もしも彼女にもハーレム因子があったなら   作:温玉屋

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朝の閑散期に更新。


第8話 コンタクト/接触

 学園島南部のエリアは昼間でも人影が少なく、夜はその静けさはいっそう深まる。そもそも港というものからして夜には人気がないものだが、学園のそれは一般的な商業/工業港のような産業港ではなく、実際の船の入りも少なかった。水深的には大型船舶さえ寄港可能でも、この学園では降ろす物資の種類も量も限られてくる。このため、自ずと寄港する船も限定されるのだ。立派な港湾は実際には持ち腐れと言っていいのが実情だった。

 

 まして夜となれば昼間はある人の行き交い――学園と取引のある業者やら、港湾倉庫から物資を運び出す職員さえもなくなる。夜間の港湾エリアはわずかな監視装置以外、基本的に無人のエリアといって良かった。周囲には、波が岸壁にぶつかって散るときのわずかな音と、強い海風が遠くまで響いているだけで、動く物の気配すらなかった。

 

 その一角、今はタグボートが停泊している岸壁の水面がわずかに揺れ、波間から人の頭が覗く。閉鎖回路式のスキューバをつけた男が数人。先に接岸した大柄な方の二人が足場になり、後の者たちが肩を蹴って、水面から二メートルはある壁を上がってきた。先行する上陸者は周囲を警戒しつつ、ここまで牽引してきたらしい浮体付きのコンテナ・ケースや足場になっていた二人を引き上げる。

 

 大人の背ほども水面から高さのある岸壁は、本来なら船が接岸するためだけの場所だ。そこから強引に上陸した男たちは、もちろん正規の来訪者であろうはずがなかった。彼らは人目を避けるように周囲を覗いつつ、沿岸に並ぶ建屋の裏手へと走る。二人一組になって手に引きあげたハードケースを運んでいた。二基の箱は彼らが地面を蹴るたび微かに重い音を立てている。響きだけでも相当な重量があるのが推測されるところだが、彼らの足取りはそれほど重くない。それぐらいの重量物を運ぶのも慣れている、という走り方だった。

 

 建物の陰まで入ると、男たちは音を高くしないよう注意しつつケースを地面の上に降ろし、フルフェイスのマスクを外してその上に置いた。潜水マスクの下から現れたのは、学園生徒たちと同じ年頃の少年――ラファエル・ボーデヴィッヒ達の顔だった。

 

 オルコットが腕のダイヴコンピュータに目を走らせている。普段は金髪のミドルを肩まで垂らしている彼だが、今は水中浸透のために後ろで一つに括っているようだった。

 

「二一時四五分……予定時刻の十五分前ですね。急ぎませんと」

 

 オルコットは軽く唇を噛みつつ言った。片膝を地面についた姿勢で、コンテナの蓋を持ち上げて、中身を取り出そうとしている。曇りがちで月の明かりも弱い夜闇の中である。そのままでは手作業も適わないため、すかさずデュノアが水中ライトを取り出し、オルコットの手元を照らして補助していた。

 

「水中ビークルを繋留するのに思ったより時間がかかりましたね」

「想定してたのと違って、岸近くも流れがキツかったからな。さあ、時間がねーんだ。口より手ぇ動かせ、オルコット」

 

 デュノアが毒づきながらオルコットを促す。オルコットは反論せずに肩をすくめて、コンテナの中身に目をやった。蓋の下から現れたのは大型の銃器らしい機械と、目の辺りを覆う型になっているバイザースコープだ。

 オルコットは乾いた布で自分の濡れた手を拭いてから、銃把を持ち上げて一通りの確認をした。

 

「水損はないようです。組立には、予定通り十分ほどいただければ」

 

 言いながら、オルコットの手はそれの復元を始めていた。彼が触っている銃器は、部品を一見する限りは自動小銃である。しかしどう見ても人間が一人で運用するには長大すぎるような大きさだった。冷却装置を含めたバレルは重機関銃のそれより一回り大きい程のサイズで、銃把・銃床の大きさも、成人並の体格であるオルコットに比してさえ過大なように見える。

 

 ちょうどパワードスーツを着た人間なら、苦もなく運用できるような、それくらいの大きさだ。

 

