もしも彼女にもハーレム因子があったなら   作:温玉屋

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楯無VSサラ・ウェルキンといったところでしょうか。

このあたりからにじふぁん版と割と別物に。ややテンポ上がってると思います。


第9話 暗闘

 わずかな灯りの中、マドカの眼前で二機のISが対峙している。暗青色、無骨なウェルキンの機体と、空色が基調となった軽装甲な楯無の機体。両者の間にある距離はせいぜい十数メートルで、瞬時加速を使わずともミリ秒で詰められる――すなわちISにとってはゼロ距離に等しい空間だった。だが、楯無とウェルキンは動かず、互いに兵装を向け合ったまま制止している。彼女らの間にはハイパーセンサーにも映らない不可視の高レベルシールドがあるかのようだった。

 肉眼では視界の効かない色濃い暗闇ではあるものの、マドカの視界には二機の様子がはっきり見えている。島に入ったとき確認した微細薄膜(ナノスキン)レンズが、夜間の視界を補正していた。

 

「二人とも、(だんま)りなのね。まあ仕方ないか」

 

 楯無が言いながら、にじりよるように半歩前に出た。これに応じてウェルキンがわずかに利き足を下げる。彼女のこめかみには薄く汗が滲んでいた。

 

 HMW-17《フィアレス》を纏う栗毛の少女は、30ミリのアサルトライフル型機関砲を構えている。着剣金具には超高密タングステン合金の銃剣が顕現し装着されていた。刃渡りだけで50センチあるそれは、先程までウェルキンが手に握っていたものだ。対する楯無は半身で両手で腰の辺りに長槍を水平に構え、重心を低くしてウェルキンに狙いを定めていた。

 

 早すぎる、とマドカは思っていた。言うまでもなく楯無の到来のことだ。事前に思案・試行したとおり、更識一門に潜入を察知される事態は想定内であった。それにしても、待ち伏せをかされたかと思うほどぴったりのタイミングで介入があるというのは試算の中でも最悪のパターンだ。

 

「聞きたいことは色々あるけれど。とりあえず今私から貴女たちに言うことは一つよ。身柄を押さえさせてもらうわ。大人しく降伏なさい」

 

 マドカは大きく息をついて呼吸を整える。原因の追求を望む思考を断ち切り、この場に意識を集中させた。降伏はあり得ない――少なくともマドカにとっては。しかしこちらに向かっているはずのボーデヴィッヒとはまだ合流出来ていない。

 考えつつ、目を自分の前に立つ少女の顔に走らせた。彼女、サラ・ウェルキンの事情はどうか。斜め後ろから見たウェルキンの表情は、よく見えなかった。

 

「降伏に拘束、ね。私がなぜそんな待遇を受けねばならないのか、判りかねます……」

 

 ウェルキンは銃剣の切っ先を少し下げて力を抜いている。その彼女の口が、小さく深い呼吸を一つつくのがマドカにも聞こえた。

 

「私はただ、トレーニングでここまで来ただけでしてよ?」

 

 穏やかにさえ聞こえる口調だった。現場を押さえられた状況でよく言ったものだ。ウェルキンの物言いにさすがの楯無もこれには鼻白んだ様子だ。清々しいほどの図々しさ。面の皮が厚くなければ英国人はやっていられない、ということか。

 

「ふうん。サラはそういう言い方でくるのねー。じゃあむしろ、そちらの入島許可もなければ、たぶん国籍も定かじゃない、名無しさん(マーシャ・ププキナ)に事情を聞いた方がいいのかなー」

 

 ウェルキンとは対照的にねっとりとした言い方で、マドカに声をかけてくる。彼女の瞳がマドカの顔を、パーツ一つ一つを舐めるように()めつける。

 

「ねえ、貴女はどう思う。亡霊さん? いや――《サイレント・ゼフィルス》のドライバーさんと呼んだほうがいいのかしら」

 

