倉庫   作:ぞだう

1 / 25
提督を頂きたいです。
――ええそう。提督を、貴方を、貴方の口付けを頂きたいのです。
もちろん悩ましいところではあります。
提督を望むのは揺るぎないこととして――けれど、いったい提督の何を求めるのか。
提督の身体、その内のどの部分を欲するべきなのか。
それはとても難しい問題です。
提督の身体は、存在は、すべては私にとって至高のもの。
何一つ余さず只一つの例外なく至上のもの。
そうであるがゆえに、その内のいったいどちらを願えばよいのかという選択は簡単ではありません。
一本一本が確かな感触を伝え、幾重にも重なりながら私へ絡まってくる髪。
甘く温かな吐息を伴って、艶やかに輝く肌の繊細な触感を晒す顔。
呼吸のために上下し熱っぽく体温を高め、濃密で濃厚な汗の味を纏った首元。
引き締まりながらも柔らかな、弾力ある素敵な噛み心地を持った二の腕。
腹のぷにぷにと爪のすべすべ、まったく異なる二つの舌触りを実現する指の先。
気持ちよく心地のよい鼓動を刻み、溺れそうなほどの安心を感じさせる胸。
包み込むように抱き止めて、どこまでも受け入れてくれるお腹。
広くて大きくて、男らしく締まった少し硬くて温い背中。
身体を犯し尽くし心を壊して蕩けさせてしまうような、噎せ返るほど深い官能を贈り注いでくれる秘所。
五臓六腑からを脳髄までもを強く激しく痺れさせ、厚い肉の感触を以って迎え入れてくれる臀部。
腕と同じく引き締まりながらも柔らかな、けれどそれよりも更に広く多様な心地をくれる脚。
首元のように味濃く手のような舌触りを持ち合わせ、背徳的な想いを感じさせてくれる足の先。
そのどれもが魅力的で魅惑的で、どうしようもなく私を誘い惑わせる何よりのものですから。
ですから当然迷います。盛大に存分に、迷いました。
――けれど、そう。やはりそれがよいのです。
甘噛み、吸い付き、舐め回し、
舌先で突き、舌の腹で味わい、舌全体で擦り付き、
思いきりこの身に感じ、心から愛し、すべてを掛けて想いたいのは――
頂きたいのは、やはりそれなのです。
唇を、歯茎を、歯列を、舌を、頬裏を、喉奥を、その口内を頂きたいのです。
口付けを交わしたいのです。
確かにこれは――提督との口付けは、既に幾度となく繰り返してきたこと。
啄むようなそれも、貪るようなそれも、ありとあらゆる形を以って繰り返し交わし合ってきたこと。
けれど、やはりこれがよいのです。
私がこの唇を触れさせた初めての貴方がここでした。
私がこの唇を触れさせたもっとも多くの貴方がここでした。
私がこの唇を触れさせた他のどんなものより愛おしい貴方がここでした。
私は、やはり好きなのです。
ここが、貴方の唇が、提督との口付けが、
たまらなく――止めどなく溢れてくるのを抑えられず、際限なく満ちていくのを鎮められないほど、
気に入って、惚れ込んで、純粋に好きで――大好き、なんです。
ですから――ですから、そう。
お願いします。私に、提督をください。
提督との口付けを、愛おしい睦み合いを、想いに満ちた幸せな時を、私にください。
大丈夫。ここには私と提督の二人だけ、何も邪魔は入れさせません。
ですからどうか安心して。何も気にしないで。私のことだけを見て、考えて、想って。
ほら、ね――
口付けましょう、提督。私と、求め合って想い合いましょう。
愛していますよ。
誰よりも何よりも、貴方のことを。
ああ、提督――


艦隊これくしょん
口付けを致しましょう(加賀)


