倉庫   作:ぞだう

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 ――あ、もしもし。私だよ、プロデューサー。
 ごめんね、やっと仕事終わって帰ってきたところに突然電話なんて。
 大丈夫? ――ふふ、ありがと。
 それで、うん……そう、ちょっと伝えたいことがあって。
 ううん、べつに悩みとかじゃ――いやまあ、悩みといえば悩みなのかな。
 今じゃなくてもいいことなんだけど。
 ……うん。でも、そろそろ伝えたいなって思って。
 ほら、一応私、シンデレラガールっていうことで――こう、なんていうのかな、一つ目指していたものには届いたわけじゃない?
 それはまあ、うん、その通り。これからも目指すものは――目指していけたらいいな、って思うようなものはあるし、その辺りプロデューサーがいろいろと躍起になってくれてるのも知ってるけどさ。
 大きなまず一つとして、私も届いたというか至れたというか……とりあえず一つ手を伸ばしてたものを掴み取ることができて、一段落――っていうと変だけど、まあしたなぁって思ったの。
 だからさ。
 到達した今、終わった今、切り出すには今っていう機会がいいのかなって。
 ずっと思ってたこと。ずっと思ってて、ずっと伝えたかったこと。
 本当はまだ早いんだけどね。
 たぶん、まだ足りない。もうちょっと時間を置いて、もっとちゃんとしてから伝えたほうがいいんだろうな、とは思うんだ。
 でも伝えたい。
 私ってさ、言われるほど強くはないんだよ。
 プロデューサーや皆は私のことを強いやつだって言ってくれるけど、そんなことない。
 弱いんだ。
 普通に弱くて、弱いし、弱いんだよ。
 だから伝えたい。
 秘めているのも、抱えているのも、伝えずにおくのもそろそろ限界だから。
 だから……。
 ――って、ふふ、もう、そんな深刻そうな声出さないでよ。
 さっきも言った通り、悩みといえば悩みなのかもしれないけど、そうじゃないっていえばそうじゃない。
 虐められてるんだーとか、変なことされたんだーとか、そういう類のことじゃないから。
 ん。まあ、真剣には聞いてもらわないと困るんだけどね。だけどそんな深刻な雰囲気にはならなくて大丈夫。
 と、それじゃあまあ、本題。
 ……いいかな?
 そう、ありがと。
 じゃあ言うね。
 んん……こほん、んっと。
 ふふ。なんかこう、改まった雰囲気で話すのは少し、恥ずかしい気もするんだけど。
 ――うん。
 あのね、プロデューサー。
 私、ずっとプロデューサーのこと――


アイドルマスターシンデレラガールズ
プロデューサーが決めて?(渋谷凛)


 ――そっか。

 ん、うん、分かったよ。

 もう、そんなに謝らなくてもべつにいいって。

 きっとこうなるんじゃないかなっていうのは、まあ予想してたし。

 ふふ――当然でしょ、そんなの分かるよ。

 プロデューサーが何を思って、どう考えて、なんて答えそうなのか、なんて。

 分かるに決まってるじゃん。

 今までずっと、見続けてきたんだから。

 ずっと。

 プロデューサーが私を見つけてくれて、私がプロデューサーと出会えたあの日、あの時からずっと。

 私はプロデューサーのことを見続けてきたんだから。

 だから分かる。分かるし、分かってた。

 断られるんだろうなって。

 要らない。持ってる全部、何もかも全部要らない。捨てていい。――それでもいいから、欲しいなんて。

 他の全部を投げ捨ててでも、プロデューサーと一緒になりたいだなんて。

 そんな告白、断られるんだろうなって分かってた。

 いいんだ。

 それならそれで、べつにいい。

 それはもちろん、もしかしたらって淡い希望を持っていなかったわけじゃないし、もし叶ったのならそれが最高の形ではあったんだけど。

 でもいいんだ。

 叶わなかったならそれで、べつにそれでも構わない。

 予想してたし、覚悟もしてたから。

 だからいいんだよ。

 そう、いいの。だからほら、そんな辛そうな顔して苦しそうな声出さないで。そんなの似合わないんだから、ね。

 ――ん、それでよし。いいよ、ありがと。

 とまあ、うん。

 覚悟してた通り振られちゃったことだし……そうだね、もういいかな。

 ん? もういいって何が、って?

