もしも彼女にもハーレム因子があったなら   作:温玉屋

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ちょこちょこ加筆したりしているので投稿が遅いです。


第7話 ペネトレーション/侵入・洞察

 翌日、十月四日の夜二〇時頃のIS学園では、本土と学園を繋ぐモノレールの学園前駅が混雑を見せていた。

 

 世間的にはエリート扱いの学園の生徒とはいえ、オフぐらいは休む。部活動で予定が埋まっているか、本人がものぐさでなければ街に繰り出す者も多く、また同じ都市圏に親がいるような生徒は週末ごとの帰宅を望むものも少なくなかった。それゆえ、普段は厳しい寮の門限も週末だけは少し遅く、帰島のピークの一つもまたこの時間帯にある。

 

 三つしかない駅舎の改札機に列をなして、学園生の少女達がIDと掌静脈の認証を通していく。今日は外で人と会っていたのか、友達も連れず退屈そうに一人でモバイルを見ながら歩いている少女もいれば、制服姿で互いに腕を組みながら行く三人組の娘たちもいる。

 

「今日の大学生さ、微妙。ちょー微妙。ていうか、ないわ」

「よねえ……。同年代の()じゃアレかなーと思ってたけど、ちょっと上の人らもアレだったなあ」

「男の人ならもーちょっと気遣いとか余裕が欲しいよね」

 

 彼女らの近くを通ったときに、そんな会話が聞こえた。

 

 ――くだらないな。

 

 マドカは心中でその会話を切り捨てながら、偽造したIDで改札のチェックを通していた。

 

 容姿も格好も雑多な少女たちの中に紛れるようにして、マドカはいた。纏っているのはボーデヴィッヒたちに先日見せたのと同じ制服で、見た目を誤魔化すために多少の化粧を加えて髪をアップにしていた。

 

 ――IS学園生というのは、こういうものか。

 

 道を行きながら、マドカは思う。想像していたよりは随分幼く、今どきの女らしい女尊感情に裏打ちされた会話が聞こえてくる。

 

 少女達の群れは制服と私服が半々程で、制服姿のマドカがひとり紛れ込んだくらいでは違和感がない。休日というのに制服姿が多いように思われるが、以前デュノアが訳知り顔で語ったところによると、学園生が私服を選ぶのを面倒くさがるから、またそれに加えて外でも学園の制服は人気があるから、という理由らしい。

 

「そんなものか?」

「そんなものさ。学園の制服を喜ぶヤツも外にはいる。その制服はブランドなんだよ。ナマのそいつの値段、知ったら驚くぜ」

「……? フルオーダーなら確かに数十万だが」

「そういう意味じゃねーよ」

 

 彼がことさらにいやらしい顔つきで言って見せたところによると、外では“ナマ”の学園制服が、驚くような値段で取引されているという。

 

 そのときは首を傾げるだけのマドカも、今ならデュノアの言った意味がよくわかる。電車に乗り込む前に通った本土側の駅改札では、手を振って別れる学園生と私服の少年という年相応の健全そうなカップルもいれば、抱き合って離れない学園生と大学生くらいの男などもいた。似たような光景は、多くはないが目に止まるくらいには散見されている。そんな中でも、社会人くらいの男の車から、やけに親密そうな雰囲気の少女が降りてきたのには、さすがのマドカも若干閉口した。

 

 もちろん実際の彼ら彼女らの関係がどうであるかは、マドカの知るところではない。互いに好き同士付き合っているものもいるだろうし、そうでない者もいるだろう。どれもたぶん事実なのだ。学園の“ナマ”の制服が、この世のどこかではエレカーの新車と同じ値段で売り買いされる、ということが事実であるように。

 

 マドカはため息をついた。そういえば、彼女が同年代がこんなにたくさんいるところに出くわすのは初めてだ。そのせいか、学園生――年頃の女たちの様子に、マドカは少々戸惑っていた。

 

 ――自分たちがどのようなポジションにいるか、自覚がないのか。

 

 マドカは思う。ISが世を変えたといっても、現実の全てが変わったわけではないのだ。女尊男卑とは言うが、社会の構造はそのまま残っている。天下のIS学園生でも内心見下している男と互いに求め合おうとするし(オータムのような種類のマイノリティを除けばだが)、財を持っている者、貧しい者は変わりなく存在する。権力という点ではIS操縦者の地位だけが上がったところで、結局頂点に国民国家が幅をきかせている状況が変わるわけではない。別に新たな階級ができたわけではないのだ。社会の関係で富と社会資本の比重が、女の側にやや傾いた、というだけ。