 楯無が《サイレント・ゼフィルス》という名を発したことで、ウェルキンの意識がわずかにマドカへと重心が向いた。ハイパーセンサー越しに注意を飛ばしたことが微かな気配の変化で感じ取れる。言葉には出さずとも、ウェルキンもマドカの正体が気になっていたのだろう。

 馬鹿め、とマドカはこの英国人を内心で罵倒し、小さく叫んだ。

 

「前!」

 

 ウェルキンが再び前方に注意を戻したときには、楯無は踏み込みをかけていた。ウェルキンの反応を引き出すために、マドカはだしにされたのだ。

 瞬時加速こそ使わないものの、楯無はただの二歩で一瞬前までの距離を詰め切った。無駄のない体裁(たいさば)きで振るわれた槍の穂先が、ウェルキンに向けて袈裟懸けに打ち下ろされる。

 ウェルキンは噛み締めた歯の間から声を漏らしつつ、とっさの判断で半歩前に踏み出した。楯無が最後の一歩で踏み込こもうとした場所を自らのステップで埋め、《レイディ》の動きを制限する。そしてそのまま打ち上げるような動きで、長槍の柄に銃身を叩き付けた。ライフルと槍が激しく衝突し、派手な金属音が響き渡る。矛先はウェルキンの眼前まで押し込まれ、ようやく止まった。

 

「不意を突くとか、そういうこともさせてもらえないのね」

「あら、私なんて、スキの多い女ですよ……! ただ、貴女がそれを見つけられていないだけ」

 

 言葉だけ拾えば友人同士の会話といえる。それを否定するのは語調の激しさと、互いの眼前でぶつかり合う武装の存在だ。

 競り合いの傍らにいるマドカの顔に水の飛沫(しぶき)がかかった。夜空は曇天だが雨の気配はない。雫は楯無の長槍の矛先から来たものだった。

 楯無の使うIS用長槍《蒼流旋》は、先端部分を流体操作ナノマシンと流体で覆った、槍とは名ばかりの長柄つきの高周波カッターと言うべき代物だ。ナノマシンが矛先表面に保持された流体――つまり水――を高振動させ、打・突・斬いずれの動作に際しても接触物に物理的なダメージを与える。シンクロとバレエに並ぶロシアのお家芸、流体力学の成果が産んだ兵器だった。ロシア軍の諸元を信じるならば、第二世代兵装のIS用防御盾や装甲程度なら一撃で破砕できるはずだ。

 初手、ウェルキンが自ら踏み込んで動きを封じに行かざるを得なかったのはこのためだった。機体の性能について質的な差まで抱えている彼女にとって、攻撃を食らうという選択肢は最初からない。避けるか受け止めるか。そして、避けられないなら受けるしかなかった。

 

 長槍の重い一撃が立て続けに打ち込まれる。穂先で円を描き、上体を捻って体重とパワーアシストを載せた振りを、ウェルキンはかろうじて受け止めていた。均衡していた槍と銃身の交差は、今はじりじりとウェルキン側に押し込まれつつある。状況は言うまでもなくウェルキンに不利だった。旧式・砲撃戦用の《メイルシュトローム》級と新鋭機で格闘戦用の《レイディ》では、腕部パワーアシストの出力に目に見えるほど差があるのだ。

 

「どうしたの。授業で《打鉄》を使ってた時の方が良かったわよ」

 

 楯無が煽り立てる。打ち合いは十数合を重ね、ウェルキンは攻めを払うだけで精一杯だ。

 

「私とも互角だったのに、その専用機ではね。イギリスの候補生、向いてないんじゃないの!」

「……! 向き不向きで辞められるものでは――ありません!」

 

 ウェルキンが叫ぶように応えながら、銃剣の振りに主機を全開にした機体の挙動を合わせた。相手に比して不利な腕力を、推力を載せて補うつもりだ。制御の大雑把な主機の挙動を格闘に合わせるのは並の腕では無理だが、ウェルキンは難なくやってのけた。

 銃身と長柄が一際激しく衝突する。機体の推力まで加えた返しで一瞬《フィアレス》が優位になった。

 

「――くっ!」

 