 イヤだな、そんなの決まってるじゃん。

 お別れだよ。

 そ、お別れ。

 振られちゃった以上、もう意味はないし。

 これまでも、今この時も、そしてこれからも、私の人生の意味は何も、さ。

 プロデューサーと一緒になれないんなら意味なんてない。

 生きてたってしょうがない。

 だからお別れ。

 叶わないのに生きていても意味はないし、叶わないと分かってるこんなに大きなものを抱えたまま生きていくなんて私にはできないし。

 だからお終いにする。

 死ぬの。

 大丈夫、心配しないで。仕損じたりしないよ。ちゃんと死ぬから。

 どこを刺せば楽なのか、簡単なのか、そういうのは確かにあんまりよく分からないけどさ。

 要するに死ぬまで刺し続ければいいだけなんだから。何度も何度も、ちゃんと死ねるまで刺したり裂いたりし続ければ。

 大丈夫、中途半端になんてしないから。

 痛くて辛くて苦しくて手が緩むことはあるかもしれないけど、でも止めたりなんてしないよ。

 だって、そんなどうでもいいものなんかに邪魔されて中断させられちゃうほど弱い意思じゃない。

 死ぬの。死にたいの。死ぬしかないの。

 プロデューサーと結ばれない人生なんて絶対に願い下げ。そんなものの上を歩くぐらいなら、私はいっそ潔く死にたいの。

 私の隣にプロデューサーがいてくれない人生なんて、いてくれないんだって分かっちゃったこんなものの中へなんて、もうどんなにほんの少しの間でもいたくない。

 だからお別れ。

 ふふ、プロデューサーに振られた私がこうなるだなんて当然の当たり前、これ以外にないこれ以上ない自然でしょ?

 プロデューサーはさ、私の全部なんだから。

 こうなるに決まってる。当たり前じゃん。

 気にしないで――なんて、そんなことは言わないよ。

 そんな嘘はさ。

 好きなんだよ。大好きなの。愛してる。

 プロデューサーのことを何よりも――だから、気にしてほしいもん。

 結ばれないならせめて、一緒にいられないんならせめて、せめて覚えていてほしい。

 ま、どうせプロデューサーのことだから、気にしないでなんて言っても気にし続けてはくれるんだろうけど。

 でもあえて、追い打ちみたいで汚いけど、言うよ。

 気にして。

 私のことを気にして。

 私のことを気にし続けて。

 プロデューサーに振られて死んだ、渋谷凛っていう女のことを気にして。

 覚えていて。忘れないでいて。これからずっと気にし続けていて。

 私を永遠に刻み込み続けていて。

 ……ふふ、汚いよね。

 こんな呪いみたいな、どうしようもないことばっかり吐き散らかして。

 自分でも思うよ、汚いなぁって。

 でもごめん。

 こうしちゃう。こうなっちゃう。こうするしかできないんだ。

 これが私。

 こうしちゃうのが私。こうなっちゃうのが私。こうするしかできないのが私だから。

 想いが叶わないことに堪えられなくて、死を選んで。

 そうして死ぬことには躊躇ないくせに、どんな形ででもプロデューサーの中に残りたいって未練がましく願って。

 自分は死んで楽になって、プロデューサーには嫌なものばっかりを残して。

 汚いよね。最悪、嫌なやつ。

 ……だけど、それでもこれが私なんだ。

 プロデューサーのことが好きで、大好きで、愛してるのに――でもそうだからこそ、好きで大好きで愛してるからこそこんなに汚くなっちゃうのが、これが私なんだよ。

 ごめんね、プロデューサー。

 許さなくてもいいよ。嫌いになってもいい。憎んでくれたっていい。

 でも、忘れないでいて。

 私のことをこれから先もずっと、ずっとずっと。

 プロデューサーが忘れないでいてさえくれたなら私は、今ここで死んだって――

 ……ふふ、もう、そんなに声を荒げて。

 無駄だよ。何を言われたって私は、プロデューサーと結ばれないのならもう。

 ――それにそれも。それも無駄だと思うよ。

 スーツも脱ぎかけだったのにそのままそんなに勢いよく飛び出して……同じマンションのご近所さんに迷惑だよ。――でも、ふふ。これは私のところに来てくれるつもり、っていうことなのかな?

