もしも彼女にもハーレム因子があったなら   作:温玉屋

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にじファンから改稿しています。途中シーンを少し足しています。


第6話 誰かにとっての長い一日

 十月三日の土曜日。エリート校ではあるものの、一皮むけば女子校でしかないIS学園はどこか浮ついていた。休日ということもあるが、特に今週は学園に常にない噂が持ち上がったこともあり、誰も彼もが好奇心をこぼれさせた女子の顔をして歩き回っている。

 

「ねえサラ、聞いた聞いた? 織斑君がなんか、一人の女の子を追いかけ回してるんだって」

 

 昼、学生食堂で食事をしていたサラ・ウェルキンもその噂を聞いた一人だ。内容は学園唯一の男子、織斑一夏のものだった。何でも、普段から五人の女子に追いかけ回されている彼が、今回は次のトーナメントで組む相手として一人の女子、日本の代表候補を執拗に狙っているという。

 

「聞いておりますわ、京子。一大事――なんでしょうね」

 

 織斑一夏は世界でただ一人ISを使える男であり、また本人の気だてがいいこともあって、学園では大層モテていいる。上級生の中にさえ、あわよくば、と本気で狙っているものがいるというのだから、彼の恋愛動向が学生達の噂に載るのは当然だった。

 

「サラは気にならないの?」

 

 同席の少女が首を傾げながら、ウェルキンに訊ねた。ウェルキンは微かな苦笑を浮かべながら肯定を返す。

 

「私はあまり……。彼自身については気になりませんわ」

「サラはクールだからなあ。あ、噂をすれば、だね。来たみたい」

 

 きゃ、と小さくはやすような声が上がり、友人たちの目が食堂の入り口を向く。スカート姿の女子が目立つ中、一人男子の制服を着た織斑一夏が入ってきていた。彼が追いすがるのは更識楯無――に、そっくりな空色の髪をした少女だ。ウェルキンはそれが誰だか知っていた。日本代表候補生、更識簪。姓と容姿の共通点が表すとおり、更識楯無の妹である。

 

「彼が“自分で”彼女をパートナーに選んだならよいことです。学園も(つつが)なくなることでしょうね」

「はは、まあ織斑君の周りはいつもラブコメ空間だもんねえ……」

 

 友人が答える。ウェルキンは周りの熱気から一歩引いた冷徹な目つきだった。パンを千切って口に運びつつ左右に眼を走らせる。ウェルキンと同様に一夏の動向を冷静に観察しているものが幾人かいた。どれも“留学生”ばかりだ。

 

 ウェルキンや彼女らが気にしているのは、一夏の動向ではない。気になるのは彼の行動の背後にいる者の意思である。隠す必要もないので率直に言えば、それは楯無の意志だった。

 

 織斑一夏という人は基本的に受け身の人物であり、彼が自らの意志で動き出す、ということはあまりない。彼の行動原理は、今までの行動を見れば判る通り、姉である織斑千冬の名誉を守る、女を守る、弱い者を守る、うんぬんと言ったところで、脅かされたものを守るとか、攻められて守るとか、誰かに挑発されて行動するとか、要はリアクションから動くことを基調としている。逆に自分から何かをしようということはない。

 

 これらはウェルキンだけが言っていることではなかった。本国のプロファイラー・チームが寄越した解析結果が言っているのだ。彼には将来の理想・目的やビジョンがなく、それゆえに行動を起こすには動機付けを欠いている。よって、彼が常にないような行動を起こしたなら、それは誰か――この場合は、楯無が尻を叩いたからだ。

 

 そして楯無が動いた理由、こちらも推測するにそこまで複雑なものではないだろう。先日の学園祭ならびにCBFで、亡国機業による専用機持ちの襲撃があった。ただの攻撃ならともかくISによる強襲 であり、そこから身を守るには専用機ドライバー各員の力量強化、そして相互で防衛できるような関係作りが必要になる。そのため、本人の気性もあって孤立しがち簪のパートナーに一夏をあてがった。おおよそそのような事情と思われた。

 