 亡国機業に、というかスコール・ミューゼルの配下に属して良いことなどマドカには一つもなかったが、あえて一つだけ何か選ぶとすれば、“男女が戦争すれば男は三日持たない”などというIS学園でさえはびこっているらしい妄言とは、こうして無縁でいられたことが挙げられる。彼女の下でいる限り、自分の頭で考えることを強いられるため、そういう()()()()に付き合っているヒマはなくなるのだった。

 

 IS中心の視点から少し身を引いた視点を持てば、世に弥漫(びまん)しているものは、本質的には女尊男卑などではないことに気付かされる。世に伏流しているのは、実際には強烈な結果主義と弱肉強食の競争主義である。教育と社会投資について、目に見える成果を欲しがり、形になる結果が残らないならば社会から退場せよと男女問わず、老若男女に突きつける、ある意味での平等主義だ。

 そんな世にあって、社会が女たちに資本を与え、力を付与するのは、彼女らへの投資がISとIS関連産業という結果として財や権力に跳ね返ってくるからだった。女尊男卑はそうやって女に投資を集中する方便と、その結果生じた状況――男女の教育や地位の格差について、説明を兼ねた表現であるに過ぎない。

 

 ――ISがあろうがあるまいが、結局変わらないものがある。男と女がいて、金や権力を持つ者、なにも持たない者、生きている者と死んでいる者がいる。マドカと姉さんと、ついでにヤツがいる。ISがあるせいで一見ややこしく見えるが、事実はいつだって単純なのだ。

 

 スコールの視点は女尊男卑とは無縁で、判断基準は色々とあるものの、最終的には己の役に立つかというシンプルな()()()()で判断している。だからISドライバとしての腕を買ってマドカやオータムを、各々の得意分野の優秀さをもって篠ノ之たちを傍に置いていた。大胆なほどの実利主義は女尊男卑主義者などよりよほど世の本質を突いている。

 

 ――そのスコールの視座から、いつか逃れることができるのか。

 

 少し離れてみるとあの女の厄介さが分かる。いつかはそうしなければ、姉さんと対峙することも能うまいが、どうすれば可能なのかまだ見当もつかない。

 マドカは首を振った。とりあえず、今はこの夜を凌ぐことだけを考えるべきだ。

 

 ともかく、スコールのように視座を高く持ち、より事態をシンプルに捉えた者が相手より優位に立つことが出来る。“敵”である更識楯無や、ターゲットのサラ・ウェルキンがそう思っているかはわからないが、マドカはそう考えていた。恐らく、ボーデヴィッヒたちも。

 

 寮へ向かうらしい帰路の列から不自然でない程度にマドカは徐々に離れ、グラウンド方面へ繋がる道へ入った。帰寮する道を外れると街灯が減った。監視カメラの類も殆ど見られない。

 

 途中、身を素早く翻して物陰に入ったところで上着のボタンをゆるめ、マドカはブラの下に押し込んでいたブローニングM1910を引っ張り出す。細かな点検は出る前に済ませてあった。弾倉に初弾を装填した後に安全装置を再確認して、鞄の中からレッグホルスターを取り出し、スカートをまくり上げた。翻った布の下に、ポップな色合いのボクサーショーツと、無駄な肉の少ない腿が覗く。マドカは下着と膝の真ん中あたり、左太腿の半ばの位置にベルトを止めて、拳銃を固定した。手荷物検査を恐れたため、愛用のシースナイフは持ち込めていない。どちらもIS相手には気休めにもならないが、生身の人間を想定するなら刃物がないのは痛かった。

 

 最後に、眼球表面に仕込んだレンズ様の戦闘用微細薄膜(ナノスキン)を調整する。暗視、通信、アドホックな戦術データリンク、視界に戦闘補助の拡張現実(オーグメンテッド)まで投影可能な、今の時代の戦場ではメジャーなウェアラブル・デバイスだ。暗視機能とコンピュータ機能のテストをして、マドカは立ち上がった。

 

 衣服を整えつつ、マドカは今回の目的とタイムテーブルを確認する。サラ・ウェルキンに接触し、亡国機業が保持するある情報を直接受け渡しする――それがマドカに与えられた第一のタスクだった。何も妨害なく接触し離脱出来たならば、マドカはそのまま学園駅発の最終で離脱する。ここまでは当初の計画通りで変更はない。

 

