ガンダム ヘッドクオーター   作:白犬

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第8話 「カスタマイズ」

 ツカサは車いすを進めながら、棚に並んだガンプラをひとつひとつ吟味していた。

 棚の端までたどり着くと小さなため息を漏らす。

「う~ん、これも違うな」

 つぶやきとともに車いすを旋回させると、ツカサは元来た道を辿りはじめた。

 

(まるで動物園のクマさんみたい)

 

 そんなことを考えながら、カウンターに頬杖を付いたハルナが飽きずに棚の前を

行ったり来たりを繰り返すツカサを目で追っていた。

 

「だ、ダメだ」

「お疲れ様。はい、コレ」

 片手で両目を揉み解しながらカウンターの前にやってきたツカサに、ハルナはカ

ウンターの下から取り出した目薬を差しだす。

 

「やっぱり難しそう?」

「まあ、ね」

 ツカサは渡された目薬を点しながら、曖昧な口調で答える。

 

 リョウゴとのガンプラバトルで事実上の敗北を喫した翌日、ツカサはトーナメント

出場に向かって自分のガンプラを強化すべく、学校帰りに『おもちゃのミサキ』を訪

ねていた。

 

「試してみたいことはあるんだけど……あっ、コレありがとう」

 ツカサはハルナに目薬を手渡しながら後ろを振り返る。

 

「それを実現すためのガンプラを買ってたら、いったい幾らかかることやら……」

 ツカサはズボンのポケットを引っ張り出し苦笑いを浮かべる。

 

 じっさいガンプラバトルを始めてからというもの、バトルシステムの使用料やHi-ν

ガンダムの修理代やらで、もらった小遣いもすぐに羽根を生やして巣立ってゆくという

有様だった。

 

「あれ、アマノ君、あそこに行ったことないの?」

 訳が分からずきょとんとしているツカサを見るや、ハルナはツカサの後ろに回り込み

車いすを押し始める。

 

「ちょ、ちょっと、どこ行く気なの?」

「決まってるでしょう。アマノ君が今一番欲しいものがあるところだよ」

「?」

 

 2人の姿は、店の奥へと消えて行った。

 

                    ※

 

 店の一番奥の棚、その裏側にそれはあった。

 大型のパネル一面に下がったビニールの小袋には、色も形も様々なパーツが入っていた。

「これって、ガンプラの……」

「そうだよ。これ全部、ガンプラのパーツなんだ」

 ハルナの店では、気軽にカスタマイズを楽しめるように各部位ごとの個別販売を行っていた。

 

「こんな便利な物があるなら、もっと早く教えてくれればよかったのに……」

 少し恨みがましい口調でツカサがつぶやく。

 今までツカサは破損したHi-νガンダムのパーツを直すために、いちいちメーカーの部品取り寄せサービスを利用していたのだ。

 

「だってアマノ君、とっくに知ってるかと思って……」

 ツカサがこの店に足を踏み入れてから、すでに数カ月が過ぎている。ハルナの言い分はもっともだろう。

 

 ツカサはもともと寄り道の類を嫌い、外出しても用が済むと真っ先に返ってしまうタイプだった。

 車いすの生活がはじまってからその行動パターンはさらに顕著になり、この店を利用するようになっても、バトルルーム、補修用の品があるコーナー、レジ、そしてトイレぐらいとツカサの移動先は極端に限定されていた。

 

「おほん! ま、まあ、それはさておき……これだけいろんなパーツがあると、目移りしちゃうな」

 ツカサは盛大に咳払いをすると、袋のひとつを手に取った。

 どれぐらい時間が過ぎただろうか。すっかりパーツ選びに熱中していたツカサは、自分が呼ばれているのに気づき顔を上げる。

 

「お客様、お悩みでしたらこちらの品など如何でしょうか?」

 営業用スマイルを浮かべながらハルナが指さす先には、日に焼け、色の変色した袋に入ったザクレロのばら売りパーツが晒し者のようにパネルからぶら下がっていた。

 

 その辺りだけ他とは異質の空気を漂わせており、まるで刑場のように見える。

 パネルの縁にカラスの剥製でも置けば、情緒たっぷりだろう。

 