「……」

「…………」

「………………え、っと。加賀さん」

「なんでしょう」

「その……今、なんて?」

「あら、聞こえていなかったのかしら」

「いやなんというかこう、聞こえなかったとかではなく内容がいろいろ――」

「提督を頂きたいです。――ええそう。提督を、貴方を、貴方の口付けを頂きたいのです。もちろん悩まし――」

「いや、言わなくていいからね。一言一句そのままに繰り返さなくていいからね」

「――ふむ、ではどうすればよいのでしょう」

「どうすれば、というかその――えっとうん、とりあえずまず」

「はい」

「口付け、っていうのは……どういう?」

「? どういう、とは?」

「いや、だっていきなりそんな」

「何もいきなりではありません。常日頃から胸に秘め、心に満たし、想い続けていることです」

「でも僕、そんなの初めて聞いたんだけど」

「当然に過ぎるほどのことですから、あえて口にするまでもなかったというだけのことでしょう」

「えー」

「以心伝心。言葉はなくとも、私たちの間でなら問題はありませんでしょう」

「やー……うん、残念ながらそうでもなかったみたい、かなぁ」

「――――ああ、なるほど」

「加賀さん?」

「それはつまり、言葉なしに伝わっているようなこともすべて言葉にし贈ることで今後更に仲を深めよう、ということですね」

「え?」

「確かに――私と提督との間には決して起こり得ないことといえ、仲睦まじい二人の間にもほんの些細な『言葉が足りない』ことで亀裂が、というのはよく聞く話です。重ねて言う通り私たちの間に亀裂など生じようはずはありませんが、しかしそうすることでこの深く密な関係をいっそう深めようと――そういうことなのですね」

「や、あの」

「分かりました。それでは今からは秘めることなくすべて――時間を問わず場所を問わず、欲を好意を想いを愛を、どんなに些細なことまでも余さず言葉にすることに致しましょう」

「あー……うん、どうしてそう飛躍しちゃったかな」

「――と、それでは早速」

「うん?」

「提督、口付けを。――事を急く女はお好きでないと知ってはいますが、しかしそれでも貴方とのこと。――正直あまり長く抑えてはおけませんので、どうかお早く」

「わ、それについては確定事項になっちゃってるんだ。――というか、その、加賀さん、迫ってくるのはやめて。若干目も怖いし、えっと」

「……貴方が待てというのなら仕方ありません。貴方の秘書艦、貴方のパートナー、貴方の女としてここは聞き分けましょう。容易に抑えられるものではありませんが、提督のためであれば私は」

「ああうん、僕のためならってそういうのは嬉しくも思うのだけどでもこう……いや、まあもういいや。それより」

「はい、なんでしょう」

「その――口付け、っていうのはいったい」

「いったい、と言われましても……口付けは口付け。何も穿つことはない、そのままの意味ですが」

「いや、口付けっていう言葉の意味はあれなんだけど――こう、どうしてそれを口にしたのかなーというか」

「どうしても何も――おっしゃったではないですか。此度の大規模作戦へ貢献した褒賞として、望みのものを提督から贈ってくださると」

「望みのもの、というか食べたいもの、ね」

「似たようなものです。大した差異はありません。それに食べたいもの、でも間違いではないはずです」

「いやまあそうやって強引に解釈できないこともないかもだけど」

「ええ、何一つの疑問も生まれないところです」

「そんなまっすぐに言い切られると」

「私が提督への想いを迷い、躊躇し、悩むわけがないでしょう。貴方への私の想いにまっすぐ一途でないものなど、一つとしてありません」

「得意気な顔をされても。……まあ、不覚にも嬉しいけどさ」

「そうして照れたお顔も素敵です。――それで、提督」

「え、うん?」

「抑えるとは言いました。実際、貴方のために抑えるつもりではいます。――けれど、それでも、やはり限界はあります。他の事象に関してならいざ知らず、貴方のこと――愛する貴方の、あの甘美な味や感触を、幸せを我慢し続けるのは……。ですから提督、私はいつまでお待ちしていれば」