 押し負けを嫌った楯無が、ウェルキンの一撃を逃がす形で後退し距離を置く。さらに間髪いれず、ウェルキンは動いた。ライフルを胸の前に抱えて立った直後、彼女の周囲の空間が揺らめいて、細かい粒子が明滅し始める。量子領域内の兵装が実体化する光だ。《メイルシュトローム》級の武器は他に速射砲、空対空ミサイルなどがある。何を出す気か。

 

「ちょっと、正気(マジ)?」

 

 楯無はウェルキンが何を放とうとしているかに気付いたようだ。やや慌てた様子に、マドカにも察しが付いた。ウェルキンの機体にはライフルと銃剣以外にも初期装備がある。量子領域内に装填状態でミサイルや慣性誘導爆弾などを待機させ、実体化と同時に出現面に対して垂直方向に運動量を加えて打ち出す仮想発射装置(Vertial Launch System)である。

 

 ただしミサイルや爆弾というものの性質上、当然近距離での使用は考慮されていなかった。戦闘艦に倣っていうならこれは艦砲射撃に当たる。離れた標的、あるいは対地目標を狙うためのものであり、目の前でキロ級の花火を焚けば撃つ側のISもただでは済まない。

 

「私はいつだって真面目です。仮想発射装置、セル三二から四十まで開放」

 

 ウェルキンがきっぱりした口調で言い放つ。同時に彼女の周囲から鉛直方向に物体が投射された。物体は十メートル足らず飛び上がった後、重力に引かれて落下する。

 

 マドカは投射された物体を見た。弾体は八発。うち六発は、本来なら空中から地上に投射するための精密誘導爆弾だ。そして先発とわずかにタイミングを遅らせて放たれた、細長い形状をした、種類の異なる二発。飛翔する弾の種類を見て、マドカはウェルキンの本当の“狙い”を悟った。

 先発の爆弾に注意を引かれた楯無は、眼前で爆発されてはたまらないと《蒼流旋》を構え直してガトリングを放つ。空中で大口径の弾丸が命中すると、どれも爆発することなく破壊される。地面に落ちた弾体の様子を見て、楯無が露骨に舌打ちをした。誘導爆弾に見えたものは、全て演習用の模擬弾頭だ。

 小声で毒づきながら、残りの二発、先の六発と形状が違うそれらに楯無が狙いをスライドさせた。火線が細長いその弾頭に向かうところで、マドカは腿のブローニングを抜く。ダブルタップで二度発砲し、放たれた四発の拳銃弾は、弾体の脇につけられた翼に吸い込まれるように命中した。弾道を制御するための箇所を撃たれて軌道を乱し、うち一発だけは楯無の迎撃をすり抜け、地面近くまで落ちてから作動した。

 

 鼓膜を裂くような爆発音――は響かず、ぼん、とやや軽い音が辺りに響く。炸裂点からは重く立ちこめる暗雲のような煙幕が、一気に周囲に広がった。

 

「スモークディスチャージャー……」

 

 マドカが呟く。八発の中に混じっていた後の二発は発煙弾だったのだ。恐らくはハイパーセンサー妨害効果を持つタイプ。ISのVLSは空中発射も想定としているため、慣性誘導兵器やこんな撹乱兵器を発射することもできた。

 弾着地点を中心にもうもうと上がった煙が舞い、夜の闇とはまた別の理由で視界を奪っていく。楯無の新鋭機でも無視界の状況では迂闊に動くことができないだろう。

 立ち込める煙から目鼻をかばいながら、マドカは感心していた。ISを使った銃剣術のセンスもそうだが、先にウェルキンの発射した模擬弾は牽制目的で、最初から迎撃されるものと当て込んでいた。やりたかったのは楯無の手を塞ぐことであり、後の二発に本命としてこんな小細工を仕込んでいた。競技ISの候補生がやるとは思えない小賢しい、そして有効な手口だ。

 

「助かりました。貴女が撃たなければ、迎撃されていましたね」

 