 変更があるのは当初の計画が潰れた後の想定と、それに対応するためのこちら側の体制だ。サラ・ウェルキンには更識の目がはりついている。ウェルキンが無能でないならば、なんとかそいつを撒こうとするはずだが、それが現実に可能かどうかは判らない。よってマドカたちは、九分九厘は更識の妨害があるものと考えて行動する必要があった。

 

 先に進入したマドカが水中監視装置を一定時間使用不能にし、その後少年らが時間をずらして海側から学園敷地内に上陸し待機する。最初の予定では学園沖合で待機し、必要時にのみ支援に入る予定だったが、対応レベルを一つ繰り上げるのだ。更識が仕掛けてきた場合、こちらも即応で手荒い手段でもってあしらうことになる。

 

 更識楯無は当然自分の英名愛称《ミステリアス・レイディ》――ロシア次世代機S-81《シュペルトゥマーン》を投入してくるだろう。まともにやり合えば命がいくつあっても足りない。もちろん、相手の有利なとおり組み合うつもりはなく、ボーデヴィッヒらとの合流地点と体制も、すでに設定済みだ。後は、更識とウェルキンがどう考え、動くか。

 

 深く息を付いて、マドカは呼吸を落ち着かせた。心の底に薄い緊張があるのを感じる。そういえば、ISを身に付けずにする仕事は久しぶりである。それでも不思議と大きな不安や恐れは感じなかった。しくじれば死を伴うようなリスクは毎度のことだが、ただ危うい状況に慣れたから、というだけではなかった。

 

 マドカの目的はただ一つだ。姉さんに“復讐”も果たさないまま、こんなところで死ぬつもりはない。そのためにやれることはやった。ボーデヴィッヒらと綿密にミーティングをしたのも、その一つだ。

 彼らに頼る、という少し前なら忌避していたようなことも、今のマドカはむしろ積極的にやっている。数日前のボーデヴィッヒとの会話以来、マドカはどこか開き直った心境に変わっていた。少年らがマドカに使われたいというなら、利用してやる、という思いを抱くようになっていた。

 

 彼らならば利用するに足る、という認識も、確かにマドカの中には生じていた。マドカ自身にとってはほとんど無意識であり、人が人に向ける信頼というには冷たく、愛用のナイフに向けるような思いと今は区別がついていないものの、他者への信頼という今まで抱いたことのない感情が、マドカの中に現れつつある。

 

 脚に拳銃の堅い感触を感じながら、マドカは海港のある学園人工島南部へ歩みを進める。指定されたのは海港近くの第三グラウンド脇だ。指定時刻までは二時間だが、ボーデヴィッヒらの上陸工作を仕込むことを考えると、そう時間に余裕はない。

 

 月が雲間に隠れる暗闇の中、マドカは灯りもない道を迷わずに進み始めた。

 

    ◇    ◇    ◇

 

 時刻としてはマドカが侵入して約一時間後、学園の側でも事態に変化があった。サラ・ウェルキンが行動を開始し、なおかつ更識らが学園に何か事が起こりつつあるのを、察知したのである。

 

「動いたわね」

 

 灯りを絞った生徒会室の中、楯無が短く言った。その声には固さがあり、普段の彼女のどこかおどけた感じはあまり見られない。

 

 彼女の前の端末、虚が席について操作しているそれの画面には少女たちの監視映像が映っていた。複数ある画面はどれも寮内の数室をライヴで映している。ディスプレイを見れば、画面にいるのはどれも英国籍の人物ばかりであり、楯無の命で更識一門が監視下においた人物ばかりだった。蛇足ながら付け加えると、英国代表候補生のセシリア・オルコットもちゃんと対象に含まれており、一番端のウィンドウでベッドの中で織斑一夏の写真を見ながら、幸せそうな顔をしてころころしていた。

 

 そして、最重要の監視対象、サラ・ウェルキンが表示されているのが、その隣の映像である。小さなウィンドウの中の彼女はISスーツにランニングバッグを付けた姿をとっており、今からどこかに出かけようとしているらしい。

 

「ウェルキンが寮から外に出るようですね……。この時間に?」

「ランニングか。普段やっているトレーニングのようにも見える、わね」

 

 布仏虚と楯無の声が静かに響く。夜というのに二人は制服を纏って、険しい表情で画面を睨んでいた。

 

「いつもの彼女の習慣ならそう。でも、今日に限っては恐らく別の目的がある――そうよね、本音ちゃん?」

 

 楯無は振り返り、生徒会室のソファで端末をいじっている少女に声をかけた。

 

「はーい。そだよ~」

 