「こっちも大丈夫だ」

 

 そのオルコットの隣では凰がもう一つのコンテナを開いていた。彼が取り出したほうの中身は見ればすぐにわかる――とまではいかないが、日本でもガンマニアか一部の自衛隊員なら一見して判別がつく、ドラム型弾倉をぶら下げたミニミ軽機関銃だった。

 

「……IS相手にこの豆鉄砲で、何が大丈夫かって話はあるけどな」

 

 三点支持の負い紐(スリング)で銃器を身に付けながら凰が言う。心なしか表情が硬く、額に汗らしいものが浮かんでいた。

 

「顔色が悪いですね、鈴」

「IS相手だってんでビクついてんだろ。コイツが()()()なのは今に始まったことじゃない。肝の小せーやつだぜ」

「“慎重”だと言ってくれ。ISに対抗しようってのに、お前らみたいにケロッとしてるほうがおかしい」

 

 不思議そうに言うオルコットに対し、デュノアが性根の悪い餓鬼の顔で言った。数日前、女装を強いられていた少年は、今は顔つきを歪めて笑いながら、自身の携行していた小さめのコンテナから、金属の直方体を取り出す。辞書ほどの大きさのそれは、亡国機業でもひと月ほど前にようやく試用された兵装――剥離剤だ。

 

「剥離剤も持ってきたし、オルコットの使う“そいつ”もある。手も足もでないわけじゃないだろうが」

「それに、どのみちやることははっきりしています。今更迷うにも及びません」

「大したもんだよお前ら。オータムじゃないが、剥離剤はそこまで当てにならん。更識楯無相手じゃ取り付ける前に皆殺しだ。頼みにしてるよ、オルコット」

 

 言いながら、凰がオルコットの肩をたたく。オルコットは頷いた。少年たちの顔つきは様々だ。歯をむき出しにして笑うデュノア、落ち着いた風貌で淡々と語るオルコット。凰は不安を隠さずに浮かべていた。

 

「各自、そこまでにしろ。凰とデュノア、俺の装備の確認を済ませたら行程の最終確認を行う。オルコットは()()の準備をしながら聞け」

 

 そしていつも通り、彫りの深い顔に無表情という表情を浮かべてボーデヴィッヒが言った。彼の態度は、他の者たちに比してなお普段と変化がない。あるいは、付き合いの長いマドカあたりがいれば、普段よりなお彼の表情から感情の色が消えている、という事実を、指摘できるのかもしれなかった。

 

 ISと戦闘になる可能性なら彼らも認識している。デュノアがやけに攻撃的であるのも、オルコットが諦念に似た表情を浮かべているのも、凰の不安も、その一環だ。だが、彼らの誰もその可能性と向き合うこと自体には、否やもなにもないらしかった。恐れも闘争心も覚悟も、どれも戦うことが前提の感情なのだ。少年らの態度は、彼らに共通するものをよく表しているように見えた。マドカが引くまでは引かない。それがシンプルな彼らの意志だ。

 

「はいはい。お前によし、俺によし」

あいよ(ドゥービ)了解(ドゥーブ)

 

 デュノアが軽口で、それを受けて凰がスラングで肯定の意志を表した。二人の態度を軽いものと見たのか、ボーデヴィッヒはやや冷たくきつい一瞥をくれる。首をすくめる彼らから目を外し、ボーデヴィッヒは腰のポーチから地図を取り出した。

 

「現在地だ」

 

 指先で指したのは、港湾部、倉庫と記述されたエリア。学園の東南端に位置する。地図の一部、第三グラウンドと記述された辺りは赤い円で囲まれており、ボーデヴィッヒの手が示す位置とはかなり離れていた。地図上の直線距離で一キロほどだ。

 

 地図上には他にもいくつか円で囲まれた場所がある。いずれの場所からも第三グラウンド付近へのルートと射界が書き込まれている。ボーデヴィッヒらが火器で支援する際のポイントだろう。今彼らがいる位置から一番近いポイントは港湾部の近くだったが、グラウンドに近づくほど円の数が多くなる。

 

「予定の待機地点に移動。接敵後は遅滞戦闘に入る」

 