「苦しいですわね」

「ん、サラ食べ過ぎ?」

「違いますわ。織斑くんのことです」

「あー、彼、あんなに拒否られんの初めてだろうしね。(はた)で見てるだけで、なんか新鮮かも」

 

 目の前では(すが)っては拒絶される一夏という、学園では珍しい光景が見られる。友人はしきりに楽しげに頷いているが、ウェルキンが気にしているのは彼の心情のことではなかった。正確に言うなら、楯無が妹のパートナーとして織斑一夏を当てざるを得なかったことについて、である。

 

「京子、フィー。また夜に。私、昼からアリーナの予約がありますの」

 

 ウェルキンは手を振って席を立った。留学生たちの視線が一度だけ一夏からウェルキンに集中して突き刺さる。ウェルキンは彼女らにきつい一瞥をくれてから、食堂を出た。

 

 食堂のある校舎を出て、通路から学園北側へ向かう。予約時間まではやや間があるが、受領間もない彼女の専用機は調整をする必要があった。

 

 そして、アリーナの入口にさしかかったところで、意外な人物に出会った。教師が実技指導をするときのジャージを着た黒髪の女性。ウェルキンや楯無よりも高い背の人影を見て、ウェルキンは思わず立ち止まった。

 窓口の前で手にタブレット端末を持ち立っているのは、学園で最も強く、同時に一番政治的に関心を置かれている教師――織斑千冬だった。

 

「織斑先生、何を?」

「ああ、二年のサラ・ウェルキンか。見回りだよ」

 

 千冬は応える。彼女は去年も一年を担当しており、今年の二年は半数ほどの生徒が彼女の指導下に入ったことがあった。ウェルキンもその一人だ。どうやら、顔を覚えられていたらしい。問いかけられても千冬は平静な顔をしていた。

 一方でウェルキンは驚いていた。今日のアリーナ担当は彼女以外で、ウェルキンとしてはこんな場所で遭遇する心算はなかったのだ。

 

「そう驚くほどのことでもないぞ。襲撃が続いているから、教師でも可能な限り巡回を、という下達があってな。効果があるかはわからんが」

「なるほど。お疲れ様です」

「貴様は……今から訓練か」

 

 千冬の双眸(そうぼう)に晒され、ウェルキンは少し肩をすくめた。どこの国の“留学生”でも織斑千冬はマークするように言われている。ウェルキンも例外ではない。だが、その事情とは全く別にウェルキンは彼女が苦手だった。打てば響く反応をしてくれる楯無や他の教師たちと違って、ウェルキンの冗談やら戯言(たわごと)が通じにくいのだ。そういう堅いところを勘の鋭さやカリスマで補えているので教師としてはやっていけるのだろうが、彼女としてはやりにくいことこの上なしだった。

 

「昼にはアリーナや校舎を、それと夜には寮周辺を巡回する。……判っているとは思うが、私が咎めねばならんような真似はするなよ?」

「あら、それはいらぬ注意と存じます。一年とは違いますもの。そうやんちゃは出来ません」

「ふむ。無茶は出来なくなるが、慣れと経験で賢しくなるのが二年だからな。特にお前と更識楯無は、一年の時からくせ者だった」

 

 千冬の口許が軽く上がる。威圧されているのかと一瞬思った後、どうやら冗談混じりに笑っているらしいことに気付いた。ウェルキンも遅れて愛想笑いを合わせる。

 巡回の予定をあっさり聞かせているのは、学園としては敵が外にいることになっているからだろう。どこまでが学園の本音で建前なのかは不明だが、図らずも重要な情報を得たウェルキンは内心のメモに強く覚え書きしておいた。

 その間に、そういえば、と思い出したように千冬が声を上げる。

 

「専用機を受けたそうだな。おめでとう、と言っておこう。お前の実力ならいつ話があってもおかしくないとは思っていた」

「お耳が早いですのね。誰からです?」

 

 聞いたのはウェルキンの担任のジェシカ・エドワースだという。確かにウェルキンが書類を提出した相手は彼女だった。あらあら、と口許をてのひらで押さえつつ、彼女はお喋りなカナダ人教諭を内心で軽く罵っていた。