 でも無駄だよ。私はここにいて、プロデューサーはそこにいる。間に合わないよ。

 私は今すぐにでも包丁を突き立てられるのに、止められるわけがないじゃん。

 無駄だよ、無駄。

 そもそも……私が今どこにいるのかも分かってないんでしょ。

 事務所じゃないよ。テレビ局でもないしレッスンスタジオでもない、家でもない。

 今まで私とプロデューサーが一緒に過ごしたどんな場所でもない。

 見つからないよ。聞こえない。辿り着けない。

 ……私からはずっと見えてたし、全部聞こえてたし、いつでも辿り着けたんだけどね。

 ふふ、話し過ぎかな。

 死ぬときは潔く、って言ってたし思ってたんだけど……駄目だね、おしゃべりになっちゃって。

 本当、こんなところでまで未練がましくて汚くて、なんなんだろ。

 ……え? いいから、もっと話そうって?

 ふふ、私の居場所に見当がつくまでなんとか引き伸ばそうとしてるの?

 それとも、どうにかして私に死ぬのを思い止まらせようとしてるのかな?

 無駄なのに。

 まあ、私の居場所を突き止めるっていうほうは不可能事っていうわけでもないんだろうけど……でも、やっぱり無駄だよ。

 もし私の居場所を探し当てたところで、プロデューサーが私に届くよりずっと早く私は手遅れになれちゃうし。

 プロデューサーのことをずっと見て、聞いてきた。ずっと見てるし、聞いてる。プロデューサーのことはなんだって分かってるんだから。

 だから届かないよ。見つかったとしても、私はプロデューサーが私を見つけたと気づくその前に気づくから。生かされる前に死んじゃえる。見てるんだもん、ずっとずっと。

 それに思い止まらせようとするのも……それこそ、こっちは本当に不可能だよ。

 思い止まる意味がない。思い止まる理由がない。思い止まるに至る何もかもがないもん。

 言ったでしょ。私の、私にとってのすべてはプロデューサーなの。

 もちろん好きなものはあるし、恋しいものもあるよ。いろいろ、いっぱい、たくさん。――でもそれは、プロデューサー以外の世界での話。好きだし恋しいけど、でもプロデューサーっていう私の世界の根幹が消えちゃったらもうただの無価値。

 私の世界を輝かせてくれるのは、意味を与えて煌めかせてくれるのはプロデューサー。プロデューサーと出会ったあの時から、私の世界はプロデューサー無しじゃ成り立たなくなっちゃったんだよ。

 だから何を言っても無駄。仲間? 家族? 立場? 世間体? お金? そんなの知らない。プロデューサーがいないなら、そんなの心底どうでもいい。

 無駄。私は思い止まりなんかしない。何を言われたって、私はただ死んでいくだけ。

 だからやめなよ。そんなに必死で……飲もうとしてたコーヒーでカーペットを汚しちゃってる。綺麗に揃ってた玄関の靴も散らかして。ドアだって閉めもせずに。……ふふ、そこまで必死になってくれるのは嬉しいけどさ、だけどもうやめなよ。

 無駄なんだから。だから、そんなになることなんてない。

 ……ん? もちろん、本気に決まってるじゃん。

 全部本気。嘘も偽りも誤魔化しもない、正真正銘全部本気だよ。

 死ぬ。

 死んで、お別れするの。

 思い止まることはない。中断はない。進むだけ。

 ふふ……もう、そんな声出しちゃって。

 そこ、それなりに人もいる大きな通りでしょ。そんなところで鼻の詰まった、どうしようもなく震えた、死んじゃいそうな泣き声を……。

 もう……まあでも、そこまで想ってもらえてるんだって思うと私は嬉しくもあるんだけどさ。

 駄目だよ。

 うん、ごめんね。

 そこまでされても――でも駄目なの。どうにもならない。もう止まらない。

 ごめんね。

 いくらプロデューサーの頼みでも、お願いでも、それでも駄目。――私自身、もうどうにもできないんだ。

 何をどうしてどうやっても、生きようと思えない。考えられないし、できないんだよ。

 駄目。

 もう私は。

 もう渋谷凛は。

 もうプロデューサーを失った私は。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ああ、だけど。

 だけど一つだけ……たった一つだけ、死なずにどうにかなる方法があるかもしれない。

 んっ――ってもう、いきなりそんな大声出さないでよ。

 本当か、って……うん、本当だよ。嘘じゃない。

 こんなときに嘘なんて言わないよ。

 一つだけ。……うん、一つだけ道がある。

 私の生きる道。

 ふふ、もう、そんなに焦らないでよ。

 教える。教えるから。はぐらかしたりしないから。

 落ち着いて。……落ち着けなんかしない? ――そっか、そうだよね。ごめん。それとありがと。――……でも、うん、だったらそうだね。それならさ、落ち着いてとは言わないからせめて体勢だけ。私の言葉を聞く体勢だけでいいから、整えてほしいな。