 地図上の距離を見たデュノアの口許から、舌打ちの音が響く。遠いな、とその口から呟きが漏れた。言いたいことは彼の表情に現れている。現在地が予定上陸地点よりずいぶん東にずれているのだ。顔つきが少し固くなり、焦りも滲んだようだった。

 

「クライアントの連絡員――サラ・ウェルキンが更識の監視を撒いていれば、私たちが移動する時間くらいはあるはずですが」

 

 オルコットの呟きに、ボーデヴィッヒは首を横に振る。期待はするな、ということらしい。

 

「どのみち、狭いエリアでの話だ。察知はされる。問題は更識が()()()()戦闘を続けるつもりかということだが――」

 

 ぴっ、という電子音が彼らの思考を断ち切ったのはその時だった。音を発したのは、オルコットの調整していたバイザー型の装置である。オルコットは組み直していた銃器を足許(あしもと)に起き、バイザーを手に持って表示を確認する。

 

「ハイパーセンサー反応です」

 

 少年らの間に(にわか)に緊張が走る。距離は、と凰が言いかけて舌打ちをして口を閉じた。こちらから探信したわけでないのに感知できた以上、今の反応は受動探知(パッシヴ)だ。三点測量でなければ正確な位置が測れない理屈と同じで、複数点測量の体制を取っていないこの状況では、方位すら完璧には分からない。

 

(クラス)は」

 

 その替わりに、というわけではないだろうがボーデヴィッヒが短く聞いた。オルコットは待ってください、と言ってバイザーを装着し、そいつに袖に着けたウェアラブル・キーボードを接続して操作する。照合結果は数秒で出た。オルコットの顔に、隠しようのない緊張が走る。

 

「S-81《シュペルトゥマーン》です……! 更識楯無の機体と同型ですね」

「それ以外誰がいるよ。ロシア空軍基地(チカロフスキー)の機体がこんな所にいてたまるか! 間違いなくあの女の機体だぜ」

 

 オルコットの言葉に、デュノアが強い口調で応じる。チカロフスキーは《ミステリアス・レイディ》と同じフレームを持つ実験機、S-81が配備されている唯一の基地である。モスクワ州で量産試作している段階の機体が移動したという話はない以上、デュノアの言が正しいはずだ。

 

「オルコット以外の全員で所定の位置に移動する。オルコットは準備を終えた時点で、自分の判断で最適な位置に移動しろ」

 

 全員が首肯を返す。誰も騒ぎ出しはしないものの、少年らの顔は色を失っているのが見て取れる。ボーデヴィッヒはその表情を確認してから短く深い呼吸を一つし、少し口調の早さを緩めて続ける。

 

「急ぐ必要はあるが、焦るな。無線は指示するまで原則封止。さらに、今回は作戦行動中、我々もコードを使用して各自を呼ぶ。オルコットはA、俺はB、凰はF、デュノアはD、篠ノ之はS、マドカはMだ。覚えているな?」

 

 了解、の低い声が全員から返される。ボーデヴィッヒの声に効果があったかは不明だが、少年らは一度、自分たちの焦りを自覚したらしい。少しだけ落ち着きが戻った様子を見てから、またボーデヴィッヒが付け加えるように口を開く。

 

「最後に。全員、なるべく死なないよう」

 

 彼が作戦中に指示以外のことを口にするのは珍しい。全員がちょっと意表を突かれたようで、凰が眉を持ち上げ、こう言った。

 

「――珍しいことを。生きてもいいけど、必要ならちゃんと死ねよ、っていうのが俺らの方針じゃなかったっけ? 冗談なら面白いね」

「確かにそうだが今回は違う。誰か死ぬと、おそらくあいつが怒る」

 

 ボーデヴィッヒが首を振る。“あいつ”が誰のことか、少年らは一瞬考え込んだようだ。至極真面目な顔つきのボーデヴィッヒに、デュノアが先に気付いたらしく、あ、と声を上げた。

 

「マドカか!? そんな話聞いてねーぞ。お前ら、二人きりでいつそんな話を……」

「……。一斉前進で移動する。Dが先導。テールにはFが付け。移動開始」

 

 色を変えたデュノアから顔をそらし、ボーデヴィッヒが指示を出す。

 