 ウェルキンの実力なら、という千冬の言い回しは楯無と同じ表現だが、()()と違って他意がなさそうな口ぶりだ。表情はウェルキンを労う言葉そのままに屈託がなく、ただの高校教師のように見えた。

 

 この時期にウェルキンが専用機を下賜される理由について、何も思うところはないのか。千冬の底意を図りかね、ウェルキンはままよ、と思った。いっそ自分から探りを入れてみようと考えたのだ。

 

「ええ、先生にも指導していただきました、それも含めての成果と思っております。お礼申し上げますわ。

 ただ今のタイミンクでの専用機については……本国より命を賜りましたので私には“従うよりない”、というところですわね」

 

 やむなし、という言いかたをしてみせる。案の定、千冬の眉がくっと持ち上がった。

 

「不本意だという言い方に聞こえるな?」

「名誉あることなのは確かですが、時期が悪いですわ。今年度に入って以来学園はトラブル続きですもの」

 

 少し言葉を切り、ウェルキンは千冬の様子を見た。彼女の目には意図を探っている色がある。

 

「特に――特に最近は、専用機持ちが大変な目にあっております。それも生命に関わるほどに……先生も、今年の一年は大変ですわね」

 

 ウェルキンは今年の、ということを強調している。半ば皮肉、三割本音、後のニ割が探りのつもりの問いかけだった。唯一の男性搭乗者である一夏に加え、一年に候補生たちが次々入学・転入し、さらには数々の襲撃が相次いでいる。今の千冬の立場は、ひいき目ぬきに難しいところにあった。

 そしてウェルキンが知りたいのは、千冬が学園内でどのポジションにいるか、楯無や一夏の動向を彼女や学園がどの程度気にかけているのか、ということだ。問いかけの意図をどう取ったのか、千冬はあまり表情を変えずに応じた。

 

「……そのためにこちらでも手は打っている。今度の臨時トーナメントと、それに伴うトレーニングもその一環だ」

 

 学園の公式の回答と同じだ。聞きたいのはそういうことではなかった。ウェルキンはさらに問いを重ねる。

 

「――更識楯無が()()()のところに押しかけたり、彼を日本の代表候補にけしかけたりしていることも含めて、ですか?」

「ウェルキン……」

 

 千冬の声が低くなる。少しあからさまにしすぎたかもしれない。そう思った直後、千冬の手が(ひるがえ)るのが視界に映った。怒りの到来を予期して、彼女はとっさに身を固くする。

 

 が、千冬の手は意外なことに、手持ちの端末で軽くウェルキンの頭を小突いただけだった。端末の裏面が当たった拍子に声をあげてしまったものの、実際にはさして痛くもなかった。

 

「貴様が何を聞きたいのか追及せんが。学園でのあれのことは、私も一教師として以上には関知していない。ヤツももう子供ではない以上、自分の責で動く」

 

 千冬は言った。噂よりは過保護でないと言うことかな、と思いつつ、ウェルキンは打たれた頭を片手で押さえて千冬を見た。

 

「なるほど。しかし、()つ必要はなかったように思いますわ」

「……相当に個人的なことに質問したのだ。リスクの結果と思え」

 

 もちろん千冬も本気で叩いたわけではない。たしなめるような軽い打擲だった。関係ないと言いつつも、一夏のことはプライベートで相当気にしているとうことだろう。

 

「何であれ行動には代償がつく。過去にやったことや今やってしまったことからは逃れられん、ということだな」

「……傷み入ります」

 

 殊勝に答えつつ千冬の顔を窺い――そこに浮かんでいる表情を見て、ウェルキンは何とも言えずに肩をすくめた。校舎を廻る、と言い残して千冬はアリーナからの通路から校舎に向けて去る。後にはウェルキンが残された。

 

「学園も織斑先生も、今は楯無を静観しているということですか」

 

 ウェルキンは溜息をつきながら言った。千冬と話して判ったことがある。学園側は恐らく、楯無を指示下においておらず、またその動きを掣肘(せいちゅう)もしていない。楯無のここ最近の動きは、やはり彼女自身の考えによるものだ。

 

「……それにしても“行動には代償”、“過去からは逃れられない”、ね」

 