 どう? 大丈夫そう? ――いい? そっか。うん、ありがと。

 ――それじゃあ本題、なんだけど。

 なんていうかさ、凄く簡単なことなんだよ。

 そう、簡単なこと。

 受けてくれればいいんだよ。

 プロデューサーが私の告白を受けてくれればそれで。

 立場なんて捨てて、周りの誰かのことなんて無視して、他のことなんてどんな何も気にせず一途にまっすぐ私の想いにだけ向き合って。

 そうして受けてくれればいいんだよ。

 恋人。夫婦。伴侶。私とプロデューサーが将来を、未来を、永遠を一緒に過ごせるように約束してくれればいいんだよ。

 私のことを好きで、大好きで、愛してるっていうその気持ちを押し殺して隠したりしないで――ただ素直になってくれれば、私のことを受け入れて、抱きしめて、私だけを想ってくれればいいんだよ。

 いてくれればいい。

 これまでみたいに、これまでよりもずっと、これまでの上へ塗り重ねるように永遠を。

 他の誰よりも近い恋人っていう距離で、他の何よりも深い夫婦っていう関係で、他のどんな誰よりも何よりも強い伴侶っていう在り方で、私と永遠を一緒にし続けてくれるんだって――そう、誓ってくれればそれでいい。

 それだけ。たったそれだけの簡単なこと。

 ね、なんでもないことでしょ?

 一回間違えちゃった答えをもう一回、今度は間違えないように出せばそれでいいんだよ。

 やり直すだけでいいの。

 私はプロデューサーがいないと生きていけない。――でも、プロデューサーさえいてくれるんなら生きていける。死のうだなんて思ったりせず、今までみたいに――プロデューサーの傍で、生きていけるんだよ。

 だから、それだけでいい。

 私を恋人にしてくれればいい。私と夫婦になってくれればいい。私をプロデューサーの伴侶として選んでくれればそれでいい。

 そうすれば、そうしてくれたら死なないよ。生きていられる。

 血塗れになって、穴だらけになって、目も当てられないような酷い有様で死んでいかずに――プロデューサーに振られて、それで、そのせいで私が死んじゃうようなことはなくなるの。

 簡単でしょ?

 私を選んでくれればいいんだよ。他のものなんて全部捨てて、私と一緒に居ることを願ってくれればいいの。

 ――……ねえ、プロデューサー。

 どう。どうかな。どうなのかな。

 教えたよ。二つしかない道の内の一つ、私が死なずに生きる道。

 どうするの、プロデューサー。

 どっちを選ぶの?

 私はいいよ、どっちが選ばれても。プロデューサーに助け出してもらう道でも、プロデューサーに見捨てられる道でも、どっちが選ばれても構わない。

 ねえ、どうするの。

 私と一緒になってくれるの? それとも私を殺すの?

 選んで。

 私を救うのか。私を殺すのか。

 私を生かすのも殺すのも、全部プロデューサーの答え次第だよ。

 ねえ、どうするの、プロデューサー。

 答えて。

 私を救って。私を殺して。私を、渋谷凛を、プロデューサーの意思で決めて。

 考えて。願って。確かめて。

 プロデューサーが本当に選びたいのはなんなのか。私なのか、私以外の何かなのか。ちゃんと考えて、それから決めて。

 プロデューサーの意思で、プロデューサーの考えで、プロデューサーの想いで決めて。選んで。手に取って。

 プロデューサー自身の決断で、私の生死を定めて。

 ……。

 …………。

 ………………ねえ、プロデューサー。

 どうするの。

 私は受け入れるよ。生きろ、って言われても。死ね、って言われても。

 プロデューサーの答えを受け入れる。

 だからほら、ね?

 言って。

 私をどうするの? 私はどうすればいいの? 生きてていいの? 死なないといけないの? 私と一緒にいてくれるの?

 言って。

 決めて。答えて。選んで。

 ねえ、どうなの、プロデューサー……?


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