「…………ん?」

「どうかしましたか?」

「いやまあうん、いろいろとあるにはあるんだけど。まずその、初めから気になっていたこととして」

「はい」

「どうしてそんな、味やら感触やらを知っているようで――そして、僕と口付けを交わしたような風なのかな」

「……はい?」

「や、そんな首を傾げられても」

「すみません、あまり予期していない問いだったもので」

「これほど妥当な問いもないと思うけど」

「いえ、ですが――そうですね。これも先の『すべてを言葉に』という約束のためなのですものね。分かりました。明らかで開かれた周知のことではありますが、改めてお伝えしましょう」

「明ら――いやうん、どうぞ」

「はい。まず簡潔に説明すると、味や感触を知っているのは味わい愛でたことがあるから。後者は、実際に幾度も交わしているからです」

「…………うん?」

「例えば――そうですね。提督、先日夜戦をお断りしたときのことを覚えていますか?」

「あ、ああうん。試験的に空母も夜戦へ投入できないか、演習で一度ーとお願いしたときのことだね」

「ええ。提督からの願いを断るというのはとても心苦しいものでしたが、恥ずかしながらあの時の私は久しく触れ合いを持っていなかった影響で抑えが利かなくなってしまっていまして。――あの後、提督はお眠りになられたでしょう」

「そうだね。君にお茶を淹れてもらって、二人で書類と向き合って、しばらくしたら眠気に襲われてしまって。少し早かったし仕事も残っていたけれど、後を引き受けてくれるっていう君に甘えて布団へ――」

「あの時、提督がお眠りになってから部屋に上がらせて頂きまして。そこでいろいろと、口付けを始めとして抱擁や慰めなど種々様々思いのまま交わさせて頂いたり致しました」

「……え、っと」

「とても良い夜でした。――ふふ、褪せぬ興奮と恍惚に今でも身を焦がす思いです」

「おかしいな、一応自室には鍵を掛けていたはずなのだけど」

「掛かってはいましたが……あの程度私の想いの前には無力で無意味、鎧袖一触です」

「うん、頼もしい台詞だから普段聞く分にはとっても心強いのだけど今は少し聞きたくなかったかな」

「すみません。しかし、解きつつも壊しは致しませんでしたので」

「そこの問題じゃないんだよなー。……というかえっと、その、なんというかあれ、すごく混乱してしまっているんだけどこう――何、ということは僕って加賀さんにいろいろされてしまっているの?」

「いろいろ、とは」

「や、その」

「――ああ、なるほど。大丈夫です提督、私はそんなに無粋な者ではありません。提督の精や提督との官能は知りこそすれ、まだ本当に結ばれるようなことには至っていませんから」

「それは大丈夫と言えてしまう範疇なのかな?」

「他の行為とは違い、それはやはり提督の意思で提督の側から求めてほしいですし。――それに、今は提督もそれをお望みにはならないでしょうからね。誰よりも近く何よりも信頼を置かれるもっとも練度の高い艦であり戦闘を離れた部分まで公私に渡って提督をお支えする秘書艦、そんな私が状況の落ち着かない今の時点で艦娘としていられなくなってしまってはいけません。ですから、それについてはまだ何も。共に清いままの身体です」

「しっかり深く考えてくれているようで一瞬感謝しかけたけど、やっぱりそういうことじゃないからね。もっとそれ以前に問題としなければならない点が山のように積まれているからね」

「ああ。けれどもちろん、私にとっては提督の想いこそが何よりのもの。もしそれでも私を求めてくれるというのなら、私は今この瞬間にそこへ至ってしまっても構いませんが」

「あーもう、聞いてないし。……というか、あの、加賀さん」

「なんでしょう、提督」

「その……こういうことを自分から言うのはあれなのだけど、こう――加賀さん、僕のこと好きなの?」

「……」

「…………」

「………………はい?」

「うん?」

「ええと、その、それはいったい」

「そんなに戸惑われるとこっちまで戸惑ってしまうのだけど」

「――――ああ。ああ、なるほど。そういうことですか、分かりました」

「ん?」

「察しが悪く申し訳ありません。提督の問いがあまりに予期せぬもの――決して揺るがずわずかほどの疑念も生じ得ないはずの事柄についてその存在を疑うようなものだったので、提督の言葉の意図へ思い至るのが少し遅くなってしまいました」