 去る千冬の背中を見つめながら、ウェルキンは呟くように言った。自分は歩みをアリーナの奥に向ける。

 

「織斑先生が言うと含蓄があるというべきでしょうか」

 

 小首を傾げて、頬に人差し指を当てて言った。先ほど覗いた千冬の顔には、一見では名状する言葉が浮かばなかいような複雑な表情が浮かんでいた。後悔や諦念を混ぜたような大人の女性のそれだ。

 

 彼女にとっては、過去は払うべき負債の集積であるということか。ウェルキンはそこまで考えたが、ただの推測に過ぎないなと自分でも思い、首を振って思推を打ち切った。

 

 不意に声をかけられたのは、その時だった。

 

「ハァイ、サラ」

 

 また意外な人物との邂逅に、ウェルキンは驚く。彼女は直前まで思案で捻っていた首を巡らして声の方を向いた。

 

 更識楯無がそこにいた。扇子で元を覆いながら、いつものように笑っている。どこにでもいて、どこにでも現れる、まるでチェシャ猫だな、とウェルキンは頭の片隅で他人事のように思った。

 

    ◇    ◇    ◇

 

「私も“たまたま”昼からアリーナ予約してたのよー。時間は貴女のあとだけどね」

 

 楯無が言った。猫のような切れ長の釣り目で射られ、ウェルキンは我知らず身体が硬くなるのを感じる。あれから二人して移動し、更衣室でISスーツを着用して格納庫に入った。楯無の扇子の面には「邂逅遭遇(かいこうそうぐう)」と文言が浮かんでおり、あくまで偶然だと彼女は言いたいらしい。

 

「それにしても随分お早いですのね。お昼も早々に切り上げたのではなくて?」

「んふふ。まーね。自分の機体の調整をしたかったの。そしたら貴女の予約も後に入っていたから、受領した《メイルシュトローム》を見れるかなーってね」

 

 ウインクしながら語る楯無にウェルキンは薄く笑った。偵察の目的は隠すつもりもないらしい。どちらかと言えば、威嚇の意図もあるのかな、とウェルキンは察する。

 そうでなくともここ数日、ウェルキンに対する監視は厳しくなっていた。学内の更識一門下のメンバーは、ウェルキンが掴んでいるだけで五人――布仏の姉妹二人、他に表にあまり出てこないがサポートで二人、そして目の前にいる楯無本人だが、そのうち誰かが常に彼女のマークについているのだ。

 

「今さら第二世代機をご覧にですの。もうロシアも日本も、この機体の量子ビットOSの次数まで把握しているのではなくて?」

「それはまあ、ね。ただ同級でも艤装が違うことはあるでしょ? 臨時とは言え公式戦も開かれることになったし、敵情視察というわけ」

「あらあら、怖いですわ」

 

 口元を押さえながら、出来るだけ明るくウェルキンは笑う。

 

 更識楯無が特殊なシフトを敷いてきた理由には、いくつか思い当たる節はある。

 一つはウェルキンの本国の動きだ。欧州統合調達計画はそろそろ量産試作機の第一機就役が近いが、英国は性能面で若干ドイツの《シュヴァルツェア()レーゲン()》級に後れをとっている。それは、IS学園でのラウラ・ボーデヴィッヒとセシリア・オルコットの模擬戦成績からも明かだった。

 英国としては、来年のイースター明けに行われる量産試作モデルのトライアルまでに、その穴を埋める――あるいは競合で負けても、そのオプションに噛めるようなカードが必要だった。その意向は英国の軍需企業BASシステムズも含め、英国空軍においても公式(オフィシャル)にアナウンスされている。英国に近く何か動きがある、と見るのは自然だ。

 

 もう一つは先日の生徒会での一件だろう。あれは単純にウェルキンの失態だった。あんな単純な手で出し抜かれ、よりによって楯無の目を引きつけるとは。思い返しても、彼女自身に腹が立つやら赤面するやら。

 

「そこまで言われるなら、お見せいたしましょう。ただ、何も面白いものはありませんよ」

 

 答えながら、ウェルキンは胸元に仕込んだネックレスに、衣服の上から手を当てた。

 

