ガンダム ヘッドクオーター   作:白犬

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第6話 「盾と矛」

「よっ、一緒してもいいかい?」

 ツカサは口元まで運んだ箸を止め、顔を上げた。

 目の前にいたのは、クラスメートのジョウジマ・コウタだった。

 コウタは返事も待たず、空いていたツカサの前の席に腰を下ろす。

 

「何か用?」

「聞いたぜアマノ。お前、ガンプラバトルはじめたんだって?」

「う、うん。 あれ、ひょっとしてジョウジマ君も……」

 コウタは胸をドンと叩いた。

「もちろん! で、どうよ。今日学校が終わったらおれとバトルしないか?」

「え、今日? でも、ぼくのガンプラ、今修理中なんだよ」 

 落胆するコウタの姿を見て、ツカサは苦笑する。

 

「でも、今度の休みまでには直ると思うよ」

「よっしゃ! じゃあ今度の休みにバトルな!」

 

 ツカサが返事を返そうと口を開く頃には、コウタはスキップしながら教室から出てゆく

所だった。

 

「ああ、そうそう一つ言い忘れた」

 コウタはドアに手をかけながら振り返った。

「ありったけの武器を用意しろよ。でないと、おれのガンプラには傷一つ付けられないぜ」

 

 ツカサはコウタの言葉の意味が理解できず、ドアの向こうをいつまでも見ていた。

 

                    ※

 

 数日後、修理を終えたHi-νガンダムとともに、ツカサは『おもちゃのミサキ』を訪ねた。

 

「えっ、コウタ君とガンプラバトルをするの?」

 棚に置かれたガンプラにハタキをかけていたハルナの手が止まる。

「うん、成り行き上、ね」

 学校でのやり取りを思いだし、ツカサは苦笑いをうかべる。

 

「そっか、でも、気をつけた方がいいよ。コウタ君、この店の常連の中でもかなりの実力

者なんだ」

「え、そんなに強いの?」

「うん、『完璧コウタ』なんて二つ名で呼ばれてるぐらいだしね」

 思いもしない展開に、ツカサは息をのむ。

 

「完璧って、そんなに強いの?」

「ううん、そっちの『完璧』じゃなくて『完全なる壁』の方、かな?」

「は?」

 唇に指を当てつぶやくハルナ。ツカサの頭は混乱を極めるばかりだった。

 

「よっと!! ふぅ、ふぅ……セーフ!」

 店の入り口で何度も両手を横に振っているコウタに、ふたつの冷たい眼差しが向けられる。

「……1時間前に来てたらね」

「細かいこと言うなよ。じゃあ、さっそくバトルをって、もうバトルルーム使われてるじゃん?」

 コウタが顔を真っ赤にして振り返る。

 

「なんだよアマノ、予約取っといてくれなかったのかよ!」

「……取ったよ、ちゃんと」

 妙に冷めた声で答えるツカサ。

「……当店では、予約時間に間に合わなかった場合、速やかに次の方に順番を譲ることに

なっておりますので」

 壁に貼られた注意書きを指さしながら、これまた冷めた声で答えるハルナ。

 

「ちぇ、しょうがねえなぁ。まあいいや、先にやっとくか」

 コウタはぶつぶつ言いながら店の隅に置かれたテーブルの前まで行くと、その上にガ

ンプラといつも持ち歩いているアルミケースを乗せた。

 

 ツカサは、無造作に置かれたコウタのガンプラを見て目を細める。

「あのガンプラは、サンダーボルト版 RGM-79 GM」

「へぇ、よくわかったね」

 後ろでハルナが感心したような声を上げる。

 

 

 ── 敵を知り己を知れば百戦殆うからず ──

 

 

 ツカサはこの故事に習って、最近ではガンダム関係の書籍を読みあさり、MSに関する

かなりの知識を得ていた。

 

 このオリジナル版ジムの特徴は、ランドセルにサブアームを増設し、そこにシールドを

マウントすることによって防御力が上がっていることである。

 

 だが、明るいグリーンで塗装されたコウタのジムは、両腕にもシールドを装備し、オリ

ジナルよりもさらに高い防御力を保持しているようだった。

 

「さってと、今日はどれにするかな?」

 コウタは口笛を吹きながら、アルミケースの蓋を開けた。

 

「わっ!?」

 興味を抑えきれず、回り込むようにしてのぞき込んだツカサが驚きの声を上げる。

 ケースの中にはスポンジが敷き詰められ、一面にMS用のシールドが等間隔で並べられていた。

 