「急いでください。反応がまたありました。恐らく同方位ですが、今度は別型です。イギリス空軍の《メイルシュトローム》級」

 

 オルコットがバイザーを装着し、手元の機器を組み立てながら続報を告げる。デュノアは何事か仏語で悪態をついて小銃を手に持ち、手でボーデヴィッヒらを促した。

 

クソ()った()れめ()。行くぞ、お前ら。Mが挽肉にされる前に、さっさと動くんだよ!」

 

 悪態をついたデュノアが立ち上がる。その際に水中ライトが切られ、辺りはまた暗闇一色に戻った。時を置かずに、編み上げのブーツが地面を蹴る音が静寂の中で響き、遠くに離れていく。

 

「更識とM。それにサラ・ウェルキン。複雑過ぎる戦場ですね……」

 

 しばらくして、そこで一人呟いた者がいる。大型の銃器の準備を任じられ、今ようやくその復元を終えつつあるオルコットである。彼は大きく息をついて、手元の武器を持ち上げつつ立ち上がった。凰のミニミはもちろん、汎用機関銃よりでかいそいつは、組み上げてみると光学ライフルらしい姿になっていた。小銃なら薬室があるあたりにレーザー発進用の励起チャンバー、銃身はそれ自体よりも大きく太い液冷装置に包まれている。改めて見ても歩兵携行には大きすぎるが、オルコットは何とかそれを抱きかかえるようにして胸の前に持っていた。

 

「さて、Sの方は順調でしょうかね」

 

 誰にともなく、この場にいない少年――篠ノ之のコードを呟き、彼もまた暗闇の中へ移動し始める。

 後には、申し訳程度に茂みに突っ込まれて偽装されたコンテナだけが残された。そのころ、時刻はちょうど二十二時で、マドカとサラ・ウェルキンが接触する予定時刻に達していた。

 

    ◇    ◇    ◇

 

 サラ・ウェルキンがマドカとの合流場所に着いたのは、指定時間の数分前のことだった。

 

 部屋を出てから一時間弱。徒歩で向かっても学生寮から第三グラウンドまでは十分とかからない距離である。そこをわざわざ迂回したのは、もちろん監視を撒くためだ。

 

 このときのウェルキンが、自分にかかる監視の目を完全に把握できていたか、といえば否である。だが部屋の監視カメラ、あるいは盗聴器、人の目による追跡などそういったものが存在すると推測することは容易で、かつ論理的にも自然だった。学内の英国と更識家の力を比較すれば、数的に不利なのはウェルキンの方であり、更識がウェルキンを監視することは難しくないためだ。

 

 寮の部屋を出たウェルキンは、正面ゲートを使わずに廊下の窓から抜け出てると、学園内の敷地を走った。ISの部分展開さえ使いつつ、何度も道を変える。時には開け放されている窓や戸から建物の中屋上まで通った。人の身で自動車なみの速度を出し、自動車には通れない隘路や建屋内を移動する――移動する速度と空間にギャップを作って追っ手を振り切るのは、尾行を振り切るときの常套手段だ。ただ並の尾行撒きと違うのは、使っているのが電動自転車やバイクでなく、部分展開したISであるということぐらいだった。

 

 そうして第三グラウンドに足を踏み入れたのが、二十二時の数分前である。辺りには人の気配はもちろん、灯りも光量の少ない常夜灯しかなかった。ウェルキンは脚部の部分展開を収めて、脇の倉庫まで歩み寄る。分厚く冷たいコンクリートに背中を預け、微かに上がる呼吸と心拍を押さえながら時刻を待つ。

 

 近づく人間の気配を感じたのはそれから間もなくだった。学園の制服を着た少女が、海港側の方面から近づいてくるのが分かった。

 

「サラ・ウェルキンか?」

 

 灯りの光で微かに判る相手の姿を見て、ウェルキンは()()、と息をもらした。精巧な学園の衣服を着て、一見すれば生徒と変わらないような見た目だが、もちろんその程度の偽装で意表を突かれたわけではない。