 来い、と内心でわずかに呟く。同時に周囲に点のような光が明滅する。次の瞬間、暗蒼色を基調としたパワード・スーツがウェルキンを中心として展開された。

 

 全高にして五メートルほど。ISとしては大型の部類に入る。ブルー・ティアーズに比べてもほっそりしている脚部に対し、不釣り合いなほどがっしりとした腕部と肩部が印象的である。これは兵装支持架を腕部と肩部に備えているためであり、初期展開の状態では両肩部に一二七ミリIS用速射砲および空対空ミサイルが装備されている。いずれも同級の標準的な初期装備だった。

 

 サラ・ウェルキン専用機の《メイルシュトローム(渦潮)》級七番機《フィアレス(不敵)》。五番機《マドリガル(抒情歌)》、六番機《ナイキ(勝神)》に続く同級最後の機体である。

 

 ほう、と楯無がため息をついたのは、ウェルキンの展開速度に対してか、機体に対してか。ウェルキンにはわからない。

 

「無骨ね。砲撃戦重視の“空飛ぶ戦闘艦”。公式戦以外で見るのは初めてだけど、間近で見ると想像以上に迫力があるな」

「今ではその名称はただの皮肉でしてよ。“空飛ぶ戦闘艦”――モンド・グロッソでは公式に一勝もしたことがないことの方が有名な、鈍重な機体ですわ」

 

 楯無が挙げた感嘆を、ウェルキンが皮肉げに口をゆがめて打ち消した。この機体の就役は今年の年初だが、調達は本機を保って打ち切られている。次年からは欧州統合調達計画の英国一番機の生産が始まる予定だ。

 

「うーん、そこまで母国の機体を皮肉ることもないんじゃない? 一年前のワールドユースでは、セシリアちゃんが同級でベスト8まで行ったんじゃなかったかしら」

 

 苦笑しながらのフォローをしてくる。確かにプライドの高いセシリア・オルコットならば自らの成績を盾にこの機種の優越を主張するだろうが、他ならぬ英国代表候補生として同級の欠点も知り抜いているウェルキンとしては、素直に肯定しがたいところだ。

 

「オルコット卿の技術に加えて、あのときの機体は相当にカスタムされていましたから。初期装備の肩部主砲、さらに量子領域内(クォンタム)仮想()ミサイル発射()装置()を外して、実弾兵器を増強。できあがったカスタム機は、機体コンセプトからして砲撃戦型から高機動型に変わっていましたもの」

 

 砲撃戦型IS。より正確には、古き良きWW2の戦闘艦の戦術をコンセプトとしたというべきだろうか、とウェルキンは思う。命名規則が艦艇のそれ――ネーム艦ならぬネーム機を等級の名とし、一機ごとに名前が付く――に準じていることから察されるかもしれないが、英国軍はこのISを当初、空飛ぶ戦闘艦艇として位置付け、開発を行っていた。

 

 どうしてそうなったのかは判らないが、ウェルキンが物心つくころにはそういう理論が英国内でトレンドになっていたのだ。いわく、堅固な装甲(シールド)を備え、戦闘艦なみの打撃力をもってしか撃破できないISの戦闘コンセプトは、かつて戦艦を破るには戦艦をもってするしかなかった大艦巨砲の概念の相似形である、と。シールドで身を守り、多量のミサイル打撃力を量子領域内に格納したミサイルランチャーによって備え、艦船並の砲をもって戦うべきである。ついでにいうと、戦闘艦艇の打撃力を持たせておけば、削減される一方の海軍艦艇の役割も期待できるではないか。一挙両得、一石二鳥、二兎を追って二兎を得るべし。

 

 今から考えると噴飯ものの結論だろう。それでも数年前、ISが兵器としてようやく完成を見始めたばかりの頃、暗中模索の開発を進めていた英国の技術者には、この空論が(すが)るべき(わら)に見えたらしい。このため、初期ベースラインの《メイルシュトローム》は、十二インチ(三〇・五センチ)十口径砲を両肩に備えるというとんでもない機体になった。

 