 袖あまりの制服を纏って、眠そうな垂れ目をした少女が答えた。どうやっているのか判らないが、指先から数十センチあまりの布越しに器用にキーボードを叩いている。布仏虚の妹、布仏本音である。

 

 普段は楯無の妹である簪の側仕えが(もっぱ)らの彼女であるが、ここ数日はその任の一部を解かれて助力を命じられていた。

 

「さっき認証と寮管理のシステムのログを見たら、おかしなとこがあったからねー。警備部の人は気付かないだろうけれど、たぶん侵入者ー」

 

 のんびりした口調で、事実なら緊急事態に相当するようなことを彼女は述べる。

 

「学園駅の認証は全部正規扱いで通ってるけれど、他のシステムと見比べるとおかしなところが出てくるよー。寮の外泊管理を見ると、全生徒が帰寮したことになってるのにー、人数が、帰島した生徒より()()少ないことになってる」

 

 慌ててもいないしふざけているようにも見えないが、本音の言っていることに偽りは含まれていなかった。

 楯無は口元に愛用の扇子をあてながら、本音の後ろに回る。本音が操作する端末の画面には、二種類のシステムログのリダイレクトが映っていた。一つは駅で認証される学園のログ。そしてもう片方は、楯無たちも暮らしている学生寮の外泊管理システム――要は、普通の学生寮の名前札を電子化したものである。

 

 ちなみにこの時点では、学園の警備部は事態を把握していない。彼らが無能なのではなく、IDを偽装して侵入を実行されたような場合、認証システムでそれを弾くことは基本的に不可能なのである。登録済みのデータと一致すればそれはシステムにとっては正常なのであり、たとえ人の目からは異常な人物やIDであろうと、機械的にそれを防ぐことはできない。学園に限った話ではないが、システムが正常を吐いてもなお疑え、というのは品質()保証()契約()に基づいて仕事をする民間警備会社のエージェントには酷な話だ。SF映画よろしく施設内の人物を常時監視下に置いて、移動パターンを解析すれば不審点ぐらいは浮かび上がって来ようが、実現するには技術的にも政治的にも無理がある。

 どのみち緊急時、本当に最後の異常を捕捉するには人の認識に頼るしかない――そして、このときもそうであり、把握できたのは非正規に活動している更識の者たちだけだった。

 

「サラたちの動向を見るために使ったハックだけど、侵入者の気配まで察知することになったは望外の成果ね。お手柄よ、本音ちゃん」

「てひひ~。私、出来る子ー」

 

 口元をつり上げて笑う楯無の傍らで、本音がにこにこと無邪気に見える顔で笑う。

 外泊管理は織斑千冬など寮監が生徒の出寮・帰寮を管理するためのシステムであり、本来はセキュリティと全く関係ない。それを楯無らは全く別の目的、すなわち出帰寮を監視してサラ・ウェルキンの学内での動きを見ることに利用するつもりだったのだが、今はさらに目的と別の成果を楯無たちにもたらしていた。

 

 画面に映っている情報だけを見ただけでは、どちらにも一目で分かる異常はない。だが、ログの内容を見て本音が計算した数値を見れば、確かに帰島した生徒の数と帰寮した生徒の数が合っていないのだ。機械的には正常だが、人間から見れば異常、というのはこういうことである。おそらく認証システムの方にも、侵入者の通した偽造IDによる認証も記録として残っているだろう。

 

「まあ、効果があったからって、これから何度も使うことになる、という展開は避けたいけれどね……!」

 

 ちなみに生徒である彼女らには、学園のシステムを操作する権限は本来ない。準備としてはウェルキンのことがある以前、楯無が入学して以来仕込んであったものだが、実際に使われたのは数度であり、今年に入ってからは初めてである。非常の手段まで使ったせいか、髪をかき上げつつ言う楯無の口調はどこか荒々しかった。顔ににじんでいる興奮に似た表情は今まで待ちに徹した焦れによるものであろうか。

 

「侵入者って、やっぱりあの人達かな~。幻影機業(ファンタズム・テクスタイル)

「本音。亡国機業(ファントム・タスク)です。わざとらしい間違いはおよしなさい」

「はーい。ごめんなさい、お姉ちゃん。真面目にやるよー。まあ、あの人たち以外に考えにくいけどね」

 

 虚にたしなめられて本音は笑う。だが、本音の言のうち後半については楯無も虚も同意するところだった。元より学園を襲撃しようと考える勢力などそう多くはない。篠ノ之束か、そうでなければ亡国機業。学園と積極的に対立したい国家も団体も、表だっては存在しない。

 