 マドカにウェルキンが声をかける。足下駆動輪を動作させ、更識のいた方角を警戒しながら後退してきた。

 

「私も色々貴女に聞きたいことができたのですが、今は状況が状況です。確認ですが、貴女、今はISを持っていませんの?」

「ああ」

 

 マドカは短く応えた。ウェルキンは天を仰ぐ。あてにされていた訳ではないだろうが、それだけ彼女が苦境にあるということだろう。

 

「なら、早くお下がりなさい。私にはISがありますから、楯無にも少しは抵抗できます。最悪でも学園に訴えれば言い逃れぐらいは出来る。ただそれは、貴女が拘束されねばの話です」

 

 ウェルキンは言った。楯無が現場を押さえにきた意味――“現行犯”を押さえにきた――は、ウェルキンも理解しているようだ。だが、マドカは肯定を返さなかった。

 

「貴様が単独で更識楯無をあしらうことは不可能だ。何もしなければ貴様は撃破され更識に捕捉される。時間稼ぎにもならない」

「それは、貴女がいても同じでしょう」

 

 直截な物言いにさすがに気を悪くしたらしく、ウェルキンはなお言い募る。マドカは首を横に振って返答とした。

 

「異なる。だが今は議論するような時間はない。こちらはこちらで行動して更識を退かせる。安心しろ。そちらの損にはしない」

「……。心強いことですわね。しかし――」

 

 ウェルキンが続けようとした直後、何かの臭いがマドカの鼻孔を突いた。ウェルキンも何かに気付いたようで、言葉を切って周囲に注意をやった。空気中に水が飽和したような――平たくいえば、降雨の前触れのような水のにおい。状況の異変に気づいたとき、拡張現実ディスプレイは、周囲の湿度が一〇〇を超えたことを告げていた。

 

 まずい、と咄嗟に察し、耳を塞ぎ口を空けて体育倉庫の影に身を転がした。視界の端に、ウェルキンが回避動作を始めるのが映る。「もうっ!」と苛立った彼女の声が耳朶を打った。

 直後、空間を裂くような爆発音が響く。音の割に衝撃は少ない。しかし、発生した爆風で煙幕が払われ始めていた。

 ウェルキンが腐心して楯無から奪った視界が、僅かの間に用を為さないほどにクリアになる。そして、その爆風の中心に《ミステリアス・レイディ》と更識の姿があった。

 空気中にナノマシンと流体を散布し、高振動で一気に気化させて爆発的な運動を起こさせる《レイディ》の技。楯無が使ったのはそれの威力を抑えたものだった。煙幕を払うために爆発を利用したのだ。

 

 重い機銃の弾着音が聞こえ、マドカとウェルキンが数秒前いた空間を掃射が通り過ぎる。楯無の射撃はマドカの付近にも着弾して地面や舗装をめくり上げた。マドカ自身を狙ったものではないようだが、迂闊に射線に出れば最期だ。ISを使っている状態ならば致命には至らない兵器でも、脆弱な人体を同じ重量のパテに変えるだけの威力がある。

 

 弾着で跳ね上がった(れき)が飛び、マドカの頬を叩いた。浅い傷から血が垂れて、においが鼻腔を刺激する。弾に耕された地面の破損は拳が入るほど大きく、肌が自然と泡立った。脳が理解するより先に身体で感じる恐れが、マドカの感覚を刺激している。

 

「やるじゃない。ちょっと焦ったわ」

 

 ガトリングで弾を撒きながら、楯無が言う。本当に焦ったのかどうか、表情までは確認できない。流れ弾がマドカの周囲にも着弾するため、マドカは身を低くしたままなのだ。

 ウェルキンの方もマドカと同様あるいはそれ以上に余裕がなく、楯無に対して応えることもできないでいた。回避を繰り返しつつ、狙いもつけずに応射している。が、既にいくつか被弾があるのが機動を見れば分かった。《戦闘艦》の異名に相応しい大きく鈍重な機体は、隠れることも避けることもウェルキンに許さない。

 

「涼しい顔で……何を!」

 