「まーね。単機で巡洋艦なみの爆装、打撃力。発煙弾や対空ミサイルみたいなものから、IS発射型弾道ミサイルや巡航ミサイル、慣性誘導爆弾も使用可能――だけど、機動性が犠牲になっているのよね」

「結果、高機動系統の他級第二世代には抗すべくもなく。モンドグロッソでもユーロ大会でも、グループリーグで敗退しましたわ」

 

 どのような理論も机上では完璧である。理論を妨げる負の要素を排除して試行できるからだ。

 結論から言うと、ロールアウトした《メイルシュトローム》級は《ラファール》型のようなちょっとでもすばしっこい機体相手には全敗する、早い話が欠陥機として完成した。至極当然の話だが、いくら砲撃力が高くても、当てられないなら意味がないのだ。勝てるのは、同じく比較的重装甲型の《打鉄》ぐらい。それでもキルレシオが1:2を割らないあたり、この機体の鈍重さが判ろうというものだ。

 

 ちなみに欠陥の代名詞だった両肩の主砲は、《フィアレス》が属するベースライン3の段階では平均的なIS用一二七ミリ速射砲に付け替えられている。

 

「いいじゃなーい。私、第二世代機では《メイルシュトローム》が一番好きよ? なんか愛嬌があって。ほら、このゴツイ肩とか、かわいーじゃない」

「は、はあ、かわいい、ですの……?」

 

 楯無はウェルキンの装着したISに寄り、肩の砲口を指す。かわいい、という楯無の評価にはウェルキンも困惑するばかりだった。評価そのものに加えて、英語で言うところのCuteもPrettyもLovelyも全て片付けてしまうこの言葉と、日本人のメンタリティは未だに掴めない。

 

 鼻歌でも歌うように上機嫌で歩む楯無を視界の端に捉えつつ、ウェルキンは飛行前の最終チェックをかけた。ハードウェア温度正常、フライバイライト異常なし、QPU使用率正常値内、PICエンジンならびにプラズマジェットスラスター異常なし。各種計器オールグリーン。最後にファイアリングロックの正常を確認し、モニターから顔を上げる。

 

 そこで、楯無と目があった。彼女はにっこり笑い、目の前で身体を宙に浮き上がらせる。PICの部分展開だ。楯無は地上の重力から解放されたように舞い上がり、空中で一回転してからウェルキンの機体の肩口の辺りで制止した。

 

「この()、《フィアレス》っていうのね」

 

 細い指で、肩口に印字された『HMW-17 Fearless』の文字をなぞる。PICの部分展開だけで、地面に立っているかのようにバランスを崩していなかった。本当に猫か、そうでなければ妖精のような娘だ。手の中で扇子が広げられて「大胆不敵」という文字が浮かんでいる。たしかに、Fearlessを四字熟語で表すとしたら、その語が当たるだろう。

 

「んふふ。サラにぴったり。《フィアレス》ちゃん、サラをよろしくねー。仲良くしてあげてね」

「何を呼びかけているんです。それに、その言い方はなんですの」

「あら、知らない? ISってこうして呼びかけてあげるとちょっと機嫌が良くなったりするの。あと、不敵、っていうのはサラにぴったりじゃない」

 

 ちょっと怪しい新興宗教のようだ、と思った。ウェルキンが実際にそう指摘すると、楯無は懐かしいと言って笑う。彼女らが入学したころ、植物や水に呼びかけてあげると綺麗になるのだ、というエセ科学じみた話が流行ったことがあった。

 

「確かに、少し懐かしいですわね」

「そうねー。っていっても、まだ一年前だけれどね」

 

 実は、ウェルキンと楯無が話すようになったきっかけもそれだ。あるとき、クラスメイトがその下らない話で盛り上がり、非科学的なとバカにする生徒で喧嘩になりかけた。それはいいのだが、傍で大騒ぎをされたため、幾度かの注意の後、ウェルキンがキレた。

 自分の席の隣でそんな下らない喧嘩をした少女二人をネチネチと追い詰め、ついにその場で泣かせてしまったため、当時はクラス代表だった楯無がウェルキンをなだめてすかして仲裁したのだった。

