ガンダム ヘッドクオーター   作:白犬

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第22話 「ツカサの慌ただしい一日 後編」

 

 タカオの悲痛ともとれる問いかけに、無言を貫いてきたツカサはようやく口を開いた。

 

「それ、どういう意味?」

「分からないか……ならば仕方ないな」

 ふいにキュベレイMk-Ⅱの腕が背後に延び、ファンネルコンテナをむしりとってしまう。

 それを背後に投げ捨てると、今度は両手首に内蔵されたビームサーベルユニットをパージしてしまった。

 

「父さん!?」

「残り時間は15秒。少々荒っぽくいくぞ」

 丸腰になったキュベレイMk-Ⅱを擬視しながら、タカオの真意がくみ取れず狼狽するツカサだが、12基のスラスターをフル稼働させ急接近するキュベレイに気づくと迎撃を開始する。

 

 ツカサは頭部のバルカンや腕部に装備されたマシンガンを使い迎撃を試みるが、キュベレイMk-Ⅱは迫りくる火線を軽やかにかわし、Hi-νガンダムに肉薄する。

 

「ぐっ!」

 握りしめられたキュベレイMk-Ⅱの拳がHi-νガンダムの腹部にめり込み、ツカサはコクピットごと激しく揺さぶられた。

 

 

「よく考えるんだツカサ、おまえにとって、ガンプラとはいったい何なのか!」

 

 

 タカオの声とともに、キュベレイMk-Ⅱが両腕を大きく引くと身構えた。

残像を伴った無数の拳が、Hi-νガンダムめがけて打ち込まれる。

 

 

 

「プル! プル! プル! プル! プル! プル! プル! プル! プル!

 プル! プル! プル! プル! プル! プル! プル! プル! プル!」

 

 

 タカオの奇妙な叫びとともに嵐のような勢いで拳が繰り出されるが、もはやHi-νガンダムは防御することもままならず、一方的に機体の破片を飛び散らせながらサンドバッグの如く立ち尽くすだけだった。

 

 バランスを大きく崩したHi-νガンダムの腹部に、とどめとばかりに無惨にひしゃげたキュベレイMk-Ⅱの拳が突き込まれた。

 

「……それが何なのか分からなければ、おまえは決してこの先の戦いに勝ち残れない」

 

 諭すようなタカオのつぶやきとともに、Hi-νガンダムの背中まで貫通した拳をキュベレイMk-Ⅱは静かに引き抜いた。

 

 

 振り返ったキュベレイMk-Ⅱの背後で、Hi-νガンダムが閃光に包まれ四散した。

 

                  ※

 

 バトルシステムから出てきたツカサに、ハルナとコウタが走りよる。

 

「アマノ君!」

「しっかし、おまえのオヤジさん、ホントすげぇなあ」

 口々にツカサに話しかけるが、当の本人はふさぎ込んで顔を上げようともしない。

 

「さっきオヤジさんが言ったこと、気にしてんのか?」

 ツカサはうつむいたまま、かすかにうなずいた。

 

「分かんねぇなら、それも仕方ないさ。でもよぉ、準決勝はもう明日なんだぜ?

うだうだ考えてる間があったら、全力でリョウゴさんたちに当たってみろ!」

 コウタの激励に、ようやく顔を上げたツカサの顔に笑みが浮かんだ。

 

「そうだね、コウタの言うとおりだ」

 

「おう! そして見事に砕け散れ!!」

 

「……それはイヤかも」

 

 

「ぷっ」

 ツカサがなんとも情けない顔でコウタを見上げていると、横でハルナが必死に笑いを

堪えていた。

 

「もうコウタ君たら、それってぜんぜん慰めになってないよ?」

「そ、そっか?」

 

 まじめな顔で答えるコウタを見ていたハルナは、ついに堪えきれなくなって笑い出す。つられてコウタが、そしてツカサまで笑いだした。

 

 さっきまでツカサの身体の奥に澱のように溜まっていた不安が、笑いとともにどこかへ飛んでいってしまった。

 

 

「ほんとうにツカサは、いい友だちを持ったみたいだな」

「うん!」

 