「……いや、悪いけど遠慮しとくよ」

「え~?」

 ハルナが唇を尖らせ不満を露わにするが、ツカサも今回は妥協する気はないようだった。

 

 実は、ことあるごとにハルナに勧められ、現在ツカサが所有するザクレロの数は5個になっていた。

 このままのペースでいくと、ツカサの部屋がザクレロで足の踏み場もなくなるのは遠い日のことではないだろう。

 

 例えパーツとはいえ、これ以上ザクレロが増えるのはなんとしても避けたい。

 ツカサは断固として拒否の姿勢を貫いた。

 

「……じゃあ、そっちに他のパーツがあるからテキトーに選べば?」

 

(うわぁ、すっごい投げやり)

 

 不満を隠そうともせず、パネルをゲシゲシと蹴り続けるハルナ。

 

 とてもパーツ選びに集中できるような状況ではなかった……。

 

                    ※

 

 

「……やってくれたな、ミサキさん」

 ツカサは机の上に散らばった小袋を見て、頭を抱えていた。

 

 ハルナの機嫌を直すために、けっきょくツカサはザクレロを購入(6個目)する羽目になったのだ。

 そして、ようやくお目当てのばら売りパーツを入手することに成功したが、ハルナから渡された袋の中身はすべてザクレロのパーツにすり替えられていた。

 

 これらを全部組み合わせれば、さぞや立派なザクレロ(7個目)が完成することだろう。

 

「ツカサ、入るぞ?」

 机に突っ伏していたツカサは顔を上げる。開け放たれたドアのそばにツカサの父、タカオが立っていた。

「ずいぶん精が出るな」

「え? あ……」

 時計を見ると、またしても日付が変わっていた。

「まあ、明日は日曜だし、今日は大目に見てやろう」

 タカオは片目を目をつぶって笑う。

 

「母さん、怒ってるかな」

 ここのところ、作業に夢中になり過ぎて、気がつくと朝になってることも度々だった。

「ん? ああ、怒ってるというかサナエのやつ、逆に喜んでるみたいだな」

「え?」

 それはツカサが予想もしない回答だった。

 

「おまえが事故にあってから、あれだけ好きだったゲームも止めて、毎日が無気力状態だったからな。最近は何かに打ち込んでるみたいだと知って安心したんじゃないか?」

「そうなんだ」

「もっとも! 連日夜更かししてることには大変心配されているようだけどな」

「……ごめん」

 タカオはツカサの頭に手をやりながら笑った。

 

「ところで、毎晩毎晩こんな時間まで何やってんだ、ってコレ、ガンプラじゃないか!」

 机の上に置かれたHi-νガンダムを見るや、タカオは目を丸くする。

「えっ、父さんガンダム知ってたの?」

 思いがけずタカオの口からガンダムの話が出たことに、ツカサは驚きを隠せなかった。

 

「そりゃあ、父さんがおまえぐらいの歳といえば、ガンダムブームの真っ最中だからな、『ガンダムヲ知ラズハ人ニ非ズ』みたいな時代だったんだぞ?」

「ま、まさか……」

 真顔で話すタカオに、ツカサの口元が引き攣る。

 

「でも父さん、今までぼくの前で一度もガンダムの話なんてしたことなかったよね?」

「だって、おまえ飯食ってる時とかも、テレビでガンダムが映るといきなりチャンネル変えたり席立ったりしてたじゃないか。父さん、てっきりおまえがガンダム嫌いなのかと思ってたんだよ」

「あはは、そ、そうだっけ?」

 当時を思い出し露骨に目をそらすツカサを、タカオは不思議そうに見ていた。

 

「えっと……そういえば、父さんガンプラ作ったことあるの?」

「そりゃ当然さ!」

 そう言いながら、タカオはなつかしそうに、改修中のガンプラを眺めていた。

「まあ、最近はさすがにプラモ自体作らなくなったが、こう見えてもなかなかの腕だったんだぞ」

「へぇ、そうなんだ」

 かつてないほど我が子が自分を尊敬のまなざしで見ているのに気づいたタカオは、内心鼻高々だった。

 

「父さんはどんなモビルスーツが好きだったの?」

「う~ん、候補が多くて迷うんだが、あえて一つあげるとすれば……キュベレイかな」

「じゃあ、好きなキャラは?」

 