 思えば、それが楯無とウェルキンがまともに付き合いだした契機だった。今の仲から考えると意外だが、実際のところそれまでまともに話したこともなかったのだ。

 

「懐かしいついでに、どう? 久しぶりに模擬戦。そっちはアリーナ、昼イチから予約を取ってるんでしょ」

「喜んで――といいたいところですけれど、ごめんなさい。先約がありますの」

 

 ウェルキンがやんわりと断ると、楯無は足場にしている《フィアレス》の肩口を蹴った。からかうような顔つきになり、パワード・スーツを装着したウェルキンの身体があるあたりまでPICで降下してきて、つん、と胸のあたりを扇子を持たない方の手指でつつく。

 

「へえ、サラに私より大事な人がいるんだー。妬けちゃうわね」

「バカなことを言っていないで、離れて下さいませ。ほら、約束していた方が来られましたので」

 

 言いながら、ウェルキンは機体を足下駆動輪で転回させ、ピットの入り口に向ける。そこには、既にISを装着して訪れている少女の姿が合った。

 

「遅くなりました。すみません、ウェルキン先輩!」

「ごきげんよう、ティナ、今日は《ラファール》ですのね」

「今日はよろしくお願いします! あ、更識会長もお疲れ様です」

 

 元気よく挨拶をしたのは、楯無も見覚えがあるだろう少女、ティナ・ハミルトンだった。小柄なブルネットと少女らしいほっそりした身体を学校指定のスーツで包み、モスグリーンの無骨なパワード・スーツを着用している。

 

「あら、ティナちゃん。一年と二年で模擬戦って珍しいわね。……何繋がり?」

 

 楯無が《フィアレス》から離れた場所に空色の髪をなびかせて降りながら訊ねる。

 

「先日、生徒会室に二人で伺ったでしょう? あの後に二人でお話する機会がありまして」

「はい、学園のこととか、進路のこととか、色々お話していただきました」

「ホントについこの前ね。むー、わたしも混ぜてくれればよかったのに」

 

 すこしふざけてむくれて見せながら、楯無が言った。ハミルトンは楯無の前に出たため、やや堅くなりながら笑う。

 

「彼女の話も聞かせていただきましたよ。ティナはロングアイランド出身だそうです」

「そういえば、ニューヨーク出身だったっけ。へー、ティナちゃんってお嬢なのねー」

「とんでもない! うちなんてただのミドルですよ。先輩たちみたいなホントのお嬢様とは違いますから」

 

 ぶんぶんと装甲に覆われた手を振って、顔を赤くして否定する。その様が好ましく見えたのか、楯無はまた人の悪い笑みを浮かべて扇子で口元を覆った。

 

「あらー、おねーさんも普通の女の子のつもりなのに、そんな言い方ちょっと悲しいわー。しくしく」

「ロシア代表の日本人が普通なら、日本人は世界中の辞書を今すぐリコールすべきですわね」

「そこは内面の問題でしょ! それに、もともと日本はあんま階級とか意識しない社会なの!」

 

 その上更識の当主だしとまでは、ウェルキンも空気を読んで言わないが、世界規模の珍物扱いされ、楯無も突っ込みに回る。

 

「あの、お二人って仲がよろしいんですね」

 

 クスリと笑った後、おずおずとハミルトンが訊ねる。二人はそれはもう、と言わんばかりに頷いて、肩をすくめた。

 

 楯無とウェルキン、二人は仲が悪いわけではない。勝つ必要があるツーマンセルをやるなら、特に事情が内限り大抵この二人で組む。茶を飲み、二人して遊びに行ったこともある。彼女らとて十七才であり、普通の女子と変わりないのだ。

 

 違うとすれば、どちらも腹に一物あるが故に、どんな悩みでも話すという風にはならないだけのこと。年頃の少女のように感情が妨げとなって互いの距離を詰められないのではなく、理性でもって一定の距離を、牽制し合うように保ち続ける。楯無とウェルキンはそういう仲だった。

 

 ハミルトンの《ラファール》から飛行前チェック終了を示す音が鳴る。時刻もまもなく予約時間だ。休日とはいえ、勤勉な生徒のおかげでいつもアリーナの予約は難しい。ウェルキンはハミルトンを促すようにしつつ、足下駆動輪をふかした。