 立て続けに火線で機体を捉えられたウェルキンがようやく口を開く。弾幕射撃に(たま)りかねて拡張領域から防御盾を取りだし、機関砲は片手で持って楯無に狙いを定めた。回避が入らない分、正確な射撃が望めると見込んだらしい。

 

 ウェルキンが数少ない選択肢から取った手段――だが今度のそれは悪手だった。ウェルキンが自分の片手を盾で塞ぐのを見た瞬間、楯無は瞬時加速を連発して距離を詰める。

 楯無相手に距離を保って銃撃・砲撃戦をするなら確かに防御盾は役に立っただろうが、高周波カッターを持った敵を相手取る状況で、金属・セラミック複合型のハードバリアは手を塞ぐ重荷にしかならない。近距離に迫る楯無を見てウェルキンが自分の愚手を悟ったときには、もう彼女には次に取るべき手はなくなっていた。

 

 ブーストの勢いを借りた横薙ぎの一撃をたたき込まれ、防御盾は上半分を千切るように吹き飛ばされる。でかい破片が宙を舞い、グラウンド脇のクヌギをへし折って地面に刺さった。さらに楯無は一度目の動作で余った運動量を無駄なく使い、続く一撃を放つ。狙われたのはウェルキンの肩口だ。ウェルキンは反射的に手に持った機関砲をかざして身を庇おうとするが、盾で抗せないものを遥かに脆弱な銃身で耐えられるはずもない。ハンドガードの辺りから断ち切られ、一閃が右肩部から胴体に入った。

 

 深い一撃。今ので間違いなく絶対防御が発動した。

 

「く、う、ああああっ!!」

 

 ウェルキンが言葉にならない叫びを上げる。マドカたちとは違い、競技ISのドライバーは戦闘用の痛覚調整ということをしない。相当な痛みが走ったはずだった。

 悲鳴を上げるウェルキンにも顔色を変えず、楯無がまた槍を構え直す。見開いた目でその様子を見たウェルキンは、歯を食いしばって武器をコールした。無事な左肩部パイロンに展開時の明滅光を閃かせ、一二七ミリ速射砲を出現させる。そのまま狙いもつけずに目の前の楯無に向けて連射。近接信管が発射の直後に作動し、破片と爆風が楯無とウェルキンに等しく襲いかかる。今度は攪乱もなにもなし、ただの捨て身攻撃だ。

 だが苦し紛れ、安全距離を無視した攻撃も二度目となれば、楯無に通じるわけがない。アクア・クリスタルが動作し、機体周辺の流体が触手のように砲弾のいくつかをはじき飛ばした。さらに爆発を水のヴェールで減衰させる。最後の抵抗は、ろくなダメージも与えられずに終わった。

 

 次の一撃で間違いなくウェルキンが撃破される。()()か――マドカの中にも焦りが生まれた。

 

 ナノスキンで補正された視界の端に、指向性の強い光が明滅したのは、そのときだった。フィルター機能なしの肉眼では見えない可視光線外の波長で、同じパターンが続けて三度。発光信号だ。マドカは“待っていたもの”がようやく来たことを悟った。

 

「おい!」

 

 身をわずかに起こして叫ぶ。もちろんウェルキンに言っているのだが、聞こえたかどうかは定かでない。

 

「残った盾を上げて伏せていろ……! 撃ち方始め(オープンファイア)!」

 

 手を振り下ろした。マドカの合図と同時に、周囲の茂みから黒い小さな影が飛んだ。一、二秒置きに三カ所から、携行の擲弾発射機による射撃だった。

 

「新手か!」

 

 楯無は即座に反応し、弾頭を流体で跳ね飛ばす。さらに弾き損ねた数発については、槍を一瞬構えかけ――思いとどまって腕を引き、機体周辺のシールドの偏向率を変えて対処した。

 流体にはじき飛ばされた弾の半分は爆発したが、残りのシールドに当たった弾が黄色の激しい光を放ちながら燃焼している。焼夷手榴弾のスーパーサーマイト反応だ。超高温の燃焼が《レイディ》のシールド表面で起こっていた。さらに、弾き飛ばした数発はグラウンド周りの茂み数カ所に火を点けている。