「そりゃおまえ、エルピー・プル一択さ!」

 

 電光石火の速さでタカオは即答する。

「おれにとっては、プルちゃんこそ理想の女性! 今からでも嫁にしたいぐらい……」

「……あなた、お話があります」

「ひぃ! サ、サナエ!?」

 いつの間に部屋に入ってきたのか、音もなく背後に立つ妻の姿に気づき、タカオの顔からみるみる血の気が引いてゆく。

 

「ご、誤解だ! 今のは例えであって──僕が愛してるのはサナエさん一人だけなんです!」

「……言い訳は部屋で聞きます」

 

 あのおっとりとしたサナエのどこに、こんな力が潜んでいたのだろうか? 

 首根っこを掴まれたタカオの姿がドアの向こうへ消えてゆくのを、ツカサは黙って見送るしかなかった。

 

                    ※

 

「まいったなぁ」

 ツカサはドアの方を見ながら恨めしそうにつぶやいた。

 さっきまで階下からタカオの悲鳴が聞こえていたが、今はそれも途絶えて久しかった。

 

 モデラーとしてのタカオの実力は未知数だが、その経験とガンダムの知識はツカサにとって軽視できないものだったろう。

 とはいえ、今までの経験を考慮すると、タカオが元気な姿をツカサの前に見せるのは、少なくともあと数日はかかるはずだ。

 

「はぁ……ん?」

 部屋の一角に何気なく目をやったツカサは、ため息を飲み込んだ。

 そこには、かつてツカサが収集したゲームに使うミニチュアが所狭しと陳列されたいた。

 前ほど興味をいだかなくなったとはいえ、処分するほどの踏ん切りもつかず、結局ミニチュアを展示するスペースは依然ツカサの部屋の大部分を占めていた。

 どれぐらいミニチュアを眺めていただろうか、やがて、ツカサは何かに気づいたかのようにつぶやく。

 

「そっか、別にそこまでこだわる必要はないのかも」

 ここ数ヶ月の間に、ツカサのガンダム関係の知識は飛躍的増えていた。

 とはいえ、実際それを改造に生かそうとするにはまだお粗末というレベルだった。

 

「どうせ、ぼくのガンダムへの知識なんてたかが知れてるんだ」

 そう言いながら、ツカサは眼前のミニチュアに釘付けだった。

「だったら、ぼくが今知っている知識をガンプラに生かすべきじゃないのか?」

 

 ツカサの瞳に光が宿る。

 

「よし!」

 

 

 ツカサは大きく頷くと、再び机へと向かった。




次回予告

トーナメント用のガンプラを、ツカサは開催日当日になんとか完成させる。

会場にはコウタが、レンが、そしてリョウゴがこの日のために用意したガンプラとともにツカサを待ち受ける。

ツカサはライバルたちを退け、トーナメントを勝ち抜くことができるのか?


次回「ガンダムヘッドクオーター」

第9話「開催! GBトーナメント」


ツカサとともに『Hi-νガンダムHQ』が戦場を駆け抜ける!



◆「登場ガンプラ紹介 その1」

『Hi-νガンダムHQ』



【挿絵表示】



武装

頭部バルカン砲×2
腕部マシンガン
ビームライフル(ショートバレルタイプ)
ビームサーベル×2

T-ファンネル×9
F-ファンネル×2
H-ファンネル×2

解説
トーナメント用にツカサがカスタマイズしたHi-νガンダム。
フィン・ファンネルを全て廃し、オリジナルのファンネルと換装したのが最大の特徴。



【挿絵表示】



合計13基と以前の倍ものファンネルを搭載したためオーバーウェイト気味になり、シールドを廃し下半身をOガンダムの物と交換するなど重量を軽減する工夫がされている。

RX-78を彷彿とさせるトリコロール調のカラーに加え全体的にシャープな外観になり、オリジナルと異なった印象を見るものに与える。




                    ※

少々フライング気味になりますが、次回から登場するツカサの新しいガンプラを紹介します。

小説同様、人様に誇れるような出来ではありませんが、本編を読む際のイメージ作りの一助になれば幸いです。









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