 いつの間にか背後に立っていたタカオに、ツカサは力強くうなずいた。

 

「よし、そろそろ家に帰るか。父さんもツカサのガンプラの修理を手伝ってやろう」

「えっ、父さんが?」

 何気なく話しかけるタカオを、ツカサは眼鏡の奥から目を見開いて見ている。

 

「おいおい、何だよその顔は、前に父さんガンプラ作りの腕前はかなりのものだって

言ったろ?」

 確かにタカオの腕は、さきほどキュベレイを組み上げる過程を見て充分するほど見

せつけられたはずだった。 

 

 

「いや、そいうわけじゃないんだけど……あっ、ちょっと待って父さん」

 

 タカオにうながされ店を出ようとしたツカサは、大切なことを思い出した。

 そもそもこの店には、HQの補修用の品を買うために訪れたのだ。

 ツカサは慌ただしく店内を移動し、目的の品を集めるとハルナが待つレジへと向かう。カウンターの上に並べられた品を見ながら、ハルナが苦笑する。

 

「ずいぶんたくさんあるね。いざというときのために、もう少しマメに補充しておいたほうがいいと思うよ?」

「ご忠告、肝に銘じておくよ。それより、トーナメントをやるとぼくみたいなお客が増えてけっこう売り上げ上がるんじゃない?」

「ま、ね。でも、これぐらい役得が無いとね……」

 ツカサに逆に茶化されハルナは小さく舌をだすと、慣れた手つきでスキャナーで品物のバーコードを読みとりはじめた。

 

「えっと、瞬着パテが一点、瞬間接着剤が一点、3ミリプラ棒が一点、1ミリプラ版が一点……あっ、あとザクレロが五点ですね! いつもお買い上げありがとうございます」

 

「……ザクレロは買ってません」

 

 袋に無理矢理ザクレロの箱を押し込もうとしていたハルナの手が止まる。

 

「で、でも、たしかにアマノ君「これも頼むね」って言ったじゃない」

「言ってません」

 

 ハルナは後ずさりながら、両手で口元を覆い目に涙を浮かべツカサを見つめる。

 

「アマノ君、酸素欠乏症にかかって……」

「かかってません!」

 

 

 肺いっぱいに酸素を行き渡らせ、ツカサのツッコミが店内に響きわたった。

 

                 ※

 

「何やってんだ、ツカサのやつ」

 店何から聞こえてきた息子の叫びに、タカオは首をかしげる。

 しばらくして、ガタピシと扉の開く音が聞こえタカオは振り返る。だが、そこに立っていたのはツカサではなくハルヒコだった。

 ハルヒコは店内に一瞬視線を走らせるが、すぐにタカオのほうに小走りで近寄ってきた。

 

「どうかしたんですか?」

 ふたりを隔てる距離は大したものでは無かったが、ハルヒコは年相応に突き出たお腹を上下させながら息咳き切って話し出した。

 

「い、いえ、じつはあなたにお聞きしたことありまして、あのキュベレイのマニューバ、

『アマノ』という名前、あなたはガンプラ選手権、第2回世界大会に出場していたあの……」

 そこまで一気に、話し息の続かなくなったハルヒコを見ていたタカオは苦笑する。

 

「以外ですね。あんな大昔の話、もうとっくに忘れ去られと思ってましたよ」

「忘れるもんですか、あなたは本当に強かった。あなたのガンプラ、『キュベレイL・P・S』も」

 上気したハルヒコの口から紡がれた言葉を耳にするや、タカオは照れたように頭を掻きながら、懐かしさのためか目を細めた。

 

「大会を途中で投げ出した男には、もったいないぐらいの言葉です……あの店長さん」

 タカオの手の動きが止まった。

 

「このことは、ツカサには黙っていてもらえませんか?」

「アマノ君は、あなたが世界大会に出たことを知らないんですか?」

 目を丸くしながら尋ねるハルヒコに、タカオを無言でうなずいた。

 

 ほんの数ヶ月前までツカサはガンプラバトル、というよりガンダムそのものを毛嫌いしていたのだ。

 

 タカオの過去など、ツカサは知る由もないだろう。

 