 彼女が驚いたのは、その少女の見た目だった。化粧っ気を出し髪をアップにしてごまかしているが、よく見るとその顔はある女に似ているのだ。学園生徒の憧れであり、全ての国の情報部の人間にとって最重要マーク対象の一人――織斑千冬と、その少女はそっくりだった。

 

「ええ。そのとおりです」

 

 ウェルキンはにこやかに答えながら、少女の様子を覗っていた。こんな時間に生徒が第三グラウンドまで来ることは、基本的にあり得ない。目の前の少女が十中八九今回の仕事の相手なのであろうが、警戒は絶対に必要だった。

 腕に展開イメージを集中していく。両掌部ハードポイント、ならびに武装。右はナイフとしても使えるIS用銃剣で、左に三十ミリIS用機関砲。どちらも対人には過ぎたる武器だが、《空飛ぶ戦闘艦》である《フィアレス》の武装としては、どちらも最小クラスの武器である。いつでも展開できる状態で予備待機をしてから、次の口を開く。

 

「あなたが“亡霊さん(ファントム)”のお使いの方かしら?」

 

 目の前の少女はウェルキンの誰何(すいか)に対して答えを返さない。ウェルキンは若干不快げに眉を上げる。

 

「だんまりですの? そちらは私のことを見知っておられるようですが、私は貴女のことを存じませんのよ」

「こちらの身の(あかし)は引き渡すモノで立てる。それ以外に必要か?」

 

 少女は感情のない声で答えた。彼女の手がぶしつけに手持ちの機器をウェルキンに向けてくる。スキャナとマイクで生態認証を取っているようだ。最低限の礼儀も何もなしか、とウェルキンは溜息をつきたい気分に駆られた。エージェントというよりは兵隊が派遣されたらしい。それも戦闘訓練だけを施されて生きてきたような。

 

「貴様の声紋、顔認識は一致した。念のため専用機を起動してもらう。コアナンバーで確認する」

 

 あらあら、と呆れ口調で言って、ウェルキンは肩をすくめる。気にくわないが、従うのが上策だ。逆らう余裕も押し問答をする気分も、ウェルキンにはなかった。尾行を撒くような手間を挟んだ以上すぐに楯無が来るとは思えないが、亡霊(ファントム)とティータイムが出来るほど時間があるわけでもないのだ。

 

 言われるままにISの展開を開始した。先ほどまで予備展開していた武装に対し、さらに固定した想像(イメージ)を与える。両腕部が展開時のわずかな光とともに顕現し、さらに掌部ハードポイントに、それぞれアサルトライフル型IS用機関砲と銃剣が握られた。同時に皮膜装甲とパワーアシストを全身に行き渡らせる。ウェルキンの体感的にはほとんど変わらないが、数十ミリ秒の間で彼女の身体の上で、戦闘車両を凌駕する武装が完了していた。

 

 発砲する意志がないことを示すため、機関砲の銃口をウェルキンから見て真横に向ける。補助AIが兵装主スイッチをオンにするかと聞いてくるが、イメージインタフェースから(ノー)を伝えた。ここで発砲する気はない。発砲せずに済ませられれば、それに越したことはない。

 

「確認した。これが我々から引き渡す媒体だ」

 

 稼働中のコアナンバーの情報を受け取ったらしい。彼女はモバイルを手に収めると、小さなクリアケースに収められた光メモリを投げて寄越した。ウェルキンは右手の銃剣、ならびに腕部の展開を収めてそれを受け取る。

 

「暗号化した引渡物が入っている。貴様の組織の鍵で復号できることと、中身を確認しろ」

 

 またも命令口調で少女が告げる。そう言えば織斑千冬――何度か接触したあの人も、常に命令口調で話す女性だった。目の前の少女とは年も雰囲気も異なるが、それが妙に似つかわしい。

 

 案外、織斑千冬も彼女ぐらいの年齢の時から今のままだったのかもしれないと、そんなことをウェルキンは考える。目の前の少女と織斑千冬を無根拠に結びつけているわけだが、これだけ瓜二つ、クローンといった方が良いくらい似ている少女を見て、赤の他人だと信じ込む方がクレイジーだ。

 