「……ジョウジマ君、これ」

「うん? ああ、これか。これはおれのコレクションさ」

 コウタが満面の笑みで答える。

「これはコレクションのほんの一部でな。ガンダムにでてきたMSのシールドは全て集めた!」

 幸せそうな顔で、コウタはジムのシールドを交換し始める。

 

 かくんと顎の落ちたツカサに、ハルナが顔を近づけてきた。

「噂では、これはバトル用のシールドで、家には『保存用』と『鑑賞用』にフルコンプした

シールドがあるって話だよ」

 

 声をひそめてハルナは耳打ちするが、残念なことに今のツカサにはまるで届いてはいな

いようだった。

 

                    ※

 

 バトルステージは『コロニー』。

 左右にビル街が続く大通りで、Hi-νガンダムとジムが相対していた。

 

「いよっしゃ! はじめるぞ?」

 コウタのジムが4枚のシールドをブンブン振り回しながら高らかにバトルの始まりを

宣言する。

 

「あのさあ、それ、なんか意味があるの?」

 Hi-νガンダムがわなわなと身体を振るわせ、ジムのシールドを指さす。

 ジムに取り付けられたシールドは、もとはガンダム専用のものだったが、今はジェガン、

グフ、Zガンダム、トールギスと全て他のMSの物と交換されていた。

 

「別に意味なんかない。今日の気分で変えただけだ!」

「……左様ですか」

 

 かつてない激しい脱力感に全身を蝕まれながら、ツカサはなんとか操縦桿を押し込んだ。

 

                    ※

 

(『完全なる壁』……なるほど、こういう意味か)

 

  ハルナの言葉を思い出し、ツカサは苦虫をかみつぶしたような顔で前を睨みつけて

いる。

 

「もう終わりか?」

 シールドの後ろからジムが顔を出す。

 バトル開始から、Hi-νガンダムの攻撃はことごとくシールドの前に防がれていた。

 

「くそ、弾切れか」

 Hi-νガンダムは、手にしたニュー・ハイパー・バズーカを放り投げる。

 コウタのアドバイスを真に受けたわけではないが、ツカサにも何か感じるものがあった

のだろう。

 今回はレンの時とは違い、フル武装でバトルに挑んだが、手持ちの武器でもっとも威

力のあるハイパー・バズーカですら、ジムの鉄壁の防御を突破することはできなかった。

 

「ファンネル!」

 背部のファンネルラックから、全てのフィン・ファンネルが射出された。

 他方向からの同時攻撃。だが、この攻撃ですら4枚のシールド前に防がれてしまう。

 シールドの防御力のみならず、コウタの卓越した操縦技術にツカサは内心舌を巻いていた。

 

「このシールドは特殊処理を施してあるから、対弾性能は格段に上がってるんだ。たとえ

同時に攻撃されようと、そんなヒョロヒョロビームじゃ、おれの守りは抜けないぜ」

 

(同時?)

 

 ツカサの脳裏に、一条の光が煌めく。

 

「ん? なんの真似だ」

 自機の周りを取り囲んでいたフィン・ファンネルが一斉に動き出すと、今度はHi-νガ

ンダムの周りに集まりだした。

 

 ツカサの指が小刻みに動く。

 モニターに映った7つの照準用のマーカーが1つに重なる。

 

「狙点固定。撃っ!」

 6基のフィン・ファンネルとビームライフル。7本のビームが、ジムがかざしたシール

ドに吸い込まれる。

 大爆発とともにシールドが砕け。ジムはもんどり打って倒れ込む。

 

「きみのガンプラが如何なる攻撃も防ぐ『盾』なら、ぼくのガンプラは如何なるものも貫

く『矛』だ」

 アスファルトに手をつき身を起こそうとするジムに照準を合わせたまま、ツカサは言い

放つ。

 

「たしかに今の一撃は強烈だったが、シールド1枚壊したぐらいで「なんでも貫く」は

自惚れすぎだろ?」

 人を食ったようなコウタの物言いに、ツカサはHi-νガンダムに再び攻撃を指示するこ

とで答えた。

 

 ランドセルが轟音を上げ、ジムが急上昇をはじめる。

 間一髪、ジムの足下をビームの束が掠め、背後にあるコロニーの外壁に突き刺さる。

「まだ!」

 頭上のジムに照準を合わせると、全ての銃口が火を噴いた。

 ランドセルに取り付けられたサブアームが、シールドを交差させ防御するが、ビームの

威力に耐えられず、サブアームごと吹き飛んだ。

 ジムはわずかに体勢を崩すが、そのままHi-νガンダムの背後に着地する。

 

 ジムが手にしたビーム・スプレーガンを、Hi-νガンダムの背中に向ける。

「後ろを取ったぞ」

 コウタの勝ち誇った声に、ツカサは冷静に答えた。

「甘い」

 たしかに、Hi-νガンダムの振り向きざまの攻撃は間に合わないかもしれない。だが、

フィン・ファンネルは別だ。

 目にも留まらぬ早さで180度回転すると、6基のフィン・ファンネルは一斉にビーム

を撃ち放つ。

 とっさに身を守るが、最後のシールドも砕け散りバランスを崩したジムは、ビルに頭

から突っ込んだ。

 

「勝負あり、だね」

「そうとはかぎらんさ」

 コウタのジムは全てのシールドを失い、機体のあちこちに破損も目立つ。

 

(いったい、こんな状況でどう戦う気なんだ?)