 

 舌打ちの音が聞こえ、楯無の表情がわずかに崩れた。華氏四〇〇〇度の燃焼にはシールドエネルギーも少しは削れたのか。シールドではなく槍で受けてくれれば武器を破壊できていたかもしれないのだが、楯無も飛来する弾の種類を見て咄嗟にシールド偏向での防御に切り替えていた。この女が難敵であることが、改めてマドカにも理解される。その間にウェルキンは、半分になった盾を構えつつ楯無とのクロスレンジから避退していた。

 

 彼女の様相は満身創痍というに相応しい。右肩部ハードポイントは根元から弾け飛んでおり、左手側の装甲も機関砲と一緒に引き裂かれている。ウェルキンは使い物にならなくなったその二つの装甲を切り離し地面に捨てた。破損した箇所が消えた分むき出しの面が露わになり、いや増した機体の不均衡さは彼女の窮地を強調しているようだった。

 

 擲弾の射撃から間髪入れず、ミニミとバトルライフルの火線が楯無に飛ぶ。マドカはナノスキンで味方が行った射撃位置を確認した。楯無を囲むように半円形に狙っており、人数は三人。予定通りなら、オルコットと篠ノ之はここにいない。

 

「M!」

 

 横合いの茂みから声をかけられる。全身をウェットスーツとフードで覆ったデュノアが駆け寄るところだった。

 

「何とか無事か、安心したぜ。首尾はどうだよ」

「媒体は渡した――だが、()()そこまでだ」

「そうかい。じゃあ()()だな」

 

 二人して会話を交わす。よく意味の通らない会話だが、マドカとデュノアは理解しあっているらしい。グラウンドには凰やボーデヴィッヒのものらしいの射撃音が散発的に起こっていた。最初の奇襲ほどの正確さはないが、楯無の後背側など、射撃がしにくい側を狙って移動しながら牽制している。デュノアは背負っていた回転弾倉式のグレネードランチャー、それに背嚢からISスーツと同じ素材を使った防弾上衣を手渡してきた。使え、といいながら、マドカに押しつける。

 

「あれが更識楯無か。初めて見るが、うるさい女だ」

 

 デュノアは、目を楯無にやりながら口を開いた。普段ならそんな軽口にはマドカは応じないのだが、次の一言でつい反応を返した。

 

「……スコールのババアみてーだな」

「うるさいのは確かだ。そこまでスコールに似ているとは思わないが」

「そうかい? まあ落ち着きと経験、それに両性愛(バイ)っけ足りないが、将来似たよーな女になるぜ。やだやだ」

 

 デュノアは言って、口許をゆがめる。マドカは首を振った。ろくに話したこともない女についての揶揄など、取り合う気にもなれない。

 

「まー、一番はあの余裕面だな。ぶっ殺してやりたくなるね」

「軽口はいい。それよりは……撃て!」

 

 マドカとデュノアは散開し、同時に火器を放った。楯無の注意が凰のいたあたりに向き、掃射が放たれていた。体育倉庫の影から銃身だけをだし、マドカがグレネードを、デュノアが携行していたFALの七・六二ミリ弾を楯無に放つ。

 

 楯無は後背からの攻撃に舌打ちで応じ、流体の膜とシールドではじき飛ばす。何発かすり抜けて当たってはいるようだが、牽制とウェルキンの支援ぐらいにしか役には立っていない。減っているシールドエネルギーもミリ単位だろう。

 

 ナノスキンで被覆された視界に移る数字が、戦闘状況が始まって三十分以上が経過していることを示していた。疲労は感じないし、まだ生きている。幸運だ――だが、その状況もいつまで続くかは分からない。あとさらに半時間同じ状態が続けば、恐らく確実な破滅がマドカ達を待っているだろう。状況を維持することは出来ても、打開することは出来ないのがマドカ達の立場だった。

 

