ガンダム ヘッドクオーター   作:白犬

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第4話 「特訓」

 数日後、ツカサは『おもちゃのミサキ』を訪れていた。

「あ、アマノ君いらっしゃい」

 ツカサに気づいたハルナが、大輪の花のような笑みを浮かべ走り寄ってくる。

 

「できた?」

「何とかね」 

 ツカサはハルナと並び立って店の奥へと向かう。

 今日のハルナは、いつにもまして上機嫌だった。

 

「やあ」

 レジの向こう側で、ハルヒコが手を振っている。

「こないだは色々とありがとうございました」

 とつぜん電話が鳴り、慌てて応対するハルナを横目にツカサは頭を下げる。

 

「なあに、気にすることはないさ。それより、その顔から察すると完成したようだね?」

「ええ、おかげさまで」

「じゃあ、さっそくはじめるか」

 ハルヒコはバトルルームの方を見ながらつぶやいた。

「おとうさ~ん、問屋さんから電話だよぉ」

「え?」

 受話器を押さえながら振り返るハルナに、ハルヒコは困ったような顔になる。

 

「ぼくのことなら心配しないでください。待ってますから」

「いや、電話長いんだよね、あの人……」

「どうかしたの?」

 いつになっても電話にでようとしないハルヒコに、ハルナは眉をひそめる。

「ああ、これからアマノ君にバトルシステムの使い方を教えようと思ったんだが……」

「それなら、わたしに任せて!」

 かぎりなくフラットな胸を叩いてハルナが言い切る。

 

「いや、しかし」

「いいから、はい、コレ!」

 ハルナは受話器をハルヒコに押しつけると、有無をいわせぬ勢いでツカサを連れ立ち、

一路バトルルームへと向かった。

 

「さて……じゃあ、はじめよっか?」

 ハルナは満面の笑みを浮かべながら振り返る。

 だが、それを見守るツカサの胸中に、猛烈な勢いで暗雲が立ちこめる。

 

「……ミサキさん、妙に楽しそうだね?」

「そりゃそうだよ。Hi-νガンダムは完成したし、これでアマノ君がバトルシステムの使

い方をマスターしたら……いよいよ次はアレの番だしね」

 両手を胸元で組み合わせ、うっとりと目を閉じていたハルナが、いきなりレジの方に視

線を移した。

 

 そこには、毒々しいまでに真っ赤なリボンで飾りたてられたザクレロの箱が、『ご成約

済み』と書かれた棚の上から辺りを睥睨していた。

 

(や、やっぱり忘れてなかった)

 

 拭いきれない不安の元凶を知り、ツカサの顔がみるみる青ざめていく。

 

「あ~、そう言えばこのガンプラ、まだ手直ししたい所があったんだよねぇ、う?」

 いきなり手首を掴まれる。その力の凄まじさに、ツカサの顔が苦痛にゆがむ。

 

「……さっき完成したって言った……」

「で、でもね、こういうのはやっぱり納得いくまで作り込むのも醍醐味だって思うわけで

すよ、って、ちょっと待ったあーッ!!」

 

 わなわなと身体を震わせるハルナ。振り上げられた手にデザインナイフが握りしめられ、

照明の輝きを受けた刃が禍々しい光を放つ。

 

「あー、嘘、嘘ッ! このガンプラ完璧! もう手を加える必要なんか微塵も無いです!」

「そうだよね。わたしもそう思う」

 何事もなかったように微笑むハルナ。だが、その天使のような笑みも、ツカサの瞳には

まるで映ってはいなかった。

 

                    ※

 

 

「これがバトルシステムだよ」

 部屋の中央には、六角形のユニットが4基連結された物が設置されていた。

「GPベースは持ってきた?」

 ツカサはうなずくと、リュックの中からスマートフォンサイズの端末を取り出した。

「じゃあ、ここにセットして」

 ハルナが指さす先には、GPベースを収納するためのスロットがあった。

 

「ねえ、ミサキさん。ぼく、こんな身体だけど、本当にガンプラバトルなんてできるのかな?」

 ツカサは不安そうな顔で車いすを見た。

「へーきへーき、ぜんぜん問題ないって!」

 ツカサの不安を吹き飛ばすように笑いながら、ハルナはGPベースをセットした。

 とたんにツカサの足下がヘックス状に輝き、周りを覆い尽くす。

 

「わっ!? こ、これは……」

 辺りの光景は一変し、ツカサの周りは明滅を繰り返すパネルに覆い尽くされていた。

 それはまるで、コックピットのような印象を見る者に与えた。

 ツカサが壁のパネルに手を当てると、パネルを突き抜けてしまう。

 

「これ、ホログラム?」

「うん、それはバトルの臨場感を高めるためのもの。本当に重要なものは他にあるの」

 いつの間にかツカサの左右に浮かんだ光球状のものを、ハルナは指さした。

 

 「それが操縦桿だよ。ガンプラを動かすのに必要なのは、その操縦桿とパネルの上の幾

つかのスイッチだけなんだ」

「……なるほど、これならぼくでもガンプラを動かせる」

 何度もうなずくツカサの隣で、ハルナはパネル上のスイッチをいじっている。

「ツカサ君、ガンプラ動かすのはじめてだし、まずは慣れないとね」

 

《PRACTICE MODE》

 

 室内に無機質な合成音が響くと、バトルシステムから青く輝く粒子が立ちのぼる。

 

「……きれいだ」

 ツカサはその神秘的な光景に目を奪われた。

 

《Please set your GANPLA》

 

「さ、ガンプラをセットして」

 

 プラフスキー粒子の光を背に、ハルナは微笑んだ。

     

                    ※

 