 

 ツカサは顔をしかめる。

 

「君を『完璧』たらしめる盾は、もうないんだよ?」

「おれを守る盾はまだあるさ──例えばおまえの後ろとか、ね」

「何? こ、これは……」

 ツカサはモニターに映る自分のガンプラが、じりじりと後退しているのに気がついた。

「こ、コロニーの外壁に亀裂が?」

 その亀裂は、少し前にコウタのジムを狙ったビームが外れた場所にできていた。

 

「ま、まさか、ジョウジマ君は最初からこれを狙って ……あっ!」

 亀裂は無数に広がり、耳障りな音とともに巨大な穴をコロニーの外壁に穿った。

 機体の各部のスラスターを最大出力で噴射しているHi-νガンダムは流出する気流の

嵐になんとか抗がうことができたが、フィン・ファンネルはそうはいかなかった。

 路上に止まっていた乗用車や街路樹とともに、常闇の宇宙空間へと吐き出されてしま

う。

 

「おやまあ、よくがんばるな」

 崩れたビルの鉄骨を片手で掴み、両足を踏ん張りながらジムは手にしたビーム・スプレ

ーガンを持ち上げる。

 Hi-νガンダムは数発のビームの直撃を受けバランスを崩すと、背後の大穴へ吸い込ま

れはじめる。

 

「くそ!」

 ツカサはがむしゃらに操縦桿を動かす。

 両手で穴の縁を掴み、かろうじて宇宙空間へ吹き飛ばされるのを耐えているHi-νガンダ

ムを見て、コウタは感嘆のつぶやきを発した。

 

「へぇ、根性あるじゃん。でも、これで打つ手なしだな。このまま全身蜂の巣にされて絶

対零度の闇に放り出されるか。それとも潔く降参するか。どっちを選ぶ?」

 ビーム・スプレーガンの銃口は、もはやただの的と化したHi-νガンダムヘ不動の直線を

引いている。

 

「……ぼくの、負けだ」

 ツカサはしばらくコウタを睨みつけていたが、大きなため息をひとつ付くと、ようやく

そう答えた。

 

                    ※

 

 

 バトル終了後、ツカサとコウタは店の隅へと場所を移動していた。

「完敗だよ」

「なあに、ジムのシールドを全部破壊するなんざ、アマノだってとてもバトル2回目の

初心者とは思えないぜ」

 コウタの賛辞の言葉に、ツカサは照れながら頭を掻く。

 

「でも、ガンプラバトルにもいろんな戦い方があるんだね。今日のジョウジマ君とのバト

ルでそれがわかったよ」

「戦い方は人それぞれ、ファイターの数だけあるってことさ」

 コウタはそう言いながら自販機の方へ歩いていく。

 

「ねえ、ジョウジマ君、またぼくとガンプラバトルをしてくれるかな?」

 身を屈め、受け取り口からジュースを拾い上げているコウタの背中にツカサは話しかける。

「そりゃかまわんが……なあアマノ、その君付けで呼ぶのやめてくれないか? おれたち

クラスメートなんだぜ」

「あ」

 苦笑いを浮かべるコウタを見て、ツカサは手を口元に当てる

「おれのことはコウタでいい。そのかわり、おれもこれからお前のことはツカサって呼ば

せてもらう」

 

 差し出されたジュースを受け取りながら、ツカサは微笑んだ。

「わかったよ……コウタ」

 

 ジュースの缶を軽くぶつけ合うと、2人は中身を一気に呷った。




次回予告

コウタとのバトルの後、ツカサはよりガンプラバトルにのめり込んでいく。
ツカサはめきめきと実力をつけるが、同時にある悩みを抱き始める。

そんな折、ツカサはついにリョウゴとバトルをすることになる。
連勝街道を突き進むリョウゴを相手にツカサはどう戦うのか?


次回「ガンダム ヘッドクオーター」

第7話 「悩み」


ツカサの苦悩が、Hi-νガンダムをさらなる高みへと導く。

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