(そのツカサが、まさかガンプラバトルにのめり込んでたとはな……)

 

 タカオは心の中で苦笑していた。

 

「ツカサにとって、おれの過去などなんの意味もないんです。あいつに大切なのは、もっと先に──未来にこそあるんですから」

「分かりました」

 タカオの心情に気づいたハルヒコは、大きくうなずきながらそう言った。

 

 

 

「ありがとうございました~」

 ハルナの上機嫌な声が聞こえ、店の中からツカサが姿を現す。

 

 だが、なぜかツカサの頬は痩け、憔悴しきっていた。

 

「馬っ鹿だなぁ、なにミサキの言いなりになってんだよ?」

 哀れみと呆れが絶妙にミックスされた声で、コウタがギクシャクとした動きで車いすを押すツカサに話しかける。

 

「しょうがないだろ。ああでもしなきゃ、いつになったら帰れるか分からないんだから」

 車いすの手押しハンドルに括りつけられた、パンパンに膨らんだ袋にツカサは虚ろな視線を向ける。

 

「どうかしたのか?」

 息子の変わり果てた姿に、タカオは眉をひそめた。

 乾いた笑い浮かべながらツカサは口を開くが、携帯の着信音に言葉を飲み込んでしまう。

 ツカサは億劫そうに携帯をのぞき込むが、その身体が落雷でも受けたかのように硬直する。

 

「母さんからだ」

 

 無意識につぶやいた一言が、ツカサの意識を覚醒させた。慌てて唇に指を当て周りに

合図を送る。

 

 静寂に包まれた場にツカサは満足そうな顔をすると、2、3度軽く咳をし通話ボタンを

押した。

 

 

『あっ、ツカサ? ごめんね、寝てた?』

 心配そうなサナエの声がツカサの耳朶を打ち、かすかに罪悪感が沸き上がる。

 

 「ゴホン、ちょっと、ね。うん、かなり調子はよくなったみたい、ゴホ!ゴホ! もうだいじょうぶだよ」

 風邪を装う演技も熱を帯びてきたようだった。

 ひたいに手を当てながら、辛そうな口調でツカサはサナエとの会話を続ける。

 

 

「やっぱりアマノ君て黒いよね?」

「ああ、買ってもいないザクレロを無理矢理押しつけるヤツのセリフじゃないが、おれもそう思う」

 

 

 声を潜めながら話しかけるハルナにコウタは上の空で答え、なおも迫真の演技を続ける親友をながめていた。

 

「……うん、ほんとうに、ゴホッ、だいじょうぶだって。それより母さんこそ同窓会の途

中じゃないの? 今どこから電話してるの?」

 

 

 

 

 

 

 

『ツカサの部屋からよ』

 

 

 

 

 

 

 

 ツカサの心臓が激しく鼓動し、心拍数が一気に上昇した。

 押し出されるように血液が全身を駆け巡り、頼みもしないのに勝手にパンプアップ状態になったツカサの身体が一回り大きくなった。

 

 

 

 

『母さんね、ツカサに話したいことがたくさんあるの』

 

 

 

 

 淡々と話すサナエの声音はいつもと変わらぬ穏やかなものだったが、ツカサの全身は

一気に総毛立った。

 

 

 

 

『……早く帰っていらっしゃい』

 

 

 

 

 通話の終わった携帯を握りしめたまま、ツカサは彫像のように動かなかった。

 取り囲むように立つハルナたちも、ツカサのおかれた状況を敏感に察し声もなかった。

 

 

 GBトーナメント準決勝開始まで残すところあとわずか。それまでにHQの修理は間に合うのか?

 

 

 

 それ以前に、ツカサの運命や如何に?

 





次回予告
なんとかHQの修理を終え、トーナメント準決勝戦へ挑むツカサ。
だが、ことに準決勝第一試合ははじまっており、ステージ上ではリョウゴとアキトが死闘を繰り広げていた。
はやるツカサだが、ひょんなことからひとりの少女との邂逅を果たす。

次回「ガンダム ヘッドクオーター」

第23話「黒衣の少女」

その少女は、ツカサの未来を変える者。

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