「あっ!」

 ツカサの目の前で、Hi-νガンダムは盛大にバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。

 

「ああ…」

 両手で頭を抱え込むツカサ。だが、なぜかHi-νガンダムは勝手に立ち上がる。

 

「あのさあミサキさん、やっぱりぼくが動かした方が……」

「いいっ! それにアマノ君、ガンプラ動かした事無いでしょう!」

「でも…」

「気が散るから話しかけないでッ!」

 ハルナの剣幕にツカサは押し黙る。

 

 そう、ツカサに代わり必死の面もちで操縦桿を握っていたのはハルナだった。

 手本を見せると、得意満面で操縦を代わったハルナだが、Hi-νガンダムは数歩も歩か

ないうちに蹴躓き、そのたびに機体を豪快に地面にめり込ませていたのだ。

 

 ちなみに、ステージ上ではHi-νガンダムが12回目の転倒を披露していた。

 

「……失礼なこと聞くようだけど、ミサキさん本当にガンプラ動かしたことあるの?」

 

「あるよ!」

 

 

「何回?」

 

 

「……1回……」

 

   

 

 

(あかん! こりゃあ、あかんわッ!!)

 

 

 

 よほど取り乱しているのか、ツカサは関西風言語で現状を表現しはじめる。

 

 練習用のモードではダメージを受けてもガンプラには反映されないと説明されたが、

これだけ立て続けに転倒を繰り返せば万が一ということも充分ありうる。

 

 どうすればハルナと穏便に操縦を代わることができるか?

 ツカサはかつて無いほど脳細胞をフル回転させ、現状打破の方法を思案し始めた。

 

「……よかったら、おれが代わろうか?」

 救いの手は背後からもたらされた。

 開け放たれたドアを背に、すらっとした長身の男が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 

「あれ、ハヤミさん?」

 反射的に振り返るハルナ。その背後で、Hi-νガンダムがまたずっこける。

 

 通算15回目の転倒である。

 

「あ、あじがどうごじゃいまず! あじがどうごじゃいまずぅうううッ!!」

 涙でぐしゃぐしゃになった顔でハヤミの両手を握りしめ、何度も何度も頭を下げるツ

カサに、ハヤミと呼ばれた男は激しく狼狽する。

 

「え!? あ、ああ……そこまで喜んでもらえると、おれも嬉しいよ」

 

 両者の思考には激しい隔たりがあるのだが、まあ、それはどうでもいいだろう。

 

「さっ、交代だ」

 唇を尖らせハルナは不満そうな顔をするが、眼前の青年には一目おいているのだろうか、

素直に場所を代わった。

 

「おれはハヤミ・レン、君は?」

 操縦桿に軽く手を置くと、レンは前を向いたまま訊ねてきた。

「あっ、アマノ・ツカサです」

 レンは微かに目を見張るが、すぐに大きく頷いた。

「じゃあ、はじめるか?」

 

                    ※

 

「たいしたもんだ」

 レンは、ため息とともに感嘆の言葉を漏らした。

 ツカサはレンが驚くほどの速度でガンプラの基本操作を習得すると、間髪入れずトライ

アルモードに挑戦していた。

 ツカサの操縦は冷静そのものであり、次々と現れる標的を淡々と、しかし的確に撃ち落

としていった。

 

「やっぱり、これってわたしの指導の賜物ですよね?」

「……そ、そうだね。おれもそう思うよ」

 いったい、何を根拠にこの自信が出てくるのだろうか?

 鼻高々のハルナに相槌を打つレンの瞳は、どこか遠くを見ていた。

 

「うそ、的中率86%って……」

 スクリーンに映し出された結果を見て、ハルナは絶句する。その横で、レンは表示された

数値を見ながら目を細めた。

 

(あの短時間でガンプラの基本操作をマスターし、なおかつはじめてのトライアルモードで

この成績……)

 

「なるほどな、リョウゴの奴が入れ込むわけだ」

「え、何か言いました?」

 レンは苦笑しながら片手を振った。

 

「あっ、アマノ君」

 車いすをこぎながら向かってくるツカサに気づき、ハルナが手を振りながら駆け寄っていく。

「すごいじゃない、アマノ君」

「ハヤミさんの教え方が巧いからだよ」

 

 ハルナの頬が、かすかに引き攣る。

 

「ま、まあね。ハヤミさん、アマノ君みたいなバトル初心者を見ると、いつも親切に手ほどき

してくれるんだよ」

「そうだったんだ」

 ツカサはレンの瞳をじっと見た。

 

(ハヤミさん、なんでもっと早く来てくれなかったんですか?)

 

「えっと、どうかしたのかい?」

「いえ、なんでもないです」

 ツカサの魂のアイコンタクトも、残念なことにレンには通じなかったようである。

 

 レンはとつぜん膝を折り視線を合わせると、じっとツカサの目を見た。

 ツカサはレンの真意を計りかねず、とまどっている。

 沈黙に耐えきれずツカサが何か話そうとすると、それを制するようにレンが口を開いた。

  

 

「どうだいアマノ君、おれとガンプラバトルをしてみないかい?」

 

 あまりに唐突なレンの提案に、ツカサは口をあんぐりと開けたまま言葉がでなかった。




次回予告

ついにガンプラバトルにチャレンジすることになったツカサ。

相対するハヤミ・レンのガンプラは? そして、その実力は如何に?
期待と緊張を胸に、ツカサはHi-νガンダムを発進させる。

新たなる道を突き進むべく……。

次回 「ガンダム ヘッドクオーター」

第5話 「初陣」


ツカサの想いと共に、Hi-νガンダムが宇宙を翔る!

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