 ふと、視界の端に短文が映った。軍用ナノスキンに付随するショートメッセージ機能だ。

 

 ――封止を解除。アドホック戦術データリンクを要請。

 

 送り主を表すコードは“B”。ボーデヴィッヒだ。マドカ達に掃射が来ており顔を出せないため、通信機を使ってきたらしい。デュノアを見ると、同じ内容が来たようで、「オーケイ(ダコール)、オーケイ! さっさとしろ!」と無意味に喚いている。要請に対して、マドカも許可(イエス)を選択した。

 

 リンクを繋ぐと同時に、さらに別箇所からのメッセージが転送で送られてくる。また短文で内容は、

 

 ――“銀の弾丸”の準備が完了。

 

 送り主のコードは“S”。マドカは内心小さく舌打ちをする。こんな詩的な呼称を使えとは、もちろんマドカもボーデヴィッヒも言っていない。とはいえ、状況を動かす時が来たことをマドカは理解した。

 懐から化粧用のコンパクトを取り出し、鏡越しにISのいる方を確認した。マドカの目は楯無ではなく、ウェルキンに注がれていた。ウェルキンはスクラップと化した機関砲を捨てて、手持ちの装備をハンドガンとナイフに変え散発的に射撃を繰り返している。

 マドカたちの用意した手。それを使うためには、彼女にもう一度近づく必要があった。

 

 そしてマドカが動くべき機を見たとき――果たして楯無も次の動きを始めていた。

 

「M、来てるぞ!」

 

 デュノアが叫び声で警告を発する。楯無が加速をかけてマドカのいる方角へ突進してきていた。しぶとく抵抗を続けるウェルキンより先に、ぶんぶんと五月蠅い歩兵どもを片付けると決めたらしい。マドカは舌打ちをして地面を蹴り、身を転がして避けようとする。

 気付いてすぐに動いたものの、間に合わない、とマドカは思った。IS相手には遅すぎたのだ。楯無はマドカに回避させない速度で接近してくる。とっさに腰に手を伸ばしフラッシュグレネードを投げた。それすら見え透いた手だったようで、弾着前に量子領域から取り出した蛇腹剣で一刀のもとに切り捨てられ、不発に終わる。

 

 《レイディ》は肩口からマドカにぶつかった。マドカの身はもんどりを打って吹き飛びかけ、その直前に楯無の自身の手で襟首を掴まれ引き留められた。首の辺りでマドカの身体が反り返って伸びきり、一瞬息が止まる。

 

「捕まえた。見たところ、あなたが仕切っているように見えたからね」

 

 楯無は眼前にマドカ差し上げた。掴まれている首がきりきりと締まる。例によってマドカは戦闘用の痛覚調整を行ってはいるが、身体の方が徐々に酸素の不足を訴え始める。

 

「これで女王(クイーン)を獲った、ということになるのかしら」

 

 と、楯無。獲物を捕らえたしたり顔の笑みで、マドカの表情を覗いている。

 誰が女王だ、と思ったものの、マドカは《レイディ》の腕部を掴んで身を支えるのが精一杯で答えられない。

 

「マドカ! こんの――売女(ピュタン)が!」

 

 激発したデュノアが地面を蹴って背後から楯無に走り寄る。手には剥離剤(リムーバー)が握られていた。《レイディ》を無力化するつもりらしい。

 

 ――馬鹿、よせ。

 

 マドカは内心でデュノアを叱った。楯無相手にそんな手が通じるはずがない。

 楯無は振り返るのも面倒、と言いたげに周辺の流体を操作して背後のデュノアを撃つ。マドカの視界からも、弾丸のように飛んだ水がデュノアの腕と腹を貫くのが見えた。頭や胸を狙ったものを上手く避けられたのは幸運と考えるべきだろう。剥離剤を取り落とした彼を、楯無は無造作に後ろに回した脚で蹴る。装甲に包まれた脚部の衝撃をくらい、デュノアは猫を踏んづけたときのような声を漏らして吹き飛んだ。

 