「……ウェルキンを捕捉いたしますか?」

 

 虚が冷徹そのものといった口調で述べる。普段と変わらない平静さは、彼女の主とは対照的だ。楯無は口元に手をやりつつ、首を振った。

 

「まだよ。サラは――ウェルキンは、泳がせる。侵入者に接触するまでは。侵入者は捉えられても、彼女の身柄をこちらで押さえる名聞も立たない」

「承知しました」

 

 楯無は侵入者だけでなく、ウェルキンの身柄もまた押さえるつもりだった。英国の本当の目的がどこにあるのかはまだ突き止めていないが、先のCBFから考えて、彼らが学園や日本に脅威をもたらすことを(いと)うつもりがないことは明らかだ。ならば、機会を見つけこれを捕らえる。そうする必要が、更識楯無にはあった。たとえ、入学以来の友人であっても、だ。

 

 もちろん、楯無の今の権限では、他国の候補生を拘束することはできない。裏に回れば暗部の一族の棟梁である更識楯無であるが、逆に言えば表での彼女は権限を持たない小娘だ。正当な権威を持たない以上、楯無がそれをやり遂げるには、彼女が何か不正な動きを見せたところを押さえねばならなかった。

 

 そう、たとえば国際的な不法集団である亡国機業と、接触しているところを押さえる、というような。

 

「さあ、こちらも始めるわよ。ことは手はず通りに進めます。本音ちゃんは四十院神楽ちゃん、二年の相川ちゃんに声をかけて。虚ちゃんは、このまま私のサポートに回ってもらいます。ただし、相手がISを出してくる恐れがあるから、私が下知するまで控えてね」

 

 楯無の言に、はあい、と本音が、承知しました、と虚がそれぞれに答える。楯無は彼女らに背を向けつつ、その場で上着とスカートを外し、脱ぎ捨てる。僅かな衣擦れの音とともに、衣服の下に纏っていたISスーツだけが彼女の肢体が現れた。学校支給のスイムスーツ型のものではなく、ウェットスーツのように手足首までを覆い、対小銃弾レベルの防弾防刃機能まで備えた有機単分子・金属複合繊維の軍用品だ。公式戦規格ですらない、ロシア軍制式採用のISスーツ。

 

「今回は()()()()()わよ」

 

 袖口のたるみを整えながら、楯無は呟く。執務机の上に彼女が投げかけた制服を、虚がものも言わず畳み、椅子の上に置き直す。

 

()()()()()()()()()……!」

 

 楯無は生徒会執務室の窓を開け放ち、ISを部分展開しつつ、三階の高さから身を闇中に躍らせる。形のよい口元から漏れるその言葉は、普段から飄々としている彼女にしては珍しいほど、明確な決意と闘争心を伴っていた。

 

    ◇    ◇    ◇

 

 この夜の事件は公式には記録されておらず、おそらくは発表もされない。戦闘の参加者が、ほぼ全て、ダークサイドの人間ばかりだった故である。更識楯無、織斑マドカら亡国機業、そしてサラ・ウェルキンなど各国の情報部系の人間。学園内外に暗躍する者たちだけがぶつかるのは、これが初めてのことだった。

 

 それぞれに思惑を持ち、それぞれに目的があって始まったこの事件は、始まる前から互いの視界の不透明さ故に微妙な食い違いを見せつつ始まることになる。

 

 更識楯無は、亡国機業が侵入者であることに早期に気付いていたが、差し向けられたのはスコール・ミューゼルの隷下勢力にすぎず、指揮官は直接関わっていないことに気付いていない。

 そして織斑マドカらは潜入が察知されることは予期していたが、偽造IDの使用をこれほど早期に気付かれることまでは当初の予定に入れていなかった。

 

 少女ら少年らの思惑からの外れ、それぞれに見えているもの、いないものが微妙に絡み合い事態を不透明なものにしている。

 事件がどう転んでいくのか、この時点ではまだ判別できる者はいなかった。

 




スコールさんageな描写が何気に多い今回。

女尊男卑については今までいくつかの作品であった、「IS世界では実際に女の能力の方が高い傾向がある」というアイデアに加えて、どうしてそんなことになったんだろうな、という因果に強引に理由付けをしています。

キチガ……ではなく、頭の愉快なことになっているお姉さんが暴れる、というだけの女尊男卑だけでなく、実際に社会的な階層差が生じつつあるんだよ、という背景をプラスした感じですね。

しかし、そろそろ作者が小説の体を借りて設定語りをしたい設定厨であることが明るみに出つつあるようだな……(迫真)

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