 

「楯無、またお話しましょう。今日は私もこの後用がありますから、明日のティータイムにでも。よければ三人で。ティナも、いいかしら?」

「ええ。日当たりのいいテラスでね。行ってらっしゃい」

 

 ウェルキンはうなずき、はい、と元気よく応えたハミルトンを伴いつつアリーナに出る。

 

「先輩、明日は楽しくなりそうですね」

 

 地上から飛び立つ直前、ハミルトンが笑いながら言う。無邪気に見える笑顔は、何気なく言ったものだろうか。ええ、とウェルキンは笑わずに答えつつ、機体を空中に上げた。

 

「ええ。本当に、長い一日になるでしょう」

 

 嘆息するようにウェルキンは言った。回線は切っているので、その声は誰にも届かない。近くにいたならば聞こえただろう声は、機体の駆動音で消えていた。

 

 楯無のいたピットに目を走らせる。

 

「苦しいですわね……」

 

 回線を切ったまま、ウェルキンは食堂で口にしたことをもう一度そのままに呟いた。

 

 楯無は織斑一夏を買っているようだが、彼の技量はお世辞にも高いとはいえない。客観的に見た彼の実力は機体性能を抜けば専用機持ちの中では最低で、一部の一般生徒にさえ彼より上の者がいるほどだ。妹の更識簪を守るつもりでいるなら、一夏本人の意欲はさておき、適性としては下である。

 

 それでも楯無が一夏を起用したとしたら、答えは一つしかない。更識の周りには他に頼みにする人間がおらず、信用をおけるだけの人物が不足しているのだ。

 

 セシリア・オルコットやラウラ・ボーデヴィッヒに初対面のものを導く人格は期待できない。凰鈴音、シャルロット・デュノアは人格的に問題はなさそうだが、それぞれバックにいる中国、相当にメンツを潰されたはずなのに未だに援助だけ続けているデュノア社が信用できない。篠ノ之箒は更識簪とは別の方向で人見知りなのに加え、実力的には一夏と大差ない。一年の彼女らが無理ならニ年のフォルテ・サファイア、三年のダリル・ケイシーという選択肢もあるが――彼女らに借りを作る、あるいは腹を探らせた結果がどうなるかは読みがたい。

 

 更識の戦力は多くなかった。それこそ、当主自らが透破の働きをしてウェルキンに張り付かねばならないほどに。

 

「楯無……」

 

 ウェルキンは、また口の中で言った。それは友人としての憂慮だっただろうか、あるいは、彼女の立場から来る計算だったか。そのどちらであったか、口にした彼女自身にも区別がつかない。むしろ、どちらも矛盾しながらウェルキンの中で併存しているように思われた。

 

 ウェルキンの社会的立場とは何か。一つは言うまでもなく、英国代表候補であるが、表向きにはしていない役目がもう一つあった。

 

 英国秘密情報部IS学園向けエージェント、サラ・ウェルキン。

 

 それがウェルキンが女王陛下より拝命した、公式には決して明かされることのない――そして、彼女が極東の国にやってきた本来の御役目の名であった。

 

『ウェルキン先輩! 始めましょう!』

 

 ハミルトンがウェルキンの思案を遮るように、開放回線越しの大声で言った。見れば、場内掲示の時計が、ウェルキンのアリーナ予約時間が来たことを知らせている。

 

「あと一日、ですね」

 

 またウェルキンは誰にも聞かれないよう独りごちる。何まで、とは少なくとも彼女にとっては言うまでもない。

 

 本国経由でウェルキンに命じられた“彼ら”――亡国機業との接触時間まで、残り三十四時間だった。

 




ウェルキンさん……作者の考えたさいこうにちょろくない英国淑女。セシリアいわく「優秀な方ですわ」ということでこんな人になった。

《メイルシュトローム》級……弾いわく、IS/VSでは「コンボが繋がりにくい」。たしかにコンボとかつなげにくそうな機体になった。

ティナ・ハミルトン……たしか原作に容姿説明がなかったので勝手に作者が設定した。姓から考えてスコッチアメリカン。

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