「え、っと……うん?」

「すべての想いを言葉に。改めて口にするのは少々気恥ずかしくもありますが――ええ、言いましょう。私は貴方が、提督のことが好きです。好きで好きで好きで、もはやどうにもならずどうしようもないほどに大好きです。様々な色に光り輝き、そのどれもで私の心を魅了する貴方の表情が好きです。私を震わせ痺れさせる、甘くて柔らかな声が好きです。身体の芯まで脳髄まで犯し溶かしてしまうような、その刺激的で蠱惑的な匂いや味が好きです。柔らかで優しげで、けれど途方もないほどの安心感を与えてくれる貴方の胸が好きです。どこまでも温かく私を受け入れ抱き締めてくれる、思いやりに満ち愛情に溢れた心が好きです。語り尽くせなどしないほど、限りなく終わりもないほど、湧いて溢れてくるのが押し止められないほど、提督のことが好きです。大好きです。大好きなのです。貴方のお傍に居る、ただそれだけで心臓の高鳴りを止めることができなくなります。貴方を想う、そうしているだけで幾つもの夜を越えられてしまいます。貴方に触れる、ほんの指先ほどでだけのわずかな接触の度にすら毎回全身を焼け落としてしまわんばかりに身体を熱っぽく燃やしてしまいます。どうすることもできないのです。貴方とのこと――ただそうあるだけで、たとえそれがどんなに小さくどんなに細かで周囲から見ればまるで何も特筆するべきでないようなどうでもよいとすら言われてしまうであろうものであったとしても、それが貴方とのことであるならそれだけで、提督とのことであるならただそれだけで感極まり、壊れてしまいそうなほどの絶頂へと至り、提督と関係しない事象では決して感じることのできない幸せを全身で全霊で感じられてしまうほど、それほどに貴方のことが大好きなのです。貴方の艦として、貴方のパートナーとして、貴方の女として――こうして、私が今こうして在れるのは提督のおかげ。貴方のおかげで歩みを進めていられる。貴方のおかげで高みを目指していられる。貴方のおかげでより良くより素晴らしくあろうと努力をしていられる。提督がいて、立って、在っているおかげで私はこうして私として生きていられる。提督は私のすべて。比喩ではありません。そのまま言葉のまま、本当に比喩ではなく貴方は私のすべて。そう言えるほど、偽りなくそう思え間違いなくそう確信できるほど、提督は私にとって大切な存在なのです。大切で――重要で肝要で、失ってしまってはもう生きていくことも適わなくなってしまうほど、それほど大きな存在なのです。好きです。大好きです。お慕いしています。貴方を、提督を、私は――ありとあらゆる他のどんなすべてより、愛しています」

「――――」

「提督?」

「えっと、やー……その」

「ああ、すみません。どうあっても言い切れず表し切れないこと、と言葉を短くしてしまったのですが……確かにこの程度ではご不満でしょう。私としても、これでは申し訳なくもあります。分かりました、それでは続きを――」

「あ、いや、それはいいからっ」

「? そうですか?」

「うん、いいから。――うんそう、うん」

「提督?」

「あー……なんというか、こう、少し混乱が深まってしまったというか。えっと、その」

「――」

「うん、と」

「――――」

「ああ、えっと」

「――――――提督」

「えー……ん、うん? 加賀さん?」

「すみません。まだ未熟、私もまだ鍛錬が足りていないようです」

「え? って、えっと、加賀さん、近い――」

「惑う姿も素敵です。――そんな姿を見せられてしまったら、私――もう、抑えられません」

「うわ、ちょっ、目が怖いよ? 力もすっごく強いし、加賀さんっ」

「お叱りは後ほどお受けします。ですから提督、今は――私に、委ねて」

「委ね、っていうか、んんっ」

「大丈夫です。提督のお好きなところはすべて把握していますから。私が必ず気持ち良く、幸せにして差し上げます。――ええ、好きです。大好きです。お慕いしています。愛していますよ、私の提督――」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。