「剥離剤……それって亡霊さん達には標準装備なのかしら。残念だけど、一度見た手にかかって差し上げるほど迂闊じゃないのよね」

 

 彼の様子を後方視界に見ながら、楯無が言った。視界が狭まる。デュノアは倒れたまま動かない。マドカに当たるのを恐れてか、ボーデヴィッヒと凰らは射撃を止めていた。

 

「さてさて。貴女を捕まえると射撃が止んだ……ということは、貴女がこの場のボスってことでいいのかしら。それとも――周りの亡霊さんたちには、他に撃てない理由があるのかな?」

「――楯無!」

 

 楯無の背後からウェルキンが狙いを定める。狙いを付けられた方は、振り返りもしなかった。撃てるなら撃てと言わんばかりに余裕がある。

 

「サラ、これで()()()よ。今の貴女、対IS用の武器はそのハンドガンとナイフ、速射砲ぐらいしかないんでしょう。量子領域内(クォンタム)VLSの武装は、さっき打った誘導爆弾みたいにほとんどが模擬弾みたいだし、その装備じゃ私は倒せない。

 さらに言うなら、亡霊さんたちはずいぶんこの娘が大事みたいね。戦闘を止めてくれそうよ」

 

 楯無の言に、ウェルキンは歯がみをするに(とど)まった。ハンドガンの射撃なら流体で防げるし、懐に飛び込んでくるなら銃剣を失ったウェルキンには長槍でも剣でも優位に立てる。命中率だけは高いうっとおしい小蠅どもを先に片付けることにしたのにも、そういう理由があったのだろう。

 

「まだ続ける? 今からでも、降伏するなら悪いようにはしない。英国と決定的な対立にしたいわけじゃないのよ――こちらの庭で好きにされると困っちゃう、という話なんだから。実際のところ、貴女が退いてこの娘を捕まえられれば白星、というところ。ああ、もちろん何か取引してたものについては、渡して貰うけどね」

 

 楯無は言った。彼女の敵にもはや抵抗の手段もないと見ているのだろう。ウェルキンについてなら、それは正しい。

 

 ――ウェルキンについては、正しい。ただ、私たちにとっては。

 

 内心でつぶやく。徐々に手足がしびれつつある。夜闇とは別で暗くなる視界の向こうに、マドカはボーデヴィッヒたちのいる方角を捉えていた。彼らは動く素振りも気配も見せない。よく(こら)えている、とマドカは思う。(ちなみにデュノアは負傷しているので動けない)そしてその手前にはマドカを見て焦燥を浮かべるウェルキン。眼前には、薄く笑みを浮かべてマドカを捉えている楯無がいた。楯無の注意は、今大半がマドカに向いていた。

 

 ――頃合いだ。

 

 自らの窮地を半ば無視するようにマドカは思った。

 

 楯無も、それにウェルキンも油断なくマドカを見ている。事態が終わったと彼女らが確信し、注意が周辺警戒から外れた瞬間。マドカたちが待っていたなかでも最良のパターンだ。

 

「それにしても……さっきの男の子といい、本当に“誰かさんたち”にそっくりね。影分身(ドッペルゲンガー)みたい」

 

 呆れたように楯無が言う。マドカは口許を歪めた。自嘲ぎみの薄い笑いが彼女の顔の上を通り過ぎる。

 

 ――確かに我々は影だ。日の当たるところにはいられない。暗闇の中で戦うしかない。

 

 マドカは視線をボーデヴィッヒのいるあたりに向ける。

 

 ――それでいて、どうしようもなく奴らと似せられているのだ。

 

 心中でつぶやいた。

 そのとき、夜陰の中に、わずかに“金色の光”が煌めくのが、マドカの目に映った。

 




手を入れだしたら止まらなくなり間が開きました。次話と繋げるつもりでしたが、ここでいったん切る。

ところで、低評価がモリモリ入っておりますね。うーむ。まだ読む以前の問題があるんやな。

お手すきの方が読者さんにおられましたら、ここを直すとよろしい、という点を指摘していただけると助かります。

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