下種な笑みを浮かべるのを視界に捉えながら、リアスは内心舌打ちをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コカビエルとリアスが対面している一方、コカビエルから逃れた一誠はイリナとゼノヴィアが寝泊まりしていた教会で、身体を休めていた。

 

「………グッ……木場とゼノヴィアは大丈夫かな……携帯さえ壊れなければ……」

 

 彼の近くには気を失ってしまったイリナが長椅子に寝かせられていた。コカビエルの攻撃の余波に当てられる形で気絶してしまったから、怪我はしていないはずなのだが……どちらにせよ、彼女はこれからの戦いには参加することはできないだろう。

 

 一誠自身、それほど重傷ではないが全身の至る所に青痣ができてしまっている。変身状態じゃなければもっとひどい有様になっていただろう。

 本来ならアーシアの元に行って手早く治してもらうのが最善なのだが、文字通り限界まで体力をすり減らした戦闘だったので、ここまで来るのでさえ精一杯だったのだ。

 

「聖剣、奪われちまったな」

 

 体を休めながらも先程の戦闘を思い出す。

 

 コカビエルは強かった。流石は堕天使幹部と言われているだけある。

 あのジンバーレモンアームズでさえ、防御に回さなければ確実に殺られていた。

 

「しかも、アイツ……学園に……」

 

 コカビエルが口を滑らした際に出てきた言葉に、とてつもない危機感を抱く。

 駒王学園を、この町を……ぶっ壊すというバカげた計画。―――許せない、否、許せるわけがない。

 

「させねぇ……ッ」

 

 ロックシードを握りしめ、痛みの残る体が気にならない程怒りに震える。コカビエルは強い、今の自分でも勝てるか分からない程に、だが奴等は一誠にとって最も大切な物をぶち壊そうとしている。

 学園の皆、家族、オカルト研究部の皆。

 今のままでは全て失ってしまう。自分を仲間と認めてくれた皆も、友達と言ってくれたアイツらも、全部全部、あの堕天使の自分本位の振る舞いで全て―――。苛立つ……コカビエルにもフリードにもバルパーにも、力の足りない自分にも。何が守るだ。守れていないじゃないか。所詮、自分は口だけのガキに過ぎなかった。

 守るための力じゃ皆を守れない。

 力が欲しい。

 俺を害する害物を蹂躙できるチカラが。

 

「奴をぶっ潰す為の力」

 

 一誠の闘争心に呼応するようにロックシードが黒く染まっていき、一誠の雰囲気が邪悪なモノに変わっていく。その力は彼がアーシアに誓った守るべきの力ではなく、壊し奪うための力。

 

 ここには彼を引き留める存在はいなかった。

 アーシアも、リアスも――――だから彼は引き込まれてしまった。

 

「……行けるな」

 

 気付けば体から痛みも疲労もなくなっていた。

 理由は定かではないが、今はどうでもいい。コカビエルをぶっ殺せる―――そう思える程の力が体から湧き上がっていた。

 

「……生まれかわった、気分だな……」

 

 最早、彼には元の面影はどこにもなかった。行動原理は仲間を守る事から、敵の蹂躙に変わり、彼の優しげな表情は、今や獰猛な獣を思わせるソレに変わってしまっていた。

 

「……」

 

 その力は一誠に莫大な力を与えるだろう。

 だが、それと同時にその力は、彼から『優しさ』を奪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッセー、くん?」

 

 教会から出て行った彼の後姿を見て、今しがた気絶から目が覚めたイリナはぼそりと彼の名を呼んだ。霞が掛かった視界の中で彼女は戸惑いを感じていた。

 

 一瞬、誰だか分からなかった。

 イリナには、今しがた出て行った彼が一誠以外の別人に見えてしまったのだ。

 子供の頃、何時も優しかった一誠。

 それは久しぶりに会った時も変わらなかった。だが先程の彼は、イリナの知らない『イッセー』だった。

 

「誰、なの……」

 

 疲労で動かない体に歯がゆい思いをしながらも、呆然とした彼女のつぶやきは閑散とした教会内に虚しく響くのだった……。

 





 悪堕ちイッセー(弱)です。
 強さだけを求めた、彼の姿ですね……。



 次話もすぐさま更新致します。

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