 受け取ったメモリを手持ちのモバイルで読み込んでスキャンをかけ、英国情報部のワンタイムパスで復号する。画面から情報の一部を確認した。中身は――亡国機業が観測した、過日のセシリア・オルコットの《ブルー・ティアーズ》ならびに《サイレント・ゼフィルス》の戦闘情報だった。

 

 ……内心の思いを押し隠して、ウェルキンは平然とした様相で口を開く。

 

「確認いたしました。確かに」

 

 ランニングバッグにメモリを収納した。まだISは収納しない。目の前の少女に対して警戒を解いたわけではなかった。スカートの辺りに膨らみがある。恐らく拳銃だろう。サイン代わりのつもりか、受け取ったという主旨のウェルキンの音声が録れたことを確認して少女は手に持った機器を懐にしまう。

 

「確かに、媒体は渡した」

「ご苦労様。お帰りは、お送りする必要がありますかしら?」

 

 ウェルキンは慇懃な口調で聞いた。要る、と言われたところで送ってやるつもりはもちろんない。もうウェルキンが危ない橋を渡る必要はないはずだった。

 

「エスコートは不要だが、まだ用は済んでいない」

 

 少女がやや曖昧な言い方をする。まだ何かあるのか、と思うと、ゆっくり彼女がウェルキンの方に歩みを寄せて来た。十メートル程空けていた距離を、にじり寄るように、八メートル、六メートルと詰めてくる。次の瞬間、彼女が地面を蹴って、地を這う獣のようにウェルキンの至近へと飛び込んできた。

 

 何を、と問う前に、ウェルキンは反射的にISを完全展開する。同時に、ISがイメージインタフェースから警告を伝えた。ロックオンアラート。

 飛来したハイパーセンサーの探信を、彼女の《フィアレス》補助AIが検知したのだ。それも、今し方、懐に飛び込んできた少女が発したというわけではない。もう少し距離を置いたところからの探信波だった。

 

 どこから、と考える前に、兵装主スイッチをオンにして、一度だけ短距離のハイパーセンサーを飛ばした。探知される恐れはもちろんあるが、数度の短距離探知なら学園警備部のセンサーぐらいはごまかせるはずであるし、だいいち物事には優先順位というものがある。暗闇で、接近してきている敵からは丸見えなのに相手の所在は分からないというのは、掛け値なしに最悪だ。

 反応はあった。グラウンドのフェンス側、ウェルキンの位置からは、数十メートルの距離だ。型名、搭乗者名までがはっきり脳裏に送られてくる。ウェルキンは舌打ちを鳴らしたい気分に駆られた。淑女のたしなみとして、産まれてこのかたそんな行為をしたことはなかったが。

 

「――流石に優秀ね、英国じゃ、そういう後ろ暗いISの使い方も教えているのかしら」

 

 ウェルキンに取っては聞き慣れた、だが今は一番聞きたくない女性の声が常夜灯の陰の向こうから響いてくる。回線越しではなく肉声で、まだるっこしい通信機器など必要がないくらいよく通る美しい声だった。

 フェンスの向こうで、ふわりと何かの影が動く。高さ十数メートルのソフトボール用フェンスを、PIC独特の重力を無視した軌道で乗り越え、人影が地面に降り立つ。優美な様は、猫か妖精のようだった。

 

「それともセシリアちゃんの名誉のために、英国情報部では、と限定した方がいいのかしらね、サラ」

 

 不明瞭な灯りの中、わずかに半身だけ照らし出された更識楯無――ロシア新鋭の試作機《ミステリアス・レイディ》を完全展開で纏った学園生最強の少女が、威圧するように口元をつり上げて立っていた。彼女の眼はウェルキンと、ウェルキンの傍にいる少女を、冷たさと高揚の混じったような目つきで睨み付けていた。

 

「それと、初めまして亡霊さん。ようこそIS学園へ。誰も招いてはいないけれど、私が歓迎するわ。盛大にね」

 

 いつの間にか、ウェルキンを盾にするように背後に隠れた亡霊(ファントム)の少女が、それを聞いて盛大に舌打ちを漏らすのが聞こえた。

 




男子組参戦。オルコット君が持っているのはいったいなんなんでしょうねえ(棒)

若干短めですが次から、2~3話を改稿圧縮したような感じになると思います。

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